【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 妖忌の若い頃は妖夢似の男の娘ルートが好きです(性癖の開示)


136話.第一次月面戦争⑦豊かの海

 その人の性格を示すものは本である。

 素人了簡の誰が言ったか分からない、そんな言葉が頭に残る。

 普通の人間なら気にしない、たかが豆知識の一つがどうしても気になるのは。

 幽々子が現在、特別な状況下に置かれているからであった。

 

 西行寺幽々子には生前の記憶がないのだ。

 

 文字通り全て。以前まであった『思い出』の数々は、まるで最初からなかったものであるかのように、まっさらな状態に変わり果てている。

 とは言っても、幽々子は右や左が分からないわけでも、箸の持ち方や建物の名前まで忘れているわけではない。

 なくなったのは『記憶』であり、『知識』は残っているのだ。

 だから、幽々子が過去に何か美味しいものを食べたとして、幽々子は『○○という美味しい食べ物』の知識こそあれど、しかし『どんな風に美味しかったか』という『知識』のみで、そこに舌で味わった『実体験』の記憶がどこにもなく、再び口にそれを入れるまで、『こんな味だ』という答えに辿り着けない。

 

 『西行寺幽々子』になる前の自分とは、『記憶を失う前の自分』とは一体どんな少女だったのか。

 

 こんな状態に陥った理由を、幽々子は知らない。

 正確には『教えてもらえない』のだが、それに不満を覚えることはあれど、怒りを覚えることはなかった。

 何か、辛いことがあったのだろう。

 生前の自分には、きっと悲劇があったのだろう。

 好奇心と探求心から、それを解明したい思いは、確かにある。

 だから、その人の性格を示すものは本である。なんて言葉が今も、頭に残っているのだろう。

 とはいえ、幽々子は自分の過去に執着することを、もうやめた。

 追い詰められるような特別な事件性とも言うべき、過去を解明する動機や『意味』はないし。

 何よりその行為は、『記憶を失う前の自分』と今の『西行寺幽々子』を飲み込み、ありのままを受け入れた妖忌に対する裏切りだ。

 

 彼は生前の自分を知り、敬愛し、それでも尚今の幽々子を肯定してくれる。

 覚えていなくとも、これから『知って』いけばいいのだと、そう言ってくれた従者。

 

 彼の存在がある限り、幽々子はこれからも『西行寺幽々子』であり続けることができる。

 輪廻の輪から外れた存在、全ての『思い出』を失っても尚。

 幽々子が白玉楼に居を構えるのは、たったそれだけの理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪たちは、近い内に皆が滅ぶ。

 自分も同じ妖怪でありながら、どこか達観した声色で紫は言った。

 どうして、と幽々子は聞いた。

 当然の疑惑だ。何せ脈略なんて何もない、本当に突然の会話の始まりだったのだから。

 

「何が原因で?」

「人間よ」

 

 何だって、縁側に座って日向ぼっこをしている時に突然、妖怪の話をしなければならないのか――。

 たとえ肉体を失い、痛みを感じなくなったとしても、それ以外の感覚は残っている。

 既に死んだ存在ではあるが、幽々子は物言わぬ死体とは違って、意志も意識もある『生きた』存在である。

 そんな幽々子にとって日向ぼっこは、食事と睡眠に並ぶ『命』の実感を与える大切な時間なのだ。

 それを邪魔する形で始まった、紫の語りを隣で聞く。

 

「人間は手一杯。大地や森林、海に注がれる恐怖以外にはもう、器が存在しないのよ」

「でも、それは仕方のないことなんじゃない?」

 

 反射的に幽々子は答える。

 同じ妖怪の紫に対して言うのは、少し気まずい感じもする。

 しかし、それが本心からの言葉であることに間違いはなかった。

 暴風雨、地震。

 疫病、飢饉、戦争。

 災難に打ちひしがれて、それでも必死に生きようとする人間に対し、知ったことかと暴虐を続けたのは妖怪だ。

 たとえ妖怪としては正しい生き方だとしても、決していい思いはしない。

 『人外』という点からすれば、幽々子も妖怪と同じようなものではあるのだが、それでも何故か、妖怪に対してはそんな風に、どこか冷めた価値観を向けていた。

 『記憶』を失い、『知識』しか残っていない筈なのに。

 自分でもよく分からない感情に、気味の悪さを覚えて。

 

「だって、それが人間でしょう。時間の流れは誰にも止められないし、うねりは誰にも制御できない」

「…………」

「忘れられても、それは仕方がないことだわ。でも、あなたが本当に案じているのは……それじゃない」

 

 所詮、妖怪も一つの『種族』だ。

 彼らの影響を受けず、それどころか人間が介入することもなく、自然のサイクルによって絶滅した生物など、既に数え切れないほど前例がある。

 一つの生物が滅ぶと同時に、その空白を埋めるように、代わりに新たな種族の生物が誕生する。

 滅びと誕生は表裏一体。

 妖怪が仮に滅び、地上の全てからその存在を証明するものがなくなった場合、そこの代わりに『何が』入るのかは不明。

 紫の見据える危機。

 それは妖怪の存続そのものではなく。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なのだと。

 幽々子は見抜く。

 

「妖怪も神も、名を失って忘れられたものの末路は惨いものよ」

 

 消えた『記憶』とは違う、まだ残っている『知識』を元に、語る。

 

「介錯、と言ってもいいかしら。……あなたが前に言った月での戦いもそう」

「……」

「月人たちの戦力を使って、生かすべき妖怪を『間引く』とは言ったけど、本当はそれだけじゃないんでしょ?」

「私は……」

「だって」

 

 紫の言葉を遮り。

 

「妖怪も神も、恐怖や信仰の強弱で優劣が決まるでしょう?でもね、私考えたのよ、じゃあ『完全に忘れられた』ものはどうなるんだって」

「――」

 

 鬼、天狗、入道から付喪神。

 『妖怪』と『恐怖』、構成される二つの要素が同じであるのにも関わらず、彼らの種類は千差万別。

 だがそれらが忘れられた後、()()()()()()()()果たして、そこに種族の『壁』はあるのだろうか?

 知人を相手にしても、家族同然である式神を前にしても、決してその本心を曝け出すことはない紫。

 全てを忘れて、先入観なしに物事を見る視線を得たからなのだろうか。

 それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 そんな、残滓にも満たない小さな違和感を飲み込みながら。

 

「妖怪も、いいえ……あなたはきっと両方が好きなのね。人間と妖怪が共にいられる世界を、心のどこかで望んでるんじゃないかしら」

「それって冗談?」

「いいえ、本心」

 

 不器用だな、と幽々子は思う。

 

「あなたって、人を口先で惑わせるのが得意って顔してるけど、意外とそうでもないのね」

「……はぁ、あなたが特別なだけよ。本当に記憶を失ってるのかしら?」

「えぇ、綺麗さっぱり完璧に」

「……知ってるわよ、もう」

 

 むすっとした顔で紫は言う。

 たとえ常識を歪曲する『境界を操る程度の能力』であっても、幽々子の記憶はどうにもできない。

 その事はもう、以前に確認済みだった。

 だから、これは自分の油断も含めて――。

 

「あなたは、前と変わらないわね」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだと、そう紫は口にする。

 その言葉に込められた意味を、幽々子はあえて聞かないことにした。

 得意げに、口端を歪めて。

 

「それで、ちゃんと教えてくれるんでしょ?答え合わせをお願いするわ」

「と言っても、私が変に受け流していない時点で、答えは決まってるでしょうに」

「無粋ねぇ、改めて口で語るからこそ意味があるのよ。ただ物事の是非を知るだけなら文字だけでいいけれど、それじゃあ味気がないじゃない」

「そういうとこ、歌聖の娘らしいわねぇ」

「私は何も覚えてないけどね」

 

 紫は、改めて。

 

「……端的に言って、両方よ。『忘れられる妖怪』と『箱庭で生きるべき存在の選別』、そして『完全に忘れられた』存在。全ての対策に月を利用する」

「わぁ、強欲。それで?」

「幽々子の言った通り、妖怪の強さは恐怖で決まるわ。矮小な恐怖なら必然的に、そこから生まれる妖怪も弱い。けど」

 

 紫は、何かを思い出すかのように。

 

「『完全に忘れられた』ものは、違う」

「産土神に近いものかしら?」

「いいえ、もっと最悪よ。何せほんの『少し』でも存在が残っていれば、その程度の存在に収まってくれる。けど、()()()()()に成ってしまったら最後、もう誰にも手がつけられない」

「……?」

 

 幽々子は正直、それの意味がよく理解できなかった。

 紫の真意を看破し、そして推理の道筋を辿ったとはいえ、それは所詮口先レベルであって、言葉の意味を理解できたわけではないのだ。

 恐怖が小さい、薄れるとは違う。

 完全に忘れられる――()()()()()()()()()()()()?という至極当然の疑惑。

 そんな、思考を停止する幽々子の気配を察したのだろう。

 

「簡単に言えば」

 

 紫は、気を取り直したかのように声色を変えて。

 

「妖怪や神は、人の思いの形で種類が変わる。けれど、忘れられたものはそれ以前の、形のない『思い』の状態に戻ってしまう、()()とも言うわね」

「……それで?」

「ただ『思い』に還るのならそれでいい、問題は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事よ」

 

 ■■■は今も、虚無の世界で呪いを振りまいている。

 それどころか、今も尚忘れられて消失する名無しの妖怪や神々を取り込み、大きくなり続けている。

 

 八雲紫が目指す楽園、幻想郷を作る場所。

 そんな虚無の世界を、■■■は今も独占しているのだ。

 

 忘れられたものの楽園。それを作るとなれば自然と、()()()()()()()()()()()()()()が必須だ。

 しかし幻想郷の計画を立案、更には腕利きの巫女である『博麗』を仲間にしても尚、紫が動けなかった理由がこれだった。

 今のままでは、幻想郷は作れない。

 だから紫は決めたのだ。

 

「虚無の世界から、■■■を引きずり下ろす」

 

 仲間である摩多羅隠岐奈にも。

 同格と認めた伊吹萃香にも。

 そして、家族同然である八雲藍にも見せなかった。

 これこそ、八雲紫の真の目的。

 

「月での戦いは間引きであり、同時にそれは――多くの妖怪を『忘却』ではなく、『戦死』によって殺す事で生まれる『虚無』を足掛かりに、()()()()()()()()()()()()きっかけを作る口実」

 

 妖怪と人間。

 決して分かり合えぬ運命の両者を、同じ世界で生かす為。

 

「多くの屍を踏みにじり、利用して――私は楽園を作りたいのよ」

 

 月面戦争が始まる前、月に攻め入るまで残り一週間の一夜の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西行寺幽々子は『亡霊』で、生前の姿を失った『幽霊』とは違う。

 触れることも、話すこともできる上に、肉体がないから怪我も負わない。

 痛みも感じなければ、毒物も効かない無法の種族だからこそ、それへの対処も唯一無二のもの。

 

 ――『本体である死体を供養する』、たったこれだけ。

 

 たったこれだけで、不滅を体現する亡霊は簡単に消滅してしまう。

 だが逆に言えば、それ以外での対処方法が存在しないという事でもあり。

 その不滅性があったからこそ、八雲紫は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして何より、幽々子自身の優れた実力もあり。

 例え最悪の場合が訪れようとも、彼女だけなら問題ないと、そう紫は判断した。

 

 

 

 

 だがいつの時代も。

 ――『最悪』とは、常に想像を超えて現実に現れる。

 

 

 

 

「残念だったな、豊かの海には何も棲んでいない」

 

 声が聞こえる。

 忌々しそうに、それは言う。

 

「豊かの海だけではない、月の海には生き物は棲んでいない。生命の海は穢れの海なのだ」

 

 赤く重厚な鎧を纏う、二メートルはあるその男――細愛親王は、平坦な声色で言った。

 相手に向ける怒り、憎しみや嘲りのような『感情』はなく、まるで黙々と続ける作業の一環のように。

 ゆっくりと、事実を確かめるように。

 

「お前たちは選択を間違えた。一つはあの穢れの塊を、依姫に対し使用したこと」

「あなた……」

「そしてもう一つは」

 

 ドン!という壮絶な音が大地を揺らす。

 それは細愛が地面を蹴り、幽々子との間にあった約三メートルの距離を詰めた音。

 残像すら残さずに、細愛が突き出した右手が、幽々子のか細い喉を強く握る音。

 少女の肉体と成人男性の肉体。

 体躯の格差は火を見るよりも明らかだった。

 

「う、ぐ……!?」

 

 幽々子は抵抗できずに、そのまま首を掴まれ、身体を持ち上げられる。

 

「貴様のように、驕った浄土の住民までもが出しゃばった事だ」

「が………あ、ぐ……っ」

 

 亡霊は、生前の肉体の形に囚われてはいるものの、その本質は霊体だ。

 痛みは当然、刃物だって時にはすり抜ける。

 仮に、亡霊の身体に触れる事ができたとしても、それ以上の干渉は不可能。

 それこそ、相手に痛みを与え、苦しめる事すら――。

 

「依姫からの連絡で、貴様があの穢れを生んだものだとは知っている」

 

 細愛は躊躇しない。

 幽々子の喉に加える力は既に、幼子であれば涙を流して拒絶を叫ぶほどに鋭く、重いものだ。

 本来、干渉など叶わない幽世の存在であったとしても、その容姿はまだ年端も行かない少女のそれ。

 理性が躊躇するであろう、あまりにも幼い『敵』。

 それが、自分の手で苦しむ姿を見て、細愛は眉を顰める。

 そうして、ようやく細愛は今まで見せなかった内の感情を吐露する。

 

「――ふざけるのも大概にしろ」

 

 怒り。

 たった一つ、それは怒り。

 目前の『敵』に対する細愛の心情に、躊躇はない。

 ブンッ、と細愛は喉を掴む右腕を振り、豊かの海に向けて幽々子を投げる。

 一秒にも満たない浮遊と空白。

 月の重力に引っ張られ、幽々子は肩から順に地面と衝突して、痛みに喘ぐ。

 生命が一つも棲んでいない、命の温かみのない海水が口に入り、反射的に吐き出した。

 

「ごほっ、がほっ……」

 

 舌と喉に、針でも刺さったかのような鋭い痛み。

 どうして亡霊である自分を攻撃できるのか、相手は一体誰なのか。

 そんな疑問を頭に浮かべる余裕すら与えないと、そう暗に告げるように。

 再び、ドンッと重い音が響いた。

 だがそれは、先ほどのように地面を踏みつけた音ではない。

 腹。

 倒れ、力が入らない幽々子の身体をまるでボールのように蹴り飛ばす、細愛の無慈悲な暴力だった。

 

「ッあ、……が!?」

 

 そのまま一メートル、二回三回とバウンドを繰り返して。

 幽々子は再び、力なく倒れた。

 

「どう、して……」

「どうして()()()()()()、だろう」

 

 幽々子の言葉を遮り、細愛は言う。

 

「我々は穢れを嫌う。故に穢れから逸脱した浄土の住民ならば問題ない……等と、本気で思ったか?いいや、それともお前自身が強者だから、()()()は起こらないと、そう思いあがったか?」

「どうして…死が……」

「どこまでもふざけているな」

 

 再び、細愛は力なく倒れる幽々子を蹴り飛ばす。

 もう痛みに喘ぐ反応も、疑問を口にする余裕も、彼女にはなかった。

 ただ、苦しむのみ。

 

「――ぅ……」

「死を操る、引き寄せる。()()()()()?我々月人には最初から、()()()()()()()()()()()()()。お前が持つ小手先の力程度、退ける事など容易い」

「……ぅ、ぇ」

「確かにお前のその力は恐ろしい。仮に我ではなく豊姫が相手であれば、為す術なく一瞬で絶命させられただろう」

 

 西行寺幽々子に宿る『死を操る程度の能力』は、魂が個としての輪廻に変化する蓬莱人を例外として、全ての生物に効く力だ。

 己の意思のまま、ただ一つ相手に『死ね』と命じるだけで、その者は抵抗すらできずに死亡し、その者は幽霊として、幽々子の支配下に置かれて成仏ができなくなる。

 八雲紫ですら抵抗が苦しいと断言する程に、この力は『境界を操る程度の能力』に並ぶ『理不尽』の権化。

 幽々子自身の、弾幕を含めた迎撃を主にした戦闘スタイルとこの力の組み合わせは、例え月の使者が相手だろうと、最悪負けはしても、命の危機にまでは及ばない。

 そう、誰もが思っていた。

 

 ――誤算。

 

 たった一つの誤算。

 それは地上の人間と月人が持つ、『死』の概念との距離だった。

 確かに、全ての生物は等しく死が待ち受けている。

 幽々子の能力は、対象に無理やりそれを引き寄せて、生物としての終わりを体現させるもの。

 しかし、それでも『能力』である事には変わりない。

 

 つまり『死を操る程度の能力』にも()()()()()()()()()()という事だった。

 

 例え話として。ある相手の能力が仮に洗脳系だったとしよう。

 相手が自分を洗脳しようとした際、誰しもが持つ能力への耐性によって二つの違いが生じる。

 一つは『すぐに言いなりになる』、二つ目は『しばらく抵抗し、後に言いなりになる』だ。

 これは所詮一例に過ぎないが、一体これが何を説明しているのかと言えば、即ち『能力とは例外なく絶対ではない』という事。

 幽々子の力には、幽々子本人が気づけていないある仕様があった。

 『死』とは、どのような見方をしても『死』でしかない。

 幽々子の能力は、ただ『相手を死なせる』というだけで、そこに『衰弱していく』、『息も絶え絶え』といった、細かい『過程』が存在しない。

 それが、唯一無二の強さにして、今回の誤算を引き起こした元凶である。

 多少能力に抵抗できたとしても、その者が幽々子の能力で『死んで』しまえば、その時点で既に『死んで』いるのだから、抵抗力など意味がない。

 

 しかし、()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()ならば、一体どうか?

 

「残念だったな。我にそれは効かぬ」

 

 細愛親王に刻まれた能力は――『力を散らす程度の能力』。

 『力』が示すもの、それは相手の神秘による身体強化から、能力による影響全てに渡る。

 かつて伊吹萃香と対峙し、『密』による硬化すら解除し、鬼が持つ鋼の肉体に傷さえつけた反則の力。

 月人という種族が共通して持つ、穢れから脱却したが故の『死への耐性』。

 多少の耐性を貫通する幽々子の能力を跳ね除ける、『細愛の能力』。

 以上の二つが、この絶望的な状況を作り。

 どうしようもない現実を彩っていた。

 

「亡霊になってから、痛みには疎くなっただろう」

「……、……」

「だからこそ、これ(暴力)は効く」

 

 細愛の能力は、霊力や呪力といった『神秘』全体に作用する。

 先ほどからずっと幽々子を襲う痛みの正体。それは細愛が能力によって、『西行寺幽々子』を構成する神秘を分解し、魂に深刻なダメージを与えているからだ。

 ただ殴り、蹴られる痛みとは次元が違う。

 自身の存在を保つ為の、決して失われてはいけないものが散り散りになっていく感覚は、人間で例えるなら、生きたまま皮を剥がされるのに近い。

 綿月豊姫の『山と海を繋ぐ程度の能力』による戦力の分断は、とことん合理的で慈悲がない。

 まずは幽々子を一人、この豊かの海に転送し、その後細愛も送るという徹底ぶり。

 更に、今も尚戦況は混沌としており。

 今、唯一幽々子を助けることができる八雲紫は、依姫によって完全に身動きを封じられている為、幽々子はこの危機を脱する手段が皆無。

 簡単に言えば、絶体絶命。

 

「穢れを持たないお前は本来、月では歓迎こそしないものの、拒むほどのものではない」

 

 穢れのない存在。

 それだけなら、他の月人は当然として、細愛自身もここまで敵意を露わにすることはなかっただろう。

 しかし、たった一つだけ。

 あの穢れの弾幕を生み出し、八雲紫に加担した――たったこれだけで、その評価は覆された。

 

「お前は忌まわしい穢れを生み出し、この戦場に姿を見せた。――それだけで、理由は充分だ」

「…………」

「恨むなら、お前をここに呼んだあの妖怪(八雲紫)を恨め」

 

 増援はない。

 妖怪の中でも最高戦力であろう鬼の二匹は今も、豊姫と月の兵器の数々を相手に苦戦を強いられている。

 八雲紫、そしてその式神の八雲藍はやはり、今も身動きがとれぬまま。

 細愛が目の前の亡霊を滅ぼすのを止められる、そんな存在はどこにも残っていない。

 それを、細愛は耳に装着した小型の通信機器から流れる、依姫の報告から確認した。

 

『――こちらは無力化に成功しました。細愛殿は?』

「こっちもだ。亡霊はいつでも消却できるが。どうする?」

『――分かりました、ではその通りに』

「あぁ」

 

 細愛は、静かに剣を抜く。

 その刀身には、細愛の『力を散らす』力が宿った証の紫電が迸っている。

 亡霊の身体を消し飛ばし、本体の供養という唯一の手段を択ばずとも、問答無用で成仏をさせる力。

 

『そのまま――そこにいる亡霊を消却してください』

「分かった」

 

 それが、振るわれようと――。

 

「消えろ、亡霊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離れろ、月人」

 

 突き刺すように言う、()()()

 その声の主は、まるで触れればその瞬間から、火花が迸るかのような怒気が身を包んでいた。

 ボブカットの銀髪と、少女に見間違うほどに整った容姿。

 それに似合わない、腰に携えた無骨な二本の刀。

 なにより。

 

「…ほう?」

 

 ()()()()

 能力による補助もあり、生物の気配を察知するのに長けた細愛ですら一瞬、その存在を感知することができなかった。

 未知への警戒。

 だがそれらを遥かに凌駕する――己の実力への自信。

 

「名を名乗れ、()()

 

 白い青年、魂魄妖忌は言う。

 

「貴様に名乗る名などない」

 

 その赤い瞳に、より紅い決意と怒りを宿しながら。




 次元斬について(前回忘れたので)
本作における世界を断つ斬撃には共通して『切られた場所は程度の能力が干渉できない』というオリジナル効果があります。
なのでこれを喰らったが最後、助かる唯一の希望は『切られた本人が反転術式で自分の身体を治す』以外にはありません。
つまり反転が使えない(霊力を持った)ただの人間は世界を断つ斬撃を喰らったが最後、ほぼ死亡が確定します。

 幽々子の力はハリポタのアバダみたいなもんです(愛の護り以外『死』に反対呪文がないから防げない)。
 例え抵抗して『死』を弱めても、幽々子の力は確定した『死』である事に変わりはないから、結局は死んでしまうみたいな。
 蓬莱人以外は問答無用で念じて殺せる、正に冥界の支配者に相応しい最凶の力。
 しかし今回は相手が悪かった。

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