【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 細愛親王VS比那名居天子。
 ↑こんな展開、星の数ほど存在する東方二次の中でも多分本作が初めてなんじゃないかな…


138話.有頂天変 〜 Wonderful Heaven

 魂魄妖忌は困惑していた。

 

(あれは誰だ……!?)

 

 突然として暗闇が消え、代わりに広がる夏の晴れ空のような青。

 恒久的な夜、星々の輝きがなくなり、地上と変わらぬ空が上書きされる異変。

 そして、それらを凌駕する『異質』の本体が、そんな目に焼き付くように美しい青一面を掻き分けるように。

 そんな青空から、その少女は落(・)ち(・)て(・)き(・)た(・)。

 まるで、少女は怒っているように。

 あるいは、この混沌とした戦場を歓喜するかのように。

 両の手を掲げ、口端を歪めて落ち続ける少女は。

 そんな遥か上空から。

 

「――おい」

 

 妖(・)忌(・)の(・)目(・)の(・)前(・)へ(・)現(・)れ(・)る(・)。

 

「ッ――!?」

 

 妖忌は驚愕で呼吸を乱した。

 少女の身体は、目視で地上から二〇メートルは離れていて。

 更に少女は、何か特別な事をするわけでもなく、月の重力に身を任せた自然落下を続けていた筈だ。

 だが声が聞こえた時にはもう、少(・)女(・)は(・)妖(・)忌(・)の(・)前(・)に(・)い(・)た(・)。

 瞬きをする間もない刹那。

 少女は、一言。

 

「どけ」

 

 ギチィ、と。

 少女の小さな手が、妖忌の刀に手を伸ばし、触れる音。

 しかも、ただ刀に触れているのではない。

 少女はあろう事か、『楼観剣』の刀身を素手で、直に強く握りしめていたのだ。

 鉄すら斬り裂く、幽霊一〇匹分の殺傷力を持つ刃に臆することなく。

 刃を握る手には、切り傷の一つもなく。

 ぐっ、と。

 

「なっ!?」

 

 妖忌がそれに気づいた頃にはもう遅い。

 とっさに『楼観剣』を握る右手では足(・)り(・)な(・)い(・)と、反射的に残された左手を柄に沿え、その『力』に抵抗しようとする。

 ぐるん!と、そんな妖忌の抵抗を嘲笑うかのように、次に訪れた光景は拍子抜けするくらいに呆気なく。

 妖忌の視界では、天と地が逆転していて。

 それが、少女によって空中に放り出されたからであると、数秒遅れて認識した。

 なんとか成功させた着地、それによる足の痺れと。

 身体にかかった遠心力による、視界が眩む感覚に妖忌は酔う。

 

 ――なんだ、今の『力』は!?

 

 自分に似ているようで違う、全く異質な『力』の流動。

 その時、魂魄妖忌に――畏怖に近い緊張が迸る。

 

(霊力や呪力をまるで感じなかった!つまりこの女は身体を強化していない……!――ただの力比べで負けたのか?この私が!?)

 

 青年、魂魄妖忌の経験。

 その長い旅路で見てきたものは、妖怪や神、数多の『至った者』が持つ異能や、長い時間をかけて築き上げた技。

 自分にはない力。

 もしくは自分には必要のない力を見てきた妖忌に積重された経験、その中には初見の『能力』こそあれど、新鮮さはどこにもなかった。

 だがこれは。

 今身をもって味わった少女の『力』は違う。

 魂魄妖忌にとっては未知であり、計り知れぬ異質そのもの。

 それは『能力』ではなく――純粋な『力』そのものだった。

 技はなく。

 重ねられた理論や経験はなく、ただそこにあるのは『暴力』の奔流。

 少女――比那名居天子の肉体に宿る、天(・)与(・)の(・)力(・)。

 気配。

 

「……っ、あれ……は……?」

「ッ、幽々子様…!」

 

 遅れて、背後で意識を取り戻した幽々子もまた、少女が纏う気配の異質さに気づく。

 あれは敵か、それとも味方か。

 それが分からぬ妖忌は、不測の事態に備える。

 未だ不調のままの幽々子を、乱入者と細愛の二人から守るように立ち、刀を強く握りしめた。

 

 

 

 

 そんな少女の異質さに気づいたのは、妖忌たちだけではない。

 

 

 

 

「………………」

 

 細愛親王もまた、妖忌以上に困惑していた。

 彼は妖忌と違って、天子の『力』を体感した訳ではない。

 言葉を交わした訳でも、ましてや天子が彼にとっての、存知の者である筈もなく。

 全てが未知であり、だからこそ鮮明に伝わってくる『力』の気配に、細愛は信じられない思いを止められなかった。

 

 この世界には神秘がある。

 

 呪力や魔力、仙力と名前こそ違えど、ある程度は本質が同じであるその力の中で、唯一の例外は『霊力』だ。

 不浄なるものを浄化し、肉体を強靭に、清き魂を清いままにする、『純粋な人間』にのみ許される神聖な力。

 人である事を捨てるとは、それ即ち、そんな神聖な力である霊力を失うこと。

 それは仙人や魔法使いも同じで、例え人間の形を保とうとも、逃れられない事実だ。

 

 だが、『天人』だけは違う。

 

 彼らは月人とは違い寿命はある。あくまでも力づくで死神を倒し、死を拒否しているに過ぎない。

 生まれた時にはもう、恒久的な命が確定しているものと、死から逃げ続けるものは違う。

 だが『霊力』を扱えるという一点のみ。

 『月人』と『天人』、両者にある上位種族と下位種族の壁はなくなり、同じ土俵に立てるのだ。

 

「なんだ、お前は」

 

 だ(・)が(・)、目(・)の(・)前(・)に(・)立(・)つ(・)天(・)人(・)は(・)違(・)う(・)。

 細愛親王は能力(力を散らす)の仕様上、相手が内包する神秘には敏感だ。

 だからこそ、信じられない。

 目の前にいる天人から、本来なら感じる筈の気配――神秘が全(・)く(・)な(・)い(・)事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『天界に昇った人間は天人に進化する』。

 天人に至るとは即ち、生物としての最大級の名誉であり、選ばれた者のみが辿り着ける境地。

 だから、皆が憧れる。

 だがそうやって、天人を羨望する心がある限り。

 その者は決して、修(・)行(・)で(・)天(・)人(・)に(・)は(・)至(・)れ(・)な(・)い(・)のだ。

 羨望の心を捨てぬ限り、どれだけ厳しい修行を重ねても、そのほとんどが『天人』ではなく『仙人』に成(・)り(・)下(・)が(・)る(・)。

 その一番の理由は、羨望から修行を始める者のほとんどが、天人が持つ至高の『肉体』、そ(・)れ(・)に(・)相(・)応(・)し(・)い(・)中(・)身(・)を(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)から。

 欲を捨て去り、身を削る修行を幾星霜続ける事でようやく、その者は天人に相応しい『魂』を会得し、恵まれた肉体を手にできる。

 

 ――そう、ほ(・)と(・)ん(・)ど(・)は。

 

 天人は人間の上位種。

 仙人や魔法使いとは違い、清い肉体と魂を保持したまま進化する事で、同じく清い力である『霊力』を保持して生まれ変わる。

 だが時に、その者の生前や一族への『功績』として、修行を積む事なく天人に至る者もいるが、その者が保持する霊力はたかが知れたもの。

 それこそがイレギュラーであり、比(・)那(・)名(・)居(・)天(・)子(・)の(・)力(・)の(・)正(・)体(・)。

 

 天子含む比那名居の一族は、所詮名居一族の部下でしかなく。

 他の天人とは違い、清き『肉体』と清き『魂』、その両方を鍛える修行は一度も経験していない。

 故に保持する『霊力』も微弱で、天人に至っても内包される神秘の量に変化はなく。

 実際に天子の両親や他親族は皆、『少量の霊力を保持する天人』に進化しており。

 逆に他の天人は、天子の両親らとは違い、正当な手順で天人に至った事による『膨大な霊力を保持する天人』への進化を果たしている。

 だからこそ、自身の両親と同じく、天子もまた『少量の霊力を保持する天人』に進化する――。

 

 ――筈(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

 霊力とは清き力だ。

 昔とは違い、地上ではもう、それを主に扱うのは高位の巫女しか存在せず。

 そんな巫女ですら、血反吐を吐くような厳しい修行を重ね、ようやく引き出せる力であり。

 ただの人間の一人娘に過ぎない天子が、そんな霊力を自由に扱える筈もない。

 故に、天子が天人に至る際に持(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)力(・)は、天人の肉体とは相性が悪すぎた。

 

 月の都が生まれるよりも遥か昔。

 あまりにも長い歴史の中で初めての――子(・)供(・)が(・)天(・)人(・)に(・)至(・)る(・)事(・)態(・)。

 

 人間の言葉で言うなら、天界に住む前の天子は――『思(・)春(・)期(・)』と(・)い(・)う(・)名(・)の(・)、あ(・)ま(・)り(・)に(・)も(・)些(・)細(・)な(・)生(・)理(・)現(・)象(・)の(・)真(・)っ(・)最(・)中(・)で(・)あ(・)り(・)。

 心を静め、清くある事でようやく引き出せる『霊力』を持つ代わりに。

 その時、天人に至る直前に天子が持っていた力は――天(・)人(・)の(・)肉(・)体(・)と(・)相(・)反(・)す(・)る(・)『呪(・)力(・)』。

 ――天界では忌むべき、人間が持つ負の力であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 比那名居天子の魂に上書きされた天人の肉体に呪力はなく、その上肉体は呪力を生成・消費しない。

 天子の肉体に宿る『霊力』と、天子の魂に宿る穢れの象徴たる『呪力』が溶け合い。

 更には天人にのみ食することが許される天界の桃『仙果』を食する度、また更に天子の肉体と魂にある相反する力――『霊力』と『呪力』は呑み合い、消えていく。

 

 ――重なったイレギュラーによる進化のバグ。

 

 これにより比那名居天子は、この世界で唯一神(・)秘(・)か(・)ら(・)逸(・)脱(・)し(・)た(・)神(・)秘(・)の(・)存(・)在(・)。

 全てを削ぎ落した真の虚無――因(・)果(・)の(・)外(・)に出た存在と化した。

 

「――言うに及ばん」

 

 細愛は剣を振るう。

 ただしそれは、相手を斬る為ではなく、自身をか(・)つ(・)て(・)『最(・)強(・)』に(・)押(・)し(・)上(・)げ(・)た(・)力(・)を向ける為。

 天子は動かない。

 ゆらりと腕を上げ、ブンッ、と。

 蟲がさざめくような音と共に、天子の身体を紫の光が覆いつくす。

 『力を散らす程度の能力』による、身体能力の弱化だった。

 

「貴様は天人だろう?これは警告だ、我ら月人の邪魔をするな。劣等種」

「…………」

 

 天子は言葉を発さない。

 

「元とはいえ、貴様も所詮は地上の人間。ここ(月)には相応しくない、さっさと――」

 

 ――刹那。

 細愛の視界から天子が消えたその瞬間。

 轟!と、月の大地を粉砕して、非想非非想天の娘は駆け出した。

 両者の距離は一〇メートル近く、しかしその刹那に起こった出来事は、時間にして一〇〇分の一秒すらなかった。

 紫の光は、天子の肉体を縛れずに霧散した。

 己の力が消えた事も、ましてや天子が動いた事にすら反応できなかった細愛は。

 

「ごぶぁッ――!?」

 

 天子の振るった拳を直で受け、吹き飛んだ。

 複雑な理屈など必要ない。

 腰を、重心を使って放つ殺しの一撃、重すぎる一撃は。

 細愛の巨大な体躯を物ともせずに吹き飛ばす。

 

 吹き飛ぶその先は、『海』。

 

 天子にとっては美しい、そしてとても辛い『思い出』が込められた場所。

 何の因果か、既(・)に(・)変(・)わ(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)彼(・)女(・)を(・)見(・)つ(・)け(・)た(・)天(・)子(・)は、本能の赴くままに謎(・)の(・)渦(・)に飛び込み。

 そして、この場所を戦場として利用する事にした。

 それは、過去の決別を意識したのかもしれないし。

 あるいは彼女(幽々子)を傷つけられた怒りを、今すぐにでも発散したかったのかもしれない。

 だがどちらにしろ――。

 

「――ハッ!」

 

 今分かるもの。

 それは、天子の持つ牙は。

 天与の力が振るわれる先は、既に定められたという事だ。

 

 

 

 

「地上の人間、ね」

 

 呪縛(しゅくふく)によって得たのは、天賦の肉体。

 

 

 

 

「――テメェも人間だろ(そうだったろ)」

 

 縛(・)れ(・)る(・)も(・)の(・)な(・)ど(・)、無(・)い(・)ほ(・)ど(・)の(・)――。

 

 

 

 


 

 

 

 

 勝てる筈だ。そう理性は言っている。

 負ける筈はない、そう心は叫んでいる。

 身体の節々が軋んだような音、それが本能による危険信号であると、細愛は一瞬分からなかった。

 

「ふ、ざ――」

 

 天地が入れ替わり続けている。

 上と下が分からない、自分の身体はまるで、竹とんぼのようにくるくると回っているのだと直感する。

 頭に重くのしかかる不快感は、顔を殴られた事で僅かに、脳が揺らされたからだろう。

 だが、し(・)っ(・)か(・)り(・)と(・)揺らされていない、まだ大丈夫だ。

 だから、立て。

 この程度、自分には大したダメージには――。

 

「ふ、ざ……けっ――!」

 

 目前に迫る水面に右手を突き出し、力を使う。

 己に科した縛りの一つである『他者に対し能力を実行する際、散らす力は神秘に限定する』の恩恵。

 それにより細愛は、自分限定でより細かく能力の対象を設定できる。

 『水面』と『自分』が衝突する際の力を散らし、細愛は水面の上に立つ。

 立って、視界の先で青空よりも蒼い青がこちらに駆け出すのが見えた。

 

「ッるなァアアアア!!!!!」

 

 吠えるように絶叫した細愛は、水(・)面(・)を(・)駆(・)け(・)る(・)比那名居天子を撃破する為に、剣を振るった。

 例の、力を散らす紫の光を剣に纏い、それを思いっ切り、まるで熱した鋼に槌を打ち付けるように振り下ろす。

 剣に宿した光から『能力の実行』を縛る事で、その分純粋な斬撃の『質量』を増やす。

 結果誕生したのは、圧倒的な物量攻撃。

 斬撃は分裂し、大気を切り裂きながら目標に向かっていく。

 まるで、その斬撃の一つ一つが意思を持っているかのように。

 それでも、天子は止まらなかった。

 

 いつの間にか、右(・)手(・)に(・)握(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)黒(・)い(・)何(・)か(・)。

 

 天子がそれを一度振るうと、まるでビームサーベルのように光の刃が飛び出した。

 異質な神秘。

 何より、それを今までどこに隠し持っていたのか――細愛が動揺したその時。

 ギンッ!と、斬撃が弾かれる音がした。

 そこまでは細愛も予想できた。

 所詮斬撃の一つ一つは速度も威力も微々たるもので。

 それの真価は、圧倒的な物量による回避不可能の弾幕の嵐という一点。

 一(・)つ(・)や(・)二(・)つ(・)程(・)度(・)な(・)ら(・)問(・)題(・)な(・)い(・)。

 一(・)つ(・)で(・)も(・)命(・)中(・)す(・)れ(・)ば(・)、そ(・)の(・)時(・)点(・)で(・)こ(・)ち(・)ら(・)に(・)有(・)利(・)が(・)傾(・)く(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)。

 

 瞬間、時間が止まった。

 

 辺りに飛び散る水滴の一つ一つがはっきりと見える程の集中状態。

 スローモーションになる視界の中でも、天子の姿は忌々しい程にくっきりと映っていて。

 代わりに、見えないのは右腕のみ。

 ブレた右腕が、縦横無尽に上へ下へ、時に左右へと動き続けている。

 現実を直視した動揺により、集中状態は解除され。

 次に、細愛が聞いたのは斬撃が炸裂する音ではなく。

 

 ギキキキキキキキキキキ――!!

 

 鉄と鉄を擦り合わせるような不快な音と共に。

 細愛の斬撃が文字通り、全(・)て(・)叩(・)き(・)落(・)さ(・)れ(・)た(・)現実がそこにある。

 

「ッッッ――!!」

 

 細愛の胃袋から喉の先まで、ぞわりとした恐怖が這い上がる。

 

(なんだ……こいつは……!!)

 

 全力の力で後方へ跳び、再び斬撃による弾幕を展開する。

 まぐれとは言わない。

 あれにはしっかりと、自分に拮抗するだけの力がある。

 だから冷静に、き(・)っ(・)と(・)い(・)つ(・)か(・)は(・)当(・)た(・)る(・)筈(・)――。

 右から左へ、更に左から右へ。

 剣を二回に分けて振るう事で、生成する斬撃の数は倍以上。

 更に細愛は、生成する斬撃の大きさを『通常の三分の一』にする縛りにより、斬撃の威力を下げて密度を向上させている。

 仮に直撃したとしても、最初のに比べればダメージは半分以下。

 

 だ(・)が(・)一(・)度(・)で(・)も(・)、一(・)度(・)で(・)も(・)当(・)た(・)れ(・)ば(・)問(・)題(・)な(・)い(・)。

 一(・)発(・)で(・)も(・)当(・)て(・)れ(・)ば(・)自(・)分(・)の(・)勝(・)ち(・)だ(・)と(・)、細愛は焦燥を隠せぬままに剣を振るった。

 

 天子は動いた。

 今までのとは違い、今度の斬撃は叩き落し切る事ができないと、そう判断したのだろう。

 右手の形は、今までのように剣を握る形ではなく、手の平から少し浮かせた形。

 それを前に突き出した瞬間。

 

「――全人類の緋想天」

 

 神々しい光の刃は、まるでそれ自体が生き物であるかのように変異し。

 荒ぶる大蛇のように四方八方、細愛の放った小さな斬撃を一(・)つ(・)残(・)ら(・)ず(・)消(・)滅(・)さ(・)せ(・)た(・)。

 絶句する細愛とは対照的に。

 まるで悪魔のように、比那名居天子は笑っていた。

 

(なんだんだ、こいつは!?)

 

 一瞬にして距離を詰められ、細愛は再び防戦一方になる。

 あらゆる神秘を、それこそ神霊にすら届く最強の力は、剥き出しの肉体が相手ではどうにもならない。

 頬を蹴り飛ばされた。

 その痛みに喘ぐ隙に、今度は胸に釘を打ち付けられたかのような激痛が走る。

 打撃、蹴り。

 技も何もない、子供でもできる純粋な『暴力』が、細愛の身体と精神(こころ)を削っていく。

 

(当然のように水面を駆ける!依然、神秘は感じられない!)

 

 だが、しかし。

 

(上がり続ける速度と力!!)

 

 ガゴン!!という激突音と共に細愛の身体は下に落ちる。

 あまりにも強い衝撃、水面は地面と相違ない硬さに変化しており、手を突きだして衝撃を緩和するなんて事はできなかった。

 胸、顔の順で石でも投げつけられたかのような痛みが走り。

 海を割り、海底の奥底に身体をぶつけて、細愛は痛みに喘いだ。

 

「ぐ、がぁっ……!」

 

 天子は何も、知恵を使った攻撃をしている訳ではない。

 人体ではどう頑張っても鍛えられない箇所や、相手の身体に後遺症が残る危険こそあれ、『実戦』においてはこれ以上ない効力を発揮する後頭部への、急所への攻撃。

 それらは一度も行っていないし、むしろ天子はやり方を知らない。

 ただ、目に付いた場所を殴り、蹴っているだけ。

 それだけ、たったそれだけで。

 元月の都『最強』として鍛えた己の肉体から力が消し飛ぶ。

 鍛えた肉体、磨き上げた技。

 それが、何も考えないただの『暴力』によってねじ伏せられる事実。

 かつての『最強』という名の名誉。――己の自尊心が、音を立てて崩れていく。

 

「……ぅ、あ……」

 

 それでも、細愛は立ち上がり、剣を握った。

 肉体の不調も、ましてや少女相手に抱いた恐怖も――全てを怒りでもみ消して、立ち上がった。

 

「き、さ……ま」

 

 あ(・)の(・)剣(・)。

 先ほどからずっと、殴る蹴るばかりでそれを使わないのには、何か意味があるのか。

 舐めている――その可能性は、細愛にとっては最も屈辱的で死にたいものだが、実際には最も安全な可能性でもあった。

 あの剣からは、細愛も冷や汗が出る程に異質で、末恐ろしい何かの気配を感じる。

 あれが、も(・)し(・)も(・)自(・)分(・)に(・)振(・)る(・)わ(・)れ(・)た(・)ら(・)。

 

「――――ア"ァッ!!」

 

 言葉すら忘れて、細愛は駆け出した。

 もはや『逃げ』の姿勢では何も解決しない。

 一方的にやられるだけならばせめて、まだ『可能性』の残る手段に縋るべきだと、細愛は夢(・)と(・)希(・)望(・)を(・)作(・)戦(・)に(・)乗(・)せ(・)た(・)。

 

「……………」

 

 天子は後ろへ下がろうとも、細愛に向かって進もうともしない。

 まるで退屈そうに、冷めた目をしたまま、右手の甲で剣を滑らせ、立っている。

 と、右手の甲から滑り落ちた剣を、天子は再び強く握り。

 ――それを上(・)空(・)に(・)向(・)か(・)っ(・)て(・)投(・)げ(・)た(・)。

 

「は――?」

 

 しかし、天子は止まらなかった。

 まるで細愛がそれに困惑するのも、予想していたかのように笑い。

 ドン!!と、地面を踏みつける。

 

 

 

 

 神秘とはこの世界の基本。

 単純な身体能力の向上は当然として、簡易的な結界や能力(程度の能力)の運用にも神秘は消費される。

 人間も妖怪も変わらない、彼らが使う『神秘』とは、言うなればガソリンみたいなものだ。

 思い、寿命や生命力、そして自身に向けられた畏怖や憧憬が『原油』であり、それを『ガソリン』に精製する。

 そして、この世界にある能力は『エンジン』であり。そうして作ったガソリンを消費することで、彼らは能力を運用する。

 だが比那名居天子の肉体に神秘はない。

 当然、どれだけ畏怖や憧憬を集めたところで、天子の肉体に科せられた後(・)付(・)け(・)の『天与呪縛』による効力により、どうあがいても原油は生まれず、ガソリンは精製できない。

 

 しかし、天子の肉体にないのはあくまでも神秘であり。

 ――その肉体にはしっかりと、『エンジン』である『能力』が刻まれている。

 

 ならば後は単純明快、そのエ(・)ン(・)ジ(・)ン(・)に(・)注(・)ぐ(・)ガ(・)ソ(・)リ(・)ン(・)さ(・)え(・)ど(・)う(・)に(・)か(・)す(・)れ(・)ば(・)、天子は能力を使えるのだ。

 天界が生まれて数億年。

 その間、誰一人として主を認めなかったあ(・)る(・)宝(・)剣(・)こそ。

 比那名居天子のガソリンに成り得る存在だった。

 

 

 

 

 天子が足を踏みつけた時、その衝撃で閉じかけていた海が再び割れた。

 更に、その足元の地面にはまるで、蜘蛛の巣のような形をした綺麗な亀裂が走っていた。

 細愛が亀裂に視線を落とした時にはもう、次の変化は始まっていて。

 間欠泉が吹き出すように。天子の足元にあった大地はまるで、それぞれが弾丸のように小さく、そして槍のように細く変化し、宙に浮かぶ。

 

 ――比那名居天子の肉体に刻まれた、『大地を操る程度の能力』。

 

 天子が右手を掲げ、自然落下する剣を握る。

 再び、神々しい光の刃を出現させたそれを、まるで子供が棒を振るような、そんな軽い動作で振り抜き。

 自身の目の前で待機させた、大量の岩を風圧で吹き飛ばす。

 まるでそれは、岩による散弾銃だった。

 

「――ッ!!」

 

 故に、細愛は射出されるそれを回避するのではなく、防ぐ方向に切り替える。

 無駄な足掻きと認識しながらも、剣を縦と横に一閃し、約四割の岩を消し飛ばす。

 天子の能力が作用するのは、あくまでも岩(・)の(・)形(・)を(・)変(・)え(・)る(・)ま(・)で(・)。

 つまり岩(・)の(・)射(・)出(・)は(・)天(・)子(・)自(・)身(・)の(・)腕(・)力(・)に(・)よ(・)る(・)も(・)の(・)で(・)あ(・)り(・)、そ(・)れ(・)に(・)は(・)神(・)秘(・)を(・)散(・)ら(・)す(・)力(・)が(・)通(・)用(・)し(・)な(・)い(・)。

 

「ぐ、ぎぁああッ――!?」

 

 飛んでくる、なんて表現はあまりにも温すぎる。

 目に見えない、その上自分の能力では防げない純粋な物理攻撃を前に、細愛は身に纏う鎧が砕け、肉が千切れる音を聞いた。

 全身を殴打される形で、細愛は血の尾を引きながら吹き飛ばされ、地面に転がる。

 今まで以上の激しい激痛。

 だが、身体は動く。

 まだ岩を消し飛ばし、そのせいで辺りを砂埃が漂っているが、それ以外には――。

 

 ――砂(・)埃(・)。

 

 細愛の呼吸が止まる。

 比那名居天子の肉体に神秘はない。

 その上、天子が持つ謎の剣が持つ神秘を、細愛はまだ完全には記憶できておらず、その気配を追えるようになるには時間が足りない。

 そうなると必然的に、細愛が天子を知覚するには己の目しか頼れるものがない。

 だが現在、細愛の視界は砂埃によって殺されている。

 次には何が来る?

 この圧倒的有利で、比那名居天子は何をしてくる?

 おそらく――。

 

「――――ッ!!!!!」

 

 

 

 

 比那名居天子が『調伏』し、一心同体となった天界の宝剣。

 細愛が背(・)後(・)か(・)ら(・)の(・)奇(・)襲(・)を(・)警(・)戒(・)し(・)、振(・)り(・)向(・)い(・)た(・)そ(・)の(・)隙(・)を(・)狙(・)い(・)、天子はそれを突き付けていた。

 その宝剣は、天界の宝に相応しい力こそ宿しているものの、唯一とも言えるある欠点が存在していた。

 ――それは『時間』。

 並の神秘や能力が相手ならまだしも、細愛親王が持つ能力に適(・)応(・)する為には、その宝剣はある程度の時間を必要とする。

 普段ならそれは、弱点とも呼べない可愛らしいものだ。

 しかし、天子はこの戦いにおける自身のアドバンテージは、細愛にとって宝剣の力が未知であることだと判断し、早急に決着をつけるべく動いた。

 

 だ(・)か(・)ら(・)、そ(・)の(・)為(・)に(・)待(・)っ(・)た(・)。

 

 天子が宝剣を攻撃に使わなかった理由。それは『刃の裂傷能力をゼロに、更に刃の変形を一瞬に留める』という縛りによる、適(・)応(・)時(・)間(・)の(・)短(・)縮(・)だった。

 生物と無生物、あらゆるものに宿る『気質』をコントロールするその宝剣は。

 本来必要とする時間――それの約三分の一で、細愛親王の能力に適応し――。

 

 

 

 

「が、ッ、ァ――」

 

 『力を散らす程度の能力』を無効化し、その喉を貫いた。

 

 

 

 

 特級神具『緋想の剣』。

 その効果は『気質を見極める程度の能力(あらゆる事象への適応)』。

 

「あーあ、能力頼りの回避に回っちまったな」

 

 天子は笑う。

 次に、ゴリュリュリュリュリュ!!と、肉と骨が粉砕される音が響き渡る。

 喉から肺にかけてを力づくで斬り裂かれる音。

 自分の身体が、徹底的に壊される音。

 それを、細愛は消えゆく意識の中、まるで他人事のように聞いていた。

 

(負けるのか……?)

 

 代わりに今、細愛の脳内に浮かぶのは。

 戦場でかつて、栄華を誇っていた自分の姿ではなく――その座を奪われた自分。

 代わりに、戦場に立っているのは二人の少女。

 自分から『最強』の座を奪った、綿月豊姫と綿月依姫だった。

 

(我(・)は(・)、ま(・)た(・)負(・)け(・)る(・)の(・)か(・)……!?)

 

 ――よ(・)り(・)に(・)よ(・)っ(・)て(・)。

 ――よ(・)り(・)に(・)よ(・)っ(・)て(・)あ(・)れ(・)と(・)同(・)じ(・)、こ(・)ん(・)な(・)小(・)娘(・)に(・)負(・)け(・)る(・)の(・)か(・)?

 ――また、自分は……!

 

「ふ、ざ……」

 

 もはや意地だった。

 あるいは執念か、それとも恨みか。

 一切の力が入らない肉体とは裏腹に、その叫び声には、今まで以上の力が込められていた。

 細愛親王は叫――。

 

「け――!?」

 

 ――叫ぶ直前、天子が細愛を思い切り殴り飛ばす。

 ドガンッ!!!!と、再び轟音が鳴り響くと同時に。

 それとは別の、人体から決して鳴ってはいけない、布を引きちぎるような音がこだました。

 月人の身体は頑丈だから、細愛はまだ生きているだろう。

 しかし、肉体以上に精神(こころ)がやられてしまっている。仮に身体は治ったとしても、以前のように在れるかどうかは別の話だ。

 だが、それでも。

 

「あー、悪い」

 

 いつの間にか用意していた、比那名居一族しか乗れない『要石』の上に座りながら。

 天子は血まみれの手をブンブンと振り、返り血を飛ばしながら笑った。

 そう、強者としての自尊心など、この非想非非想天の娘にとっては。

 ――そ(・)ん(・)な(・)事(・)は(・)ど(・)う(・)で(・)も(・)い(・)い(・)のだ。

 

「聞こえなかった。もう一回言ってくれ」




普通の天人(名家)→超強い肉体と霊力(レベルは渋谷時点の虎杖くらい)
他の比那名居→強い肉体と弱い霊力(レベルは覚醒前の真希くらい)
比那名居天子→超超超強い肉体(レベルは当然パパ黒)


 何故天子だけが他と比べ呪術ナイズが強いのかと言うと、後の『ある展開』への布石ってやつです。
 最終部でのあれやこれ、天子と『ある東方キャラ』との共通点、そして呪術廻戦に当て嵌めた際の『ある事件』との親和性を思いつき、『これはやるしかない』と思いこんな形になりました。
 それが明らかになるのは4部の『緋想天編』と、最終部である5部の『智霊奇伝編』でだと思います。
 呪術廻戦を読んでる&東方Projectを知ってる人両方が『あぁ』となる展開と断言しておきましょう。
 さて、この世界で彼女は『何を』破壊するのか、お楽しみに。

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