【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 「続きは明後日」から二十日以上経ったし…投稿不全、やはり寄る行事には勝てぬか


140話.第一次月面戦争⑩God Slash※

 限界があるのは分かっていた。

 努力を怠った事はないし、寧ろ今でも『強さ』を求める欲望の器は際限なく広がり続けている。

 強くなり続ける現実と、今よりもっと強くなる未来の両方が見える。

 だが、限界がある。

 人間がどれだけ肉体を鍛えようと、握力や脚力には上限がある。

 だから、肉体の成長が打ち止めになった時。反応速度や霊力の扱いに視点を向け、際限のない『強さ』を求めた。

 そして。

 

 綿月依姫は、己の限界に気づいてしまった。

 

 戦い方という名の手数。

 八百万の神の一柱、その権限の詳細。

 使い方の工夫を含めた場合、今の依姫の戦術は八〇〇〇〇〇〇個を超える。

 経験。それをどれだけ重ねても、依姫の理想には『まだ』足りない。

 きっかけが欲しい。

 数百年前に見た、あの『強さ』へのきっかけを。

 絶対的な強者(あっち側)への近道を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目よ」

 

 その『方法』を話してすぐ、綿月豊姫は反対の意思を見せた。

 でも。と、そんな子供らしい二の句すら許さないと、そう強く視線で訴え。

 

「言いたい事、やりたい事は分かる。だけど駄目」

「……」

「そもそも、依姫。あなた自分の能力を忘れちゃった?」

「それは」

 

 豊姫は早口で、依姫の言葉を遮りながら。

 

「八百万の神々、その権能を下ろす力は結局、あなたが『力を貸していただく』立場だから成り立ってるもの。あなたは神様を蔑ろにしないし、神様もあなたの敬意に応えて力を貸してくれる。……ここまではいい?」

「……はい」

「なら後は分かるでしょう?あなたがやろうとしてる『それ』は、そんな神様の善意に唾を吐くに等しい行為なんだから」

 

 依姫は間違いなく天才だった。

 元より破格の性能を誇る『神霊を呼ぶことができる程度の能力』、その『一つの身に一つの神しか下ろせない』という、あってないようなデメリットを克服する為に、刀という新たな『神籬』を定義する。

 これは誰にもできることではない。

 結果、依姫はただでさえ無法だった八百万の神の力を、複数同時に扱えるという一点で、かつての『最強』であった細愛親王から『最強』の肩書きを剥奪した。

 これだけでも、充分な力だろう。

 だが依姫からすれば、結局は『下ろせる神が二つに増えただけ』に過ぎない。

 

 ――『まだ先がある』。

 

 『神を下ろす力』のもう一つの完成形。

 それに、豊姫は険しい顔のまま。

 

「依姫、あなたは間違いなく天才よ」

 

 民間信仰の神、高天原の神。

 人知の及ばぬ多くの神々の力を自在に扱い、しかし一切の反動がない時点で、依姫の巫女としての才能は一〇〇〇年に一人のもの。

 欲張るな、とは言えない。

 だが、やはり姉として、豊姫は依姫の事が心配なのだ。

 

「あなたは充分よくやってる。……だからそれ以上、危険な事はやめて」

「…………」

「約束して、依姫」

 

 『壁』を破るきっかけ。

 豊姫が否定した『それ』は、巫女としては『絶対に許してはいけないもの』だ。

 依姫の行う神下ろしは、巫女が技術で行うものではなく、『程度の能力』による神下ろし。

 だからこそ、神下ろしに本来必要な手順を省略できる違いこそあれ、その本質はやはり『神の力を貸してもらう立場』が共通している。

 豊姫の懸念。そして依姫の提案に反対する主な理由はそこだった。

 

 依姫の考えた可能性。それは『神の力を独占する』事。

 

 古来より不浄な者の出入りを封じ、神を封印する役目を持つ注連縄。

 ()()()()()

 そんな『天誅』の対象となる危険な行為には本来、それ相応の道具が必要だが、これも依姫なら問題ない。

 問題は、()()()

 神の力を貸してもらう立場の巫女が、その神に牙を剥く。

 神の善意を蔑ろにして、好き放題に扱う代償は、死。

 

「……」

 

 綿月豊姫の過ち。

 

「……はい」

 

 それは『縛り』を結ばずに、『約束』を選んだ事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結界術の到達点である『領域』とは違い。

 依姫が考案――そして辿り着いた到達点、それは結界術に依存しない。

 現実世界を歪曲し、書き換える『個の極致』が『領域』であるとするならば。

 依姫の編み出した『極ノ番』は『能力の極致』。

 『神霊を呼ぶ程度の能力』、その神を下ろす能力のデフォルトが『順転』であるとするならば、『刀に神を下ろす』のは『拡張能力』。

 順転と拡張。

 両者の利点を組み合わせ、巫女としての禁忌に手を伸ばす。

 神の力を貸してもらう巫女が、己の欲望の為に『神を刀に封じ込める』。

 本来なら、そんな事をすれば能力解除後に、依姫は神々の怒りを買い、『天誅』の対象となってしまう。

 そうなってしまえば死あるのみで、更に死後も決して、依姫の魂が救われる事はなく、輪廻から外れた存在となる。

 

 だが、もしも。

 もしも、そんな怒りすら抱けない、『天誅』の対象とならない神を下ろすのなら?

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『神霊を呼ぶ程度の能力』、その到達点。

 

「極ノ番『禍罪(まがつみ)』」

 

 『禍罪』によって、綿月依姫が選んだのは『虚無』の存在。

 人間の欲によって生まれ、しかし他ならぬ人間そのものによって殺された神。

 その名を呼び、依姫は確かに手繰り寄せる。

 

 

 

 

「――『常世神(とこよのかみ)』」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 数多の不幸を『共振』によって引き起こした幻想は。

 この時、ようやく真の滅びを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、ですね」

「……」

 

 夢の世界にて、ドレミー・スイートは声を掛ける。

 全てが予定通りに、あまりにも順調すぎるくらいに事が運ぶ現状。

 夢の世界の主として、本来であれば、ドレミーの方が存在としての『格』は上の筈であり、一方的に事が進む。

 しかし、それはあくまでも『通常』の範疇に収まるものが相手の場合。

 今は、違う。

 

「………」

 

 ドレミーの前にいる『彼女』は全てが『例外』であり。

 その異次元の力の前には、『夢の世界』という優劣は存在しない。いわば存在の『格』を覆す理不尽そのもの。

 だが、そんな相手を前にして、少しの警戒心と恐怖も抱かず。

 冷静に話を進めるドレミーの腹芸は、見事という他ないだろう。

 

「突然ではありますが、あなたに話があるのです」

 

 残る一手は、『彼女』のみ。

 稀神サグメの『能力』により、運命の歯車は逆転した。

 ()()()()()()()()()()()()()()、代わりに()()()()()()()()()()()()

 綿月依姫を筆頭とした月の勢力が、妖怪たちに勝利する未来。

 月の賢者として、サグメがその未来を変える事は決してない。

 たとえ友人のドレミーであっても、それへの干渉は、頼まれたとしてもやらないだろう。

 『常世神抹消』という利害の一致。

 そして不確定要素である『彼女』への直接交渉役を、他ならぬドレミー自身が承るという、二つの条件でようやくサグメは首を縦に振ったのだから。

 

「……ふむ、混乱していますね?まぁ当然でしょう」

 

 ドレミーは焦らず、ゆっくりと交渉を進めていく。

 右手をひらひらと振り、おどけて敵意がない事を暗に示しつつも、決して目は逸らさない。

 個々の夢は繋がってはいるが、夢という名の個人情報である事に変わりはない。

 いくつか無理を利かせ、不確定要素と数多の『縛り』を元に干渉している現状、下手をすれば敵とみなされる。

 だからこそ迅速に。

 そして正確に、こちら側の『願い』を伝える。

 

「現在、月の都で月人と妖怪が戦争をして……知ってる?あぁ成程、そういえば今世の天魔を管理していたのはあなたでしたね。……失敬、それなら話は早いですね。映像を出します、少し離れて……」

 

 妖怪の存在意義が『人間を傷つける』であるならば、神の存在意義は『庇護下に置いたものを救う』事。

 ドレミーは夢という名の、一世界の管理者として高い格を持ち合わせているが、それでも所詮は『獏』。

 当然の話だが、『神』と『獏』は対等にはなれない。

 『神』に対して交渉が許されるものは、同じ『神』以外には存在しない。

 結果的とはいえ、ドレミーは『彼女』を利用している事に変わりはなく、何より『彼女』もとっくに、それに気づいているであろう事も承知。

 

「と、今はこんな感じで……あぁ、そうです。あれが私の目的『常世神』です。……『共振』の話も既に?いいですね、では一気に話を進めていきましょう」

 

 故に、へりくだる。

 

「綿月依姫の力により、あの出来損ないの神は『虚無』から引きずり降ろされました、後はあれを消し去れば問題解決。その後すぐに『幻想郷』の……え、『何故そこで幻想郷が?』ですって?まぁ色々複雑なんですが……極論、幻想郷を作る為の『土地』を、あの神が独占しちゃってる様なものでして。ま、私としては無意識領域を好き勝手に弄るスキマ妖怪に色々思うところはありますけど、利害は一致しているので……」

 

 あくまでも、常世神は『虚無』から『現実』に引きずり降ろされただけ。

 それを砕き、一度完全な消滅を迎えさせなければ意味がない。

 綿月依姫にそのカード(極ノ番)を切らせる。

 その上で、依姫を下せる程の実力を持つものとなれば、答えは必然的に絞られる。

 

「急なお願いなのは分かってます。しかしこうでもしないと、向こう(常世神)がこちらの思惑を察してより深淵に引き籠るかもしれないので。……それに、あなたも最近身体を動かせてなくて退屈だったでしょう?気分転換のついでに、あの忌々しい害獣未満を駆除してくれればそれで……え?いいんですか?そんなあっさり?」

 

 たとえ『彼女』の介入があっても、戦の結末そのものは変わらない。

 月の勝利という『結果』はそのままに。

 しかし、今から起こる『過程』だけを、ドレミーもサグメも、あえて制御を手放して混沌を見守る道を選んだ。

 勝負の結果がどちらに転ぼうと、結果は『愉悦』に変わりない。

 

「……では、よろしくお願いします」

 

 ドレミーは指を鳴らし、『彼女』を目的の場所へ転送する。

 とにかく、賽は既に投げられたのだ。

 後はこの先の『過程』を楽しみ、ゆっくりと暇を潰していけばいい。

 

「見せてもらいましょうか。……洩矢神の実力とやらを」

 

 その声はきっと、彼女(洩矢諏訪子)の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾクンッと、心臓を杭が貫くような悪寒。

 それは錯覚などではなく、その場にいた玉兎数百匹が共通して味わった感覚。

 周りの空気が一気に数度、熱を失ったようだった。

 

「な…なんだ……?」

 

 頭上で煌めく星の光が消えた。夜の闇より暗い黒は、夜空の端から端に水平の線を刻む。

 できあがった輪の内部には、複雑な紋章を描くように、新たに数十本、様々な形の線が走る。

 魔法陣。

 西洋の魔術に疎い玉兎たちでも、思わずその概念を思い出してしまう程に、空に刻まれたそれは、壮絶な造形だった。

 神々の審判。

 人間は時に、雲の間から差し込むただの陽光にも神聖な何かを見立てたりする。

 神秘のバランスが崩壊し、もはや妖怪は人間の宿敵ではなくなった今の時代において、そのような考えはマイノリティになっていったが、ここは月。

 地上では薄れた神秘や信仰の概念は、今も尚日常の基盤として存在し続けている。

 だからこそ、『それ』から落ちるものに本能的な恐怖を抱く。

 

 ――あれは()()()()()()だ。

 

 魔法陣から這い出てくる『何か』を一目見た時、玉兎たちは怖気に包まれた。

 粘り強く肌に纏わりつくような、重く不愉快な瘴気の気配。

 地上の妖怪たちが持つ穢れとも違う、それより遥か上のもの。

 その『何か』は、月の大地に降り立つ。

 純白の大地を汚すかのように、真っ黒なスライムのようなそれは、瘴気を放出しながら。

 形を、少しずつ変えていく。

 

「――あ」

 

 金色。

 稲穂のように煌々と輝く長髪。

 同心円状に変化した目。

 見ただけで無条件に屈服を誘う神聖さと、見ただけで吐き気を催し、気を失いそうになる不快感。

 相反する要素が見事に調和し、一つの『絶対』として成り立つその正体は。

 

 

 

 

「領域展開」

 

 人差し指のみを伸ばし、それ以外の指を絡めた不動明王印を結び。

 能力の、結界術の極致を予兆する『起こり』と共に。

 

 

 

 

瓔珞(ようらく)黄泉路(よみじ)

 

 

 

 

 地上ではもう、誰も敵わぬ『最強』――洩矢諏訪子の心象風景が。

 月に蔓延る有象無象の兵器を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月面戦争の噂は既に、洩矢諏訪子の耳には入っていた。

 振り返って数百年。

 国を必死に大きく成長させるのに必死だった頃には。

 まさか、あの戦争が()()なるとは、思ってもみなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 順を追って話せば。

 『諏訪大戦』が終わって暫く、国も充分大きくなったからと、一旦の満足と同時に諏訪子が起こした次の行動は、生まれつき『程度の能力』を所持している人間の対処だった。

 『程度の能力』を所持している事の証明である、黒色や茶色とは違う稀有な髪色の持ち主たち。

 それは遥か昔の時代において、気味が悪いと迫害の対象だった。

 諏訪子はそれを変える為、必死に行動を起こした。

 実際、ある時期を境に『能力者』への風評ががらりと変わり、逆に彼らが歓迎される立場になったのは、諏訪子の行動が大きな要因だろう。

 人間の身でありながら、並の妖怪を遥かに凌駕する特別な力を持つ存在。

 それが迫害ではなく、保護と寵愛の立場に置かれていくと共に、『能力者』の数は更に増えていく。

 武器の心得もなく、特別な力も持たない人間とは違い、彼らに人外へ抱く恐怖は薄い。

 結果として、自分たちを保護してくれた神への信仰が増えるのと反比例し、妖怪への恐怖は薄れていき。

 神と妖怪。同じ人外である筈の両者の間に、決して無視できぬパワーバランスの崩壊が出現したのだ。

 

 

 『妖怪の賢者』八雲紫。

 『祟り(呪い)の王』洩矢諏訪子。

 一妖怪を代表するものと、国を代表する神の対立。

 

 厳然たる話し合いの場において、双方の牙が向けられ合う事はなく。

 それを機に八雲紫は数百年間、洩矢諏訪子ないし、諏訪大国への干渉を見せなくなった。

 事実、八雲紫が用意した妖怪の中に、諏訪大国に属するものはいない。

 『虎穴に入らずんば虎子を得ず』なんて言葉があると同時に、この世界には『藪をつついて蛇を出す』という言葉がある。

 勝てる見込みのない戦だからこそ、洩矢諏訪子の息が掛かった妖怪を使い捨てとして『利用』するのは、あまりにもリスクが大きいと判断したのだ。

 何より、八雲紫が真に間引く対象である愚かな妖怪とは、それは諏訪大国に属する妖怪ではない。

 諏訪大国の建設記念、そして『能力者』の恐怖によるパワーバランスの危惧。

 洩矢諏訪子と八雲紫の関係は、結果としてこの二回のみ。

 

あれ(ロボット)も流石に、領域を使えばお終いか」

 

 操縦者の玉兎には傷をつけずにロボット――バラバルジュラの外殻、そして玉兎と月人が手に持つ銃器のみを破壊した諏訪子。

 初手で『瓔珞黄泉路』を使ったのは、敵がこれ以上広範囲にばらけるよりも前に、先手必勝で必中の斬撃をぶつける事ができるからだ。

 勿論、領域の必中対象は『領域範囲内の無生物』にのみ限定しており。

 更にその縛りで、領域の必中範囲を倍にしている事で、妖怪と月人の勢力図は文字通り一手で覆った。

 

「さてと……」

 

 洩矢諏訪子は考える。

 夢の世界において聞かされた、月面戦争の裏に隠された思惑。

 今まで存在を認知こそしていたが、予想を裏切る『常世神』関連の事態の重さに対し、思う所がない訳ではない。

 信仰の消滅による、『虚無』の結合と膨張はある意味で、今の洩矢諏訪子にとっては遠く、関係のない話であるが故に。

 洩矢諏訪子は信仰を失っても、ある要因(人間の魂を持つ)故に消滅しない。

 忘却の滅び。それは神や妖怪全てに共通する絶対的な『死』。

 ――それを唯一、この世界で克服した存在だからこそ。

 

「……もういいかな?」

 

 ()()()()()()

 それだけだ、たったそれだけが、ここに赴いた全ての理由。

 食らいたい時に食らう、面白いから遊んでやる。

 自分にはもう這い寄る影もない、『忘却』と『滅び』の両方を体現した存在。

 それが、どうしようもなく唆られる。

 それとの実質的な力比べは、一体どれ程のものなのか?

 知的好奇心を満たし、その上で、遥か昔に夢見た世界を作る為(前世、夢見た幻想郷に行く為)に。

 彼女は、ここにやって来た。

 

「わざわざ待ってくれたのかな?じゃあ……」

 

 諏訪子はいつの間にか、自分を囲うように位置する木の葉の群れを見た。

 月に生える木々は『月桂』と呼ばれる神話の代物であり、それはこんなに鮮やかな緑色の葉をしていない。

 木の葉の一枚一枚に宿る霊力と、それが重力に逆らいながら、ふよふよと滞空を続ける、普通ならありえない光景。

 当然、ここに来た理由と本懐。そんな『異常』が起こせる存在への心当たりは、一人しかない。

 

「――『高木大神(たかみむすび)』よ」

 

 凛とした、しかしどこか、戦いへの期待を滲ませた少女の声色と共に。

 

「眼前の敵の周囲を舞い、気を散らせ」

 

 ビュウッ、という音が一つ鳴る。

 数百、数千という木の葉が擦れ合い、それぞれが独立した音を奏でる筈のそれは、少女の巧みな力の操作によって、音は一つに収束される。

 諏訪子はそれを楽しそうに、目を閉じて次を待つ。

 数千ある木の葉はただの木の葉ではなく、立派な神霊の一柱が作り出したものであるが故、その殺傷力は刃物にも匹敵する。

 そんな木の葉が、己の肌を裂く至近距離で躍動しているにも関わらず、諏訪子の笑みは崩れない。

 少女の声は聞こえない。

 右か、左か。

 それとも上からか、全方位に気を配りながらも、しかし、諏訪子はこの予想を裏切ってくれるであろう事を、少女に期待していた。

 事実。

 

「――『鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)』よ」

 

 次に聞こえてきた声は、先ほどと同じように響くもの。

 単純な気配もそうだが、声の発生源すら把握できない、まるで頭の中に直接響いてくるような声。

 それを、再び諏訪子は感じたのだ。

 

「舞う葉と私の座を入れ替えろ」

 

 身体に下ろすは高木大神(たかみむすび)が持つ、『発展させる程度の能力』を応用させた木の葉の生成・操作能力。

 残る刀に宿すのは、鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)が持つ、『魂を運ぶ程度の能力』による位置の交換能力。

 位置の交換という破格の力。

 その代償とも言える、交換対象が『魂』であるという『縛り』を踏み倒し、更に移動距離とルートの自由度を上げる為に『木の葉』を散らす。

 一つ使えるだけでも充分なそれは、この場においては誰にも真似できない劇的な進化を果たす。

 右か左か、それとも上か。

 その答えは――。

 

「――ッ!!」

 

 ――真正面。

 ガギンッ!と、鉄同士が強く叩きつけられるような音と共に。

 少女――綿月依姫の全容が露わとなる。

 その光景に思わず笑みを浮かべたもの、それは一体どれほどか。

 依姫の手に握られた、無骨な刀は決して特別なものではない。

 作者の名前も刻まれず、作られた意味も見出されていない、まだ役割のない日本刀。

 『無銘』と呼ばれる状態のそれが、諏訪子に負けぬ、おどろおどろしい瘴気を放ちながら諏訪子を斬ろうと足掻いていた。

 諏訪子の()()()()()()()()()()()()刀。

 依姫は思わず、目を見開いてその現実を受け止めた。

 

「ッ――細かな斬撃を纏……」

 

 諏訪子の残された左手が依姫の顔を掴もうとして、依姫が間一髪で避けた事で、言葉は中断された。

 チェーンソーのように小さく、細かな『洩矢の鉄の輪』を右手に纏う事による、刀に直接触れない防御。

 威力や効果範囲は当然として、この精密な能力の操作もまた、彼女が『最強』であるが故の証明。

 思わず距離を取り、次に備える依姫。

 距離を取られたなら、次に放つ技は決まっている諏訪子。

 両者の動きは同時だった。

 

「洩矢の鉄の輪――」

 

 触れたものを瞬時に断つ、最強の斬撃を諏訪子が放つ。

 

(カイ)――!」

 

 

 

 

 それより早く。

 

 

 

 

「――『大御神はお隠れになった』……!」

 

 瞬時に『ある神』を宿し、飛び道具の絶対回避能力の発動。

 

 

 

 

「――『夜の支配する世界は、決して浄土になり得ない』……!」

 

 その後、一瞬遅れて依姫に襲い掛かる不可視の斬撃の雨。

 それを、依姫は全て舞って避けた。

 

 

 

 

 少しでもタイミングを間違えば、そのまま胴を両断されていた依姫。

 しかし、依姫は決して焦らずに。

 その身に宿した『天宇受売命(あめのうずめのみこと)』の、『神楽を舞う程度の能力』で残る諏訪子の斬撃を避け続け。

 己の奥義とも言える、ある神を呼ぶ『祝詞』を続ける。

 

 

 

 

『女神の舞に大御神は満足された』

 

 ()()()を呼ぶには、他の神々とは違って『祝詞』の詠唱が絶対条件。

 省略はできず、無防備な隙を晒してしまう筈のそれを、天宇受売命(あめのうずめのみこと)から借りた回避能力で踏み倒す。

 

 

 

 

『天岩戸は開き、夜の侵食はここで終わる』

 

 高天原における()・最高神。

 その力を矮小化させず、一〇〇パーセントのままこの世界に顕現させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵う者などいなかった。

 追いつける者などいなかった。

 蕾が芽生え、壁を破っても尚満たされぬ向上心。

 満足に咲けぬ才能の花は、数百年の停滞から解放された。

 

 そのきっかけとなった『最強』の再来。

 

 彼女の中に、確かに流れる天才の血が。

 ――その開花を加速させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開」

 彼女(綿月依姫)の進化は止まらない――。




 今回の挿絵もvivo様に描いていただきました。

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