【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
正直すまんかった。
与えられた才能は平等ではない。
配られた手札の枚数はバラバラで、手札の強さも人それぞれ。
まるで運命とやらが意識して
八〇〇〇〇〇〇の神々から力を借り受ける『個』の能力。
妹はそれだけでなく、天性の『剣才』もあった。
豊姫自身はどこまでも行っても、最後は『群』を必要とするが、妹は違う。
自分とは違った『個』。
それがただの『違い』で済んでいた頃。
それは、まだ妹が孤独になってしまう前の事。
ある時期をきっかけに、依姫はより力を求めるようになった。
細愛親王のとは違う、決定的な『敗北』を自分に与えたという、ある神の存在。
刻まれた『壁』の存在、今まで本当の意味で敵を持たなかった少女が、初めて相対した『超えるべき壁』。
日々を重ねる度に夢想し、膨れ上がっていく宿敵への期待と、自分自身の実力。
元より鍛錬を苦と思わなかった妹は、その日からまさに修羅の如き生き様となる。
最初こそ、その背中に追いつこうとした玉兎たち。
彼女たちがやがて見せた行動。それは元からあった『敬愛』が『畏怖』に変わり、妹から離れていく事だった。
剣を振るい、神の力の行使を『当然』と認識し。
まるで己が手足の如く扱える胆力と、それに見合った技術。
絶対的な強者、それ故の孤独。
いつしか見なくなった、細愛との模擬試合。
元より、月の都でも常識離れな力を持つ彼らの事だ。
互いの力が本気でぶつかれば、その余波で結界に異常が発生し、良からぬ影響が出てもおかしくない。
まるで、事前にそれを決めていたのか。
あっという間に依姫と細愛は、互いに能力を使っての模擬戦が禁止された。
……だが、豊姫は何となく察していた。
互いに禁止されたのは、あくまでも『能力の行使』のみ。
能力を抜いた勝負、即ち純粋な剣術勝負のみは、彼ら上層部は許している。
特に細愛の力のほとんどは、彼の純粋な膂力と剣術であるというのにだ。
本当に月の結界やらを危惧するのなら、そもそも模擬戦などするべきではない。
きっと、彼らは依姫との『格』の差が浮き彫りになるのが怖いのだ。
心のどこかでは、もう自分では彼女には勝てないと理解していて。
だから妥協案として、せめて。
せめて、自分たちは本気の勝負をしておらず、敢えて『互いに手を抜いた上の勝負』であると、そう言い聞かせるような形に……剣術勝負に拘っている。
焦燥。
そして驕りが砕かれ、自分が『下』になる恐怖。
初めて一本を取られた時の細愛の顔を、豊姫は忘れる事はないだろう。
同時に、この月の都で超えるべき『壁』を、今までの『最強』を下してしまい、行き場を失った事を悟った依姫の顔も。
豊姫はその推測を確信に至らせた光景を見て、もう一つ確信する。
このままでは、妹に待っている末路は『怪物』だ。
誰からも敬われず、愛されず。
孤独に『力』を求め続ける者は、もう『人間』とは言えない。
どれ程身体を鍛え上げ、鋼に勝る代物にしようとも。
百戦錬磨を体現しようと、皆が等しく『孤独』には勝てない。
――追い付かなければ。
自分とは違った『個』、絶対的な強さ。
それをただの『違い』で済ませていい時間は終わった。
強き妹を『誇り』に思い、それをただ『傍観』していい甘えはもう、許されない。
このままでは人として死に行く、そんな妹を救うにはただ一つ、己も同じく
妹には及ばずとも。
妹の持つ八〇〇〇〇〇〇の、八百万の神々には届かずとも。
それとは違う。――『個』に反する『群』を。
こうして、月の都における『最強』の一片は生まれた。
綿月豊姫が戦う理由は、最早この世にたった一つ。
一度の敗北を機に、勝ちを求め続ける妹が救われるまでは。
――同じく、自分も勝ちを求め、飢え続ける。
妹を孤独にはしない、自分も彼女と同じく、絶対的な『強者』であると証明し続ける。
ただ、それだけだった。
「……認識を改める」
『
同じく『
援軍も期待はできないだろう、何せ――。
「地上の人間は『人間』であろうとする心が強い。人間性を保つ為、己の中に膨らむ異能を抱えながら、壊せるものを壊してはいけないと言い聞かせる」
どうやって手にしたかは分からない。
だが、目の前にある事実とは、この『乱入者』の正体とは、今も尚月の都にて幽閉されている罪人――嫦娥と同じ『蓬莱人』である事のみ。
『死』をトリガーに、何度も肉体を作り直す完成された『個』としての生命。
それは極小の輪廻の輪。
完成された生命の流れ。
清き月にあってはならない。生きとし生ける、この世の全ての生命の『穢れ』。
それの、集積そのもの。
並の玉兎や月人では、視界に入れただけで、嫌悪感でまともに立てなくなる程だ。
何よりそんな彼らも、先ほど感じた
援軍に期待はしない方がいいだろう。
「だがその人間性こそ、孤独を恐れる弱さだ」
豊姫が手に持つのは扇子。
だがそれは、月の最新技術によって作られた、森を素粒子レベルで浄化する風を起こすもの。
まだ『試作機』に過ぎず、安全性も確実性もないそれを使ってでも、豊姫は目の前の『脅威』を排除する事を選んだ。
月人でもない者がどうして、蓬莱人になれたのか。
嫦娥すらも凌駕する再生速度のメカニズム、そしてまるで痛覚がないとでも言うのか、己が身を使い捨て突撃を繰り返すその有り様も。
「あなたにはそれがない……だから認識を変える。――貴様をもう『人間』とは思わん」
何もかもが、豊姫の癪に障る。
「――全力で潰す」
地上に住む汚らわしき命。
生きる、死ぬ、それだけで救えない罪を背負った者が、更に醜く
嫌悪と憎悪を綯い交ぜにした豊姫の視線。
それを受けても、尚。
「ハッ、人間性ね」
肩を回し、小気味良くパキリと音を鳴らしながら。
「流行ってんのか?最近できた友達にも、似たような話をされたばかりだ」
有限の命の時間と、永遠の命にある時間は違う。
そんな当たり前の事を突きつけられ、孤独と終わりのない『生』に絶望するだけの、ちっぽけな罪の化身。
それは豊姫の怒気、殺気を真正面から受け止め、尚笑い続ける。
「
「……」
紅蓮地獄を彷彿とさせる、己が生命力そのものである炎を背後から噴出させながら。
――藤原妹紅は嗤う。
「……終わりがあるなんて知ってるさ」
他ならぬ自分がそうだったから。
「限界があるのも知ってるさ」
だがその上で。
「だがなぁ、私の帰りを待つ
生きる苦しみ、死ねない孤独も等しく同じ。
例え蹲り、泣き喚こうと『時間』はただ流れるだけ。
『人間』にもなり切れず、『怪物』としても不十分。
ならば、『不死身』の存在は『不死身』らしく。
『今』をがむしゃらに生きるのみ――。
「こっちはとっくに熱くなってんだ!!」
蓬莱人の持つ『命』の波動と、藤原妹紅の『熱』が混じり、昇華する。
「――キンキンのやつ持ってこい!!」
続いて、妹紅が結ぶ釈迦如来印。
豊姫の振るう扇子の光が。
「領域展開――」
「法度――」
目前の『敵』を屠るべく。
互いに剥き出しの闘争心を、殺意を滾らせ。
『
『
――放たれた。
『神霊を呼ぶことができる程度の能力』という最強格の能力であっても、依姫が『
一つ目は『先に
二つ目は『
以前であれば、これは致命的な弱点の露呈を意味する、重すぎるデメリットそのものだった。
特にこの『
例えばの話だが、依姫が
ここまではいい。いいが……問題はその後だ。
『
つまり、依姫が『
即ち、攻撃の自動回避が発動しないまま、依姫は無防備を晒して祝詞を詠唱するしかない。
これは戦場において、決して無視できぬ隙であり、弱点そのもの。
だからこそ、依姫が『超えるべき壁』との戦いを夢想する間、この致命的な『隙』は問題であると判断。
結果、今日この日まで、最強格である筈の『
今まで、その強すぎる力を持て余していた。
――だが、
『女神の舞に大御神は満足された』
依姫の肉体には依然として
祝詞を詠唱し、
あらゆる攻撃を避ける神楽の力を継続させながら。
強力な神である事に比例した、重い『縛り』を踏み倒す。
相手が『
だが今、ここにそれを咎められる者はいない。
『天岩戸は開き、夜の侵食はここで終わる』
左手に握る刀を逆手持ちに切り替え。
刀の柄ごと拳を作り、それを前に突き出す形へ。
残る右手の平を前に、依姫は手掌を作る。
その掌印の名は――摩利支天印。
神の
異能が世界の基盤となる、自分だけの絶対世界が構築される――。
再び、依姫の右手に刀が生成されるのと、領域『神籬常在』が展開されるのは同時だった。
盆燈籠と神籬が融合した心象風景。
それが月の現実世界を歪曲し、依姫を中心に塗り替える。
それは限られた者しか到達できない世界。
他を顧みない、
だが、それらと同じく。
洩矢諏訪子もまた、刹那の遅れをとる事なく動く。
「彌虚葛籠」
――
領域の展開直前、諏訪子は依姫から滾った霊力の『起こり』を見た。
何かしらの『縛り』……いや、この場合はほとんど答えは絞られている。
結界の規模や必中命令の複雑さ、そして効力。
考えられる『もしも』を頭で構築し、最終的に結びついた一つのシンプルな答え――それは『簡易領域』による抵抗。
本音を言えば、諏訪子は今すぐにでも『瓔珞黄泉路』を展開し、依姫の『神籬常在』を打ち消したい。
が、それができず後手に回らざるを得なかった理由があった。
それは、自身の
仮に今の状態で領域を展開しても、結界術式が疲労でスペックダウンしているせいで、きっと普段の半分以下の精度しか出せないだろう。
『神籬常在』の効果も、当たればどのような影響があるかも分からないというのに、そんな状態で負ける博打を狙う意味はない。
背後の注連縄の形を人間の腕状に変化させ、続いて『彌虚葛籠』の掌印に変更。
(『神霊を下ろす』力を強化した領域……何が起こるかは分からないな)
心象風景を具現化させた領域に比べて、『彌虚葛籠』や『簡易領域』は出力が弱く、
故に、もう一つの腕を巧みに操作し、掌印を絶えず結び続ける事により、諏訪子は出力を下げる事なく、今も『彌虚葛籠』を発動させていた。
「…………」
(どう来る、依姫)
ガンッ!と、一本の刀が上空から降ってくる。
二本目。
三本目、四本目、五本目――。
一つ降れば倍に、倍振ってくると更に倍に。
何十、何百もの刀が地面に突き刺さり、荒野に文字通り『剣山』の如き光景が広がった。
「ははっ、
そのお約束とも言える光景に。
誰にも聞こえない言葉を、聞かれない声量で諏訪子は呟いた。
綿月依姫の領域『神籬常在』は大正の八〇〇〇〇〇〇もの神の能力の中から一つを選択し、必中能力として結界に付与する。
これだけでも、依姫の領域は完成されたものだ。
しかし彼女は――これに満足しなかった。
故に領域の構築条件に『現在手にしている刀の破棄』を組み込み、縛り、結界の対内条件を変更。
これにより『神籬常在』の必中能力とその対象の限界数を一つ拡張。
結果として、より複雑になった結界内のルールに比例し、領域の強度そのものも向上させ。
そうして『神籬常在』は、従来のより更に強く、そして恐ろしい内容のものに変化したのだ――。
何より恐ろしいのは。
あの『
能力を使う事なく
『神霊を下ろす』力を強化した領域『神籬常在』。
それの到達点は――
縛りを踏み倒し。
あまつさえ、神々の力すらも『道具』として、領域を構成する『一つ』として割り切って扱う恐ろしさ。
それの目的は一つ。
ただ、自分は何処まで行けるか。
一体どれ程強くなれるか――。
加速する才能の『血』は、彼女を修羅に近づけさせる。
「――『
一本、近くにあった刀を地面から抜いて。
依姫は指揮棒のようにそれを振るい、今も尚眠る刀たちに告げる。
「跳び、宙を駆け、その刃を敵に突き立てろ!」
円状に広がる真っ黒な影は、『蔵を作る程度の能力』の影響が及ぶ証。
依姫の宣言と共に、何十本もの刀たちは一瞬で黒い影に沈む。
先ほどまで刀が突き刺さっていたその場所には、まるで最初から何もなかったかのように、穴の一つも空いていない。
では、あの大量の刀たちは一体どこに消えたというのか?
答えは――。
「――『解除』!」
上空。
洩矢諏訪子目掛け、頭からつま先までを串刺しにするかのように。
何の命も宿っていない、量産された刀たちはまるで、依姫の意思に呼応し、自我を持ったかのようにそれぞれが曲線運動で地面に向かう。
それも当然、また別の『神』が宿っているからだ。
その
能力は『魂を運ぶ程度の能力』。
彼らは刀にして刀にあらず。
無生物でありながら、生物のそれと遜色ない自律思考によって、より最適化された動きで宙を泳ぐ。
「――『
ザンッ!と大気を裂く音が一つ。
鍛え上げられた鋼の刃が、呆気なくズタズタにされる音が数十。
分かってはいたが、ここまで造作なく処分されるとは――!
「ッ『
だが、
刀身は折れ、叩き、鍛え上げられた刃のほとんどは鉄くずと化し、宙を舞っている。
だが、まだ死んでいない。
彼らは確かに『刀』としては死んだ。
しかしまだ――そこに『鉄』があるのならば。
「七柱の兄弟を従え、この地に降り立つ敵を殲滅せよ!」
空中を舞う鉄くずに炎が宿る。
人間では扱えない、届かない神の炎が、神の化身そのものが顕現する。
領域の循環定義ギリギリにまで届く程の、巨大な炎の龍すらも、依姫にとっては武器の一つに過ぎない。
もう一度、この隙に別の神を……
フッ――、と僅かに風が揺らぐ音。
常人では感知する事も、走馬灯を見る事すらも許されないであろう刹那。
スローモーションに再生される視界、その上空では螺旋状に刻まれた『
彼は、怒りの炎を吐く事すらも許されず。
まるで燃え尽きた木炭の如く何分割にもされてふぅっ、と消えていた。
それを依姫が見た次の瞬間、それの原因となった極小の鉄輪が、大気を震わせる音が目の前から――。
「――ッ!?」
『最強の神』そのものと、『神の力を扱う者』の命の削り合い。
逆手持ちで刃を振り上げて、致命傷を避ける依姫の音。
炎と雷の神すらも容易く裂く、洩矢神の『鉄輪』。
今にも自分の胸に斬りかかりそうなそれを、一本の刀で必死に押し留める依姫は、すぐにその失策を悟る。
「洩矢の鉄の輪――」
洩矢諏訪子の『
つまりここで、どれだけ『鉄輪』の本体を押し留めた所で意味はない。
そう、この『回転』をどうにかしない限り――。
「――ッ『
半ば反射で、この場において最も効果的な『神』の名を叫ぶ。
一時離脱が間に合わないであろう一瞬。
防御、反撃、考えられる中の『最適』を今すぐに実行できる、その存在の名を。
そして、依姫は見事賭けに勝った。
空気の断絶に伴い、炸裂する至近距離での『
月人であろうと、致命傷は避けられない筈のそれを、しかし――。
「……へぇ」
その珍しい光景に、目の前の諏訪子も思わず声を出した。
だがそれも当然だ。彼女からすれば鎖骨を、最悪は肺すらも斬ったであろう手応えだったというのに、目の前にはそのような傷はまるでなく。
あるのは、薄皮一枚を斬っただけの光景のみ。
能力対象に『概念』が絡む、神々の中でも上位に位置する力。
その力で、斬撃の『威力』を『矮小化』させたのだ。
「フゥ――ッ……!」
――
依姫は内心、自分への叱責で一杯だった。
(使い方が全くなってない……!今までずっと
今の反応を見れば分かる通り、諏訪子は完全に
祝詞すら詠唱せず、向こうから怒涛の勢いで殴りかかるような素振りもない。
それどころか、今もこうして、こちらを静かに見つめているだけ。
悔しくはある。
だが。
(嗚呼、でも――)
こうして、最後に全力を出したのはいつだっただろうか?
昔はもっと、超えるべき壁が多かった。
敬愛する師匠の八意
不満こそあれ、武人として尊敬していた細愛親王。
剣の道は、武の道は険しく、遠いものだと思っていた。
どれだけ進んでも、努力しても『果て』がない。
成長の実感も、歩んできたこれまでの意味も、自分では分かりにくくとも、周りの誰かが理解してくれる。
『果て』はまだまだ遠いけれど、いつか――。
だが、そんな『いつか』が本当に訪れてしまった時
追い続けてきたあの人たちは、もう『過去』になっていた。
数百年前のある事件をきっかけに、もう月には永遠に帰ってこないであろう師匠も。
今ではもはや、過去の栄光に縋り、虚勢で生きるしか能がなくなった細愛も。
――皆、もう依姫の後ろにいる。
(私は間違っていなかった)
来ない筈がない。
あれを『機にハイ終わり』なんて認めない。
(こうして、
もっともっと強くなる。
そう決意して鍛え上げ、自分はここまで強くなれたから。
だから。――今、ここでもっと、もっと自分は強くなる。
意味は忘れた。
理由ももう、考えるのも面倒臭い。
ただ、一つだけ言える事は。
(――嗚呼、楽しい)
いつだって自分は、刀を振り回すのが好きだったから。
昔も今も、たったそれだけの事だ。
領域解説
神籬常在
①神籬→神道において神社や神棚以外の場所で祭祀を行う場合、臨時に神を迎えるための依り代となるもの。
②常在→時間の流れにかかわりなく、恒常的に存在すること(仏語)。
神霊を自身の身体に下ろす様。八百万の神々を自由に下ろし、使い続けられる依姫の能力。
両方の要素から『神籬』と『常在』を合わせた命名。
ちなみに掌印の『摩利支天』は陽炎・太陽の光と、実は月の光を神格化させた側面もあったりするので依姫にぴったり。
領域の仕様
相手への必中命令→
自分への必中命令→
依姫の肉体→いつでも好きな時に神を追加で呼べる。
辺りに刺さっている刀→一本ごとに一柱、好きな神を宿らせられる。
なんやこのチート。
投稿時間は何時がいいか
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7:00~9:00
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10:00~12:00
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13:00~15:00
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16:00~18:00
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19:00~21:00
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22:00~0:00