【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 今年の夏には完結できるようにしたい、ところで学生の夏休みっていつから始まるのでしょうか…?
 あと誤字報告毎回ホント助かってますありがとう。


20話.酔生堕落

 酒は飲んでも飲まれるな…という言葉がある。

 好奇心は猫を殺し、それは人間であっても同じだと。

 興味、娯楽、好奇心…

 唆られるそれは、とても甘美で魅力的で、自覚していても尚止めることはできない。

 だから止められない、止めるつもりもないと、隣に座る諏訪子は言った。

 

「おっ酒♪おっ酒♪」

「………」

 

 天魔がわざわざ警告をする…それが意味することは充分に理解しているつもりだ。

 隣で聞いていただけではあるが、彼女は未来を見る力があり、それに従い諏訪子に縋ったことも。

 未来予知…かつてはフィクションでしか触れることのなかったそれも、この世界ではれっきとした現実のものであることも。

 祟り神、妖怪、過去の世界…どれもが土産話にはもってこいの、心躍る冒険譚には相応しい。

 帰れるかはわからない、確証はないし不安も依然として抱えたまま、ならせめて楽しもう。

 混沌としたこの時代の、彼女の作る先の時代を――と、思ってはいるのだが。

 

「酒…むふふ…」

 

 ――大丈夫かこいつ

 よっぽど自信があるのか気にも留めていないのか、いやこれは…そうだいつものだ。

 マエリベリーが諏訪子という存在と共に過ごして一週間以上、だがその間にこの顔を何度見たことか。

 因幡の白兎、てゐと会話をする時にもよく見せていた表情、幼子のように純粋に見えて、大人のように達観した瞳の混じる表情とその気配。

 これはあれだ、ただ考えるのが面倒くさくなってとりあえず楽しもう…そんな感じのあれだ。

 マエリベリーの目は、死んだ魚のようになっていた。

 

「あ、メリーは遠慮した方がいいと思うよ?鬼でも酔うって相当なやつだからね」

「あ、うんそうね…」

「…?どした?」

「………なんでもないわよ」

 

 夜の帳が下りた、真っ白な月が輝く静かな夜。

 見渡す限り広大な宴会場、流石は天魔の屋敷と言ったところである。

 ちらりと横目で確認すれば、諏訪子の我儘によって無理やり招待された里の…いや"国"の人間たちが十数人。

 彼らはやはりというべきか、天狗や妖精に兎と祟り神…人外に囲まれた現状に緊張しているのか、ガチガチと音が鳴りそうなほどに肩を震わせている。

 そういえば…とマエリベリーは気付く、遠目からでしか見られていないがあの時、諏訪子が大百足を退治した時は最低でも、これの倍は村人が、特に子供たちがいたはずである。

 だが今来ている人間たちはどうか、どれもが成人した者…男しかおらず子供に関しては一人もいない。

 つまりこの場に来ているのは…

 

「ねぇ、もしかしてあのお爺さん…」

「"人間の中で一番偉い人"…らしいよ、まぁつまりは」

「村長…みたいなものかしら?」

 

 なんというか、ごつい。

 肌に刻まれた皺の数や真っ白な髭と髪から推測するに、おそらく60は過ぎているとマエリベリーは考察する。

 質素なものではあるが、紫色の衣服を身に纏っているその堂々たる姿は、他の茶一色の村人とは一線を画していた。

 

「あの人70歳らしいよ」

「えっ」

 

 フラフープのようにくるくると、小さく手の平に乗るほどのサイズで顕現させた鉄輪を指で回しながら。

 まるで心を読んだかのように、老人に視線を向けていたマエリベリーに彼女は話しかけた。

 にやりと笑って。

 

「見えないよねぇ、筋肉凄いし、引き締まってて"まさに"って感じ」

「まさにって?」

「ほら、ああいうカッコイイ爺さんってさ、いいじゃん?」

 

 …前から思っていたが、この神はかなり俗っぽい。

 確かにマエリベリーも例外ではなく、大体の現代人が漫画やアニメなどで慣れ親しんだジャンルなのは認める。

 なんというか、マエリベリーがかつていた時代でも、こんな感じのオタクがいたような気もする。

 言葉も態度も、というか好みまでそれっぽい。

 

「ねぇ、あなたもしかして中身人間だったりしない?」

「ん?勿論、私は人畜無害な人間だよ」

「あ、そうね」

 

 即答、そうあっけらかんと答える諏訪子。

 その様子にまぁ気のせいか…と納得して、マエリベリーは視線を戻す。

 

「お、来たみたいだね」

 

 隣で一段と嬉しそうな声を上げて、諏訪子がはにかむような笑顔を見せる。

 同時にがやがやと騒いでいた天狗たちも一瞬、その新たな参加者に視線を向けて、同時に首を垂れる。

 宝石のように深く、黒く輝く髪と翼、この山の()頂点である鞍馬天魔。

 そしてその隣、幼き女子の姿でありながら老獪、ダイコクの祝福をその身に受けた因幡の白兎てゐ。

 最後に。

 

「諏訪子ー!」

「おっやっと来たね」

 

 同時に飛び出す青い弾丸。

 それを彼女は立ち上がり、両腕で受け止めると共にその場で高速回転。

 突撃の衝撃を受け流し、三回、四回とくるくる回ってから、持ち上げ。

 

「チルノー!」

「諏訪子ー!」

 

 まるでドラマのように感情的に、二人で戯れる様子をもう一人の参加者である大妖精も、乾いた笑いで見つめていた。

 

「それじゃあ、みんな集まったかな?」

 

 手を離し、ぐるりと再び宴会場を見渡す。

 天狗と人間、そして隣にいる妖精と兎、まだ己の記憶の底にある景色、あの本物の宴会には程遠い規模ではあるが。

 ただ純粋無垢に、この機会を楽しむために、彼女は前に出た。

 

 

 

 


 

 

 

 

 そうして時は戻り現在。

 

「今、ここに新たなる国を…諏訪大国を建設するっ!」

「ブーッ!」

「えっ」

 

 宴会場全体に響き渡る大声で諏訪子がそう宣言し、そして一瞬の沈黙。

 直後に「かんぱーい!」と、おそらく諏訪子から教えてもらったのだろう、チルノがそれに負けない大声で右腕を突き上げる。

 だがマエリベリーは聞いていた、一瞬隣で天魔が「今言うの?」と言わんばかりの驚愕の表情をしながら、酒を吹き出していたことを。

 同時に広がる動揺、それは勿論人間から…ではあるがそれよりも――

 

(ちょ、ちょっとこういうのってもっとちゃんとした場所で言うものじゃ…)

(ん、あぁそっか)

(無反応!?)

 

 マエリベリーは咄嗟に、右隣に座って上品に酒を飲んでいる最中のてゐに話しかける。

 ぷはっと一気に酒を飲み終えた彼女は、諏訪子の突然の宣言と動揺する一同(特に天魔)を完全に無視して、目の前の美食を堪能していたらしい。

 つい見惚れるほどの丁寧な箸使いで、目の前の魚を捌きながら。

 

(まぁ当然のことだが…組織の首が挿げ替わるってのはそれなりの大事なんだ、反論もあるし抵抗もされる)

(そ、そうよね…?だったらなんで今…)

 

 武力ではなく権力、誇示ではなく人脈。

 マエリベリーの生きていた時代の基本はそれであり、この古代の時代ではそれが当てはまらないことも重々承知している。

 だが権力は変わらない、昔も今も、それの変動とそれに伴った争いは絶えず続く恒例行事だ。

 彼女は王になりたがっている、しかも今回は天魔からの警告もだ。

 なぜ今、このタイミングでそのことを伝えたのか、彼女のことをよく知るてゐならきっと――

 

あいつ(諏訪子)何も考えてないと思うよ」

「真顔でなんてこと言うのてゐさん」

 

 …そういえば彼女、大百足退治した直後にも宣言してたなぁ…

 てゐの「深く考えるのはやめとけ」という言葉と、同情するかのように優しく肩に置かれた手の暖かさを実感して、マエリベリーは「はは…」と乾いた笑いを零した。

 と、そんな時である。

 

「ってあれ…お酒…」

「ん?あぁこれか」

 

 現実に戻ってきたマエリベリーがふと改めて、てゐの目の前に置かれた料理、そしてその隣に置かれた壺に視線を向ける。

 薄く光沢の膜を纏った、小さくそして芸術的な、波模様の刻まれた陶磁器と、そこから放たれるアルコールのあの匂い。

 ぎょっと目を見開き、その正体について追及した。

 

「待って、確か鬼を酔わせるほどの強い酒じゃ…!」

「あのねぇ…これは普通のだよ、そんなもん最初から、あいつだけならともかく私たちに仕掛けるわけないだろ?」

「…それもそうね」

 

 冷静に考えて、そもそも酒は天狗も飲む。

 毒…とまでは言わないが劇薬であることには変わりない鬼酔わせの酒、だがそれを盛るのは簡単なことではない。

 そもそもの話、未来を見ることができる天魔の前で誅殺を企むなど論外ではあるのだが、問題はそこではない。

 天魔は己の予知能力を、白狼天狗の楓にしか伝えていない、それ以外は諏訪子、そしてマエリベリーを含む部外者のみ。

 つまり他の天狗たちは今この瞬間も、自分たちの企みとその結果を天魔が知っていることも知らないし知りようもない。

 つまりだ、彼らは今も天魔に気づかれないよう、そして誰にも勘づかれることのない方法で、洩矢諏訪子という宴会の主役に、その酒を盛る方法を考えついている。

 

「それに鬼酔わせの酒…それこそ神代の時代のものだからねぇ…あ、スサノオ様と八岐大蛇…は知ってるかい?」

「知ってるけど…あ、もしかしてだけど」

「あぁ勿論いるよ、スサノオ様は今どこにいるかは知らんが…八岐大蛇はとっくの昔に討伐された」

 

 事件は記憶に、記憶は伝承に姿を変えていく。

 かつて神代のある村で、一人の娘が生贄に選ばれ、命を落とそうとしていた。

 それをある男が救った、その男は横暴で乱暴、我儘で唯我独尊、高天原を追放された問題児。

 彼は生贄となるはずだった少女を救い、全ての元凶である湖の、穢れ忌み嫌われる存在に成り下がった元守り神である八岐大蛇を殺した。

 その時に使われたのが――

 

「保守と同族意識だけは立派な彼ららしいね、そんな昔の伝承にあやかるつもりなのさ、流石に同じのは用意できないから…妥協して鬼に通用する程度の酒をだけどね」

「や、八岐大蛇も本当にいたのね…」

「私も詳しい話は聞けてなかったんだけどね、どうやら中々の相手だったらしい、なんとあと一歩で"神霊(しんれい)"に成りかけた…とも」

「………?神霊?」

 

 突如出てきた聞き慣れない単語に、マエリベリーが首を傾げる。

 周りでは今もチルノを含む妖精、そして何より諏訪子が率先して盛り上がっているおかげで、その空気に絆されて人間たちの緊張もほぐれて居る。

 雑音、騒音、だがそんな中でもてゐの声は、しっかりと耳に染み渡るように響いた。

 

「そもそも、神とは信仰によって生まれる一種の…言い方は悪いが妖怪の亜種みたいなもんだ」

 

 マエリベリーは少し考えてから。

 

「人間の恐れ…負の感情から妖怪が生まれるのだとしたら、その逆ってこと?」

「あながち間違いじゃない、例外としては祟り神だね、あれは純粋に敬い信じる心と、妖怪と同じく恐れる負の感情が入り混じった特別な神さ」

「あぁ…つまり」

「そういうこと」

 

 何かに気づいたマエリベリーに、てゐは満足そうに頷いて酒を飲む。

 神とは国を守る盾であり矛、その存在を信じることで様々な利益をもらい受け、その対価として信仰を続ける。

 そして祟り神とは守護神であり、同時に裏切りを許さぬ束縛の呪いだ、もし他の神に乗り換えでもしようものなら、敵よりも先に殺される。

 故に恐怖、純粋に敬う正の感情と、心の奥隅にある"もしも"による最悪の未来予想、それによる負の感情が入り乱れるのだ。

 

「妖怪は自然発生するが神はそうはいかない…皮肉なもんだ、人に安寧をもたらす神が、形成されるまでに必要な時間はとても長いのに…人に危害を与える妖怪、負の感情は簡単に集まるしすぐに形を作り出す」

「……」

「知ってるかい、この世界にはあらゆる所に神がいる」

 

 八百万の神、洩矢諏訪子はこれに該当する。

 神と呼ばれる存在…正確にはその素材であり資格でもある純粋な"力そのもの"が、ある特定の状況下で集うことがある。

 かつての八岐大蛇は、堕ちる前はただ美しい湖を守護する純粋な神だった、そしてそれが生まれるに至ったのも「これからも安全に漁を続けたい」という、当時の人間の願いがあったからこそ。

 何かを望む、そうするとその特定の条件に応じた八百万の神と信仰が集まり、やっと自我を持った個体が生まれるのだ。

 つまり、何もない所から生まれる…妖怪と同じ条件。

 

「神霊っていうのはね…それの逆さ、なんでもいいんだよ、国を治めた賢者…大地を全て血で染める殺戮者…一攫千金を掴んだ豪運持ちでもいい、人であることが条件」

 

 歴史に名を残すほどの人間、もしくはそれに匹敵する集団でもいい。

 前者ならば当人が、後者ならば埋もれて消えた無名の一員と、その集団を束ねた最も知名度の高い人間が融合し、適用される。

 個人、もしくは集団を合一させた人間の霊、それが神としての芯となり核となる、そこから八百万の神と同じく、純粋な信仰による力が加算される。

 

「八百万の神と違って、信仰が途絶えようともその"核"が消えるわけじゃない…まぁ一言で表すなら、消滅の危機はないし八百万の神よりも基本的な力は上なのさ」

 

 信仰を取り込み、形として成すのにある程度時間のかかる八百万の神と違い、あくまでも神霊はそこに信仰の力を直接加算する作りとなっている。

 勿論これはケースバイケース、中には八百万の神でありながら神霊と互角どころか、神霊すら下してみせた例だってある。

 その最たる例が八岐大蛇であり、そしてそれが過去に手を伸ばした境地――

 

「原理は知らないし当時の状況も知らない、だがありえないことに…八岐大蛇は八百万の神でありながら、スサノオ様との戦いで神霊に()()()()()らしいのさ」

「…どうして?神霊は人間しか成れないのでしょう?」

「わからない、けど確かに成りかけたのは確かさ、ダイコク様が言っていたからね」

 

 マエリベリーは、ただ今聞かされた情報に困惑するしかない。

 伝承として残るその話が、確かに過去に起きた事実であることも、フィクションで扱われるその化け物が、本当はただ純粋な守り神であったことも。

 同時に決して今までの自分では辿り着くことのなかった、八百万の神と神霊…信仰によって形成されるこの世界のルール。

 ただ、ただその真実を静かに、マエリベリーは噛み締めていた。

 

「ねぇ、八岐大蛇は死んだのよね」

「まぁね、ちゃんと酒で酔わされ、眠った後に綺麗に首を八回切られたよ、あーでも…草薙の剣がどうなったかは私も知らん」

「…八百万の神、だからよね」

「………」

 

 マエリベリーの疑問、それにてゐも気づき、酒を飲む手を止めた。

 神霊はあくまでも人間の霊が基、神を信仰する者がいなくなろうと、弱く醜く落ちぶれるだけで、その存在はかなりのことがない限りは消滅しない。

 だが純粋な信仰を集め、なんとか形として整えた八百万の神は、洩矢諏訪子は――

 

「そうさ、信仰する人間がいなくなれば…あいつは死ぬ」

「………っ」

「二度とさ、一度消えたらそれまで…信仰が復活したとしても、そこにいるのはかつてのあいつじゃない、同じ名前と同じ存在なだけの…別の何かさ」

 

 彼女も、死ぬ。

 何を当たり前のことを、そう自分に言い聞かせるように強く、何回も内心で吐き捨てる。

 今更、当たり前のこと、そうだ今更だ――

 

「まぁ気にすることはないさ」

 

 少し酒が回ってきたのだろう。

 そう呟くてゐの頬は少し赤く、声も僅かではあるが上擦っていた。

 

「私の勘は当たるんだ、あいつは…」

 

 騒音と、室内を照らす灯火が作るその空間。

 時が止まったかのように、辺りの動きがその一瞬で、マエリベリーの視界に焼き付けられる。

 その時赤く染まった頬が、一瞬で元の色に戻り、てゐは目を見開いて――

 

 

 

 

「――おい」

 

 静寂――

 まるで皆が石になったかのような、息を呑む音すら聞こえない、正真正銘の沈黙。

 てゐは今まで見たことのないくらい真剣な表情で、己の左隣に座る()()へ視線を向けていた。

 

「おい」

 

 机の前。

 両手で丁寧に徳利を持った、特別な衣服を纏う天狗…おそらくは彼が大天狗だろう。

 それが彼女の…諏訪子の持つ赤と金で彩られた盃に酒を入れようとしていたのだろう、徳利が酒を落とす直前の、ギリギリの角度で空中で静止している。

 沈黙。

 

「お前、何入れようとした?」

「………っ、~ッ…」

 

 息が詰まる。

 呼吸するのが苦しい、怖い…だがきっと近距離でそのプレッシャーを受けているあの大天狗は、これの比ではないのだろう。

 身体が震えることすら許さない、恐怖に抗うことすら選択肢として挙げてくれない。

 大天狗だけではない、他の天狗たちは勿論人間たちも、その異質な空気に触発され、顔を真っ青にしている。

 

「お前、勝手に酒を入れようとしたよな」

 

 静かに、洩矢諏訪子はただそう話す。

 皆に話しかけているわけでもない、独り言に近いその声量が、宴会場にいる全ての者の耳に届く。

 

「私は宴会を楽しみにしていたんだ、勿論君たちも誘ったのは本心でね」

 

 バキンッ!

 彼女が握る箸が粉々に砕け、その粉末を畳の上に落とす。

 

「君たちが私に思うところがあるのは理解してる、だから…いや、それでも楽しみだったんだ」

 

 彼女の目の前には、八割ほど食べ終えた食事の後。

 魚も米も、汁物もほとんど平らげてあるため、きっとマエリベリーやてゐが会話で盛り上がっていた時も、一心不乱に食事を楽しんでいたのだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お酒はいいよ、適度に嗜めば最高の薬さ」

「………ッ」

 

 その時、彼女の前にいる大天狗、そして座る他の天狗のうち数名が身体を震わせた。

 ――気づかれた?まさか。

 

「でもね、無理やり飲ますのは違うと思うんだ」

 

 ――まさか、まさか既に…!

 

「私に、()()()飲ませるつもりだったんだろ?」

 

 

 

 

 ――終わった

 彼女が立ち上がり、静かに見下ろす。

 大天狗はただ、頭上から注がれる冷たい視線と、同時に凄まじい瘴気を感じて自虐的に笑う。

 

(嗚呼…今更気づくとはなんと愚かな) 

 

 あの含みのある言い方、そしてこの急激な態度の変化。

 きっと今、いやきっと最初から天狗の…天魔を除く一部の思惑には感づいていたのだろう。

 気づいていて尚、それでも彼女はこの場に姿を現し、何も気づいてないように振舞っていた。

 ――その本心をひた隠しにして。

 

「聞こえてる、そこの天狗」

「……はっ」

 

 試されていたのだ、最初から。

 彼女が何を思い、この運ばれる料理を見ていたのかを今になって理解できた。

 失望しただろう、怒りさえ覚えただろう、だが最初に用意された食事はどれも本物、一切の悪意がない本心からのものだった。

 喜んだに違いない、艶のある米に深みのある味わいの汁物と、計画のために用意した…鬼酔わせのそれに匹敵する高級な酒。

 期待をいい意味で裏切られ、きっと彼女は嬉しかった、だからあんなにも子供のように、純粋な笑みを周りに見せていた。

 人間もだ、そんな彼女の可愛らしい様子に、次第に緊張を忘れて同じように、料理に舌鼓を打っていたのだから。

 ――だが今はどうだ?

 

「私の酒…わかる?」

「…はい」

「お前は勝手に入れようとした、()()を」

 

 そこに、最初の方に見せていた可愛らしさなどどこにもない。

 純粋なまでの、神としての威圧感と力の波動、ただ恐れおののくだけ、それしか許されぬ負の感情。

 自分のことなど棚に上げ、大天狗はただ今も泣きそうなほどに恐怖し、固まっている人間たちに憐みの感情を向けた。

 

(私はどうせ終わる…だがこれも仕方なし)

「わかる?つまりお前は…」

 

 大天狗は最後に、せめて見届けようと顔を上げる。

 どうせ自分は今から死ぬ、ならせめて…せめてこの山を、国を治める王の姿を最後に目に焼き付けよう。

 そう、噛み締めるように。

 

「お前は私が自分でやろうとしたことを、勝手にやろうとした」

(嗚呼、これが新たな上の…ん?)

「余計なお世話なんだよ、つまり…」

 

 右足を振り上げ、思いっきり地面に叩きつける。

 右手と左手を一気に上へ伸ばす。

 そしてそれを扇のように下へ、高速で移動させてから、一言。

 

 

 

 

「余計なお世Wi-Fi(ワイファーイ)!!!!!」

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 マエリベリーは理解した、嫌でも理解した、とにかく現実逃避をしたくなった。

 よく見ると彼女の頬は、てゐのそれとは次元が違うほどに赤くなっており、謎の掛け声が終わった途端、鼓膜が痛くなるほどの大音量で、腹を抱えて笑い出す。

 

「ブッ…ギャーッ!ぎゃははははははははは!!!!!」

「…マジか」

 

 てゐもすぐに理解したのだろう、今の彼女がどのような状況か、そのせいで死んだ魚のような顔になっている。

 鬼酔わせの酒、天狗たちの悪巧み、それを理解し、正面から迎え撃とうとした彼女。

 わかって尚、鬼酔わせの酒を飲んでみたい…そう笑いながら言った彼女。

 そんな彼女は、実際は――

 

 

 

 

「ギャハハハハハハハハハハハハ!!!!!

「普通の酒で酔ってるじゃないッ!!!!!」

 

 滅茶苦茶酒に弱かった(もう既に酔っていた)




 タイトルの酔生堕落(すいせいだらく)はことわざの酔生夢死(すいせいむし)(価値のある事をせず、ただ生きていたというだけの一生を終えることと)の後半の夢に溺れるという解釈に、それに固執し道を外れる堕落(仏教要素)をかけた作者の造語です
 作者のネタ帳にあるオリジナル領域展開から取りました、掌印は鬼子母神印だし領域内は大量の割れた徳利が置いてあるし床一面酒で満ちてます

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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