【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 貯め回の次は一気に解放の回


25話.史上最強の国津神

 浮足立つ、というのは今の自分を表現するのにぴったりであろう。

 身体を震わせる焦燥。いないはずの第三者、見えない敵からの視線に晒されたかのような落ち着きのなさ。

 行きたい!早く!落ち着け!

 頭の中で声がする。それが誰のものか、そして何のために響くのかもしっかりとてゐは理解しているつもりではあった。

 

「うん、美味い」

 

 焚火が一つ、兎は()()

 本来の兎には見られない細長い手足、硝子玉のように輝く美しい瞳。

 口も大きく、こうして以前では考えられないようなそれなりの大きさの魚すら食べることができる。

 改めて自覚し、その姿を客観的に振り返ってみても、やはり疑問は尽きない。

 

 最初、自分はただの兎だったはずだ。

 

 今のように、薪を()べるための腕、木の繊維一つ一つにまで触れられそうなほど細く、美しい指。

 毛皮のあった身体も、その足先から頭のてっぺんに至るまでの全てが違う、唯一の名残はこのもう一つの耳だろうか。

 てゐは頭上に生えた兎独特の耳を撫で。

 

「…どうするかなぁ」

 

 目的もなければ願いもない。

 今はただ無気力に時間を潰してはいるが、このままでは勿体ないということはわかっているつもりだ。

 だがなんとなく気が乗らない、明日でいい明後日でいい、とにかく今はまだいいやという怠惰。

 ずっと焦燥感はある。何かをしないと、進まないと…という意識はある。だが動きたくない。

 二律背反な現状に我ながら呆れ、てゐは吹っ切るように勢いをつけて仰向けに転がった。

 

「あーしんど…」

 

 そう、これは俗に言う燃え尽き症候群だ。

 何年も抑え込み、そして解放し、自らの命を危機に晒してまで手に入れた真実。

 この無限に広がる世界と、未知に溢れた箱庭の外…言ってしまえば、既にある程度満たされてしまったと言ってもいい。

 てゐにとっての時間とは何なのか、あの箱庭で過ごした時は一体何だったのか。

 満腹になったのもあり、まどろむ意識の中で考え、すぐにやめて瞳を閉じる。

 

「…なんだろうね」

 

 私は結局何がしたかった?

 自分はお前たちとは違う、そう証明…納得して優越感に浸りたかった?

 ただ気が狂って、それがたまたま上手くいっただけ?

 いや、そこじゃないのだ。

 

「私は」

 

 あの時、てゐが迷いなく海の向こうを目指せたのは。

 そうだ、新しい何かが見たいだけだったのだ。

 同族から爪弾きにされていたことも、優越感も証明も全てが欺瞞。

 純粋なまでの知的好奇心。誰も、自分も含めて心底どうでもいいし興味などない。

 ただ、自分は知りたかっただけなのだ。

 ――この、美しい世界のあるがままを。

 

 

 

 


 

 

 

 

 なんて格好をつけた癖に、結局てゐが再び活動を再開したのは二日後の昼だった。

 食料調達も含め住居を移し、少しずつ距離を伸ばし続けた以前の自分には感謝しかない。

 それのおかげで、本来ならば木々に囲まれ右も左もわからなかった行き先も、山の頂上からなら見下ろせる。

 

「山ってのはいいね、見下すのには最適だ」

 

 とりあえず最初の目的は、誰かに会うことだろうか。

 誰か…とは言ったものの相手は限られる。一番いいのは自分と同じ兎ではあるが、何せ今の自分の見た目は中途半端だ。

 兎要素は精々、昔の名残である兎たちの言葉を理解できる翻訳能力、あとは頭にある兎耳だけ。

 それ以外は人間とほぼ同じで、しかもご丁寧に人間の耳まで生えている、おかげで耳が四つもある。

 少なくとも、今のてゐの姿はフィクションで慣れ親しんだ現代人から見れば同じ括りとして扱うことはできず、まず間違いなく駄目、アウトを超えたアウトであろう。

 そうなると更に条件は絞られる、今てゐのいる場所がどのようなところなのか、そしてそれを説明できる悪意のないものとはどのようなものか。

 そう、悪意あるものというのは――

 

「…うげっ」

 

 足元に意識を集中させ、視線だけは動かさずに後退。

 前方の木々から姿を見せた"それ"に対し、嫌悪感を滲ませた顔をてゐは見せる。

 

『おオ"っきぎィ…上にアアアア"ア"ア"ア"』

(…早く帰ってくんないかね)

 

 相変わらず変わらない、その醜悪さ。

 おどろおどろしい声を鳴らしながら、その幾重にも皺を作る嫌悪感を刺激する虫の関節に似た肉体の作り。

 何より嫌なのがあの"瘴気"だ。それが香りのような気軽さで嗅覚のみには留まらず、全細胞に警告を促し冷や汗を流させる。

 

 瘴気。

 それはこの世界にあるあらゆる力、その対となる忌むべきものである。

 

 その元となるのはどれも例外なく、動物や人間…妖怪といった存在の俗に言う「負の感情」によって生まれるものだ。

 人間にはどれも例外なく霊力が、魔法使いには魔力、妖怪は妖力で神は神力…といったように。

 瘴気を生み出すものは、皆が例外なくそれらから疎まれるもの。もしくはそうなるほどにまで恐怖を集め、返り血を浴びた存在といった特徴がある。

 だがここで疑問が生まれる、それは神のような存在はどうなのか?だ。

 

 結論を言おう「神による」だ。

 

 妙な話ではあるが、神とは基本恐れられ、敬われるものである。

 だがそれは正確には人外…妖怪に向ける純粋な嫌悪、恐怖ではなく「畏れ」に値するものだ。

 恐れと畏れは似ているようで違う。ただ純粋に嫌い、疎まれ忌むべき恐怖と、救いを求めて利益と信仰の等価交換を行う一般的な神では瘴気を生み出すには至らない。

 つまり神の中でも瘴気を生み出せるのは、信仰を失いただ本能のままに血肉を求める堕ちた産土神。

 もしくは敵対するものに最初から災いをもたらす、祟り神と呼ばれる存在だけなのだ。

 勿論その希少性に釣り合った、瘴気がもたらす持ち主への利益は大きく――

 

『隕倶コ九d縺ェ窶ヲ』

「…っ」

 

 ぐつぐつと、まるで水が沸騰したかのような音がする。

 音の発生源は妖怪の足元、踏み込んだ地面…そこに生えていた雑草、そしてちょうどその近くを這い回っていた虫が溶ける音だ。

 己以外全てを蝕む瘴気、それが自然に牙を剥いたことを表すそれ。

 草木が死にゆくその香り。てゐの顔が嫌悪で歪み、咄嗟に手で口を押さえた。

 今の一瞬、僅かではあるが呼吸の音が山に響いたかもしれない。そう考えると気が気でないのだ。

 

『………』

 

 てゐが息を殺し、なんとか呼吸を虫にも負けないくらい小さく、細くする。

 ぐりんっと、その妖怪は首をこちらに向け、醜悪なその顔を向けて沈黙を保つ。

 バレたか、今からでも走った方がいいか?頭の中で様々な選択肢がぐるぐると回る、そうしてる間にも妖怪はこちらに向かって歩き出す。

 …腹を括ろう、今から全力で走って何とかしよう。そう思っていた時だった。

 

「おい!そこの妖怪!」

 

 突如響き渡る大声に、てゐはビックーン!と大きく身体を震わせた。

 妖怪はと言えば、その突如大声を上げた謎の存在に視線を向け、そしてすぐに反応を見せる。

 てゐの背後、大木の向こう側から再び声。

 

「おい!聞いてるのか!」

『菫コ繝輔ぃ繝ウ縺ェ繧薙せ繧』

「アタイの縄張りに入るとはいい度胸ね!」

『…プスッ』

「ふふん!今更怖がったって遅いからな!」

 

 ――なんかいる。

 それに聞き間違いでなければ、今あの妖怪笑ってはいなかったか?

 身体から溢れる瘴気も凄い、おそらくは少しばかり脅かしてやろう、恐怖させて殺そうという悪意のもとなのだろうが、そのせいでこちらの足元の草木にまで瘴気の影響が届いている。勘弁してほしい。

 というかこの気配、()()()()――

 

『………』

「ふん、なによその顔?アタイにもう怖気づいちゃった?」

 

 なんて考えるてゐの背後、大木の向こう側にいる第三者はというと、妖怪の放つ威圧なんて知ったことではないようで。

 怖くて振り向くことはできないがおそらく妖怪は先ほど以上に激怒し、その瘴気を更に濃く――

 

『繝悶Ο繝ェ繝シ縺ァ縺!!!!!』

 

 ぐしゃっ!と木々が捻じれ、一つ二つと倒れていく。

 妖怪が怒り、そして腕を無造作に振るっただけでこれだ。しかも最悪なことに第三者、つまり妖怪がこれから攻撃をするであろう場所にはてゐがいる。

 よし逃げよう。顔も知らないし名前も知らない他人ではあるが、彼女に興味が向いている間に全力逃走をさせてもらおう。

 てゐは今も荒ぶる妖怪の気配を背に、麻痺してしまった肉体に鞭を打ち、初速から全力を出せるように足の準備運動を始めた。

 そして、妖怪がとうとう全力で目の前の生物を殺そうと腕をひと薙ぎ。

 走り出した直後なのもあり、姿勢を低くしていたのが功を奏してゐの頭上をギリギリ妖怪の腕が通る。

 倒れる大木、そして今ので消えてしまったであろう第三者に、心の中で冥福を祈――

 

 

 

 

「"八咎(やとが)" "頞部陀(あぶだ)" "無憂(むゆう)崩御(ほうぎょ)"」

 

 空気が冷えた。

 空間が固まった。

 時が止まった。

 ――全てが凍ったかのように錯覚するほどの、濃密な、そして広範囲にわたる絶対零度。

 

 錯覚だ。

 

 勿論、本当に絶対零度が現実で起こったわけではない。もしそうであるなら、いくら人外のてゐでさえそれには耐えられず、今頃絶命しているであろう。

 だが今起こっているこれは、間違いなく今までに見た中でも最高峰の、最高純度の――

 

 小さなその氷の支配者は、ただ静かに両手を動かす。

 

 右手を上に、左手に合わせ、再び離してまた合わせ。

 まるで粘土をこねるかのように無造作に、しかし指先から爪の先全てに神経が通っているかのような、芸術家のように一切の迷いのない動き。

 齢10にも満たない子供、それより更に一回り小さな少女の手の中に、圧倒的な冷気が一つに凝縮される。

 小さな左手に乗せられた、更に小さな飴玉のような冷気そのものを、少女はふっと息を吹きかけ。

 刹那。

 

「――パーフェクトフリーズ」

 

 無音。

 静寂と、一息置いて襲い掛かる冷気による余波。

 てゐには何も理解ができなかった、まばたきなどしたつもりはない、意識を離したつもりもない。

 だがいつの間にか、いつの間にか彼女の手の平、そこにあった小さな小さな冷気の塊。それは息を吹きかけられ、ほんの少しだけころんっと動いて、そして今だ。

 答えは単純で故に恐ろしく、つまりあの一瞬で、冷気は残像すら残さずに一気に音速の域にまで加速し、妖怪に向かって飛んで行ったのだ。

 凍った妖怪の身体は、きっと彼女が狙っていたのだろう。頭のみを残し、器用にそれ以外が氷の牢獄によって閉じ込められていた。

 妖怪もてゐと同じように、何が起こったのかが理解できていない。だがそれでも本能が警告しているのか、無理に脱出を図ろうとせず視線のみで情報を得ようと必死に首を動かしている。

 ただ氷がそこにあるのではない、文字通りその冷気は妖怪の肌を伝い、肉の奥底にまで侵入し骨までをも凍らせた真の凍結反応だ。

 もし妖怪の本能が警告を促していなければ、今頃とっくに身体を無理に動かそうとした衝撃で氷が、妖怪の身体ごと砕けて即絶命していたであろう。

 ――まぁ、そっちの方が幸せではあっただろうが。

 

「"八咎(やとが)"」

 

 目の前、辺り一面を白い氷の世界へ変えたその少女。

 彼女は再び謎の詠唱を続け、そして再び変化が起こる。

 同時に沸き立つ――恐怖。

 

「"月虹(げっこう)"」

 

 てゐの視界、地面の土から空を覆いつくすほどの大きな木々、それらを氷の彫像に変えたそれが、再び動く。

 まるで色が抜けるかのように、凍っていたはずの木々や地面から真っ白な霧のようなものが抜け、同時に凍っていたはずのそれらは直前の命の輝きを取り戻す。

 それは、再び彼女の視線の先――今も凍ったままの妖怪の頭上すぐに。

 集まった冷気が形を成す。最初は小さな氷の粒、それが一回り、二回りとぐんぐん成長を続け、あっという間にその影が妖怪の身体を覆いつくすほどになった。

 純粋で純烈な、ただ巨大で攻撃力を、圧のみに重点を置いた馬鹿正直なその処刑道具が。 

 

「"(はす)獄衣(ごくい)" "理非(りひ)鉢特摩(はどま)"」

 

 ぐらっ…

 絶え間なく冷気を送られ続け、とうとう浮力の釣り合いが取れずに、その氷塊が落ちようとする。

 その時を見逃さず、彼女は右手を突き上げ。

 そして、右手を振り下ろした。

 

「――アイシクルフォール」

 

 轟音。

 ぐちゃ、なんて音すら出すことすら許さず、妖怪は目の前の小さな小さな子供に負けた。

 血しぶきすら上がらない。妖怪はただ静かに命を終え、その音すらも、無邪気な氷の処刑道具によってかき消される。

 聞き慣れない、音色の違う(ニュアンス)謎の技名に内心首をかしげながらも、てゐはただ目の前で得意げに笑う少女から目を離せない。

 

「はっはっはー!アタイったら最強ね!」

 

 同時に、目の前でこれほどのことを行ってみせた少女の正体に気づき、動揺するしかなかった。

 身長はてゐよりも小さく、その髪はまるで薄氷のように透き通っており、そして青空のように深くもある。

 だがその背中から、自然界では決して見ることのできないような、美しい透き通った氷の羽があった。

 つまり、目の前の少女の正体は――

 

「ただの妖精が、嘘だろ…?」

「むっ!誰だ!」

 

 つい口から出てしまった言葉、勿論気づかれない…なんてことはなく、すぐに振り向き警戒心を向けられる。

 てゐは内心で「やってしまった」と後悔をしながらも冷静に、どうやって弁明しようかと考えていた。

 相手は妖精、悪ではない。だがあのような戦闘直後、しかもこうして敵意を向けられていると見た。

 妖精ならいい、だがこの目の前の氷の支配者は、ただの妖精が何故ここまで強いのかはわからないが、少なくともてゐの常識を突き破るかのような凄まじい力を持っているこの少女は――

 

(…は、いや待て…今なんて…)

 

 と、てゐの思考が止まる。

 弁明のことを考えていた脳はすぐ、先ほど自分が無意識に考えた違和感のある現象に対する回答を求め稼働している。

 目の前で訝しげにこちらを見る少女、しかも自分を終わらせられるほどの相手だというのに、それのことすら頭から抜け落ちる。

 今自分は何と言った?妖精なのに、と言ったか。

 

 何故自分は妖精のことを知っている?

 何故神のことすらも、何故妖怪という存在すらも――!

 

 心臓がバクバクとうるさく鳴る。

 呼吸も荒く、まるで気づいてはいけない、見てはいけない。

 まるで何か、とても恐ろしい何かを、何かがこちらに向かって手を差し伸べ――

 

「じー-」

「…っな」

「じー--…」

「…?……??」

 

 じー…っと、文字通りというかその通りに口で音を出しながら、いつの間にか少女はこちらを覗き込んでいる。

 その視線は先ほどと違い、訝しむようなものでも敵対心を込めたものでもない。

 ただ何かを見据えるような、何かに気づけそうといった、真ん丸な瞳と少女らしい、可愛らしいむすっとした顔だった。

 

「……」

「……」

 

 沈黙。

 

「お、おいなんだいきな」

「あーっ!お前あの兎か!」

 

 …耳が痛い。

 突然の大声で痛む鼓膜。人の方の耳を押さえ、顔を顰めるてゐの前で、彼女だけが「そういえばどっかで」やらなんやら、ぶつぶつと何かを呟いているのが聞こえた。

 少女はすぐにこちらを見て。

 

「お前、相変わらず泳ぐの下手なのか?」

「…いや何の話か知らないけど」

「なにっお前アタイのこと知らないのか?」

「あぁ悪いね、できれば教えてくれないか」

「ふん、いいだろう!」

 

 てゐの頭より少し上。

 まるで自分の方が偉いんだぞ、凄いんだぞとでも言わんばかりの堂々たる態度で宙に浮かぶ彼女。

 こういう感じの、言い方は悪いがちょっとお馬鹿な奴の相手をするには否定はせず、相手に任せて会話を進めるのが一番である。

 てゐの目論見通り、少女は腕を腰に置いて、まるで空を見上げるかという具合にこちらを見下ろし。

 

「アタイはチルノ、氷の妖精チルノだ!」

「…そーかい、私はてゐ。()()()てゐだ」

 

 てゐの名前を聞き、やはりチルノは「うーん…」と再び何かを考えだす。

 何故かは知らないし今はそれどころではないが、やはりというべきか彼女は妖精の中でも異質なのだろう、とてゐは思う。

 妖精、それはこの世界の純粋な生命、()()()そのものが自我を持って生まれたものだ。

 生命といってもそれは漠然としたもので、決して一つのものとして扱うことも、抑えられるようなものでもない。

 溢れる生命の力、それは妖精という種族の生物を人間、動物にも負けない頻度で大量に発生させることで何とか天秤を機能させている。

 その代償とも言うべきか、妖精という種族に見られる特徴として知能の低さがある。

 良くて幼子、悪くて赤子。そのどれもが個体差こそあるものの、絶対に子供より下のものしか生まれない。

 知能に比例し力も弱く、その出生のこともあって死んでもすぐに黄泉返るし何の後遺症もない。

 

 だがチルノはどうだ?

 

 知能はお世辞に高いとは言えない、だがとても低いというほどでもない。

 精々子供、それも人間でいえば8~10歳ほど、だが妖精の知能の平均を知ればわかるが、これは上から数えた方が早い。

 復活もするだろう、それが妖精だ。

 だが――妙に強い。

 先ほどの冷気、あれは今も尚大量発生する妖精たちには見られない規模のもの。

 謎の詠唱や完成された技の数々、何より先ほどから感じるこの違和感。

 それは彼女が、てゐという存在に既視感を覚えているから…というのもあるが一番はやはり、てゐ自身が感じていることだ。

 

「なぁ、チルノ」

「………?」

 

 今、ここで聞けば全てが解決するだろうか。

 不意にそんな欲望が、知識欲と好奇心を両手に己の中の悪魔が囁く。

 ここで直接聞いてしまえばいい、何故私に既視感を覚えたのか、何故私はお前を、妖精を知っているのか。

 だが何故か、それはやめるべきだと言う自分が居る。

 何故だ、早く知るべきだと悪魔が囁く。

 やめておけと、根拠も理由もなく叫ぶ自分が居る。

 

「…?どうした……?」

 

 そう迷っている間に、チルノはいつの間にか高度を下げ、こちらを下から覗き込むような位置にいた。

 その綺麗な、穢れを知らない無邪気な宝石の眼に射抜かれ、途端にいたたまれなくなった。

 ずっと漠然と感じていた違和感を解消するため、理由はどうあれ彼女を今、自分は利用しようと思ってしまった。

 こうして腹の中を黒く、どろどろと焦燥と動揺がぐちゃまぜになっている自分を、彼女はただ心配してくれたというのに。

 

「……悪いね、ちょっと気分が悪くなってさ」

「それってさっきのアイツのせい?」

 

 自分のせいで気分が悪くなったのさ。なんて意味を含めた言葉を返せば、チルノは既に消失反応が終わり、塵すら残っていない妖怪の方をちらりと見てからそう返した。

 それにてゐは苦笑いをしながら「いいや違う、ありがとう」と答えてからその頭を撫でる。

 いや待て、そもそもあの妖怪と会ったのが悪いのではないか?

 確かにチルノはあれに喧嘩を売ったが、そもそもその時私の近くにいたからであって…

 そうだ、向こうが勝手に来たのが悪い。あの妖怪が勝手にこのてゐの方に向かって歩いてきたのが悪い。

 うん、そうに決まってる。

 

「あ、でもやっぱあの妖怪が悪いかも」

「なに!それじゃあ次はもっと強めに凍らせてやろう!」

「ハハッ、そうだな」

 

 あれより上があるのか…てゐは顔を引き攣らせた。

 チルノは腕をブンブンと振りながら「いつでもかかってこーい!」など叫んでいるが、正直勘弁してほしい。

 というよりあれはまだ、てゐの今の実力では倒すことができないし逃げることしかできない。

 万が一ではあるがもし再び復活し、チルノへ再戦を申し込むために来るとなるなら…

 

「うん逃げようそうしよう」

「臆病者ー!」

「うっさいうっさい、命大事になんだよ私ゃ」

 

 ついムカッとしたので、ちょっとした仕返しも含めてチルノの頬をぐにーっと引っ張る。

 やはり氷の妖精らしく、その肌は心地よい程度の冷気を纏っており冷や冷やとしていて気持ちがいい。

 チルノがそれに「うがー!」と声を荒げてジタバタと暴れる、てゐは負けじと頬をつねってケラケラと笑う。

 互いに笑いあい、そしてこれからどうしようか…そう切り出そうとした時だった。

 

 

 

 

「そこの兎と妖精」

 

 予兆などない。

 今までの、そして先ほどのチルノのそれとは違う、これは違いすぎて話にならない。

 瘴気、冷気…そんな可視化された強さの象徴とは全く違う、これは純粋な本能の警告。

 まるで巨大な壁を、大木を見上げるかのような、蟻が人を見上げるかのように錯覚するほどの、巨大すぎる神力。

 震えすらも、その時には忘れていた。

 

「いや、妖精だな?単刀直入に聞くが先ほどの妖怪を殺した…」

 

 背はてゐよりも少し上。

 その華奢でありながらも力強く、紫の混じる美しい青髪を靡かせながら。

 背中に柱を四本、宙に浮かせてこちらを見下ろすその少女は。

 

「――お前が強者か?」

 

 最強、国津神八坂神奈子。




 普段おバカな子が本気出すと知性溢れるワードを使うギャップっていいですよね(チルノの詠唱も元ネタがあるんで調べてみてください)

 瘴気
霊力魔力妖力神力…あらゆる力と対になる真反対の別の力。全てを蝕み、消滅させるめんどくさいエネルギーちゃん、そのためそもそも瘴気を生み出せるのは、かなり穢れた妖怪か存在しかいない(大百足や祟り神)
持ち主には牙を剥かないので、百々世や諏訪子様のように自前の力(百々代は妖力、諏訪子様は神力)と混ぜることもできる。
まんま呪術の負のエネルギーと正のエネルギーみたいな感じです、1の瘴気を消すには2以上の力(霊力妖力etc)をぶつけないと行けない馬鹿燃費。
ちなみに突如この設定を開示したのは、最終章であるシーンを書きたいからで…(記録は途絶えている)

 瘴気の設定開示もしたので次からいつの間にかしれっとやってた詠唱の開示もします。

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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