諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

26 / 63
 オラに…感想をくれぇえええええ


26話.八坂神奈子

 それは神代の話。

 遥か遠い未来、そこではあらゆる謎や恐怖は0と1で構成され、全ては科学によって証明される。

 人は夜を恐れ、そして夜の中に恐怖を見る。そしてその恐怖によって妖怪や神は生まれ落ちる。

 科学が謎を解明し、科学が夜を克服し照らし続ける。

 いつしか人は原初の恐怖を忘れ、そうして妖怪や神といった神秘は、文明による幻想の否定によって消えていった。

 

 神秘全盛古代の世。

 

 科学もなく、夜の闇に対し火のみで立ち向かう人間たち。

 あらゆる場所に住む魑魅魍魎と、決して少なくないその犠牲者と、それに立ち向かう勇気ある者たち。

 失った手足は元に戻らず、傷もすぐには治らず歳をとる度に力は失われ、消えていく。

 間違いなく、妖怪や神にとってはこの時が全盛期であり最盛期。

 

 だがこれは、それより前の神代の話。

 

 ある者は言った「彼女こそが荒魂である」と。

 そしてある市場の神は言った「そんなとこまでアイツ(スサノオ)に似なくてもいいから」と。

 あらゆる神秘、畏れが集まり超常そのものが溢れるその場所は――高天原。

 産土神など話にならない、そこに在ることを許されたのは神霊、神でありながら真の肉体を持ち、概念にすら届く異能を抱えた絶対的強者たち。

 ある神は光を操り、ある神は夜を、ある神はその身に纏う炎で己の母を殺した。

 人間など歯牙にも掛けない、その絶対的な強者たちはその時も、ただ静かに高天原で時を過ごしていた。

 

 それが終わったのは、たった数年前のこと。

 

 万年を生きる神にとって、数年など息をするよりも短い、刹那にも満たない価値のない時だ。

 だが今、それを見てしまった神たちにそのようなことを口にできる者など一人もいないだろう。

 嵐。

 雷。

 

 それは、間違いなく天災であった。

 

 あらゆる神秘を、絶対神を受け止め、支え続けた高天原の一部が崩壊する。

 かの八岐大蛇を殺した英雄神、スサノオのそれとはまた違う、彼の絶対的な暴力に嫌悪感を持ち、皆が高天原から追放したそれとは違う。

 あの時、あらゆる神が間違いなく恐れを、恐怖という感情を、生まれたばかりのその神に間違いなく向けたのだ。

 崩壊する高天原を、かの英雄神の時とは違って誰も止められなかった。

 他ならぬ彼女が、それに巻き込まれ落ちていく様子も、誰も見ようとはしなかった。

 皮肉にも、その時の天津神はまるで自分たちが普段守護している存在、人間と全く同じ反応を見せていたのだから。

 赤子は、意思を持った災いそのものは地上に落ち、そして鼓動を開始させる。

 その眼が開き、同時に無垢なその輝きが、自由の世界全てを。

 ――八坂神奈子、爆誕。

 

 

 

 


 

 

 

 

「私はそれからずっと、こうして暇潰しに強者をねじ伏せて旅を続けている」

「そ、そーですか…」

「今日もまたつまらん雑魚を捻じ伏せるつもりだったのだが…ふむ、悪くないな」

 

 日が沈み、夜の帳が下りる。

 以前までは一人で向き合い、そして怠惰に貪り続けていた夜の時間は、今日は合計で三人も参加者がいる。

 あの背中に携えた四本の柱――オンバシラを横に並べ、そして箸でも扱っているかのような気軽さで横に置いている。だがその大きさが大きさなだけに、丸太でも積み上げているかのように存在感が凄い。

 遠慮がちに笑うてゐ、そして。

 

「お前強いな!次は勝つぞ!」

「ふふ、そうか。再戦を楽しみにしておこうかな?」

 

 揺らめく焚火の熱さなど、まるで意味がないと楽しそうに漂うチルノ。

 焚火を超え、てゐと神奈子の頭上を行ったり来たりで笑いながら飛翔を続ける様子を、神奈子は存在の格の違いなど一切気にせず。

 

「勿論!次はあっしょーするからな!」

「ははっそうか!楽しみだなぁ、それは」

 

 神としての側面、他者を跪かせる王としての仮面が剥がれる。

 きっと、それが彼女にとっての素なのだろう。その喋り方や様子は見た目相応で、とても可愛らしく見えるものだ。

 ただ、その強さはとてつもなく物騒ではあるが。

 てゐの脳内に溢れ出す、数時間前のあの記憶。

 

『よし!アタイと勝負ー!』

『ふんっ』

『はうっ』

 

 結論から言えば、チルノは一撃でやられた。

 一気に突っ込んだチルノに対し、軽く右腕を振るってチルノを星にした。

 妖怪に勝ったばかりで自信満々、悪く言えば油断しまくっていたのもあるのだと。

 しかしそれは、他ならぬチルノの主張でありてゐからしてみれば絶対にそんなことはないと断言すらできる。

 対峙してみてわかる。油断しようがしてまいが絶対に勝てない。

 まずそもそも神奈子は神だ、勿論力の元は神力であり、なんともわかりやすく可視化された力の象徴だ。

 だが最初、てゐに背後から話しかけた時といいそれを感じない。力を抑制している?だが何のために…?

 そんな疑問はこうして共に焚火を眺めるまで解消せず、とうとう我慢ができずに聞いたのだ。

 ――すまない、一度だけ本気で神力を出してみてくれ。と。

 

 その瞬間、空に巨大な穴が開いた。

 

 ごうっとかぼんっ!なんて空気の破裂する音すらなく、静寂。

 一気に全身を鳥肌が支配し、すぐに空に真っ黒で巨大な一つの穴が生まれ、そしてその後にようやく目に、神奈子の放つ神力の総量が映り…その()()()量を理解することができた。

 正直後悔した……そう内心で吐き捨て。

 

「あんた、何者なんだ」

 

 神相手に、てゐはそう大胆不敵に切り出した。

 その視線の鋭さに、先ほどまで見た目相応の可愛らしい笑みを浮かべていた神奈子は、それに負けない鋭い目を向け。

 

「愚問だな、お前は自分という存在に疑問を感じたりするのか?」

「……する、だろうそりゃあ……何せ私も」

「違う。そういう軟弱な自意識やら自尊心やらの話じゃない」

 

 一息。

 

「お前はお前だ、今のそれは知ったことではないが。お前は自分が兎だった時に"何故自分は兎に生まれたのか"と考えたことはあるか」

「……それは」

「くだらん探求心ではなく、意義での話を聞いている。今考えているお前が自分が何のために生まれたのか…そんなのは知らん、自分で勝手に納得してその答えに浸っておけ」

 

 てゐにとって、未だ謎の多いあの世界、そして今までの数々の謎。

 下手をすれば自分の存在意義にも関わるそれらの疑問を、まるで本当につまらないと言わんばかりの神奈子のその対応に、少し苛立つ。

 その内心を見透かしてか、神奈子は意地悪そうに笑って。

 

「なんだ、もう少し優しくしてやったらよかったか?」

「……いや、先に聞いたのは私だからね」

「それでいい。あと苛立ちを相手に悟られるのは何の得もない、その辺の話術も学ばんとな」

 

 そう語る神奈子の表情には、それを納得させるだけの積み重ねられた背景が確かにあった。

 ただの思想語りでもなく、説教臭い意地悪でもなく純粋な提案。八坂神奈子という神が、てゐに測れぬその生き様を元としたそれ。

 てゐは問う。

 

「あんたは」

「どうかな、少なくとも忌み子ではあっただろうな」

 

 ――チリンッ

 夜の静寂に響く、美しい三つの鈴が同時に鳴らす鐘の音。

 てゐの知らぬうち、いつの間にか右手に握っていたそれを、器用に手の甲で滑らせて語る。

 その顔には、まるで老兵のような積み重ねた愁いの意が宿っていた。

 

「生まれた時…いや、生まれる前と落ちた後。誰も私を見ようとはしなかった、いっそあの人(スサノオ)のように嫌われるならともかく、皆を私が怖がらせてしまった」

「悲しかったの?」

「…そうさな」

 

 なんと言えばいいか、そんな風に迷っているてゐの前で、突如神奈子の動きが止まる。

 てゐが訝しげにそれを見つめ、同じくチルノも動きを止める。

 痛いほどに、その虚無の静寂が苦しく。風がそよぐ音すらもしないその刹那。

 神奈子が、動く。

 

「…――動くなよ」

 

 ――バリリリィッ!!!!!

 神奈子が右手に握る鈴、それを振るったと共に雷鳴が轟く。

 雷が落ちた?いや違う、()()()()のだ。それも他ならぬ神奈子自身によって。

 神奈子が鈴を鳴らした瞬間、神奈子の全身をあの莫大な神力が包み込み、そして鈴に集まってから雷を生み出す。

 生み出された白色の槍は、そのまま振るった腕の勢いに乗って神奈子の視線の先、木々の向こうにまで一直線に駆け抜け、炸裂。

 衝撃で風が吹き荒れ、同時に焼き焦げた肉の香りと一瞬の瘴気の気配を感じて、てゐは口をあんぐりと開けた。

 

「盗み見とは感心しないな」

「うおおおっ!すっげぇ!何その道具!」

「あんた雷の神だったのか?いや待てそもそもその道具が雷の…」

「これか?まぁ…そうだな」

 

 興奮を抑えきれずに問い詰めるチルノと、それを無視して自分なりの答えを見つけようと考えるてゐ。

 先ほどの攻撃の名残で、今も停電しパリパリと稲妻を迸らせるその威圧感は、それが世にありふれた並の道具ではないことを示していた。

 神奈子はそれを懐かしそうに、そして優しく撫でながら続けた。

 

「先ほど言ったが、私はこの地に…まぁ生まれ落ちてから一人だった」

 

 八坂神奈子という存在は、この人間世界に落ちても衰えることを知らなかった。

 生まれた瞬間というのもあり、自我もはっきりとしない赤子故の異能の暴走、それにより国を巻き込んだ、前代未聞の嵐が吹き荒れることとなる。

 しかしそれでも止まらない、本来ならば数分で限界を迎え、力を使い果たし眠るであろう神奈子は、不幸にも持っていた神力が大きすぎた。

 それを使い果たすには凄まじい年月が必要となる。その結果国を巻き込んだ巨大な嵐が止んだのは、神奈子が生まれてから一週間。

 力を使い果たし、嵐も止みようやく快晴となったその時に。神奈子は神力を全て使い果たした、文字通り無力な存在の赤子に変貌した。

 

 そして幸運にも、それを拾ったのはある()()()()の人間である。

 

 無愛想で何を考えているかわからない、そんな感じで人から距離を置かれていた彼が、何故たまたま神奈子を見つけ、そして育てることを選んだのか。

 そんなことは誰にもわからない、もうすでに彼は勿論、その村は災害によって滅びて土の中だ。

 だが決して忘れたことも、忘れるつもりもないし背負っていくつもりだ。神奈子にとってその人間は、本来自分よりも劣る相手…など口が裂けても言うつもりはない、まさしく恩人と言うべき存在なのだから。

 

 (けん)を創造する程度の能力。

 それが、八坂神奈子という存在の全て。

 

 力を使い果たした結果、それが元に戻るまでは非力なままでいることが決定づけられた。

 しかも回復するとはいえ、元より神力の総量が化け物じみていた神奈子の場合は、元からあった神力の分まで回復するとなると更に、追加で年月が必要となる。

 それは神にとっては一瞬の15年。しかしその15年は八坂神奈子に"愛"を教えた。

 神故の記憶力、初めて力を使い果たし、無力なまま仰向けになって倒れていた赤子の自分を、拾った彼の無愛想な顔。

 初めて固形食に挑戦し、溢れる未知の感覚に酔いしれる自分を見る彼。

 

 名前は、どうだったのだろう。

 

 八坂神奈子は普通ではない、それは他ならぬ自分も、そして彼もわかっていた。

 一週間以上、国を巻き込んだ嵐の直後、何故無傷の赤子がそこにいるかなど、考えるまでもない。

 だが彼は聞かなかった。神奈子もその無関心に甘え、自分のことを語ろうとはしなかった。

 齢10を超えた時、神奈子にやっと少しとはいえ異能が戻った時。

 

『おい』

『…なに、これ』

 

 彼は、神奈子のことを名前で呼ばない。

 一度言おうとした、だがいざ喋ろうとした時、その変わらず無愛想なその顔が、少しだけ硬く変わったのを見てやはりやめた。

 それ以降はずっとこれだ。「おい」や「そういえば」と会話を始める前の言葉で意思疎通をする。

 嫌いというわけではない、では何故こうして、彼はずっと…そう考えていた難しい時期に、それを貰った。

 

『やる』

『…鈴?』

『俺は仕事に戻る』

 

 彼は鍛冶職人だ。

 朝起きるといつの間にか鉄を打ち、そして夜遅くまで何かを整理し朝に備える。

 神奈子は一度手伝おうとはしたが「俺に男の恥をかかせる気か」と今まで見たことのない複雑そうな顔で断られたため、ただ見ることに専念している。

 何を作っているのかは知らないし、教えてもらおうとも思ったことはない。

 しかし何かが引っかかる…そんな漠然とした知的好奇心は、この日にある意味爆発したのだった。

 

 それは、今まで見た中で一番美しい。

 

 宝石のように輝く、その緑と黒による三つの鈴。

 下に一つの鈴が配置され、そして枝分かれするように二つに持ち手の先から分岐し二つの鈴が配置された、精巧な作り。

 持ち手には持ち主の手に負担をかけないよう、見たこともない美しい黄色の布が巻き付けられており、同時に装飾を含めた紫の布も交互に入り混じることで芸術的美しさも醸し出している。

 神奈子がそれを手に持ったのを見て、男はすぐ背を向けて作業に戻る。

 何故今日これを渡したのか、何の意味があってこれを作ったのかはわからない。

 だが一度、腕を振るってチリンッと可愛らしい鈴の音が響くのを聞いて、神奈子は無性にそれが嬉しくなった。

 

『…ありがと』

『………』

 

 はにかむように、ぶきっちょな笑いを見せて神奈子がそう言う。

 一瞬、鉄を打つ音が途切れて変な間が生まれたが、神奈子はそれに気づかないふりをした。

 チリンチリンッと、走る神奈子の身体に合わせて鈴が鳴る。

 何度も振って、振り方と力で音が少しずつ変化していく。

 

 軽く羽のように、しかし虫の鳴き声のように澄み渡る下の鈴。

 特徴はなく、しかしそれ故にあらゆる音色を邪魔することなく、それを引き立てる中央の鈴。

 まるで嵐のように、力強く全てを飲み込むように重く、鋭い上の鈴。

 

 縦に振れば上、中央、下の鈴の順番で音が鳴り美しい旋律を奏でる。

 横に振れば、今度はそれが逆となり余韻を残す儚くとも美しい、歌声のような旋律を。

 まるで幼子のように、そして時間を忘れて神奈子はそれを振る。

 それからはしばらく、毎日その鈴を握っていたような気がする。

 それがなくなったのは、食事中も横に置いて鈴とべったりだった時に、彼が「いい加減にしとけ」と軽めの説教をした三日後の話である。

 

「まぁ、それでも寝るときもずっと隣に置いて…というよりは握っていたけどね」

「へー!だからこんなに綺麗なままなんだな」

「あぁ、今では過去の私に見事だと褒めてやりたいくらいだね」

 

 触ってもいい?というチルノの可愛らしいおねだりによって、今その鈴はチルノが握っている。

 チルノがニコニコしながらそれを思いっきり振って、てゐが顔を真っ青に慌てるようなこともあったが、それはご愛敬。

 

「全くあの妖精は…」

 

 てゐのそんな言葉に、神奈子は笑って。

 

「なんだ。私がその程度の配慮もできない女だと思った?」

「いや、そういうわけじゃ…」

「まぁ物騒なものなのは認めるけどね、それは私みたいなのが持った時限定なんだよ」

 

 神奈子は毎日、朝から夜まで全ての時を共に過ごしたことで、その鈴にはある変化が起きていた。

 それに気づいたのは勿論彼、鍛冶職人だからこその気づきとも言うべきか、最初の方は定期的に布を取り外し、洗って鈴を軽く磨いたりなどの調整をしていたのだが。それがある時期からなくなった。

 そろそろ交換の時期だろう、そう思って鈴の調子を確認した時、信じられないことに布を含めて一切の劣化が発生していなかったのだ。

 いくら丁寧に扱うとはいえ、布ならまだしも鈴はおかしい。鈴は勿論、その材料は金属でありいくら丁寧に扱おうとも空気という天敵には抗えない。

 神奈子にそのような知識はなく、いつの間にか汚れなくなったなー…程度で受け止めていたのだが彼はそうではなかった。

 許可を貰ってから徹底的に調べ、原因を解明しようとしたが完全に挫折。

 何故か鈴は前と違って分解できないし、布はいくら引っ張っても千切れないし歪んだりもしない。

 まるで時が止まったかのように、布も鈴も全てがあの作ったばかりの、最盛期の輝きのまま存在していたのだった。

 

「あの鈴には私の神力が宿ってる、そのおかげだろうね」

「便利だねぇ神力ってのは、いくらでも武器が作れるんじゃないのかい?」

「おばか、そんな世の中甘くないよ」

 

 目の前の妖精ならまだしも、自分に対し「おばか」とはなんだ。

 てゐのむっとした表情を見て、神奈子はやはりニヤニヤと笑うのみ。

 喋り方も緩く、優しくなった神奈子にてゐは疑問をぶつける。

 

「ところでさ、あんたの喋り方ってどっちが素なの?」

「……あー、あんま気にしたことなかったけど…まぁこっちが素だよ、たまに変なのになるのはあれ…仮面被ってた時の名残?」

 

 神奈子曰く、様々な場所を旅するとそれなりに事件に巻き込まれるという。

 先ほどてゐに見せた神力の解放もそうだが、いざ力を見せびらかす…といった条件を除けば、わざわざあのようなことをする必要はない。

 何せ規模が大きすぎる。そうなると一番いいのは人間への完全な擬態、つまりは神力()()を隠して放浪することだ。

 つまりは人間と同じ、武の道を歩く者と同じ気配、人間でも理解できる強者の圧。それが必要となった、のだが。

 

「女だし、しかも柔らかい喋り方だと結構舐められてね」

「あ~~~」

「だからせめて、喋り方でも威圧感を与えるように…って今までやってたらこう、たまに勝手になっちゃうのさ」

 

 困ったものだよ。

 てゐは頬を掻きながら笑う神奈子に聞く。

 

「ねぇ、その人とはどうなったの」

「……長いこと居たな、最後は爺さんになったよ」

 

 神奈子は神である、つまり肉体の成長もある程度で止まる。

 今はまだ全盛期ではなく、緩やかに少女時代を過ごしてはいるが人間とはやはり違う。

 

 15を過ぎ、そこから身長が伸びなくなった。

 20を過ぎ、未だ子供の姿のままである神奈子に、彼は何も聞かなかった。

 60を過ぎ、彼はもう立てなくなった。

 だが、神奈子は未だ子供のまま。

 

 それでも彼は何も言わなかったし、これまでも無愛想な表情は変わらず、神奈子をずっと見守り続けていた。

 神力も大分戻った、このまま時が過ぎれば、自分は真の意味で自由になれる。

 

『…おい』

『………なに?』

 

 久しく聞くことのなかった、彼の声。

 もう目もまともに見えず、立派な黒い髭も今では白く、細く身体も折れそうなくらいだ。

 鍛え上げられた身体も、あんなに溢れていた生命力も、今では見る影もない。

 

『……こっちにこい』

『…うん』

 

 彼は、消えそうなくらい小さな声で、神奈子に話しかけた。

 神奈子はその一瞬、彼の揺れる小さな最後の光、生命力の炎が揺れるのを見て、身体が固まってしまった。

 彼は、もう限界なのだ。

 

『…ひでぇ面してんな』

『…!』

 

 もう目は見えないはずなのに。

 彼はその時の、動揺した神奈子の声色だけで、今彼女がどのような顔をしているのかを理解したのだった。

 最後の最後。人間が絞り出す最後の超感覚が、その芸当を可能とした。

 神奈子は今も、見えない瞳をこちらに向ける、彼のすぐそばに立った。

 

 最後に、彼は何を言うのだろう。

 

 自分は好かれていたのだろうか、それとも無関心だったのか。

 もしかしたらわかるかもしれない、やっぱり聞きたくない。そんなぐちゃぐちゃの内心を落ち着かせ、彼の顔をまじまじと見る。

 命が終わるその瞬間。

 

『風邪引くなよ』

 

 彼はそう言って、笑いながら死んだ。

 

「軟弱な自意識やら自尊心やら…と言ったのは、それがその時の私と同じだったから」

 

 てゐは静かに、懐かしい思い出に浸る神奈子の横顔を見る。

 

「私は何のために生まれたか、そんなのは考えるだけ無駄なんだ。意味はなくとも動物は生きる、意味は他者が勝手に付ける、そういうものなんだ」

「それを教えてくれたのが、その人ってわけか」

「てゐ、私はお前が一体何を目指してここにいるのかは知らないし、知るつもりもない。だがそこに至るまでには誰がいた?」

 

 ――お前はここにいるべきじゃない。

 かつてそう自分に言ってくれた、名前も知らない彼女の顔が思い浮かぶ。

 

「私たちは皆が皆、どれも例外なく支えあい、そして生きている。それだけなんだよ、他者は他者に支えられるために、他者は他者を支えるために生まれ、存在理由が生まれる。"自分は何のために生まれたのか"…簡単な話だ、愛されるために生まれてきた」

 

 人と神。

 本来は相容れない、または一方通行であるはずの存在でありながら、八坂神奈子はそれを知れた。

 誰もが同じ、妖怪であろうと神であろうと。

 そこにあるのは、純粋な。

 

「私たちはそこに在るだけで愛され、そして愛に応えている」

「…随分弱くて優しい神様なこった」

「何言ってるのさ」

 

 てゐの皮肉交じりの言葉に、神奈子は笑う。

 

「そういう神もさ、いいもんだと思わない?」




 神具・八栄鈴(やさかのすず)(一つを極める程度の能力)
神奈子様の場合は「乾を創造する程度の能力」のうち「雷」に能力を適用させてバフのかかった落雷を飛ばせるようになる。
持ち主によって能力も変えられる、勿論神奈子様の場合は暴風を出したりもできるが使い勝手、威力も雷が便利すぎてほぼ一強となっている。
???「見せてあげる本物の愛の形を!構築してみせる!私のハート!!!!!」

 親が子に与える最初のプレゼントは鈴。それを振って、音が出るのを楽しそうに眺めるのが好きだった。という作者と作者の母の実体験で神奈子様には鈴をプレゼントしました(あと史実、現実でも存在する諏訪の神宝だから)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。