【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 明日も間に合えば出せるかもです


27話.言の葉の大和

 違和感。

 

 空を飛ぶ鳥、地を這う虫たち、そして同じ視線を共有する人間という生き物。

 優劣こそあるものの、それらの間には決して無視することのできない歪みがあり、それは他ならぬ神奈子も理解しているつもりだった。

 

 違和感。

 

 人間の身体で言うなら10歳、つまり神奈子が一度使い切ってしまった神力が、僅かとはいえ体外に放出できるようになった少し後。

 鈴を貰い、それとの付き合いも半年を過ぎた頃。

 彼が仕事に没頭している時、彼女は暇を潰すために少し遠くへ遊びに行くことにした。

 本来であれば彼女は子供。魑魅魍魎が溢れるこの世界で、無力な子供が独り歩きをするには危険すぎる時代だ。

 だが、魑魅魍魎にとっては不幸なことに今の彼女は弱体化こそしてはいるが間違いなく神。

 

 違和感。

 

 いくら弱体化しようともその身は神。周りにいる妖怪や瘴気といった忌まわしきものの気配は嫌でもわかる。

 だがそれとは違う、痒みにも似た謎の感覚がずっと、神奈子の胸の中で暴れていた。

 苛立ち?渇望?言葉には表せない不明瞭なその疑惑は、今でも胸の最奥に抑え込まれたまま。

 

 違和感――

 

 目前に鎮座するのは、神奈子の数倍はあるであろう巨大な妖怪である。

 目の前に敵がいるというのに、その妖怪はまるで敵対する意を見せようとすらせず、まるで眠っているかのような静かさでこちらを見ていた。

 捕食者と捕食者、同じ立場である筈の両者の間にあったのは、静寂。

 妖怪は顔以外は人間とさほど変わらない、その筋骨隆々な深緑の肉体をゆっくりと動かし、そして静かに立ち上がり見下ろす。

 

「………」

『………』

 

 自然と、鈴を握る手に力が入る。

 チリンッと、大好きなあの音が鳴り響き、それが開戦の合図となった。

 妖怪が強く足を踏み込むと同時に、神奈子もそれに負けない力で大地を蹴る。

 

「――っ!」

 

 ガンッ!と鋼を打つような重い音。それが移動によって破裂した空気のそれだと気づいたのは、こちらに向かって急旋回をする妖怪の姿を見てからだった。

 紙一重で避けた神奈子ではあったが、妖怪は既にその動きを見切っており、すぐに軌道を修正することで追撃に入ろうとした。

 見た目以上に秘められた重量は、妖怪の足によって大地に深い溝を生みながらもその速度が衰えることはない。

 固く握られたその拳が、神奈子に対し牙を剥く。

 

 ――違和感。

 

 いくら最高峰の資質を持つ神とはいえ、今の神奈子はとても弱い。

 まともに神力も練れず、精々が能力を一つか二つ発動することでの攻撃が精一杯、しかも規模も小さなもの。

 完全に力が戻っていれば、それこそ最初から巨大な落雷の一つ、もしくは鉄すら切り裂く風を一瞬で、予備動作なしで生み出すことで決着がついたはずだ。

 だが今の神奈子にそのような力はない、そして勿論弾丸の如き速度もない。

 圧倒的に不利な身体能力(フィジカル)の差、しかし神奈子は身体に、魂に刻まれた戦いへの渇望と技術が、数度にわたる超回避を可能としていた。

 神奈子の身体が舞を舞うかのような美しさで、しかしどこまでも計算され尽くしたギリギリの動きは、妖怪の剛腕を紙一重で避け続ける。

 パリッ…稲妻が迸るその音が、初撃として炸裂した。

 

 ――バリリリィッ!!!!!

 

 神奈子が振った鈴だったそれは、今や神奈子の神力が染み込み立派な武器の一つとして完成していた。

 八栄鈴(やさかのすず)…そう名付けた己の相棒が、本来は燃料(神力)が足りず発現すらままならなかったであろう異能…落雷を生み出せるほどにまで神奈子の力を増幅させた。

 神力は依然として弱く、脆い。しかし八栄鈴によって増幅されたのはあくまでの「能力」のみであり、つまり目前の妖怪は落雷が発生する直前まで、その後に来るであろう高威力のそれを見破ることができなかった。

 弱弱しい本体とは釣り合わない、その巨大な雷が妖怪の身体を穿つも、勝負はまだついていない。

 

『驥朱ヮ縺カ縺」谿コ縺励※繧?k』

「………」

 

 無傷ではない、しかし有効打と呼ばれるそれではなかった。

 皮膚の一部は焼け焦げており、そして妖怪の醜く爛れた顔面はより醜悪に、怒りによってぐちゃぐちゃに変貌していた。

 落雷の威力は既に知った。妖怪が再び腕を振り上げるのと、神奈子が再び八栄鈴を振りぬいた。

 再び、耳をつんざくような轟音が響き渡る。

 

 しかし効かない。

 

 むしろ先ほどの一撃を食らったおかげで、妖怪は既に回避や防御をする必要がないと学んでしまっている。

 その目は真っすぐに神奈子のみを見ており、目前に迫る雷に対し怖気づくこともなく、そのまま突っ込んで攻撃を続けた。

 神奈子は舌打ちをして。

 

「…いいな」

 

 同時に、頬を吊り上げて笑う。

 害虫駆除や害獣駆除とは違う、これは正真正銘の殺し合いであり、その先にあるのは血と命の凄惨な現実のみ。

 だが同時に沸き立つ、この心の正体に神奈子は、ただ笑った。

 

 ――違和感。

 

 それは、今しっかりと言語化されると共に納得すら生んだ。

 寂しくはなく、むしろ満たされていたこの十数年、だが常に感じていた違和感。

 人ではない神、超常の力を持つ神であるが故に、人では測れぬその心の最奥、そこで燻るある欲望。

 

 絶対的な強者、それ故の孤独。

 

 今、彼女を満たしているのは――

 

「っ硬いなぁ!」

 

 避ける、鈴を鳴らすの繰り返し。

 地力の差など存在しないかのような、埋められない身体能力の差を神奈子は技術と勘のみでいなし続け、そして反撃を繰り返し続けている。

 妖怪の打撃、爪による斬撃は絶え間なく神奈子に対し浴びせられているが、そのどれもが服にすら掠ってはいない。

 神奈子の意識は時が経つほど、攻撃を避けた数に応じてより鋭く、より正確にその戦況を理解する。

 今の話にならないほど弱く、そして足りない攻撃力を補うにはいったい何が必要なのか。

 

「………」

 

 言葉とは力である。

 文字とは力の活路である。

 人の使う言葉には、深く強い何かがある。

 

「さて、と」

 

 神奈子はただ、自然とそれを思い浮かべていた。

 気配の変わった神奈子に対し、妖怪はすぐさま距離を置いて、そして警戒心を更に強くして静かに見据える。

 右手に握る八栄鈴が、お前ならできるとそう言ってくれているような感覚。

 再び、落雷が煌めいた。

 

「――…!」

 

 まだだ。

 先ほどと同じ、意味のない落雷…とは言えない。

 気配の変わった神奈子、そして効かないとわかっていて尚攻撃を再開した、この矛盾した行動。

 まるで何度も、何度も練習し箸使いを覚えようとする子供のような、そんな純粋無垢な目の輝きと表情で。

 妖怪は既に理解した。この少女は獲物でも、自分と同じ捕食者という存在でもなく、更に遥か上。

 今度は外さない、慢心もしない、一撃で仕留める。

 

「…ふぅ」

 

 瘴気と妖気が交じり合い、肥大化する妖怪の威圧感を前にしても神奈子は笑う。

 まるでお前など敵ではないと、そう挑発するかのように悪戯に笑って、その鈴をゆっくりと上に持ってくる。

 その隙を見逃さず、妖怪が駆け出――

 

「"可換(かかん)"」

 

 凝縮された時の中、彼女の詠唱が空に刻まれる。

 

「"浄楽(じょうらく)" "白光(びゃっこう)(つるぎ)"」

 

 弱く脆い神力は、本来は小さな小さな雷しか生み出せないはずだった。

 歴史の裏側に埋もれた、世界最高峰の鍛冶職人が手掛け、そして若くとも史上最強の名を手にした神奈子の力が染み込んだ神宝。

 そして、それらの力を更に倍増させる詠唱。

 

「――雨の源泉」

 

 轟音の後、そこにあったのは灰であった。

 むしろ灰が残っていたことに驚き、神奈子は静かに先ほどの相手、名もなき妖怪に追悼の意を捧げた。

 だが、しかし。

 

「………」

 

 彼女は、どこか満たされていないのを自覚してしまった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 てゐたちの目の前、そこには信じられない景色が広がっていた。

 神奈子の過去、思い出を聞き、そして迎えた早朝。先に起きていた神奈子はチルノとてゐにある提案をした。

 

「私の国に招待してやる」

 

 まずいつも通り、何も考えていないチルノが喜び、てゐがそれに呆れつつ。

 

「いや…話が急じゃないか?」

「まぁ色々話すことは残ってるし…特にてゐ、お前は知らないことの方が多いだろう」

 

 そう言われては断る理由もない。

 それに馬鹿に近い純粋な性格のチルノですら、今のてゐでは手も足も出ないのは理解しているつもりだ。

 今までのように逃げ切れるならまだしも、これからどのような敵がいきなり目の前に来るかはわからない(神奈子が例である)。

 ならばせめて自衛の手段を身につけるか、危険度の高い地帯、もしくは妖怪や人物の情報を集めてからでも遅くはない。

 というわけで、現在てゐは神奈子が仕切っているという国に着いたのだった。

 

「ようこそ大和へ。我、国津神八坂神奈子が汝らを歓迎しよう」

「こりゃあ凄いね…」

「おぉ~…!」

 

 いつもの様子を取っ払い、神らしく荘厳な、そして威圧感たっぷりに宣言する神奈子。

 その様子を遠巻きに見ていた数百人の人間…おそらくは信者であろう彼らは一斉にひれ伏し、そして微動だにしない。

 だが実際にはかなり友好的な、優しい一面を既に知っているチルノとてゐはそんな威圧感もなんのそので。

 神奈子はふにゃりと笑って。

 

「さ、上がってって。茶くらいは出すよ」

「…いいのか?というか神なのに客人のもてなしとか…」

「こういうのは飴と鞭、それにこれくらい友好的な方が信仰も集まりやすいのよ」

 

 そう笑って言う神奈子の背を追いかけて、てゐは鳥居をくぐる前からもはっきりと見える、巨大な神社に呆れるしかなかった。

 どう見ても普通ではない、それはそれらの知識に疎いてゐでもわかる。

 使われている木々は鳥居から本殿、そして柱から細部にある釘の一つ一つまで、全てが達人…それも歴史に残るほどの天才と呼ぶべき者が手掛けているのだろう。

 参道を構成する磨かれた石の数々。どれも数mm単位で調整されており一切の歪みが存在しない。

 境内社に関しても絶句するしかない。まるで宝石のように輝き、そして鋼のような重厚さを醸し出すあの特別な赤、一体何を材料に塗料を作ったのか。

 何も考えずぼけーっと景色を観察するチルノとは別に、てゐはその計算され尽くした造形、八坂神奈子という神に相応しいその神社に感服するしかなかった。

 

「ほら、ここだよ」

 

 そうして数分ほど歩いてようやく、目的の御社殿が目の前にやってきた。

 よく見ると、社のすぐ横に巨大な賽銭箱が置いてあるため、おそらく神奈子が自分たちを上がらせるために用意したのだろうと推測する。

 本来御社殿のすぐ前に置いてあるはずの賽銭箱がないため、てゐたちは特に意識することもなく階段を上り切る。

 そうして御社殿の最奥…本殿にようやく入ってから、神奈子は座って。

 

「さて、偶然の出会いだったけどこれは何かの縁…何かの始まりだと私は思ってる」

 

 いつの間にか手に持っていた盃、それに口を付け思いっきり呷る。

 赤と金で装飾されたそれは、どこからどう見ても宴会…それも酒を入れるはずのもので。

 

「…あんただけ酒か?」

「おっとすまない、これは私のお気に入りの盃でな」

 

 てゐが顔を顰めて視線を向けるも、神奈子はニヤリと笑って受け流す。

 確かに酒の独特の香りはしないし、むしろ茶葉のいい香りがするせいで変に気分が安らぐ。

 神奈子は続けて。

 

「これは戦利品だ、なに…どうやらこの盃に酒を入れると、入れたその酒の美味さが一段階上がるらしい」

「…それで茶を飲むかね普通」

「はっはっは!確かにね」

 

 神奈子はなんて事のないように笑うが、てゐにとってはその限りではない。

 酒とは娯楽、極限状態の人間たちが食料を譲れないように、酒も決して譲り合うことのない麻薬だ。

 しかも入れるだけで美味さが上がるときた、間違いなくあらゆる国が、あらゆる億万長者を手にした権力者がそれを欲しがるはずだ。

 人間だけではない、酒とは妖怪…それも神ですらも欲しがる悪魔のように魅力的なもの。

 妖怪同士の戦いは町を滅ぼす、神同士ならば国ごとだ。

 あらゆる存在が…といっても過言ではない、皆が求めるその秘宝を、こうして手にするどころか本来の用途から外れた、それを欲しがる者が見れば血涙を流すであろう現実に、ただ乾いた笑いを漏らすしかない。

 

「戦利品ねぇ…それ誰から奪ったのさ」

「ん、いやちょっと待って…あーちょっと待った…待って待って確かえーっと…」

「…覚えてないの?」

「…ギクッ」

 

 じー--…

 てゐの訝しむその視線と、話はわからないが便乗しててゐと同じ顔をするチルノ。

 両者の視線に対し、神奈子はあわあわと両腕を振って、冷や汗を流しながら言う。

 

「いや、ちゃんと覚えてるよ?うん、確か信仰が欲しくて国を落として、その時隣にあった山もついでに…って」

「…相手は?」

「や、山の…」

「…………………」

 

 嗚呼哀れな妖怪たちよ。

 てゐは今のやりとりで全てを察した、そもそもこのような魔性の盃を、ただの人間が持っているわけがない。

 そうなると必然的に前の持ち主は妖怪か神、しかもその盃の希少性に見合った凄まじい戦闘力を持っていたはずだ。

 山で、そしてそれを常に持ったまま神奈子が来るまで無事でいられる、そんな酒好きの妖怪など――

 

「…天狗か鬼といった辺りかね」

「……!そうそう!鬼だった!おかげで思い出したよ!」

「…やっぱ忘れてたんだね」

 

 やはりかというてゐの意を含んだ視線も、興奮した様子の神奈子には届かず。

 

「そうだ…懐かしいなぁ…その時は確か数百は鬼がいたんだけど…全員雷でぶっ飛ばしちゃって」

「規格外だね」

 

 簡単に言うが、正直それができるのは神奈子だけだろう。

 鬼。そう呼ばれる妖怪は、ある人が言うに神代の時からいる種族なのだという。

 見た目は普通の妖怪と同じく個体差はあり、だがそれらに見られる特徴として、人に近い姿の鬼ほどより強く、長生きをしているという。

 腕が四本あったり、目が複数ついていたりといった異形は、逆に鬼の中では弱く新参の部類に当たるともされている。

 

 だが、それはあくまでも鬼の中の話。

 

 鬼たちにとっては取るに足らない、新参の異形でもその実力は並の妖怪のそれとは一線を画す。

 だが、こともあろうにこの神はあの軽い準備運動の感覚で放つ落雷、それで数百もの鬼を討ち果たしたという。

 

「しばらくそうしてたら、流石に私が不味い相手だと気づいたんだろうね、大将の鬼が出てきたんだ」

 

 神奈子はその時のことを、思い出したばかりとは思えないほど正確に語りだす。

 策も協調性もなく、ただひたすら当たってぶつかれと言わんばかりの能無しの特攻、それを雷のみで捌く戦い。

 鬼が吹っ飛び、それに巻き込まれてまた別の鬼が吹っ飛ぶ。しかし特攻はやめずにむしろ面白いと言わんばかりに立ち向かってくる。

 いくらなんでもしつこい。それに退屈すぎて()()の一つでも放とうか…そう思っていた時だった。

 

 完全に人と同じ、その鬼が()()現れたのは。

 

 鬼も例外ではなく、妖怪とは過ごした年月で強さが決まる。

 そしてその年月が長ければ長いほど…鬼の見た目は人間に近く、そして高い知性と技術を持つようになる。

 

「嗚呼今はっきりと脳裏に浮かぶ…一人は美しい稲穂のような、黄金に輝く髪の、そして立派な一本角を持っていた」

 

 その鬼が振るう力は、まさに怪力と呼ぶべきもの。

 原理は知らないが、その力は神であるはずの自分の肉体にすら衝撃を与え、そして純粋な力比べのみなら神奈子と()()であった。

 本気を出した神奈子による、絶え間なく落とされる落雷にも臆することなく、それどころか怯む様子すら見せずに突っ込んでくるその姿。

 かつて接戦という状況を忘れていた神奈子に対し、間違いなく彼女は"緊張感"を走らせた、まさに怪力乱神。

 

「もう一人は二本角だった、さっきの一本角にも負けない長髪で、そして綺麗な桃色の髪だ」

 

 その鬼が振るう力、それはどこまでも鬼らしく、そして悪意に満ち溢れたものだった。

 彼女と対峙すると、何故か自分の反応が数刻遅れ、平衡感覚を失ってしまった。

 だが彼女はその隙を見逃さない、それどころか彼女が攻撃を加えるのはどれもが眼球、耳、そして口といった急所。

 そのどれもが相手を殺すため、そして苦しめ虐げるための、まさに鬼らしい鬼畜外道、奸佞邪知そのもの。

 

「結局日が沈むまで戦ったよ、それで数十年ぶりに"詠唱"付きで雷を落としたんだが…」

 

 戦いも数時間続き、鬼二人と神一人の戦いは終わりがまだ見えなかった。

 鬼の方は最初に処理した数百の下っ端は言うまでもなく、残る頂点である彼女たちも限界が近かった。

 それでも諦め悪く、ただがむしゃらに抗い続け、その気迫は傷だらけであるのが気にならないほどに、暴力的で美しい。

 最初こそ戯れで相手していたが、後に彼女たちの見せる執念、そして覚悟に敬意を表し、神奈子は間違いなく本気を出した。

 八栄鈴に込められる莫大な神力。成長し天井知らずに完成した乾の力と、そしてそれらを増幅させる詠唱。

 昔、八坂神奈子という神が弱体化していた時のそれとは比べ物にならない、山を文字通り消し飛ばす極大の雷が彼女たちを叩き潰した。

 

「それでも生きてたらしくてね、いやぁいい相手だったよ」

「……さっきまで忘れてたよね」

「あっはっは」

 

 神奈子はまるで、今日の天気を話すかのような気軽さだ。

 だが、てゐはその背景に起きた戦いが、実際にはどれほどの規模のものかを理解して震えた。

 限りなく人に近い鬼、しかもそれが二人同時に襲い掛かり、しかもそれに勝ったという。

 それに神奈子の喋りからして――おそらくは雷と肉弾戦のみで相手をしていたのだろう。

 普段彼女が背負うオンバシラ、彼女ほどの戦い好きがもしそれで戦っていれば、きっとこうして相手しただの、相手はこうして対処しただので盛り上がるはず。

 だが実際に今、神奈子が話すのは鬼の身体能力と戦い方、そして自分が落雷を放つ度に相手はこうした、身体が焦げたけどすぐ治ったということだけ。

 本来の力、全力を見せることなく最強格の鬼を二人倒す…それは一体どれほどの格差があってできることなのだろう。

 そんな目の前の"軍神"相手に畏怖の感情を抱きながら。

 

「ところで、一つ聞きたいことがあるんだが…」

「ん、なに?」

「さっきから言ってる詠唱ってなんだ?」

「……あーそういうことね」

 

 詠唱。文字通りであればあの詠唱だ。

 それの意味は大体わかる。言葉には力が宿り、それは何かの儀式だったり、能力を発動する際に失敗の可能性を低く、そして術者の補助も含めた初歩中の初歩だ。

 それこそ何かを発動するのに必要な詠唱…だが、妙なのはそれをわざわざ神奈子が使うということ。

 彼女ほどの実力であれば、わざわざ詠唱などしなくとも能力の発動など容易いし、それをする意味もない。

 そう考えていると。

 

「言葉には力がある。そしてその言葉は…その者がこれまでに、どんな人生を歩んだかが示されてるんだよ」

「……それが?」

「何事も基本が全て。あんたは詠唱を初心者のものだと思ってるらしいがそうじゃない、既に全てを極め、無駄を一切必要としない達人が…あえてその無駄をやって、そして無駄をより昇華…効力の向上に生かせるか、それの違いさ」

 

 戦いの中で発生する、それは致命的な弱点。

 だがある一定の水準を超えた時、それこそ指で数えるほどしかいない選ばれし強者のみがその詠唱を、発動の補助ではなく発動した能力の向上に使えるのだという。

 実際神奈子が言うに、相手した鬼たちの中でも、その詠唱を使ってきたのは記憶に残る、あの二人だけだったという。

 

「私も全然見ないんだよね、えーっと確か合計で7くらい…」

 

 うーんと唸りながら、腕を組んで考え込む神奈子。

 そんな彼女のことなど頭にはなく、その言葉によって鮮明に蘇る記憶。

 そして昨日見た景色が、そして当人の姿を完全に思い出したてゐは見る。

 

「………」

「ん?どうした?腹減ったのか?」

 

 いつの間にか彼女専用に用意されていた盃。

 それに注がれたいい香りの茶を飲みながら、チルノはてゐに首をかしげる。

 詠唱、極めた達人の更に先の世界、数える程しか――

 

「お前、凄いな…」

 

 てゐのひくつく顔と言葉に、チルノは胸を張って「当然でしょ!」そう返した。




 詠唱
呪文、祝詞、祓詞。呼び方に差異こそはあれど、その本質は変わらない。
技術とは反芻の積み重ねである。不得意が得意になり、それが当然となった時初めて、今までに行っていた成功の補助であるそれは、無駄から一つの儀式へと昇華される。
だが能力の発動、そしてその際に詠唱という致命的な無駄を儀式として昇華させることができるのは、達人と呼ばれる位置に存在する少数、その中でも更にひと握りの強者だけである。
???「アタイったら最強ね!」

 謎の盃
酒を入れると味が良くなる。一体誰のなんでしょうね…(白目)

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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