【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

28 / 147
 明日も七時には出せるようにしたい(誤字報告毎回めっっちゃ助かってます)


28話.贅沢者め

 親と呼ぶべき彼が死んだあと、神奈子は再び孤独となった。

 力を全て取り戻し、彼が残した愛おしい神具である八栄鈴を手に、彼女はただ旅を続けた。

 少しでも力を込めれば崩れてしまう、見た目こそ人ではあるが、その本質はどこまでいっても怪物。

 決して同じ場所に立つことはできず、決して同じ価値観を共有することはない。

 そんな人間たちを助け、放浪を続けていた。

 

 力を失ったからこそ、神奈子は彼と家族であれた。

 

 断言しよう。もし神奈子がかつての力を失わず彼に拾われたとしても、決して心を開くことはなかった。

 対等な相手ではなく下の、それこそ本来神が人を保護するのと同じような感情を向けていたかもしれない。

 花を愛するような、人外故の孤独であった。 

 人と出会い、妖と出会い地に堕ちた神…ありえた別の世界線の自分を相手にする。

 雷を落とし、風を吹かせ、拳を握れば岩も人も等しく散る。

 暴力は信仰を生み、そしていつしか神としての土台が出来上がることとなる。

 国。そう呼ばれるものが神奈子の物となり、そして数千にもわたる信者たちが一斉にひれ伏し、祈りを捧げる光景。

 

 違和感。

 

 神として民を守る。それは至極当然のことであり対価だ。

 強くなるために信仰を得る、信仰を得るために民を助け、守護する。それがこの世界の法則。

 自分を慕う民、自分を恐れ消えていく敵、それらの経験を何度も重ねていく度に実感する、違和感。

 

 ――違和感。

 

 接戦などとても遠く、苦戦など夢でも見ない知らない世界の話。

 雷が肉を裂き、風が肉片すら残さずに圧縮、爆散。…見慣れたものだ。

 小さな村と言ってもいい規模の国は、次第に山を取り込み、他の村を取り込み、そうしていつの間にか巨大で、敵なしと言ってもいい巨大な国が完成する。

 神奈子はそんな国を、自身の集大成である大和を愛しているし民も同じように愛している。

 だがわからない。

 何故自分はこうも納得ができない?何故、この胸のわだかまりは消えてくれない?

 ――その答えを、彼らは教えてくれるのだろうか?

 

「…さて」

 

 チリンッ…数十年ずっと共に暮らしてきた父の形見、それを手の甲の上で回して、その音色に浸りながら目前にある敵の海を見る。

 どれもが2mを超える体躯を誇っており、筋骨隆々、魑魅魍魎の正に怪物。

 なんとか人の形を保っているものもいれば、中には腕が合計で奇数、更には頭すらない異形すらもいる。

 つまりはそれほど長生きをしていない、あくまでも鬼としては取るに足らぬ若者、だがその純粋な異能の絡まない暴力、そして軍という圧倒的な有利があるのもあって、鬼たちの表情は変わらない。

 これから始まる大喧嘩、神を倒せるかもしれないという甘い幻想が、彼らの身体をこれでもかと拘束し、動きを止め――

 

「話にならんな」

 

 一振り。

 それだけで鬼の抱いた幻想は掻き消えることとなる。

 神奈子の持つ異能、「乾」はあらゆる空を、文字通り天候を含む全ての天を創造し操る絶対的な力。

 雷、暴風、雨の全てを司るその力のうち一つ、「雷」の力を神具は引き出す。

 本来はそれ相応の力を込め、そしてようやく万全の力を発揮するはずの落雷は。

 人は常に空を見上げ、そして一方通行の畏怖を抱く、奇しくも今の神奈子が持つ悩みは、その力の元となる概念と同じ、人間が抱くそれと似たようなものであった。

 悲鳴。

 

『ッあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!』

「次」

 

 音すら遅れて聞こえるほどの速度。

 神奈子が鈴を鳴らす…否、鳴らす直前には既に予備動作のための雲すら発生させずに、落雷()()が顕現していた。

 それは神奈子に一番近い場所に立っていた鬼、それの頭上で今も、落雷による余韻がパリッ…と響いていた。

 頭上から真っ二つに裂かれ、鬼だったものが崩れ落ちるのと同時に。

 再び、鈴が鳴る。

 

 ――バリリリィッ!!!!!

 

 先ほどは一人にのみ牙を剥いた落雷が、今度は薙刀のように真横に振るわれる。

 雷によって生まれたその波は、規模も範囲も大きく広くなっているというのに、最初に放ったそれと()()()()()()()()()

 一人ではなく、再び放たれた落雷によって今度は数十の鬼が一気に燃え尽き、そして灰となって消えた。

 三度、そして駄目押しでもう一度。

 鈴を鳴らす度に鬼が吹き飛び、時には四肢をバラバラにして、時には打ちどころが悪かったのだろう、頭から真っ二つになって絶命する者も増えていった。

 無差別に襲い掛かる落雷、しかし鬼たちは考えるよりも先に動く。そこに作戦という概念は存在しない。

 ただがむしゃらに牙を、腕を突き出して走るその姿はあまりにも滑稽で、そして苛立つほどに愚かだ。

 

「――失せろ」

 

 パリッ…

 まだ数十だけとはいえ、間違いなく数を減らしていた鬼たちの数、それでも未だ80以上は残っていたそれらが、一斉に溶けた。

 四方八方に放出される落雷、それは神奈子がその場で一回転するように、くるりと上半身を捩じり鈴を鳴らしたことで生まれたもの。

 灰すら残さず、爪痕すら残せずに鬼は壊滅、山に数時間ぶりの静寂が訪れることとなる。

 ここまでやれば、大将とやらも出てくるだろう。

 

「……来たか」

 

 鈴を鳴らし、挑発するように神奈子は笑う。

 気配はない。いつの間にかだ。常在戦場の意を忘れたことのない神奈子ですら、目の前に()()()()()()彼女たち二人は立っていたとしか言えなかった。

 その見た目は限りなく人に近い。細かい装飾一つ一つにまで気の届いた、間違いなく職人が作ったであろうその衣服。

 見た目は少女ではあるものの、額と頭部から生える立派な角は間違いなく鬼であり、そしてその存在の格の高さをこれでもかと放っている。

 だからこそ解せない。背後ならまだしも目の前、しかもまばたきをしたその瞬間には既に、彼女たちは()()()()()

 

「無意識…?いや似ているが違う、これは洗脳の方が正しいか」

 

 十中八九異能。つまりは目の前のどちらかが使った能力による気配の隠蔽だろう。

 だがその本質は彼女ではなく神奈子自身、彼女たちが自分の気配を隠したのではなく、神奈子自身が彼女たちを知覚できないように弱体化していた。

 意識に介入できる能力か、それとも本当は別の何かなのか――

 

 そう考える神奈子の目前、文字通り目の前に凶器と化した指先が現れる。

 

 上体を反らすことで難なく回避するも、同時にその鬼は空中で器用に旋回し、神奈子の心臓目掛けて足を垂直に突き刺す。

 それも回避。そして再び襲い掛かる追撃。

 神奈子に今殴りかかっているのは、桃色の長髪を舞わせる美しい鬼であった。

 まるで岩のように重厚で、そして威風堂々たる立派な角が、まるで人形のように美しく可愛らしいその少女の顔を引き立たせている。

 だがその可愛らしさとは裏腹に、彼女の攻撃はどれも悪質なものだった。

 神奈子は笑いながら、自由な左手でくいっと挑発するように動かして。

 

「邪知な女だ」

「ほざけ」

 

 ゴンッ!と再び地面が割れ、神奈子はその突進を受け止める。

 万力そのものである鬼の身体能力、加えて長い年月を生きたことで底なしとなった妖力がそれらを束ね、更に上の次元にへと昇華されている。

 だがそんな鬼の拳を、神奈子はその場で押さえ込み、一歩も動かないどころか文字通り一切身体を動かさず、完璧に防いでみせた。

 

 再び、彼女は神奈子の眼球を潰そうと指を突き立てる。

 神奈子はそれよりも早く、そして正確に首を動かし、そして指を頭突きで潰す。

 

 当たり前のことだが、鬼の肉体とはそんじょそこらの妖怪のとはわけが違う。

 鋼にも勝る皮膚と、そして比喩ではなく文字通り、地面をひっくり返すことすらも可能な膂力。

 空という戦場を加味すれば天狗も強い、だが純粋な力比べ、種族特有の強さ、そして存在の格の高さで言えば間違いなく最強なのが鬼。

 だが神奈子はそれをあろうことか、指先とはいえ頭突きで叩き折ってみせた。

 すぐに治るとはいえ傷は傷、その痛みに彼女が一瞬怯んだのを、神奈子が見逃す筈はなかった。

 ――鈴が鳴る。

 

「――華扇(かせん)ッ!」

 

 ――バリィィ!!!!!

 牽制のつもりだった。

 神奈子にとってはほんの少し、これですぐ戦いが終わらぬよう当たり所を調整して瀕死に追い込むつもりであった。

 だが突如割り込んできたもう一人の鬼、それが間に入り、信じられないことにそれを頭から受け止めた。

 

「……懐かしいな」

 

 ――あの頃も、こうして落雷を防がれたのだったか。

 稲妻の余韻、ちりぢりと笑うように光る鈴を強く握りしめて、面白そうに目前の二人を見る。

 乱入してきたもう一人の鬼は、先ほど襲い掛かってきた鬼と同じ長髪ではあるが、その色は黄金色。

 実る稲穂にも匹敵するその美しい輝き、そして彼女も長い時を生きたのだろう、その立派な一本角も、そして身体から溢れる妖力の多さもそれを証明している。

 

「治ったか?」

「…余計な世話だ」

「つれないねぇ」

 

 音を立てて変形し、そしてあっという間に元の指を取り戻す桃色の鬼、そして落雷が直撃したのにも関わらず無傷、新たに参戦した鬼。

 最初に襲い掛かってきたのは桃色の鬼だけだった。故に神奈子は二人がかりでは来ずに、一人ずつ相手をするつもりなのかと思っていた。

 だが目の前の様子を見るに、どうやら桃色の鬼…華扇と呼ばれた鬼が勝手にやったことらしい。

 

「鬼」

「なんだい」

 

 神奈子は追撃をしない。

 いや、正確にはする必要がない。

 そんな愚行すら、見下したような行動すらも彼女には許される、彼女だからこそ鬼もまた、それを受け入れている。

 絶対的な強者、そこに孤独こそあれ慢心は存在しない。

 

「名を名乗れ」

 

 ――軍神、八坂神奈子は魅せられていた。

 目の前に存在する、これまでの常識を破る異端者の力に、存在に。

 肥大化する期待と焦燥を胸に、両腕を広げ、その身に収まり切らない莫大な神力を垂れ流し、威圧する。

 能力を発動していないのにも関わらず、その勢いは嵐を生み、そして天に穴を開けた。

 その足が竦むような威圧感にも、目の前の鬼はただ笑って言う。

 

「鬼。山の四天王が一人、星熊勇儀」

 

 力強く拳を握り、そして妖力を滾らせる。

 それを面白そうに眺め、そして笑みを深くする神奈子の二人を、面白くなさそうに華扇は見る。

 同じく、全身から妖力を滾らせ。

 

「山の四天王、茨木華扇」

「悪いね。本当ならあと一人ここにいるはずなんだが、今はいないんだ」

 

 悪鬼そのもの、あらゆる負の感情を束ねたそれ――瘴気にも負けないおどろおどろしい妖力。

 まるで山海のように大きく、そして圧倒的に澄んだ暴力的なまでの荒れ狂う妖力。

 ――それらを束ねても敵わない、神奈子の莫大な神力が、今。

 

「――勝負」

 

 ぶつかり合う。

 

 

 

 


 

 

 

 

 星熊勇儀の持つ異能、それは暴力そのものである。

 それは人間が、そして他ならぬ妖怪でさえ一目瞭然、ただ見て理解できる「力」そのもの。

 足を踏み込み、山を震わせ大木を消し飛ばす。

 断言する。仮に同じ鬼だとしても、それが同じ山の四天王が相手だろうと、星熊勇儀の操る"怪力乱神"には手も足も出ない。

 意識に介入しようとも無駄、そもそもその程度で威力が落ちるのでは怪力乱神ではない。

 同じ力で抵抗?それこそ愚の骨頂だ。何せ同じ山の四天王…今はいない密度を操る鬼ですら、その拳とぶつかり合えば彼女の拳の方が壊される。

 純粋な力、それに敵うものなど――

 

「~~~ッ!!!」

 

 固く、重く。

 どこまでも硬く、そして弾丸にも負けない速度と貫通力。

 勇儀の握る右拳が神奈子の顔面へ吸い込まれるように――

 神奈子の右手によって止められた。

 

「~~~ッッッ!!!!!」

「ははっ…!力比べなんて何十年ぶりだ!?」

 

 ()()

 信じられないことに、あの鬼の中でも間違いなく最強であるはずの勇儀の身体能力、それと全くの互角であった。

 迸る妖力、そして咆哮が大気を震わせ波動が生じる。

 だが一向に均衡は崩せない、むしろ勝利の天秤は神奈子の方へ次第に傾き出した。

 

「参った…こりゃとんでもないのが来たもんだ…!」

 

 咄嗟に繰り出した左拳も、右と同じく簡単に抑え込まれる現状にただ笑うしかない。

 そもそも勇儀という存在は、怪力乱神を自在に操るその異能を抜いても最高峰の肉体を持っている。

 たとえ彼女がそれを持たずに生まれたとしても、山の四天王一番の力持ちは彼女のものだった。

 

 それなのに、そこに異能を合わせたとしても、この神には――!

 

 肉と骨が軋む音が聞こえる。

 ギリギリと腕が震え、神奈子がゆっくりと手を上に持っていくのと比例して、次第に勇儀の方がその身体を地面に沈ませる。

 

「しっかり(もが)き抗えよ、私を殺さねばお前たちの築き上げた全てが死ぬぞ」

 

 嗚呼、笑うしかできない。

 井の中の蛙大海を知らず…否、決してそんなことを勇儀たち含む鬼たちに言える者など、果たして存在するのだろうか?

 否、決してそんなことはない。間違いなく彼女たちは最強の妖怪であり、間違いなく山の支配者であり強者である。

 だが目前にいるのは、絶対的な強者。

 彼女の言う通り、ここで八坂神奈子という神を倒す、殺さねば鬼はこれから先ずっと、永劫の時を敗者の烙印と共に生きていくことになる。

 

 そんなことが許されるのか?

 否、否!否!!!!!

 

「華扇ッ!」

 

 勇儀の声と同時に、再び華扇が凶器そのものと化した身体を躍動させる。

 咄嗟に手を放し、後方へ飛ぶように距離を離す神奈子に対し、刃物に等しい切れ味の足技が襲い掛かる。

 まるでそれは死神の鎌。上空で勢いをつけるために必要分、そして絶対に当てるために速度を重視し最低限の予備動作で発動させた技。

 鬼によるかかと落とし。それを神奈子は両腕を使って防ぐ。

 

「出たな悪鬼」

 

 勇儀の攻撃は良く言えば真っすぐ。

 だがその中に秘められた、暴力そのものとも言える破壊力は、神奈子でさえ無防備な状態では受けたくない。

 しかし受けたくないという意味でなら、この華扇と呼ばれた鬼のも負けないだろう。そう神奈子は判断した。

 再び距離を離す神奈子を追い、華扇は舞を舞うかのように美しい動作で追撃を続けた。

 

「この動き…身に染みるという次元の話じゃないな、何人殺した?」

「随分余裕だな…ッ」

 

 華扇の織りなす殺意の攻撃、それらを面白いと、まるで子供のように笑って神奈子は避け続ける。

 どのような生き物も例外なく、急所と呼ばれる場所は存在する。

 特にある一定の力を持った妖怪、人型になればその弱点も人間と同じで、避けられぬものとなる。

 眼球、耳、全身のあらゆる関節とその可動域、それは人外となり硬度を増したとしても、弱点であることは変えられないのだ。

 

 華扇の放つ攻撃、それはこの全ての急所を狙うものだった。

 

 動きの節々、そこに宿る殺意がもしもの世界を嫌でも見せつける。

 最初に放った突きもそうだ、もしあれを喰らってしまえば最後、眼球を潰された後鼻どころか顔の全ての皮膚を思いっきり剝がされていた。

 人間ならもっと大変だ、傷の深さ次第で脳にすら指が届き、その時点で何かしらの後遺症は確定してしまう。

 茨木華扇。彼女は一体何十人、何百人の人間をこの方法で殺害…否、壊してきたのか。

 壊し慣れ、壊し尽くし、そしてそれを楽しむ「鬼」らしいその鬼畜の所業、それがこの悪意の正体なのだろう。

 ――チリンッ

 

「まさに悪鬼だなぁ、お前は」

 

 再び、あの鈴が鳴り響く。

 華扇もそれに気づき、そして咄嗟に両腕で頭を守る。

 轟音。そして落雷のすぐ横を人影が走り抜ける。

 

「ぶん殴る」

「やってみろ」

 

 再び強く、拳を握りしめて駆け出す勇儀に対し、神奈子は面白そうに笑うのみ。

 同時に、その余裕そうな顔を思いっきり殴りたいという鬼の本性にも近い願望を胸に、更に加速。

 

 チリンッ

 

 再び鈴が鳴る。しかし落雷は来ない。

 一瞬、その音の発生源に視線を向ければ、そこには今も上空で回転をしながら滞空している鈴。

 つまり、神奈子は鈴を自ら捨てた。

 そうなれば好都合。勇儀は投げ飛ばした直後の体勢のまま、こちらを見つめる神奈子に接近。

 そして更に接近、鼻と鼻がぶつかり合うほどに近づいた両者は、その刹那で数十万もの読み合いを終わらせる。

 神奈子が再び上体を反らす。

 

 足だ。

 勇儀が思いっきり振り上げ、そして岩すらも木端微塵にする暴力が秘められたその足。

 垂直で蹴り上げたそれは、しかし神奈子には届かず掠ることすら許されない。

 

 振り上げた足をもう一度、強く重く地面に叩き下ろし、その勢いに身を任せて再び接近。

 

(嗚呼、最ッ悪だよこの野郎…!)

 

 神奈子の纏う気配が、少しずつ変わっていくのが嫌でもわかる。

 同時に今も、頭上で滞空したままのそれ、響く鈴の音色、それがゆっくりと落ちるのも。

 そしてだんだん、神奈子がこの戦いを、自分たちの全力を終わらせようとするつもりなのも。

 先ほどからずっと、肉弾戦では本気を出していないことも。

 

(嗚呼…なんて…!)

 

 嫌でも理解させられる、嫌でも感服してしまう。

 この神が先ほどから行っている動き、回避から防御の至る全ての細部には、勇儀では計り知れない技術があった。

 勇儀ですら力比べでは及ばない最大の原因、それがきっとこれだ。

 ただ力を振るい、突っ込むだけの強者にしか許されぬ「力」ではない、これは「武」だ。

 

(なんて…!)

 

 神奈子の視線がその時、氷のように冷たく、鋭く変化した。

 一切視線を勇儀から逸らすことなく、左手を上に落下する八栄鈴を掴み、流れるようにそれを口に咥える。

 同時に構えられる両腕には、一切の無駄も油断もない。

 その一連の動作、武の結晶。そこには至高の美があった。

 

(なんて美しいんだ…!)

 

 同時に自由になった両腕、それが勇儀の攻撃を簡単に抑え込む。

 左手が拳を握り、そして一瞬でそれが終わり自由となる。だがその時には既に勇儀の拳は、神奈子の顔ではなく虚空を殴っていた。

 右手が勇儀の顔を襲う。勇儀に負けぬ硬さ、そして重さを持った軽く握った拳…裏拳が炸裂し、勇儀はそのあまりの痛みに硬直した。

 その間に受け流す動作を終え、自由となった左腕がしなり、そして今度は、弾丸の如き速度と貫通力を以て、勇儀の腹を穿つ。

 

「ぅ~~~ッがあっ!」

 

 苦し紛れの反撃。

 技でもなんでもない、ただの悪足搔きと蔑まれるべき防御手段。

 勇儀が叫ぶと同時に、痺れから復帰した華扇が神奈子の耳を狙い、そして髪の先を少し削るのみで反撃が終わる。

 

「随分痛そうじゃないか、華扇」

「誰に言ってる」

 

 勇儀ほどの頑丈さも、攻撃力もない華扇にとっては落雷ですら致命傷。

 なんとか妖力によるゴリ押しで軽減はできたが…それでも無視はできない余韻が残っているのも事実。

 勇儀もまた同じで、神奈子の全力の拳を、左拳とはいえ受けてしまいかなり辛い。

 全く収まる予兆のない腹痛に苦しみながら、勇儀は笑う。

 

「強いな」

 

 それは本心だった。

 

「お前、強すぎるよ」

「わかっている」

 

 羨ましくて仕方がない。

 これほど強く、そして美しく在るために一体、どれほどの研鑽を…どれほどの関わりを持って生きてきたのだろう。

 鬼は生まれた時から強い。それは鬼以外の妖怪や人間、そして他ならぬ鬼である自分自身がそう自慢するほど。

 故に解せない。故に、見ていて辛い。

 故に、その苦しみが痛いほどわかる。

 

「比喩じゃないさ、私ら鬼にとって人間は土塊。いくら"勝負"をしようとも、元からあった肉体の強さの違いは埋まらない」

「……」

「鬼が人間を攫う、人間がその仕返しに戦いを挑む。でもそこには壁がある、私らは強すぎたのさ」

「…」

「必ず"譲歩"するのさ、全力なんて出せたこともない。私らはこんなにも人間が好きなのにさ」

 

 この勝負に勝てたら、もし負けたら。

 そんなものは建前であり、鬼も人間も例外なく持っている欲望の渇き。それを満たす手段はどこにもない。

 殴り合い?それはいい、だが間違いなく人間は死ぬ。

 勿論霊力や魔力を使って、同じように強く、そして自分を負かせるような相手だっている。

 

 だがそれがないと、人外(私たち)は同じ場所に立てない。

 

 結局は外付けの力。それがないと人間は自分には届けない。

 霊力を使わない、使えない人間が鬼に並べる筈もない。それは当然だ、常識だ。

 同じように見えて、それはどこまでも歪で差別的で、そして悲しい現実の証明でもある。

 異能を抱える時点で、鬼は人間と同じ場所には立てないのだ。

 だから、同じように神奈子も――

 

 

 

 

「贅沢者め」

 

 勇儀の想像通り、悲しそうに笑って言った。




 強い神奈子様好き

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。