【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 寝坊して書き始めたのが遅くなったので今日だけこの時間に


30話.堕天

 鬼は人間が好きだ。

 何故好きか、何故彼らとの関係を、殺し殺され…時に酒を分かち合う特別な関係を今まで続けようと思ったのか。

 理由なんて特にない、そういうものだと勇儀は深く考えないようにしていた。

 

 どこかぼーっとしていて、しかし核心を突くような生き方を続ける萃香。

 悪逆の限りを尽くし、血と酒を浴びるように飲む悪鬼そのものである華扇。

 

 そんな彼女らも、内心ではきっと同じことを考えている筈だと思っている。

 後者はともかく、前者は勇儀に近いだろう、人間との勝負…それの方向性は少し違えど、戦いという手段で対話を試みるのだから。

 勇儀は勝負が好きだ。互いに出せる範囲での全力を出し、そしてぶつけ合い、その果てに勝敗を決めるのが大好きだ。

 

 しかし、どこまでもそれは不平等。

 

 鬼の身体は鋼にも等しく、並の刃物では傷一つ付けるのでさえ一苦労。

 突出した圧倒的な個…勿論人間にも選ばれた強者は存在する。だが結局は個でしかなく数には及ばない。

 無意識の手心。自然と無意識のうちに頭から消えていた選択肢、それは文字通りの全力だ。

 鬼退治とは一対一。互いに群れを作ろうとも、基本鬼たちの選ぶ戦いとはそういうものだ。

 三人、四人が集まり一人の鬼に戦いを挑む。仮にそれをやったとしても、勇儀は勿論他の鬼たちもそれを卑怯と絶対に言ったりしない。

 何度も言うが、鬼とはそれほどまでに圧倒的で、そして人間には埋められない、悲しい溝が存在するのだ。

 地形も相手も気にすることなく、文字通り全力で殴りたい。

 小細工など一切ない、持ちうる全ての異能を解放したい。

 互いに全力を出し切って、出し切ったその後の戦いを楽しみたい。

 だが、それは叶わない。

 

 ――贅沢者め

 

 羨ましい。

 神奈子が見せた表情は、勇儀の予想とは違ったものだった。

 強すぎるが故の孤独、決して対等ではあれないその苦しさを、それを指摘した勇儀に対して。

 神奈子は泣きそうな悲痛な表情、そして同時に隠し切れない羨望と嫉妬の表情を混ぜた顔。

 勇儀は何もわからなかった。自分と同じか、それ以上に苦しみ、辛いはずの彼女が、自分を羨むなど夢にも思わなかった。

 度重なる落雷で焼け焦げる大地の上で、彼女は呆れたように笑う。

 

「そうか、鬼でも結局は()()だったのか」

 

 勇儀は今も熱く、焦げた全身が発する痛みなど忘れて神奈子を見る。

 華扇も同じ、今までに見せていた武の極致。それに見合わぬ悲痛な少女そのものである仕草。

 まるで慈しむような表情で、手に握る父の形見――八栄鈴を見つめていた。

 勇儀は問う。

 

「八坂神奈子」

 

 星熊勇儀は生まれついての強者である。

 たとえ妖力が少なくとも、幼く膂力も弱いものでも、負けたことなど一度もない。

 同じ仲間同士で殴り合い、引き分けたことこそあれその大前提は覆らない。

 圧倒的な強者。だからこそ己の力を振るえる相手の少なさ、そして全力を出し切れない己の不遇を嘆いていた。

 それは、神奈子も同じであった。

 

「お前は最強に成ったのか、それとも生まれながらに最強だったのか?」

 

 きっと両方だ。

 彼女はあまりにも優しすぎる。力を振るう自分に侘しさを感じている。

 勇儀が問いたいのはそこだった。何故これほどに人…自分以外全ての"弱者"との、どうしようもない力の差を理解しながらも慈しむ心を持てる?

 であるならば、何故自分のことを羨ましがる?何故そこまで、自分なら分かるはずの苦痛を分け合わない?

 勇儀の問いに、神奈子は答えた。

 

「どいつもこいつも、本当に強欲なことだ」

 

 八坂神奈子は強すぎた。

 皮肉にも人間が災害を恐れ、そして何も起こらないようにと祈り、傍観に徹するその反応と同じく、彼女は高天原で孤独であった。

 好かれることもなく、更に嫌われることもなく、完全に無視をされた。

 孤独ではあった。だがそれは勇儀の思うそれとはまた違う、人との繋がりを絶たれた別の孤独だ。

 

「だがまぁ、少なくとも忌み子ではあっただろうな」

 

 神奈子は、自分がどのようにして生まれたのかを知らない。

 産みの親と呼べる者はいない。もしいたとしても神奈子はそれをどうとも思わない。

 彼女が親と呼ぶのはただ一人であり、それ以外は家族には決してなり得ない。

 そしてそれこそ、勇儀と神奈子の決定的な差。

 

「かつて、私を一人の人間として育てた男がいてな」

 

 神奈子は手の甲で鈴を回し、語りだす。

 

「彼は私が人間でないことを承知で、私に人間の生き方を教えた。今思えばかなりの奇人だった、だがいい男だった」

 

 彼は神奈子に愛を教えた。

 それは歪な形であり、神奈子という神霊にとっては刹那に等しい、たった数十年。

 だが、その家族であれた僅かな時は神奈子にとって信仰以上、国以上に大切な宝そのものであった。

 それはいつしか、国を落とし一柱の神として君臨した後から、そして今に至るまでも変わらない。

 

「私にかつて、同じ神として…強者としての振る舞いを説いた神もいた、お前は真の強者の特権を知らないと、お前は力に酔うべきだと」

「……」

 

 勇儀は神奈子の言葉に、より疑惑が深まるのだった。

 

「お前は弱さを知ってるのか」

「知らない。弱体化こそすれど、私は私のまま」

「弱さを知らず、何故そうやって人を慈しめる」

「諦めだ、お前もそうだろう」

「いや違う、なら何故。私は贅沢者なんだ」

 

 勇儀にはできなかった。

 どうやっても覆せない人間との差、外的要因を除いた真の平等は訪れない、そう嫌でも理解させられた現実。

 だから飲み込んだのだ。「そういうもの」だと、人間が様々な手段や異能を抱え、そしてようやく鬼と対峙できるそれを。

 不条理を受け入れた、悲しい不平等を飲み込んだ。

 それなのに、お前は贅沢だと。

 

「……やっぱり鬼もそうだったか、つくづく強欲だよ」

 

 一瞬見せた、八坂神奈子本来の顔。

 その立ち姿から威圧が消えたのは一瞬で、そしてふにゃりと険しい顔を崩して、そう呟くように苦笑いをして。

 愛らしい少女そのもの、そんな顔に勇儀は一瞬呆気に取られて。

 すぐに、元の表情に戻った神奈子の一言で気を引き締め直す。

 

「教えてやる、来い」

「――嗚呼ッ!」

 

 再び始まる鬼の戦。

 神奈子が挑戦的に笑い、再び鈴を鳴らそうと腕を振る。

 だがそれよりも先に、神奈子と勇儀の間に挟まる影があった。

 

「自分語りは終わったか!?」

 

 華扇だ。

 咄嗟に神奈子は鈴を振る腕を上に、華扇の放つかかと落としを防ぐ。

 だが華扇も防がれることは承知で、その勢いに任せて上へ跳躍。

 その隙を埋めるように、再び勇儀の剛腕が舞う。

 

「勇儀。悪いがお前ごと殺すぞ」

「はっ、やれるもんならやってみろ!」

 

 華扇の言葉に対し、勇儀は笑みを浮かべたまま叫ぶ。

 勇儀は神奈子による反撃を防ぎながらも、全力で攻撃を続けて隙を見せないようにする。

 神奈子も勇儀の狙いに気づき、苦い表情を浮かべて勇儀の連撃をいなし続ける。

 

 勇儀の狙い、それは距離を離さないこと。

 

 神奈子の持つ神具、八栄鈴は持つ者によってある程度威力は増減するがその真価は燃費の良さにある。

 鈴の持つ異能「一つを極める程度の能力」による純粋な威力の向上(バフ)も確かに恐ろしい。

 本来なら格下を一斉に消滅させるのが関の山、ある一定の強者には簡単に防がれる程度の威力しかない落雷も、この鈴のおかげでここまで強くなっている。

 確かに強化幅も凄まじい、だが対峙してみて初めて勇儀は、華扇もその恐ろしい実態に気づいてしまった。

 

 神奈子の神力が一切減っていないのだ。

 

 それは勇儀から見ても鳥肌の立つ、莫大な神力を持つ神奈子でも例外ではなく、必ず技を打つには動作が、そしてそれの燃料である神力の減少からは逃れられない。

 だが先ほどからずっと、神奈子は絶え間なく、そして何十発も鬼の軍勢に放っていた。

 更にそのすぐ後に勇儀たちが現れた、そして同じように鈴を鳴らし、落雷を放っているのにも関わらず…神奈子の神力は全く減っていない。

 その答えは鈴の持つ力「一つを極める」のもう一つの効力…そして勇儀たちが確信した恐ろしい真実。

 「極める」とは文字通り全て、持ち主が選んだ威力を向上させる異能を選び、そしてそれを限界以上に伸ばす。

 全力の威力…全てだ、100%の力をそれに加算し、実質その威力は二倍にまで跳ね上がる。

 ――最低限の神力を消費するだけで。

 

(十中八九あの鈴だろうね…本来なら静電気程度の雷しか出せない神力の消費…それなのに全力か、それ以上の威力の技をポンポン出しやがる…!)

 

 鬼である自分が言えたことではない。だがそれでも悪態をついてしまいたい程には理不尽。

 つまり神奈子は本来であれば、威力に比例した大量の神力を消費しなければいけないのを、鈴による補助によって実質無限に全力の技を放てるのだ。

 あまりにも理不尽な、神具の名に相応しいとんでもない武器と言えよう。

 

(さっきの話を聞くに、この鈴を作った人間は…まぁそういうことだろうね、全く羨ましいよ…!)

 

 神奈子が持つ鈴は、常に行動を共にしていた影響で神力が宿っている。

 だがそれだけで、ただ適当に力を流し込むことで神具が生まれる程世の中は甘くない。

 八栄鈴という神具がこの世に誕生したのは、その鈴が元から最高品質のものであり、そして職人の腕もある。

 だが神奈子の視線、その鈴をどのように思い扱っているのかが、全ての答えだ。

 ――だが今は。

 

「ほう?」

 

 神奈子に攻撃は届かず、それどころか的確に反撃をするおかげで勇儀にだけ疲労が溜まる。

 今でこそ疲労だけで済んでいるが、それは神奈子が全力を出していないからだ。

 落雷と徒手空拳のみだというのに、それなのにどこまでも高い壁に笑うしかない。

 だがそれでも、今出せる全力を出し切るまで。

 その思いを胸に、今も抗う勇儀の背後、そこで何かの準備を終えようとする華扇を見て、神奈子は声を漏らす。

 

「なるほど、時間稼ぎはこのためか」

「悪いね、とりあえず食らってくれ」

 

 神奈子の感心したような言葉に、勇儀は笑って返す。

 軽く額を切ったせいで、その得意げな笑みは血で濡れていた。

 神奈子も今までの遊び感覚を消し、目前に佇む華扇のことを"脅威"だと再認識した。

 華扇が両手で印を組み、そして踏み込み妖力を解放する。

 

「"絶巓(ぜってん)" "焦点(しょうてん)"」

 

 華扇の放つ妖力が形となり、それは何十本もの柱となって実体化する。

 それは奇しくも、神奈子の持つもう一つの武器と似たようなものであり、そしてその脅威もまた似ていた。

 勇儀の稼いだ一瞬の時間、それを華扇は見事に有効活用してみせた。

 

「"獅子(しし)背信(はいしん)" "降魔(ごうま)(とばり)"」

 

 紡がれる詠唱。それによる威力の増加。

 華扇を囲むようにそびえ立ち、そして華扇が指揮を執るように腕を上に上げて、柱が宙に浮かび紫電が迸る。

 それは、山の四天王それぞれが携える秘技。

 咄嗟に鈴を振る。しかし勇儀は既にそれを読み、共倒れ覚悟でそれを抑え込んでみせた。

 神奈子が残った左腕で、両腕を防がれた勇儀の顔面を穿つ。

 しかし勇儀はそれを、無理やり我慢して耐えてみせた。

 

「四天王奥義…!」

 

 その隙を、華扇は見逃さなかった。

 勇儀の持つ力とは違う、妖しげでどす黒い呪術的なそれ。

 華扇が一気に腕を振り下ろし、そして上空で漂っていた大量の柱は、勇儀を巻き込み神奈子の周りに突き立てられる。

 一本、二本と刺さる度に、柱から放出される妖気、そして対象を逃がさない結界が構築され、その爆発力を高めていく。

 そして、華扇の叫びと共にそれは。

 

「――三歩殲滅(さんぽせんめつ)ッ!」 

 

 

 

 

 

「"可換(かかん)" "黎明(れいめい)" "伽藍(がらん)空洞(くうどう)"」

 

 

 

 

 

 華扇の放った奥義。

 それはまるで、花びらでも舞うかのように、簡単に吹き飛び、無力化された。

 風。それが大地を抉る質量を持った華扇の奥義を、全て吹き飛ばしたのだ。

 呆気に取られて固まる華扇。だがその隙を神奈子が見逃す筈もなく。

 ――チリンッ

 再びあの音が響き、華扇は防御できずに落雷の餌食となった。

 

「……話の続きだ」

 

 必死に身体を治そうと妖力を消費する華扇と勇儀。

 神奈子は目前、たった数歩先で立っている勇儀に対し、続ける。

 

「多くの猛者。人間はお前たちに挑んで、そして負けて死んだ」

 

 神奈子は語る。それは鬼と人間、異なる種族が生み出した尊い文化の一つであると。

 勿論恨みもした、人間にとって鬼とは恐ろしく、そして時に酒を分かち合う友ではあった。

 だが全てがそうではない、親を殺され、子を殺された者が鬼に対し、復讐で挑んだことだってあった。

 

「多くの人間がお前たちと向き合った。そして時に恨み…呪い、蔑み。お前に認められたい一心で戦った」

 

 八坂神奈子、それは絶対的な強者。

 己が生まれ落ちた瞬間に、既に世界の均衡は崩れ、己以外の弱者という価値観が形成された。

 力を持ちすぎた、強く在りすぎた苦痛を、それを理解したつもりだと。

 

「お前たちの言う鬼退治。それは慈しみや愛とは全く違う蛮行だろう、それは決して信頼でも…ましてや私の信じる愛などではない」

 

 軍神としての抗えない本能。

 戦いで感じる優越、蹂躙する愉悦。

 だがそれがとても苦痛で、神奈子が知った愛が、あの人間と築き上げた愛が毒となる。

 

「理解した上で断言できる。お前たちの言う鬼退治()など下らん」

 

 本当の愛を知っている。

 力を、強者や弱者の関係など存在しない、真に尊い家族の愛を神奈子は知っている。

 知っているからこそ、身に染みて理解しているからこそ苛立つのだ、忌々しいほどに憎いのだ。

 鬼は人間が好きだと言う。あえて自ら嫌われ役を演じ、そして命のやり取りを経て、血と酒で生涯を締めくくるのだと。

 その時点で違うのだ。八坂神奈子という絶対的な強者と、鬼という強者の相反する望みと価値観。

 神奈子は思う。鬼は人間と戦うのが好きだと言ってはいるが、それは結局自己満足の蹂躙に過ぎないと。

 ――その上で、平等ではないとほざいている。

 

「弱者の蹂躙など考えたこともない。私はせめての存在意義を示すだけ、敵を屠り、国を広げて民を守るだけに過ぎない」

 

 強い敵と戦いたい、弱者を蹂躙し好き放題したい。

 そんなどうしようもない本能を、八坂神奈子という人格が抑えてくれる、彼が「愛」を教えてくれた。

 彼がいたから、神奈子という一人の少女は善性を捨てずにいられた。

 

「人間とは土塊だと、人間とは平等にはなれない、こんなに好きなのに…だと?」

 

 鬼の言い分も間違ってはいない。

 そもそも鬼とはそういう生き物なのだ。獣が同じ獣を殺し、人間が時に己の存在意義を問い、悩むように。

 皮肉にも、誰よりも悪逆を尽くした華扇がその答えに最も近いものであったが、それに気づけた者はいない。

 神奈子はならばと、己の胸で燻る悪魔の囁きを抑え込むことを選び、残された存在意義に縋ることにした。

 だがどこまで頑張っても――神奈子の隣には誰もいなかった。

 

「お前は、私たち鬼は孤独だと嘆いていたが違う。お前には仲間がいる、同じ鬼がいる。苦痛を愚痴る相手がいる」

 

 八坂神奈子は強者である。

 彼女は愛を知っている。

 それ故に、神でありながら神とは分かり合えず。

 神であるが故に、人とは真の意味では理解し合えない。

 ――愛おしいあの父のことすら、真に並ぶことはできなかった。

 

「私にはいなかった。同じ目線に立てる神も、同じ力を持つ者も、同じ苦しみを分け合う仲間も」

 

 それが、神奈子と勇儀の決定的な違い。

 

「お前たちは生きているだけで、同じ仲間から愛され、同時にその愛に応えている。それでも尚孤独を憂うから」

 

 八坂神奈子という異端な存在は、神という括りには収まり切らない。

 勇儀も山の四天王として、鬼として常識外の力を持っているがそれだけだ。

 ただ周りは自分より弱く、そして自分が強いだけだと、妖怪だから。そのような考えに悩むことなく、価値観を受け入れている。

 

「私は、贅沢者だと言ったんだ」

 

 父から教わった、力以外の関係。

 人間にしかわからぬ価値観を持ち、神としての価値観を持ち、そして今もその狭間で苦しんでいる。

 神奈子の中の神が言う、力を持たぬ弱者を守れと。

 神奈子の人間が言う、力の有無など関係なく愛せ、守れと。

 あの人間がしてくれたこと、それを他の者にもするんだと。

 

「……やっぱりだ」

 

 勇儀は目の前に立つ()()に、泣きそうな顔でそう言った。

 高天原から生まれ落ち、そこで形成された価値観は導であり鎖。

 彼女は誰よりも、それこそ鬼なんかよりも遥かに理解し、愛おしいものだとちゃんとわかっているのだ。

 それゆえに並べない。人間と同じ姿形で、鬼と同じ強さを持っていて、そのせいで彼女は苦しんでいる。

 

「…辛いだろ」

 

 人を真に愛することも、共に並ぶこともできない彼女。

 一体どれほど苦しんだのだろう、一体どれほどの自己嫌悪をしてきたのだろう。

 残された己の、八坂神奈子という存在と残る存在意義、彼女はそれに縋っている。

 何をどうやっても満たされない、生物としての欠陥である渇いた欲望。

 せめてそれを成せば、国を作る、列島を制覇するのにやってくる障壁である強敵たち。

 それらと戦えば、全力を出して勝利をすれば。

 

「現れるといいな、お前を救ってくれるやつが」

 

 神奈子が鈴を振り上げる。

 勇儀はそれを見つめ、今も痛む肉体に鞭を打つ。

 せめて死ぬな、耐えて彼女を見届けてやれと。

 己の震える身体に活を入れ、そして一瞬浮かんだ恐怖から目を反らす。

 

「絶対に死なん」

「そうか」

 

 "可換(かかん)" "浄楽(じょうらく)" "白光(びゃっこう)(つるぎ)"

 再び神奈子が詠唱を開始し、その力が限界を超える。

 神でありながら人の愛を知り、愛を知りながらも神の本能に苦しむ彼女を。

 そんな彼女にせめて、満たされる相手が現れることを切に思い。

 

「……はっ」

 

 迸る稲妻と激痛。

 それでようやく、勇儀は意識を失った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 違和感。

 国を落とし、敵を屠り続けていく度、その面倒な作業を終えた頃。

 神奈子は思う。自分が満たされるのは一体なんなのかと。

 ほんの十数年を過ごした、己が人間であった頃からか、それとも神として降臨し、初めて戦争に勝った時か?

 否。きっとその時はやってこない。

 人間が好きだと言う神がいた。神奈子は自分の国と、そして民を自分の子供だと、楽しそうに語る神相手に、共に酒を飲むことを選んだ。

 だがそうしている内に、その神の目前に知らない少女が現れた。

 その少女は父上と、神相手にそう話しかけ、そして距離を縮めた。

 神奈子は疑問に思う。その神は己の国を作る際、親子というのに憧れ、民に己をそう呼ぶようにと言ったらしいのは知った。

 だがそれにしては、いくら神相手とはいえその少女が持つ視線、そこに宿る色はあまりにも透明であった。

 何も考えていない、もしくは考えないようにしている?疑問に思う神奈子を前に、その神は少女の服をひん剥いた。

 

『なにをする?』

『言わずとも、酒と女は宴会の華だろう』

 

 神奈子の殺気を含んだ視線に、彼は悪戯がバレたような表情でそう言った。

 勿論"その知識"はあった。だがそれだけであるなら顔を顰め、そして侮蔑し二度と関わりを持たないことを選んだだろう。

 しかし神奈子が許せなかったのは、彼が「家族」という言葉を選んだから。

 かつて神奈子が愛おしく、そして大事に思っていた関係を示すそれを、彼は侮辱したから。

 そんなことも知らず、彼はにやりと汚く笑い。

 

『親は子に尽くすものだろう?それに食べ頃のいい女になったじゃないか』

 

 神奈子は、何も言わずにその神の首をはねた。

 

 

 

 

 同じ神でも分かり合えぬ、そんな現実を前に思う。

 

 いつまでこんな時が続く?

 

 神奈子は一度考えた、もし自分の国が大きく、そして無視できない勢力を持つようになれば、それ相応の敵が来るだろうと。

 国を広げ、民を守る。その神としての存在意義に縋り、最後のその時、列島を制覇し文字通り自分のみが存在する時。

 それが来る直前、最後に己の前に立つであろう強大な敵、自分と同じ神。

 それが相手であるなら、きっと自分は全力を出せる。

 もしかしたら、その神が自分を満たしてくれるはずだと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が落ちる。

 一撃だった。

 たった一度の攻撃、本気の技であったが詠唱すらしていない。

 まるで今までの苦悩が嘘のように、たったそれだけで列島制覇を成してしまった。

 その攻撃で、目の前で倒れる一人の少女。

 三本足を持つ、太陽の化身である烏だったものはそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで…?」

 

 神奈子はその日、二度目の涙を。

 父を失って以降見せなかった、悲しみの涙を観衆に見せた。




 三歩殲滅
元ネタはロスワの茨木童子の腕のスペカ
あちらだと正確には「偽四天王奥義」だが偽が付いてる理由は「所詮腕がやってるからなんだろうなぁ…」ということで本物華扇のは偽を付けずにそのまま採用
鬼パワー100%の三歩必殺(勇儀) 鬼パワー50%呪術パワー50%の三歩壊廃(萃香) 呪術パワー100%の三歩殲滅(華扇) という差別化

 神奈子様の価値観
人間の価値観である「人を助ける」と神の価値観の「人を助ける」が融合して滅茶苦茶。
父のことが好きなのに一緒の時を過ごせなかった、同族のはずの神でさえ力の差がありすぎて孤独。それなのにお前ら(鬼)は山の四天王といいちゃんと苦しみ分かち合える仲間も、全力を出せる相手もいるのに一方的な鬼退治だの同じ孤独とか「舐めてんのか?」という葛藤。
列島を制覇しようとすれば、必然的に自分の前にはこれまで以上の強敵が現れる。
つまりそれと全力で戦い、そして勝利し国を作れば歪んだ自分の願望も満たせるのではないかと期待。
しかし現実は悲しきかな、強すぎたので一生この苦しみから逃れられないことが確定。
呪術廻戦の「強者の侘しさ」東方Projectの「人外と人間の価値観の違い」あとは作者の持論やら考察やらを色々絡めて完成したのが今作の神奈子様の「絶対的な強者それ故の孤独」です。

てゐに語ってたのと違うじゃん!風使ってんじゃん!というのは神奈子様もその時の戦いをちゃんと覚えてないからです(可哀想)

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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