【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 感想ください!(クソデカ)


35話.うーん生焼き芋の香り

 本棚を少し横にずらせば、なんとか大人が一人潜り抜けられるくらいの大きさの穴があった。

 後ろで自慢をしながら急かす天魔を無視し、マエリベリーは暗く狭い、その小さな抜け穴を進んでいく。

 しばらく進めば、狭く息苦しい通路は終わり、部屋一つ分の開けた空間が広がっていた。

 松明による明かりはなく、壁に埋め込まれた謎の鉱石が、炎にも負けない輝きを常時放っているおかげで、代わりに光源の役割を果たしている。

 そして足元、そこにある底の見えない穴と、縄で作られた梯子が一つ。

 滑らないように注意を払って少しずつ下に降りていくと、真っ黒だったはずの底が突如、強い光を放った。

 梯子から手を放し、飛び降りるように着地し、目の前に広がる目的のものに感動の息を漏らす。

 

「…これね」

 

 マエリベリーの二倍ほどの高さの棚には、びっしりと山積みにされた巻物のようなものが収納されていた。

 巻子本…と呼ばれるものに似ているが、確かあれは奈良朝か江戸の…とまで考えてから、すぐにその考えをやめた。

 ここは今までいた世界とは違う。今まで築き上げた常識が通用しないのは、嫌というほど見てきたはずだ。

 後ろで「フッ」と自慢げにしている天魔の存在は無視することにして、マエリベリーはその本を手にする。

 知らない言語だ。しかし何故か理解できる。

 これはこういうもの、これはこういう意味だと。頭の中で無意識に理解、翻訳が一切停止することなく連携しているような…そんな感覚。

 その結果。疑問を感じるも先に文字を解読し、こうして支障なく調べ物ができているのだ。

 

「…諏訪子の方は大丈夫かしら」

「そんなに心配なら付いていけば良かったじゃないか。今までもそうだったんだろう?」

「…………」

 

 つい漏らしたその言葉に、天魔は気楽にそう返す。

 マエリベリーは現在、諏訪子とは別行動をしていた。

 諏訪大国…天狗の山に残ったのは天魔を含む天狗たち、そしてマエリベリーと今もどこかで暇を潰しているチルノと大妖精。

 つまり目的の地に赴くのは、諏訪子とてゐの二人だけであり、マエリベリーは俗に言う留守番というものである。

 少数精鋭と言ってもいい、今までのとは違い、今回は調べる対象が対象なのだ。

 万が一を用心するに越したことはない、ないのだが――

 

「ありえない。…なんてことは逆にありえない」

「誰かの言葉?」

「私の教訓よ、今日までで数えきれないほど、信じられないものを見てきたから」

 

 祟り神、大百足。そして因幡の白兎その本人と、彼女から語られる様々な歴史の真実。

 マエリベリーも生まれつき異能は持っているが、それはあくまでも身体機能の延長であり「そういうもの」という感覚が抜けなかった。

 言わば天与(ギフテッド)

 

「そう、知ってると思うけど…」

()()()も。私は無条件に"ありえない"なんて切り捨てることはできないわ」

「同感だね」

 

 天魔も同じ気持ちである。

 噂によると、かの高天原の神々と同じ時期に生まれたという大百足が、何故この時に、時代に蘇ったのかとか。

 何故今になって、一切の手がかりのなかった八坂神奈子の情報が、あの市場の神の顕現と共に都合よくやって来たのか、とか。

 そして何より、洩矢諏訪子というあまりにも常識破りな神の誕生も。

 

「……未来を見る前だけどさ、これだけは言えるんだよね」

「……何を?」

「きっと今回も今までのと同じで、多分何かが起こる」

 

 一息。

 

「予感は当たってる。でも今回ばかりは本気で心配だ」

「……」

 

 だが、どうしようもない。

 洩矢諏訪子が最も強く、そして同時に最後の砦であるのは覆しようがない。

 彼女でもどうしようもない…そんな事態は想像もできないが、同時に悪寒から目を逸らすことはできない。

 これは適当な考えでも、予想というあやふやなものでもない。

 間違いなく、何者かの策略がある。

 

「あれほどの土着神が、何故この時代に丁度よく現れ、そして彼女が力を付けてから丁度よく、その時に大百足が封印を破ったのか…」

「…誰かがやった、ってこと?」

「それはない。間違いなく大百足の封印は経年劣化だし、八百万の神の誕生は、かの高天原の神々でも任意に行うのは不可能さ。でも…」

 

 だが、やはり腑に落ちないのだ。

 

「直接手を付けたわけじゃない。でも利用してやろう…に近い何かは感じる」

「…………」

「…あーホント…なんで私が天魔の時にこうなっちゃうかなぁ」

 

 口調を崩し、本来の自分をさらけ出しながら、天魔は机に突っ伏した。

 言い表せない違和感。あまりにも都合よく、そしてあまりにも出来すぎた今日までの一連の流れ。

 しかし答えは見つからないし、実際にそれで自分たちに何も起きていない、むしろ天魔にとっては得しかない。

 だから余計にわからないのだ。

 一体、何故ここまで自分が落ち着かないのかも。

 

「…こういう時に限って未来を見せてくれないんだから」

 

 先を見通す程度の能力。

 大百足、そしてその後の宴以降さっぱりと交信を絶った面倒な相棒。

 今まではうるさいくらいに、眠りを邪魔するほどに未来を見せてきた彼は、天魔の苦言にも一切の反応を見せない。

 

「…頼みましたよ。諏訪子様」

 

 まるで人間のように、天魔は神に祈る。

 

「あなたなら、万が一()()が真実だとしても、きっと勝てると信じます」

 

 遥か遠い小さな離島。

 鬼ヶ島と噂され、そして同時にある与太話が蔓延るその地に向けて。

 

 

 

 

「…八岐大蛇(ヤマタノオロチ)にも」

 

 

 

 


 

 かつて天狗の山を登った時とは違い、その道は緩やかなものだった。

 自然の豊かさと険しさが両立し、剥き出しとなった地層に凹凸の激しい道ではない。

 人が何度も行き来し、自然に踏みならしたことで凹凸は滑らかに、そして優しいものになっている。

 時々吹く風には、磯の香りが含まれており、山に囲まれた諏訪大国とは違う場所であると、風が吹くたびに思い知らされる。

 その島に、人は多くない。

 よくて諏訪子が来る前の、天狗の山のふもとにあった小さな村と同じ規模だろうか。

 しかしあの村と違って、この村の活気はそれ以上のものである。

 道を歩き、農作業をしている村人たちは、見慣れない少女に声をかけた。

 

「ん?嬢ちゃん見ない顔だな」

「初めまして。そうですね、私は旅の者故」

「んー…まぁ、このご時世色々あるからな………探りを入れるつもりゃあねぇから安心しな。…いいとこだぜ、ここは」

「…気遣い感謝。どうも」

 

 ぽつりぽつり、家の建っている間隔はとても広い。

 その分自由な土地も多く、100mはあるであろう広大な景色。そのほとんどに網が敷かれていた。

 よく目を凝らして見れば、それが魚の干物であることがわかる。

 まだ諏訪大国では取り入れることができていないそれに、諏訪子はじゅるりと唾を飲み込み。

 

「あー、いいなぁ…私魚より獣肉の方が好きだった筈なのに…今無性に魚が食べたくなってきた」

「それは後にしな、今優先するのは別のことだからね」

「…はーい」

 

 脳内に響くてゐの声に、諏訪子は誰にも聞こえないよう小さな声でそう返す。

 海から陸へ、そして獣道をひたすら一人で歩き続ける諏訪子にとっては、今の彼女の存在はありがたいものであった。

 なんだかんだで、こういう旅をする時は自分を含めた三人であることが多かった。

 しかしマエリベリーは今天魔の屋敷にいるし、チルノや大妖精は妖精らしく、今もどこかに遊びに出かけて音信不通。

 いや、正確に言えば大妖精は偶に顔を見せに帰って来てくれるのだ。チルノは全然来ないが。

 そして現在。今この場にいるのは人間に擬態し、黒髪ではあるものの元の顔はそのままの諏訪子と。

 妖力、気配を隠すために諏訪子の影に潜み、今もこうして文字通り一緒にいるてゐの二人。

 そう、二人っきりである。

 

「てゐはさ、神奈子に会ったことがあるんだよね」

 

 だから、こうして腹を割って話すこともできる。

 

「…まぁね、あいつが自分で自分を封印してたってのは驚…」

「うっそだぁ。本当はてゐ、知ってたんでしょ?神奈子が今はコールドスリープ…ああいや、封印で眠ってること」

「…………」

 

 てゐが息を呑む。

 

「…いや、知らなかったよ」

「因幡の白兎…ダイコク様にタケミナカタ、私の集めてた情報とは小さな差異があったけど、大体は合ってた」

「……」

「責めてるわけじゃないよ、これは本当」

「…」

「話したくないなら、それでいいよ」

 

 そう、ぶきっちょに笑う諏訪子のことを、てゐは影の中から見る。

 自分は、何も聞かない諏訪子に甘えていたのかもしれない。

 知らなかった。そもそも知りたがっていたことすら、彼女が神奈子に興味を持っていたなど思いもしなかった。

 いつかは訪れる邂逅。しかしそれはもっと遠い未来で、悠久にも近い年月の果てに起こると思っていた。

 …いや、嘘だ。

 初めて竹林で会った時、彼女の力を知った時。

 彼女の、洩矢諏訪子という異常な存在(イレギュラー)と出会った時に、もう自分は理解した筈だ。

 ――神奈子が待っていたのは、こいつなのだと。

 知っていた、筈だった。

 

「…神奈子は、あんたを待ってたんだよ」

 

 諏訪子にてゐの顔は見えない。

 だからこそてゐは、まるで泣きそうな顔で、笑いながら言った。

 

「稀にだが、人間の中にも遥か未来の景色が見たい。…そういう理由で封印による眠りを…それに手を出すやつはいる」

「…うん、千亦が言ってたね」

「そして同時にこう言った"神が何のために"ってね。…簡単だよ、捻った答えなんて何もない、単純明快な答えさ」

 

 八坂神奈子は、人間に育てられた。

 彼女の心には間違いなく、人間としての情緒が構成されていた。

 

「"神である神奈子が望むとは思えない"…違うね、あいつは正真正銘の人間なんだよ、心の一部がね」

「…………」

「力の発露を求め、蹂躙を望む神としての本能と、人を慈しみ、力を忘れて寄り添う人間の心。…水と油が混ざらないのと同じ、たくさん苦しんだ」

「…じゃあ神奈子が眠ったのは」

「千亦がありえないと切り捨てたそれ。…未来の景色を見るためさ」

「……………それだけのために」

 

 それだけのために、大和を捨てたというのか。

 諏訪子の呟いた言葉に、てゐはゆっくりと、過去を懐かしむように息を吐いて。

 

「……おかしいと思うかい。人間に育てられ、人間を愛する心を知っているくせに、好奇心に任せて民を見捨てるような、そんな存在が」

「………」

「あんたの思う通りさ、矛盾してる。神の癖に人間に肩入れして、人間の心を持っている癖に国も、民も捨てることができるような…中途半端で意味がわからないってね」

「……うん。意味がわからない」

「そう。だからお前がそれを突き付けてやれ」

 

 てゐはあの日、神奈子が列島を制覇した直後の夜。

 祭りも終わり、皆が眠りについた丑三つ時に、二人っきりで神奈子と話した。

 そしてその時に聞いたのだ、神奈子は未来に希望を持つことを選び、しばしの眠りにつくと。

 同時に今ある国を、接合し、一つとなった大和の国を、捨てる道を選ぶとも。

 それをてゐに告げた理由はわからない。だがせめて、せめてこのまま自分勝手な道を行く彼女を。

 暴走寸前の、道を見失った彼女にせめて、呪いを残そうと。

 

『いつかきっと、お前を殺すやつが現れる』

『…それは予言か、それとも妄言か』

『国を亡ぼす悪しき神は、いつか滅ぼされるんだよ、あんたがやったように』

 

 負け惜しみとも、嫌がらせの戯言とも言える。

 だが神奈子の背中を見て、てゐはその時咄嗟に呪いをかけた。

 人間を幸福にする筈の兎が、一人の道を見失った哀れな少女に呪いをかけたのだ。

 

『あんたをぶん殴るやつが必ず現れる』

『…お前が言うなら、きっとそれが起こるんだろうな』

 

 その呪いは、今でも――

 

「ウジウジしてるあのお馬鹿さんを、ぶん殴ってやってくれ」

「…私がー?」

「まさか。勝てない?」

「冗談」

 

 諏訪子の得意げな笑みに、てゐはそれに負けない笑顔で影の中から答える。

 千亦は堂々と「お前では勝てない」と言っていたが、それこそてゐにとっては失笑ものだ。

 そもそも諏訪子が生まれてからまだ一ヶ月も経っておらず、神としては論外なくらいに未熟な存在な筈である。

 だがこの実力は、大百足すらも難なく倒せるほどの異次元の力、何より成長率。

 かの地獄の女神すら一目を置く、八百万の法則に縛られぬ圧倒的な存在感。

 

 そして何より、人間の心を彼女は持っている。

 

 神のように時に傲慢で、そして常に人間と同じ優しさと意志の強さ。

 それは神奈子でもできなかった、理想的な国王としての、神としての理想そのものであった。

 てゐは彼女こそが、洩矢諏訪子こそが神奈子を超え、そして彼女を救う存在だと信じている。

 彼女なら、彼女だけが。

 

「勝つ気かい?」

「いや、流石にそこまで驕るつもりはないけど…まぁ頑張るよ」

「じゃあ負けちゃう?」

「……いいや」

 

 先ほどまでの不安げな様子から一変。

 ただ真っすぐに、いつか訪れる大戦を見据え、諏訪子はハッキリと言い切った。

 

「――勝つさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諏訪子は足を止めず、その緩やかな山道を歩き続けた。

 足元を小さな何か、それが親子のリスであることを、茂みに飛び込む彼らの尻を最後に見て初めて気づいた。

 木々の群れに隠された視界は、差し込む光と共にやって来た紅葉によって変化を遂げることとなる。

 

「わぁ………」

「あぁ…もうそんな時期か」

 

 諏訪子の足元。影の中から頭のみを出したてゐは、頭上に広がる紅葉の世界を見て。

 

「それにこの紅葉…僅かだが神力が宿ってる」

「つまり、ここにも神様がいるってことだね」

「そういうこと」

 

 とても立派な大樹だ。

 諏訪子が仮に五人くらいいるとして、それらが両腕を横にピンと真っすぐ案山子のように伸ばし、横に広がったとしても足りない。

 何十mもの立派なそれは、まさに巨木。

 ふと疑問に思う。山に入る前、確か遠目に山を見た時は普通、ただの緑一色の木々であったはず…なのだが。

 この空間に存在する、何十もの木々に付いた葉は全てが赤と黄、つまりは紅葉である。

 だがおかしい。

 いくら山自体がそれなりの大きさだとしても、これだけの木々が紅葉に染まっていれば、最初に諏訪子も気づいたはず。

 その疑問に答えたのは、てゐだ。

 

「…こりゃ何百年ぶりに見たな」

「知ってるの?てゐ」

「まぁね、別に隠された技術…ってわけでもないんだが…」

 

 てゐは地面に落ちた一枚の紅葉を拾い。

 

「これは"領域"だ」

「りょーいき?」

「使えるやつはほんの一握り…なんだが、どうやらこれは少し違うらしい」

 

 頭の上に「?」を浮かべたままの諏訪子を尻目に、てゐは今手の上にある紅葉を見る。

 試しに匂いを嗅いでみれば、あの秋特有の香りが仄かにする。

 触感も間違いなく、今手にあるものが疑いようのない本物であると、てゐの五感が訴える。

 これほどまでに精巧な紅葉を具現化できる…となると、考えられるのは一つ。

 

「多分、あいつだ」

 

 天まで届きそうな程の大樹、そのふもとに薄っすらと、諏訪子は違和感を覚えた。

 特に変なものはない、ただ地面と落ち葉が数枚あるだけで、ただの景色の筈。

 しかしこの違和感、薄っすらとだが透明な、何かの輪郭が見える。

 諏訪子がそれを見破ろうと、更にじーっと目に力を込めると。

 

「…すぴーっ………」

 

 そこには饅頭があった。

 そして、()()()()()が――

 

「……てゐ」

「現実を見ろ、あんなのがある意味…お前よりも上だ」

「…納得いかない」

 

 先ほどまで何もなかった筈の目の前には、積み重なって小さな山のようになっている落ち葉の集合体があった。

 赤と黄色のグラデーションに彩られた天然のベッドは、思わず自分も飛び込んでみたくなるような魅力を醸し出しているが、残念ながら先客がいた。

 そしてちょこんと、器用に足の指だけを露出させ、そして先ほどからずっと、こちらにまで聞こえる大音量の寝息が響いていた。

 諏訪子の知らない技術。神としての"畜"とも呼べるそれが、自分より上というのがやはり納得がいかなかった。

 実際戦えと言われれば、きっと諏訪子は彼女に勝てるし負けなんてない。

 力の差が、元から持っている神力の差がありすぎる。

 だというのに、てゐはそんな諏訪子の内心をわかった風に。

 

「ま。そう思うのもしょうがないけどさ、実際本当に技術としてはあんたより上」

「納得できない。…けど、君が言うならそうなんだろうね」

「当たり前だろ、私がどれだけの化け物を見てきたと思ってる?」

「…ちなみにてゐは使え」

「秘密」

 

 てゐは悪戯っぽく笑う。

 諏訪子は目の前で、寝息と連動して上下に動く紅葉饅頭を覗き込み、ゆっくり右手を上に持ってきて。

 

「…………」

「すぴょー…」

 

 触れるか触れないかのギリギリ。

 指先でちょんっと、指先で遊び。

 

「………」

「んっ…ぅく…」

 

 少し寝息が乱れ、反応が大きくなる。

 そして満を持し、思いっきり指で足裏をガッと――

 

「こちょこちょこちょこちょ!」

「っぎょわぁあああああああああああっ!!!!!」

 

 獣のような声であった。

 諏訪子の全力のこちょこちょによって、凄まじい速度で少女が起き上がり、その結果まん丸な紅葉饅頭があっという間に消えてしまう。

 饅頭から出てきた少女は、諏訪子のに似た綺麗な金髪のボブである。

 一瞬その既視感と。そしてすぐに辿り着いた答えに、諏訪子は喜びの表情を見せた。

 だがそれとは逆に。半分、というかほぼ泣き顔のまま、少女はサササーッと諏訪子から距離を取って。

 

「えっ、え。えっ?…えぇ……えっ???」

「めっちゃ困惑してんじゃん」

「だ、誰よ!?」

 

 なるほど、確かにその通りだ。

 涙目のまま叫ぶ目の前の少女に応えるため、諏訪子は綺麗に腰を曲げて。

 

「初めまして、私は諏訪子と言います」

「え、あ…初めまして…」

「以後、宜しくお願いします」

「よ、宜しくお願いします…?」

 

 諏訪子の惚れ惚れするように滑らかなお辞儀に、少女も釣られてつい同じように返してしまう。

 それも仕方ない。諏訪子のお辞儀には下手をすれば妖怪、神ですら敵わない"畜"があるのだから。

 それはかつて現代で経験した数多の謝罪であ――

 

「…じゃなくて!あなた誰!?」

 

 と、脱線しかけた諏訪子に惑わされず、しっかりと少女は会話の主導権を取り戻す。

 

「諏訪子だよ、よろしく」

「…人間…?じゃない…わよね、だってそれなら隣にいるのは…」

「あぁ、今は人間に化けてるんだよ。あんたと同じ"豊穣の神"じゃないけどね」

「ほら、こんな風に…」

 

 てゐの目配せに応じ、諏訪子は頭を振る。

 しばらくそうすると、先ほどまで真っ黒だった髪はあっという間に、少女にも負けない美しい金髪に戻り。

 同時に、その身から溢れる神力と抑えられた瘴気。

 

「祟り神を統べる祟り神…洩矢諏訪子でーすっ」

「……助けてお姉ちゃん…」

 

 ――あ、やっぱり泣いちゃった。

 もはや慣れてしまったこの反応に、諏訪子は苦笑いしながら、その涙を拭おうと手を伸ばして――

 てゐの叫び声と共に、それは起きた。

 

「――ッ不味い諏訪」

 

 ザクッ――

 今までに聞いたことのない音だ。

 そして一瞬感じた違和感と、その後すぐに指先から感じる温い何かの感覚。

 ポタリ…落ち葉を諏訪子の指から垂れる血が汚す。そしてその正体、それは――()()()()()()、諏訪子の手に刺さっていた落ち葉だった。

 

「すみません。どうやら勘違いだったようですね」

 

 未だ驚愕のまま固まっている諏訪子の代わりに、てゐがその第三者に答える。

 

「いや、勝手にあんたらの領域に入ったんだ。これくらいは迷惑料だよ」

「…感謝します。何せ、大切な妹ですので」

 

 てゐの背後に立っていたのは、諏訪子の前にいる少女――神と姿形が似た少女。

 同じく髪型はボブで、色も金髪だがこちらはウェーブがかかっている。

 服装も"妹"のとは違い、まさに紅葉そのものであるかのような、美しいグラデーションのかかったロングスカート。

 彼女はそれをたくし上げ、優雅に微笑みながら。

 

「そちらは妹の(あき)穣子(みのりこ)。そして私は姉の(あき)静葉(しずは)。…あなた様程ではないですが、これでも八百万の神が一柱です」

 

 あくまでも笑顔で。

 静葉はそう言って、にこりと姉らしく堂々とした態度を崩さない。

 一方。

 

「…………ハハッ」

 

 初めて経験した。

 初めて、予測すらできずに一撃を喰らってしまった。

 初めて、初めて見た…!これはなんなのだ――

 

「…………おもしろぉ」

 

 今も尚成長を続ける。

 その土着神の獰猛な笑みは、更に深く歪んでいた。




(稗田阿求による「幻想郷縁起」より抜粋)

 ・領域
妖怪 神 そして一部の人間が持つとされる異能、その発動範囲とその者の心象風景のことを指す。
基本的には前者が適用され、心象風景を現実に持ってくる、現実を書き換えることができる存在はごく一部である。
心象風景と言っても千差万別。基本的にただ自分の心の中の景色を作るだけなので、迷い込んでしまってもさほど問題はない。
ただし、それがある別のものであるならば、命が惜しいのならば迅速な対応を心がけましょう。










 ・○○○○
異能とは千差万別である。そしてこれは、それらを無理やり「一」に固定する技術だ。
具現化された心象風景と、効力を倍加させた異能による嵐が標的を襲うため、巻き込まれたが最後、生きて帰ってはこれないだろう。
種族や当人の地力で範囲に誤差はあるものの、範囲内ではそれを発動した者のみが能力の主導権を握るため、本来は攻撃を当てられなくする異能を持つ者が相手だとしても、自分の攻撃を当てられるようになるため戦闘で凄まじい有利が取れる。
これに対抗するには一つ、同じくこちら側も○○を○○するか、相手の燃料切れを待つか。
しかしこの技術はその燃費の悪さ、実力が拮抗していれば、同じく○○するだけで無効にできる手軽さ、そして結果的に実力の離れた相手にしか効かないため。
基本的に選ばれた強者同士の戦い、弱った同格の相手へのトドメとして使用するか、大量の格下を一気に処理するために使われるのだという。

(追記)
そのあまりの理不尽性能、そして「必中」という要素はスペルカードルールにおいては「美しくない」ため。
皮肉にも忘れ去られた者の楽園である筈の、幻想郷からも現在進行形で忘れられているため、ある意味最も悲しい運命を背負った神代の技術である。
これを今でも使えるのは、博麗の巫女を含む選ばれた強者のみであるという。

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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