【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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36話.御伽の国の鬼ヶ鬼

 突然だが、秋と聞いてまず最初に何を思い浮かべるだろうか。

 読書の秋、スポーツの秋芸術の秋…秋を代表するものは無数に存在するが。やはりほとんどの人間が、そして今回彼女が思い浮かべたのは一つ。

 食欲の秋。だろう。

 その言葉の由来は諸説あるが、有力とされるのは秋という季節が来ると同時に、様々な数の、豊富な食材が旬を迎えるかららしい。

 諏訪子にはそこまで、文化や歴史についての知識はない。だが彼女も、この説が正しいのだろうと思っている。

 確かに考えてみれば。天狗の山で見た栗、そして前世で慣れ親しんだぶどうやみかんといった果実、そしてじゃがいもや人参などの野菜。

 今はどれだけ会いたくても会えない、悲しき別れを経験した彼らも、丁度今のこの時期、つまり秋のものだった。

 ――そして今。

 

「美味い!美味い!美味い!」

 

 諏訪子の両手は止まらない。

 

「美味い!美味い!美味い!美味い!」

「わ~…凄い食べっぷり」

 

 一瞬も口の中が空くことはない。

 一つ齧り、そしてそれを咀嚼して飲み込むのと同時に、新たに咀嚼を始めて貪り食う。 

 

 諏訪子は感動していた。

 

 数十年、数百年。

 まだ会えるはずのなかったそれと、それの生み出す甘美な痺れ、そして"熱"を。

 涙が溢れる。

 頬を伝う涙すら、その感覚すらも今は心地良い。

 

「う"っ"…焼"き"芋"美"味"い"ぃ"ぃ"ぃ"!!」

「あーもう、泣かないで、ね?」

「う"ぅ"ぅ"う"う"う"う"~~っ"」

「あらら…」

 

 焼き芋が美味しい。

 幼児退行するかのような勢いで泣き喚き、穣子に優しく頭を撫でられる諏訪子はただ、懐かしい秋の味に感無量だった。

 妹を害する者と勘違いするほど、それだけ強大な気配を持っていた諏訪子の変わりよう、そしていつの間にか、先ほどまでの怯えっぷりが嘘のように、諏訪子のことを優しい表情で見つめる穣子を見て、思う。

 

 立場が逆では…?

 

 祟り神の放つおぞましい瘴気を前に、涙目になっていた筈…というか今もそれを感じている筈なのに。

 今目の前の穣子はさながら、姉の真似をして子供をあやす妹の姿そのもので――

 

「…祟り神なんですよね?」

「…妹、さっきまで怯えてたよね」

「………」

「………」

「お互い大変ですね」

「うん。本当に」

 

 本当にそう思う。

 てゐもてゐだが、どうやらこの豊穣の神も、妹相手に普段からそれなりの苦労をしているようだった。

 どことなく湧く親近感。

 

「あの…そういえばてゐさんは何故ここに?」

「……そうだね、どこから話したものか…」

 

 話題を転換しようと、静葉はそう話題を切り出す。

 てゐもまた、静葉のその思いに気づき、言葉を選ぶために考え込む。

 目の前でおんおんと泣く諏訪子が視界に入らないよう、空を見上げながら。

 

「旅を…は欺瞞か、ここにある伝承を詳しく調べに来たんだ」

「伝承?何かあったかしら…」

 

 てゐの言う伝承…静葉には本当に心当たりがないのだろう。

 「うーん」と顎をさすりながら、それらしい情報を整理してしばらく、彼女はてゐに「それで?」と聞き返す。

 一息。

 

「ここは小さな島国…あぁいや、国なんて規模じゃないわね。本当に小さな、小さな村しかない島です」

「…………」

 

 この島に、伝承と呼べるものはない。

 静葉はそう言い切るが、てゐの表情は変わらず。

 

「私たちも、人間からはそこまで信仰を貰えているわけじゃない…それにここは野菜、果実より魚の方が人気なのもあって…」

 

 ()()島に秋姉妹がやって来たのは、今から十数年前である。

 姉の静葉は秋の代表たる紅葉を、妹の穣子は秋を象徴する作物を。

 そのような"豊穣"をもたらす異能を持ち、そして僅かな神力…つまり信仰を以て存在する。

 だがハッキリ言って、秋姉妹は神としてはあまりにも弱い。

 特に穣子の力である"豊穣"もだが、これは他の神々が生まれつき(デフォルトで)持っているものだ。

 諏訪子に関しては一種の例外。本来神が持つ恵の力を捨て、その代わり祟り神を配下にし、力を分け与え、そして貰い受けるどこまでも力に固執したもの。

 本来できる筈のものができない、その自覚はないが、諏訪子の現状はこれであった。

 では例外である諏訪子を除き、秋姉妹はどうなのか…だが。

 

「私たちのことが見える人は少ない。それこそこの十数年で…一人しか見たことがないんです」

「…ふぅん」

 

 静葉は語る。

 元々信仰が集めにくいのもあって、引っ越しをするのに抵抗感はなかった。

 大体の人間から見えないのをいいことに、船やら荷台やらに乗ってそれなりの時間を旅してきた。

 そうして様々な山を、かつて人がいたであろう村だったものを超えて、やっと今住む山を見つけたのだ。

 まだ神力に余裕があるとはいえ、信仰を集めないといけないことに変わりはなく、それに元々自分たちは八百万の神。

 もし万が一信仰をなくせば、再び生まれ落ちる前の虚無に帰されてしまうだろう。

 どう人間たちに接触するか、どう山の幸を味わって貰おうか、秋姉妹は悩みに悩んだ。

 ――しかし。

 

「あぁでも、それも最初だけで…しばらくしたら安定したんです」

「…安定?」

「信仰…というより神力?いや…とにかく力が漲ってきて…」

「…それは」

 

 ――どう考えてもおかしい。

 てゐの呟きに同意し、静葉は過去のことを語り出す。

 この山に住むことにしてから数日。穣子は衰えるどころかむしろ、時間が経つ度に高まる己の存在感と力に歓喜し、きゃっきゃと赤子のように喜んだ。

 しかし静葉は違う。

 どう考えてもおかしい、が。同時にどう考えても答えがわからない。

 ただ住むだけで力が増える。そんな都合の良い場所が果たして存在するのか?

 実際にこうして住んでいるのだから話は終わりだが。それにしてもやはり矛盾する箇所はいくつもある。

 そして同時にこう考えた。ここには自分たちとは違う、別の神が元から住んでいたのではないか?

 

 そして、すぐにありえないと切り捨てた。

 

 神とは強さの位に凄まじい序列があるが、たとえどれだけ弱くとも神は神。

 仮に自分たちより先に神がいたとしても、秋姉妹はそれに気づかないなど考えられない。

 となると土地か。しかしいくら意識を張り巡らせても、山からは自分たち以外の、一切の神力は感じない。

 未知は恐怖であると共に、しかし凄まじい利益を貰い受けているのも事実。

 そうして今に至るまで、謎を解明することなく時が過ぎた。

 日に日に強くなる力。そしていよいよ自分たちの力の全盛期とも言える秋の季節がやって来た。

 もはや神社に在る神のそれと変わらない、はっきりとした存在感と強まる力は、自分たちを更に上の存在に引き上げたのだと言う。

 

 見上げる空は、数える程しか雲がなく。

 地面を赤で染める落ち葉、そして寂しさなど感じる瞬間など存在しない、紅葉で埋め尽くされた木々。

 なによりこうして、自分たちの存在を象徴するかのように立派な、この世界の中心に位置する一本の大木。

 

 今までの自分たちでは手の届かなかった、文字通りの「領域」なのだという。

 

「…………」

 

 静葉の語る疑問。

 それを聞いたてゐはやはり、と口を開き。

 

「私たちがここに来たのは、さっきも言った通りある伝承のため」

「…えぇ」

「そして、問題はその内容だ」

 

 てゐはそこまで言って、諏訪子と共にここに来る前、天魔がかつて言った忠告を思い出す。

 静葉は突然、口を開いたまま固まったてゐに首を傾げるも、すぐにてゐが言葉を続けたのを見て、言葉を飲み込む。

 

「神代の話さ。タケミナカタ…八坂神奈子が生まれるよりも遥か昔のある話」

「…!」

 

 神奈子の名を聞き、静葉の身体に緊張が走る。

 

「今では英雄神と言われる彼が、まだ嫌われ者の暴れ神だった頃の話」

 

 かつて高天原で己の力を振るい、暴れた彼は、結果としてアマテラスを恐れさせ、そして高天原を追放された。

 ――何の因果か、神奈子もそれと同じように。

 

「ある少女に恋をした彼は、その地に巣食う怪物を屠り、一転し英雄となった」

「有名な話です。よく村で子供に読み聞かせる者もいますから」

 

 英雄神スサノオ。

 かつての高天原一の嫌われ者だった彼は、八つの頭を持つ怪物を殺した。

 物語はこれでお終い。悪い龍は対峙され、姫と英雄は永遠に幸せになりましたとさ。

 それで終わり――の筈だった。

 

「知ってるだろう。人間ってのは純粋な幸せ物語が嫌いなのさ。それは逆張りと言ってもいい、他とは違う意趣を…思いを込めて物語は変わる」

 

 誰だって、一度は想像する。

 この後彼は、また別の戦いに巻き込まれるのではないか、いやきっと巻き込まれたと。

 誰だって捻くれた考えをする。本当は仲が良いことはなく、今ある伝承は間違いだと。

 そして、誰もが一度は思うのだ。

 

「――八岐大蛇は今も生きている」

「…ありえない」

 

 てゐの言葉を、そうバッサリと切り捨てる静葉。

 しかしてゐのその表情には一切の冗談もなく、真剣な色が宿っている。

 憶測でも、面白半分に噂を語っているわけでもない。

 何かの確信が、そこにはしっかりと宿っていた。

 ――そうだとしても。

 

「…ありえない、です。でも」

「秋静葉。紅葉を司る豊穣の女神、お前から見て私は何だ」

 

 じっとこちらを見つめる、その瞳。

 静葉は今までに感じていた以上の、飲み込まれるような錯覚を味わう。

 平衡感覚を失う一歩手前。それが、目の前の小さな兎の少女から放たれているのだと。

 兎の妖怪である彼女の妖力、それが吹き出す。

 

「…因幡の白兎、幸運の兎、ダイコク様の寵愛を受けた唯一の者」

「その私が断言する。近いうち…間違いなく、それは起こるだろう」

 

 八百万の神とは、文字通り数百万の望み、信仰による純粋な力が形となったもの。

 人が空を見上げ、大地の震えに怯え、海を恐怖し、人を憎み自然を愛する。

 そういったあらゆる要素から、それらに向けられる呪いは強すぎるが故に、形を作るのに途方もない年月を必要とする。

 

 そんな存在である筈の彼女が、洩矢諏訪子がこの時代に目覚めたこと。

 まるで彼女の信仰を増やすために、都合よく目覚めた大百足。

 彼女の畏怖を集めるかのように、丁度よく用意されていた天狗秘蔵の酒。

 

 まるで彼女を育てるかのように、彼女にとっての理想の相手と経験値を与えるかのように。

 ――そして、因幡てゐという存在。

 

「信じるも信じないも自由。だけど少なくとも彼女らは…そして私は絶対に起こると思ってる」

「それも、運を操るあなたの力かしら」

「いいや?私ゃただの人間を幸せにするしか能のない、小さく非力な兎さね。…………でも」

 

 てゐの妖力が変化する。

 兎という弱く、存在感の薄い妖怪が放つ微弱な妖力は、何倍にも膨れ上がると共に"色"が変わる。

 それは恐れ、恐怖ではなく信仰、そして奇しくもそれは彼女が敬愛してやまないダイコクの――

 

「――こういうのもできる」

 

 てゐの力。妖力と神力が融合しながら、それが四方八方にゆっくりと広がるのを感じる。

 そして静葉が感じたのは悪寒。てゐの小さな身体の隅々までが、その力が纏わりつき一切の隙がない。

 同時に両手を前に、そして指を絡め――

 

「…まさか」

 

 てゐの胸の前では、左手の人差し指がぴんと伸ばされ、そしてそれ以外が握られる。

 そして左の人差し指を握るように、余った右手でそれを包み込むその手印。

 智拳印。そう称される、彼女が今から()()()()()するものは――

 

(…本当に、驚いた……)

 

 慢心があったのは認めよう。

 自分が理由のものではない、神としての力を成長させ、そして今までの自分ではできなかったことができるように。

 言い訳のようなものだ。しかしやはり思う。仕方がないと。

 最初は数本だった木々も、自分の力が増えるのに比例し、この小さな姉妹の箱庭はどんどんと広くなる。

 今までの自分では夢でしか掴めなかった、この新しい世界の技術。

 

(因幡てゐ、あなたは既に――)

 

 ――その段階(レベル)の存在だったのか。

 きっとその気になれば、いつでもこの世界を塗りつぶすことができるのだろう。

 今それをしないのはひとえに、静葉のちっぽけな自尊心やらを気にしているわけではない。

 この世界、領域は文字通り秋の全てが詰まっている。

 今もてゐと静葉の不穏な空気など知らず、秋の味覚に没頭している諏訪子のことを思い、それをやらないだけ。

 

「…仮に、それが本当だとして」

 

 静葉は一瞬視線を逸らし、諏訪子の食べっぷりを笑顔で見つめる妹の姿を見る。

 諏訪子と同じく、こちらも姉の苦労やら不穏な空気やらに何も気づいていないようであり。

 てゐもまた、掌印を解いてそれに答えた。

 

「…私たちは、あの子は何もできない」

「知ってる」

 

 絶句。

 

「…なら何故?何故私たちにその話を」

「…気になる?」

 

 当たり前だ、そう叫びたいと思う。

 誕生して数百年もない、赤子にも等しい存在である自分たちでも知っているほどには、その神話は有名だ。

 そしてそれの恐ろしさ、力がどのようなものか。

 だからこそ思う。何故自分たちにその話をしたのか。

 

「…簡単さ、豊穣の女神」

 

 静葉の心の内。

 その疑問に答えるように、てゐは言う。

 

「もし、あんたたちがその噂を知らず、そして噂通りに…というかほぼ確実に、八岐大蛇に関する何かの事件が起こるとしてだ」

「…」

「あんたはそれに巻き込まれる。それが困る」

「……?」

 

 てゐの言う理由に、静葉は疑問を浮かべた。

 今までの話を聞く限り、自分たちに何かがあるのが困る。そこまでは理解できる。

 しかし理由がない。

 てゐにとって何か利益があるからこそ、自分たちの身の危険を案じている筈なのだが、その肝心の理由がわからない。

 笑い声。

 

「っくく…自分でも馬鹿馬鹿しいとは思うんだけどさ、本当にそれだけ」

「理由は、あなたが私たちに感じる利益の正体は」

「うん?焼き芋だけど」

 

 …………

 

「そう…やっぱりそういうこ…って、え?焼き芋?えっ」

「そうそう、焼き芋だよ焼き芋」

「…はっ?」

 

 再び絶句。

 静葉は今目の前で告げられた、あまりにも馬鹿馬鹿しいその理由に対し、絶句するしかなかった。

 嘘か。それとも今も冗談でこちらを侮辱しているのか…

 いや…それはないだろう。

 それにしては表情に一切の変化も、予兆もなく平常のまま、つまり素。

 つまり大真面目に、彼女は芋だけのために、自分たち姉妹に危険を伝えに来たのだと。

 

「…なんで、そんな」

「私は、前はある竹林に住んでた。…で、そこを出てあいつと一緒に旅をした」

 

 てゐが再び、静葉から目を逸らしてそれを見る。

 静葉はそれに釣られるように、同じく視線を動かして見てみれば、先ほどと変わらない二人の姿があった。

 流石に焼き芋は飽きたのだろう、諏訪子は今度はみかんや柿、そしてぶどうといった穣子によって作られたその味覚の宝に夢中だった。

 穣子もまた、ずっと衰え知らずに心底楽しそうに食事を続ける諏訪子をニコニコと見守っている。

 先ほどまでの蟠りが嘘のように、二人の周りの空気にだけ「♡」が浮かんでいるようにお気楽な空間である。

 

「あいつも無自覚だろうけど、あいつの目がこう…きらっと輝く時があるんだよ、それがあれ」

「きら…っ………??」

「わかりやすく言ってるだけ、正確には…気配?まぁそういうのがあるんだよ、で。そういうやつはどれも例外なく、友達になってなんだかんだの付き合いになるのさ」

 

 それは他ならぬ、諏訪子が最初に出会ったてゐ自身にも向けられたものだ。

 その後はマエリベリー、チルノや大妖精、そして後からではあるものの…今では会うたびに表情をほころばせる天魔といった者たち。

 大百足の生まれ変わりである百々世すら、彼女は変わらず笑顔で応え――

 

「…ま、それだけ。あいつがあんたらを信頼して、それでこうして笑顔でいる」

「………」

「そんなやつがいなくなったら、あいつが面倒くさいだろ?」

 

 …全く、とんだ勘違いだったじゃないか。

 諏訪子のことを見つめるてゐ、その横顔を眺めながら、静葉は内心で自虐して笑う。

 謎の来客、そして眉唾物の取り合うのも馬鹿馬鹿しい、そんな噂話を元に危険を伝えに来る彼女たちを、必要以上に恐れた自分が馬鹿みたいだ。

 すっかり解けた疑問のおかげか、今まで以上の優しい笑みで、静葉は言う。

 

「ありがとう。…てゐさん」

「…やっと警戒心が解けたか」

「えぇ。…疑い深い姉で申し訳ないです」

「いや、それでいいよ。少なくとも妹とは真逆で均衡がとれてる」

「もう」

 

 てゐの軽口に、口先を尖らせてぷいっと顔を横にしてそれっぽく返す。

 いつの間にかてゐもだが、静葉の方も諏訪子たちに負けない優しい気配を纏っていた。

 てゐは歩き。

 

「ほれ、もう行くよ」

「うぇっ!ちょ…ちょっと待った!」

 

 未だもごもごと口を動かす諏訪子。

 突然腕を掴まれ、そして無理やり立ち上がることになっても、咀嚼を止めようとせず。

 

「ま、待って…まだメインディッシュのぶどうが…」

 

 てゐは、諏訪子の頭を軽く引っぱたいた。

 

「あでっ!?」

「もうここに用はない、それに()()があるんだ。さっさと行くよ」

 

 当て。

 その言葉を聞いた諏訪子の反応は、何のことやら…といった風だった。

 静葉はその態度に一瞬疑惑を浮かべるも、すぐにそれを払拭して表情を笑顔に戻し。

 

「また会いましょう」

「またねー!」

 

 隣で自分よりも更に、輝くような笑顔を見せる妹の声。

 てゐは片手を上げて、諏訪子はそれに負けない全力の笑顔で応え、そして負けじと腕を振っていた。

 その輝くような笑顔、妹のそれに匹敵する可愛らしい表情を見て、静葉はくすりと笑った。

 ――なるほど、因幡の白兎がぞっこんなのも頷ける。

 

「お姉ちゃん?」

「…なんでもない」

「?」

 

 こちらを覗き込む妹の顔、それを片手で押しのけながら、静葉はあの言葉を思い出す。

 てゐが語った噂話。眉唾物の蛇足、人間の作った最悪の可能性――

 

「…八岐大蛇」

 

 果たして、本当にそれは生きているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋姉妹から別れてすぐ、てゐは突然声を荒げた。

 

「で、あんたは誰だ」

 

 突然の大声に、諏訪子はびくんっと身体を震わせるも、しかしすぐに感じる違和感。それに鳥肌を立たせた。

 先ほどまでは何も感じなかった筈、だが今はハッキリと「何か」の気配をそこら中から感じる。

 そしてそれが他ならぬ、「彼女」がわざと感じられるようにしているのも――

 

『犬のように、小さな兎如きが吠えてるな』

 

 音とは波のようなもの。

 たとえ姿が見えなくとも、気配と呼ばれるそれがなくとも、声の発生源と大体の方角というものは、たとえ人外だろうと誤魔化すことはできない。

 しかし今、諏訪子はその声がどこから聞こえているものか、そして声の主がどこにいるのかが一切わからない。

 まるで演じるかのような薄っぺらい、そんな抑揚で。

 

『ひもじいなぁ、歯がゆいなぁ』

 

 しかしそれは。

 その声は、少女のものとは思えないくらい。

 重く、そしてよく響いた。

 

『飢えた鬼が一人、ちんけな兎と神が合計二匹』

「食べる気?」

『――ハッ、まさか!誰が()()()()()を』

 

 諏訪子の冗談、しかしその答えは。

 ――大気を震わす、怒気。

 

『ちんけな兎と並ぶにふさわしい、ちんけな神が何の用だ』

「何も?」

『あっそ。だがこっちは違う。単純明快な理由さ』

 

 ――気に入らない。

 

『だからお前らが嫌い、特にそこの神。――お前のような嘘の塊が』

「…私は君のことを知らない」

『そうだ。だって私たちは初めて出会ったからな、だから?』

 

 話が通じない。

 てゐは突然向けられた敵意…いや、殺気と呼ぶべきそれに動揺している諏訪子のことを見る。

 今までのとは違う、明確な殺意。

 それもここまで真っすぐに、ひたすら鋭いものにまで成っているのは――

 

『口を開けば生きる意味を説き、善くあれと謳い、その癖誰より生き汚い』

 

 不明瞭だった「彼女」は、少しずつやっと目の前に顕現する。

 薄茶色の長い髪から生える、捻じれた二本の巨大な角は、彼女の正体を表している。

 両手と腰に装着された、しかし彼女を戒める役割を放棄した、重量を感じさせない鋼の鎖。

 ――そして、殺気で染まったその眼。

 

「私の知る神はそう。お前は、どうなんだ?」

「…………」

 

 目前に現れた少女、鬼。

 その正体を察し、そして答えに辿り着いたのはてゐだ。

 かつて昔、かの鬼の山で聞いた、山を下りて行方不明となった、元山の四天王。

 星熊勇儀、茨木華扇と並ぶ鬼の頂点。

 

「…伊吹萃香か!」

「まぁとりあえず…」

 

 諏訪子の目前には。

 

「――殴られろ」

 

 鬼の拳。

 それが轟音と共に、諏訪子の顔面をぶち抜いた。




 ちなみに幻想郷の奴らは全員デフォルトで閉じない領域です
 次回予告「噓と慟哭」

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
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