【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 久しぶりにランキング入りしてて嬉しい、励みになるので感想気軽にお願いします
 あと毎回感想書いてくれてる人、そのおかげで救われてます本当にありがとう


39話.噓と慟哭③酔恋花

「身体が痛いです」

「当たり前だ馬鹿」

 

 息は乱れたままで、声も掠れてなんとか聞き取れるくらいのもの。

 萃香の延命処置が実を結び、数時間かかったとはいえ命を落とさずに済んだ。

 瞼を閉じたままの少年は、萃香の容赦ない言葉に苦笑いを浮かべ。

 

「…助けてくれてありがとう」

「………」

 

 わからない。

 顔をこちらに向けて、軽く頭を下げて感謝を伝えられて思う、何のためにと。

 むずがゆいような、苛立ちとは違うが、しかし胸の中で何かが燻るような感触。

 先ほどまでは確かにあった、一方通行の怒りの感情。

 しかし今はそれが、何の余韻も残さずに消滅していた。

 いや、そもそもの話何故、自分は彼に対し苛立ちを覚えた?

 違う。それは既に自分で答えを見つけた筈だ。

 では今のこれは、今こうして感じている違和感の正体はなんだ。

 わからない。

 どこがわからないのかがわからない。

 しかし湧き出る違和感。それに首を傾げるしかない現状が、とても気色の悪いもので――

 

「別に…」

 

 萃香はなんとか声を絞り出す。

 見えていない筈なのに、今も尚閉じたままの彼の瞼は、もし開いたとしても一切の光を映さないというのに。

 それなのに、ついこちらに顔を向ける彼の、その笑った顔を真っすぐ見ることができなくて。

 まるで小娘みたいに、ぷいっと顔を逸らす自分に対し、まるで他人事のように気味の悪さすら覚えてしまう。

 萃香がこの島に住むようにしてからというもの、自分でも理解できない情緒の変化が間違いなくある。

 時に人を殺し、恨まれ。時に人を助けて賞賛され…鬼らしい頑固さを持ちながら、鬼らしくない浮ついた行動を続けてきた自分がだ。

 初めて自覚した、欲しいと思った。

 しかし同時に、鬼であるせいで絶対に手に入れられないものだと、今まで知らなかった事実を知ったせいで、やはり自分はおかしくなってしまった。

 気にするな。そう言って、それで終わりにすればよかった。

 今までと同じ「礼を楽しみにしてるよ」なんて言って、貸しを押し付けて笑い話にでもすればいい。

 それなのに、今の自分はなんて自分らしくない。

 

「…腹減ってるだろう、何か適当に持ってきてやる」

「え。でも………」

「阿呆、それだけ血を流したんだ、とにかく腹に入れて栄養をとれ」

「……ありがとう」

 

 ほら今も。

 やはりこれが、こうして向けられる彼の熱が嫌だ。

 今までの自分が、自分ではなく別の何かに変えられる…そんな感覚だ。

 そんな萃香の困惑も知らず、変わらずニコニコと笑う彼から目を逸らす。

 何故、これではまるで――

 

 

 

 


 

 

 

 

 近頃、山に見知らぬ神が巣食うようになった。

 そのことに気づけたのは、おそらくこの島の中でも萃香ただ一人であろう。

 身体を薄く霧状に散らしていることもあって、島にいる全ての生命体の動きは全て察知できる。

 完全な実体化をすれば話は変わってくるが、基本的にはそれで違いない。

 つまり何を言いたいかと言うと。

 

「わぁ~…お姉ちゃん見て!こんなおっきな芋初めて!」

「良かったわね~」

 

 萃香の下には、おそらく姉妹であろう神が二人いる。

 透明になっているとはいえ、第三者に観察されながら木の下で呑気に駄弁るその姿は、警戒心が足りないと言わざるを得ない。

 仲良く二人で肩を並べ、膝を曲げてちょこんと座る姿は、人間のそれと変わらない。

 

「…豊穣の神か」

 

 同時に、その姉妹が何の神であるかも見抜き、そして考える。

 鬼は基本的に何でも食べる。しかし人間は面倒くさいことに、食べられるものにすら限度があり、しかもそれで吸収する栄養素…つまりは生きる為の燃料もある程度決まっているのだ。

 人間も酒も、肉でも何でも食べればそれでよし、生きる為の燃料は妖力の補充だけでいい…そんな鬼とは違う。

 魚はその辺で干されているものを適当に、それこそ姿を消すことができる萃香にとってはお茶の子さいさいだ。

 更に言えば、食料などその辺の人間…それこそ少年の家族の、小屋の隣から盗んでそれを渡せばいい。

 

「…………」

 

 いや、それこそ鬼だ。

 略奪、強奪。それこそが鬼という妖怪の生き方であり、己の快と不快に従った在るべき姿の筈。

 だがそれを是とするほど、萃香は愚かな誇りを持ってはいない。

 それこそ生まれたばかり、誇りも積み上げた栄光もない鬼ならば、迷いなくその手段を選んだであろう。

 しかしここにいるのは山の四天王が一人。伊吹萃香である。

 …いや、違う。

 山の四天王の肩書を元に、力を振るうのであれば何の問題もない。

 では今、自分が略奪の選択肢に対して後ろめたさを感じる理由は何か。

 それは釣り合わないから、という理由に他ならない。

 

 あの健気な人間に。

 文字通り全霊の祈りの所作に。

 それに、略奪で奪った品が釣り合う筈などないのだ。

 

 となれば、答えは既に決まっていた。

 

「なぁ、そこの神」

「…!」

 

 萃香が透明化を解除すると共に、木の上から飛び降りる。

 音も出さずに着地を成功させた目前の存在、勿論彼女たちも警戒心を露わにする。

 妹を隣を庇うように腕を伸ばし、そして萃香を真っすぐに見据える彼女。

 しかしそれは一瞬だけで、すぐに顔色を元に戻し。

 

「…伊吹萃香」

「なんだ、知ってたのか」

「……はい。まだ生まれたばかりとはいえ、その名は知っています」

 

 秋静葉と名乗る少女と、その片割れである妹の秋穣子。

 萃香は彼女たちのことを知らないが、どうやら向こうはこちらを既に知っていたようだ。

 そしてこれは、萃香以外の鬼…更には妖怪たちの間でも語られる秘密の話であるが。

 伊吹萃香とは風のような妖怪である。そのため旅に出る際は会わないことを全力で願うべし――

 

 つまりだ、要は悪い意味で彼女は有名なのだ。

 

 萃香はわかっていてやってることだが、鬼の傲慢不遜を押し付ける生き方や、いつの間にかその場所に居座り、四六時中酒を飲んで明け暮れる。

 しかし強い。滅茶苦茶に強い。そのせいで交渉も意味を成さない天災に近い生き方である。

 故に静葉は、今も隣で「鬼なんて初めて見た!」と呑気に感動してる妹の代わりに、人一倍しっかりとしなければならないのだ。

 僅かな疑問と、それ以上の敵意を込めた視線を前にしても、萃香は特に反応を見せるわけでもなかった。

 静葉はまずそこで疑問に思う。鬼とは誰よりも嘘を嫌い、そして卑怯を憎む正々堂々の塊だ。

 あえて答えをはぐらかす、萃香とは違い、基本的に鬼の生態とはそう。そして同時に、嘘に対し誰よりも過敏に反応を見せるのだ。

 つまり今、静葉が萃香に向けて放つ敵意も、彼女にとっては既にバレているようなもの。

 それなのに、今は何の反応も見せない。

 

「…なぁ秋の神」

「はい」

「病み上がりの人間に食わせるものは…」

「はい。…はぃ?」

 

 変な声が出た。

 

「ごほんっ!…すみませんなんと?」

「…病み上がりの人間がいる。そいつに食わせるもんが欲しい」

「…………??」

「こう。…なんというかその…血を増やせるというか…あれだ、とにかく美味くて、その…」

 

 静葉は困惑した。

 困ったように顔を歪め、口から流れる何とか言語化に成功したように稚拙な文章。

 そして何より、今目の前から放たれるこの気配と予兆。

 静葉は困惑し、困惑を続けてそして、ある既視感に辿り着いた。

 

(待って、これってもしや…)

 

 ――瞬間。秋静葉の脳内に溢れ出した…()()()()()記憶。

 

 

 

 

 それは、今から数千年前の出来事だった。

 神代の時。あらゆる神が地上に下り立ち、国を統治していた魔境の時代で、秋姉妹は頭角を現していた。

 そんな生きるのも必死な時代で、かつて身分も教養も違う、ある女に男が恋をした。

 彼女を背負い、山と川を越えるその姿を見て問う、何故そこまでするのかと。

 あまりにも愛おしく思うが故に、女を家から連れ出してしまい、そして逃走劇が始まり、今もこうして安寧の地を求めているのだと。

 知識を持たぬ男は求めた。彼女の空腹を満たす、安全で美味しい食物を恵んでくれと。

 当時は充分すぎる程に信仰はあったが、しかし静葉はその時気分が良かったのもあって、妹の力を借り、彼らに秋の旬である大量の果実を分け与えた。

 それと、似ている。

 そうだ、思い出した。

 かつて自分は、このような――

 

 

 

 

「…秋の風が吹いたら…か*1

 

 静葉は涙を流していた。

 非力でありながら、祈るしか術を持たぬ人間が見せた。それは真実の愛。

 それが今再び、こうして目の前に形を変え、美しい物語を綴っている。

 

 ならば、今自分にできることは――!

 

 静葉はその一瞬。萃香が言葉を選ぶのにかけた時間…それは現実にして、およそ8秒。

 しかし充分だ。その一瞬で、静葉は深い深い思考の海に身を投げ、そして凄まじい速度で演算を開始した。

 秋静葉。不測の事態を考慮した上で導かれる人知を超えた究極の演算能力。IQ.530000による脳内計算機(CPU)がハジき出す結論、それは!

 ――"恋の秋(ビクトリー)"!

 

「穣子!」

「合点承知よお姉様!」

 

 両手をパンッ!と軽快に鳴らすと、いつの間にか両腕に食べ物を抱えた穣子が上空から舞い降りる。

 その喋り方はどうした、とか。さっきまで座ってたのにいつの間に消えてたんだとか。

 萃香が困惑するのもお構いなしに、彼女たちは素晴らしいコンビネーションで萃香の身体に触れて。

 

「さぁ早く行きなさい…!きっと秋はあなたに応えてくれるわ…!」

「いけーっ龍王(八岐大蛇)の娘!」

「おい待て、何か勘違いというかちょっ…」

 

 鬼である自分を動かせる姉妹の動きと、有無を言わせぬ謎の圧力。

 萃香はちょっぴり怖くなった。

 

「さぁさぁさぁ…」

「ククククク恥ずかしがることはないよ、恋は若者の特権よ」

「私はお前より年上なんだが!?ちょ、おま…」

 

 萃香の反論を聞こうともせず、姉妹の息の合った動きによって全てが封殺される。

 もみくちゃにされる萃香の身体と、ぷかぷかと宙で浮く秋の旬たち。

 豹変した二人の勢いに、鬼である自分ですら抗えない現実に困惑したまま。

 がっちりと肩を組まされ、仲良く三人でわざわざ時間のかかる徒歩で山を下りることとなった。

 

 

 

 

 

「それではごゆっくり~」

「…………」

「ありがとうございます」

 

 戻って来た萃香に引っ付くように、ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべる秋姉妹。

 今でこそ大分マシになったが、先ほど初めて少年を見た、盲目であると、まだ萃香が自分の正体を明かしていないと知った時の騒ぎっぷりは凄かった。

 そんな、まるで噂話に花を咲かせる人間のそれに近いこの二人も間違いなく神であると、一体誰が気づけるだろうか。

 信仰が集まっていない、神としての格もそこまで高くないのもあって、人外(萃香)と長く触れ合った彼以外に、この村で彼女らを視認できた者はいない。

 ついでに目が見えないのもあり、彼には静葉も穣子も例外なく、人間だと思ってい――

 

「……」

 

 自分も、そうなのか。

 先ほどあの姉妹が騒いでいたそれ、勘違いに気づいて萃香は呆然とした。

 よく考えなくてもわかることだ。

 萃香はこの少年と話している間も、初めて出会った時も、一度も自分の正体に気づかれるようなことはなかった。

 腕も足も、見た目から中身に至るまでほとんど人間と変わらないし、強いて言うならば角に触れれば気づけるだろうが、勿論今まで彼に角を触らせたことはない。

 妖怪に襲われていたのを助けた、あの日だって同じだ。

 そもそも彼は気絶していたし、それに人間の中でも少数ではあるが、あの程度の妖怪ならば簡単に殺せる者だっている。

 

 いや違う。自分が気になるのはそこじゃない。

 

 妖怪とは人を喰らい、その恐怖を糧に生きる相容れぬ存在だ。

 自分だってそうだ。それが曲がることは決してない、人と妖怪は決して交われぬ存在だ。

 じゃあ、もし彼が自分の正体に気づけば――

 

「あの」

「…っ、あぁ。なんだ」

「今日も、あの場所に連れて行ってくれませんか?」

 

 病み上がりなのもあって、まだ身体の節々が痛むのだろう。

 痛みを紛らわせるかのように、薄く笑って腕を伸ばす彼を見て、萃香ははぁ……と眺めのため息を吐いた。

 腕を掴み、引き寄せて――

 

「っと…あの…これは…」

「わざわざ怪我人を甚振る趣味はないんだ。大人しくしてな」

「いやしかし…」

「いいから」

 

 俗に言う、お姫様抱っこというやつである。

 流石に男としての矜持があるのか、今まで手を握られたときは何もなかったというのに、こういう時だけそれなりの反応を見せるのだ。

 それがあまりにもおかしくて、萃香は喉を鳴らして。

 

「くくっ…可愛い反応じゃないか」

「あの…その、やはりこういうのは…」

「気が変わった、このまま歩いて行こうか」

 

 萃香の提案に、少年はびくっと肩を震わせ。

 

「え、いやっ…その、重いでしょうし…」

「ばーか、お前の重さなんて羽みたいなもんだっての」

 

 初めて見せた、彼の子供らしい一面。

 それがやっぱりおかしくて、そして口では嫌々と謳いながら、実際その気持ちにほんのりと"嘘"の気配が混じっているのも、萃香は既にわかっていた。

 ――やなこった、相手が嫌がることをしてこそ鬼ってものだろう。

 そうだ、自分は鬼だ。妖怪だ。

 ならばもっと嫌がることを、相手が口で言う望まぬこと、それをあえてやってやろう。

 萃香は悪戯に笑い、そして同時に駆け出した。

 

 誰も彼らに、彼女らに気づけない。

 誰も、その邪魔などできない。

 御伽の国の、語る者すらいない小さな旅の記録は、間違いなくそこにはあった。

 そこにあった。小さな小さな物語。

 

 夜空は澄んでいて、今まで以上に星空が眩しい。

 秋風が火照る頬を冷やす、秋の香りを運んでくる。

 両手にある人の重み、温み。そしてうるさいくらいに鼓動を刻む己の心臓。

 嗚呼今やっと、今まで感じていた違和感に気づけた。

 

 欲しいのだ。

 伊吹萃香は今、飢えている。

 

 自分にないものを、人は他者に求め安寧を貪る。

 自分では手に入れられないからこそ、それを手にした他者を羨み、見つめ、慈しむ。

 愛する。求める、それが鬼と人間の違い、力を持たぬ故の寵愛だ。

 ――だが、私は鬼だ。

 山の四天王、伊吹萃香だ。

 欲するものは全て奪う。欲しいものは片っ端から盗んでみせる。

 それこそが鬼。人外としての在るがままなのだと。

 

「着いたぞ、人間」

「……はい」

 

 嗚呼、照れてるな。

 きっと隠そうとしたのだろう。耳の先を赤くして、しかし見えない筈の萃香を相手に、ぷいっと顔を背けるその仕草も面白い。

 人間の身体でも耐えられるほどとはいえ、結構な速度で走ったのもあって時間はそれほどかからない。

 普通に山を登るのなら、最低でも10分は要する距離を、萃香はたった数十秒で制覇した。

 再び、いつもの日課が始まる。

 

「……」

 

 いつの間にか、彼の手には見慣れぬ小道具があった。

 今までとは違い、初めて見るものだ。

 

「綺麗なもんだ」

 

 萃香が零した言葉に、彼は反応しない。

 ただ静かに、今までと変わらずに祈りを捧げる。

 何千、何万回の畜で完成した、足から手の先に至るまで、一切の無駄がない美しい所作だ。

 

「…噂で聞いた話だ」

 

 別に、祈ること自体はどうでもよかった。

 萃香が彼に魅せられたのは、その意思の強さと輝きであって、正確には祈りそのものではない。

 彼がもし狩人であるとすれば、きっとその弓で敵を射る姿に、槍で敵を貫く姿を見ただろう。

 彼にとって、その意思が実を結ぶのは、肉であるのは行動にあらず。

 不明瞭な"何か"へ、自分の身の丈に合った"何か"こそが骨と髄。

 伊吹萃香が魅せられたのは、その意思の原動力――

 

「私はお前が羨ましかった」

 

 反応はない。

 しかしそれでも、萃香は淡々と続ける。

 

「妬ましいとすら思った、憎いくらいに羨ましかった。生まれつき何でもできる、なんでも手に入れることができる力を持つ自分だからこそ、理想とは無縁だった」

 

 人は弱い。だからこそ身の丈を超えた夢を、理想を求めて抗うことができる。

 鬼は強い。だからこそ生まれたその瞬間、その時から既にあらゆるものを手に入れる資格を得ることができる。

 欲しい、欲しい、もっと欲しい。

 人を襲い、酒を奪い。それでも満たされぬ鬼の中にある、欲望の器。

 

 大は小を兼ねる。

 しかしどう足掻いても、小は決して大を兼ねることはできない。

 

 力を持たぬからこその視点、そして人間だから持つ価値観。

 それが、どうしようもなく――

 

「お前は、八岐大蛇を知ってるだろう」

「はい」

「鬼の祖。原初の妖怪、最悪の龍王」

 

 鬼の魂に植え付けられた、その恐怖。

 対峙したこともなく、ただ記録で知っただけだというのに、身体が震えだす。

 片腕を抑え付けるようにして、震えを誤魔化し。

 

「あいつは元とはいえ水神だ。だが逆にどうしようもない悪神…妖怪」

「……」

「教えてくれ。なんでわざわざそれを選んだ、何故あんな化け物を信仰することを」

 

 一線を越えた。

 今までわざと、両者が自然と避けていたその話題に、とうとう触れた。

 彼は萃香の問いを、静かに反芻するように、ゆっくりと息を吐いて、再び沈黙。

 背中しか見えないが、そこには迷いがあるようにも萃香には見えた。

 一言。

 

「……村では、信仰する神は決まっています。勿論それは八岐大蛇ではなく、別の神であり豊穣を司るものではあるのですが」

 

 続けて。

 

「我が家も同じく、その神を信仰するようにしていました。しかしその…私はこのような出来の身体ですので」

 

 困ったように、息を吐くように笑い。

 

「……お前の信仰はいらない、お前の盲目まで反映されると迷惑だ。と言われまして」

「誰に」

「神にです」

 

 彼が語る真実に、萃香は怒りを通り越して呆れすら覚えた。

 鬼である自分と違い、神とは民に利益をもたらしてこそ、民に愛され、民を愛するからこそ神としてこの世に存在できるのだ。

 それなのに、いくら盲目とはいえ信者の一人を見限るとは――

 いや、待てよ。

 そこまで思い、そして萃香は気付く。

 確かに神は、信仰の形によって姿を変える例はある。しかしいくら小さな島とはいえ、それもたった一人の信仰でそう簡単に変わるものだろうか。

 島、信仰、反映。

 ――なるほど、つまりこの島に最初からいたのは。

 

産土神(うぶすながみ)か、それもケチな」

 

 萃香の吐き捨てるような態度、その言葉に彼はあえて触れなかった。

 

 産土神。

 その者が生まれた土地の、その守護神、その者を生まれる前から死んだ後まで守護する神とされており。

 仮に信者が他所に移住したとしても、一生を通じ守護してくれると信じられている存在だ。

 

 規模の小さな土着神と言った方がわかりやすい、それこそ村に住む数人、数十人の信仰で実体化を果たせる代償に、その姿は不安定。

 性別、年齢、様々な趣味嗜好がその者の信仰に混じり、そしてそれに倣った姿になる。

 そうなると、盲目の彼を冷遇する村の者の意向も、その産土神のせいということで――

 

「それの意趣返しか、それとも別か」

「……その気持ちが完全にない。と言えば噓になります、でも基本的には違います」

「正直に言うな、気に入った」

 

 ――嗚呼、もう充分だ。

 

「それで……っ」

「聞け、人間」

 

 空気が揺らぎすらしない、その一瞬の移動。

 既に萃香は彼の背後に、その細く美しい腕を絡めるように、脇の下から通して優しく触れる。

 

「言ったろう。私はお前が羨ましかった。力を持たぬからこそ、弱いからこそ見れる理想と、人間の清い意志の輝きを」

「……」

「理想とは無縁だった自分が、決して持てない欲望を知った私は考えた。ならせめて見守ろうと、その輝きが成長するのを観察しようと」

 

 少年の顎、喉を指が這うように動く。

 それは力強く、乱暴な鬼としてではない、狙った獲物を決して逃がさぬ、獅子の、蛇の如きそれ。

 そして、少しだけ。

 ほんの少しだけ、息を吸ってから、意を決して萃香は告げた。

 

「でもな、私は鬼だ」

 

 だから。

 だから――我慢などできるものか。

 

「欲しいものは必ず手に入れる。金銀財宝も、酒も、それが決して物ではなく、手に入れることは叶わない人の輝きだとしても――」

 

 酒気の混じらぬその吐息。

 それが、決して酔い人の戯言ではないことを――

 

「じゃあ、嘘を吐かないことを誓いましょう」

 

 いつでも自分の首を絞められる。

 そんな恐ろしい鬼の手を、小さなその手指を、彼は優しく握り返す。

 萃香は笑う。

 

「…いいな、それ」

「そうですか?」

「ならお前も何かを望め、欲しがれ。私ばかり求めてたら不公平だ」

「なら、決して泣かないでくれ…とだけ」

「おいおい、目が見えないのにそれでいいのか?」

「いいんです、それにむしろ好都合でしょう…」

 

 彼も、笑う。

 

「鬼の泣き顔なんて、見たくもない」

「――ッハハ、そうか!ならもう一度言ってやるよ」

 

 今まで以上に近くなる、二人の顔。

 耳で、空気の揺らぎで、それの意味することを理解した彼は、彼女の行動を受け入れた。

 

 

 

 

「――お前が欲しい」

 

 

 

 

 一瞬感じた、唇の熱。

 これは、御伽の国の(こい)物語。

*1
秋恋(青春アミーゴの代わり)




 誤字報告毎回助かってます
 あといよいよ次回で〆に入りますニコニコ

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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