【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 このゲームを知っている人がどれくらいいるかはわかりませんが…


42話.古代東方の迷宮

 贅沢な話だと思う。

 何の確証も当てもない、ただ「あったらいいな」程度のくだらない会話だ。

 もしそれが叶うとしたら、きっと自分が鬼であることすら忘れ、喜びの舞すらも踊ってしまうだろうか。

 嗚呼でも、もしそれが叶わなくても、それでも萃香は特段悲しむことはない。何故なら今が、人生で一番幸せだから。

 だが、それでもつい思ってしまう。

 つい、もしもを想像して甘い余韻に浸ってしまう。

 もう光を映さないその瞳が、自分の全てを受け入れてくれることを。

 

「お前の目が見たい」

 

 己の膝に、頭を埋めた彼の顔を覗き込む形で向き合う。

 手を上に伸ばし、彼は萃香の頬に優しく触れる。その感覚が気持ちいい。

 萃香もまた、その動きに連動して、彼の頬を優しく撫でる。

 膝枕と呼ばれるその姿勢、かれこれ数十分は人の頭の重さを支え続けているが、鬼にとってはその程度のもの羽毛に等しい。

 最初こそ遠慮がちにしていた彼も、本当に何も問題がないことに気づいてからは、萃香に甘えて長時間されるがままの姿勢でいた。

 それは遠い昔。妖と人がかつて紡いだ、小さな幸せの空間だった。

 

「そんな、特別なものでもないでしょうに」

「へぇ?お前はこの私が寵愛する人間だぞ?鬼たる私のだぞ?」

「……全く」

「にししっ照れてるのか?」」

「…あまり慣れてないのですが」

 

 萃香の頬を撫で続けていた彼は、その動きを途中で止める。

 頬から離れる彼の熱に、ほんの少しだけ寂しさを感じて、それを誤魔化す為に彼の頬を軽くつねる。

 こそばゆい感触に喉を鳴らすように笑った彼は、右手で瞼に触れ、そしてその奥に隠された瞳を見せる。

 その瞳。

 初めて見た、彼が持つ本来の輝き。

 一瞬聞こえた息を呑む音。その後彼が感じたのは、少し高揚した萃香の声。

 

「…驚いた、てっきり私は…」

「自分では確認できませんから、どうですか?」

「いい色だよ。嗚呼…本当に綺麗な目だ」

 

 彼は盲目だから、今の自分の顔は見えないだろう。

 こんなに勝ち誇ったような、幸せそうに頬が緩む姿を見ることはできない。

 だから今も、こうして瞼を開いているというのに、その焦点は萃香の顔ではなく、別の方角へ向けられている。

 いつか、彼の視力を取り戻し、そして真っすぐこちらを見てくれることを――

 

「どんな色なんですか?」

「ひひっ、まだ教えないよ。まだね」

「…また、新しい夢ができました」

 

 本来ならあり得た未来。

 掴めた筈の幸せの世界。

 裏切り者が捨てた可能性。

 その時、彼が見せてくれた瞳の色は――

 

 

 

 


 

 

 

 

 八岐大蛇はかつて、ひと月に一度の生贄を要求し、七人もの神を喰らったと言われている。

 文献によって、要求された生贄の実態の詳細は異なる。が、全てに共通するのは間隔であった。

 ひと月に一度、彼は肉を喰らい、血を啜ってある境地を目指した。

 そしてそれは、かの英雄神スサノオによって防がれ――

 

「萃香」

 

 諏訪子の目前に広がる。広大な美しい湖。

 山の頂点に位置する自然の芸術、それは満月を水面に浮かべ、妖しい光を放っていた。

 西洋の吸血鬼しかり、月が持つ魔力とも呼ぶべきエネルギーは、人間を含めあらゆる生き物に力を与える。

 そしてそんな時だからこそ、彼も復活の瞬間を今日にしたのだろう。

 秋風が冷たく、湖の冷気を巻き込んで、辺りの温度を更に下げる。

 

「…なんだ」

「八岐大蛇の復活阻止…なんで手伝ってくれるの?」

 

 今まで以上の気合を入れて、諏訪子は鉄輪を片手に湖を睨む。

 八岐大蛇はあまりにも有名だ。その者がどのような被害をもたらしたのか、そしてどのように退治されたのかも前世で充分すぎる程に。

 だがこの世界は、妖怪や神という神秘が最も強い全盛期では、その恐怖はきっと底知れない。

 諏訪子以外にとっては常識。子が親を恐れるように、人が夜の闇に怯えるように、その恐怖は衰え知らず。

 何故なら今、こうして会話をしている最中でも、萃香の腕は震えていた。

 

「……ただの詫び。八つ当たりで殴っちまった詫びかもね」

「嘘。絶対に嘘!鬼は嘘つかないんじゃなかったの?」

 

 まだ付き合いが短い。

 それこそ会って数時間…いや、もっと正確に言えば一時間もない。

 予備知識で彼女を知っていたとはいえ、それでもやはり、いやむしろ諏訪子ですらもわかってしまう程、今の萃香はあまりにもわかりやすい。

 簡単に見破れる嘘。そしてあの情報共有から、マエリベリーが説明した犠牲者の詳細を聞いてからというもの、彼女はどこか危ない空気を醸し出している。

 萃香は笑って。

 

「おいおい、私は詫び"かもね"って言ったんだ、嘘は言ってないだろ?」

「うわーずるい、そういうの駄目だと思います!」

 

 ――何かを隠している。

 萃香は今から始まる戦い、神話の妖怪を相手にするこれからに、何を見出しているのか。

 諏訪子にはわからない。

 相手がどれほど強大か、そしてどれほど悪逆かは話でしか聞いていない、そして心の中にある「なんとかなるか」という思い上がり。

 不謹慎な一抹の興奮を振り払い、諏訪子は今ここに立っている、その上でやはり、彼女のことが気がかりなのだ。

 

 諏訪子たちは今から、八岐大蛇の受肉を止める。

 

 神代の時に失敗し、そして魂のみでなんとか生き永らえた彼は、少しずつとはいえ、肉体を取り戻す為に暗躍を続けていたという。

 そして肝心なのは、八岐大蛇の受肉は現在、およそ半分ほど終えてしまっているということ。

 これ以上被害が出ないように、二度と黄泉返りを果たせないように。

 マエリベリーが調べ、そして辿り着いた封印の詳細は――

 

「ここ、綺麗だよね」

「…私もそう思うよ」

 

 その時だけ、萃香は身体の震えを忘れ、少し笑いながら答えた。

 きっと、その言葉は本心だったのだろう。

 

「萃香。君が何かを隠してる…というより、言いたくない。が正しいかな」

「……なんのことやら」

「いいよ。これは私の独り言だから気にしないで、まぁとりあえず…」

 

 諏訪子は、湖に足を踏み入れ。

 

「早く行こうか」

「…おう」

 

 言い終わるや否や、諏訪子は思いっきり飛び込み、湖に身体を沈める。

 萃香もまた、姿を消した諏訪子を追うように、その湖に身を投げた。

 

 

 

 

 そして、それを眺める人影が二つ。

 

「どうだ?そっちの様子は」

「あぁ、()()()()私も無事辿り着けたようだ」

 

 諏訪子と萃香が湖に沈んで数秒、次第に泡も止み、水面が凪いできた。

 底が見えるほどには透明な筈の湖が、潜った諏訪子と萃香の姿だけを器用に消し、再び沈黙。

 諏訪子を送り届け、湖を見張る役に自ら立候補したてゐと、そしてその護衛として――

 

「あんたは諏訪子と仲がいいんだろ?連携の慣れも含めてお前が行っても良かったんだぞ?」

「私ゃあんたら程戦いが得意じゃないんだ。自衛もね」

「そういうもんか」

 

 ()()()()がそこにはいた。

 勿論偽物でも、そっくりな別の誰かというわけでも、分身なんて陳腐な存在でもない。

 正真正銘の伊吹萃香。今も湖に潜り、そしててゐの隣に座っているこの萃香も、間違いなく萃香そのもの。

 どれもが本体であり本物、記憶も魂も、力も全てが同じ、文字通り分けられたものだ。

 

「だからいざという時はさ、私のこと全力で守ってくれよ」

「あぁ勿論」

 

 湖を囲うように、何とか目に映る位に薄く展開される数多の結界。

 正直この程度で、かの怪物を抑えきれるとは微塵も思っていない、時間稼ぎにもなりはしないだろう。

 だがその分、物理的な衝撃にとことん弱い代償として、その結界は外に微塵も妖力を逃さないように作られていた。

 結界術による足し算と引き算。それをこれほど精密に成すことができるとは。

 

「そういや、お前は山の四天王と会ったんだろ」

「あぁ一応」

「勇儀はどうだった?華扇は?」

「笑い方が豪快なやつだったよ、後は凄い殺気」

「はっはっは!あいつら変わってねぇなぁ!変わったのは…」

 

 ――私だけか。

 その言葉が喉から出かかって、萃香はピタリと笑いを止めて黙り込む。

 先ほどまでの懐かしむ気配が消え去り、心に押し込んだ別の感情が発露する。

 てゐはぶっきらぼうに、一言。

 

「お前は何の為に戦うんだろうな」

 

 先ほど、もう一人の自分が、諏訪子にも聞かれたその理由。

 萃香はどう答えようか、誤魔化そうかとてゐの表情を見て、彼女が自分のことなど大して気にしていないことに気づく。

 それはただの独り言だったのかもしれない。

 期待などせず、ただ口に出してそれで終わり。

 ここで萃香が彼女を無視し、今の問いをなかったことにしても、彼女はきっとそれでいいと終わらせるだろう。

 明確な答えなど、はなから求めていないと。

 

「……」

 

 長い沈黙だった。

 互いの吐息が聞こえるくらいに、夜がもたらす静寂が、痛いくらいに萃香を包み込む。

 上手く舌が動かなかった。それでもゆっくり、何とか喉を震わせて。

 

「人間がいた、そいつは化け物を信仰してた」

 

 てゐは少しだけ、耳をぴくりと動かした。

 

「神と呼ぶのも烏滸がましい化け物を、まるで豊穣を祈るかのようにさ」

「……」

「意味も聞いた。続ける理由も聞いた。最初に信仰しようと思っていた神、それに対する意趣返しもあったけどさ」

 

 馬鹿馬鹿しいよな。

 そう付け加えて、萃香は微笑みながら、言う。

 

「かっこいいから。目が見えない時、頭の中でその姿を思い浮かべて…それがかっこいいと思ったから」

「……そう」

「馬鹿だよなぁ。元は水神だったからとか、後から皆に恐れられたとかあったけどさ、結局の理由はそれなんだよ」

 

 昔話というものは、空虚だからこそ意味がある。

 大量の人間が犠牲になった災害も、山を喰らう化け物も、海より大きい魑魅魍魎も。

 どれもが"もういない"もの。"最初から存在しない"ものとして語り、御伽話として受け入れられるからこそ。

 だから彼はそれを、本当は生きていたそれを好んでしまった。

 

「"龍は、男ならきっと皆が好きになるでしょう"…だってさ」

「…可愛らしい理由だ。子供らしくて嫌いじゃない」

「あぁ、可愛いやつだったよ。一緒に笑い合ったんだ、こんな化け物が今もいたら怖いだろうな。ってね」

 

 だからこそ、萃香は彼の化け物と対峙することを選んだ。

 人に害をなす化け物を慕う、好きになるのが許されるのは物語の中の、存在しないものに対してだけ。

 ありもしないものを恐れ、共に分かち合い、未来を語る。

 彼が好きになった物語。もう既に終わった物語を汚させない。

 小さな男の子が憧れた、もう今は存在しない、もしくはただの空想上の怪物。

 物語はこれでいい、そのために戦うだけだ。

 それでいい、それだけでいい。

 

「…思い出を思い出のままにさせるため。理由はこれだけさ」

 

 命をかけるのは、これだけで。

 

 

 

 


 

 

 

 

『愚かなり、龍の子孫』

『愚かなり、完成した土着神よ』

『嗚呼、実に愚かなり』

 

 彼が喋るその言葉は、全く違う言語である筈だというのに、意味だけが頭に響く。

 脳は彼の、音とも呼べぬ不快感を刺激するだけの雑音を受け止め解析を続けるが、その言語が意味する内容だけが、魂に響く。

 その声は少年のようであり、成人女性のようであり、老婆のようでもあった。

 諏訪子たちが声の方に視線を向けると、そこにあったのは山と見間違う程の巨大な頭であった。

 合計で五つ。左から炎を纏った赤、神々しい光を纏う黄色の首。中央に位置するのは緑の首。

 そこから更に右へ、水の青、土の茶の五行思想に倣った、荘厳な巨龍。

 言葉で表せぬその言語を使い、それらの龍それぞれからテレパシーのようなものが放たれる。

 

『我が受肉を、完全顕現まであと半分…それを邪魔しようと思うこと自体が言語道断』

『いくら分霊とはいえ、本体と切り離された人格とはいえ、我が龍王であることに変わりはない』

『恐れ、畏れ、惧れ、そしてひれ伏すのだ』

「うっわぁ、お前が出てくるのかぁ…」

 

 全てが黄金一色に染まる、広大な謎の世界。

 ただ無機質な何か、コンクリートにも近い平らな地面と、地平線のみが存在するその場所。

 諏訪子はマエリベリーから予め聞いていたとはいえ、やはりこの()()とも呼ぶべき世界には凄まじい衝撃を受けたものだ。

 八岐大蛇が今も潜伏し、機会を窺っている別世界。

 何より、目の前でこちらを見下す、その巨大な五つの首を持つ龍も、諏訪子が既に知っていた姿と存在なのもある。

 まだ錆びついていないかつての記憶、その中で彼らは、火・金・木・水・土行首と呼ばれ、ある迷宮の奥に佇んでいた破壊の権化。

 ただ少し違うのは、目の前にいる彼らは八岐大蛇本体ではなく、あくまでも切り離された別の存在に過ぎないこと。

 ギロリと、赤の首…火行首は諏訪子の隣に立つ萃香を見て。

 

『我が龍の血を受け継し者が、何を考えている』

「ハハッ、ちょっと遅めの反抗期だよ。クソ野郎」

『…愚か』

 

 赤く染まる視界。

 それが何の予備動作もなく、火行首が吹いた炎の息吹だと理解したのは、数秒遅れて諏訪子だけだった。

 回避はおろか、防御すら間に合わない。

 しかし諏訪子は、一瞬だけ萃香の方を見て、それだけで終わった。

 心配ないから、彼女にはこの程度の攻撃は効かない。

 ほら、今も――

 

「はっ…随分温いじゃないか、えぇ?」

『…………』

「そっちの木と土ならまだ当てられたかもなぁ、でも残念…!」

 

 萃香は笑う。

 密度すら、意識という概念にすら干渉する己の異能が、ここまで効くとは思いもしなかった。

 己の身体の密を操作し、鋼に勝る鬼の肉体を、更に高次元のものへ引き上げることも、相手の弾幕を疎で……つまり散らすことすらもできる。

 では改めて、今目の前にいる八岐大蛇、不完全とはいえ龍王の分霊。

 そして今、ここにいるのは山の四天王。

 炎も、光も、水すらも、そしてそれ以外も使い方次第で散らせる――

 

「私との相性、最悪だよ!!」

 

 樹木による刺突の雨が降り注ぐ。

 しかしそれらは萃香を、諏訪子を避けて地面に突き刺さり、一本も当たらない。

 その光景に司令塔である木行首は忌々しいものを見るように、殺気を込めた視線を萃香に向ける。

 八岐大蛇。それが持つ異能だけを取り出し、魂と受肉用の肉を共有する彼らには、今実体と呼べるものは存在しない。

 そうなると必然的に、攻撃手段は異能を使った遠距離によるもの、人型の妖怪とは違って、唯一萃香に攻撃を届かせる手段である実体での体当たり、徒手空拳すらもままならない。

 冷静に、分霊の行首たちは最善の選択を考える。

 遠距離はほぼ無効化される。

 ならば近距離、投擲ではなく――

 

『捻り潰してくれる…!』

「やってみろよ…!」

 

 萃香が吠える。

 背後に音もなく現れた樹木が、鞭のようにしなり襲い掛かる。

 一歩横に移動し、服に当たるギリギリの距離のまま回避。

 背中に目が付いているかのような反応速度。鞭が虚空を狙い、地面に打ち付けられたその瞬間にはもう、萃香の足が樹木を踏みちぎる。

 轟音。

 それでも釣り合わぬ程に巨大なクレーター。

 萃香の鬼の膂力、そこに限界まで圧縮された妖力と、密度を操る力による剛力そのもの。

 地上に存在する全ての金属が位を一つ下げる。無慈悲なまでの"硬さ"そのもの。

 木行首の攻撃を防いだ萃香を囲う光。

 金行首による弾幕だった。

 

「――頼んだ!」

「応ッ」

 

 火行首の放つ炎、それの熱による意識の混濁。

 水行首の展開する無数の泡。

 それらを穿つ、黒の光線。

 

「まずはお前から…!」

 

 萃香が金行首の放つ光の弾幕を抑え込み、同時に辺りに充満していた行首の防壁を散らす。

 すかさず八岐大蛇の唯一の弱点、剥き出しとなった心臓。魂とも呼べる行首たちへ、諏訪子は飛ぶ。

 両手を合わせ、そして手の平の中で祟り神を圧縮してから放たれるそのレーザーは、土行首が咄嗟に繰り出した土壁を貫き、破壊した。

 萃香によって崩された陣形、それによる焦りもあってか、生成した土壁はあまりにも脆い。

 鉄輪が駆ける。

 

「洩矢の…っ」

 

 咄嗟に右腕を盾に、右側から襲い掛かる樹木による打撃。

 最初に見せた鋭利な形状でないのは、間合いに入られた焦りによるものか。

 しかし幸運だ。

 諏訪子の身体が衝撃によって吹っ飛ぶ。

 追撃はこない。

 萃香によって、今五つの行首のうち火と水、光行首の三つは先ほどから一帯に発動中の、萃香の能力で常に妨害を続けている。

 それのおかげで生まれた隙。

 諏訪子が祟り神を再び呼び出し、それに乗って叫ぶ。

 

「ごめん!次は決める!」

「ハッ代わってやろうか?」

「冗談でしょ!」

「あぁ冗談だ!」

 

 諏訪子が呼び出した祟り神は、エイのような形状をした飛行能力持ちである。

 それの上で、身体の横で諏訪子の傍で一定の距離を保ったまま、今も回転を続ける鉄輪。

 鉄輪が放つ漆黒の輝き。それは先ほどの失敗という雪辱を晴らすのだと、意気込んでいるようにも見える。

 諏訪子の頭上から放出される炎。

 しかし気にしない。

 熱波による不快感を無視し、諏訪子は先に倒すべき行首を見定める。

 炎が散る。

 

『ッおのれ…!』

「温い!温いんだよ!」

『邪魔をするな愚か者がァ…!』

 

 自在に形を変え、水が無数の剣となって宙を埋め尽くす。

 樹木が槍を作り、それが諏訪子に向けて放出される。

 そして萃香がそれを散らした、その瞬間を行首は狙う。

 今までの包囲網ではなく、一つに纏められた極光。

 

『焦がれて死ね』

 

 萃香による能力の救助が間に合わない。

 だと言うのに、萃香は弾丸の如き貫通力を持った光、それが諏訪子の目前にまで迫る様子を、気にしない。

 諏訪子も、それを待っていた。

 キュンッと甲高い音を立て、光が更に加速。

 そして、諏訪子ではなく祟り神にそれが炸裂した。

 

『なっ…』

 

 諏訪子はいつの間にか、その祟り神の背後に立っていた。

 諏訪子が先ほどまで立っていた場所。そこに鎮座する巨大な鏡のような形の祟り神。

 その鏡面に光が当たり、飲み込まれる。

 そして。

 

『ッ小癪な…!』

 

 金行首が放った筈の光線は、諏訪子ではなく自分に被弾することとなる。

 シンプルであまりにも強いその異能。遠距離攻撃、光線に分類されるものを全て反射する鏡の祟り神。

 諏訪子を絶命させる勢いで放った攻撃が返され、金行首の顔面に直撃する。

 その隙に、諏訪子は慣性に身を任せ、木行首の額に飛び乗り、右手の鉄輪を思いっきり振りかざす。

 

「洩矢の鉄の輪…!」

 

 ガチンッ!と甲高い音を立て、鉄輪が弾かれる。

 

「自分のとはいえ、無傷か」

『やはり、お前たちは愚かだ』

 

 同時に、萃香の視線の先では、先ほど攻撃を返され、被弾した金行首の顔がある。

 傷一つない。

 文字通り、僅かに装甲が凹んだような跡も、何も。

 いくら自分の妖力とはいえ、元々の硬度もあるとはいえ、いくらなんでもおかしい。

 萃香の訝し気な反応に、五つの行首たちは続けて笑う。

 

『貴様ら程度、そのちんけな妖力でだ。我らが分霊を滅するなど不可能』

『確かにお前たちの選択は正しい、我らの魂は剥き出し故、その損傷は決して無視できぬ影響だからな』

 

 諏訪子たちが今対峙しているのは、八岐大蛇ではなく分けられた魂。

 萃香の分身とも違い、記憶の共有もできない贋作、所詮は出来の悪いコピー。

 しかしそれでも、八岐大蛇にとってはある意味、心臓よりも価値が高く、他に代えられない命そのもの。

 だがそれ故に、人体が急所である内臓を守るために骨を発達させたように、八岐大蛇の魂もまた頑丈なもの。

 萃香は苦い顔で、彼らの言わんとすることを理解した。

 彼らの魂は、妖力そのものは不完全とはいえ、今の分裂した萃香では影にすら届かないだろう。

 彼らは勝利と己の強さに酔いしれ、そのまま笑った。

 諏訪子を頭上に乗せたまま、己の力に酔いしれてしまった。

 

『だがそれ故に、剥き出しとなった魂。妖力の一部故に!』

『貴様は我を、我の多すぎる妖力を押しのけることができない、魂に傷をつけることができない』

『つまりだ!負けだ!貴様の負』

「じゃあこれ」

 

 ばちゅん。

 

 

 

 

 時が止まったかのような静寂。

 笑い声はすぐに止み、彼らはまだそこにいた筈の、木行首の存在していた場所を見る。

 そこには何もいない。

 身体に瘴気を纏い、頭上に小さな鉄輪を浮かべ、空を祟り神なしで飛ぶ諏訪子。

 八岐大蛇の命そのもの。

 偉大なる妖力が。

 分霊が。

 木行首が、音も立てず絶命した。

 

「先にヒーラーは潰せ。ゲームなら常識でしょ」

 

 同じ妖力では届かない。

 萃香では有効打を与えられず、諏訪子もまた同じく、神力を使ったとしても届かないだろう。

 それは先ほどの鉄輪が証明していた。

 

『…何が』

「妖力の塊、魂そのものなんてさぁ、妖力が消されたら魂も死にますって言ってるようなもんじゃん」

 

 だが、諏訪子には瘴気がある。

 あらゆる霊力を、妖力を、神力すらも打ち消す。忌み嫌われ、()()()()()()()()()しか得られないその力。

 それが、小分けにされたとはいえ、八岐大蛇の妖力を打ち消した。

 

「水神として崇められてたんだって?八岐大蛇」

『…貴様』

「なら瘴気(これ)も知らないよねぇ、河川の化身なんて敬われた君じゃあ、この力を手にするのは不可能だったわけだ」

『貴様ァアアアアアアッッ!!!』

 

 残る四つの行首、その咆哮。

 それが空間を震わせ、禍々しい妖力を練り上げ、そして諏訪子へ今まで以上の、純粋なまでの殺意を向ける。

 それに対し、諏訪子は笑って――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――やっぱり今回もなんとかなるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無意識のうちに作った、傲慢の達観。

 諏訪子は所詮はりぼてに過ぎないそれが、簡単に崩れてしまうことを。

 この時、まるで予想していなかった。




 ヤマタノオロチ(分霊)
出展元はダンジョンRPG「東方の迷宮」から、そこにあれこれ特色を加えて今章のボスとして降臨
古代スタートで諏訪大戦までの話作れねぇ…大百足出すか…もう終わっちゃった…
過去編書いてぇ…大百足と釣り合ってぇ…神奈子様の前のボスとしても相応しい存在ってなんだよ!?
じゃあ八岐大蛇しかいねぇよなぁ…でこうなりました、ちなみにこの章が終わってから最終章です

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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