【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
宙を漂う陰陽玉。
数はおよそ数十から百数個。その全てが絶えず回転を続け、そして白く美しい光を放つ。
赤と白。青と白。黄と白…時に白は黒に、そして更に別の色にと。その組み合わせは千差万別。
予備動作すら、指揮すら必要とせずに陰陽玉は動き出す。
『ッ…』
神力。
目前の彼女、そして先ほどまで自分の立っていた地面を穿つ、何十個もの陰陽玉に込められた力の正体。
八岐大蛇は新たに乱入してきた二人が、先ほど一撃で終わらせた半端者ではなく、自分と同じ、神代の者であるとすぐにわかった。
人間よりも前に、この神秘で満ちた世の中に生まれ、そして数えきれない程の年月を生きてきた本物の神。
忌々しいその力。かつて己を陥れ、策で殺した憎き敵と同じ、神。
『いいだろう…貴様をここで殺』
八岐大蛇の言葉を止めたのは、前後で身体を挟むように放たれた陰陽玉が二つ。
一寸の狂いもなく同時に、完璧なタイミングでぶつかった陰陽玉はしかし、八岐大蛇の体表で無常に滑るのみ。
言葉を遮られた憤りで、八岐大蛇の顔は更に歪み、もはや少女とは呼べない形相へ変貌していた。
魅須丸もそれを見て、本当に驚いた顔をして。
「ほう…鬼のように素の肉体が強いわけでも、能力で衝撃を逃がしているわけではない。…純粋なまでの妖力。ただ滅茶苦茶に身体を強化しているだけ」
『死ね』
「これで半分?全く面倒くさい…だからこそ」
――今のうちに滅するべきでしょう。
陰陽玉による雨が降り注ぎ、神による害獣駆除が始まった。
『このて…ッが…!?』
「魂からの復活の為とはいえ、受肉に、人の身体に拘ったのが運の尽きです」
変化はすぐに起こった。
先ほどからずっと、八岐大蛇の肉体を傷つけることなく、体表で回転を続けていた陰陽玉。
効きもしない、意味もないと思っていたそれが、一際甲高い音を発したと思ったその時、八岐大蛇の身体が崩れた。
言い表せぬ不快感と、言うことを聞かない身体の一部、何よりこうして膝をついて苦しむ、自分の姿。
魅須丸の持つ神力、それは同じく神代の者でありながら、人間の営む市場の発展具合に力を左右される天弓千亦とは違う。
量は八岐大蛇に、それこそ八坂神奈子にも劣るだろう。
だがこの世界は、弱肉強食そのものであり、神々の序列、その上位に君臨する者。
それが、ただ総量の有無で決まるのなら、魅須丸はここにはいない。
「酸素とは、“失うと瞬時に死ぬ”という動物に掛けられた呪いです」
出来損ない、末席とはいえ八百万の神の一柱である八岐大蛇。
彼が魂だけの、肉体を持つことのできないくらいに弱体化をし、復活の為に選んだ受肉という手段。
長く生きた鬼や、最初から人に限りなく近い姿で顕現できる一握りの妖怪とは違い、似ているのではない、今の彼は「本物の人間の身体」なのだ。
内臓もない、下半身は輪郭だけで存在などしていない。
胸に穴が開き、心臓はなく顔と脳、そして小さな肺と両腕だけが、八岐大蛇の実体である。
溢れる血液と妖力でせき止め、心臓の代わりに妖力の刺激で血液を循環させるポンプのように代用させる。
つまり、呼吸をしているのだ――
「どうです?今まで見下していた相手に膝をつくというのは」
陰陽玉が生み出す回転、それによる一瞬生まれる酸素を奪う呪いの力。
大したことはないと、これも自分には効かないと高を括った八岐大蛇をまんまと、上手く利用し打撃を与えた。
青筋が幾筋も走る八岐大蛇を、魅須丸は先ほどからずっと、上空から見下ろしながら挑発している。
小手調べ以下の、道具に頼った技術と不意打ち。何よりそれにまんまと引っかかり、こうして膝をつくという現実。
そのどれもが、八岐大蛇を激昂させるのには充分過ぎた。
『このッ…!』
嵐の前の静けさだった。
八岐大蛇の妖力が凪ぎ、今まで感じていた圧迫感がいきなり、その瞬間に消えたのだ。
今も胸の中で眠る萃香を、決して離さぬよう強く握りしめ――
『ふざけるなァアアアアアッ!!!』
魅須丸は滞空すらままならずに、地面に叩きつけられるように落下した。
八岐大蛇が放つ妖力。それが更に出力を上げ、それが辺り一帯を上から抑え付ける、正に重力とも呼ぶべき現象を引き起こす。
これが異能に頼らない、ただの力の放出による副次的効果など、一体誰が思うだろう。
流石の魅須丸もこれには本気で警戒を見せ、急降下する身体を調整。
「っと…」
ドガンッ!と、凄まじい轟音が足元から響く。
地面に対し垂直に、そして決して怪我人を傷つけないように。
萃香を抱えたまま、魅須丸は高重力のようなそれで支配される一帯の中でも、それには屈せず、決して膝をつかなかった。
疑似的な重力に、自分の力そのものに逆らう魅須丸。しかしその隙は致命的だった。
『死ね』
八岐大蛇の妖力に抗い続け、そして萃香という弱点を抱えた魅須丸の背後。
今までの鬱憤を晴らす、殺意と憎悪が宿る拳が、魅須丸の頭を狙い撃つ。
再び轟音が発生。
八岐大蛇の拳は、再び何もない地面に埋もれたのだった。
「全く、これを使うのは久しぶりなのですが…」
代わりに、八岐大蛇が殴った物。
魅須丸の手の平に乗る程度の、小さく美しい黒と白の陰陽玉。
そして先ほどまであった陰陽玉と位置を入れ替えるようにして、魅須丸は立っている。
「日と月、男女と人妖…この世は陰陽で出来ている」
妖力の重圧に抗いながら、その背後に生まれる新たな陰陽玉。
八岐大蛇はその陰陽玉に違和感を覚え、そしてすぐにその目的に気づく。
『まさか…!』
「"宿らぬ虚無"など存在しない。この陰陽玉には必ず、陰と陽のどちらかが宿る」
魅須丸が宙に展開する、数えきれない程の色とりどりの陰陽玉。
それら全てに神力が宿り、そして八岐大蛇による妖力で消しきれない、消耗すらさせられない。
陰と陽。決して混じらぬ不可侵の力。陰か陽か。そのどちらに分類されるかはわからない。
だが仮に、陰陽玉の陰に魅須丸の神力が適用されれば、陽に分類される力では決して抵抗できない。
それがランダムに、それも大量にある陰陽玉の一つ一つを見極め、陰と陽それぞれに合った力で攻略しなければ、魅須丸の布陣は破れない。
しかも常時、それが数秒ごとに切り替えられるのだ、魅須丸の作る陰陽玉とは正に神具。
「陰陽惑星」
だが今目の前にあるのは。
魅須丸の頭上で回転する、巨大な陰陽玉には何も宿っていない。
陰と陽があるから、力が流れるからこそ陰陽玉。
――宿らぬ虚無など存在しない。
そうなれば、何も力が流れていない陰陽玉には――
「ふぅ…やっとこの子も満足に息が吸えるようになった」
八岐大蛇の範囲に比べれば貧弱なものだ。
しかし陰陽玉を中心にした一定範囲では間違いなく、先ほどまであった筈の圧が消えた。
その陰陽玉には間違いなく、八岐大蛇の妖力が宿っていた。
陰陽玉が力を吸い始める瞬間、魅須丸は神力を抑えていた。
つまりあの時、常に妖力を立ち昇らせていた八岐大蛇の力を、陰陽玉は優先したのだ。
奪われた。
力を奪われた。
それが他ならぬ、自分の力を打ち消すためだけに――
『貴様…我の力を…ッ!』
「こっちには怪我人が二人もいるんです、少しは考えてください」
割れた地面が噴き上がる。
八岐大蛇が魅須丸へ向かって走り、拳を振るうその直線運動によるものだった。
愚直な程に清々しい、小細工も何もない真っすぐ行ってぶん殴る。それだけの行動だ。
そして、再びそれは空振りに終わる。
「先ほどから変わり映えしないですねぇ、能力は使わないのですか?」
『…………』
八岐大蛇の拳、その隣でぷかぷかと浮かぶ青と白の陰陽玉。
そしてやはりと言うべきか、魅須丸がその陰陽玉が先ほどまであった場所に、埃すらつけずに立っていた。
陰陽玉と陰陽玉。陰陽玉と自分を入れ替える力か。
それとも所詮陰陽玉は媒体に過ぎず、その真価はもっと別の何かか――
「使わないじゃなくて使えないのよ、分霊に偽装させた魂の一部を破壊されたから」
再び、新たな乱入者の声。
「あぁ、いたんですね」
「え噓でしょ?さっきあんなにかっこよく名乗り出てたじゃない!」
「いつの間にかいなくなってましたし…つい幻覚か何かだったのではと」
「い、色々準備が必要だったのよ!色々!」
魅須丸の隣に現れた火龍。
それがくるくると回転し、炎が消えたと同時に現れた、埴安神袿姫。
彼女は両手の指全てに挟んだ彫刻道具を構え、得意げな笑みで。
「準備も兼ねて、軽くこの子の治療もしたんだけど…」
袿姫が操る火龍の背中には、もう傷の一つも残さずに復活した、諏訪子の姿があった。
神力、そして瘴気も万全のままだが、未だ瞼は閉じたままで。
「…?まだ眠っているようですが…」
「直に目を覚ますわ、それより…」
袿姫が腕を振り上げ、そしてそれを迎え撃つ。
魅須丸が再び転移し、位置が入れ替わるのと同じタイミングで、八岐大蛇の拳が振り下ろされる。
数ある彫刻刀の中でも、一番大きな物とはいえ所詮は彫刻刀。
本来武器にはなり得ない筈の道具に、自分の攻撃が止められた。
八岐大蛇の顔に、更なる怒りが満ちる。
『おのれ…おのれおのれおのれェエエッ!!!』
「ははっ!青筋ばっかりで不細工ねぇ…私が治してやろうか?」
『殺す…!』
「やってみろ、餓鬼」
袿姫の防御と八岐大蛇の攻撃。
拮抗していたのは最初の数秒だけで、直ぐにその均衡が崩れ、袿姫の方が押されていく。
単純な力比べ、それでは決して勝てない。
拳が加速し、袿姫の防御を貫くその瞬間。
八岐大蛇の背後目掛け、一つの影。
「ハニワーッ!」
『ぐっ…』
「さぁさぁ、ちょっと早めの演習よ!埴輪兵団!」
先ほどの火龍が見せた、捻じれる炎が生む転移扉。
そこから流れるように、そして攻撃と攻撃の隙間を埋めるように、再び別の場所からやってきた埴輪兵。
あるものは体当たりを、あるものは死角からの奇襲を。
そしてあるものは地上から、宙に浮かぶ袿姫を含め、八岐大蛇に対し弓矢での弾幕を。
どれも貧弱で、八岐大蛇にとってはダメージになどならないものだ。
しかし、いくらダメージがないとはいえ、効かないとはいえ弾幕は弾幕。
視界の全てを覆い尽くし、八岐大蛇が気づいた時には、もう魅須丸を含めた三人の姿はない。
八岐大蛇の下、地上に既に彼女たちは立っており、そしてさっきまで死にかけだった筈の萃香も、何の原理かはわからないが、回復の兆しを見せている。
殺せない。
『…す』
自分が袿姫を殺した頃には、既に萃香は全快だろう。
諏訪子でさえそうなのだ、もしこれ以上時間を掛ければ、せっかく与えたダメージもなかったことになる。
殺せばいい、後で殺せばいい。
だがそんなことはわかっている。
自分が与えた傷を、そして何より、再びあれを相手にしないといけないのだ。
『…らす』
八岐大蛇の放つ妖力が、形を持った力となり、辺り一帯の埴輪兵をバラバラにした。
震え、怒り。
八岐大蛇の苛立ちが限界を迎える。
あの目障りな存在が自分に再び歯向かってくるなど。
再び、あの苛立つ作業を繰り返すなど――
『
魅須丸が、袿姫が現れた時も一切反応しなかった少女。
髪の毛を弄り、暇そうに欠伸を続けていた謎の少女――八咫烏。
かつて八坂神奈子が最後に、列島を制覇する際に立ちはだかった最後の神。
黒き太陽、熱と殲滅の化身とも呼ぶべき、三本足を持つ烏の神に向け、八岐大蛇は叫ぶ。
『お前が代わりにこいつを殺せ!ハニヤスヒメを殺せェエエッ!!!』
「いやでーす」
が、八咫烏は耳をほじくりながらそれを断った。
そのあまりにも呆気ない終わりに、魅須丸も顔をぽかんとさせていた。
八咫烏は八岐大蛇の殺気に臆することなく、のほほんとした態度で。
『ッ貴様!』
「だってボク、神奈子様の命令しか聞きたくないんですもーん。うにゅ~」
『~~~ッッッ!!!』
八咫烏は誰の味方でもない。
確かに事前に、魅須丸を含め袿姫をこの場所に呼んだ内の一人は八咫烏だ。
だがだからといって、袿姫の味方というわけでも、魅須丸側に加担しているわけでもない。
萃香も論外、諏訪子もまたどうでもいい相手。
この少女が見ているのは、いつもかの偉大な軍神のみであり――
『ふざけ』
「はーい隙ありっ」
八岐大蛇の頭上から降り注ぐ、一際大きい埴輪たちの群れ。
そのどれもに神力が宿っており、決定打ではないとはいえ、確実に八岐大蛇にもダメージを与えられるもの。
袿姫の持つ彫刻刀が、再び八岐大蛇の顔面を貫かんと――
「硬っ!やっぱあなた色々とキショい!」
『殺すッ!』
「あっぶないわねぇ!さっさと私の創作の為の素材になりなさいってば!」
少しずつではあるが、袿姫の持つ彫刻刀がぶつかった八岐大蛇の額は土に変化している。
だが八岐大蛇の妖力が、まるでその異分子を身体から追い出すかのように躍動し、あっという間に土ではなく元の肉体に戻る。
多すぎる妖力。それによる、常に張られた全力の防御と肉体の補完。
これでは仮に全身を土に変換させたとしても、数秒足らずで完全に内側から破って出てきてしまうだろう。
なりふり構わず、ひたすら彫刻刀を振り回して飛行し、動き回る袿姫。
八岐大蛇の手が、視線を走らせる袿姫の前に。
回避。
今度は左手。
それも回避。
再び右手が――
「下半身がないのも考え物ねぇ!さっきから子供以下の戦い方よ!」
『……』
だが強い。
袿姫は口でそう言いつつも、内心では八岐大蛇の持つ力に対し、ただ呆れるしかなかった。
異能の効きにすら、辺り一帯に物理的な影響を及ぼす程の、圧倒的妖力。
原初の妖怪。異能も破壊され小技もなく、できることはただ殴る蹴るだけ。
その蹴りですら、今の不完全な肉体のせいで使えず、上半身以外何もない死にかけの現状。
妖力による止血を兼ねた、下半身の朧げな輪郭は、萃香と違って袿姫にはダメージを与えることはできない。
持って生まれることができなかった、心臓の代わりに妖力を血管に、開いた身体の穴を埋めるように充満させることも。
これほどの無駄を抱え、そして常に全身を妖力で強化しているというのに、ガス欠が見えない。
信じられないことだ。
あまりにもバカげた現実だが、笑って受け入れるしかないだろう。
これほどまで妖力を無駄遣いし。
今も戦っているというのに――
(減った分、すぐに回復して燃料切れがないなんてね)
妖力が最初から減っていない。
自己補完の範疇に収まっている。
これだけの戦いでそれこそ今も、魅須丸の生み出した陰陽惑星による妖力吸収もあるというのに。
それでも、彼の龍王の絶対を崩すことは――
「――だからって舐めすぎ」
袿姫が軽く腕を振るう。
今までのと同じ、ただ神力を込めた彫刻刀。
八岐大蛇の身体を貫けず、そのまま弾かれた彫刻刀。の筈だった。
『……は?』
ポトリと、八岐大蛇の腕が落ちる。
彼自身。今何が起きたのかが理解できず、怒りを忘れて呆然とした。
滑るように彫刻刀の、その先端が簡単に八岐大蛇の腕に吸い込まれ、軽く捻ると同時に起こったありえない現実。
彫刻刀を手の甲で回転させ、袿姫は得意げに。
「私の埴輪兵を破壊した代償」
優雅に。
「そしてこの戦いを…
造形の神は、笑う。
「八岐大蛇。お前という立派な素材を貰い受ける!」
「WoW!この人間死にかけですよ!」
「ん~…手酷くやられちゃったみたいねぇ…」
「妖力に任せたあの戦い方…うーん超Cool!あたいも真似してみたいなぁ」
「あらあら……ん?あれ、そういえばなんでこの子が人間だと思ったのかしら?」
「え?嘘!違う!?」
「うふふ……残念、不正解よ。この子は土着神だから」
「えーっ!だってこいつ、魂の輪郭がどう見ても人間なんですもん!」
「…ふふふ、そうよねぇ。それこそ神霊みたいにしっかりと…もうそれがわかるようになったのね、流石だわ。前より成長したんじゃないかしら?」
「へへへ…」
「……ほら、早く起きなさいな。もっと強くなってみせて」
「あんまり早くこっちに来るなよー!」
「う、うぅん……」
「おや、目が覚めましたか」
八岐大蛇の受肉からおよそ数分。
一時的に離脱し、袿姫によって治療を施された諏訪子の身体は、正に絶好調であった。
絶えず鳴り続ける轟音、それによって目を覚ました諏訪子に、魅須丸はほっと息をついて。
「洩矢諏訪子くん。で合ってますか?」
「あ、うん。……というか何故あなたがここに…」
「袿姫くんに頼まれまして、私も詳しくは知らないのですが…」
魅須丸の視線を追うように顔を上げると、そこには信じられない光景が映っていた。
諏訪子が一切の抵抗すらも許されず、一撃で気絶したあの一撃。八岐大蛇による連撃を、彼女はいなし続けていた。
指と指の間を、まるで生物のように移動し、時に手の甲を滑り、時に右から左へ、左から右へと位置を入れ替える彫刻刀。
それを全て、能力による補助でもなく、ただの計算と経験によって成していることは、彼女の堂々たる後ろ姿と、時折見える凛々しい横顔が証明していた。
勝てる。
間違いなく勝てる。だがそれだけでは駄目だ。
このままあの、
それだけでは、慢心とはりぼての達観で劣化した、今の己の錆落としにはならない。
「洩矢の鉄の輪…」
再び呼び出す、今の自分が唯一誇れる最強の矛。
諏訪子の呼びかけに応じ、遠く離れた場所、最初に八岐大蛇に挑んだ場所から、諏訪子の手の中に吸い込まれるように飛んでくる。
八岐大蛇に傷をつけることはできなかったものの、決して破壊されることなく、こうして無事に今も生きている。
それだけで、少しだけ自尊心が守れたような気がした。
いくら何度でも作り直せるとはいえ、鉄輪まで破壊されてしまっていたら、きっともっと深く落ち込んでいただろう。
立ち上がる諏訪子に、魅須丸は問う。
「身体はどうですか?」
「ん。大丈夫だよ、むしろ今までより絶好調」
「一点の
「なるほど、道理で」
神に近い偶像、命そのものを作れる造形の神だ。
神そのものの身体なんて、それこそ自分も含めて当たり前のように詳しく知っているのだろう。
実際、今の諏訪子の身体は、八岐大蛇に殴られる前と一切変わらない、万全な時のそれである。
鉄輪に瘴気を流し込み、諏訪子は八岐大蛇のいる上空を見上げ。
「止めておきなさい、彼女に任せるべきです」
「効きは薄い。でも間違いなく瘴気は八岐大蛇に通る。…それに、このままだとジリ貧で怪しいよ、負けはしないだろうけど」
「…余計わかりませんね、それなら袿姫くんに全部任せるべきでは?」
「いや…」
魅須丸の言葉に、諏訪子は笑って。
「さっき眠ってたけど聞こえたよ。あの神様、八岐大蛇を素材にするつもりだ」
「…つまり?」
「確かにこのまま任せたら勝てるよ。でもそれって…あの神様が本気を出すって意味じゃん」
埴安神袿姫。
今でこそ彫刻刀を振るい、目眩ましでその都度埴輪兵を投下するだけだが、彼女の本来の力がその程度である筈がない。
彼女にとって、今の戦いは「削り」に過ぎず、手加減しているだけなのは一目瞭然。
しかし同時に彼女は神。
人を導き、民を守護し信仰を得る。神なのだ。
万が一などあってはならない、それこそ八岐大蛇を殺しきれないなど、そのようなことはあってはならない。
ただリベンジしたいというだけの、諏訪子自身の私情。そして袿姫を思いやる説得力のある理由。
それらを同時に満たす、都合のいい言葉を選んだ。
「瘴気は充分に溜まった。これをあとは勢いをつけて…」
「――どわーっ!」
墜落。
大気を裂き、弾丸の如き速度で突っ込んできた何かは、可愛らしい悲鳴を上げながら、諏訪子の隣に落ちてきた。
その声、そして煙越しに見える鮮やかな青色の髪が、その正体を嫌でも理解させる。
袿姫だった。
「ぺっ!口に砂が入っちゃった…」
作業着についた砂埃を払い、袿姫は二回ほど、口から砂を吐き出してぼやく。
服に汚れこそあれ、その身体には一つの傷もない。
超えるべき壁の大きさ、それを嫌でも見せてくる彼女は、諏訪子の持つ鉄輪に気づき。
「――ん?それあなたの?」
「え、まぁそうだけど…」
「ちょうどいいわ!それ貸して!」
諏訪子の答えを聞くよりも先に、袿姫はそれをひったくるように奪い、そしてまじまじとそれを観察する。
美しい、真円のように均衡のとれた設計の鉄輪には、紫色の妖しい光が宿っており、それが瘴気であることも袿姫は見抜いていた。
――手詰まり。
――盤上に欲しいのは。
新しい道具を見つけ、未知の興奮と期待を纏った袿姫。
期待に胸を躍らせ、彼女は鉄輪を振り上げ。
「ほいっ!」
思いっきり、振り下ろす。
が、何も起こらない。
それどころか、鉄輪を投げもせずに、ただ振り下ろしただけ。
今、この場を支配するのは静寂と――
「…あの」
「――は?」
――外からの異物。
埴安神袿姫は偉大なる造形神。天上天下の
この世に存在する命、全てを土と水のみで創る壮大なるイドラデウス。
諏訪子も、気絶している筈の萃香も。
魅須丸も、八岐大蛇でさえも感じた悪寒。
「――道具が私を認めないつもりか?」
四人が気圧されたのは神力ではなく。
「なんだ今のは?」
道具を手にしたことにより表面化した――
「よもやこの私が、お前に見合わぬ程度の創作者とでも?」
――圧倒的な
そして、諏訪子はそれを見た。
再び袿姫は鉄輪を振り、同時に宿っていたその瘴気が。
動く。
切る――。
――キンッ!
――放。
瘴気が、神力が。
見えない斬撃となり、宙を走るその光景に。
(なんだ今のは!?私が振るってもああはならない!私には――)
土着神、洩矢諏訪子に衝撃が走る。
(私には何が見えていない!)
――進化へのきっかけは、すぐそこに。
陰陽惑星
元ネタはロスワ
深夜にハメのランキング見たら久しぶりにランキング上位行けてました(12位)
呪術廻戦はどこまで知ってる?
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最新の単行本(人外魔境)まで
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アニメの内容(渋谷事変)まで
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あまり知らない(領域展開は知ってる)
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全部わかる