【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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46話.呪い

 瘴気とは負の力。

 恐れより生まれた妖怪、神の持つ妖力や神力とも違う、相反する希少な力。

 それが牙を剥くのは生み出した者以外。つまり今回の場合は、袿姫の持つ神力も対象となる筈だった。

 諏訪子が生み出した紫の光、瘴気が込められた鉄輪は諏訪子以外の全てを、八岐大蛇や袿姫が持つ力を侵食し、滅ぼす。

 だが袿姫が今行ったのは、正に神業と呼べる一種の極地。

 本来、互いに蝕み、そして消えていく筈の二つの力は共存し、刃となって放たれる。

 不可視の一撃。

 神速の切断。

 

 あれは技術だ。

 

 生まれつきの力、元々あった異能に甘えた諏訪子にはない、真の強さ。

 鉄輪を構え、そして振り下ろすだけ。

 しかし袿姫のそれは、今までの諏訪子が行っていたものとは全てが違う。

 諏訪子の瘴気が袿姫の神力を消すよりも前に、一瞬で終わらせたその動作。

 大気が、肌が裂かれたような何か、その違和感。

 

 ――何が見えていない。

 

 諏訪子は目の前で行われた絶技。その原理に驚愕する。

 鉄輪とは形状こそ特別ではあるが、結局は刃物。投擲もするが、基本はそれで終わり。

 ()()()など、考えもしなかった。

 

 ――私が振るってもああはならない!

 

 鉄輪に神力を纏わせ、弾幕として放出した?

 それなら普通に手から直接出す方が早い。

 それに鉄輪を通して攻撃に移るということは、その分タイムラグが発生し、そもそもの威力が減衰する。

 鉄輪を通す意味などない、ただ切断力を上げる以外の使い道。

 それが、飛ぶ斬撃。

 

 ――私には()()()()()()()()!?

 

 あれは技術だ。

 自分でもできるもの。誰でも辿り着ける頂の一部に過ぎない。

 勝てると、何とかなると高を括っていた自分が見れなかった世界。

 あれだ、自分に足りないのはあれだ。

 

 ――私とあの人(埴安神袿姫)

 

 彼女が見る世界。

 

 ――何が違う!?

 

 その違いは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鮮血が舞う。

 袿姫が放った一振りは、それだけで不可視の斬撃となり、大気を切り裂きながら放出される。

 今までのとは違う、目で追えない文字通り神速のもの。

 咄嗟の抵抗も虚しく、その刃が彼の腕を、肩から容易く切断した。

 八岐大蛇にとっては決して自分に届かぬ筈の、見下していた存在が自分の腕を、二回も落とすという耐えられない屈辱。

 

『ッッッ~~!!!』

 

 この戦いが始まってからずっと、青筋を立てていた彼の形相は凄まじい。

 元から少女らしさなど何処にもない表情ではあったが、更にビキビキと音を立てると同時に、顔面の全てを怒りで真っ赤に染め上げる。

 身体が震え、暴れる妖力が形を持ち、力となって地盤を震わせる。

 まるで病気のような震え、痙攣する腕がふと、ピタリと静止する。

 妖力が凪ぎ始め、八岐大蛇の顔から怒りが消える。

 青筋が立っていた顔も、全てが最初の頃の余裕さを醸し出す、美しい少女の顔へ。

 軽く息を吐き、そして。

 

『――よし、殺す』

 

 その顔に怒りはなかった。

 今までの害虫駆除でも、目障りな障害を取り除くでもない。

 静かに、しかし先ほど以上に、そして今まで以上に暴れ出す妖力が、地盤を浮かび上がらせ、そして濃密な死の空気で充満させる。

 魅須丸の作った陰陽惑星でさえ吸収し切れない、八岐大蛇本来の、今の全ての妖力。

 

『認めてやる。お前たちは強い』

 

 あやふやな形だった筈の足。

 受肉に失敗し、肉を持たずに不完全なままだった下半身が、くっきりとした輪郭を持つ。

 穴だらけだった上半身、その全てを埋め尽くすように具現化された妖力。

 否。それは可視化される程にまで濃密な、彼が放出する全力の妖力であり。

 あくまでも()()()だった彼は、今この時に初めて、戦いの準備に入ったのだ。

 

『故に殺す。我の今の全力、本気の力で、全ての力を使って』

 

 立ち昇る妖力が限界を超える。

 地盤が震え、浮き上がる今まで起こっていた現象の全てが、更に一回り二回りも大きな規模のものに。

 八岐大蛇は身体から溢れる濃密な妖力、その異常な空間の密度によって飛行能力を獲得し、空を自在に駆ける疑似的な能力を実現する。

 息すらままならない死の空気。

 だがその程度で、偉大なる創作者(クリエイター)は動じない。

 

「いいわねぇ…やっぱりあなたはいい素材になりそうだわ」

 

 鉄輪を放り投げ、袿姫が指を鳴らす。

 その音を合図に、袿姫の背後に待機していた火龍が再び、最初に見せた転送用の扉を作り出す。

 回転を続け、火龍の身体の残像が大きな輪を作り、たちまちその中に生まれた真っ黒な虚無。

 そこから出てくる、埴輪兵たち。

 

「埴輪兵団は優秀でね。たとえ身体が全壊しようが、時間さえあれば何度でも蘇る」

 

 それは人の姿であったり、時に馬の形をしている埴輪であった。

 八岐大蛇はそれが、つい先ほど相手にしたばかりの、完全に破壊した筈のものであると見抜く。

 所々に亀裂が入ったままではあるが、間違いなくそれらは元の形に、修復という名の復活を遂げようとしているものだった。

 

「私が欲しいのは"永久"よ。何度破壊されようと自動で修復し、そして私の全てとなって敵を滅ぼす」

 

 埴安神袿姫の求める埴輪とは、最高傑作とはこの程度ではない。

 自動で修復され、そして不死身の土で出来た身体を武器に、何度でも立ち上がる偉大なる右腕。

 これでは駄目だ。この程度の打たれ強さでは、この程度の修復速度では。

 もっと、もっと強い()()()()()が――

 

「私の目的の為、最高傑作として生まれ落ちる子の為に――」

 

 今、初めて気づいた。

 八岐大蛇はこの時にようやく、今まで感じていた違和感と、そしてあまりにも許せない現実に気づいてしまった。

 彼女は、埴安神袿姫は自分と同じように、最初から――

 

「八岐大蛇。お前の全てを、力の全てを奪ってやろう!」

 

 自分(八岐大蛇)のことを敵と思っていなかった(素材としてしか見ていない)

 

 

 

 


 

 

 

 

 全身余すことなく針を貫通させたかのような激痛。

 萃香の朧げだった意識と感覚が、皮肉にもそのおかげでハッキリと鮮明に、そして気付けとして作用していたのだった。

 鬼の頑丈な身体と言えども、その痛みと耐久には限度があり、萃香はいつ死んでもおかしくない状況だ。

 もし魅須丸を含め、袿姫が少しでも八岐大蛇の意識を萃香に向けていれば、最悪の万が一が起こってしまっただろう。

 目が覚める。

 

「良かった。あなたも起きたんですね」

「……」

 

 萃香が瞼を開いて最初に見たのは、こちらを覗き込む魅須丸の姿だ。

 最初こそ一瞬だけ警戒の色を見せたが、次第にそれが消えたのを感じ、魅須丸は無駄な説明を省けたことに安堵する。

 鬼の再生力は高い。だがそれでもやはり、神であっても心配してしまう程、先ほどまでの萃香の身体は酷かったのだ。

 上体を動かし、彼女は起き上がる。

 未だ鈍い痛みと、時たまに襲い掛かる激痛こそあれど、戦うことに支障はないだろう。勿論魅須丸はさせるつもりはないが。

 視線を横に動かせば、自分より先に目覚め、復活を遂げた諏訪子の姿があり、そしてそこから絶え間なく聞こえてくる、謎の音。

 ギャリギャリと、何かを削るような音。

 諏訪子の手の平には、回転を続ける鉄輪が瘴気を纏いながら、更に回転速度を上げている光景があった。

 

「私に見えていないものはなんだ…神力?違う…妖力でもない、違う。違うんだ…もっと大雑把な、それでいてもっと繊細で精密な…」

 

 最初は諏訪子の身体程の大きさだった鉄輪も、みるみるうちにそのサイズを変化させ、そして止まる。

 それは今までに何度か試した、諏訪子が作れる最小の鉄輪であり、それが手の平から少し浮いた場所で、衰え知らずに回転を続けていた。

 耳障りな雑音。

 鉄輪が生み出す大気を裂き、そして回転速度を維持したまま無理やり、そのサイズを縮小させることによって生まれる音。

 黒板を爪でひっかいたような、そんな雑音が。

 消えた。

 

「…へぇ」

 

 音が聞こえなくなる。

 瘴気を纏い、神力を放ち、混じり合うその力。

 諏訪子以外の全てを喰らう、忌まわしい呪いの力が、臨界点を突破した。

 鉄輪から聞こえてくるのは先ほどの雑音ではなく、波がさざめくような静かな音だった。

 その、答えに最も近い完成形を見た魅須丸は、心底感心した声を漏らし、そして目を細める。

 

 彼女はやはり――

 

 魅須丸は隣で完成したそれを見て、確信を深める。

 魅須丸がこの場所に来たのは、諏訪子を知ったのは今この時が初めてである。

 突如現れた袿姫に引っ張られる形で、この現実と(まじな)いの狭間に連れてこられただけに過ぎない。

 土着神だの山の四天王だの、ましてや八岐大蛇など知ったことではなかったのだ。

 確かに八岐大蛇は凶悪な妖怪ではあるが、結局は妖怪であって、末席の、出来損ないの八百万の神。

 魅須丸もだが、それなりの被害を及ぼすことが認められた場合、高天原からそれなりの神が下り、すぐに滅して終わりだった。

 袿姫が来たのはほとんど趣味目的で、それこそ彼女が昔から作りたがっていた"突然変異"の埴輪のためだ。

 だが、違和感。

 

(…八岐大蛇の生存…それこそ魂のまま…この狭間に抑留させていた彼を、どうやって探知した…?)

 

 高天原でも、その真実を知る者はほんの一握り。

 八岐大蛇の討伐の際に、それこそ魂のみで逃げたことを探知できた者はいなかった。

 

(そして本来は滅され、奈落にある筈だった本体を、核を用意した生贄を素材に、肉体に等価交換で注ぎ込む…)

 

 ――()()

 八岐大蛇が生きていることを抜きにしても、彼の復活の為の暗躍、その気配に気づける者。

 

(直接対峙したスサノオならまだしも…それ以外で八岐大蛇の気配に気づける者が…まだ地上に生きていた…?)

 

 それこそほとんどありえないことだ。

 強いて言えばスサノオだが、彼は高天原との交信も途絶え、今は完全に行方不明となっている。

 現世でも高天原でもない、それこそ今、魅須丸がいる狭間の世界とは違う世界にいるのかもしれない。

 誰も知らない、誰も気づけない筈の八岐大蛇。

 それを何故、諏訪子たちも含めて――

 

「…まさか」

 

 ――まさか、()()

 魅須丸が辿り着いた仮説、それはあまりにも整合性がとれるものの、それと同じくらいに理解不能なものだった。

 いや、動機としては確かに成り立っている、しかしそれで得られる成果があまりにも貧弱過ぎる。

 しかし…いや、むしろそれなら。

 わざわざあの袿姫が、その身を晒し降臨したことにも充分納得がいく。

 きっと、彼女は最初から取引を――

 

「…何をするつもりですか」

 

 魅須丸は視線を袿姫に向けたまま、戒めるような冷たい声を出した。

 足を引きずるように、戦いに参加しようとする小さな鬼。

 声が向ける先は、萃香だった。

 

「今のあなたは満足に戦えない。大人しくした方がいい」

「…………」

 

 萃香は答えなかった。

 その目は怒りと、僅かな安堵と()()への姿勢が見える、魅須丸が今までに見てきた者、人間のそれと同じものだった。

 肩を掴み。

 

「…愚か者、死ぬ気ですか?」

 

 魅須丸の言葉に、萃香は息を吐くような。

 あまりにも弱弱しい、消えてしまいそうな笑みを浮かべて。

 

「…別に」

「……死ぬつもりも、生きるつもりもないのですね。それこそ死ねたら幸運、家族…いや恋人?それに会えるからとでも言うつもりですか?」

「…あんた(さとり)妖怪だったりする?」

「嫌という程見てきたので」

 

 仇なのだろう。

 何かを失ったのだろう。

 そういう人間がする目だ。そういう生き物が見せる弱さだ。

 自分のことなんて棚に上げて、ただ自分の痛みにも無頓着になる…そんな気配だ。

 神代の者。遥か古代より生まれし存在として、魅須丸はこのような者を嫌という程観察し、そして理解している。

 まるで人間のように、それは綺麗な――

 

「くだらない。思い上がりも甚だしいです」

 

 ――ものでもなんでもない。

 醜い、見るに堪えぬ愚かな思考。

 見るだけで不快感が沸く、どうしようもなくむしゃくしゃする。

 愚かとしか言えない、くだらぬもの。

 

「一つの命が別の命で釣り合うなど、本気でそう思っているのですか?」

「…」

「あなたのそれは、自分の命を犠牲にしたそれは、償いでも何でもない、自分でそう思い込んでいるだけ。自慰以下の下劣な行動です」

「……わかってる」

「わかっていません。何がどうあれ、あなたは間違いなく今生きている。それ以外に何がありますか?それを自ら捨てること、それのどこが愚かではないと……」

「――わかってるんだよ…ッ!」

 

 わかってる。

 ――わかってるんだ。

 萃香の言葉は、今にも消えそうな炎のように、震えたものだった。

 

「死んだ。あいつは死んだんだ」

 

 あの日、忘れもしない悪夢の日。

 

「あいつは私のせいで死んだんだ…約束を破った、思い上がったんだ。少しだけなら、今だけなら大丈夫だって」

 

 いつもと変わらず、彼を観察していれば。

 妖怪と人間、その本来在るべき関係でいれば、その時もそうであれば。

 

「約束も破った…あいつを殺した…私を愛してくれたあいつを、私は仇で返したんだ…!」

 

 まるで人間みたいに。

 後ろめたさなんか感じず、普段通り上から目線で、妖怪としてふんぞり返っていれば良かった。

 相手と同じ立場に、身体に、嘘を携えて生娘みたいに待っていなければ――

 

「私は、ただの…ただの汚い嘘つきだ……っ!」

 

 今までずっと生きていた理由。

 未練?まさか、そんなものが残るくらい、立派な生き方をしてきたわけじゃない。

 心に根付き、身体を蝕む罪悪感が、少しずつ自分という存在を汚していくのを自覚して。ふと思う。

 

「私が生きる理由だと思っていたものは!――私のための言い訳だったんだよ!!」

 

 今まで生きていたのは、死ぬ理由がないからだと思っていた。

 

 ――違う。

 

 生きる理由なんてないくせに。

 ただ死ぬのが怖いだけだったくせに。

 自分で自分を殺すのに、怖気づいてしまうだけの癖に。

 

「私はもう……」

 

 ――いつまでこんな時が続く?

 いつかはないのか。

 人間が死んだ時点で。もしくは自分があの日、彼の遺体を埋葬した時点で、本当はもう全部、本当なら終わらせられたのではないか。

 自分は何故、こうして今も生きている?

 一体、どうすればよかった?

 自問なんてする必要もなかった。

 自然と浮かぶ答えは、あの日彼が死んでから、今日までずっと決まっていた。

 

「…私を許せない」

 

 死んでいれば良かったんだ。

 あの日、まだ彼の温もりを感じる日、約束を破ったその時に――

 

「…………」

 

 もう嫌だった。

 理由もなく生き続けて、嘘つきな自分がのうのうと生きて、彼が死んだこの世界が。

 死にたい。でも死ぬのは怖い、自分で自分を終わらせるのが、どうしようもなく怖くて仕方ない。

 なら他人に殺してもらうのか?

 鬼の矜持なんて今更、持ち出して何の意味になる。

 ほら、結局今もこうして、自分より強い相手に…仇に立ち向かおうとしている。

 なんて中途半端で、何の一貫性もない汚い生き方なのだろう。

 ――なるほど、道理で醜いと言われるわけだ。

 

「酸素とは、命を蝕む毒でありながら、失うと命を落とす呪いです」

 

 魅須丸は萃香の身体を支えながら、言う。

 

「愛もまた、それが人を生かし…時に幸福をもたらすものでありながら、時に人を殺すもの」

 

 愛とは、この世で最も歪んだ呪いだ。

 こうしてかつての覇気を忘れ、消沈する萃香が、それを最も体現しているとも思えるくらいには。

 魅須丸は、そう結論付ける。

 故に、今の彼女に必要なことも、わかっていた。

 

「託されたものもない、今際の言葉も聞けなかった。そんな哀れなあなたに言ってあげましょう」

 

 ――思い上がるな。と。

 

 

 

 


 

 

 

 

『チィッ!』

「ほーら!」

 

 袿姫が再び展開し、そして津波のように絶え間なく襲い掛かる。

 八岐大蛇による妖力に怯むことなく、修復を繰り返しながら突撃し、そしてその不快な感触に顔を顰める。

 

『小癪な…!』

「埴輪の構造を少し弄ったのよ、対外条件と対内条件をひっくり返したの」

『この程度の小細工……!』

「いや~試行錯誤の途中とはいえこの子たちをとっておいて良かったわ~」

 

 最初こそ、八岐大蛇の妖力で簡単に崩壊していた埴輪も、あっという間に耐性を持ち、破壊が困難になった。

 いや、ただ壊しにくいだけならどれほど良かったことか。

 埴輪兵団の最も恐ろしいのは、そのどれもが持つ自動で発動する修復能力。

 

『邪魔だッ!』

 

 影があった。

 それが他ならぬ、袿姫による攻撃であることも、そしてどこまでも癪に障る、ふざけたものであることもわかっていた。

 八岐大蛇が両腕を振り上げ、頭上から降って来た巨大な埴輪を受け止め――

 

「ばあっ!」

 

 ガシャンッ

 八岐大蛇の目の前。突如埴輪の底に綺麗な切れ込みが生まれ、扉を開けるような気軽さで袿姫が――

 拳が。

 

「はいどーん!」

 

 ぶん殴った。

 八岐大蛇の顔がのけ反り、そして一滴つう…と彼の身体を構成する血液が流れ落ちる。

 ただ殴っただけで、このような傷を負うなど普通はありえない。

 その答えはやはり、袿姫が手の平に忍ばせた道具だった。

 

『小賢しいッ』

「もっと腰を入れたら、顔面を貫けたかしらね」

 

 彫刻刀とはいえ、それに込められた神力があの"埴安神袿姫"のものとはいえ。

 先ほどから、八岐大蛇はずっと彼女の攻撃を防げていない。

 どれだけ防御を固めようと、どれだけ妖力を流して動きを受け流そうと。

 袿姫の攻撃は、間違いなく通っている。

 まるで自分の身体が豆腐のように、簡単に切断され、そして崩されていく。

 原因はなんだ?

 何故突然、あの大気を裂く、空間を震わせる斬撃はなんだ?

 あれからだ。あれが成功してから、突然自分の絶対的な立場が揺れた。

 そのことが許せない。

 冷静さはそのままに、八岐大蛇は更に怒る。

 

『…!ならば』

 

 先に弱った奴らから滅ぼそう。と思いつく。

 八岐大蛇は今まで見ようともしなかった、既に勝った有象無象の一人に、初めてこの時向き合った。

 最初はただ、本気でもない虫を払うような行動で気絶し、一撃で負けた土着神。

 取るに足らない、自分が相手をする理由も価値もない、そんな相手。 

 それが、こちらを向いて。

 指を向けて。

 小さな光が――

 

『は?』

 

 ――待て。

 

『…それはなんだ』

 

 八岐大蛇が見たものは、既に傷を完治させ、自分に向かって――否。

 ()()()()()()()()()見ている目。

 怒りも、戦意も。それどころか自我が宿っているのかすら怪しい程の、がらんどうの瞳。

 何よりも理解不能なのは、自分でもわからない、怒りすらも湧かないその現象。

 ――自分は今。何故あいつを見て悪寒を感じているのだ?

 

 いや、これを自分は知っている。

 これは()()()()()()()()()――

 

 指先から少し浮いた位置にある、陰陽玉よりも遥かに小さいそれ。

 八岐大蛇も、すぐそこにいた袿姫でさえも最初、それがあの鉄輪であることを理解できなかった。

 音すらも置き去りにし、圧縮され、凝縮された一撃。

 今までのとは違う、ただそれを敵に向かって放つのではない。

 それが切るのは、今の彼女が見ているのは――

 

「"月輪(がちりん)" "収束(しゅうそく)" "孤独(こどく)彗星(すいせい)"」

 

 八岐大蛇が聞けたのは、その直前の詠唱のみ。

 

「――り―の鉄―」

 

 その後の、諏訪子が呟いた残りの言葉は。

 

「―の輪―い――」

 

 

 

 

 ――キンッ!

 

 

 

 

 切断された己の身体と。

 崩れていく狭間の世界がかき消した。

 

「…やった」

 

 何より。

 そんな絶技を成した彼女は。

 諏訪子は、八岐大蛇のことなど眼中になく。

 成功した自分の技に、ただ興奮して――

 

『ば、かな…』

 

 身体が消えた。

 世界が崩壊していく。

 何故だ、何故消えていく。

 自分だ。自分という支柱が揺らぎ、この空間を構築する燃料が足りないからだ。

 ――何故。

 何故、お前は先ほど、我に負けた雑魚だろう――

 

『~~~~~ッ!!!!!』

 

 ――死ぬのか?

 せっかく受肉に成功したのに。

 これから、再び長い時間を掛ければ、残り半分どころか、消えた異能さえ取り戻せる筈なのに――

 死ぬ?

 誰が死ぬ?

 ――自分が。

 

『次だッ!次にこそだッ!!』

 

 世界が崩れた先、そこにあったのは見たことのない景色だった。

 見たことのない兎が、湖が。

 狭間からようやく出てこられたというのに、夢にまで見た現世だというのに。

 八岐大蛇はただ、上半身のみとなった身体を必死に浮かせ、そして上昇しながら叫び続けた。

 まるで自分の強さを驕るように、自分の名誉を守るかのように。

 

『こんなものではないッ!我の身体はまだ奈落にッそれこそ能力も使えないのだ!この程度ではない!』

 

 力を使い果たした諏訪子。

 そしてこちらを見上げる兎の――てゐと魅須丸。

 同じく腕を組みながら、八岐大蛇を見上げて動かない袿姫に。

 八岐大蛇は高速で上昇しながら、逃げながらひたすらに叫ぶ。

 

『次こそ殺してやるぞッ!貴様ら塵をッ!我の全力でッ!全員我が殺――』

「戦いは苦手なのですが――」

 

 赤。

 雲がすぐそこにある程の高所。

 誰も追いつけない、誰も邪魔できない空の世界。

 八岐大蛇の動き、それよりも早く。彼女はそこにいた。

 否、いくら八岐大蛇が全力とはいえ、上半身だけで出せる速度などたかが知れている。

 袿姫からすれば、少し小走り程度の力を使えば追いつける、それくらいのだ。

 では何故、今袿姫は動かないのか。

 ――それは、幕引きには彼女が相応しいから。

 

『ッ貴様は』

「人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られるべきなんですよ。まぁ今回は」

 

 凝縮される妖力。

 八岐大蛇の頭上から感じるそれは、紅葉で作られた小さな繭から――

 指を鳴らし、それを解除した紅葉の生みの親――秋静葉は、怒りを滲ませた目で、八岐大蛇を見下し。

 一言。

 

「――鬼に殴られるべきですが」

 

 紅葉が吹き荒れ。

 そこから、一人の鬼が飛び出た。

 

 

 

 

(ごめん。私はやっぱり愚か者だ)

 

 ――思い上がるな。

 お前は何も特別じゃない。お前の自己犠牲はなんの意味もない。

 自分が生きることに、意味など見出すな――

 

「"絶巓(ぜってん)" "盲点(もうてん)"」

 

 嘘つきだ、裏切り者だと楽になろうとした。

 自分は生きるべきじゃないと、卑下してそれに甘えてた。

 生きてる自分を嫌悪して、それでいいと思い上がった。

 自分を傷つけ、責めて罪を受け入れたつもりだった、愚かな過去。

 

「"飛龍(ひりゅう)相反(そうはん)" "(なみだ)慟哭(どうこく)"」

 

 ――罪悪感すらも、逃げる言い訳にした。

 自分の命を捨てて、それで釣り合うと思い込んでた。

 違う。

 自分には、今の醜い嘘つきには、そんな価値なんてないんだ。

 お前を殺した罪も、自分だけ生きた罰も、両方捨てることなんてしない。

 生きる。

 醜く抗え、汚く生きろ。

 生き恥を晒し続けることこそが、嘘つきの自分には相応しい。

 

「四天王、奥義――」

 

 憎悪も。

 恐怖も。

 後悔も。

 ――全て出し切れ。

 

「――三歩(さんぽ)

 

 

 

 

 ――拳に乗せろ!

 

 

 

 

「――壊廃(かいはい)ッ!!!!!」

 

 

 

 

 ――なぁ、人間。

 

 

 

 

(…私さ)

 

 

 

 

 ――お前の分まで、ちゃんと苦しむ(生きる)よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでも、それでもさ。頑張って生きて、ずーっと生きて…それでやっと終わったら。だから…」

 

 分解が作用し、八岐大蛇の身体が崩壊する。

 消失反応がまもなく終わり、もうすぐこの身体の残滓は、そこから取り出せたこの魂は消えてしまうだろう。

 両の手で包めるくらいの、小さな伊吹色の可愛らしい火の玉を抱えて。

 萃香は急降下を続けながら、愛おしいそれを胸に抱く。

 

「うん。まだ一緒には逝けないや」

 

 ――今度こそ、ちゃんとした別れをしよう。

 あの時のとは違う。

 憎しみも、恐れも、嘆きもない。

 ただ一筋の、美しい涙と共に。

 

「あぁ、その時は…」

 

 萃香は、その伊吹色の火の玉に。

 

「…一緒に逝こう」

 

 優しい口付けを。

 そして、未来を語る(自分)に一つ、綺麗な笑顔を手向けにして。

 消えていく火の玉を、ずっとずっと抱きしめ続けた。




 明日の話を最後に最終章突入&〇〇事変が始まります
 結構衝撃的な内容なのでどうかお楽しみに

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
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