【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 あ"ーーーっ!間違えて完成前の方の原稿出しちゃってた!?
 感想書いてくれてた人ごめーん!!!!!(伏黒並感)
 また感想書いてくれると嬉しいです…


最終章:洩矢事変
48話.百鬼夜行・閉門


 一度崩れた均衡は、消失と共にようやく元に戻る。

 天秤は元通りに、食物連鎖もまた同じく、一つの種族が減り、その均衡が崩れれば、それを補うように別の種族が数を増やす。

 この世に生まれた者は全て、その均衡の上に成り立っているのだと。

 自分(史上最強)という価値も、八坂神奈子という存在の全ても、結局はそれだったのではないか。

 国を統治し、列島を制覇し、思う。自分という存在が生まれ落ちたことで、自分は何か、大切な何かの均衡を壊してしまったのではないかと。

 虚しい最強という幻想を抱き、決して隣に誰も並べぬ現実の元に、神奈子はそう思うのだ。

 不自然なほどに上手くいく、あらゆる困難が体を成さない。

 これでは駄目だ。

 自分という、八坂神奈子という個に全てを委ねるのでは駄目だ。

 初めて瞳を開いて見た、美しいこの自然たちも。

 自分に愛を教えてくれた、親愛なる人間も。

 全てが自分の思うがままに、そして依存するなんて、あんまりじゃないか。と。

 神奈子は己の内にある、神と人の価値観の相違に苦しみながら、思う。

 

 ――あるいは…自らで……

 

 自分で命を絶てば、この歪な世界も元に戻せるだろうか。

 何度も考えた。何度も思い止まった。

 しかし何度思い返しても、そして止まってもやはり、その考えを払拭することはできなかった。

 自分がいるから、自分という異物が均衡を崩したから。

 自分がいるせいで。

 生まれてしまったせいで。

 

 ――均衡を戻さなければ。

 

 この世界は、在るべき姿を失った現実を元に戻す。

 自分に頼らず、依存せず。かつてあった自然のまま、本来のバランスを取り戻す。

 八坂神奈子という神が生まれ、崩れた均衡を戻すにはどうするべきか。

 たとえ自分で命を絶とうとも、そこに自分がいたという事実は決して消えはしない。

 それどころか、自分という天秤に乗せられた重さがもたらす影響は計り知れず、それが突如消えた際の影響も考えた。

 命を捨てる必要はない。

 均衡を一時的に元に戻し、そして来るべき時に備える選択。

 

 ――自分という存在を、一時的に世界から消す。

 

 自分の存在を、命を。

 誰にも感知されることなく、そして自分で命を絶つのとは違う、文字通り自分が世界から消える道を。

 神奈子はそれを行おうと準備し、唯一無視のできない問題にぶつかった。

 器だ。

 軍神。国津神。八坂神奈子という存在の全てを受け入れ、そして何百年何千年と耐久性のある器、封印の為の下地が必要だった。

 たとえどれほど優れた陶磁器、剣を器に選んだとしても、物質である以上必ず耐久値による限界がある。

 悠久に近い年月を生き、そして神を一人まるごと抑え込める、そのような逸材が必要だった。

 そして、それに最も適したのが、逸材として選ばれたのが。

 自然の化身たる妖精の中でも、最上位に君臨する実力者、自分と同じ異分子たるチルノだった。

 

 そこからは一瞬だった。

 

 害はない、ただ中でいつかの時を、数百年後に備えた日まで眠るだけ。

 一応事細かに説明こそしたが、おそらく彼女は神奈子の話の内容を半分も理解していなかっただろう。

 少なくとも、最後の最後にノータイムで「いいぞ!」とキラキラ笑顔で腕を上げたチルノを見て、神奈子はそう思わざるを得なかった。

 結界の座標をずらし、自然そのものを外殻に行うそれを、チルノという個人を軸にして休眠に入る。

 あくまでも自分は、チルノの中から外を見るだけ。

 突如自分が消えたことで、小さくはない波乱の一幕こそあったものの、しかし残酷なくらい予想通りな景色もあった。

 大和の国は崩壊した。しかしそれは戦火によってでも、侵略や仲違いでもなく、泡のように緩やかに。

 人の統治者が変わり、組織が変わって国も変わる。

 あまりにも平和に、悲しい程に想像通り、八坂神奈子という存在で崩れた均衡は、あっという間に元に戻った。

 ――そして、その反動もいつかは来る。

 

 自分という異分子が消えた、その代償。

 抑止力か、それとも第二第三の自分か。

 

 築き上げた国、それが少しずつ小さくなって、分裂していくのを見た。

 国は村に、村は数個から数十に。

 誰も神奈子を覚えていない。誰も想像以上に暴れず、まるで何かの意思が働いているかのように思える程。

 山が。

 河が。

 自然が再び元の姿を取り戻し。

 

 

 

 

「――ぶべっ!」

 

 

 

 

 再び、世界の均衡は崩壊した。

 八坂神奈子を失った世界が、まるでその代わりを取り戻そうとするように。

 再び均衡は崩れ、その土着神は生まれたのだ。

 ――自分と同じ、均衡を崩す者。

 

「魅せてみろ、洩矢諏訪子」

 

 八坂神奈子は、誰よりも先に彼女の、その爆誕を祝福していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『馬鹿な…!馬、鹿な…ッ』

 

 ――奈落。

 時に地獄、時に深淵、時に人はそれを黄泉平坂とも呼ぶ。

 この世の混沌そのもの、怨霊から死した妖怪や人間の全てが行きつく先、真の終着点。

 その最下層に佇む、宝石のように輝く氷の羽を煌めかせ、彼女は佇む。

 

「奇しくも一応とは言え、祖父の意を継ぐことになってしまったが、まぁ…お前からすれば知ったことではない…か?」

『貴様…ッその気配…やはりスサノオの…!』

 

 そこにいたのは勝者と敗者。

 勝者は返り血の一つも残さず、一切の手傷を負うことなく、ただひたすら圧倒し、ひれ伏す敗者を見下すのみ。

 敗者はただ、その身体のほとんどが摺り潰され、再生すらままならない程に弱体化しており、ただ現実逃避の言葉をラジオのように繰り返し、そして屈辱で身体を震わせていた。

 そこにいたのは龍王・八岐大蛇ではなくただの敗者。

 勝者に全てを奪われる、忘れ去られる定めの敗者であった。

 

『わ…我は龍王…たとえ半身を失い、弱体化をしようとも…ッ』

「全く愚かとしか言えない、ですよね?神奈子様」

 

 八岐大蛇の言葉を遮り、暗闇の空から降りる者がいた。

 それは太陽そのもの、赤く、怨霊でさえ魅入ってしまう程の熱と光を放ちながら、次第にその姿を烏から人のものに。

 背中から生える二対の翼をはためかせ、神奈子の隣に立つ少女は、太陽の化身たる八咫烏。

 

「一応とはいえ控えてはいたんですけど…やっぱ心配いらなかったです?」

「当たり前でしょ」

 

 神奈子は笑う。

 勿論、その姿はチルノに引っ張られたものであって、かつて全盛期だった頃の神奈子ではない。

 身長は同じだが、髪の色や、器として選ばれたチルノの名残りである、妖精の証の氷の羽による違いがある。

 実力も、全盛期に比べれば遥かに劣るのは確かで――

 

『我は…我は世界で最も強大な妖力を…』

「悪いけど」

 

 神奈子の貫手が、八岐大蛇の胸に突き刺さる。

 神力が、残されたもう半分の妖力が消えていく感触を最後に、八岐大蛇は何も抵抗できずに絶命する。

 そしてその手の中には、八咫烏が袿姫に差し出したのと全く同じ心臓が一つ。

 八岐大蛇の力、純粋な力そのものがあった。

 

「あんたの覇道もここまでだよ」

「聞こえてませんよ、もう」

「しがらみさえなきゃ、ちゃんと互いに正々堂々戦いたかったんだけどね」

 

 神奈子の言葉に、八咫烏は笑って。

 

「結果なんて見えてますけどね、それでも」

「へぇ、そこまで私を買ってくれるのかい?」

「勿論ですよ、神奈子様。だって今のあなた、全盛期に比べて滅茶苦茶弱くなってるじゃないですか」

 

 一切の反撃も許さず、八岐大蛇は再び消えた。

 残された奈落の分、それこそ諏訪子が戦ったのと同じ、莫大な妖力による純粋な暴力が相手だ。

 しかも今の神奈子は、器に引っ張られて本来の力を引き出すことができていない。

 だというのに、神奈子はそれでも勝利してみせたのだ。

 八咫烏のうっとりとした視線に、神奈子は少し照れくさそうに頬を掻いて。

 ――ピシリ。

 

「っと…少しだけ力を出しすぎたかな」

 

 鈍い痛みだ。

 神奈子が自分の指を見れば、そこにあったのは陶磁器に走るのと同じような、一本の亀裂。

 そこから僅かとはいえ、神力と共に八坂神奈子という存在を形成する、魂そのものが零れる感触。

 残る指でそれを塞ぎ、神奈子はため息。

 

「流石にこれ以上無理をさせるわけにはいかないな。袿姫の所にはお前が行ってくれ」

「わかりました。神奈子様はどうするのですか?妖精とはいえ器の修復は…」

「なぁに、ちゃんと休めば大丈夫」

 

 八咫烏の心配そうな声に、神奈子は笑って親指を立ててみせた。

 

「頼んだよ。私もできるだけ急ぐけど…私に気づいた者もかなりいる筈だ」

「それは……」

 

 八咫烏は少しだけ、不機嫌そうに顔を歪めて。

 

「まさか…鬼ですか?」

「うーん…まぁそれもあるかな、彼女ら……勇儀はともかく華扇は少し危険だから」

「気に入らないですね。今のうちに全員焼き殺しましょうか?」

「いいよ、放っておけばいい」

 

 八咫烏はこの1000年間、一度も神奈子のことを忘れたことはなかった。

 かつて高天原から地上に下り、そして神奈子と戦い、負けた。

 敗北の悔しさはある。しかしそれ以上に、八咫烏にとって神奈子とは天照大御神以上の価値を持った、偉大なる主。

 裏切りとも言えるだろう、だが八咫烏はどう周りから、高天原から蔑まれようと、それを誇りに思っている。

 だからこそ許せないのだ。神奈子のことを忘れ、再び暴虐に染まる鬼たちを。

 いや、星熊勇儀は違うか。

 彼女は神奈子と戦ってから、元から薄かった暴虐の欲求が更に鳴りを潜めて落ち着きを手にした。

 神奈子も彼女のことは気に入っていたし、八咫烏もそれに文句などない。

 だが茨木華扇、てめーは駄目だ。

 

「しかし神奈子様…正直ボクからすれば…その」

「気にしないよ?正直に言ってみな」

「星熊勇儀以外は嫌いなので鬱憤晴らしも含めた許可が欲しいです」

「はっはっは!駄目」

 

 八咫烏のほっぺがぷくーっと膨れた。

 

「…むぅ」

「まぁ心配も嫌悪も否定しないけどさ、本当に大丈夫だから。ね?」

「神奈子様が言うなら……でもどうしてなんです?」

「簡単さ、伊吹萃香が動く」

 

 その名を聞いて、八咫烏は少しだけ上機嫌になった。

 

「あの鬼……彼女は結構好きですよ、ボク」

「奇遇だな、私も同じ意見だよ」

「少なくとも茨木華扇に比べたら百倍マシです、というか論外では?」

「はは」

 

 何も言えない。

 

「ま、とりあえず私はこの身体を少し休ませるよ、袿姫との取引も…全部任せるよ」

「……えぇ、お任せを」

「あと大妖精もね、チルノも含めてかなりの貸しができたんだ、丁重に扱えよ?」

「御意」

 

 八坂神奈子と洩矢諏訪子。

 力の優劣や存在の相違こそあれ、間違いなく両者は世界を揺らし、そして均衡を脅かす者。

 それが今、天秤に乗せられた両者は、許容量を超えた圧倒的な存在感を放っていた。

 溢れる水はどこに行く。

 崩れた均衡を取り戻す為のそれは、果たして同じく均衡を揺るがす自分自身に届くのか。

 

「世界の行きつく先を見るのも悪くない、が」

 

 神奈子は目を閉じ、気配を現世のある場所に集中させる。

 勿論、それはただの観察ではなく、敵を見据えた最短の行動。

 

「その前に、お前は少しばかり危険すぎる」

 

 ()()まだ生きている。

 

「今度こそ完全に滅ぼしてやろう、なぁ…」

 

 ならば、後に自分がするべきことは――

 

 

 

 

「…堕涅(姫虫百々世)

 

 

 

 

 大百足の、完全なる討伐であった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 世界が震えた。

 それは比喩表現などではなく、文字通りこの世界に存在する物質、大気を含めた全てが、彼女の再誕を祝福しているかのようだった。

 波紋のように広がっていく衝撃は、決して衰えることなくその偉大なる神気を、津波の如き衝撃を保ったまま拡散していく。

 本能的な恐怖。

 それは決して手を出してはならぬもの。

 その時、その瞬間にあらゆる妖怪が、人間が違和感を覚え。

 ある妖怪は、その1000年ぶりの脅威に身体を震わせた。

 

「――おいおいおい、こりゃあ…」

 

 かつて己を破った者。

 いつかのリベンジを誓った相手、突如己の前から姿を消した軍神。

 僅かとはいえ、その魂を揺さぶる偉大な神力を見誤ることはなく。その直感が紛れもない事実であることを認識する。

 それが再び顕現した。その現実に歓喜し、身体を震わすのは――星熊勇儀。

 

「…来た、来たんだ…!」

 

 そして、それを消し去る程の圧倒的な邪気。

 放ち続けられる濃密な死の気配によって、周りにいた同族である筈の鬼は何十人と一気に、糸が切れたかのように失神する。

 あまりにも濃すぎるそのオーラは留まることを知らず、現在進行形で被害は増え続け、とうとう勇儀以外の残った鬼が倒れ、静寂が訪れる。

 地割れが生まれる。

 地形に影響を与える程のそれを放つ彼女は、勇儀とは別ベクトルの、凄まじい笑みと歓喜を浮かべ。

 

戦の王(八坂神奈子)が……!」

 

 ――茨木華扇は笑う。

 その顔に浮かぶのは、勇儀のような友好的なものとは決して違う、どこまでも嫌悪と殺意で染まったもの。

 華扇がかつて屈辱を味わい、そしてそれを払拭する機会を与えられぬまま、もう1000年が経ったのだ。

 その原動力は衰えることなく、むしろ長い年月によって何倍にも膨れ上がり、今すぐにでも殺してやりたいのだと。

 ただ笑う。ひたすらに心を浮き足立たせ、立ち上がる。

 

「勇儀。使える奴らを片っ端から集めろ」

「何をするんだ?」

「言うまでもない」

「なるほど、そういう」

 

 長い付き合いだからこそ勇儀にはわかる。

 華扇の目的。そして山の四天王である彼女が、わざわざ()()()()()()()を。

 大和の国は形骸化し、その名を覚えている者はもうほとんど存在しない、泡沫のように消えたもの。

 軍神、八坂神奈子が突如姿を消し、混乱のまま国は崩壊し、そして必然的に彼女に付き添っていた実力者は、そのほとんどが喧嘩別れのように散らばっていった。

 その一人が華扇含む、山の四天王に属する数千もの鬼たちだった。

 唯一、神奈子に変わらぬ忠誠を誓っていたのは八咫烏だが。それ以外は結局、絶対的な強者たる神奈子の武力を盾に安寧を得る為に過ぎなかった。

 ある者は盾を失い、怯えて逃げた。

 ある者は目の上のたん瘤が消え、嬉々として国から離れ、好き放題に暴れた。

 華扇が叫ぶ。

 

「――起きろ、愚図ども」

 

 鬼は、少なくとも華扇は後者だ。

 ずっと何かを悟ったように、何かを憂うかのような姿を見せるようになった勇儀と違って、華扇の原動力はどこまでも純粋。

 純粋で単純で。

 純烈で、どこまでも悪辣なもの。

 それは逃れられぬ、抗えぬ本能の――

 

「私が言いたいことは、わかっているな?」

 

 姿形は様々であった。

 人間が見上げる程の体躯を誇る者もいれば、それこそ人の幼子と同じか、それ以下の大きさしかない者もいる。

 腕が四本ある者もいれば、一つ目だったり足のみで身体を構成する醜悪な見た目の者もいる。

 そして言うまでもなく、それらに共通するのが――鬼ということ。

 先程まで意識を失い、地に伏していた彼らは、華扇の言葉に応えるのに僅かな時間も必要なかった。

 華扇の問いかけが終わった頃には既に、彼らは目を覚ましていた。

 皆が、華扇を中心に囲むように膝をつき、そしてその言葉を待つ。

 

「八坂神奈子が再び現れた」

 

 数は百などではなく、千。

 皆が、まだかまだかと期待を胸に、華扇の言葉を聞く。

 

「あの時と同じ。あいつが再び支配者となった時、私たちは再び楔を植え付けられるだろう」

「おう、そうだ!」

 

 一人の鬼が、我慢できないとばかりに叫ぶ。

 

「何が国王だ、何が神だ!そのせいで俺はァまともに女子供も食えやしねぇ!」

「生意気なやつだ。俺らのことを舐めてやがる」

「天狗もだ!噂によりゃ天魔のやつも、俺らを仲間外れに山で大将気取ってるらしい」

「よし殺そう!」

「酒も奪え!」

「あいつの肉を捌いて人間どもに食わせてやろう!」

「そして殺す!」

 

 一人が口を開けば、それで火が着いたかのように。

 鬼達は好き勝手に騒ぎ始め、そしてそれぞれが己の欲望を、抑え切れぬ本能を晒けだす。

 そんな混沌とした景色を眺め、華扇は高らかに笑う。

 

「そうだ!もう八坂神奈子はいない、もう私たちを邪魔できる者はいない!…その筈だったんだ」

 

 騒いでいた鬼、その全てが一斉に押し黙る。

 口を開くのも許されない空気。それを形成する華扇の怒気。

 

「お前たちに問おう、鬼とはなんだ?」

 

 鬼。

 妖怪の頂点たる鬼。

 人間から最も恐れられ、そして最も近い位置にいる、鬼。

 

「鬼とは殺す者、鬼とは頂点に立つ者。そして誰よりも――自由な者だ」

 

 華扇の妖力が。

 その身から溢れる怒気が。

 殺気が。

 

「負けたとしても変わらない、頂点から引きずり降ろされようとも、誰を上に据えようが知ったことか。それでも決して変わらぬ生き様、自由そのものが私だ、鬼だ」

 

 その獰猛な笑みを更に深め、華扇は言う。

 

「私たちは鬼だ!殺し!奪い!そして酒と血を浴びて自由に生きる!だがそれが再び、あの八坂神奈子によって制限されようとしている…なぁ!」

 

 その笑みは正に。

 

「――暴れようか」

 

 鬼という名に相応しい、凄みがあった。

 山の四天王たる、圧倒的な邪気があった。

 

「お前らはどうだ!今のうちに吐いてしまえ!」

「殺す!そうだ殺そう!」

「誰を殺す!?俺ァ若い女がいい!」

「子供だ!餓鬼の肉ほど柔らかくて美味いものはない!」

「――あぁ、そうだなァ!」

 

 華扇は叫ぶ。

 鬼もまた興奮が冷めることなく、腕を突き上げて叫ぶ。

 一人の鬼が、己の欲望を晒けだす。

 

「華扇様!ワシは女子供をぶっ殺してェ!」

「許す」

「俺は国中の酒を飲み干してェ!」

「許す!」

「天狗も、それ以外の妖怪も全部ぶっ殺す!」

「――あぁそうだなぁ…そうだなァ!」

 

 ガリガリと頭を掻いて華扇は満足そうに、嬉々とした笑みを絶やさない。

 

「八坂神奈子は再び鬼に楔を打ち込みに来る…だがな!私は鬼だ!私たちは鬼だ!!誰にも縛られない、もし縛るとしてもだ!その生意気な面を思いっきり捻じ曲げてこそ…えぇ!そうだろう!?あいつに邪魔されるよりも前に、私たちは動く――」

 

 いつの間にか、全ての鬼は静まり返っていた。

 考えることはそれぞれ違った。だがその結果の為に起こす行動が、全員同じだと分かっていたから。

 皆が同じ、目的こそ違えど、同じ行動の為に。

 そして、皆が華扇の言葉を待ち――

 

「行動は今日、この日にだ!」

 

 血と争いに頬を緩ませる悪鬼に、華扇は宣言する。

 

「日没と同時に、我々は()()()()を行う!!!!」

 

 血と肉に飢えた鬼が。

 争いを求める鬼が。

 千にも達する鬼の群れが。

 その全てが、ただ暴れる為だけに。

 

「舞台は新たに頭角を現した国、洩矢の地――諏訪大国!そこにいる人間は最低でも百数人…そして情報が正しければ…千人にも達する!」

 

 ゴクリと、誰かが息を呑む音を鳴らした。

 千。それは奇しくも今の自分たち、鬼のそれと釣り合う数。

 殺せる。

 

塵殺(おうさつ)だ…!思う存分。殺し(呪い)合おうじゃないか。――いやいっそ」

 

 否、他の誰にも渡さない。

 鼠一匹も逃しはしない。

 どうせ八坂神奈子が来るのなら、再び暴虐を抑えられるというのなら――

 

「なぁお前ら!いっそ後の楽しみなんて忘れて、もう諏訪大国の人間…」

 

 握り締めた片手を胸に当てて、華扇は笑った。

 

全員殺してしまおうか

 

 千の鬼が、山を揺るがさんばかりの咆哮を上げ。

 鬼の狂気が、吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーんまずったなぁ、まずったよなぁ」

 

 カリカリカリカリ……

 諏訪子の目の前では、袿姫が彫刻刀で何かを削っている。

 何か、勿論八岐大蛇の心臓だ。

 先ほどいつの間にか背後に現れた八咫烏が、さっきまで袿姫の持っていたそれと全く同じ、見た目も大きさも一緒のそれを渡してからこうだ。

 諏訪子のことなど眼中になく、ひたすら彫刻刀で削っては混ぜ、削っては混ぜての繰り返し。

 一息。

 

「絶対これやばいよなぁ、滅茶苦茶にやばい気配がムンムンするよなぁ…」

 

 ヌリヌリヌリヌリ……

 諏訪子の耳に入って来る水音。

 何か、削った八岐大蛇の心臓が粘土と混ざる音だ。

 何を混ぜてるんだお前は。というツッコミは飲み込むことにして。

 

「…ねぇ袿姫さ」

「シャラップゥ!今すっごくいいとこなの!」

 

 ペタペタペタペタ……

 続いて聞こえてくるのは、土を少量貼り付ける音。

 そして凄まじい形相のまま、何かを作る袿姫の姿。

 諏訪子の声はやはり、今の彼女には聞こえていないようだった。

 

「…け」

「フフフフフフフフ待ってて偶磨弓ちゃん…!もうすぐ会えるわ…!」

 

 作業場。

 現代社会で見られるのとそう変わらない、袿姫の袿姫による埴輪の為に作られた部屋。

 諏訪子は何故か、突如としてここに閉じ込められ、そして脱出ができなかった。

 唯一の情報源はこの様子で、少なくとも"偶磨弓ちゃん"とやらが完成するのを待つしか、方法はないらしい。

 

「…………」

 

 ため息。

 

「……ま、なんとかなるか」

 

 諏訪子は、考えるのをやめた。




 華扇(鬼たち)
(人間)お前を殺す デデンッ

 神奈子様
(大百足)お前を殺す デデンッ

 諏訪子様
…ま、なんとかなるか

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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