【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

50 / 147
 寝坊して書くのが遅れちゃいました


50話.先代結界②0.2秒の

 ――伊吹萃香が諏訪大国に到着する数十時間前。

 舞台は八岐大蛇の討伐、そして八坂神奈子の復活が同時に起こった丑三つ時にまで遡る。

 強敵を打ち破り、心身共に完全な無防備状態であった彼女らに襲い掛かる策。

 それは、偉大なる造形神による不意打ちであった。

 

「そしてこれは――もう半分の心臓の取引よ」

 

 袿姫の持つ彫刻刀が、諏訪子の心臓を一瞬で貫く。

 だが諏訪子は人間ではなく神。そして神奈子のように肉体に引っ張られない八百万の神である。これくらいで死にはしない。

 しかし目的を果たす為には、これだけで充分だった。

 袿姫と諏訪子の身体が光に包まれ、消えた。

 

「なっ…!」

 

 ――消えた。

 てゐの目の前で、二人は全く同じタイミングで身体を消失させ、どこかに消えた。

 目の前で起こったのだからそれは確かだ。だからこそその原理も、目的も全てがわからない。

 考えられるのは、袿姫がどこか別の場所に転移したことだが…しかしそう考えると――

 

『おーい!てゐ聞こえるー!?』

「諏訪子!」

 

 上空だった。

 てゐの頭上から聞こえてきた声、それは先ほどまでのとは違い、ノイズの混じった機械音に近いもの。

 案の定見上げてみれば、てゐの視界に映ったのは彼女の従える祟り神の一匹、通話と映像の再生を行える異能を携えた便利な個体である。

 それは八岐大蛇の討伐前、天魔の屋敷と鬼ヶ島を繋ぎ、マエリベリーとの会話を行った際にも使っていたから――

 

「…待て」

 

 てゐの表情が固まった。

 

「諏訪子、あんた今どこにいる?」

『なんか変な場所。袿姫の心象風景?それとも仕事場?どっちかはわからないけどとにかく異次元のどこか』

「祟り神は」

『何百体か私に引っ張られてこっちに引きずり込まれた。不味いね…そっちの方に残ってるの、本当にそこまで強くないやつなんだ』

 

 狙いは何か。

 誰によるものか。

 てゐはあまりにも突拍子に続けて襲い掛かって来る不測の事態に、苛立ちを隠さず舌打ちを零しながら考える。

 八咫烏。あの主大好きな少女がわざわざ、危険を冒してまで奈落に赴き、取引材料を手に入れようとしてまで。

 袿姫が言っていた「もう半分」という言葉からして、八咫烏は間違いなくもう半分の八岐大蛇を殺しに行く筈だ。

 確かに八咫烏は強い。それは間違いない、覆しようのない事実だ。

 しかしだからといって、いくら弱体化しているからとはいえ、彼女が?

 ――待て、そもそも。

 

「八岐大蛇…スサノオ…」

 

 あまりにも、できすぎた偶然。

 今まで探していたそれと、深い関係を持つ血筋、その歴史の再誕とも呼べる怪物の復活。

 

「攫われたあいつを…そして今も……」

 

 ありえない。

 思えばあの日、あの瞬間から始まった騒動。

 マエリベリーがなんとか辿り着けた結論に、てゐはものの数秒で到達する。

 今まで漠然としていた不安や、無意識に目を逸らしていた偶然。

 それら全てを解決できる立場で、都合の良い存在は。

 誰よりも、そして自分たちに近く、いくらでも細工を仕込める者は――

 

「…………チルノ」

 

 てゐはやられたと言わんばかりに、頭を抑えて。

 

「諏訪子。これはあくまでも私の仮説だ」

『うん?なに?』

「神奈子は既に復活してる」

『うん?…うんなるほど?』

「そしてチルノの中にいた」

『…いやちょっと待てよ』

「そしてお前は今身動きが取れない、つまり?」

『ゑ?どゆこと?ゑ???』

 

 わざわざ諏訪子を離す意味。

 あくまで証拠も根拠もない、ただの仮説と妄想で成り立つ仮説だが、てゐは少ない判断材料からその答えに辿り着いた。

 神奈子はチルノの中にいた。しかしそれは文字通り中にいただけで、実際に外に出たり、それこそ肉体の主導権を完全に握るのは、かなりの工夫と代償が必要な筈だ。

 今までの間にもできていた可能性はある。だがそうだとすると、何故今このタイミングで…という疑問が残るのだ。

 諏訪子を離してまで、今まで文字通り潜み続けて、今日この日にわざわざ行動に移す意味は。

 彼女がどうしてもやりたいこと、()()()()()()()()()()()()()()――

 

「…姫虫百々世か!」

 

 龍殺しの大妖怪、大百足。

 かつて国を滅ぼし、山を巣に大陸全土を巻き込む負の感情による嵐。

 それを最初に滅ぼしたのは――大百足堕涅を()()()()()()()()()()()()

 堕涅の恐ろしさ、その転生による実質的な不死の能力も、神奈子が封印を選ぶ要因となったものだ。

 本来であれば、堕涅は再び転生を繰り返し、そして数百数千年後に再び、龍を喰らう忌まわしい存在として返り咲く筈だった。

 神奈子でさえ完全に殺すことができなかった、堕涅。

 ――神奈子にはなく、()()()()()()()()()その力。

 

「瘴気…!それなら神奈子が封印を選んだのも、このタイミングで動き出した理由にもなる!」

『てゐの予想が正しければ…神奈子の目的は』

「大百足を…百々世を、龍殺しの妖怪を滅ぼそうとすれば、間違いなくあんたは邪魔をする。――つまり今が絶好の機会なんだよ、大百足の血を引く者、それを完全に滅ぼせる…!」

 

 大百足、堕涅。

 今でこそ姫虫百々世という器を作り上げ、魂の残滓を抑留させていた彼だが。その不死に近い復活性能は、今はない。

 それは諏訪子が一度、彼を完全に滅ぼし、そしてその後の残骸を同族に喰らわせる行為は、彼の妖怪としての自尊心、そして存在価値の全てに唾を吐くものだった。

 彼は怒り、復讐の為に転生の準備期間を縮め、そして以前より強く生まれ変わるため"これから先二度と転生できない"という…自分への縛りを課した。

 その結果が、これだ。

 姫虫百々世という歴代最強の"大蜈蚣"を作り上げたはいいものの、神奈子にそれを狙われた。

 

「――更に最悪なのは」

 

 てゐの言葉に続いて、魅須丸が言う。

 

「八坂神奈子くんの復活…どうやら、彼らはすぐに気づいたようですよ」

「…彼ら?」

「鬼です。正確には彼女…茨木華扇ですが」

「…………」

 

 鬼。

 人を攫い、殺し、食う妖怪の中でも頂点に位置する暴虐の化身。

 てゐが関わったのは、神奈子によって統治され、牙を抜かれた頃の鬼だ。

 あれから長い年月が過ぎ去った。

 鬼は自由になり、かつての暴力性を思い出し、山で好き放題しているという。

 そんな彼らが、動き出した。

 

「目的は…言うまでもないでしょう」

『…諏訪大国、か』

 

 魅須丸の言葉に、諏訪子は小さく落ち込んだ声を出す。

 ほとんどの祟り神が行動不能になったとはいえ、まだ国に残した非力な祟り神は数体とはいえ残っている為、彼らと視覚を共有することで事態を把握したのだろう。

 いくら単純な転移とはいえ、その空間の主はあの造形神だ。

 彼女にこちらを害する気がないのが幸いだが、しかし状況はこうしている間にも、最悪に向けて突き進んでいく。

 諏訪子は動けない。

 鬼は、神奈子は今も諏訪大国で"何か"をする筈だ。

 今から全力で向かっても、きっと間に合わな――

 

「諏訪子。私に望むことはないか?」

 

 いた。

 一人だけ、遠く離れた諏訪大国に、誰よりも早く立ち向かえる者。

 そして実力も問題がなく、揉め事を解決できる者が一人。

 萃香だった。

 

『萃香。でも』

「山から離れて長い、それでもあいつらは私の同族、仲間だ。同じ四天王の勇儀も…華扇も私の親友さ」

『…』

「あんたには恩がある。それこそ返しきれないくらいでかいものが、そんなあんたが言ってくれるなら、私は拒まない。――百の仲間だって血祭りにあげてやる」

『……萃香』

 

 それは覚悟だった。

 鬼だって時には喧嘩をする、殴り合いなんて日常茶飯事だ。

 しかし萃香は今、彼らを殺すと言った。

 二度と喋れぬ、もう動けぬ肉塊にすると、そう言い切った。

 その覚悟が伝わったのだろう、てゐは勿論、魅須丸も息を呑む程の、鋭い眼光であった。

 諏訪子は息を一つ吐いてから、言う。

 

『じゃあ――』

 

 諏訪子の願い、それは――

 

 

 

 


 

 

 

 

 鬼と鬼が対峙した。

 鬼が一人と、鬼が千人である。

 圧倒的な数の差、血の匂いと死の気配が――拮抗していた。

 相手は少女と大差ない、小さな姿の鬼である。

 対する千人の鬼は、それぞれが正に化け物という言葉が相応しい魑魅魍魎。

 だがその小さな鬼は、それと釣り合う絶対的な圧を放っていた。

 

 ――誰だ。

 

 ある若い鬼が言う。

 何人かが同意し、訝し気に視線を向けた。

 

 ――あの人だ。

 

 ある老いた鬼が言う。

 ほとんどの鬼が、百鬼夜行に属する八割の鬼が、目前に立つ鬼の正体に気づいた。

 気づいたからこそ、信じられないものを見るような目をするのだ。

 

「久しいなぁ、お前ら」

 

 懐かしむ声だった。

 少女らしい、鈴のように可憐な音でありながら、その言葉に秘められた重圧は凄まじい。

 もはや目前に、闇に染まるこの時を狙って、いよいよ人間を殺しに行こうと意気込んでいた自分たちに、彼女は言う。

 これから滅ぼす予定の国を、人間を守るように立つ彼女に、百鬼夜行は足が竦んだ。

 言葉こそ、態度こそ恐れる要素などどこにもない。

 だがその立ち姿に、侮れるような可愛げなど存在しないことを、古き鬼は知っている。

 突如山から姿を消し、それから十数年姿を見せなかった四天王が、選ばれた強者が見せるのほほんとした態度。

 それを見て、一人の鬼が前に出た。

 

「これはこれは、伊吹萃香殿」

 

 これから騒乱を振り撒く者とは思えないほど、萃香に負けない気安い言葉だった。

 

「久しぶりですなぁ、しかし何故今ここに?」

「しらばっくれんなよ。お前ら今から国を滅ぼすんだろ?人間を殺すんだろ?」

「えぇ、何か問題が?」

 

 ニコニコと、何も悪いことは言ってないと、そんな開き直りにも似た笑顔だった。

 いや、鬼という暴れることが本能の妖怪にとって、それは間違っていないしどうでもいい。

 だが今、萃香がこの鬼に対して覚えた不快感の正体は。

 

「もしや手伝ってくれると?しかしですねぇ、私たちは千人、国にいる人間も千人。つまり早い者勝ちで……」

「うざってぇなぁ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ」

 

 耳を掻きながら、萃香が面倒くさそうに言う。

 気色の悪い笑顔を浮かべていたその鬼は、萃香の態度にいよいよ、表情が抜け落ち。

 

「――伊吹萃香。もしやとは思ったが」

「んだよ?」

「お前、血の匂いがない。どれほどだ?どれほど…人間を殺していない…?」

「さぁな」

 

 萃香の返答に、その鬼は額に青筋を浮かべながら妖力を解放する。

 脇腹から、背中から、その鬼の両腕と全く同じ形、同じ大きさのそれが現れ、合計で六本の腕が矛先を向ける。

 妖力が滾り、その応用で肉体が活性化され、一本一本がはち切れんばかりの筋肉を携えた異形。

 体格に関しては、萃香の倍はある。

 

「よもや貴様。人間を守ると言うつもりではあるまいな」

「ハハッ、やっと本当の喋り方になりやがった。いちいち顔色窺って気色悪いんだよ」

「――答えろッ!」

 

 その鬼は、萃香を文字通り見下し、そして蔑み、吐き捨てる。

 

「そこまで堕ちたか…!そんなちっぽけな人間の駒に成り下がったのか!?」

「知るかよ」

「人間に絆されたか!?そこまで醜くなれるのか?山の四天王じゃあなかったのか!?」

「ごちゃごちゃうるせぇなぁ…」

 

 萃香は、欠伸を噛み殺しながら、言う。

 

「私をどうしたいのかさっさと言えよ」

 

 ――我慢の限界だった。

 萃香の終始変わらぬその態度、こうして対峙すれば嫌でも理解してしまう、彼女が人に染まり切ったことも。

 鬼の香りが、血と殺戮の証が消えて、人間が持つあの貧弱な愛の香りがする。

 それが耐えきれなかった。

 かつて夢想し、必ず手に入れると日々鍛錬に明け暮れる彼にとって、その座に居座る彼女の、この体たらくに。

 六本の腕の内一本を、勢いよく振り上げてから、振り下ろす。

 

「幻滅したぞ伊吹萃香。山の四天王は今日から、俺が代わりに入ることにする――!」

 

 飛んできた小石を払うような気軽さであった。

 萃香は無造作に手の平を向け、そしてその腕を押さえ込み、表情を変えずに硬直した。

 否。硬直ではなく、動いていない――動く必要がないだけだ。

 最初こそ勝利を夢想し、顔を邪悪に歪めていた鬼も、すぐ異変に気付き、腕を離そうとする。

 それを、萃香が軽く力を込めて握った。

 

「――ぐぁああああああああ!!!!」

 

 二本目の腕が動く。

 それが萃香の手を引き離そうと、自分のより二回りも小さく細い、萃香の腕を握り、力を込める。

 緩むどころか、一切動きを見せない萃香の身体に、鬼は顔を青くして更に動きを見せた。

 三本、四本、ついには残った五本の腕全てを使って、自分の身体を掴む萃香の腕に抗おうとする。

 しかし、それでも萃香の身体は動かない。

 それどころか、軽く萃香が握る腕を傾けた。

 身体が潰れた。

 

「あ"…ぎ、ぐぁあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」

 

 肉が、骨が軋み、捻じれる音。

 最初こそ萃香を見下していた鬼も、今となってはその面影がない。

 自分より遥かに小さい筈の、萃香を見上げる形にまで、身体を圧縮させられたことで、地面には凄まじい量の血液と、皮膚を突き破って出てきた臓物がいくつもある。

 もはやいつでも殺せる状態、否。最初からこうだったのだ。

 変わらず無表情のまま、今も力を込め続けている萃香に対し、鬼はパクパクと口を開き。

 

「…でした」

「あぁ?」

「ご、ごめんなさい!喧嘩売ってごめんなさい!舐めてました!今のあなたになら勝てると思ってましたッ!」

「そーかそーか!お前私を舐めてたのか!」

「は、はいっ舐めてましたあっ!」

 

 みっともない命乞いだった。

 しかしそれを「情けない」と口に出して非難する者はこの場に一人もいない。

 何故なら知っているからだ。伊吹萃香という存在、それが何故、今でも四天王の座を譲らずにいられているのか。

 彼女の強さ、彼女がこれまでに成した偉業すら。

 

「ハハッ、お前さぁ…」

 

 その笑みは。

 

「――調子に乗んなよボケが」

 

 水が破裂するような音と、燃え滾る怒りと憎悪を滲ませた萃香の笑みが浮かぶのは、同時であった。

 萃香が手を離し、鬼の身体がようやく自由を取り戻したと思ったのも束の間。一秒にも満たぬ速度で身体が歪み、縮み、そして文字通り押しつぶされた。

 本来であれば即破裂する筈だった身体を、能力で抑え込んで長持ちさせていたのもあって、その分蓄えられたエネルギーはとてつもなかった。

 散弾銃のように炸裂した血液は、四方八方に飛び散り、萃香だけでなくそれを見守る鬼の身体を濡らした。

 ――否。

 

「この私を愚弄し、喧嘩を売り、挙句の果てに命乞いをして助かろうと…いや、助けてくれると思ってるその態度が」

 

 萃香の身体には、一切の返り血が付いていない。

 

「――舐めてんだよ、この伊吹萃香を」

 

 重く、強く響く声だった。

 密と疎を操る力。この世の理すら書き換えることができる至上の異能は、伊吹萃香という絶対的な個を尊重する力。

 彼らは思いだした。

 かつて今よりもずっと、血で血を洗う暴力の世界で、かつての鬼の山で起こった格付けの戦いを。

 彼らは思い知ったのだ。

 自分勝手。乱暴狼藉。奸佞邪智な鬼たちの中で、暴力で全てが決まる妖怪社会の中で「四天王」という立場が作られていたことを。

 そして、それをずっと守り続けてきた鬼の異常さも。

 

「私はあいつに"頼まれた"んだ。悪いがお前ら――」

 

 歴代最強の百鬼夜行。百万同一鬼に属する鬼全員に。

 

 

 

 

 ――友達ってのは対等なものでしょ?だから命令なんてするわけないじゃん。

 ――…そうか。

 ――でも一つだけ、私の大切な場所。…一緒に守ってくれる?

 ――……あぁ、わかったよ。

 

 

 

 

「――塵殺だ」

 

 1000年ぶりの緊張が走る。

 

 

 

 


 

 

 

 

 百鬼夜行、それは本来相容れぬ人外を、鬼や天狗のように種族同士でいがみ合うような者も一緒くたにするものだ。

 あらゆる妖怪が、あらゆる生物が魂に鎖を植え付け、視覚から痛覚、あらゆる感覚を、命を共有し進軍を続ける生物兵器。

 一人が死のうとも、二人死のうと百人が死のうと。

 百鬼夜行の儀式が続く限り、一人でも生きていれば彼らはいくらでも復活でき、そして普段とは違う絶対的な力を手にできるのだ。

 鬼が、静かに佇んでいた。

 萃香もまた、同じく静かに立ったまま動かない。

 空気が、気配が、まるで時が止まったかのように変化を失った。

 互いに動かない。

 それは様子見をしているわけでも、時間を無駄に消費しているからでもない。

 妖力、気配。殺気から視線の一つ一つが次の選択を予知する判断材料であり、それによって挑戦者は決まる。

 実際戦いにおいて、このような機微は存在するし、現にこうして起こっているのだから疑いようもない。

 しかし異質なのは、気味の悪さすら覚えるのは。

 たった一人の萃香に対し、千人いる筈の鬼が、その殺気と拮抗しているということ。

 

「お、おい……どうする……?」

 

 誰かがそう言った。

 まだ若く、戦いにおける常識を知らぬ素人だった。

 誰もが動かず、そしてそれに違和感を覚えたからこそ、つい口に出してしまった。

 そしてそれは、既に戦いが始まったこの場において、致命的な弱点となってしまう。

 萃香が動き。

 その拳が炸裂した。

 

「――ぐげゃッ!!」

 

 一撃だった。

 萃香が足を踏み込んだ時点でもう、その身体は百鬼夜行の中、口を開いて無防備を晒した哀れな鬼に向かって、跳躍を終えていた。

 振りぬいた拳が、まるで弾丸のように鋭く、穿つように捻って炸裂する。

 鬼は鼻から下を腕によって貫通され、そのまま頭蓋骨を掴まれて潰される。

 あまりにも一瞬だった。

 そしてそれを見切れた者も、予備動作に気づけた者もいない。

 だが一人死んだ。

 その事実だけで、彼らが動くには充分過ぎた。

 

「うおおおおおおお!!!」

「来たぞ来たぞ!お前らやっちまえっ!」

「待て、俺が先だ!一対一じゃないと卑怯だろう!」

「勝ち方にこだわるのは相手を侮っている証拠よ!」

「そうだ!千人がかりでやっちまえ!」

「殺せ!」

「殺せ!!」

 

 ――殺せ!!!

 堰を切るように、鬼たちは次々と動き出した。

 皆が呼吸を忘れ、目を血走らせ、殴る蹴る以外の全てを忘れて愚直に突っ込んでいく。

 それを、当然のように萃香が迎撃する。

 一人、鬼の身体が千切れて飛ぶ。

 二人。霧が晴れるように消滅した。

 三人、四人から五人。

 当然のように絶命し、消えていく。

 勿論今も百鬼夜行は続いている為、この攻撃で絶命させたとしても、それが続くのはほんの数秒。

 最初に萃香が破壊した鬼は、既に顎まで再生を終えており、再び立ち向かってきた。

 

「――ミッシングパワー」

 

 攻撃の隙間を狙おうとした、鬼の全力の体当たり。

 それを避け、萃香は妖力と、そして密度を極限にまで高めた拳を振り、再びその鬼を絶命させる。

 その隙を、他の鬼が狙ってきた。

 

「ミッシングパワー」

 

 背中を狙う鬼がいた。

 

「天手力男投げ」

 

 無防備な頬を狙う鬼が。

 

「ミッシングパワー」

 

 角を狙う鬼。

 

「投擲の天岩戸」

 

 腕。

 

「…ミッシングパワー」

 

 足。

 

「――ミッシングパワー…!」

 

 右足を狙う鬼と左腕を狙う鬼と目を狙う鬼と背中を狙う鬼と右手を狙う鬼と肩を狙う鬼と腹を狙う鬼と耳を狙う鬼と背中を狙う鬼と右手を狙う鬼と肩を狙う鬼と右足を狙う鬼と左腕を狙う鬼と目を狙う鬼と背中を狙う鬼と右手を狙う鬼と肩を狙う鬼と腹を狙う鬼と耳を狙う鬼と右足を狙う鬼と左腕を狙う鬼と目を狙う鬼と背中を狙う鬼と右手を狙う鬼と肩を狙う鬼と腹を狙う鬼と耳を狙う鬼と背中を狙う鬼と右足を狙う鬼と左腕を狙う鬼と目を狙う鬼と背中を狙う鬼と右手を狙う鬼と肩を狙う鬼と腹を狙う鬼と耳を狙う鬼と背中を狙う鬼と右手を狙う鬼と肩を狙う鬼と右足を狙う鬼と左腕を狙う鬼と目を狙う鬼と背中を狙う鬼と右手を狙う鬼と肩を狙う鬼と腹を狙う鬼と耳を狙う鬼と右足を狙う鬼と左腕を狙う鬼と目を狙う鬼――

 

「進め進め進めェ!!」

「お前らもっと腰に力入れろ!もっと走れ!」

「俺を使え!俺の身体を盾にしろ!」

「俺を狙え!」

「いいや俺だ!」

「俺を狙え萃香ァ!!」

 

 違和感。

 最初こそ風に吹かれた葉のように、萃香の放つ拳圧によって、何度も吹っ飛び肉の津波を生み出していた。

 しかし今はどうだ?

 確かにダメージは刻んだ。

 今もこちらに向かう鬼のほとんどが、異常なまでに身体を痙攣させ、そして血を吐きながら気絶している。

 ――気絶しているのだ。

 

「俺を持っていけ!」

「俺も!」

「いいや俺もだ!俺を狙え!俺を殺してみろ萃香ァ!!!」

 

 攻撃を喰らった鬼自身が痛みを堪えている訳でも、ましてや攻撃に耐え切った訳でもない。

 彼らはずっと動いていない。一時的に死んでいる者だっている。

 死体を、仲間を、彼らは盾にし全力で萃香に…否。

 萃香が守る諏訪大国に向かって、前進を続けているのだ。

 

「この…!」

 

 防衛戦とも呼べる作業だ。

 何度も何度も突撃を繰り返し、我先にと国に向かって走り出す、同族の仲間を殺していく。

 仲間の為に犠牲になる…そんな尊い精神論のような、生温い考えでは断じてない。

 人間にも、天狗にも理解できない、されない鬼特有の狂った価値観。もっと恐ろしい何かが彼らを突き動かしている。

 そして、それはあまりにも効果的過ぎた。

 

「行け!()()()()国の人間を殺せば俺らの勝ちだ!」

「ワシも行くぞ!この命捨ててやるわ!」

「行けェエエエエッ!!!!!」

 

 唯一の勝利条件。

 伊吹萃香は諏訪大国の主、洩矢諏訪子にこの国を「任された」のだ。

 鬼の矜持とも言えるそれは、国を守るという破壊を好む鬼からすれば、茨の道を進むが如く。

 任された国を、こうして百鬼夜行を止めるにしろ、一人でも逃し、そして誰かが犠牲になってしまえば、果たしてそれは「任された」と言えるのか?

 否。そのような疑問を覚える時点で、もしもの想定でそれを出した時点で、萃香の中で敗北は決まってしまう。

 鬼は、最強の百鬼夜行。"百万同一鬼"はそれを見抜いた。だからこそ命を、仲間を捨て駒に国への前進に全てを賭けた。

 

 ――考えろ!

 

 少しでも逃せば、お前の負けだと。

 

 ――さぁ迷え!

 

 一人でも殺せば、お前の矜持に傷をつけて勝てると。

 

 集中し――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………マジか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を零したのは、ある一人の老いた鬼だった。

 ()()を、萃香が見せたその行動が意味することを。

 そしてこれから起こる、見ることができる光景に。

 まるで、初めて彼女と出会った頃のような、子供のように純粋な心を、この時取り戻した。

 萃香の腕が動く。

 

 ――来るぞ…!

 

 指が、手が。

 

 ――さぁ来るぞ…!!

 

 手印が刻む、世界を塗り替える心象風景の極地。

 

 ――来るぞ来るぞ来るぞ来るぞ!!!

 

 山の四天王、伊吹萃香。

 一か八か。

 

「…………」

 

 0.2秒の――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 0.2秒は萃香が勘で設定した。

 百鬼夜行に属する全ての鬼を"百万同一鬼"を完全消滅させる為に必要な効果範囲、それを最短で形成しかつ、必然的に巻き込んでしまう諏訪大国に影響を及ぼさない刹那の時。

 後遺症はなく、必中による傷害もなく、その濃密な妖力と能力によって感覚を散らし、意識の混雑によって一種の硬直状態(フリーズ)を引き起こす。

 言ってしまえばその程度、人間ですら耐えられるレベルの精神へのダメージ。

 今この瞬間にも、百鬼夜行は再び動き出すかもしれない。

 

 ――故に、反撃(カウンター)は萃香を中心にした、近い距離の者から優先して行う。

 

 山の四天王、伊吹萃香は百鬼夜行に属する鬼、およそ1000体を。

 

「はぁ…クソッ…!」

 

 299秒で塵殺――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その疲労による一瞬の隙を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しいなぁ――萃香」

 

 彼女(華扇)は決して見逃さない。




 神奈子様
大百足危険すぎるなぁ…対策しないとなぁ…おっもう転生できない?じゃあ今のうちに倒した方がいい…ってコト!?
でも諏訪子が邪魔するだろうしなぁ…申し訳ないけど退場ッ(獄門彊並感)

 萃香
ちょっと疲れた

 華扇
そのうち「うるせぇチ〇カス」が炸裂するかもしれない

 勇儀
モリモリ行こうか

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。