【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

52 / 147
 明日も五時に出します


52話.先代結界④"全部"

『お前のことはよく覚えている』

 

 懐かしいあの時の話だと、彼女は言う。

 身体の主導権の綱引きを繰り返し続けながら、そして何とかそれに勝利し、笑う。

 

『長い封印の影響か、自我も希薄で人語すらまともに話せなかった。…あぁそうとも、覚えているさ』

 

 一時的に身体の支配権を奪われ、首を絞められる。

 いつ窒息で気を失ってもおかしくない状態だ。こうしている間にも力は強まっている。

 それでも堕涅は、その言葉を止めなかった。

 

『私に滅ぼされる運命であった天狗共。そして何かの悪戯…運命の歪みとも呼ぼうか、それによって私は討たれた。屈辱だったよ』

「そうだろうね」

 

 天魔は表情を変えずに答える。

 かつて自身を苦しめ、破滅の未来を四六時中見せ続けられた元凶とも言える存在に、冷たいくらいに素っ気ない態度であった。

 髪と翼の両方と同じく、宝石のように淡い輝きを放っている黒い瞳。

 普段から彼女を見ていた龍だからこそ、その小さな変化に気づくことができた。

 ――笑っていない。

 自分の底を見せない、相手に実力を悟られず、腹の内を探られないように習慣付けた偽の笑顔。

 それすらない。顔はあくまでも「笑っている形」に固定されているだけで、そこに精神の抑揚から起こる優しい熱はない。

 冷たく、そして溶岩にも負けぬ怒りの熱が秘められている。

 そういう目だ。そしてそれを彼女が見せたのは、過去に二度しかなく。

 そのどれもが「天魔」という最初から用意された立場によるものではなくて――

 

『私に怯え、破滅を恐れて逃げ腰だったお前がよくも、まぁ』

「ははっ」

 

 天魔は笑う。

 堕涅の蔑み、愚弄の言葉を聞いても顔色一つ変えない。

 だが龍は知っている。

 その笑顔の仮面の裏側にあるものは。

 その仮面がどのようにして作られたのかを。

 ――それは筆舌に尽くしがたい怒りと、そして憎しみを携えた究極の無であることも。

 

「左から首に」

 

 その呟きは、それを零した天魔以外には聞こえなかった。

 堕涅が突然、不意打ちで唯一自由に動かせる左手を使い、振るったツルハシ。

 しかし、浅い。

 その攻撃によって呟き自体はかき消されたものの、首を少しだけ傾けた天魔のすぐ横をツルハシが通り過ぎ、空気を切る音のみが響いた現実の前では、無意味としか言えない。

 だが、たとえ不完全であろうとも。

 

『舐められたものだな』

 

 赤い線が走る。

 同時に、もう随分長い間知ることもなかった感覚が。

 頬から発せられる鈍い痛みが天魔を襲う。

 堕涅は笑った。

 

『風を操る天狗が、私を抑えられると思ったか?』

 

 堕涅が先ほどまで立っていた場所には、風によって作られた透明な檻があった。

 目的など簡単にわかる。無力化だ。

 だがそれが意味することを、龍は嘘であってくれと願いながら、同時に残酷なまでに理解してしまう。

 捉えられない。

 天狗の頂点に立つ天魔ですら、堕涅の移動速度には追い付けない。

 一瞬の沈黙が場を支配する。

 

『風を操る貴様だが、同じ風に傷をつけられたのは初めてか?』

「……」

 

 堕涅に技術はなく。

 その徒手空拳も、ツルハシやシャベルを使った戦い方も、技と呼べないお粗末なものだ。

 妖怪としての膂力、暴力に身を任せて適当に振るう、それだけで彼らは強い。

 技を凌駕する力。全てをなぎ倒す圧倒的暴力。

 大妖怪とはそういうもの。そして天魔もそれと同じ、圧倒的な暴力を持っている存在の筈だった。

 

「…そうだね。たくさんの妖怪を、敵を風で切り裂き、肉を潰してきたというのに」

 

 頬から垂れる血を拭い、天魔は自虐的に笑う。

 

「その癖に、自分の血を見るのは初めてだ。それでも――」

 

 垂れる血液の流れが止まる。

 今にも重力に引っ張られ、地面に赤い染みを作る寸前だった筈のそれは、まるで逆再生をするかのように元の位置へ戻っていく。

 同時に溢れる、過剰なまでの妖力。

 本来妖怪が自己補完の範疇で垂れ流すのとは違う、同時に身体を強化し、肉体を鋼にする為のものでもない。

 過剰に活性化を促され、本来の常識を覆す異常な再生速度が、天魔の変化の正体だった。

 

『貴様』

「さて、ここまでは()()――」

 

 天魔は戦うことを選んだ。

 かつて絶望を前に無気力に、死人のように時を貪っていたあの頃とは違い、今の彼女には主がいる。

 力に恐怖し、瘴気に怯える天狗たち、その中で唯一の――洩矢諏訪子そのものを好いて、慕う者。

 その明るさに、底知れぬ実力に、優しい夢に焦がれた彼女はもう恐れない。

 かつて自分を苦しめた、怯えるしかできなかった過去と違い、天魔は立ち上がる。

 妖力と妖力を掛け合わせ、本来の倍の燃費を必要とする代わりに、絶大な再生能力を誇る技。

 使える者は限りがあり、()()()を除いた場合、これを使えるのは更に一握り。

 持久戦など考えず、最短で決着をつけることを選んだ天魔は、飛び立つ。

 

「"最悪の未来を見る"能力を持って生まれた私が望むのは。人と妖怪が過ごす――"楽園の未来を見る"こと」

 

 未来を見据えるその瞳が。

 傷を癒し、心身共に一段階ギアを上げた彼女は。

 天狗の長、空の支配者。権力というしがらみに囚われた「天魔」ではなく。

 ――そこにいたのは。

 

「その時までは死ねないね」

 

 一人の戦士。

 風を操り空を飛ぶ「鞍馬天魔」という少女だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「大人しく戦え…ねぇ」

 

 まるで何かを懐かしむように、勇儀はそう言った。

 実際、自分で言っておいてではあるのだが、それに対し内心では「確かに無理だ」と思うのが萃香だった。

 鬼とは生まれた時から強いもの。強くて当然、嘘が嫌いで酒が好き。そういうものだ。

 人間も、鬼も群れるという事実は変わらない。

 群れとして活動し、協調性というものが必要となった時、必然的に力を振るう時、何かを求める時には周りに対し"遠慮"という名の枷が生じる。

 だがそれは人間の場合だ。

 勿論人間の中にも、時に異能を持って生まれてくる者はごく僅かではあるが存在する。しかしそれは抑圧によって壊れた者。

 己の中で膨らむ異能を抱え、人であろうとするが故に、力を振るわず人間性を捨てようとしない。

 壊せる物を壊そうとしない、壊してはいけないと言い聞かせ、本来の自分から目を背ける。

 では鬼は?

 違う。鬼に人間性など必要ない。

 人のような力なき協調性も、壊してはいけないという戒めも。

 鬼とは、鬼であるからこそ鬼は、全力で振るうことを夢想し、それを求めて今日も生きる。

 結局、そこは人間と変わらないのだ。

 

「お前は酒と肉を前にした餓鬼に、"ゆっくり落ち着いて食べなさい"って言うのか?」

 

 首を傾げて言う勇儀に、萃香は答える。

 

「…いや言うだろ?」

「そうだな、これは私が悪かった。例えが悪いよな、うん」

 

 先程までの凄まじい轟音は既になく、あるのは数年ぶりとはいえ、再会を果たした親友が二人。

 一人は今も瓦礫に埋まってしまっているが、どうせ生きているだろうと勇儀も萃香も特に気にしていない。

 山の四天王として、時に殴り合い、笑い合い、そうして培ってきた絆がある。

 たとえ性格に難ありだろうが、それでもやはり、友であることに変わりはないのだ。

 

「なぁ萃香。私たちは鬼だ」

「あぁ、鬼だ」

「なら嘘なんて吐くなよ?…お前とはよく殴り合ったよな、覚えてるか?」

「あぁ、勿論」

「お前との喧嘩は楽しいって、何度でも飽きる程やりたいって私は思ってる」

「私もだ」

「そうか。そりゃよかった」

 

 勇儀は笑った。

 

「だけどな、同時に思うんだ。――"その先"を…夢でもいいから、見てみたいってな」

「殺し合いか?」

「違うさ。いや、もしかしたらそうかもしれんが…なんだ、きっとそうじゃない。それに限った話じゃないんだ。もっと単純な何かなんだ、きっと」

 

 勇儀は苦笑し、途中で言い直す。

 要領を得ない言葉だったが、萃香の持つ鬼の本能が、彼女が語る欲望に共感する。

 そして見る。

 勇儀のその眼差しを。

 萃香に向けて放たれる、渇望の光を。

 

「骨のあるやつとも戦った。私の首を取りかけたいい男もいた。――正直わかってる、これで悔いを、更に欲望を持つのはそれこそ」

 

 ――贅沢者め。

 かつて自分に対し向けられた視線、そして投げかけられた言葉。

 勇儀の脳に、あの史上最強の言葉が浮かび上がる。

 

「神奈子は私を贅沢だと言った。同じ種族、同じ価値観を分かち合える者がいる癖に、強者の孤独を憂うなってね」

「…そういうもんさ」

「いいや違う。確かに神奈子の言葉は否定しないが、萃香。――お前のそれは絶対に違う」

 

 勇儀は萃香の瞳を見つめ返した。

 怒りも、嘆きも、そこにあったのはどのような感情でもない、無。

 

「こういう漠然とした渇きってのは厄介だぜ、萃香」

 

 八坂神奈子の苦しみを、勇儀が知ることは決してない。

 同時にそれを憐みこそすれ、一方的に理解し、尊重することも絶対にない。

 持つ者は持たない者の苦しみを知らず、持たない者は持つ者の悩みを絶対に理解できない。

 神奈子がそうであったように、鬼もまたその苦しみを、力の果てのその先の充実を夢想する現実を、人間からは理解されない。

 人間からすれば、鬼は酒と肉を求め、時に己の家族すらも食する悪そのもの。

 だからこそ復讐として、鬼退治という名の行事によって鬼と、人との関係は築かれていく。

 鬼は神の苦しみを知らず、人は鬼の苦しみを知らず。

 勇儀はただ、答えを求めてここに来た。

 

「人間皆がよ。"何が不満だ?"って面で私を見やがるんだ――今のお前みたいに」

「……そうか」

「変わったな、萃香」

 

 その言葉は、羨望の気配が乗っていた。

 

「わからないんだ。いくら我慢できなかったとはいえ、お前らの戦いに横槍を入れる形になってまで、私は何を求めたのか」

「あぁ、あれは驚いた。お前らしくないぞってね」

「わからないからここに立ってる。わからないからここに来たんだ、華扇のやつが誰を殺そうが、それで誰が犠牲になろうが…それを無視してまで、本当にその答えは価値があるのかってね」

「そんなに曖昧ならやめればいいだろ」

「そうだな、中途半端は私も大嫌いだ。――でも違うんだ、そんな簡単な話じゃない、答えなんてとっくに…もう出てるんだよ」

 

 ――来る。

 

「言葉じゃ」

 

 勇儀の拳が。

 

「理屈だけじゃきっと吞み込めないから」

 

 萃香の拳が。

 

「――私はここに来たんだ!!」

 

 ぶつかり合った。

 漠然とした渇きの発露、それを彼女は既に、戦いの合図だと理解していた。

 勇儀の拳が、萃香の拳が互いに真っすぐぶつかり合い、そして威力を相殺し切れず、萃香の方が押し負ける。

 萃香の振り抜いた拳は、そのまま勇儀の腕を滑るように空振り、その代償に脇腹の位置。

 妖力で強化したとはいえ、決して軽くない攻撃が萃香を襲う。

 人間であれば肉が飛び、臓物が弾けて木端微塵になるであろう一撃を、萃香は耐えた。

 鋭く尖る意識によって、遅れて全身を走り抜ける激痛よりも先に、スローモーションで勇儀の身体が移動する。

 それはあまりにも速く、そして一切の無駄が存在しない、理不尽なまでに完成された動きだった。

 バックステップによって、それを紙一重で避けた萃香は、能力による補助を使った拳を振り抜く。

 それは鬼の膂力による本来の殴りと、そこに疎の力を掛け合わせた、軽量化による音速の拳であった。

 

(私ほどじゃないが高い身体能力と、それを更に速くする…これは疎か!)

 

 萃香の拳を鳩尾に喰らい、歯を食いしばって耐えた勇儀に、萃香は再び襲い掛かる。

 殴る。

 避けて殴る。

 それも避けて殴り返す。

 勇儀と萃香。

 鬼と鬼、山の四天王が二人。

 数百年ぶりの、それは間違いなく本気の力で行われた殴り合いだった。

 

(それを出すまでの妖力の瞬発力!鋭いせいでちゃんと防御しないと下手すりゃ貫かれるな)

(肉体の硬度に裏付けされた圧倒的耐久力(タフネス)!馬鹿デカい岩を指で突いてるみたいだ…!)

 

 萃香の戦い方は勇儀とは違ったものだ。

 対象を抉る、刃物のように鋭い拳撃は力そのものにものを言わせた、勇儀の大雑把とも呼べる戦法のとは系統が違うもの。

 故に真正面からはぶつからない。萃香の本領はそこではない。

 だがそれで――

 

「なぁ!萃香!!」

 

 勇儀が叫ぶ。

 同時にその技が、今まで以上に力を込めたものであることを。

 萃香の足を巻き込むように沈む地面が、そして襲い掛かる背中が証明する。

 

「ッ――」

「何が不満かって!?あぁ――わかってんじゃねぇか!!」

 

 だがそれで、鬼の本能は抑えきれない――

 勇儀の持つ「怪力乱神」が、本来は当てることすらできない萃香の霧の身体を捉え、その衝撃を十二分に伝える。

 対する萃香も、「密と疎」による防御、回避は不可能であることを即座に理解し、限界まで密度を大きくすることで、その肉体硬度は鋼を超えたものに進化を遂げる。

 勇儀と萃香の背中同士がぶつかり、軋む。

 鬼の膂力VS鬼の膂力――

 怪力乱神VS究極の密度――

 そのぶつかり合いは、互いにぶつけ合った背中が見せる、鉄山靠(てつざんこう)による力の拮抗は。

 

「満ち足りてねぇから――」

 

 衝撃。

 大気が破裂し。

 妖力が炸裂し。

 肉と骨を砕き、萃香の身体が弾け飛ぶ。

 その想像を絶する衝撃に、萃香は声にならない叫びを上げた。

 

「~~~~~ッ!!」

「不満なんだろ!!」

 

 ――喧嘩上等!

 ――贅沢上等!

 身の丈に合った、合わないなど知ったことか。

 自分より恵まれた者など、逆に持たぬ者の苦しみなど知ったことか!

 勇儀はただ、この場に熱を求めに来た。

 戦いを。

 その先にある、果てにきっとある筈の何かを求めて。

 ――私は私だ!

 ――お前はなんだ?

 ――鬼だろう、星熊勇儀!!!

 

「"絶巓(ぜってん)" "合点(がってん)"――」

 

 未だ衝撃を殺しきれず、バウンドを繰り返して吹っ飛び続ける萃香。

 決して油断も、手加減もしない詠唱付きの本気の一撃。

 それが反撃も防御もできない、無防備な彼女を襲う――

 

「"焦点(しょうてん)" "獅子(しし)背信(はいしん)" "降魔(ごうま)(とばり)"」

 

 上空から襲い掛かる、十数本もの石柱。

 いつの間にか既に脱出を終えており、星空を背に、上空から技を貯めて用意していた華扇だった。

 萃香は睨む。

 

「華扇…!」

「おいおい!私は仲間外れか?あ"ぁ"!!??」

 

 大気を、萃香の身体を貫く呪術が込められた石柱。

 肉を破壊する刺突が、込められた呪いが彼女の魂を穢し、萃香は見た目以上に膨大なダメージを受けることになる。

 詠唱を遮られ、それどころか自分たちの戦いの邪魔をされた怒りが、勇儀の理性を吹っ飛ばした。

 

「テメェ…!」

 

 戦場は視界の全て。

 敵は二人、自分かそれ以外か。

 それは確認などする必要もない、今この場にいる者の総意であり、弱った相手に攻撃するのも、その結果横槍を入れた形になるのも重々承知しているつもりだった。

 だが、それとこれは別だ。

 わかってはいるが、それでもムカつくものはムカつくしぶん殴りたい。

 鬼とは面倒な生き物である。

 

「華扇!!」

 

 勇儀は血管を腕全体に浮き上がらせ、地面に刺さった一本の石柱を、亀裂が走る程に強く握りしめる。

 華扇の妖力と呪術が込められた石柱は、主以外の気配に反応し、その身体に凄まじい量の毒を注入する。

 勇儀の身体に、勇儀のものとは違う別の力が流れ込む。

 誰のか、言うまでもなく華扇だ。

 華扇の妖力が毒となり、勇儀の身体を蝕む――よりも早く、勇儀はそれをぶん投げた。

 

「――邪魔ァすんな!!!」

 

 凄まじい投擲だった。

 華扇が先ほど放った奥義、三歩殲滅に並ぶかそれ以上。その運動エネルギーによって、石柱は空を走る。

 その凄まじい速度に、石柱は自壊し半分が消える。

 華扇の目前にやってきた頃には、既に石柱は三分の二が消えていた。

 しかしだからと言って、その石柱には油断できない破壊力が秘められているのは確かで。

 

「このっ…」

 

 咄嗟に両腕を突き出し、受け止める。

 しかし勇儀の常識外れの身体能力、そして怪力乱神による補助も加えた全力の投擲。

 上空で待機していた華扇は、その衝撃をいなし切ることができず、そのまま石柱に押されて更に上へ。

 そのまま数十m程距離を伸ばし、そうしてやっと止まったそれを。華扇は。

 

「っっるせぇドブカス!!!」

 

 ――投げ返す。

 先ほど以上に力を、呪術を込めて放った致死の猛毒。

 勇儀に劣り、萃香に勝るとも劣らない程度の身体能力だが、それでも高所というアドバンテージを得たそれは、勇儀ですら反応が遅れるものだった。

 粉塵が舞う。

 

「キクなぁ…!」

 

 口から垂れる血を拭い、勇儀は笑う。

 バチバチと、華扇の込めた呪術に反発する勇儀の異能「怪力乱神」が放つ赤い閃光。

 この世に漠然と存在する「力」という曖昧な概念。人が天災と恐怖し、敬う力の結晶そのもの。

 華扇の呪術は異能によるものではない、彼女自身の技術の結晶。

 しかし、勇儀ですら怪力乱神に頼らねば弾けない呪術を、防御できずに喰らったのは――

 

「ハッ…しぶといな」

 

 華扇が見下ろす先、石柱の山から出てきた萃香。

 しかしその右手は焼け焦げ、全身を赤く血で染めている。

 勇儀による一撃、そこを突いた華扇の呪術による四天王奥義。

 萃香の肉体強度は華扇の遥か上を行く、しかしどれほど優れた身体能力を持とうとも、同じ「山の四天王」相手の攻撃を受け続ければ限界が来る。

 ――底が見えた。

 

「…萃香」

 

 ――衰えた。

 何度も殴り合ったから、ずっと昔からの付き合いだからこそわかる。

 今の彼女は、伊吹萃香という鬼は悲しさを覚えるくらいに弱体化している。

 今までの彼女なら、山を下りる前の彼女だったら。

 そこまで考えて、勇儀は何を馬鹿なことをと、戒めを込めて自分を殴った。

 その憐憫が彼女に対する冒涜だと、そう思ったから。

 この変化も、他ならぬ彼女が選んだ道だと、わかっているから。

 

「フン。むしろ都合がいいな、そのまま醜く衰えた自分を自覚して死ね」

 

 華扇は勇儀と違い、息を荒げて血を流す萃香を、蔑んだ目で見下した。

 自分たちと違い、鬼の誇りを保ったまま姿を消した彼女。

 だがこうして再会すれば、その結果はこうだ。

 鬼としての、強者の誇りと栄光。

 そして茨木童子という、殺戮に溺れる残虐な本能による嫌悪感。

 ――そんな時だった。

 

『すず、ズす…』

 

 ねちゃりと、小さな音を立てて何かが姿を見せた。

 とても小さな、取るに足らない弱小な祟り神が――

 

『す、萃香ザァぁあン…』

 

 違和感。

 

『モ"もウ避難完了じマしだぁ"~…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――違和感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――勇儀は人間を狙わないが、巻き込むことには躊躇しない。

 ――華扇は論外。あいつは最大限の警戒を、そして誘導を。

 ――できればもう少し距離を取りたかったが、仕方ない。

 

「おいおい、マジか?」

 

 どういう理屈だ?勇儀は目の前で起きている現実に対し、ただ驚愕するしかできない。

 それは華扇も同じで、二人揃って目の前の、萃香が見せた変化を静かに見守る。

 警戒。

 ――身の毛がよだつ、圧倒的な気配。

 百万同一鬼の塵殺、そして茨木華扇と星熊勇儀という、同じ四天王の強敵を相手にした連戦は、萃香に真の奥の手を切らせるに至る。

 国中。

 諏訪大国を包むように展開し、そして数多の分身体を作ることで力を、魂を分け与えていた萃香"たち"が、今一つに収束しているのだ。

 

「集めてんだよ、()()()()()を」

 

 萃香は不敵に笑い、そう言った。

 同時に吹き荒れる突風は、それが彼女の持つ力、妖力やら強者の圧やら、全てをひっくるめたものである。

 集まった萃香の身体が、とうとう収束し完全なる個の力が復活を遂げる。

 

(完全顕現…?まだ余力を…これがあいつの…)

(どういう理屈だ…?萃香自身の妖力もまた湧いてきてやがる…!)

 

 今までにも何度か、勇儀は萃香の能力を目で見たことがある。

 自身を飛ばし、その場にいてその場にいない、曖昧な状態をあえて保ち、そしてそれを大陸全土に広げることで、あらゆる場所に転移することもできた。

 そして、勇儀はある種の納得と共に、身を震わせる興奮を我慢できなかった。

 今まで何度も戦った。

 何度もその背中を見た。

 何度も何度も何度も戦って、力を見続けてきたそれが。

 ――全て、弱体化した状態のものであることを。

 

 

 

 

「勇儀、華扇」

 

 人を知り。

 愛を知り。

 弱さを知り、業を背負った御伽の国を生きた鬼。

 山の四天王が一人、伊吹萃香。

 

()()

 

 ――彼女の全てが(さら)け出る。




 おそらく2話後には7割の読者が「天魔よくやった」と言うことでしょう
 感想気軽にお願いします

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。