【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 明日は六時に出します


53話.先代結界⑤三重奏

 空中に遊離した己の身体を、力そのものを一つに纏め、圧縮する。

 国に、空に、海に溶けていた見えない自分が、今この瞬間に在るべき場所へ回帰する。

 それは人が息を吸い、吐くのと同じ「当たり前」だった。散らしていた自分を自分に戻すのは、それに抗うのと同等の苦痛を代償とする。

 呼吸を封じれば人は苦しむ。空腹から目を逸らせば、生命維持に支障をきたすのと同じように。

 過剰なまでに力を一つに纏め、そして復活を遂げた「密と疎」の力。

 その小さな肉体には決して収まらない、人知を超えた究極の質量である「密」の力。

 そして同時に、風に吹かれても揺らがぬ重さを保つと同時に、0から100へのトップスピードを実現できる「疎」の力。

 本来は決して両立できない筈の、圧縮した鋼と掴めぬ霧の肉体の実現。その二つの力を同時に並列起動させる。

 臨界点を超えた鬼の膂力と、概念に干渉する異能を携えた存在が、再びこの世に顕現する。

 散らした己の身体を元に戻し、過剰なまでに妖力と魂を吸収した、一時的な強化形態によって萃香は。

 

 ・100%の精度で顕現する「密と疎」の制限解除。

 ・星熊勇儀に勝るとも劣らない究極の肉体と、あらゆるダメージを無効化する透過の同時発動。

 ・妖力の補填と妖力総量の増加、そしてそれに比例した出力・身体能力の強化。

 

 の、三つの力を得る。

 拳を握り、理すらも握り潰す暴力を纏い、萃香は立ち上がる。

 ――そして、この力の最大持続可能時間は。

 

「よし――行こうか」

 

 ()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇儀と華扇、同じ笑みを浮かべた者は、その変化に歓喜する。

 その笑みは感動。しかし今まで華扇は勿論、勇儀ですら知らなかったその力は、つまり同じ四天王相手にも、本来の実力を隠し続けてきたということ。

 鬼は嘘が嫌いだ。

 それでも、その隠されたという苛立ちなど既に、これから始まる戦いへの期待でかき消されていた。

 萃香が膝を曲げた。

 一瞬の空気の揺らぎと共に、勇儀と華扇に走る、鬼の生存本能を揺さぶる殺気――

 萃香は飛んだ。

 何十mものクレーターが後から生まれ、轟音と共に瓦礫が宙を舞う。

 その時には、最初にクレーターが発生する直前の、地面に走る一本の線が見えた頃には。

 既に。萃香は華扇の背後にいた。

 

「――!」

 

 早い!

 華扇が内心でそう驚いたのは、激痛と共に地面に叩きつけられた後であった。

 その一瞬で、華扇の中の戦いの感覚が尖り、時間の流れが緩やかに進行する。

 鉄をぶつけられたようだ。

 それはただの例えであり、実際に鬼からすれば岩や鉄など警戒するに値しない。

 まるで人が火を恐れ、岩を殴ろうとも何も起こせない。――純粋で単純な力の差。

 それに気づいた時、華扇の理性が怒りで吹っ飛ぶ。

 

「――ふざけんな!」

 

 空中で待機させていた石柱が動く。

 勇儀に破壊された一本と、先ほど萃香にぶつけたのは七本。

 つまり上空には今、二本だけだがいつでも攻撃に移れるように漂い続けていたのだ。

 それに、再び攻撃命令が下される。

 攻撃する石柱は一本。

 あえて一つに"縛る"ことで威力を更に上げ、そして速度もそれに比例したものに。

 同時に華扇は身体を捻り、足技によって萃香へ一撃を加えようとする。

 その間も、石柱は加速し、もうすぐ萃香の頭を貫く距離にまでたどり着く。

 元から凄まじい速度を誇っていた石柱、その投擲速度は壁を破り、今日見せた中でも更に上の、音速を超えた一撃を披露した。

 

「ぐはっ……!」

 

 ――華扇の身体を貫く石柱と共に。

 激痛。

 先ほど萃香の身体を払うように、首を狙って放った足技が、当たっていない。

 否、避けられる筈などなかった筈だ。

 華扇は萃香の身体に対し、絶対に攻撃を当てられるよう向きを調整して、萃香の頬を抉る角度から攻撃を加えた。

 それを避ける為には、一瞬とはいえ華扇の身体から手を離し、身体を動かさなければならない筈。

 だが今はどうだ?

 萃香は華扇の頭を掴んだまま。

 つまりどういう原理か、萃香は華扇の攻撃に"何か"をしたことで、本来であれば不可能な拘束と回避を両立させたことになる。

 だがそんなのはどうでもいい。

 何が起こった?

 今、あいつを貫いた筈の石柱は。

 ――必中の呪術を込めた一撃は。

 

「おいおいおいおい…おい萃香…!」

 

 それを見て、勇儀は笑う。

 その溢れんばかりの、狂気とも呼べる戦いの愉悦と、身体を震わす興奮を全て力に変えた。

 目の前で起こっているのは、ありふれた鬼の殴り合いとは違う。

 殺意はまだしも、敵意と戦意で満ちたその先。

 かつて夢想した渇きを、欲望を満たす場所が、目の前に現れたという事実。

 それが、勇儀の心を震わせた。

 

「熱すぎんだろ萃香ァ!!」

 

 拳と拳がぶつかり合った。

 勇儀の放つ「怪力乱神」と、萃香が放つ「密度」の暴力。

 だがそれは、先ほどまでの一方的なものではなく、拮抗だった。

 萃香の完全顕現中のみ可能となる「密と疎を操る程度の能力」による限界を超えた質量の拳。

 それでも「星熊勇儀と怪力乱神」の二つ、それが持つ出力にはやや劣る。

 馬鹿正直に殴り合い、力のみでぶつかり合ったとしても、萃香が負けることは当然だった。

 その欠点を補う、萃香は「疎」の力による速度強化は、怪力乱神と張り合える物にまで進化を遂げていたのだった。

 火花が走った。

 勇儀の怪力乱神が雄叫びをあげ、その全身に赤い閃光を迸らせる。

 大気を切り裂き、山を砕き、神霊や妖怪を無条件で蒸発させる「力そのもの」が躍動し、萃香との力の綱引きを征するに至る。

 拳を振り抜き、言葉にならぬ叫びと同時に、萃香の身体は吹っ飛んだ。

 

「これも弾くか!!」

 

 だがダメージなし。

 あまりにも近しい出力によって、互いに互いの攻撃を弱め、そして衝撃のみを残してそれ以外を消したからだ。

 萃香の身体は宙を舞い、そして空中で回転速度を上げると共に、その衝撃も完全に殺し切ってから着地。

 よく見れば、勇儀と比べ萃香の出力はやや劣る為、相殺し切れなかった分のダメージが、彼女の拳を焼き焦がしていた。

 単純な硬さは勇儀か、それ以上。

 

「いってぇなァ……!」

 

 萃香が再び殴りかかる。

 凄まじい打撃音が響き渡り、萃香の拳が勇儀の頬に突き刺さる。

 あまりの重さ、質量が放つ能力による外延すらも砕く膂力によって、顔が半分潰れたかのようにも見えた。

 勇儀の身体が吹っ飛び、そして転がる間にも萃香は加速する。

 その回転の刹那、勇儀の顔が空を向いた瞬間を狙い、萃香は重力を味方につけた一撃を振り下ろす。

 肉と骨が盛大に軋む音がした。

 萃香が拳を振り下ろすよりも先に。首の筋肉を全力で使い、頭突きによって加速する前に受け止める。

 鬼の誇りである角を使い、衝撃を受け止め続けながら。

 

「まだまだ祭りは始まったばかりだ!そうだろ!!」

 

 再び、萃香の身体に衝撃が走る。

 勇儀が地面に自ら埋もれる程の力と共に、地面を叩いた反動で腰を浮かせ、蹴りを放った。

 本来は触れられない筈の霧の身体は、再び怪力乱神による恩恵と共に無効化される。

 勇儀の足を鳩尾に喰らい、流石に顔を顰めた萃香。

 勇儀は口に溜まった血を吐き捨て、笑う。

 

「まだまだ!モリモリ行こうか!なぁ!!」

 

 勇儀の全身に走る閃光が、両腕に集中して更に輝きを増す。

 戦いのボルテージは限界を知らず、三者それぞれ思いを胸に、戦況は更に変わる。

 誓いを果たす為。暴虐の悦を満たす為。渇きを満たす為。

 この戦いは、もはや誰にも止めることはできないし、止める必要もない。

 拳と拳が再びぶつかる。

 言葉以上に、衝撃以上に何か別のもの、それ以外の何かでやり取りが交わされる。

 ――決着は、近い。

 

 

 

 


 

 

 

 

 龍は目の前で起こっている現実に、信じられないものを見るような目をしていた。

 風は今も山を覆い、衰えることなく顕在している。

 決して誰も、鼠一匹すら逃さないように張られた、風による純粋な結界を維持したまま、天魔はかつての宿敵と戦っている。

 だが、それはあまりにも無茶であると、最初はそう思っていた。

 大百足という妖怪が最初に暴れたのは古代の時代、しかしその実。彼は神代の出身である。

 生きた年月は知識となり。蓄えた知識は武力となり、年月は脅威と比例する。

 ただでさえ、封印による作用で知能が衰え、言葉も戦い方も忘れた時の堕涅でさえ、天魔はおろか全天狗が負けを受け入れた。

 勿論それは、天魔がかつて見た破滅の未来の中であって、現実では天魔以外、彼の脅威を知らない。

 それは幸か不幸か、決して誰にも共感はされず、そして苦痛を共有する相手もいない。

 どれほどの孤独だったのだろう、それを龍は知る由もない。

 だが間違いなく、あの時、諏訪子に堕涅の討伐を任せた天魔の表情には、隠し切れない堕涅への恐怖があった。

 しかしどうだ。

 今の彼女は、その空を舞う美しい姿は。

 

「次は右、左下から2秒後に翼を狙ってここで右、その後下から4秒後に…」

「やるなぁ天魔!オラッ!お前もさっさと俺の身体返せよな!」

『ッ…黙れ!』

 

 百足の大群、そして堕涅の攻撃を避け続けながら天魔は舞う。

 それを見て、百々世は自分の首を絞めながら面白そうに笑っていた。

 恐れが消え、拮抗が崩れ、人質すらも取れないこの現状は、正に劣勢と言わざるを得ない。

 

 ――先読み。

 

 肉体の主導権を奪い切れず、それどころか今もこうしている間にも、堕涅は姫虫百々世という器に抵抗されている。

 一時的に抑え込み、天魔を殺そうと戦いを始めたまではよかった。

 しかし時間が過ぎる度、頬を、腕を掠っていた筈のツルハシが、段々と遠く感じるようになった。

 最初は気のせいだと思った。

 だが違う。間違いなく精度が上がってきている。

 頬の肉を抉り、皮を剥がすギリギリでの回避は、今や神技としか言えない皮にすら触れられない最低限の回避となり、天魔は堕涅を翻弄する。

 天魔が有利に、逆に堕涅に焦りが生まれ、精神が弱くなった隙を、百々世は決して見逃さない。

 漆黒の瞳が真っすぐに、堕涅を見据えて。

 

「妖怪というものは面白くてね、ある一定の年月を過ごした者、そして生まれつきの強さでも変わるが…基本的に人の形を取ることが多い」

 

 天魔が手の平を向け、堕涅の隣にいた百足のみに限定し、竜巻を放つ。

 空にまで届く程のそれは、周りに一切の被害を出さず、代わりに百足の絶命と共に撒き散らされる予定だった赤黒い血液を吸収。

 その全てを飲み込み、真っ赤な竜巻として生まれ変わると共に、その不純物を空に、その先に目掛けて思いっきり噴出した。

 大気圏を超え、二度と地上には降りてこられない、かつての命だったもの。

 それをただの片手で、能力による補助もなしでやり遂げた。

 これが天狗の頂点――鞍馬天魔の力。

 龍はただ、純粋な尊敬の意で、決して見逃すまいと目を血走らせ、瞬きも忘れてのめり込む。

 天狗という括りには収まり切らない、異能に頼らぬ本来の力そのもの。

 一体この力を得る為に、どれほどの鍛錬を重ねてきたのか。

 どのような挫折を、そして覚悟を持ってきたのかは知る由もない。

 しかし、そんな彼女がこうして、自分とその親友を助けてくれること。

 そんな彼女がこれからも、天狗の頂点として君臨するという現実に、ただ感服するしかなかった。

 

「人間の形は美しい。力に依存せず、知恵という名の武器を十二分に利用する為に、足先から頭のてっぺんまで、一切の無駄がない」

 

 天魔は語る。

 その造形に、人外の力が加わり理不尽が生まれる。

 だからこそ人としての形、人間の身体というのは神であろうと、妖怪であろうと固執する完璧そのものであると。

 天魔は自分の手の平を眺め。

 

「昔の自分にも見せてやりたいね、この境地を」

『だからなんだ。ただの大百足に戻り…知能すら消えた頃の私に怯えたお前程度が』

「知ってるかい?その代わり人体というのは弱点が多い。爪であったり肋骨であったり、そして何より予備動作とやらだね、うん。私も初めてこの身体になった時は――」

 

 堕涅の挑発を聞き流し、天魔は言う。

 

「…異能とは望みだ、能力とは自我の結晶だ。少し思い出話をしようか?私は昔から目が人より良くってね、そのおかげで"先を見通す"だなんて、名前だけ立派な未来予知能力を持ってしまった」

『だから?』

「戦いの最中、相手の行動を予知できる…とかなら良かったんだけどね、どうやらこの能力は政策向きで、"戦いでは一切使えない"なんて…私は生まれつき()()()()()()のさ。辛いよねぇ」

『…要点を言え』

「言っただろう?私は()()()()んだ――」

 

 小さな暴風が吹き荒れ、天魔の身体が加速する。

 堕涅は勿論それを捉えた。

 いくら身体が抵抗され、思うように動かせなくとも、魂に刻まれた感覚だけは違う。

 大妖怪としての、堕涅としての強さは誰にも邪魔できず、天魔の突撃を見切った堕涅は、後ろに下がった時点で既に、ツルハシを左手で握り、振り上げていた。

 瘴気が纏われる。

 

『死ね』

 

 そして、思いっきり振り下ろしたツルハシを。

 

「――返すよ」

 

 天魔は、堕涅の背後でそう言いながら、同じくツルハシを振り上げていた。

 それに驚く暇もなく、堕涅はただ肉体の反射に任せて、全身の力を使って飛び上がる。

 咄嗟に左手を見れば、後から痛みを自覚し、熱を放つ無数の切り傷がそこにはある。

 風によるものだ。

 誰が?言うまでもなくあいつだ、天魔だ。

 だが何よりも不可解なのは、その風の持つ妖力の残滓が、目前にある空間にぽつんと、今も佇んでいること。

 ――(トラップ)

 それは戦いの中では基本中の基本。相手の行動を予測し、あえてそこに爆弾を仕掛け、炸裂する。

 だがいつだ?一体どのタイミングでそれを仕掛けた?

 堕涅の優れた頭脳が回転を始める前に、その変化は訪れた。

 

『ぐ。ゥ…ウウ…!』

 

 堕涅の表情が歪み、そして瘴気が更に身体から溢れ出す。

 そして次第に、その瞳が血走り、口から涎を垂れ流しながら、堕涅は腕を脱力させる。

 無限の食欲を持ち、食べただけ単為生殖を行う大百足。一時的にとはいえ、覚醒したことに変わりはない彼にとって、最も危惧するべき事態が訪れた。

 ――覚醒直後の飢餓状態。

 餌を、力を求める今の堕涅には、かつての大妖怪としての威厳も理性もなく。

 あるのは、醜い食欲の権化。

 

『――私ハ!!』

 

 堕涅の身体が跳躍し、()()()()に向かって飛んでいく。

 

『鉄ノ味ガ好キダ!!!』

 

 本能のまま、己が求める極上の餌。

 それの気配を感じた堕涅は、天魔たちを無視してその場所へ向かう。

 ――だがそれを。

 

「――駄目だってば」

 

 かつてと違い、人の身体を持ってしまった堕涅。

 その身体、腕から足の全て、決して逃れられぬ筋肉の僅かな硬直、脱力を見切り、行動の先読みを極めた天魔の敵ではなく。

 百足の全てを潰し、そしてあらゆる障害を取り除いた彼女にとっては、僅かに残っていた堕涅の理性が吹っ飛んだ、今の愚直な行動など簡単に読めた。

 天魔の作る風の檻が。

 空を統べる者の力が、堕涅の身体を完全に拘束する。

 

「――君の未来はもう見える」

 

 天魔はもう恐れない。

 もうかつてのように、強大な敵に対して悩むことも、逃げることなど決してない。

 ただ今の自分にできることを。

 偉大なる神、自分たちを救った土着神の信頼に応える為に。

 洩矢諏訪子と同じ、王としての風格を放ちながら言う。

 

「君では。私に勝てないよ」

 

 堕涅の未来は、この時完全に決まってしまった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 衝撃。

 殴られれば殴り返す。

 殴り返されれば再び殴る。

 蹴って、殴って、蹴り返して殴り返して。

 言葉など、理性などまるで無粋だと言わんばかりに、彼女たちはただ暴れ続ける。

 ひたすら攻撃を堪え、耐えて反撃をする勇儀。

 ただひたすらに攻撃を続け、勇儀の反撃に顔を顰めながらも、決してその速さは衰えない。

 防御など必要なく、それはこの"熱"を冷ます不純物でしかない。

 互いに、一定の強さを持ち生まれ落ちた。

 互いに酒を、拳をぶつけ合い、一緒に笑って生きてきた。

 長い共同生活と、親友としての関係が、いつしか鬼としての本能を鈍らせていたのかもしれない。

 

「萃香ァ!!」

「勇儀!!!」

 

 ――あぁ、楽しい。

 本当に楽しい、楽しくって仕方がない。

 力を込める為の、歯を食いしばる行為すらまともにできない程、今の勇儀の表情は緩み切っている。

 頬は萃香が本気を出してから、ずっと笑顔のままで固定され続けており、この戦いが終わったとしても、きっとしばらくはそのままになるだろう。

 

「お前は変わった!」

「そうだな!」

「別に答えなくてもいい!だがここで吐かせてくれ!お前を変えたのはなんだ!人か!誇りか!?」

「シィイイッ!!」

「ははっ!教えたくないか!」

 

 獣染みた叫びと共に、萃香の攻撃が更に苛烈を極める。

 互いに全身を赤く染め、そして過剰に放出する妖力による、肉体の無理やりな再生。

 いつ互いに力尽き、そして倒れてもおかしくない無茶苦茶な戦いだった。

 だが、それでも有利不利はある。

 勇儀は萃香に比べ、妖力量も少なく燃費も悪い。しかし肉体に限定すればその力は四天王最強。

 対する萃香も、今こうして勇儀と殴り合えているのは、密度の操作で身体能力を向上させているからで、実際には勇儀の次に強いくらいでしかない。

 しかし妖力量だけなら、四天王でも華扇より上。一番多いからこそ持久戦ではかなりの有利。

 だが、今の萃香はかなりの妖力を消費し、現在進行形でそれは更に加速している。

 能力を発動したまま、こうして勇儀と殴り合っている間にも、萃香はどんどん弱くなる。

 それを見逃す程――彼女は甘くない。

 

「萃ッ香ぁああ"あ"あ"!!」

 

 怒号。

 咆哮。

 それだけで、鬼の発する声は形のない力そのものになり、津波のように襲い掛かる。

 叫びによる破壊の津波、それに乗りながら、華扇は再び戦場に舞い戻る。

 

「お前は――お前はそれを選んだのか!」

「何を?」

 

 華扇の拳を受け止め、萃香は問う。

 更に攻撃の威力が上がった。

 骨が軋み、硬すぎる萃香の肉体とぶつかろうとも、華扇はそれを気にしない。

 怒り。

 

「それはただ醜いだけだ!弱いとは醜さそのもの――お前がどれほどそれを愛おしく思おうとも!決してそれは残りはしない!」

「私が覚えてる」

()()()()だ?」

 

 人の弱さに寄り添う。

 それは人の弱さを理解するということだ。

 

「お前がそうして誓いを果たした時は、きっと善意と好意の上で成り立っていたのだろう。――だがいつまで、それを抱えて生きていく!?」

「この命尽きるまで」

「人は長くて百年だ!それに対し私たちはどうだ!?千年生きてもまだ足りない、時間と退屈は毒となり、その誓いすらも摩耗させる!」

 

 かつて鬼退治をした者がいた。

 かつて武の高みを目指した者が、鬼に対し挑んだこともあった。

 全員と向き合った。

 感動すらも覚えた、鬼の本能が、人間を好むその本能が、彼らへ必要以上に寄り添った。

 そして、それを尊いものだと思っていた。

 

「残された私たちはどうする!人間から与えられた時間も、価値観も!数十年もてばいい方だ!――私たちはいつもおいて逝かれる。あいつらは勝手に死んでいく!」

「それが人間だ」

「弱いとは醜いことだ!お前がどれだけ高潔な魂を望もうとも!!――その先には何もない!!目の前の闇はただの闇だ!!」

 

 かつて、自分に挑んだ者がいた。

 かつて、武の高みを目指した者が、自分に挑んできたことがあった。

 彼らと向き合った。

 覚えた感動すらも、数十年の摩耗で消えてしまった。

 いつしか、それは醜いものだと思うようになった。

 顔も思い出せない。

 声も、楽しかった記憶すらも。

 彼らは人間であって鬼ではなく、自分たちを置いて先に死んでしまう。

 その中で、鬼だけが苦しみ続けて生きていく。

 自分たちだけが苦しみ続ける。

 彼らは簡単に死ぬ、苦しむ自分たちなど知らないと。

 形に残らず、語られることもなく消えていく。

 

「明かりを灯した所で!!また新しい虚無が広がっている!!」

 

 萃香もきっと、かつての華扇と同じように、尊い何かを知った。

 だが鬼だ。人間と違って短い生と死による終わりはなく、これから悠久に近い年月を、その苦しみを背負って生きていく。

 そして華扇と同じように、萃香もその内その人間を忘れ、声も記憶も失ってしまう。

 その後に苦しむのだ――「忘れてしまった」という事実そのものに。

 それを捨ててしまった、自分に対する憎しみを燃やして。

 妖怪は、そうやって生きてきた。

 そうやって、苦しみ続けてきた。

 だから許せなかった。

 その苦しみを、嫌という程に理解しているからこそ。

 親友だからこそ、その苦しみを、否定したかった。

 

「あぁ。忘れるよ、きっと」

 

 ――萃香は、笑った。

 拒絶や否定ならまだしも、彼女はそう肯定した。

 その現実に、思わず華扇はたじろいでしまう。

 華扇の言葉を肯定しながら、彼女は泣きそうな顔で笑って、言った。

 

「きっと忘れちまう。これから数十年、百年経ったら声を忘れて、その後思い出も…名前なんてもっと早くに消えるだろうさ」

「…なら!」

「でもさ、忘れてしまったって後悔できるだけ、そいつのことを大切に思ってた事実は残る。――いいんだよ、おいて逝かれたって」

 

 その苦しみも。

 拒絶も、嫌悪も、その全てをひっくるめて、萃香は笑う。

 

「私はそれと生きていく。悪いな」

「~~~ッ!!」

 

 華扇の怒りも、そして主張も萃香を崩すには至らない。

 あまりにも固く、そして見るに堪えない苦しみを肯定する姿。

 それを否定するには、壊すには実力行使しかないのだと、華扇は確信した。

 再び華扇が妖力と呪術を開放し、四天王奥義を三度放とうとする。

 しかし、よく見ればそれは、今までのとは妖力の"起こり"が違う。

 ()()()だ。

 華扇が萃香と同じく、今までに隠していた実力の一端が、いよいよ現れようとする。

 萃香はそれを迎え撃つように、同じく能力の応用によって作り出す力そのものの渦を、指先に呼び出し覚悟を決める。

 世界から音が消え、緊張による重い空気がぶつかり合う。

 華扇の殺意と萃香の敵意がぶつかり、再び爆発する。

 

 

 

 

 ――筈だった。

 

 

 

 

「ゴチャゴチャうるせぇ!!」

 

 勇儀の叫びによって、二人の間にあった空気は霧散する。

 胸を叩き、まるで鼓舞するかのように音を奏で。

 ――ただ、勇儀は真っ直ぐ二人を見た。

 

「ここまで来たら――言葉じゃねぇだろ!!」

 

 数百と余年の渇望。

 勇儀の渇きに比例した、その熱い眼差しが。

 この戦いに意味を見出すことがなかった。

 萃香を――

 華扇を――

 

 

 

 

「…一回だけだぞ」

 

 彼女たちの心を溶かす。

 

 

 

 

 

 華扇は両腕を交差させる。

 親指と人差し指、そして小指を伸ばし、それ以外の指を曲げる。――降三世明王印。

 

 萃香は左腕を上にし、右腕を前に突き出す。

 左手は親指だけを曲げ、それ以外の指を伸ばし、手の甲を前に突き出す右手は軽く握る。――鬼子母神印。

 

 勇儀は両拳を合わせて組み合わせる。

 両の指同士を絡め、そして右の親指を左の親指に乗せる。――六種拳の内の一つ、内縛拳。

 

 世界を書き換える異能の頂点。

 選ばれた強者の内、更に一握りの者しか扱えない究極の技術。

 空に絵を描くが如き神業。その迸る妖力が、理を砕き、有り得ない世界を実現させる。

 茨木華扇、伊吹萃香、星熊勇儀による。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂揺さぶる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開!!!」

「領域展開」

「領ォ域展開!!」

 

 領域展開三重奏――!!




 言えるのは一つだけです――(作者)のネーミングセンスを信じろ
 モチベが上がるので感想お願いします

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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