諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 明日は五時に出ます


55話."反獄――

 暗闇を歩く者がいる。

 その少女は、背中から生える二対の黒翼をピコピコと動かし、まるで遠足にでも来ているかのような足取りであった。

 怨嗟の声が鳴り響く。

 洞窟のようにひんやりとした、その冷たい空気によって、言いようのない気色の悪さで肌を刺激する。

 四六時中新たに生まれた怨霊が、その鮮血が空気を潤すような醜悪な世界。

 地底だった。

 日の光など入る訳もなく、光源として機能するのも怨霊で、その輝きは比べるまでもない程に黒く、禍々しい。

 そんな場所に来ているというのに、彼女は鼻歌を歌いながら、ルンルンとスキップを交えて歩き続ける。

 気楽としか言えない態度だ。

 だが決して、それが無知や無力から発せられるものではないことを、彼女を遠巻きに眺める怨霊たちは知っている。

 その身から溢れる神力は。――間違いなく頂点に位置する神のもの。

 ――そして、そんな彼女の目的は、ある物を探すこと。

 

「うにゅ、これかな」

 

 少女――八咫烏は暗闇の中を歩き続け、目的の場所に辿り着く。

 怨霊が漂い、そして時に呪詛の言葉を吐きながら消滅、そして時に同士討ちを繰り返し、文字通り命が燃える事で暗闇は僅かに退く。

 そんな視界の悪い道だろうと関係ない。彼女はむしろ一切速度を落とすことなく、時折小走りを挟んで移動を続けていたくらいだ。

 光が生まれ、小さな悲鳴と共に怨霊が消え、そして光が無くなり暗闇が生まれる。

 その刹那の光源、そして目が暗闇に慣れてきたことで、彼女は一面に広がる赤の海を見ることができた。

 

 それはかつて以前は、血の池地獄と称された場所である。

 

 地獄の縮小、本拠地の転移という様々な要因があり、現在八咫烏がいる場所――地底はもう地獄ではない。

 旧地獄。かつては現役で死者たち、妖怪から神までを平等に裁き、苦しめ続けてきたこの場所は、もうその栄光は過去のものだ。

 数えきれない程の罪人を、醜い肉塊すら残さぬ程にふやけさせ、水に溶かしてきた歴史。

 それを、八咫烏は全て理解した。

 手の平で軽く掬って、それを見つめるだけで、手の平に乗る程度の量の血の中に、何千もの罪人だったものが溶けているのが、そこから放たれる瘴気が証明している。

 足を動かし、一歩近づくたびに血の池が騒ぐ。

 瘴気が、その中に溶け、そして複雑に混ざり合う怨霊たちの残留思念とも呼ぶべきそれが、本能的に彼女を、太陽の化身たる八咫烏を恐れているのだ。

 一息。

 

「哀れな亡霊よ。――我の下に眠れ」

 

 八咫烏が、血の池地獄に足を入れた。

 その瞬間、足の指が血の池に触れた瞬間から、凄まじい量の蒸気が発生し、同時に怨霊だったものの悲鳴が響き渡る。

 黒く、赤く、自然界に存在する火とは比べることなどできない。

 太陽。

 空の果て、地球を見下ろす恵みをもたらす何時かの破滅。

 魔を滅し、光をもたらすその光と熱が、血の池に潜む罪人の末路を滅ぼした。

 もはやこの場所に残っているのは、僅かな瘴気を纏う、血の池の搾りかす。

 魂の残穢、消し切れなかった罪の跡。

 義理も使命もない、が。

 それでも自分は神だから。――そんな理由で、八咫烏は再び動く。

 

「ふむ…」

 

 八咫烏が手を開く。

 その手の中に収束する、赤い渦はたちまち、血の池地獄だったものを吸い上げ、圧縮し、固形の何かに変化する。

 怨霊を滅し、瘴気は僅かに残っているものの、それでも所詮はその程度。

 瘴気は確かに恐ろしい。

 だがしかし、それも結局は…ある一定のレベルの話であって、その差によって効き具合は変わる。

 莫大な妖力を持つ八岐大蛇に対し、かつて洩矢諏訪子が瘴気による攻撃を通せなかったように。

 八咫烏の神力を前に、この瘴気もまた、何もできない。

 彼女はそれをまじまじと見つめてから。

 

「…まっず」

 

 ()()()()()

 腹の中で、自分の魂を侵食しようと暴れ出す瘴気。

 それを抑え込み、意識を集中させ、神力の流れ、血管の一本一本までを把握し、掌握。

 そうして何とか、瘴気を完全に消すのに数分がかかり、その後にやっと八咫烏は息を吐けた。

 

「これでよし」

 

 血の池地獄は見る影もなく、そこにあるのはただの干上がった、荒れ果てた大地。

 枯れた景色、無機質な地面が露出している。

 そしてその中心にあった、何か。

 池の底、そして中心に刺さっている目当ての物。それを見て、八咫烏はやっと仕事を終えられる――それが理由で。

 きっとそれが理由で、今笑った。

 笑ったのだ。

 

「さーて、早く神奈子様のところに戻ろっと」

 

 三日月を描くその顔。

 決して誰にも見られなかったその笑み。

 八咫烏らしくないその笑みは。

 その時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "器"といっても限界はある。

 自然の権化たる妖精でも、そしてその中でも、特異点に位置する者だとしても。

 八坂神奈子という魂を、存在を抑え込み続けるのは、そう長くは持たないのだ。

 その結果、神奈子はチルノの肉体で軽く戦闘を始めただけで、あっという間に身体が崩れそうになった。

 チルノは妖精だ。死という概念はない。

 仮に今の神奈子が誰かと戦い、そして器ごと破壊…すなわち殺害されたとしても、チルノは何食わぬ顔で復活するだろう。

 だがそれは逆に言えば、チルノ()()()復活できるということ。

 神奈子は確かに強い、が。それでも所詮は神霊の内の一人でしかなく、生まれた時から命は一つだけ。

 そして何より、都合が悪いのは――

 

「神奈子様ー!」

 

 大きな湖だった。

 八咫烏が地底から抜け、そしてその上昇速度を維持したまま着いた場所は、綺麗な湖だった。

 星の生命力とも言えるだろう。まだ形になる前の、純粋な自然の…大地が持つそのエネルギーが、ある一点に集中し、光を放っている。

 その光は神々しく、太陽やそれこそ、焚火によって生まれるものでも、ましてや星空のとも違う。

 透き通る湖の、その底に。

 その中に沈むもの――

 水中で力強い光を放ちながら揺蕩う、敬愛する主。

 八咫烏はその力の波動を、もうすぐ全快になるであろう主の姿。

 その、背中から少し離れた位置で浮遊している氷の羽も。

 かつての彼女のものとは違う、その美しい裸体も。

 以前とは全く違う、その器に引っ張られた姿形も――

 

 目を開く。

 

 水中にいた彼女は、水面上から感じた懐かしい気配に共鳴し、再び目覚めの時を経験する。

 だがその目が、開かれた目が放つ、赤みがかった紫の瞳が。

 予兆としてはまず、八咫烏が今までに数えきれない程感じた、あの心臓を直接握られるかのような悪寒。

 莫大な神奈子の神力が揺らぎ、そしてそれが一気に爆発した。

 湖にぽっかりと穴が開き、その中央で肩を回し、欠伸を噛み締める――神奈子の姿。

 

「顔それでいいんですか?」

「今はね」

 

 八咫烏が降り立ち、そして軽い結界を張りながらそう問う。

 結界によって、湖の水は神奈子、そして八咫烏に一滴もぶつかることはなく、主とおそろいだから…という理由で気に入っている、八咫烏の服は無傷であった。

 ちなみに、神奈子は裸である。

 

「できれば早く返してやりたいが、残念ながら今はそうはいかん…っと、そうだなまずは――」

 

 指を鳴らす。

 未だ不慣れであるものの、冷気を操る力を駆使し、神奈子は服の具現化に集中する。

 外気に晒したままの肌を覆い、冷気はあっという間に身体のほとんどを隠し、そして布状に固まった。

 白色の長袖はそのままに、半袖は今までの赤とは違い青。留め具も金属ではなく氷。

 ロングスカートは半袖の青よりも深い、藍色。

 肉体も脆く、異能(程度の能力)もまだ不完全なままだが、それでも間違いなく彼女がいる。

 史上最強の国津神、八坂神奈子がここにいるのだ。

 そのことに、八咫烏は感無量といった気分そのままに、神奈子に目的の物を渡す。

 

「神奈子様。これも見つけてきました」

「おっ、どうだった?あの血の池は」

「最悪ですね。反獄でしたっけ?あの怨霊たちの瘴気はもう二度と見たくない…」

「そっか。でもありがとね」

「…えへへ」

 

 八咫烏がそう言って渡したのは、神具・八栄鈴。

 それを受け取った神奈子は、その時懐かしさに浸るような、少しだけ寂しさを滲ませた声で、そう感謝した。

 神奈子が誰にも渡さぬよう、そして後から何時でも取りに行けるように隠した宝。それが八栄鈴だ。

 それは八咫烏にも知らせていない。つまり八咫烏でさえ今日この日まで、八栄鈴のある場所を知らなかった。

 敬愛する主からの頼み。俗に言うおつかいを終わらせた八咫烏は、むふーっと得意げに。

 

「にしても、起きてすぐこうして使い走りさせまくって…なんだか申し訳ないな」

「いえいえ!こうして役立てるのなら、ボクはそれで充分ですので!」

「健気ねぇ…天照大御神が泣くよ?」

「…あれ誰だっけ?」

 

 本気で忘れていたのだろう。

 小声でそう呟いた八咫烏の表情には、先ほどまであった柔らかい空気ではなく、純粋に言っている意味がわからないという、そのような空気があった。

 神奈子は軽く頭を小突いた。

 そして、頬を掴み。

 

「悪い子めっ!そう言うのはこの口かしら?ん~?」

「ふみゃ?みゃみゃっまやみゃmmmm…!」

「おお、本当に柔らか…」

 

 こうして触れ合うのも、言葉を交わすのもまだ不完全。

 信仰で得た力はそのままに、肉体と存在の両方を維持し、未来に送る。

 その代償とも言えるだろうか。今の神奈子は、正確にはチルノの身体に閉じ込めた己の身体が、この1000年の間に既に摩耗し、消えてしまった。

 勿論時間経過で元には戻る。それでも一度とはいえ、過去とはいえ自分の身体に変わりはなく、それがもう消えてしまったのだと。

 こうして妖精の肉体に依存し、なんとか生きて居られる現実を直視する度に、言い表せない不快感が湧くのだ。

 何故か。

 理由。原因。

 それらは正直、ほとんど意味も必要性もないのだと神奈子は思う、

 神奈子の勘では、自己補完の範疇で神力を、魂を削りかつての神霊だった頃の肉体を再構築するには、最低でも一か月だと予測しており、つまり自分がこの肉体から自由になれるのも、その一か月もの時間が必要となる。

 一か月後だ。

 今から一か月後にやっと、八坂神奈子はこの世に再び顕現し、そしてあの土着神に並ぶ、異端者として在れるのだ。

 神奈子が1000年。正確には999年と半年眠っていた、封印されて意識を朦朧とさせていた頃。

 チルノの中から見た、彼女の在り方を見て、ただ知りたいと思った。

 自分と同じ彼女は、人をどのように思っているだろうか。

 自分と同じ強者は、己の渇望をどのように潤すつもりなのか。

 そして、そんな彼女と戦うとして、それはどのような変化をこの世界にもたらすだろうか。

 神奈子は笑っ――

 

 

 

 

 ――違和感。

 

 

 

 

「…みゃみゃみゃみゃ……。……?神奈子様…?」

 

 突如。神奈子は八咫烏に触る手を止めて、その顔をじっと見た。

 八咫烏もまた、突然動きを止めた神奈子をじっと見る。

 互いに言葉を忘れた。

 ただ、静かにその視線を交わし合って――

 そして、互いに首を傾げた。

 

「?八咫烏だよな?」

「え?そうですけど?」

「…?」

「…??」

 

 両者、同時に、胸に残った僅かな違和感をそのままに。

 それから目を逸らし、気づかないふりをして。

 その日。互いに言うのを。

 互いにそれを、聞こうとするのを忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血の池地獄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、かつて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の神が、そこにはいた。

 相対するは、互いに神代の選ばれた強者。

 司る概念。そして実力の差は決して同格とは言えないし、現にこうして立っているだけで、()()は神奈子の実力に冷や汗を内心で流している。

 それでも、彼女は立っていた。

 上空から見下ろす、その孫とも言える傲慢不遜な新人の神に。

 舐められてたまるかと、年長者としての意地で、そこに立っていた。

 

「あんたの事だから。どうせすぐ近くに引き籠ってるんだろうとは思ったわ」

 

 風によって隔離された、この小さな戦場は長くは持たない。

 ()()は考える。今の神奈子は事実上弱体化をしており、かつての理不尽さに比べればまだマシな方であるのは確かだ。

 それでも、この強さなのは笑えないが。

 だが、たとえ相手がかの英雄神と同じ、理不尽すぎる程の強者だとしても。

 自分を、そして自分よりも長生きした神よりも強く、そして圧倒的だとしても。

 相手の方が強くとも、自分の方が弱くとも。

 ――それでも、お前が若造なのには変わりはない。

 その一心で、彼女は立つ。

 

緑の子(大妖精)じゃなくて、そっちの子にしたのね」

 

 空そのものが貼り付けられたような、美しいマントを揺らし。

 ただ強気に、薄ら笑いすら浮かべて、そう言った。

 ――無主物の神・天弓千亦。

 

「あぁ。こっちの方が私好みの顔だったんでね」

 

 セミロングの髪を揺らし、顎を摩りながら冗句を吐き。

 背中から少し離れた位置で、ギラギラと輝く氷の羽を震わせて、ただ面白そうに見下ろし続ける。

 ――史上最強の国津神・八坂神奈子。

 その、千歳(ちとせ)振りの遭逢は。

 新たな戦いの火種は、そしてその矛先は――




 ちまたんVS神奈子様ファイッ!
 春の終わりくらいには完結して、そこからおまけという名の真の古代スタート。そして月面戦争に突入…まで行けますかね(よっちゃんの全力バトルという名の領域も出したい)
 前回の領域…仮に人気投票するとしたらどれが一番人気だろうか…(個人的には五蘊轟轟業)

 高評価と感想気軽にお願いします

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる

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