【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 明日は六時以降に出ます
 本当の最終決戦が近づいてきた…


57話.欲②あの賑やかな市場は今ここに

(頭上に何かが浮かんだ…)

 

 神奈子の傷が癒えていく。

 それが神力の過剰錬成による、治癒力の向上によるものだというのは、対峙する千亦にはすぐに理解できた。

 それは決して珍しいものではなく、同じ神である千亦にも出来る簡単な技術だ。

 だが問題は、千亦の視線の先。

 神奈子の頭上に突如現れた。その謎の物体だった。

 氷で作られた美しい方陣。

 四本の線を垂直に組み合わせた、船の舵に似たその構造は、千亦に漠然とした不安を与えるものだった。

 

(あの形…確か込められた意味は"循環"…あぁもう面倒くさいわね)

 

 千亦は考える。

 アビリティカードの普及はまだまだで、最低限千亦の望む形で市場が始動するのはまだ先だ。

 千亦は洩矢諏訪子の目を搔い潜り、水面下で少しずつではあるが、アビリティカードを確実に流行らせる為にあらゆる手段を使った。

 最初は小さなことからだ。

 自炊の為に火を起こそうとする人間を見つければ、火の力を込めたアビリティカードを渡し、まずはその利便性を知ってもらう。

 

 異能を与える、戦う力よりも先に行うべきこと。

 それはアビリティカードを「身近なもの」にすることだった。

 

 焦らず、ゆっくりと意識改革を行い、依存させる。

 今でこそ物々交換にしか対応していない市場も、そう遠くない未来ではそれ以外の方法を、通貨を使った契約に進化するだろう。

 そして、この国はあくまでも洩矢諏訪子のもの。

 通貨も、貿易も、全てが洩矢の名の下に行われる。

 いつか訪れる破滅。

 幻想が否定され、神が衰退するいつかの未来。

 千亦はそれに抵抗しようとも、防ごうとも思ってはいない。

 人間の進化。文明の発展は誰にも止められるものではなく、何かの意思でどうこうできるものではない。

 天弓千亦は鮮明で――そして、どこまでも神でしかない。

 価値観も、命の尊さも、混沌による悲劇も。

 全てが「そういうもの」であって、本気で取り合うつもりもない、そんな存在だった。

 

「それじゃ、始めましょうか」

 

 千亦は一枚のカードを具現化させ、神奈子に対し向ける。

 それは先ほど見せた弾幕と同じ、空白の何も描かれていない、未完成のカード。

 千亦は笑う。

 

「私は市場のプレゼンター、まずは私が使って見せなきゃ…そうでしょ?」

 

 カードが消える。

 否、正確には転移と言った方が正しいだろう。

 千亦が神力を込めると共に、カードは空白から紫へ、青へ、そして緑と順番に色を変えた。

 それは一秒もかからなかった。

 カードの色がその刹那、虹の七色全てに変化を遂げ、そして消えると共に、神奈子の身体を囲うように、数を数十倍に増やしたカードが配置された。

 その形は扇のようで、抜け出せる道は一つだけ、前方にしかない。

 

「――無主への供物!」

 

 最初は紫。

 その弾幕が、空白の前方への移動など許さない、凄まじい速度で収束し、拡散される。

 神奈子は足を踏み込み、意図的に作られた安全地帯を信じ、真っすぐに突き進む。

 収束が終わり、神奈子が先ほどまで立っていた場所を中心に、カードの弾幕が集まっていく。

 次に青。

 最初の紫色の弾幕と同じ形のカードが、色だけを変えて再び、紫の弾幕ごと神奈子を囲うように展開される。

 だがその時点で既に、紫の弾幕は神奈子のすぐ横に――

 

 神奈子の推測は正しかった。

 

 いくら初歩的な弾幕技術だとしても、神でも射程距離には限界がある。

 しかし神奈子の背後、そして上空からでもあれ程の、精度の高い弾幕を展開、そして細かく操作できるというのに、何故わざわざ抜け道を作ったのか。

 ――あれは間違いなく"わざと"だ。

 しかもわかりやすい。神奈子でなくとも、妖精でもあれくらい抜け道が大きければ、余裕をもって回避をできるくらい、無主への供物には欠陥がある。

 だが、それがわざと作られたものなら。

 そして、その分の"何か"が、必ず起こる。

 千亦の作った弾幕は、神奈子の予想を裏切らなかった。

 弾幕が加速する。

 中心を通り過ぎ、収束から拡散運動に切り替えたカードたちは、それぞれが再び眩く光り、神奈子を襲う。

 更に後から追加された、黄色と緑色の扇のような形で配置された新たな弾幕と。

 紫に続き、再び拡散運動を開始した青の弾幕が炸裂。

 それを何とか避けて、神奈子は舌打ちを零した。

 

「チッ!」

「おっ?やるじゃない」

 

 少なくとも、本心で千亦はそう言った。

 一定距離を飛行し、役割を終えた紫、そして青と黄…合計七色のカードたちはピタッと動きを止め、そして自然消滅した。

 無主への供物は本来、相手の身体を全方位から囲い、そして一切の回避を許さずに仕留める技である。

 しかしその代償とも言うべきか、相手の逃げ道を防ぐ程の量を展開すれば、その分燃費も悪くなり、カードの一枚一枚の殺傷力もかなり弱まってしまう。

 神奈子のような莫大な神力があれば、その燃費の悪さを補い、必中必殺の攻撃が完成するだろうが、千亦ではそうはいかない。

 故に、千亦は"制限"を作った。

 相手を囲う弾幕、カードの量はそのままに、その分カード同士の間隔を狭め、相手の前方に一時的に一直線の道を作る。

 "相手に逃げ道を与える"縛りにより、千亦は燃費の改善、そして攻撃密度を高めると同時に、カードの殺傷力を更に高めることに成功した。

 更に逃げ道を作り、そこを千亦の思惑通りに突き進んだ相手に襲い掛かるのは、油断という名の魔の手。

 実際、無主への供物は一定距離を進めば弾幕は自然消滅する、が。それは逃げ道が閉じた後だ。

 もしも弾幕を避けた後、油断し一瞬でも気を緩めれば、収束する時のとは比べ物にならない、まだ止まらぬカードの弾幕が襲い掛かる。

 

「初見で避けたのはあなたが初めてよ、流石ね。まるで()()()()()()()()()

「そ。ありがと、褒めてくれるなら報酬(ボーナス)も用意したらどう?市場の神なんでしょう?少しくらいいいと思うんだけど」

「はっ、抜かせ」

 

 つい素の喋り方を出した神奈子に、千亦は大胆不敵に笑う。

 

「未開人め。いつまで暴力で物を支配できると思い込んでいるのだ?これからの時代は暴力は過程ではなく結果となり、その過程を埋める傑作こそアビリティカードなのだ」

「あほくさ。…それ本気で言ってる?」

「市場は唯一暴力から離れた場所となり、混沌で輝く黒き世の中で唯一の安息地となる。…知っているだろう?アビリティカードは暴力では決して得られない。脅しや一方的な買収も無意味、真に互いの利害が一致し、心から認めた場合、そして市場でのみそれを得ることができる。故にその緩急が、世を常に潤し続ける…違うか?」

「――いいや違うな」

「違わないわ」

 

 千亦は再びカードを取り出す。

 それは先ほどまでの白、虹色のものとも違う、見たことのない柄の新たなカードだった。

 神奈子は再び、軍神としての顔を見せて、凄まじい重圧を放ちながら、言う。

 

「仮に私が人間なら、アビリティカードを買わせないよう、将来の持ち主を市場外で殺すさ」

「それに抵抗できるのもアビリティカードよ」

「だが殺すのもアビリティカードだ。アビリティカードという名の通貨は、近い未来に殺し合い、そして奪い合いでしか使われなくなるだろう。――人間とはそういうものだ、お前は人間を舐めすぎだ」

「それを止められるのも私」

「まぁそうだろうな。ただ…」

 

 改めて見ても穴だらけな計画だ。そう神奈子は言う。

 人間のことを舐めている。それは確かにそうなのだろう。千亦はそれを否定しない。

 だが決して、そこに蔑ろにする意はない。

 突然力を与えられ、すぐに殺し合いを始める程人は愚かではない、"人間の理性"はある意味、神よりもよくできたものだから。

 だが、唯一の誤算は。

 

「こうして私に気づかれたのが運の尽きだったな」

 

 ――八坂神奈子が、想定の中でも遥かに最悪の時期に目覚めたこと。

 表面化した無主物の神。その壮大な計画。

 それは遠い未来、ある幻想の地で再び――

 

 

 

 


 

 

 

 

「アビリティカード展開」

 

 短い睨み合いの末、動き出したのは千亦だった。

 右手の指で構えたそのカードが、たちまち色と図柄を変更させ、光り出す。

 そして途中で、一層強くカードが光った直後、そこにあったのは先ほどまでの真っ白な無地ではなく、埴輪が描かれたカードであった。

 

「装備・偶像防衛隊」

 

 カードが崩壊し、消滅する。

 そして千亦の左右を挟むように、腰に届くくらいのサイズではあるが、千亦とは別の者、別の神の力が宿った埴輪が二体現れた。

 偶像、埴輪にこの神力。

 時間など必要なく、一瞬で神奈子はそれの正体に気づいた。

 

「埴安神袿姫か…!」

 

 オリジナルと比べれば、出力から能力の精度も話にならない程度のもの。

 しかもそれは、袿姫本来の実力ではなく、彼女が小手調べで出す程度の雑兵と比べた話だ。

 四割、それかちょうど半分程度の力しか感じられない埴輪は、ハッキリ言って何の脅威にもならない雑魚でしかない。

 だがそれを、彼女がわかっていない筈もない。

 そして続けざまに、千亦は新たなカードを取り出した。

 赤い月が描かれたカードを掲げた直後、空を覆い尽くす巨大な月が現れた。

 それは血のように真っ赤で、そして神奈子を赤く照らし続けながら、轟々と大気を揺らし続けている。

 千亦がその笑みを、より一層深めると同時に。

 月がガクンと揺れ。

 

「使用・狂気の月」

 

 落ちた。

 神奈子がそれに驚くのも一瞬、再び月に異変が起きる。

 その巨大すぎる月が段々と縮小していくと共に、その落下速度も加速していく。

 空を覆い尽くす巨大な月は、数秒で本来の十分の一にまで縮む。

 速度も凄まじく、今こうしている間にも月は縮小を続け、それに比例し更に速くなっていく。

 ここまで来ると回避は不可能。

 となれば。

 

「フロストカーム…!」

 

 手の平の上で練り上げる神力。

 それを更に、別で練った神力を利用し、肉体に宿る異能を活性化させ、その規格外の冷気を利用する。

 フロストカーム(霜凪)は過冷却状態の神力をぶつけ、対象を凍り付かせる「冷気を操る程度の能力」の真髄。

 範囲、持続力をその場のアドリブで再構築し、この場、そして新たな脅威に対する最も有効な手段を選ぶ。

 神奈子が手の平の上で完成した、冷えた神力に息を吹く。

 臨界点を突破し、常識ではありえないマイナス世界のエネルギーの塊と化した神力は、まるで燃え広がるように。

 しかしそれとは逆に、目の前の全てを凍てつかせた。

 凍星(いてぼし)と化したその月は、活動限界を迎えて霧のように消えていく。

 ――が。

 

「…なに?」

 

 月の向こうで浮遊する彼女。

 文字通り目の前を、月ごと凍らせ、破壊するつもりだった千亦が、無傷のままそこにいる。

 だが以前と違うのは、左右に侍らせていた埴輪は薄い緑色の光を纏い、まるで眠っているかのように静止していること。

 援護射撃の動きもなく、そしてあれだけ広範囲の、前方に縛った過冷却の神力を喰らったというのに、それを防いだような気配はなかった。

 つまり千亦は攻撃を避けたのではなく、喰らったのは確か。

 ――だが効いていない。

 無効化。神奈子の脳裏にその可能性が浮かび上がる。

 一瞬の静寂。

 そして静止という名の考察と拮抗は、刹那で崩れる。

 

 同時に、両者は再び動き出す。

 

 千亦は別のアビリティカードを具現化させる。

 しかし今度は二枚。右手で持つのは色とりどりの勾玉と、そしてシルエットではあるが間違いなく、玉造魅須丸の姿が描かれたカード。

 問題は左だ。

 千亦が左手で持っているカード、それにはシンプルな桃色のハート模様が描かれており、神奈子に漠然とした不安を与える。

 最初の動きは右。千亦が勾玉模様のカードを掲げるのが合図だった。

 無主への供物も発動しており、必然的に神奈子は再び前方の抜け道に向かって駆け出す。

 勿論。それは千亦もわかっているし、それどころか千亦自身がそれを狙っていた。

 わざわざ無主への供物に逃げ道を作ったのは、戦いの中での"これ"が狙いだったのだ。

 それに気づいた頃には既に、神奈子の左腕に弾幕が襲い掛かった後であった。

 痛みを振り切り、安全地帯を抜けて空を飛ぶ。

 

「装備・太古の勾玉」

 

 千亦の宣言。

 同時に、そこには先程までいた埴輪の代わりに、千亦の左右に配置された巨大な勾玉があった。

 そして言うまでもなく、その勾玉には玉造魅須丸の神力、そして異能の一片が込められており、先ほどまでの認識を改める必要があるだろう、あれは間違いなく脅威。

 意識を改めた神奈子は、ふと違和感のある左腕に視線を向け、そして小さくない驚愕を覚えた。

 無主への供物の弾幕に使われていたカード、それの予想以上の切れ味によって、肩から腕を切断されていたのだ。

 血が溢れ、同時に器が傷つき、神奈子の魂。核とも呼べる生命エネルギーそのものが溢れ出す。

 千亦がその負傷を見て、優位になった現状を見て笑うよりも先に。

 神奈子の頭上にある方陣が。

 

 ガゴンッ――

 ピチューン――

 

 ()()()()()()

 その異質な何かが響くと同時に、神奈子の腕は元通りに、失った左腕が再生していた。

 同時に僅かではあるが、方陣が動いた瞬間、そこから妖精しか持ち得ない筈の、自然そのものの力の波動が溢れるのを、千亦は見逃さなかった。

 

 それを持つ者はこの世に一つ。

 それが許されるのは、この世界において一つの種族しかいない。

 その生き物だけが、短い輪廻転生を、永久の命を許されている。

 

 間違いない、あの方陣は結晶だ。

 自然の輪廻、未来永劫続く究極の個。

 それは妖精の――()()()()()()()()

 

「全く面倒くさい…!」

「フロストカーム」

 

 再び、過冷却の神力が炸裂した。

 千亦はそれを避け切れず、再び先ほどの月と同じように、その冷気を喰らってしまうところだった。

 だがその直前、千亦の左右で浮遊を続けていた巨大な勾玉が輝き、冷気の大半が消えてしまう。

 今度こそ決まると思っていただけに、神奈子は不愉快そうに眉を顰め、千亦もまた得意げに笑った。

 結果として、隙を突いた筈の冷気の追撃は、何の成果も残せずに綺麗さっぱりなくなってしまい、これで振り出しに戻ることとなる。

 が、しかし。

 

「…なるほど」

 

 それは、神奈子の予想通りだ。

 千亦が先ほどから使っているアビリティカード、それが持つ力は「攻撃の無効化」だろう。

 一見すると反則、無敵とも思えるが、実際はそこまで融通が利くものではないことを、既に神奈子は見抜いていた。

 実際、今回放ったフロストカームは以前よりも範囲を絞っておらず、広範囲に威力を散らばらせた冷気だ。

 ある範囲は仮に当たったとしても、本来の身体の芯まで凍らせ、肉体組織を壊死させる程の力はない。

 ある範囲はもしも当たれば、瞬く間に身体を破壊し、そして硝子細工のように脆く変化させるだろう。

 それらが交互に、千亦の身体を挟むように展開され、同時に無効化されたのだ。

 消された攻撃、その込めた冷気の違いで見つけた差異。

 右と左、威力の違いで変わる無効化範囲のそれ。

 得られた情報は大きい。本当に簡単な、一言で済む話だ。

 

 ――無効化し切れない程の攻撃をぶつける。

 

 たったこれだけ。

 自分の全力を、最大火力を真正面からぶつける。

 それだけで、無敵ではないあの防御網を超えられる。

 ――その為に。

 

「色々調べてみないとな…!」

 

 神奈子は再び冷気を纏い、今度は両手を使って神力を練る。

 手の平で細かく調整し、粘土をこねる要領で、薄く、そしてより鋭く加工される過冷却の神力。

 そして出来上がった氷の槍を、神奈子はアビリティカードを新たに取り出した千亦に向け、投げる。

 今まで加減を決めていたものとは違う。

 全力の投擲と、大気を裂くその豪速の槍。

 氷で作られた物とは思えない程の、凄まじい重量と貫通力を秘めた一撃が炸裂する。

 それに、千亦は反応することができなかった。

 鮮血が舞う。

 

「…あーあ」

 

 赤い血飛沫の中に、一本の腕が見えた。

 脇腹を抉り、少ないとはいえ冷気による影響もあって、身体の表面の一部が凍っている。

 その状態で動いたのが決定打となって、千切れかけていた右腕は限界を迎えたのだろう、ぷちっと鈍い音を立て、簡単に身体が壊れてしまった。

 だというのに。

 千亦は失った右腕を見ても、一切顔色を変えず――

 

「――命のカード」

 

 その宣言が聞こえた途端。

 神奈子の頬を、千亦の拳が捉えていた。

 ()()だった。

 

「な…っ!?」

 

 そのまま拳を振り抜き、千亦は再びアビリティカードをその隙に具現化させる。

 地上に叩きつけられ、受け身をとった神奈子はようやく、千亦の持つ能力の詳細を把握することができた。

 服も元踊り。

 右手も以前と変わりなく、全快になった千亦は、神奈子を見下ろしながら言う。

 

「そっちが妖精の不死性を利用するなら、こっちも同じことをするまでよ」

「…性格悪いわね」

「お互い様でしょ。勝負も商売も、相手の嫌がることを把握し、利用するのは共通してるわ」

「なるほど。それもそうだ」

 

 完全なジリ貧だ。

 神奈子と千亦、両者元となるエネルギー…復活の為に必要な条件に違いこそあれ、その結果は同じ。

 実際、千亦の再生能力は結局のところ、「神としての機能」に依存し、神力を消費することで肉体をリセットし、傷を癒している。

 つまり消耗するのだ。

 妖精のように、文字通り無限に殺し続けても黄泉返るような、理不尽の力ではない。

 必ず限界が訪れる。それが千亦の弱点だ。

 

 ――では、今の自分はどうだろう?

 

 神奈子は考える。

 今の自分は、全盛期の頃に比べて膂力は八割以下、神力の出力に関してはブレが酷く、酷い時は一割以下にもなる。

 だがその代償に手にした力。――いや、正確には利用できるようになった、と言うべきだろう。

 結局は自分の力ではない、妖精の生態、世界の法則という名の縁に腰かけ、その利益を貪っているだけに過ぎないからだ。

 たとえば人間が、木と木を擦り合わせて火を起こしたとして、そして「私は火を作れる」と宣言したとしよう。

 それは、果たして本当に「作った」と言えるのか?

 否だ。

 それは意識する必要のない「当たり前」であり。木と木による摩擦熱、そしてそれで火が生まれるという、法則の下に成り立つ「現象」でしかないのだ。

 この方陣も、それをわかりやすく可視化、具現化させただけであって、神奈子が作ったものでも、力を操ったものでも何でもない。

 これは法則。世界そのもの。

 千亦と違って神力の消費もなく、この不死性に限界などなく、無限に再生と復活を続けられる。

 

 ――と、千亦に()()()()のが神奈子の目的だった。

 

 妖精の不死性を手にしたとしても、それはあくまでも妖精という自然の化身だからこその話であって、神である神奈子には不相応なのに変わりはない。

 つまり限界があるのだ。

 その復活回数は、残り七回。

 そして更に神奈子は一時的な復活のせいか、かつて持っていた「乾を創造する程度の能力」を使えない状態にある。

 使わない、ではなく使えない。

 かつての肉体を失った代償として、本来であれば簡単に使えていた風も、雷も、全てが機能を停止した状態。

 つまりそれは。

 

(領域を使えない今の状態だと、押し合いなんて夢のまた夢)

 

 こちらの勝利条件と同じ、高火力で押し切られる敗北の可能性。

 相手に自分の不死性を見せ続け、一発勝負の手札をなくし、その手段は無意味だと錯覚させる。

 互いに面倒なのは変わりなく、しかしこのままだと勝てると、そう相手に思わせる必要もあるだろう。

 「こちらが領域を出せば神奈子も使う」と、そう思ってもらう必要がある。

 千亦と神奈子、両者の神力量は凄まじく、仮に神奈子が領域を使えた場合は、千亦が一方的に負けるだろう。

 それは彼女もわかっている筈だ。つまり彼女は自分から負けの手段を選ばない。

 そして復活能力の制限に気づかれることなく、それを封じたまま戦いを続け、勝利する。

 まずは再び――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段彼女が見せる「$」を形作る立ち姿。

 左手をそのまま左側の腰に、右手を上げたその姿が。

 人差し指だけを伸ばし、それ以外を曲げていた彼女が。

 

「互いの能力が煙たいのに領域を展開しないのは」

 

 淡々と、その両手を動かす。

 今までのとは逆。右手の人差し指、そして親指で丸を作り、それ以外の指を伸ばす。

 左手もまた、親指のみを畳み、それ以外を伸ばし、それを身体の中心に持ってきて。

 

「領域の押し合いに自信がありません。もしくは…」

 

 彼女は既に見破っていた。

 戦いの中で感じた違和感も、その突破口も。

 ――相手の嫌がる選択を。

 

()()()使()()()()()って言ってるようなもんでしょ」

 

 弁財天印の下に、選ばれた強者の世界が顕現する。

 

 

 

 

「領域展開――」

 

 

 

 

()()(げん)(そう)(そう)

 

 虹の市場は、再び開かれた。




 領域解説
流布還相争
①流布→世間に広まること。広く知れ渡ること。
②還相→極楽浄土に往生した人が、再びこの世に生まれ返って人々を教化して救うこと(仏語の還相回向(げんそうえこう)から)
③争→物をとりあって互いに譲らない。優劣を競う、奪い合う。
市場での取引を仏教の輪廻転生に例え、市場への侮辱行為である争いの文字を付け足した皮肉命名。あと口に出すと語呂がいい。

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呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
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  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
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