【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 この作品が連載orアニメ化されてる「洩矢廻戦について語るスレ」的な、俗に言う反応集的な話とかも考えてたりはします(やるかどうかはさておいて)
 アニメ(OVA)だと幻想万華鏡みたいに作画凄いことになってそう(小並感)


63話.人外魔境諏訪決戦④「挑戦者?」

挑戦者(チャレンジャー)?」

 

 神奈子の言葉は、不思議とよく辺りに響くような、透き通るような声だった。

 火種は既に、天にも届く業火に早変わりし、最早誰にも抑えることはできない。

 剥き出しの殺傷能力。

 軍神としてのカリスマ。八坂神奈子による戦意の独壇場である。

 

「必死に覚えた児戯をようやくお披露目できたことが、余程嬉しいようだな?」

 

 切断された腕を再生し、指を軽くぽきりと鳴らしてから、強く手を開く。

 自信に満ちた笑みが。

 溢れて止まらぬ闘争本能が、黒く濃く、その場を埋め尽くす。

 

「洩矢諏訪子。貴様は私にとっては所詮、目の前に添えられた(うお)に過ぎん」

 

 それは果たして俎板か。

 器に盛られたご馳走か。

 それとも自分が喰らうに値するような、こちらに噛みつく別の何かか。

 

「多少他より活きが良く、名前が付いていないだけの(うお)

 

 ――対等に()()()みせろ。

 神奈子が言わんとすることを、諏訪子も理解したのだろう。

 自分を見下すような言葉を聞いても、上から目線で驕り高ぶったまま、今も不敵に笑う神奈子を見ても、決して表情を変えたりはしない。

 笑いもしない。

 煽り返すこともせず。静かに神奈子の視線と向き合っていた。

 ――それが、神奈子にとっては何より嬉しいことだった。

 

「――まずはその(鉄輪)から剥いでやる」

 

 轟音。

 そして、すぐに訪れる衝撃。

 文字通りの、嵐の前の静けさだった。

 溜め込まれた静寂は、その分爆発力を高めて渦を巻く。

 神奈子を中心に吹き荒れる嵐は、神奈子の頭上にある巨大な雲海に向かい、風と雨が交雑した見えない力が柱となって突き刺さる。

 そして、変化が起こる。

 巨大な雲海はたちまち姿を変え、まるで粘土をこねるかのように圧縮されていき、その中にあった何かが躍動する。

 瞬間。空が晴れ、その小さな物――鈴は自然落下を再開した。

 雲の中で常に、この戦いが始まってからずっと、風の力で浮遊させていた、御柱に次ぐ神奈子の武器。

 鈴は落下を続けた。

 神奈子は視線を諏訪子に向けたまま、右手でそれを掴み取った。

 

(あの雲海はソレを届ける為か…!)

 

 雲海から解け出たのは、神代に造られ、八坂神奈子を表す神宝となった物の一つ。

 ――神具・八栄鈴(やさかのすず)――

 その効果は。

 

「懐かしいな」

 

 ――「一つを極める程度の能力」

 八坂神奈子に宿る乾の力。風から雨、雷という様々な要素が交じり合った、文字通り力の闇鍋であるその能力から、雷のみを抽出する。

 神奈子が鈴を振る。チリンッと可愛い音が響くのも束の間、今までの制御を捨てた暴風に等しい、巨大な雷の波が制御権を捨てず、緻密な操作によって顕現する。

 巨大な雷に呑まれ、バリィィ!と鼓膜をぶち破るような轟音と共に、地面ごと爆発して諏訪子は吹っ飛ぶ――

 

 

 

 

 ことはなかった。

 

「…!ほう」

 

 ――「坤を創造する程度の能力」

 坤とは八卦の一つ。地を司り、大地を創造し操作する力。

 神奈子の視界には、服の裾が僅かに焦げ、しかし身体には一切の傷はない、諏訪子の姿が映っていた。

 ――洩矢諏訪子は自身の能力の特性上、電撃に耐性がある。

 そして。

 

「…これも通じんか」

 

 諏訪子の足元を蛇行する蔓が、鉄輪に纏わりついて力を流し込む。

 風。あらゆる建築物や武器を錆びさせ、風化させる神奈子の力は、やはりと言うべきか諏訪子には通用しない。

 鉄輪に触れた途端、逆に蔓は瘴気に侵され、逆流し、蔓を伝って神奈子に牙を剥く。

 すぐに蔓を仕舞い、神奈子は鈴を片手に諏訪子と向き合――

 

「――見逃すとでも?」

 

 一瞬の感心。

 そして慢心という名の無防備を決して見逃すことはなく。

 諏訪子が再び、手掌により能力の指向性を設定し、放つ。

 

(カイ)

 

 飛ぶ斬撃。

 一度の成功は、自信という名の土台によって更に鋭く、より早く進化する。

 諏訪子が手を包丁に見立て、素早く振り下ろしたと同時に、神奈子の胸に一本の赤い線が刻まれた。

 神奈子はすぐにそれを治癒し、接近した諏訪子に向かって、自分を割り込ませる勢いで突撃した。

 強く固められた拳と、それを受け止める諏訪子の手の平がぶつかり、そして互いに中和し合う。

 神奈子の莫大な出力の下に放たれる衝撃波と、それら全てを受け止めた上で、打ち消す瘴気の力。

 以前よりも短くなった拮抗が終わった途端、両者の身体は強く吹き飛ばされる。

 浮き上がる己の身体を抑え込み、地面に根を張る勢いで足に力を込め、前屈みの姿勢のまま水平移動を続けて、止まる。

 そして再び、両者はそれぞれの掌印を結ぶ。

 神奈子が結ぶ掌印。それは愛欲。煩悩の力を悟りに変える愛染明王。

 諏訪子が結ぶ掌印。それは怒り。破壊の力で悪を調伏する不動明王。

 

「「領域展開」」

 

 再び、両者の領域がぶつかり合う。

 重複する必中命令、より莫大に、そして広範囲に渡る異能の拡大解釈の下に書き換え、切り替わる能力世界。

 至った者が魅せる天上の世界が、再び顕現し、ぶつかり合う。

 そして、両者が領域を展開して15秒。

 ――両者の領域が、再び崩壊した。

 

 

 

 


 

 

 

 

「なるほど、同時か」

「えぇ、時間にして0.001秒もないわ」

「息が合いすぎて反応に困るね」

「私は絶対にごめんだわ、あいつらで勝手にやってくれて本当に良かった」

 

 再び、場所は諏訪大国の洩矢神社に移る。

 敷地内中央にそびえ立つ、カードによって作られた無数のモニターを食い入るように見つめ、そして冷静に戦況を解析するてゐと千亦。

 二人はそれなりに長生きし、そして例外なく()()()()であるが故に。モニター内で繰り広げられる人外魔境の流れを誰よりも詳しく理解していた。

 

「あの領域…」

 

 千亦がモニターに穴を開けるかのような勢いで見つめ、そして呟く。

 既に場面は切り替わり、再び諏訪子と神奈子の両者が殴り合いが再開する場面であるが、その寸前に起きた違和感を、彼女は決して見逃すことはなかった。

 諏訪子の展開した領域、そしてシンボルとして降臨した御形に宿った力。

 それが意味する、強さの本質を理解したから。

 

「…あんたも気づいたか」

「えぇ。全くどこまでふざけた性能してるのよ、それに対抗できる神奈子もかなりおかしいんだけどね」

「…構築した心象風景、領域内の必中命令を除いた全ての要素を瘴気で作ってる。並の実力者じゃ、あの領域に抵抗することすらできないだろうさ」

「…フン」

 

 千亦は面白くなさそうに顔を顰めた。

 瘴気で作られている…それが同じ「至った者」にとっては、どれほど面倒で相手にしたくない性能かは、言葉にせずとも理解できる。

 身をもって味わったことがあるからだ。

 萃香は面白そうに微笑み、勇儀はそれ以上に顔を歪めて笑い、華扇は先ほどから変わらない不機嫌そうな顔のまま。

 そんな中、ある爆弾が投下された。

 

「ねぇお姉ちゃん、領域展開って何?」

「えっ」

「えっ」

「え」

 

 秋穣子である。

 遅れてやって来た豊穣の姉妹神、その姉である秋静葉は、隣で爆弾を投下した己の妹に対し、信じられないものを見るような顔をしていた。

 そして今更ではあるが、今洩矢神社に集まっているのは人外、それこそ山の四天王や市場の神、因幡の白兎という歴史に名を残す化け物ばかり。

 唯一例外である人間、マエリベリー・ハーンのみは領域どころか、結界術や縛りに関してはちっとも理解できていない為、既に考えるのを放棄していた。

 

「…結界術は知ってるだろ」

「知ってる!偶に見る人間の中にいた…陰陽師がよく使うやつでしょ?」

「心象風景は?姉とはいえ…身近で既にそれは見ていた筈だが…」

「うんうん、それで?」

 

 結界術とは人間に限らず、妖怪にとっても身近な技術だ。

 ある傾国の九尾しかり、境界を操る賢者しかり。

 結界による空間の分断と、結界内の物質の置き換え、書き換えは途方もない技術、そして想像力によって成り立つもの。

 それは一片の常識であって、その先に至る為にはまだ足りない。

 静葉は既に気づいているが、あくまでもその先の世界は名前と噂でしか聞いたことがなかった。

 ――しかし、奇しくも答えが目の前にある。

 

「…信じられないことだけど、今目の前で起こったことを見て、確信に変わったわ。…結界を閉じていない。それどころか…結界なんて使わず、現実世界を書き換えている…」

「えっ!?ありえないでしょ!?」

「ありえる」

「ありえるね」

「ありえるな」

 

 華扇、勇儀、萃香の順に、穣子の言葉は否定された。

 しかし穣子の反応は間違っておらず、それこそ華扇たちの、山の四天王の「ありえる」という発言の方が本来は間違っているだろう。

 現実世界。物質から空気中に漂う微粒子の全てを掌握することは、脳を焼き切ることと同等の苦痛なのだ。

 風、外的要因。数えきれない程に存在する数多の異分子を排除し、自分と相手、そして必要最小限の空間を確保し、外からの変化を与えないよう隔離するのが結界術。

 つまり、室内を外殻と仮定し、その内装を改造するというだけでも、人がそれを成す為には途方もない年月を必要とするのだ。

 それを、使うどころか必要もしない。

 

 人は器もなしに水を貯めることができるのか?

 頒布(キャンバス)を使わず空に絵を描けるのか?

 根も葉も茎もなく、種から突如花は咲くのか?

 

 前提条件が破綻し、放棄された神業であるそれに、まるで他人事のようにうんうんと、萃香を含む至った者は頷いていた。

 

「とにかくありえない!ありえない…んだけど…」

「それを言うなら私たちもそうでしょ、山の開けた場所限定だけど、好きに紅葉と果物を実らせてたじゃない」

「だが、あくまでも"外殻"…本来なら結界か、それの代わりに"何か"を…その場合は木と山を外殻に仮定し、利用しただけ」

「そう、つまり()()()達に比べたらかなり次元の低い話…でしょう?」

「…なんのことやら」

 

 むむむと首を傾げる穣子を他所に、静葉とてゐは両者にしか通じない含みを込めた会話を交わした。

 そうしている間にも、モニターの中では諏訪子と神奈子は再び掌印を結んでおり。

 それを見た勇儀と華扇が、頬を引き攣らせた。

 

「おいおいおい」

「これで三回目だぞ」

 

 再び、両者が展開した領域がぶつかり合う。

 今度は12秒程の拮抗。それが終わると同時に、硝子が砕けるような音が鳴り響き、再び諏訪子の斬撃の嵐が舞う。

 ――おかしい。

 そう思っているのはてゐだけでなくマエリベリー、そしてチルノといった諏訪子と近しい仲の者のみ。

 先ほどから、この戦いが始まってからずっと感じていた違和感。

 何故、彼女は今もまだ――

 

 

 

 


 

 

 

 

「「領域展開」」

 

 三度の領域展開。

 再び神奈子の神力と、諏訪子の持つ瘴気がぶつかり合い、必中命令が重複する。

 そして同時に、領域内における身体能力の強化向上によって上がる接近戦のボルテージ。

 神奈子が足を払うように蹴りを放ち、諏訪子の体勢が崩れた。

 そして、一切の躊躇も容赦もなく、神奈子は諏訪子の顔面、その中心を捉えるように拳を握り、振り下ろす。

 だが、後から遅れて神奈子の右目に亀裂が走る。

 諏訪子が片手で、神奈子の死角に潜ませた手掌による斬撃が、神奈子の眼球を穿ち、視力を奪った。

 意識外からの奇襲、突如失われた平衡感覚によって、神奈子が振り降ろした拳は、諏訪子の頬を掠って、地面に突き刺す形で終わる。

 その後だ。

 諏訪子が身体を囲うように、フラフープのように身体に纏わる鉄輪を再び、回転させて広範に拡散させる。

 その斬撃範囲、面積に反比例し威力は著しく低下するものの、元から瘴気を纏って戦う諏訪子にとって、そのようなデメリットはデメリットになり得ない。

 神奈子の顔と身体に、再び斬撃の跡が走る。

 

(私の斬撃を凌ぐため、常に神力を再生に集中させているにも関わらずよく動く…!)

((カイ)の中心は鉄輪であって、諏訪子ではないようだ…)

 

 神奈子の身体はあっという間に元に戻り、戦いとは無縁の少女らしい儚げな肉体に。

 しかし、再生の為普段の倍の量使った神力の消費も無視はできない。

 今は自己補完の範疇に収まり、過ぎた分は時間経過による回復で補いつつあるものの、それがいつまで続くかはわからない。

 だがそれは、諏訪子も決して例外ではない。

 そもそもの話、諏訪子自体の神力は千亦よりやや劣る程度。

 神の中では上位の強さではあるが、しかしそれだけでは決して神奈子には届かない。

 だが、諏訪子にあって神奈子にはないものがある。

 瘴気。

 その力がある限り、再生以外の用途、防御や攻撃でも常に倍の神力を使うことを強制される神奈子にとって、これはかなり厄介な力だ。

 だからこそ、その力を携えた彼女の持つ――

 

「肉体の治癒の分、反応に遅れたろ」

 

 親指と人差し指、そして中指のみを伸ばした独特の形。

 新たに形作った掌印を向け、諏訪子は再び斬撃を放つ。

 

「――(カイ)!」

 

 収束した歪みの斬撃。

 大気を切り裂き、空間を突き破る異次元の力の波動が、数十もの群れとなって突き進む。

 神奈子の視界には、諏訪子の背後に佇む真っ黒な十字架が何十個と見え、そしてすぐに消えたのが見えた。

 あの十字架、それこそが斬撃の本体なのだろうと、神奈子は全身に走る激痛と、再び切断された右腕の喪失感によって理解した。

 諏訪子の背後、空間に漂う無数の鉄輪。

 それら全てを撃墜する為、神奈子は一瞬で再生を終えた右手を向け、風による収束反応を引き起こす。

 本来であれば、神奈子の操る風すらも切り裂く鉄輪だが、それはあくまでも真正面からの話に過ぎない。

 側面。日本刀と同じく、諏訪子の操る鉄輪は横からの衝撃には弱い。

 そこを突いた神奈子の技術によって、鉄輪はたちまちコントロールを失い、回転を失って地面に叩き落される。

 そして、神奈子は再び鈴を鳴らした。

 

「…チィ!」

 

 が、効果は薄い。

 鉄輪の表面を軽く焦がすのみで、鉄輪自体は破壊など夢のまた夢。

 坤を司る諏訪子自身にあそこまでの耐性があるのだ。その力の結晶とも呼べる洩矢の鉄の輪…その電熱耐性は言うに及ばず。

 再び、鉄輪が回転したことで。

 

「ッ!不味」

 

 ――空間に歪みが生まれた。

 力強く、地面を削りながら回転を続けた鉄輪が魅せた斬撃が、神奈子の肩から腰にかけて、決して浅くはない傷を刻む。

 鮮血が舞い、慣れたとはいえ顔を顰める程に不快感のある痛みだ。

 切られた場所を庇うように、神奈子は右手で左肩を抑えながら、再び肉体の再生を開始した。

 

(…再生の出力が落ちている)

 

 限界はある。

 神奈子とはいえ、限度はある。

 諏訪子の瘴気を打ち消す為、普段の倍の出力と量の神力を消費しぶつかり合う。

 切られた身体を再生させる為に、更に倍の神力を使う。

 瘴気で切られた場合は、傷口にこびり付く瘴気を打ち消す為に倍、その後に身体を治す為の倍で合計四倍。

 いくら神奈子の神力が莫大とはいえ、遥か遠い筈の限界が既に、目前に迫ってきていることに驚いた。

 

 自分が史上最強だと自覚していても。

 どこかでありえないと切り捨てた、刹那の不安。

 ――八坂神奈子、敗北の可能性が脳裏に強く駆け巡る。

 

 言わずもがな。

 だが決して、神奈子に走るその衝動は、決して悪いものではなかった。

 刹那の不安――

 だが。

 

(いつぶりだ…?いや、それこそ言わずもがな…)

 

 ――だが。

 敗色と同時により濃く湧き上がるのは。充足。

 

 ――絶対的な強者、それ故の孤独。

 

 今、彼女を満たしているのは――

 

「がッ――!」

 

 速度が上がる。

 ボルテージは天井知らず。

 その熱は、もう誰にも止められない。

 

「――洩矢諏訪子!!」

 

 神奈子の拳が、諏訪子の顔面を今度こそ貫いた。

 防御は間に合わず、瘴気による威力の減衰もなく、完全に決まった虚を突く一撃。

 諏訪子の身体が、神奈子の拳が沈むと同時に反発し、上空に向かって浮き上がる。

 四肢から力が抜け、吹っ飛び続ける諏訪子の上空で、再び雷雲が立ち込める。

 既に、神奈子は鈴を振る体勢に移行し、神力を込めていた。

 以前と同じ、それほど効かない筈のそれ。

 だが、それを補う唯一の手法。

 

「"可換(かかん)" "浄楽(じょうらく)" "白光(びゃっこう)(つるぎ)"」

 

 ――詠唱の解禁。

 子供にも理解できる、単純で明快なその突破方法。

 出力が足りないのであれば、更に足せばいい。

 神奈子の詠唱が終わると共に、雷雲はより濃く、より大きく変貌し、一筋の光を放つ。

 

「雨の源泉…!」

 

 ――轟音。

 落雷という括りには収まらない、地盤を揺さぶる、大地を震わせる絶大な一撃。

 それが、空中で漂う諏訪子を穿ち、そしてそのまま勢いを加速させ、地上で一塊になっていた数多の鉄輪を巻き込み、爆発する。

 何とか諏訪子も反応できたが、しかし上がった出力によって化けた一撃を、受け止め切るのは不可能だった。

 咄嗟に作り出し、手元に転移させていた鉄輪が、真っ黒に朽ち、ボロボロと手から崩れ落ちる。

 そして、それは諏訪子の身体も同様であった。

 顔の半分が焼け、焦げて炭化して朽ちていく。

 神奈子と同じように、諏訪子も再生の為の技術を既に習得しているのは知っている。

 だが、そんな神奈子の予想を裏切り、諏訪子はボロボロの腕を動かし、手掌を作る。

 同時に、諏訪子の背後に現れたのは――

 

 

 

 

「――千鹿頭神(ちかとのかみ)

 

 

 

 

「…なるほど、最初の再生もそれが原因か」

 

 現れたのは、諏訪子と違い瘴気を持たない、純粋な信仰によって生まれたであろう八百万の神。

 枝分かれした角、四つの目と巨大な体躯。

 見る見るうちに、諏訪子の身体が再生していき、千鹿頭神は儚げな微笑みと共に、溶けるように姿を消した。

 諏訪子の身体は既に、最初と変わらない全快の状態となっていた。

 

「何か。言いたいことがありそうな顔だね」

 

 失った鉄輪を、再び顕現させて身体に纏う。

 神奈子もまた、手の甲で鈴を滑らせながら、笑った。

 

「別に、思ったより必死こいてくれてるみたいで嬉しいよ」

「ハッ、ムカつくなぁ」

 

 再生速度を落とし、僅かに反応が遅れた神奈子に向かって、諏訪子は走る。

 伸ばした右手が、神奈子の細い首を強く掴んだ。

 その勢いを保ちつつ、更には加速と手首の回転も加えて、諏訪子は岩に思いっきり神奈子を叩きつけた。

 無数の亀裂が走ったのは一瞬、すぐに神奈子は抵抗し、片手での手掌を諏訪子に向け、突風による反撃を放とうとした。

 が、それよりも先に諏訪子が動く。

 壁にのめり込む神奈子の頭を、そのまま岩に押し付けたまま、引き摺るような形で再加速した。

 岩はその膂力に耐えられず、自壊。

 自由が戻った神奈子は既に、先ほど結んだ手掌を今度こそ、諏訪子の身体に向けて準備を終えていた。

 諏訪子の身体に変化はない。

 だがそれは、嵐の目とも呼ぶべき、人知を超えた神奈子の風圧操作によって成される絶技。

 周囲の地盤をめくり、そして先ほど諏訪子が壊した岩の瓦礫がピタリと静止し、空中で固定される。

 その瞬間、諏訪子が上空に飛び上がるのと同時に、先ほどまで諏訪子が立っていた場所に、凄まじい重圧が襲い掛かった。

 

「逃がすとでも?」

 

 そして、神奈子は既に手掌を変更し、準備を終えていた。

 諏訪子も己の悪寒を信じ、視線を下に、神奈子に向けた途端に、反射に近い速度で同じように手掌を作る。

 

「領域展開」

「領域展開」

 

 ――四度目の領域展開。

 再び重複する必中命令。

 そして、それと並行して行われる領域内での徒手空拳。

 諏訪子が手掌を。

 神奈子が手掌を。

 鉄輪が。

 御柱が。

 

「――(カイ)!」

 

 弾かれた。

 諏訪子の指先、極小サイズで回転を続けていた鉄輪が放つ斬撃を、神奈子は御柱を振るい、まるで球を打ち返すかのような軽い動きで防いだ。

 その事実に、諏訪子は今までに見せたことがない程の、凄まじく歪んだ顔で舌打ちをした。

 

「クッソ…!」

「その程度で切れると思うな!」

 

 そして再び、悪寒という名の生存本能が叫び出す。

 諏訪子が過剰かと思える程に力を込め、バックステップをした道の一直線に、四本の御柱が突き刺さっていた。

 力の激突、斬撃の余波で舞い上がる砂埃に隠れた、死角から放たれた連撃だった。

 そして神奈子は、既に諏訪子の背後に移動を終えていた。

 ――死を連想させた。

 その威圧感、振り上げた足、背後からひしひしと感じる重過ぎる殺意。

 数秒、走馬灯が走る寸前の命の瀬戸際で、諏訪子は神奈子のかかと落としをどう対処するか、何百通りの思考を並列で行っていた。

 加速する。

 神奈子が力を込め、振り下ろした足が、諏訪子の頭部にぶつかる。

 ――寸前。

 

「なに…!?」

 

 諏訪子は全ての鉄輪の操作権を放棄し、消失させた。

 その突然の行動に、神奈子は驚きと共に警戒心を引き上げるが、既に振り下ろした足は止められない。

 諏訪子の頭上から少し離れた位置、極小の鉄輪が作る方陣。

 それに()()()()()()諏訪子の身体は、空中で、その場で回転して衝撃を受け流した。

 諏訪子の作る鉄輪、それが持つ唯一の弱点は操作範囲の短さ。

 ただ投擲するだけならばまだしも、壊を放つ、衛星のように身体を守るように動かすのには、その大きさに反比例した範囲制限が存在する。

 鉄輪が大きければ大きい程、回転速度は遅く、範囲は広く大雑把に。

 鉄輪が小さければ小さい程、回転速度は速く、範囲は小さく精密に。

 そして、懐かしい数か月前のあの日に、諏訪子が生み出した鉄輪の応用。

 鉄輪を小さく、しかし込められるだけ、鉄輪の重量を注ぎ込み、範囲を限界にまで縮めて作った、疑似的な飛行技術。

 操作範囲の限界を超えようとすると、身体が鉄輪に引っ張られる。

 それを利用した、鉄輪を使って身体を引っ張り、空中浮遊に成功させたあの日の技。

 ――それが、八坂神奈子の虚を突いた。

 

「こっち」

「うげっ」

 

 が、いくらなんでも速度が足りない。

 神奈子が振り降ろした足、そしてその場で回転という想像を超える現象で、虚は確かに突けた。

 しかし今までの接戦に比べれば、あまりにも貧弱な付け焼き刃の反撃なのも事実。

 諏訪子もそれはわかっていて、しかしそれ以外に選択肢はない為にこの手段を選んだが、今は少しだけ後悔した。

 諏訪子の蹴りを片手で止め、神奈子の蹴り…俗に言うヤクザキックが諏訪子の鳩尾に直で炸裂した。

 

「おごっ…!」

 

 今までのとは比にならない気持ち悪さ。

 我慢できずに吐瀉物を吐き出しながら、諏訪子は脂汗を滲ませながら、何とか受け身を取って立ち上がる。

 

 ――その一瞬が致命的だった。

 

 蹴りを終えた神奈子は既に、両腕は自由となっていた。

 諏訪子はダメージを喰らいつつも、影にしまった千鹿頭神によって既に治療は終えていたが、受け身を取ったことで両腕が使えなかった。

 つまり、一瞬とはいえ出遅れたのだ。

 神奈子が結ぶ愛染明王印。

 それに続いて、諏訪子が結ぶ不動明王印。

 

「領域展開」

 「領域展開」

 

 ――遅れた。

 0.001秒にも満たないが、諏訪子は今、確実に神奈子の攻撃を喰らった。

 諏訪子の頭に、日常で覚える違和感と同等の靄が纏わりつく。

 肉体を直接傷つけるわけでも、脳や精神を破壊するような情報量による攻撃でも、意識を削ぐような技でもない。

 しかし、高まり続けた緊張感と、神奈子の莫大な出力によって成される神力の圧が、領域内で更に強化向上されたそれを、刹那で見てしまった。

 ――それ故の、違和感。

 

 両者が領域を展開して4秒。

 神奈子の領域内で、諏訪子の「瓔〇〇〇路」が崩壊し。

 

 そしてその直後に、同じく神奈子の「〇〇〇無」も崩壊した。

 

「………………」

 

 神奈子は諏訪子を睨む。

 一瞬の遅れ。

 そして先ほど以上に強く喰らった攻撃によって、諏訪子は胸が陥没し、口と剥き出しになった心臓、抉れた胸から血を流しながら笑っている。

 しかし少しずつ、胸は再生し、垂れ流し続けている血液の量が、段々と少なくなっていく。

 だが、神奈子と同じように諏訪子にも限界はある。

 いくら外付けされた回復、千鹿頭神による治療と自分自身の再生技術を使ったとしても、例外なく高頻度で、高出力で使用すれば、段々と出力は下がっていく。

 現に今も、抉れた胸の傷が半分治ったのと同時に、その再生速度は最初に比べて、半分以下にまで落ちていた。

 神奈子と同じ、諏訪子にも限界が訪れている。

 そう、それは先ほどの領域勝負で、必中能力を当てることは叶わなかったものの、徒手空拳で有利を取れたから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――何故だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――違和感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何故だ。諏訪子は先ほどから頑なに…推測ではあるが領域に付与されている能力以外発動しようとしない…!先ほどの領域もそうだ…結界の対内条件を変えた、重複はまだしも打ち消すのには時間がかかる筈の領域勝負でさえ、彼女は対内条件を切り替えずに時間経過による崩壊を待った…!)

 

 領域内で互いの必中命令が相殺している間、諏訪子は瘴気による突破があるとはいえ、それを破るのには時間が必要だ。

 現に最初、諏訪子が初めて神奈子に殴りかかった時も、神奈子の濃密な神力による膜を破るのに数秒はかかっていた。

 これは神奈子にとって、唯一の弱点であると同時にかなりのアドバンテージでもある。

 瘴気による神力の枯渇、しかしそれ以外に弱点はなく、諏訪子が神奈子の神力、その莫大な出力という土台で成り立つ防御を破る手段は瘴気、それこそ領域展開しかない。

 それに領域展開をした場合、領域内は互いの心象風景が具現化される為、環境を利用した戦いもできない。

 現に先ほどから、諏訪子は徒手空拳での真っ向勝負では神奈子に全敗していたから。

 ――なのに何故。

 

(にも拘わらず、何故諏訪子は領域内で…いや、最初から鉄輪以外の手段を…ミシャグジ(祟り神)を使おうとしない…!?)

 

 ――諏訪子は従えている祟り神では、自分に勝てないと思っている?

 ――いや、それでも目くらまし等で使い捨てる選択もある筈だ…

 ――それが効かないと、弱気になっている?いや……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…シャーッ』

 

 古代最強の土着神。

 彼女の懐刀は静かに躍動していた。




 千鹿頭神
ミシャグジに並ぶ諏訪(民間)信仰の大御所、御子神様。
戦闘能力皆無の瘴気も使えない純正ヒーラー、祟り神ではなく調伏した八百万の神。
円鹿代わりです、タグは呪霊操術戦闘はほぼ十種と御廚子ってこれもうわかんねぇな。
 
 
 来週も土曜です(感想と評価よろしくお願いします)
 追記。本作専用X垢作りました。
https://x.com/moriyakaisen/status/1779506513083809872?s=46&t=EO-Z25mFRRkE1REgxUGwfg

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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