【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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64話.人外魔境諏訪決戦⑤गणेश

「この中で、諏訪子に本気で殴られたことある奴はいる?」

 

 モニター内で繰り広げられる人外魔境を眺めながら、てゐは再び口を開く。

 てゐの質問は突然のものだったが、今までモニター内で起こった数多の現象を解説してきたのは、他ならぬてゐであり、そんな彼女が何の意味もない質問をするわけがない。

 質問の意図を測りかねる大勢。そんなてゐの言葉に対し、唯一千亦は面白くなさそうに答えた。

 

「4回。その後憂さ晴らしに倍は殴り返してやったわ」

「お前には聞いてないんだよ黙ってろ」

「私あんたに何かしたっけ」

「で、いる?」

 

 解せぬと言わんばかりの千亦だったが、てゐはそんな彼女の事を無視し、ぐるりと視線を動かして問うた。

 是非もなし。実際千亦がここにいることを許されているのは、他ならぬ諏訪子の判断であって、正直な話てゐは千亦のことをよく思っていない。

 他の神の領地で、主に隠れて民を誘惑する神など果たして、好かれる、許される要素などあるのだろうか?

 いや、ない。

 だからこそ、てゐは諏訪子達と同じ神目線での意見以外では、千亦にまともに取り合おうとは思っていないのだ。

 そんな視線のみで繰り広げられる一種の冷戦中。

 てゐのそれに答えたのは、萃香だった。

 

「本気でというか…瘴気を応用した打撃ってことならあるけどね、私は」

「それでいい、どうだった?」

「どう………」

 

 万物と対を成す負の力。

 それを喰らうというのは、決して良いとは言えない感触のものだったのだろう。

 萃香は苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

「萃香。あれを喰らったことがあるあんたならわかるだろうが…あいつは神力で強化した拳に、打撃の瞬間、瘴気での中和反応を重ねてる」

「威力が上がるだけじゃなくて、普通に殴られてる筈なのに反撃(カウンター)もらったみたいな感覚になるから最悪なんだよ」

「どうだった?」

「吐いた」

 

 喰らったことがあるからこそ、その脅威を身に染みて理解しているからこそ、余計に萃香は畏怖の念を抱くしかない。

 目の前で繰り広げられる殴り合い、その戦いの間で、神奈子は一体何回諏訪子の打撃を喰らったのか。

 そしてそれら全てに適応し、肉体の硬直すらも見せない、一切の隙が無い戦闘の流れも含めて、正に彼女らは別次元。

 戦いは未だ天井知らずで、その熱はもう誰にも止められない。

 互いの持つ戦意が、敵意すらも無粋な、純粋なる闘争の喜び。

 今も続く人外魔境、その決着の予想もまた、観戦している自分たちの中でも、意見が真っ二つに割れていたのだった。

 

「いけーっ!諏訪子勝てーっ!」

「正直どっちが勝つのか予想ができないねぇ…華扇、どう思う?」

「言わずもがな、神奈子だろう」

「…へぇ?何故?」

「だから言わずもがな。お前たちとて、神奈子の()()を忘れたわけではないだろう」

 

 少なくとも、こうして観戦の場所として選ばれた場所は諏訪大国であり、つまりは洩矢諏訪子を慕う者たちの本拠地。

 その中心とも言える神社の中で、堂々と『諏訪子が負ける』と、華扇は言ったのだ。

 神社内の視線が、一斉に華扇に集中する。

 そしてそれらの視線は、決して友好的とは言えないものだった。

 殺気すらも向けられる程に緊張する空気の中、勇儀はまぁまぁと。

 

「いけーっ!神奈子も勝てーっ!」

「落ち着けよあんたら。少なくとも、この意見に関しては華扇が正しい。諏訪子も瘴気と鉄輪で上手いこと戦えてはいるが、それも長くは持たない」

「さっきどっちが勝つかわからないって言ってなかったか、お前」

「萃香」

「…ちぇっ」

 

 純粋に両方を応援しているチルノは無視して。

 観戦組の考察、意見の交換は続いていく。

 

「それにだ、神奈子の徒手空拳の練度の高さはお前たちも知ってるだろう?」

「だが、諏訪子にあって神奈子にないものだってある。瘴気はともかく、あいつの祟り神による物量のごり押しだって恐ろしい」

「鉄輪の斬撃もあるしね」

「だが瘴気も結局は中和するのに時間がかかる、ちゃんと当たる(クリーンヒット)までの硬直状態は決して無視できるものじゃない」

「なら祟り神を使えばいい」

「でも使ってないじゃん」

「しかしだな…」

「あー待て、そういや一か月前に捕まえてきたっていうあれも…」

「そもそも領域勝負に勝てばいいのでは?」

「馬鹿言え、両方の必中効果を知らないのか?」

 

 議論は白熱し、モニター内の戦いに負けない熱を帯びたものになる。

 両者が考える展開。あの時、何故この時、数多の思考の下に行われる戦況の解析と考察は、それぞれが刺激を与え、与えられることによって更に深いものになっていく。

 結局どちらが勝つのか。

 どのようにして勝負の決着は付くのか。

 皆がそれぞれ、興奮を抑えきれないままに舌を動かし、語る中。

 

「はー…待て待て、待ちなさいよ、頼むわよガキンチョ共」

 

 千亦が冷や水を浴びせた。

 大袈裟なため息といい、語彙といい、癪に障る態度だ。

 議論を止められた何名かは、不快感を隠さずに千亦を睨んでいる。

 

「あんた達わかってんの?そもそもの話。神奈子と諏訪子じゃ『勝利条件』が端から違う、そこをちゃんと理解してるの?」

「…癪だがその通りだ」

 

 てゐは不承不承といった様子で、千亦の言葉を肯定した。

 

「神奈子はただ諏訪子に勝てばいいんだ。たとえ何千何万の祟り神、配下が控えていようが結局、それらは諏訪子より実力は劣る程度のもの」

「だが諏訪子は違う、この一か月で私が散々教えた()()が、神奈子の全力…一瞬で勝負が終わる未知の切り札のそれを…常に警戒しないといけない」

 

 ――温存している切り札。

 かつて千亦が神奈子と戦った際、絶対的有利の状況から、たった一撃で瀕死に追いやられた奥義。

 その技の詳細、そして対策は既に、諏訪子にも伝えてある。

 まずこの時点で、諏訪子と神奈子の戦いは、ある有利不利が働いているのだ。

 疑問。

 

「…下手に刺激するなってことか?」

「神奈子の切り札…()()が出た時点で諏訪子は負ける。全てを出し切るわけにはいかないあの子にとって、唯一の希望は神奈子に警戒心を与え続けることなのよ」

「なるほどね」

 

 萃香は納得した。

 祟り神を使わないのも、諏訪子が依然として一定の攻めの姿勢を崩さないのも。

 神奈子に博打紛いの手段を取らせず、警戒心を与え続けながらも『溜め』の行動を許さない意味がある。

 

「まっ、それでも時間の問題だと思うけどね」

 

 千亦がそう言った瞬間、モニターから凄まじい轟音が鳴り響く。

 再び、一同の視線が彼女たちに釘付けとなる。

 本日何度目かの、羨望に近い熱を込めた視線を、鬼は向けて戦いを見守り続ける。

 萃香も、華扇も、勇儀も。

 勝率、打算…この戦いが持つ意味は、決してそのような、単純なものではないと理解していた。

 人間との戦い、命のやり取りこそが人生だと断言できる鬼だからこそ。

 この戦いが持つ真の意味を理解し、羨ましがることができた。

 

「全く。今の神とやらはこんなのばっかなのか?そういう話じゃないだろう」

 

 この戦いが示す先。

 決着という名の終わりが持つのは、ただの勝ち負けではないのだ。

 

「これは洩矢諏訪子の為の戦いだ」

 

 そして同時に。

 

「――これは八坂神奈子の為の戦いだ。外野の私らが、あいつらの行動から意識全てにケチをつけるのは、野暮ってもんじゃないのか?」

 

 ようやく訪れた好機。

 やっと出会えた好敵手。

 互いの価値観、力から技術、全ての命をぶつけることが許されるただ一つの存在。

 それの戦いは、決して『決戦』という括りには収まらない、愛おしさすら覚えるものなのだと。

 鬼だからこそ理解できる。

 目の前で繰り広げられる戦いを、勇儀たちは静かに見守り続けるのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 そこで起こっているのは正に、超常の戦いであった。

 眼球を抉る勢いで降り注ぐ、硬く鋭い雨粒の群れ。

 絹を裂き、肌を切り裂き、肉を抉る不可視の斬撃と化した風。

 それらの中で、動く二つの影がある。

 一つの影。

 八坂神奈子はまるで見えない翼を持っているかのように、荒れ狂う風の中でも平然とした顔で、四方八方へ高速移動を繰り返す。

 相対するもう一つの影。

 洩矢諏訪子はひたすら風という名の壁をぶち抜く勢いで、ただひたすら弾丸の如き直進を繰り返し、神奈子を追いかける。

 先を飛ぶ神奈子が片手で手掌を結ぶと共に、前方の地面が揺れ動いた。

 飛行を続ける神奈子の先、そこにあった地面。そこに円状の亀裂が走り、そして神奈子が手掌を突き立てると共に、風による浮力によって、天高く、帳に突き刺さる勢いでそびえ立つ岩の巨塔が出来上がる。

 進路の先、神奈子の目前に迫る岩の壁。

 神奈子はまるで、水を泳ぐ魚のように、危なげなく、ぬるりと円状のそれを滑るように、カーブを描いて回避した。

 だが、諏訪子はどうか。

 神奈子と違い、諏訪子は己の身体能力、そして強化向上させた肉体を躍動させ、壁を蹴りつけ、方向転換をした。

 壁を蹴り、そして再び神奈子が掌印を結び、風がより一層強く吹き荒れた。

 

「皮肉なものだなぁ、()の方がお前()よりも大地を使いこなせているぞ!」

 

 神奈子が再び、空中に浮き上がらせた瓦礫を操作する。

 同時に、神力を込めることで御柱程ではないものの、相対する神に対し、届きうるものとして昇華させた、臨機応変に形を変化させられる武器が生まれた。

 風を。

 乾そのものを。

 全てを宿した神奈子による、落石。否、隕石そのものであるその攻撃を、諏訪子は鉄輪を操作し、迎え撃とうとした。

 駆ける。

 

「洩矢の鉄の輪…!」

 

 『洩矢の鉄の輪・(カイ)』は切断力、射程距離こそ優れてはいるものの、破壊という一点では通常の『洩矢の鉄の輪』の方が優れている。

 今回の場合も、神奈子による隕石の攻撃を切るのは容易い、しかし場所と落下軌道があまりにも悪すぎる。

 直線に落ちる隕石が相手だと、ただ切断するだけでは逃げ道はなく。故に逃げ道を作る為の何かが必要だった。

 諏訪子が選んだのは、通常の鉄輪、そして(カイ)の同時発動。

 右手で手掌を向け、そして左手で鉄輪を強く握り、迫りくる巨大な隕石を相手に、一切臆することなく飛び込んだ。

 右手の平で回転、収束する鉄輪が。

 大気を、空間を裂くことで発生する歪み。

 ――未だ未完成の、対象を断つ斬撃が放たれる。

 

「――(カイ)!」

 

 蜘蛛の巣のように張り巡らされた、一瞬の硬直によって爆発力を増して放たれた斬撃。

 それらが何百mもある隕石の全てを切り刻むと共に、その中に隠された通常の『洩矢の鉄の輪』による、投擲された物質が持つ運動エネルギーによって、隕石の中央に諏訪子が通れる程の小さな穴が出来上がる。

 ――その先で、神奈子は手掌を諏訪子に向けていた。

 諏訪子のに似た形の、そして隕石の中心に出来た穴から、まるで諏訪子を攫うかのように、身体に纏わりつく粘質性すらも感じる濃密な風。

 隕石という壁を挟み、向かい合っていた神奈子と諏訪子。

 しかし次の瞬間、神奈子が右手を開き、諏訪子に向かって突き出した後、握りながら引っ張るような動作をすると共に、諏訪子の身体がグンッ!と強く引っ張られた。

 小さくびゅんっ!という音が鳴った瞬間、神奈子は右拳を握り、振り下ろす姿勢に。

 諏訪子はその時にはもう、神奈子の拳が振り下ろされる先、何百mも離れていた筈の、神奈子の前に移動させられており。

 防御が遅れた。

 

「ぐぎっ…!」

 

 鋭い一撃だった。

 反撃に備えた光弾が、神奈子の背後で役割を放棄し、消失する。

 神奈子の振り降ろした拳が、諏訪子の鳩尾に炸裂すると同時に、心臓まで抉ったことによって吹き出す血液が、神奈子の顔を濡らす。

 そのまま数秒。

 重過ぎる攻撃に対し、身体と物理法則が追い付いていないような、そんな不可解な現象は既に終わり。

 諏訪子の身体が、上空から地面に叩き落とされた。

 

 ――まだだ!

 

 受け身を取り、上半身のほとんどが潰れた諏訪子に向かって容赦なく、神奈子は急降下した。

 速度の力を、重さを加えた蹴りを放ち、再び諏訪子の顔面を穿つ。

 きりもみ回転をしながら吹っ飛ぶ諏訪子を追いかけながら、神奈子は再び風を操作し、その身体を捉えて離さない。

 

 ――まだだ!!

 

 顔の半分が、神奈子の莫大な神力によって抉れ、そして鋭すぎる蹴りの威力によって焼け焦げている。

 だが神奈子は一切の油断も躊躇も捨て、ひたすらその弱点を穿ち、狙い続けた。

 

(最低でも心臓!!肺・肝臓も潰す!!千鹿頭神による外付けの回復が間に合わないくらい、確実に死に近づける!!)

 

 人間のように、神は出血多量で死ぬことも、心臓を失ったことで直接死ぬこともない。

 だが、信仰という一種の『思い』の下に活動し、命を持った神が、同じ神に向ける『殺す』という行為が、神を死に至らしめるのだ。

 腕も、足も、出力を落とした再生能力で何とか持ちこたえているが、最早手遅れ。

 神奈子の踏み込みが地面を抉り、神奈子の狙いである、先ほど何とか完治させたであろう心臓に向けて、その硬く握られた拳が動く。

 神奈子の異能、程度の能力による風の拘束を破る力は、今の諏訪子にはない。

 このまま、防御すらできずに攻撃が炸裂――

 

 

 

 

――シャーッ

 

 

 

 

 ()()()()

 ――諏訪信仰の王、ミシャグジ完全顕現。

 

 

 

 

 どぷん。と。

 諏訪子の影から飛び上がるように。

 まるで主を守るかのように、その白蛇は顕現する。

 神奈子の拳が空を切り、不発に終わったのと、諏訪子の身体が完治したのは同時だった。

 失った好機、過ぎ去ったチャンス。

 しかし神奈子は冷静に、再び掌印を結び、すぐに手掌をミシャグジに向けて、神力を込める。

 

(この瞬間(タイミング)で!?だが問題ない!瘴気が私の神力を中和し切るその隙に、一撃で破壊する――!)

 

 再び、神奈子の指先に風が収束し、光を放つ。

 ――寸前。

 

「神地嵐――」

 

 キンッ――

 あの、鉄輪が物質を切り裂く時の音が響いた。

 …いや。

 違う、これはあいつじゃない。

 腕がない、でもあいつがやったわけじゃない。

 じゃあ誰が?

 

 ――ミシャグジだ。

 

 右手がない、掌印を崩された。

 あいつの牙が。

 その瘴気が。

 ――()()()()()()()()()()…!

 それに気づいた時には既に、ミシャグジは神奈子の腕を咥え、そして諏訪子の背後に佇んでいた。

 神奈子の腕は、ゴキンッ!という鈍い音と共に、ミシャグジの体内に取り込まれ、消えていく。

 

「諏訪大国の虎の子か…!」

 

 失った右手に意識を割き、再生を続けながら、神奈子は笑った。

 目前では、諏訪子はミシャグジの下顎を撫でながら、勝ち誇ったような顔をしている。

 神奈子は問う。

 

「…何か、言いたいことがありそうな顔だな?」

「別に」

 

 以前にも交わした、全く同じ問答。

 しかし今度は立場も、発する言葉も入れ替えたものであった。

 

「思ったより、必死こいてくれてるみたいで嬉しいよ」

「クハッ、お前程じゃないさ」

 

 ――かつて洩矢諏訪子は八岐大蛇戦にて、消し切れない程に大きな力と対峙した。

 ――五度の領域展開。相殺した必中命令は、八坂神奈子の『自分以外の全て』と、洩矢諏訪子の『領域内の自分()()』。

 ――()もまた、領域展開という名の『八坂神奈子の神力』そのものに触れ続けた者。

 ――()は五度領域展開に巻き込まれ、そして『八坂神奈子の神力』を浴び続け、その波の強弱、常に変化する神力の性質を完全に学習した。

 

「八岐大蛇といいあんたといい…瘴気で消し切れない程の燃料馬鹿。…正直な所かなり厄介だと思っててね、まずはあんたからその手札を消しておきたかった」

 

 再び、ミシャグジの身体が変化する。

 諏訪子の三倍はあった巨体が、見る見るうちに小さく、可愛らしい見た目のものに変化し、諏訪子の手の平にちょこんと乗っかった、愛くるしい見た目のものになる。

 だが、その分凝縮された、圧縮された瘴気の出力は、決して油断できるものではない。

 しゅるりと、小さくなったミシャグジは、諏訪子の顔。左側の一房髪に纏わりつき(東風谷早苗と同じ姿)、そして諏訪子と一体化した。

 

「最初から、そして領域内で、ミシャグジ以外の祟り神が使えない間はこうやって、あんたの神力を解析してたってわけ」

 

 ――最高・最適の形で()()する。

 諏訪子が神奈子の神力を、一切のタイムラグなく突き破り、戦いを有利に進める為に選んだのは、最高戦力たるミシャグジを、自分の瘴気の変換機として使いこなすことだった。

 神力を消すには時間がいる。

 相手の力が大きければ大きい程、それを突破するのは困難になる。

 諏訪子でさえも例外ではなく、たとえできたとしても、諏訪子が神奈子の神力に適応を終えた頃には既に、戦いは終わってしまっているだろうということ。

 最短、最速で適応を終え、神奈子の神力をタイムラグ無しに無効化できるようにする。

 それを成すにはどうすれば、一体どのような手段を使えばいいのか、諏訪子は考えた。

 そして、答えは隣に、一番近い場所にあった。

 

 

 

 

 ――()()()

 

 

 

 

 洩矢諏訪子がこの世界に顕現し、そしてしばらく旅を続けていたあの頃。

 いつの間にか隣に立っていたミシャグジが、瀕死の妖怪に瘴気をぶつけ、そして祟り玉に変化させていた。

 答えはそこにあった。

 ――あれこそが、あらゆる神力に、力の波に合わせて、最適な形で瘴気をぶつけることができる手段。

 ――八坂神奈子に届きうる、最高の戦力だった。

 

「おかげで、ミシャグジ以外の祟り神は使えなかったわけだけど…それなりに見返りはあったね」

「はっ、抜かせ」

 

 神奈子の神力、その莫大な出力による不可侵を破る為、中和無効化する為の瘴気の変質。

 しかし、あくまでもそれは、本来自分が行う筈の演算領域をミシャグジに貸すことで時短させただけ。

 確かに諏訪子の言う通り、ミシャグジは既に神奈子の神力に適応し、次からはタイムラグ無しの、全力の攻撃が出来るのだろう。

 ――諏訪子自身が、神奈子に対して特効を得たわけではない。

 

「適応できたのはミシャグジだけで、お前自身が瘴気の変質能力を得たわけではない。そして先ほどと同じく、お前が再び窮地に陥れば、お前はミシャグジを出さざるを得ない。そうだろう?」

 

 神奈子の考察は正しい。

 本来であれば、長くゆっくりと時間をかけて、ようやく諏訪子でも解析ができる筈の瘴気の調整。

 だがこの戦いでは、諏訪子は自分ではなくミシャグジに賭け、そしてそれと一体化することで特攻を得た。

 しかしだ。

 所詮攻撃が届くようになっただけ。

 元の徒手空拳、地力の差は歴然で、そして何よりミシャグジを自律させて戦わせることができないというのは、凄まじい程の不利となる。

 そして何より、洩矢諏訪子の従える祟り神――その中で最も強い存在を封じるという意味が。

 それが表す現実が、どこまでもふざけたものとしか思えなかった。

 

「――次は一撃で破壊してやる」

 

 神奈子はその時、油断した。

 あれだけ口酸っぱく、自分自身に言い聞かせていた戦場での慢心を、この時に自分でやってしまった。

 その時、不自然に両手を合わせた諏訪子の動きを、たった一瞬とはいえ見逃し、そして妨害することができなかった。

 諏訪子の両手が、掌印が、その儀式を完遂させる。

 

「――勘違いするなよ」

 

 ――1対1じゃない。

 再び、諏訪子の影から瘴気が発生し、それがある形に変化する。

 ミシャグジとは正反対の、全身が真っ黒に染められ、成人男性二人の身体を分解し、融合させたような歪なデザイン。

 だが、その気配が含む濃密な死の香りは。

 

嵌合渾(かんごうこん)

 

 ――ミシャグジと同等のもの。

 

「土着呪霊・手長足長――!」

 

 手長足長が完成した時、諏訪子は既に動いていた。

 反応の遅れた神奈子に肉薄した瞬間。諏訪子の手が、一切の減速をせずに、そのまま突き刺さった。

 ミシャグジによる学習能力、そして諏訪子の瘴気と足し、更に変化させることで対神奈子に特化した、魂を蝕む毒と成った瘴気。

 必死にそれを中和しつつ、神奈子は咄嗟に諏訪子を蹴り上げ、そして再び風を集めた。

 時間をかけてようやく、失った右手が元に戻り、それを向けて。

 

「神地嵐――!」

 

 圧縮された風の刃が、のけ反った諏訪子の胴体を穿とうとした。

 再生の出力が落ち、致命傷をカバーする余裕のない今だからこそ、小手調べとしての一撃も、油断できない致命傷となる。

 ――瞬間。

 

【■■■■■■■――ッ!!!】

「…いつまで休んでるつもりだ?」

 

 諏訪子の影から一斉に放たれた、漆黒の百足たち。

 それらが諏訪子の身体を覆い尽くし、そして神奈子の視界に移らないよう、壁のように積み上がり、そして津波のように一斉に飛び込む。

 神奈子は冷静に、神地嵐による風を使って、百足の祟り神を全て圧殺し、そして駆け出す。

 目的は、新たな脅威として名乗りを上げた、手長足長。

 その胴体、二人の人間で作られたことによる接合部分を狙い、神奈子は鈴を口に咥え、今度は両腕を自由にすることで、次の一撃をより強いものにしようと考えた。

 しかしその瞬間。

 

「ッ!なっ…!」

 

 神奈子の腕に激痛が走る。

 見れば、百足たちによって姿をくらまし、いつの間にか両手を合わせた姿勢のまま、こちらに向かって何かを放出する諏訪子の姿。

 軌道を変更し、神奈子は冷静に、差し込まれた攻撃を。

 諏訪子による、圧縮した祟り神を使ったレーザーのような攻撃と、そして流し込まれた瘴気を癒しつつ、冷静に戦況を分析していた。

 

(なるほど…互いが互いを攻めやすいよう、隙を作る立ち回りか…そして百足の祟り神…あの手長足長を見るに、ここからは祟り神も本領を発揮することだろう)

 

 今まで不自然に、諏訪子は祟り神を出さず、自分の力のみで神奈子と戦っていた。

 唯一の例外は千鹿頭神だが、あれはおそらく表に出ることはない、純粋な回復要員なのだろう。

 初見殺し。神奈子でさえそれは例外ではなく、諏訪子が従える数多の祟り神の相乗効果は予想がつかないものだ。

 だが今、ミシャグジの解析作業が終わった途端、まるで今までの鬱憤を晴らすかのように、諏訪子は祟り神を使い、そして戦いに参加させてきた。

 

(今更ミシャグジ以外の祟り神を併用してきたのは、私の神力の解析が終わり、能力の空き容量(リソース)に余裕ができたからか?)

 

 新たな武器を手にした諏訪子は、その攻撃の勢いを緩めることなく、再び両手を合わせて影に潜む。

 手長足長は、その名に恥じない腕を、鞭のように鋭く、地面に線を刻みながら、更に伸ばし、叩きつける。

 低空飛行の姿勢のまま、神奈子は自在に宙を跳ね回り、手長足長による触手攻撃、それによって伸びた影から、諏訪子は再び攻撃を差し込む。

 

「チィッ…!」

 

 圧縮された祟り神が放出され、瘴気を撒き散らしながら空へ向かう。

 神奈子がそれを回避し、そしてその次の"起こり"を察知し、更に過剰にも思える程のバックステップを挟む。

 そして予感は正しく、先ほどまで神奈子が立っていた、回避した後に立っていた場所が、刻まれる。

 

(カイ)

 

 ――効きが弱いな。

 先ほど与えた打撃、そして再び姿を見せた諏訪子に対し、神奈子は隙を見せないよう、鈴を構えながら疑問に思う。

 

(出力が下がっているわけではない…が、しかしこのままだと危ういか?瘴気が適応を終えたことで、私の能力にすら干渉を…)

 

 ――ではどうするか。

 

(となると、最後の手段として()()があるが…そんな隙は見せてくれないだろう。諏訪子と戦う前、千亦に先に披露したのが不味ったかな)

 

 一か月もあったのだ。

 情報共有をしない筈もなく、現にこうして神奈子は、諏訪子による連撃のせいもあって溜めが作れない。

 このままミシャグジによる解析が進めば、そのうち全ての技が効かなくなるのも時間の問題だろう。

 

「2対1なんて卑怯だと思わない?」

「ばーか、これが私の戦い方なんだよ。それに…」

 

 神奈子の文句に、諏訪子は悪びれもせずにそう言い切った。

 そして、再び諏訪子は。

 

 

 

 

「2対1じゃない」

 

 

 

 

 ――ズゥン…

 ――ズゥン…ズゥン…

 諏訪子の頭上、その空間を裂くようにして現れた、巨大な四つの手。

 太鼓を叩くような気軽さで、地面が音を奏でている。

 

「なるほど…」

 

 神奈子の前に現れたのは、自分とよく似た存在であった。

 諏訪子の背後で佇むそれは、太鼓腹の人間の腹を持ちながら、その頭は象で作られている。

 巨大なその体躯、そして間違いなく、それが祟り神であることを証明する瘴気が辺りに満ちる。

 右の牙は捻じれており、しかしその歪な姿からは、一種の『神聖さ』が醸し出されていた。

 

()のだろう、その祟り神」

 

 神奈子の知る神の中に、あのような形の者はいない。

 そして、神霊に近いその身体組織は、祟り神でありながら、神奈子自身と遜色ない高位の信仰があった。

 

「"あらゆる障害"を取り除く…アジアの神の祟り(のろい)

 

 それはまるで新しい玩具を自慢する、幼子のように得意げな表情で。

 

「そう…能力対象に概念が絡む、土着神霊(ミシャグジレベル)だ」

 

 再び、戦況は変わる。

 左に、今出したばかりのアジアの神。

 そして右に、先ほど出した手長足長を配置させて、言う。

 

「言ったでしょ?2対1じゃないって」

 

 ――その笑みは、秘策という名の優越。

 

「3対1だ」




 ミシャグジ
言わずもがな、洩矢諏訪子が従える祟り神の中で最も強い存在。
1話でサラッと出てた瘴気と祟り神の取り込み設定をここにきて回収、祟り玉バンザイ。
呪術原作で魔虚羅が無下限を攻略した際の『不可侵を中和無効化するように自らの呪力を変質』って面白そうじゃん!ついでに1話でサラッとやってた祟り玉要素も回収したろ!早苗要素も足したろ!との事で今回の形に。

 手長足長
元ネタは言わずもがな東方風神録の諏訪子様のスペカ。
本作開始4話からちょくちょく出てた変形する祟り神、あの子が実は手長足長でした。
60数話の空白を経ていよいよ降臨。

 アジアの神の呪い
作者が呪術で一目惚れした『あらゆる障害を取り除く程度の能力』を持つアジアの神。
本作を連載するにあたって絶ッ対に出したる活躍させたるという意気込みがあり、60数話の空白期間を超えていよいよ降臨。
あらゆる障害を取り除くというが、実際はどのような挙動でそれが行われるのか
東京結界に放り込むとどうなるのか。
領域展開は持っているのか。
誰も知らないのである。

 来週は10時に投稿です(感想と評価気軽にお願いします)

呪術廻戦はどこまで知ってる?

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