【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 あと2話でクライマックス突入。


65話.人外魔境諏訪決戦⑥霧雨の剣

没収(コンフィスケイション)

 

 アジアの神、祟りの王が判決を下す。

 その御手(みて)が光を放ちながら、同期させた動きと共に振り下ろされた。

 変化は一目瞭然だった。

 

「っ…!貴様…!」

 

 突如感じた解放感。

 先程まで左手にあった筈の感触、重み。

 それが綺麗さっぱり消え失せた。

 何が消えたか。

 その答え、消えたそれは一体どれほどの価値があったものなのか。

 それは神奈子がこの戦いで、初めて見せたその表情。

 苛立ちを隠さぬ歪んだ顔が証明していた。

 

「返せ…!」

「やだね」

 

 ――あらゆる障害を取り除く程度の能力――

 諏訪子が呼び出したアジアの神、それを模した祟りの持つ異能の矛先は、八栄鈴。

 地形、人物、対象に制限はなく、文字通りあらゆる全てを、当人が『障害』と判断したものを亜空間に追放し、術者を守る最強の守り。

 複雑に絡み合う能力の属性、それらを束ね、補助する為の道具が消えた今、神奈子は圧倒的な不利に陥ることとなる。

 だが、それでも神奈子は止まらない。

 

「雨の源泉――!」

 

 掌印を崩さず、変わらず手掌を、アジアの神に向けたまま、神奈子は能力を発動させた。

 

 ――八坂神奈子の能力。そしてその中での主な攻撃方法は二種類。

 ――引力、斥力を自在に操ることができる神地嵐。

 ――乾が司る残りの要素、雨や雷に指向性を持たせ、放つ雨の源泉。

 

 そして神奈子は普段、八栄鈴を使い、本来であればそれなりに無駄が、ロスエネルギーの生じる雨の源泉。その乾の交錯した力から一つのみを抽出し、操っている。

 能力の抽出、そしてその為に必要な手順を省略する必要もなく、最小で最大の一撃を放てるのが八栄鈴。

 そして。――他ならぬ父から贈られた神具でもある。

 八栄鈴に頼らない、今までのと同じ手順を踏み、省略と能力の発動回路に意識を割く。

 神奈子の指先に、赤い光が収束し、雷が爆発。

 粉塵が舞い、神奈子は再び距離を取る。

 手ごたえは――

 

「チッ…!」

 

 ――弱い。

 効いていないわけではない、が。しかしどこからどう見ても有効打とは言えない現状。

 諏訪子、そして手長足長を庇うように、四本の腕を交差させ、少しだけ焦げただけの表面が、あっという間に癒えていく。

 直撃したとは思えない、その光景。

 

(効きが弱いな…出力が下がってるせいだけじゃない。間違いなく直撃した筈、となると十中八九あの祟り神の力だ)

 

 あらゆる障害を取り除く。

 その力が取り除くのは障害、つまりは神奈子の放った先程の攻撃、雨の源泉も例外ではない。

 放たれた雷の内、熱や衝撃といった大雑把に分別した要素を最低限、そして最適な量と比率で能力を切り分け、取り除くことによる絶対的な防御。

 ガネーシャ(アジアの神)の名に恥じぬ、上位者に相応しい逸脱した強さである。

 

(だが、それでも能力には上限値は存在する。それなら攻略は容易い)

 

 神奈子の推測は当たっている。

 本来であれば、放たれた雷の全てを取り除くことによって、そもそも傷などつく筈がない。

 しかし、神奈子のあまりにも莫大な出力によって放たれた雷は、本来であれば決してありえない、能力の上限値に引っかかる程の『障害』だった。

 能力対象、そしてそれが概念にも及ぶことに裏付けされた、膨大な能力の上限値、内包。

 そしてそれが向けられる外延に決して収まることを知らぬ、神奈子の凄まじい存在感とも呼べるそれは、諏訪子を含めた両者が第一に考えた。

 

 ――突破口を見つけたのならば、やることは一つ。

 ――唯一の敗因、それを回避するためにやることは一つ。

 

 神奈子と諏訪子、両者の動きが止まる。

 触手の鎌首、そして自在に伸びる影を収縮させ、何時でも放てるように構える手長足長。

 諏訪子の背後で堂々と佇み、再び四本腕を広げ、その巨大な手の平を神奈子に向けるガネーシャ。

 そして、諏訪子。

 卑怯などと言うつもりはない、この場は戦場であり、駒を使って相手を消耗させることも、数多の能力を自在に使いこなすことも彼女の強み。

 この一か月、諏訪子は神奈子の予想をいい意味で裏切り、そして魅せてくれた。

 あの斬撃。彼女が使いこなす『洩矢の鉄の輪・壊』は到達点だ。

 大地を支配し、大陸を揺らし、文字通りこの地上の全てを掌握する程の将来性、成長の未来をかなぐり捨てて、そして辿り着いたもう一つの極地。

 諏訪子が生み出す斬撃はどれも鋭く、切ないものでありながら抑えきれぬ"熱"を秘めた、神らしからぬもの。

 両者は静かに睨み合い、呼吸と瞬きを忘れる。

 数秒、数十秒の交錯する時間の間隔。

 一瞬が永遠に、しかし刹那的な感触はする矛盾した感覚が、戦場の真ん中、両者の脊髄を酔わせて狂わす。

 ザリ…と石が擦れる音がした。

 

「――ッ!」

 

 同時に。

 

「手長足長!」

 

 戦況は再び動き出す。

 神奈子の突進、動きを直線に縛ることで、代わりに推進力と破壊力を得た無謀とも言える行動。

 諏訪子もまた、神奈子の動きを見切りながら、手長足長に命令を下し、自分の身体を守るよう、自身の前に立つようにした。

 瞬間移動に近い速度で、手長足長が割って入ると同時に、凄まじい轟音と共に地面に二本の線が刻まれる。

 手長足長が神奈子の拳を受け止め、そして思いっきり踏ん張った跡。

 そして、あまりにも強すぎる拳を受け止め切れなかったのか、手長足長の胴体、そこに配置された人間の頭と、そして拳を受け止めるのに使った両方の腕が折れ曲がり、使い物になっていない。

 

 ――神奈子は動く。

 

 手長足長の背中、そして自身の背中を合わせるように跳び、神奈子の視線から逃れた諏訪子。

 しかし手長足長の身体越しに感じる"起こり"が、神奈子の判断力をより鋭利なものにする。

 どれほど能力効率が良くとも、そして他ならぬ神奈子自身でさえ、技の発動の際に生じる神力の"起こり"だけは誤魔化せない。

 未だ衝撃の余韻に苦しむ手長足長を後目に、神奈子は諏訪子の肩を掴み、そして残った左拳を、その脇腹にねじ込んだ。

 

「ごふっ…!」

 

 同時に、風による引力の追加攻撃。

 ブチブチブチッ!と惨い音を立て、諏訪子の脇腹から心臓の近くに至るまでの、上半身のほとんどが崩れ、鮮血を撒き散らす。

 そのまま心臓を引き抜こうとした時、神奈子の身体を巨大な影が覆い尽くした。

 神奈子は攻撃を中断し、バックステップをしながら、左手についた血を払い、睨む。

 器用に諏訪子のみを除外し、神奈子だけを狙ったガネーシャの掌底のような攻撃だった。

 ――危機感知。

 

「ッ――!しぶといな」

 

 首のみを捻り、背後から襲い掛かって来た触手を避け、神奈子は再び意識をそれに向けた。

 先程まで流していた血はそこにはなく、再び全快となった両腕を伸ばし、そして影も操作することで四方八方、正に神奈子を八方塞がりにする連続攻撃。

 それらを跳んで避け、時に過剰に身体を逸らし、相手の攻撃を誘ってから今度は飛び込むように、大胆に回避。

 最初の数十は特に変わらず、異変が起こったのは数秒後の、数百本目の触手。

 空中に漂う数多の触手を束ね、神奈子はそれを一気に引っ張り、そして手刀で切り落とそうとする。

 だがそれよりも先に、手長足長が自ら腕を切り離した。

 神奈子の視線の先、そこには凄まじい速度で、そして見覚えのある"起こり"と共に再生を行う、手長足長の姿があった。

 

(嵌合渾…その名の通りあれは複数の祟り神を合成することで作った存在。何より肝は『千鹿頭神』による再生能力だな…私程の練度ではないが、見る限りでは一撃で破壊するのが攻略条件…!)

 

 そして、その隣に佇む――

 

(千鹿頭神による外付けの治療…合成し、手長足長となってもそれは健在か?)

 

 神の肉体は、神霊や八百万の神等で個体差こそあるものの、しかしある共通点がある。

 それは『人体に対する理解度』である。

 人間の祈りによって魂が構築され、この世に生まれる八百万の神。

 そして人間の祈りはあくまでも外付けであり、本質の魂は既に確立されている神霊。

 人間が祈り、人間が求めた超常であるが故に、神とはその見た目がほとんど人間と同じそれだ。

 神奈子も、千亦も、袿姫も魅須丸も同じ、皆が人間と同じ構造、血と臓物を持って生まれた存在であるが、一つだけ違うところがある。

 それは、再生能力の練度。

 

(いや違う。そもそも神力の過剰錬成による治癒は、自己治癒と違って他者の場合、その効率は半分以下…それにそもそも、千鹿頭神の回復の練度は私未満の筈)

 

 諏訪子は戦いの最初、千鹿頭神に回復を任せることで戦いを始めていた。

 だが神奈子の知識通りだと、妖怪や神全てが共通するその弱点、他者の治療は自己治癒の半分以下の効率であるということ。

 そして、先ほど神奈子は諏訪子の身体を半分抉り、致命傷を与えた筈だった。

 仮に千鹿頭神…今は手長足長になっているそれが今でも、諏訪子を治そうとしたところで、あの致命傷をすぐに癒すことはできない筈だった。

 再生能力にも限界はあり、領域展開と同じで連続使用によって出力は段々と落ちていく。

 ――だが。

 

(初めからできたのか、それとも今できるようになったのか……)

 

 目の前に諏訪子がいる。

 抉れた筈の腹。そして胸の中央にかけて刻まれた痛々しい()()

 服が裂け、少女らしい美しい肌と同居する、その黒ずんだ肉の数々。

 治りかけている、その身体。

 

(諏訪子自身がこの一月とこの戦いで。――再生能力(反転術式)を習得してきたのだ)

 

 向上したのは鉄輪、神としての才をかなぐり捨てて得た強さ。

 数多の祟り神、アジア神すらも手駒に加える貪欲さ、そして群の強さ。

 何より、それらを自在に操り、戦いで役立たせる指揮の強さ。

 そして――

 

 ――土着神、八百万の神として覚醒して二か月弱。

 ――異常な成長速度。

 ――八坂神奈子は魅せられていた。

 

 再び、煌々と光を放つ必殺の鉄輪。そして、歪む周りの大気。

 ――八坂神奈子(自分自身)と並ぶ程の、才能の原石に。

 

(これは…)

 

 諏訪子の肉体が、煙が晴れると共に露わになる。

 そこには、先ほどまであった痛々しい傷跡はない。

 傷跡すら残さない高出力な再生能力と、そして体内の血管一本すら見逃さない、高次元の再生技術。

 そして、それ以上に神奈子の目を惹いたのは、鉄輪による祟り神の顕現命令の中断と、その再開だった。

 

(直列ではなく、外付けされた能力であろうと関係ない。複数の能力を持つ者は無意識にその制御、注ぐ神力に偏りが生まれるものだ、現に先ほどまでの諏訪子もそうだった筈…)

 

 祟り神を強化すれば、その分本体はおざなりになり。

 鉄輪を操作すれば、その分祟り神に注ぎ、強化向上させる筈だった神力は無駄に消える。

 実際、先ほど諏訪子が神奈子から喰らった致命傷。あれも普段であれば、祟り神を使っていなければあそこまでのダメージはなかった。

 それこそが偏り。本来無意識のうちに体内、体外を守っていた筈の瘴気の制御を忘れ、無防備になったのを狙われたからこそ、諏訪子はあのような手痛い攻撃を喰らった。

 だが。

 だが今はどうだろうか。

 

(私も八栄鈴を使わず、雨の源泉を発動し『乾』の中から雷を抽出する時"遮断"ではなく"変換"にするよう細心の注意を払った…)

 

 自身の血管、脳細胞の一つ一つを自覚するのに等しい、あまりにも漠然とした理解の及ばぬ境地。

 しかし、それができるからこそ神は神であり、それを常用できるからこそ『八坂神奈子』は最強だった。

 だが今目の前に、それと全く同じ過程を踏んだ者がいる。

 神奈子の頬が吊り上がる。

 

(つまりこいつは限りなく、私に近い段階(レベル)で能力の運用に成功している…!)

 

 こんなに面白い話があるのか。

 戦いも中盤に差し掛かり、変わらぬ味に辟易するかと思っていた直後に、これだ。

 向上したのは能力でも、ましてや戦いの技術でもなく才能。

 元から恒星の如く輝いていた才能の光を、この戦場での極限状態が更に上の段階に進化させた。

 

(面白い……!)

 

 面白い。

 面白い筈だ。

 ――これから面白くなる筈だ。

 

 

 

 

 なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故私は苛立っている……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……?なんだ?神奈子が…ぼーっとしてる……?)

 

 突如様子がおかしくなった神奈子。

 今まで何度か経験した拮抗、睨み合うことでの静寂とは違う、本物の静寂。

 神奈子が何かを考えるように、目を伏せている。

 じっと、その"何か"の答えを探すかのように、諏訪子のことを忘れ、先ほどまでの吊り上がった頬を、突然消して考えだした。

 ――神奈子は考える。

 

(私は悔しいと思っているのか?)

 

 違う。

 そのような下劣になった覚えはない。

 

(私は自身に匹敵する才能に、敗色とその可能性に憤っているのか?)

 

 違う。

 元より歓喜に溢れていた。

 

(私とはなんだ?)

 

 私は私だ。

 ――私は、ただ私に過ぎない。

 

(そう。ただ神として人間を束ね、そして上から見下ろす絶対。それが私だ)

 

 それが神奈子だ。

 ――それが八坂神奈子だ、私だ。変わりはない。

 ――神としての存在意義。

 ――生まれた時から決まっていた、運命。

 

(そうだ。死ぬまで逃げることは許されない、神としての使命…人を、国を統治する…それが私だ)

 

 では、目の前の土着神はどうだ?

 洩矢諏訪子。自身と同じ『至った者』である彼女はどうだ?

 

(お前は私と似ている。絶対的な強者、そしてそれ故のかけ離れた立場、力の差異による孤独)

 

 だが、自由だ。

 自分と違って、弱者に寄り添い同価値の夢を見られる。

 身の丈に合わない、それ以下の望みを叶える彼女には、一切の不満も渇きもない。

 人の幼子と共に、同じ鍋をつつき、笑い合っていた彼女の姿は、どこまでも人と変わりない。

 ――嫉妬なのだろうか?いや少し違う。

 これは知識欲。

 幼子が夜の闇を恐れ、しかしその奥にある何かを求めて歩くのと同じ。

 それはただ、純粋に『知りたい』という欲望だった。

 

(……そうだな、考えたこともなかったな。――私の理想、身の丈に拘らない望み)

 

 今の自分、そして今の諏訪子にとっての望みは相手を倒すこと。

 神としての威厳、勝者の名誉を求めるのとは違う、ただ相手を超えたい、認められたいという飢え。

 だが、それはあくまでもただの望みであって、身の丈に拘っていないというわけでもない。

 

 ――理想とは何だ?

 ――最初から全てを持っていた自分が、どのようにして理想を持てばいいのか?

 ――身の丈に拘らない望みなど、そして同時に理想を満たせるものなど、果たして存在するのか?

 

 いや、ある。

 簡単だった。

 あまりにも簡単で、そして同時に馬鹿馬鹿しくて。

 だがそれを求めて、魂を切り分けて時を渡ったのが自分だったから。

 ――ただ、対等が欲しかっただけだった。

 自分と同じ力を、強さという名の毒を、孤独を笑い飛ばせるような。

 山の四天王、星熊勇儀にとっての伊吹萃香、茨木華扇のような。

 鬼にとっての人間のような、そんなありふれた関係が欲しかった。

 ――友達と呼べるような存在が。

 

(同じようなやつは千年前にもいた、だが今回は違う。こいつは間違いなく私に並ぼうとしている、だからこそ今も戦いは続いている)

 

 なのに何故。

 ――己の理想に届きうる者を見て、何故私は苛立っている。

 

(千年前と変わったのは私の方…?何故…しかし何故…)

 

 神奈子はゆっくりと息を吐く。

 未だ言葉にできない苛立ち。

 解明できない己の心情に辟易として、向かい合う。

 

(千年前、高天原も含めて、私にとっては全てが他人だった)

 

 唯一の親と呼べる者、人間の彼は既にいない。

 高天原から落ちた神奈子を育て、そして八栄鈴を作り上げた名もなき彼以外には存在しない。

 彼以外の全てが他人。だからこそ神奈子にとって、信仰を得る為の戦争も、そして戦いの愉悦も後悔などないものだった。

 他者の理由も、理想も全てが真偽のわからぬ後付けの遺言。

 結局は他者だからこそ、その命に真の価値と愛おしさを感じることができない、神としての、人外の価値観が毒となる。

 虚勢もあったろう、自己陶酔していた者もいただろう。

 だが所詮は他者、決して彼と違ってわかりあえず、そして違う何かでしかない存在の言葉は、神奈子の魂には響かない。

 筈だった。

 

(だが今回は違う)

 

 神霊と八百万の神という違いこそあれ、その本質はどこまでも同じ筈だった。

 強すぎる異能を抱え、そして人外であるが故に相違する価値観、その苦しみも同じ筈だった。

 筈だった――

 

(あぁ結局。――私は嫉妬していたのか)

 

 ――自分よりも下だった者が、自分が持っていた理想を体現し、貫き続けるその生き様が。

 ――意思の強さのみで、力に左右されない心の在り方のみで、史上最強の肩書を持つ自分が否定されたのが。

 ――その現実が、どうしようもなく不愉快なのだ。

 

(いや、正確には――)

 

 その答えに辿り着くよりも先に。

 

「――隙ありィ!!」

 

 神奈子が長い自問自答の果てに、やっと特定できそうだった苛立ちの真の正体に気づくよりも先に、諏訪子は動いていた。

 この無防備な時間で、既に回転速度を限界にまで引き上げた鉄輪を手の平の上に浮かべ。

 それを、()()()()()

 

「ッ…!…?」

 

 が、何も起こらない。

 掌底に近い形で、諏訪子の右手が神奈子の鳩尾に優しく触れる。

 そして、手の平の上にあった筈の、神奈子の身体にめり込む筈の鉄輪は、何の痛みも違和感も発していない。

 しかし、そんな違和感に首をかしげるよりも先に、神奈子は諏訪子を離そうと腕を動かしていた。

 

「洩矢の鉄の輪…」

 

 ――そう、今更そんな怪しすぎる技が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――(ハチ)

 

 普通の技である筈がない。

 

「ぐッ…!?」

 

 言葉にできない程の、身の毛がよだつ凄まじい不快感。

 諏訪子が添えた手、そこから網目状に広がる斬撃の跡が、神奈子の身体に刻まれるのと同時に、紫の妖しい光が、瘴気による毒が身体を蝕んだ。

 

(…だがこの程度――)

 

 神奈子が諏訪子の瘴気を中和無効化するには、それに対し倍の量を持つ神力をぶつけるしかない。

 それは今までの戦いで、諏訪子の瘴気を喰らう度に中和無効化をしてきた神奈子にとっては、当たり前のことであった。

 しかし、今回諏訪子が瘴気を流し込んだのは心臓。

 

(…!他の部位よりも傷の治りが遅い…!)

 

 実体を持たぬ、人体に近い何かに過ぎない神にとっても、心臓とは重要な臓器。

 そして更に、駄目押しとして魂を蝕む瘴気を、その弱点に流されたことで、神奈子は今までとは違い、再生に手こずる形になった。

 ――心臓()を侵され、そして絶命を避ける為には常に再生、瘴気の中和用の神力が削られることとなる。

 更には出力の低下。

 戦いも中盤、そして終盤に向かう現在。神奈子の再生出力は普段の半分以下。

 そんな状態で心臓の治癒を、そして瘴気の中和を同時進行する余裕はなく、必然的に神奈子は今、心臓を治すか、魂を守る為に瘴気を中和するかの二択を迫られていた。

 神霊であるが故に、八百万の神よりも人体に精通し、理解している神奈子でさえ、この傷への対応が遅れていたのだった。

 口から、そして切り裂かれた胸から滝のように血を流しながら、神奈子はしかし、獰猛な笑みを浮かべたまま。

 

(少しずつだが出力は戻ってきている…それまでにケリを付けるしかないか)

(修復と同時に神力で強制的に心臓を動かしてるのか…なんて精度だよ全く)

 

 あえて出力、範囲を更に絞り、弱めることで並列での再生を開始した。

 瘴気の中和は最低限に、心臓に与える衝撃、その神力は瘴気の中和よりも更に少ない量で。

 そして、心臓そのものの修復。

 

心臓(それ)、私と戦いながら続けんの?」

「今のところ、問題ないな」

「立派だよ。死んでも同じセリフが吐ければね――!」

 

 諏訪子が駆けだす。

 手長足長がそれをサポートする。

 ガネーシャが、神奈子の攻撃を最大限に弱める。

 傷む心臓を治療しながら、慣れない動きと感覚に悪戦苦闘する神奈子に一切の慈悲はなく、諏訪子はどこまでも冷徹に戦う。

 (カイ)による斬撃の雨を避け、手長足長による触手の拘束が炸裂すると共に、諏訪子とガネーシャがタイミングを合わせた一撃を炸裂させる。

 神奈子の身体が崩れ、心臓と口の両方から血を吐きながら吹き飛ばされる。

 

(こいつ…!)

 

 鈍る出力。

 全身を襲う不快感と脱力感。

 心臓に喰らった瘴気、そして何より調子の下がった状態でそれを喰らったことと、他ならぬ自分自身に対する怒り。

 ――何より。

 

(このまま()()気か…!私に…!!)

 

 諏訪子の一撃によって中断された、苛立ちの正体。

 殴られ、切り裂かれ、締め付けられて、また殴られて。

 その上で、神奈子はただ鈍い痛みを発する心臓の感触を命綱に、意識を失うことなく立っていた。

 再び、手長足長による地味ながらも的確な妨害と、その流れを妨害することなく、的確に攻撃を差し込む諏訪子。

 

(不味い…今でさえかなり限界だ。これ以上出力を下げれば私は死ぬ…!)

 

 痛みで狂う感覚のせいで、想定よりも遥かに出力の復活、再生速度が遅い。

 諏訪子もそれに気づいているのだろう、最初は同時に攻撃をすることが多かったものの、今では互いに攻撃の後隙をカバーするような形だ。

 千亦を倒した奥義。それを警戒しているであろうことは、神奈子はとっくに気づいていた。

 

(しかし不味い。最悪は…完全な()()()だが、あれを決めるしかないか…?)

 

 下がった出力を取り戻す、唯一の方法。

 だが()()は、あまりにも確実性のないものの為、神奈子はすぐにそれを頭から消した。

 そして、空中で風を操り、それを見えない弾丸として撃ち込み続ける。

 同時に、僅かでも意識を治療に向ける為に、神奈子は距離を取って時間を稼ごうとする。

 だが、空中に伸ばされた手長足長の触手、その陰から諏訪子が飛び出し、手掌を向け。

 

(カイ)

 

 再び、斬撃が神奈子の額に打ち込まれ、落ちていく。

 神奈子も負けじと風圧によるカウンターを差し込むが、障害を取り除くガネーシャの力によって、そのほとんどが亜空間に消える。

 そして諏訪子はその隙に、新たに掌印を結び。

 告げた。

 

「虹龍――!」

 

 指を突き上げると共に、新たに祟り神を呼び出す。

 刹那。神奈子の身体を飲み込もうと、そして噛み砕こうと顕現した虹龍。

 その口に、牙に抵抗すらできずに身体を抑えられた神奈子は、そのまま上空に運ばれていった。

 神奈子は必死に虹龍の顎、口内とあらゆる箇所に風の弾丸を打ち込んでいるが、しかし傷どころか瞬きの一つも虹龍はしない。

 あらゆる抵抗を無視し、虹龍はより一層強く、ギチリと神奈子の身体を噛み――

 

(これでいい…とにかく神奈子に『あれ』を発動する隙を作らせない)

 

 その音に、諏訪子は満足そうに微笑んだ。

 諏訪子がこの一か月の内、千亦から耳にタコができる程に聞かされたものとして、神奈子の必殺とも言える奥義があった。

 千亦の体験談、そして天魔の目撃した光景から推測するに、千亦を一撃で倒したそれは、発動の際にある『溜め』が必要なもの。

 あの千亦でさえ一撃でやられるのだ。たとえ瘴気で弱体化させたとしても、今の諏訪子には致命傷なのに変わりはない。

 

(突然ぼーっとしたのには驚いたけど、それを見逃さなくて正解だった)

 

 ――おそらくだが、今の神奈子は神力の過剰錬成による再生を、しかも欠損した腕を生やすレベルのそれを何度も行った代償に、著しく出力が低下している筈。

 ――そして先ほどの心臓。それを治す為に意識が割かれる、肉弾戦でのアドバンテージ。

 見出された勝機。これを逸することなど許されない。

 だが――

 

「虹龍!次に…」

 

 だが。

 

 

 

 

 その勝機が張りぼてだと気づいたのは。

 

 

 

 

 ――ビィィイイイイッ!!!

 

「なっ…!?」

 

 諏訪子自身――

 地上230mからの跳躍を見せた神奈子の遥か上空より、姿を現したのはかつて虹龍と呼ばれた祟り神、その末路。

 頬から尻尾にかけて、一太刀で捌かれたその姿に、諏訪子はただ困惑するしかなく。

 真っ二つに身体が分離し、血を撒き散らしながら落ちるそれが、祟り神の中でも上位の特異性を持っていた彼のものだと、信じることができなかった。

 

(切り裂いた!?最高硬度の虹龍だぞ!?)

 

 虹龍の鎧、口内から眼球の全ては最高硬度。

 諏訪子が従える祟り神の中で、単純な防御力だけでなら彼に並ぶ者など存在しない。

 だが、その虹龍が真っ二つに裂かれた。

 諏訪子の視線の先、上空の遥か先。

 一定のダメージを負い、戦闘不能になったことで虹龍が消失しても、神奈子は降下を続けた。

 

「危ない危ない、これを使うつもりはなかったんだけどね」

 

 諏訪子の目の前に降り立った神奈子は、変わらず心臓と口の両方から血を流しながら、その右手に持つ一本の剣を振る。

 星に負けぬ、黄金に匹敵する高貴な輝きの剣は、同時に今まで見た『神具』のどれよりも恐ろしい。

 凄まじい、圧倒的な『暴力そのもの』である神力の本流が、その美しい黄金の剣内で循環している。

 何より、諏訪子はその剣の正体を知っていた。

 その見た目。

 それが持つ本来の価値。

 それが、遠い未来で、ある幻想の地に流れ込む筈だったものであることも――

 

「…本気(マジ)かよ」

「ここからは本気で行く。さて諏訪子…」

 

 それは、遥か古代の英雄神が手にした。

 世界最強の神具であり――

 

 

 

 

「やり直しだ」

 

 名は、天叢雲剣(霧雨の剣)




 霧雨の剣(天叢雲剣)
東方香霖堂にて登場した剣。魔理沙曰く『ボロい剣』だが、察しの通り彼こそ本物の天叢雲剣である。
緋々色金(ヒヒイロカネ)で出来ており絶対に壊せない究極の一品、外の世界を変えるとんでもない代物。
程度の能力:?????????

 洩矢の鉄の輪・(ハチ)
元ネタは言わずもがな、両面宿儺の術式御廚子の(ハチ)

 領域展開
本作の最終盤にようやく出てきた、東方ナイズした呪術廻戦を代表する奥義。
元ネタと違い術式の焼き切れ(能力の使用困難)はなく、代わりに反転術式と同じで連続使用すると出力が下がる。
その為一定のインターバルを挟まないと万全のパフォーマンスで展開ができない、後は領域内だと相手の『程度の能力』は使えず、自分だけが『程度の能力』が使えるという仕様もある(必中効果はそのまま)

(あるスキマ妖怪のコメント)
とにかく…領域展開など認めん…幻想郷のブランド(スペルカードルール)に傷がつくからな…

 来週は8時に出せたらなと

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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