【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 基本は来週の19時を予定してますが、諸事情でもしかしたらかなり遅れる可能性もあり、気長にお待ちください。
 さて、それではクライマックス突入です。


66話.人外魔境諏訪決戦⑦黒い火花

 ――()()()()()()()()()

 

「諏訪子。あんたは死にたいの?」

「…何さ、藪から棒に」

 

 人外魔境諏訪決戦、それが始まる一日前。

 月と星の淡い輝きが、縁側にいる彼女を照らしている。

 人の大人も、子供も、夜に紛れる妖以外の全ても、皆が寝静まった夜のこと。

 未だ未完成のまま、決戦の一か月が過ぎてしまう寸前でもまだ、その完成を諦めない諏訪子を、彼女はずっと見守っていた。

 たった一人、因幡てゐは見守っていた。

 

「あんたは最初、仮に自分が負けたとしても、保険として生き残れる選択を残すと言った」

「言ったね」

「一か月だったね。たった一か月だ、残された時間は。…あんたはなんで、神奈子の『帳』を受け入れた?」

「…」

 

 『帳』。

 それは古来、神代からずっと続いてきた儀式であり、特別な結界術の一つ。

 神と神、互いの持つ領土や信仰、民たちを賭けた戦いを遂行する為、結界内に入った神の存在感、強さに比例した強固な"檻"を作る秘術。

 帳には許された者しか入ることは許されず、そして言うまでもなく、その許された者というのは決戦を始める二人の神のみ。

 八坂神奈子と洩矢諏訪子の二人のみ。

 それ以外の者は、あらゆる神や妖怪は、何があろうと彼女らの戦いを邪魔することなどできはしない。

 万が一のことがあろうとも、たとえ目の前で、もし諏訪子が無残に神奈子に殺されることになろうとも。

 逆に、神奈子が諏訪子に殺されるのだとしても。

 戦いが始まってしまえば、てゐはそれを止めることができない。

 

「話が違うじゃないか。…死ぬんだぞ?」

 

 何故。

 てゐの悲痛な表情、どちらか一方を、残酷にも友を。

 過去の友。もしくは現在の友。

 その片方を見捨てろ、切り捨てろと言わんばかりのそれに、あまりにも酷なその選択を認めたくないと、てゐは訴える。

 同時に、そしてそれ以上に充分過ぎる程に理解してもいた。

 今の自分はあまりにも中途半端だ。

 あれから千年と少しが経ち、神奈子に対する憐憫は過去となり、今この時代を生きる彼女を、諏訪子をてゐは好きになってしまった。

 明確にしていなかったものの、てゐにとって神奈子は友。しかしそれは過去の話で。

 そして残酷な話だが、今はもう"熱"が冷めてしまっていることも事実だった。

 しかしそれでも。

 たとえ今の方が大事だとしても。

 それを完全に捨て切ることなど――

 

「じゃあさ、てゐは私に負けて欲しい?」

「っ、そういう話じゃないだろう!」

「一応そういう可能性も考えてたよ?諏訪に住む人間が私を…ミシャグジの祟りを恐れて神奈子に寝返らない、それを確信してから、降伏して戦いそのものを起こらせない」

「…」

「負け戦だった。少なくとも前まではね」

 

 ただのしょうもない、子供みたいな逆張りの心だった。

 最初はそうだった、少なくともその筈だった。

 負けたくない、勝ちたい、未来を変えてみたい。

 そんな小さな志から始まったこの世界、そして『洩矢諏訪子』としての命を授かってから、ずっと。

 ふと考えることがある。

 自分は本当にそれを望んでいたのか?

 本当は覚めるのが嫌で、突拍子の勢いから逃げたくないだけじゃないのか?

 

「神奈子と初めて対峙して、そして喋って。…目を見て、それでやっと断言できた」

 

 だがそんな迷いは、あの時既に消え去った。

 神奈子の持つ羨望の空気、それに比例した熱い眼差しを感じて、その時に決めたのだ。

 たった二か月。諏訪子がこの世界に誕生してその間に起こった、様々な出来事。

 それらの経験、戦いの愉悦を覚えた自分だからこそ、その眼差しが持つ渇き、苦しみを充分過ぎる程に共感してしまった。

 諏訪子は知らない、八坂神奈子の生きた過程を。

 だが確信している。彼女の渇きを満たすただ一つの方法を。

 

「私は、あいつに勝ちたい」

 

 今までのふわふわとした動機ではなく、思い付きや好奇心に任せた適当な行動でもなく。

 

「私は全てをぶつけたい、ぶつけられたい」

 

 確固とした信念の下に。

 諏訪子は命を賭けることにしたのだ。

 てゐからすれば、その価値観など理解できない、したくもないような次元の話である。

 自分の命より大切なものが、ただ自分の力をひけらかす行為に、救いや喜びなどあるわけないだろう、と。

 だがそう思ってしまうからこそ、自分は神奈子と真の意味で分かり合うことはできず、こうして時が過ぎたのだということも、自覚していた。

 

 絶対的な強者、それ故の孤独。

 

 諏訪子も。

 八百万の神でさえも例外ではなくその苦痛を、てゐは理解することができなかった。

 理解の及ばない価値観に対する忌避感、そんな感情を覚える自分自身に対する嫌悪感。

 ごちゃ混ぜになった感情を吐き出せないてゐの頬を、諏訪子は優しく両手でつまみながら、いつもと変わらない明るい笑顔のまま。

 

「それに、てゐの信頼を裏切るつもりなんてないから安心して?」

「…なに?」

「えっとね…まぁ前提として、私が神奈子に勝ったらなんだけど…」

「…?」

「まずはね…」

 

 諏訪子は語る。必ず生まれる勝者と敗者、その理を覆す妙案を。

 修羅に落ちかける彼女を救い、同時にしっかりと戦いそのものに決着を付けられるような、そんな都合のいい選択肢があるのだと。

 確証はなく、成功の可能性も0に近いが、しかしその小さな希望に縋る価値はあるのだと。

 

「…口八丁手八丁だね」

「へへへ」

 

 たとえそれが気休めの言葉だったとしても。

 仮にそれが、二兎を狩ることが成功する甘い希望だとしても。

 中途半端な自分自身に、こうして寄り添ってくれるという事実が。

 てゐはただ、ほんの少しの申し訳なさと、それ以上の感謝しか持てなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 両者の身体を、巨大な影が覆い尽くしている。

 光すら通さない暗雲のそれとは違う、淡く小さな光すら通さない、浮き上がった巨大な地盤。そして切り飛ばされた巨山が宙を舞うことで作られた暗闇。

 それらは加速し、落ち続け、そのうち両者の身体を押しつぶすであろう。

 避けるか、それともその落下物を粉砕するか。

 答えは二つ、そして今回の選択は――

 

「――受けよ!」

 

 ――後者であった。

 神奈子の掲げた右手の中には、かつて英雄神が邪龍を滅ぼし、そしてその名誉として手にした筈の神秘、天叢雲剣がある。

 受け継がれる英雄の血、引き継がれた壮大な神力と共鳴し、天叢雲剣は新たな主を、八坂神奈子を認めていた。

 黄金に輝く刀身は、その輝きを更に鋭く、そして膨大なものへと変化を続け、そして次第に辺りを純白の輝きで埋め尽くした。

 対する諏訪子もまた、その刀が持つ底知れない神秘、内包された幻想の力に恐怖しながらも、決して逃げの選択を取らなかった。

 互いに武器を掲げ、そして力を流し込み、上空から落ちてくる巨大な岩石の塊を意識から外し、静かに向き合っていた。

 そして、同じタイミングで放たれた力。

 神奈子の斬撃が、諏訪子の斬撃が。

 互いに反発し、拮抗を続けながら、しかし決して衰えることなく、形を崩すことなく存在し、固まる。

 どちらの斬撃が押し勝つのか、それを見守る余裕など両者にはない。

 強烈な危機感知、それに従い諏訪子が跳躍した直後、先ほどまで諏訪子が立っていた地面を、四本の御柱が貫いていた。

 

(今の今になってか…!)

 

 完全に意識から消えていたその選択肢、御柱。

 神奈子も完全に当たったと確信していたのだろう、諏訪子がそれを避けた瞬間、忌々しいとばかりに顔を歪め、舌打ちを零していた。

 力と力。斬撃と斬撃がぶつかり合うことで生まれた光、それに隠れた、死角からの一撃だった。

 御柱は溶けるように実体が薄れ、そして再び虚空に消えた。

 しかし神奈子の背中には、巨大な注連縄のみが存在しており、あの御柱はない。

 虚空に収納し、再び死角からの一撃に利用するのか、それともその選択を迫る所までが作戦の内なのか。

 

(クソ…思考が鈍る…!それに何より…!)

 

 両者の斬撃による力の激突は途絶え、その残滓は既に空中に飽和している。

 そして、意図せずとも起こったこの静寂と、拮抗の余韻による空気が、両者の次の合図となった。

 跳躍する諏訪子を追う形で、神奈子もまた跳躍する。

 だがそれよりも早く、諏訪子が数多の祟り神を合成することで作った土着神、手長足長が名乗りを上げる。

 諏訪子が鉄輪を放り投げ、そしてそれが上空に佇む巨大な岩石に沈むと同時に、手長足長が四方八方に触手を伸ばす。

 蜘蛛の巣のように張り巡らされた触手、それが何の為に用意されたものなのか、神奈子の疑問はすぐに解消することとなる。

 沈んだ鉄輪が内部で振動し、巨大な岩石を等分に切り分け、ブロック状の岩石の雨を量産し、降り注がせる。

 

「…視界を遮るつもりか?」

 

 手長足長の触手に座り、諏訪子は岩石の雨に隠れる。

 岩石の雨は互いに衝突し、反発すると共にまた別の岩石とぶつかり、轟音を立てながら神奈子に襲い掛かる。

「"月輪(がちりん)"」

 神奈子は臆することなく、身体に風を纏いながら突き進み続ける。

 心臓の修復も同時に進め、その分薄くなった身体の箇所は、天叢雲剣で防ぎ、受け流す。

「"収束(しゅうそく)"」

 諏訪子が隠れているであろうその場所へ、岩壁一枚を挟んだその位置に。

 天叢雲剣を右手に、そのまま直進を続ける神奈子の耳に。

 岩石の雨が放つ轟音に紛れた。

 

"孤独(こどく)彗星(すいせい)"

 

 諏訪子の詠唱。

 そして120%の効力を引き出し、放たれる必殺の斬撃。

 

「――小癪な!」

 

 寸前で回避し、何とか体勢を立て直した神奈子に再び、諏訪子が襲い掛かる。

 空中に張り巡らされた、手長足長の触手を足場に加速し、諏訪子の身体は弾丸の如き貫通力を獲得している。

 神奈子の優れた反射神経が、諏訪子の身体の直線上、ちょうど自分と同じように心臓を貫かれる位置に剣を配置し、迎え撃つ。

 だが、神奈子は気付く。

 

(あの祟り神がいない…?)

 

 バチンッと、何かが弾かれるような音がした。

 同時に、右手に感じる解放感と、そしてようやく今になって感じた、あのアジア神の気配。

 諏訪子の身体、背後から感じるそれと、そしてその上空に佇む巨大な手の平が、神奈子の天叢雲剣を、障害を取り除こうとした挙動だった。

 

(祟り神を顕現させず、能力のみを抽出するか…)

 

 諏訪子は簡単にやっていることだが、実際はそんな生易しい技術ではない。

 式神術、分霊による力の分散、譲渡といった技術は神奈子にも備わっているが、諏訪子のこれはそれらとは次元が違う。

 この一か月でできるようになったのか、それともたった今できるようになったのか。

 真相は不明だが、しかし今はもはやどうでもいい。

 ただ、神奈子に湧き上がるのは歓喜と。

 

「魅せてくれたな、洩矢諏訪子――!」

 

 ――苛立ち。

 自身に匹敵する才能の原石。

 その輝き、己の意思のみで理想を体現し、自身を否定するに至った土着神に対する、苛立ち。

 理由。その原因は既に自覚している。

 神奈子は既に、自分の持つ不愉快という感情の元凶を、既に受け止め理解している。

 だからこそ、神奈子は決して止まらない。

 傷む心臓。心臓の稼働と修復に神力を回した分、おざなりになった風操作。

 そのせいで体勢が崩れ、神奈子はまともに空中に浮くことすらできなくなりかけていた。

 再生の為に錬成し、通常の倍必要な神力、それを絶え間なく心臓という精密な場所にかけ続け。

 そして失った腕を、傷ついた身体を逐一修復し続けたことで下がった再生の為の出力も、既に佳境。

 その下がり切った再生出力の影響は、本来であれば影響を及ぼさない筈の通常の神力運用にまで影響を見せ、神奈子は絶体絶命の一歩手前に落ちかけていた。

 

「――だが」

 

 だが、しかし。

 たとえ心臓が絶え間なく傷口を広げ、鮮血を吐き続けようと。

 たとえ神経を逆撫でするような不快感の下に、あらゆる思考が鈍ろうとも。

 ――八坂神奈子は止まらない。

 歓喜と苛立ちを足場として、その最後の踏み込みを止めはしない。

 諏訪子が鉄輪を振りかざし、神奈子の肩から切り裂くその寸前。

 

「だが駄目だ――!!」

 

 神奈子は宙を移動する。

 否。()()()()()ことで回避した。

 体勢を崩し、そのまま落下運動を始める筈だった神奈子は叫び、そして思いっきり足を踏み込んだだけ、しかしそれは、諏訪子の斬撃と同じく技術の極地。

 なんてことのない、人間から妖怪、そして他ならぬ神ですら。

 彼ら、彼女らを取り巻くただの空気。

 異能の絡まぬ、程度の能力など必要のない、ただそこにある空気にも。

 温度や密度の違いで、そこには"面"が存在しているのだ。

 その"面"を捉え――

 

「お前では!!」

 

 ――蹴って動く。

 その勢いのまま、神奈子は空中に浮かぶ天叢雲剣を手に取り、振り下ろし、諏訪子の鉄輪を真正面から迎え撃つ。

 対消滅、拮抗。そのような現象は一切起こらず。

 ただ天叢雲剣が触れ、チン…と小さな鉄のぶつかる音が聞こえた途端。

 地面に一つの穴が開いた。

 続けて、辺りの空気が一斉に破裂し、爆発したかのような大音量。轟音の空気の悲鳴。

 逆流した胃液を吐き、眩暈と同時に襲い掛かる激痛。

 先ほど吐いた胃液を埋め尽くす勢いで、口から凄まじい量の血液が吹き出し、服と地面を汚した。

 

「ぐっ…ぉぇ…」

 

 ――想定より強力な一撃…!

 十中八九あの剣、天叢雲剣の持つ力だろうと、諏訪子は推測する。

 

(触れたら終わり…ってわけじゃなさそうだ、喰らった感じ…概念系じゃなく、ただひたすらに攻撃力が高い感じだった…となると、あれの程度の能力は…)

 

 バックステップで追撃を躱し、そして傷ついた内臓、腹や強く打った背中を癒しながら、諏訪子は考える。

 ガネーシャの持つ能力で八栄鈴を奪えたのは大きいが、まさか神奈子が一つどころか二つ目の武器を持ってきているとは思いもしなかった。

 そして何より最悪なのは、ガネーシャの持つ能力でさえ、天叢雲剣を奪えなかったこと。

 

(能力の上限値に引っかかった…それ程の馬鹿強い神秘ってことか…全く面倒くさい…!)

 

 能力対象の概念、その内包と外延に収まらぬ程の力。

 ガネーシャの持つ能力では、神奈子の持つ天叢雲剣を没収することはできず、先ほどのように手から弾き、一瞬無防備な瞬間を作るのが限界。

 それだけで充分。

 そう言い切るには、あまりにも相手が悪すぎる。

 

「ガネーシャ!」

 

 今度は能力のみではなく、完全顕現。

 天叢雲剣の破壊力、もしあれがぶつかってしまえば、再生能力を持つ手長足長はまだしも、素の耐久力はそれ程ではないガネーシャでは耐えることはできない。

 故に、諏訪子のこの選択は、神奈子にとっても悪手と思えるようなものだった。

 だがしかし、そのあえて選んだ悪手もまた、この戦場では一種の"縛り"となる。

 ガネーシャが手の平を地面に向け、能力の対象を地面、地盤そのものに向けると共に解放。

 障害としてカウントされた地盤、再び浮かび上がった巨大な岩石と、そしてその分生まれた空白によって、脆くなった地面はガネーシャの自重で陥没し、神奈子がその隙を狩る為に振った天叢雲剣、その斬撃を回避するに至る。

 諏訪子もまた、左右に配置された巨大な岩石に対し能力を、洩矢の鉄の輪・(カイ)を発動。

 再びブロック状に切り分けられた岩石を、神力で強化向上させた足で蹴り飛ばし、神奈子に向けて弾幕として飛ばす。

 

「手長足長!!」

 

 そして、ガネーシャと代わるように今度は、手長足長の能力のみを抽出し、蹴り飛ばした岩石に触手を忍ばせ、軌道を修正。

 疑似的なファンネルを作り上げ、神奈子の身体を追うように触手を収縮、そして同時に瘴気も配給することで、神奈子に更なる致命傷を与えるに至る。

 心臓の修復は以前として続けたまま。

 今の神奈子では、これらの弾幕と諏訪子の徒手空拳を、満足にいなすことは叶わない。

 

(失った出力もいつ戻るかわからない)

 

 今の神奈子との肉弾戦は、瘴気の中和、心臓の修復、心臓の稼働の三つのハンデの下にようやく互角。

 もしも中和を終えれば、心臓が治ってしまえば、それらのうちどれか一つでも許してしまえば、諏訪子は一気に勝利の希望を失ってしまう。

 だからこそ。

 

(このまま戦いが長引けば他の問題が生じる…このままここで押し切る!!)

 

 諏訪子はここで、最後の勝負に挑むことを決めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の四天王、星熊勇儀と茨木華扇。

 大百足の堕涅、そして太陽の化身八咫烏。

 かつての時代、神代の時にそれぞれが逸品の戦いの才をもって神奈子をもてなした。

 だが、神奈子の食指を最も動かしたのは、自身と同じ超常の才を持ち、同時に神としての強みを捨て去った。

 土着神。洩矢諏訪子。

 

 ――本来であれば、洩矢諏訪子は存在を維持できずに消える筈だった。

 

 分霊と呼ばれるものがある。それはあくまでも肉体を持つ、力を持つ神の分身体のようなもので、本当の意味で力を譲渡しているわけではない。

 何より諏訪子は八百万の神。神奈子のような神霊と違い、元となった肉体を持たない、純粋な信仰、祈りによって形作られた存在。

 生きる為に、存在し続ける為に必要な神力、糧となる筈の信仰すら、諏訪子は()()()()()()()()()()()()()

 その分本体は矮小に、本来得る筈の力を捨て去るが如くその行為によって、洩矢諏訪子は間違いなく消滅、最低でも人間以下の弱小な存在となる筈だった。

 だが、諏訪子は神としてあまりにも強すぎる。

 八百万の神として、本来よりも遥かに屈強な、強い存在感を持って生まれている。

 ――その現実に、八坂神奈子は高揚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神奈子が諏訪子の顔面を掴む。

 そして瞬時に、風による引力が顔面を潰す。

 修復と強化、並列で起動した両方の効力で何とかダメージを軽減した諏訪子だったが、再びその顔面を蹴りが襲う。

 心臓の修復、再生出力の低下によってあった筈の、本来のパフォーマンスの低下すら、この時にはそれを感じることができなかった。

 薄皮一枚、顔に巨大な切り傷を作りながらも殴り合いを再開する諏訪子に対し、神奈子は確信する。

 

(他の神々のような半端者…いや、それどころか私とも違う、全てを削ぎ落した真の虚無…!)

 

 諏訪子自身でさえ自覚していないことだが。彼女は信者がいなくとも、その存在を保つことができる。

 誰も必要ない、消失を恐れる八百万の神でありながら、それらと違って彼女に消失という概念はない。

 

 ――彼女は元人間(前世)だから。

 

 その魂が人間だからこそ、神でありながら神とは違う。

 ――だがそんなことを、神奈子は知る由もない。

 彼女の前世は人間であると、人間の魂を持ち、そして自分で自分を信仰しているからこそ、決して滅びることはないと。

 そんなことを知る機会もなく、知っている筈もない。

 だからこそ。――八坂神奈子は苛立つのだ。

 

「信仰は所詮皮や肉でしかなく!!」

 

 再びガネーシャによって奪われ、制御を手放す天叢雲剣を後目に、神奈子は突撃した。

 口から血を吐き、しかし構わずに叫び続ける。

 

「その(からだ)こそが骨と髄であるというわけか!!!――わかっているのか?」

 

 神奈子は自身に匹敵する才能を、諏訪子を見て苛立ったのではない。

 かつて自分が神として君臨した時、自分を人間だと勘違いした村の子に対し覚えたのと同じ。

 同じ立場、同じ目線に降り立ったのにも関わらず、その本質は何処までも違うということ。

 自身と同じ才能、強さ、そして神霊か八百万の神かの違いこそあれ、その本質は同じ、滅びの一端を辿る神仲間だからこそ。

 そう思っていたからこそ、ただ一人だけ特別な諏訪子に、その本質の差異に苛立っていたのだった。

 自分と同じではなかった、それどころか神として高位とも言える生態。

 それがあまりにも自分勝手であることも、醜い嫉妬のようなものであることも、充分過ぎる程に理解している。

 だが、だからこそ。

 

「お前の存在自体が!我々神を否定している!!」

 

 同じ神として、諏訪子とは違う神だからこそ、それを否定しないといけなかった。

 振り抜いた拳を戻す前に、諏訪子は神奈子によって二発殴られた。

 今までの弱った拳とは違う、それは最初に見せた全盛の、かつての出力そのものの拳。

 諏訪子はまさかと思いながら、その猛攻を耐え忍ぶ。

 そして、その推測は当たっていた。

 

「技術と信仰(肉体)!どちらが力として磨き上げるに値するのか!!この戦いで決まるのだ!!」

「ッ!あんた…まさか!」

 

 神奈子の口、そして胸からは今まで以上の、始めて見る程の凄まじい量の血液が垂れ流されていた。

 その笑みも、攻撃の勢いも決して衰えることはなく、むしろ一撃を重ねる度に加速し、重く、どんどんと強くなっていく。

 だが、その度に神奈子の持つ存在感、命の灯とも呼べるそれが弱まり、同時に心臓から感じるのは、諏訪子自身の瘴気だった。

 つまり神奈子は。

 

(心臓()の治癒を中断してる…!?)

 

 自殺行為だ。

 下手をすれば一秒、最悪この瞬間に魂が壊され、死亡する。

 それなのに、神奈子は自分の命など知ったことかと、瘴気の中和から心臓の修復、それらに回していた分の神力を全て、肉体の強化に回している。

 死に近づき、命を文字通り削りながら、神奈子は諏訪子と殴り合い、そして全盛の力を再現するに至っているのだ。

 

「初めてだ!」

 

 諏訪子の鉄輪を掴み、神奈子は拳を構えていた。

 それに対して、諏訪子は方の腕を素早く伸ばし、迎え撃とうとする。

 結果は。

 

「――私に使命を背負わせた奴は!!」

 

 それを狙って出せる者は、地獄の女神を含めてこの世界には存在しない。

 諏訪子と神奈子、二人以外には誰もいない、第三者の介入を考える余地もなく、その分の集中は瀬戸際の敵に向けられる。

 神奈子の中、心臓には未だ命を、魂を脅かす毒である瘴気が残っている。

 だが極度の高揚、興奮と激痛が故に、より深く意識は研ぎ澄まされていく。

 

 その先で爆ぜる、0.000001秒の火花。

 

 空間は歪み。

 ――神力は黒く光る。

 

 

 

 

(こく)   (せん)

 

 

 

 

 神奈子の拳が、諏訪子の心臓を貫いた。

 抉り込むようなボディブローが、黒い火花を纏い、そして炸裂した。

 今までのとは文字通り違う、空気も血も吐けない激痛。

 霊力、妖力、神力から魔力…あらゆる力と、打撃との誤差が0.000001秒以内に炸裂した際に生じる自然現象、名を黒閃。

 その威力は、平均で通常の2.5乗。黒閃を狙って出せる者は存在しない、が。それが微笑む相手はいる。

 今回黒い火花が微笑んだのは、史上最強の国津神、八坂神奈子。

 諏訪子の身体が浮き上がり、歪んだ空間と共に破裂し、吹き飛ぶ寸前に、枯れた喉とドロドロとした血液を吐き出しながら、叫んだ。

 

「ッ"手"長足"長"ぁ"!」

 

 再び、完全顕現を果たした手長足長。

 数百、数千もの触手を右手に集中させた、正に渾身の一撃。

 瘴気を纏い、ミシャグジと諏訪子の両方から配給された分を更に加算した、触れた妖怪を問答無用で絶命させる、かの神具である退魔の剣に匹敵する破壊力を持ったそれを、神奈子の背中に向けて放つ。

 生死を彷徨い、その果てに繰り出した運命の火花の余韻に浸る時間すら与えず、手長足長は神奈子に襲い掛かる。

 一瞬とはいえ、瘴気の中和を放棄したことで、神奈子の右腕は侵食され、腐り落ちてしまっている。

 下がった再生の出力もあり、あれを治すのにはかなりの時間を必要とする筈だ。

 その隙を逃すわけにはいかない。

 たとえ両方同じく瀕死だろうが、身体に鞭を打って動かせと。

 諏訪子の命令に従い、その無防備な背中に、手長足長の巨大な拳が炸裂する。

 瘴気が、神力が、先ほどのとは違う、白い稲妻の光と共に炸裂した。

 ――が。

 

「…さっきからお前だけ」

 

 神奈子が手長足長を見上げる。

 そして左手には、先ほどと同じ莫大な神力と、風の力。

 神奈子が飛び上がり、その左手を振るう。

 

「――釣り合ってないんだよ」

 

 黒い火花は。

 

 

 

 

(こく)   (せん)

 

 

 

 

 ――微笑む相手を選ばない。

 激しい発光を伴った風の拳が、手長足長の胴体に炸裂すると共に、黒い火花を撒き散らす。

 その果てに至る、ゾーン状態による原子レベルの神力操作、そして全能感がもたらす神力の出力、その枷の解放。

 

「出・力・最・大…!」

 

 手長足長を、結界内を巨大な嵐が覆い尽くした。

 神地嵐の引力によって、手長足長の肉体は野球ボール並の大きさに圧縮される。

 黒閃による影響もあり、神奈子が意図せずとも、本来能力対象から外れていた筈の諏訪子でさえ、その風に巻き込まれかける程だった。

 痛みで鈍る意識。しかしそれを大きく上回る死の恐怖。主の感情に触発され、自動で完全顕現を果たしたガネーシャが、諏訪子を庇うことで危機を脱し。

 千鹿頭神による再生能力、そして瘴気による神力の中和すら間に合わない絶命の一撃が、手長足長の運命を決定づけた。

 

「――神地嵐!!!」

 

 圧縮された小さな嵐。

 その破滅の風は上空に浮かび、そのまま鮮血を撒き散らしながら、ギチリと、圧縮の限界点を突破する。

 ブチュ…あまりにもあっけなく響くその音が、合成とはいえ土着神の最後だとは、誰も信じないだろう。

 二度の黒閃。

 超精密な神力操作によって、神奈子の右腕から胴体にかけて侵食を続けていた瘴気は完全に中和され、再び再生を開始する。

 

 

 

 

 ――これより41秒後。

 ――再び八坂神奈子の"最強"が、諏訪に戦跡を刻む。




 黒閃
霊力・妖力・魔力・神力。
それらが打撃との誤差0.000001秒以内に衝突した際に生じる空間の歪み。
ヘカーティアでさえ狙って出せない、真のラッキーパンチ。

 9.10評価ください(切実)

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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