【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
挿絵はよわよわ先生でお馴染みvivo様に描いていただきました。
『黒閃』を経験した者とそうでない者とは、力の核心との距離に天と地程の差が生まれる。
若返りの魔術、空を彩る弾幕の魔力。
恐れを糧とし、肉を穿つ妖力の刃。
魔を滅する人間の力、化け物を殺す人間の真価である霊力。
そして、神力。
力の種類は関係なく。そして黒閃が発生した際、平均ではあるものの、約2.5乗にも及ぶ打撃の威力の強化以上に、ある恩恵が存在するのだ。
黒閃連続発生記録保持者、クラウンピース。
――の代わりに。
それを部下に持つ地獄の女神、ヘカーティア・ラピスラズリは語る。
「どうして私が黒閃を狙って出せないか…何で出せると思ってるのか…は、まぁ私だからよねぇ」
「……」
地獄の女神は得意げに笑う。
その質問を投げかけた少女は、目の前の上司が持つ、この相変わらずな雰囲気にため息を吐きながら、その答えを静かに待つ。
連続で出すのが凄いわけではない。
二回以上出すなら連続、またはその日の内でないと難しい。
ただ数打てば当たる。そんな簡単な次元の話ではないのだと、ヘカーティアは言った。
「そうねぇ…人間と妖怪、神の持つ神秘の力と打撃、それの誤差が0.000001秒以内だと黒閃が発生する…わけだけど、これちょっと説明不足だと思ってるのよ。だって、種がそれだけなら私は狙って出せる筈だもの」
黒閃とは、打撃と流す、身に纏う力がほぼ同時に衝突した際に起こる"自然現象"に過ぎない。
例えばの話だが。仮に人間が拳に霊力を込め、打撃を繰り出したとしよう。
すると、拳に籠められた霊力は次のようになる。
①拳を強化する霊力。
②相手にぶつける霊力。
③その両方を担う霊力。
ミートのタイミング、僅かな呼吸のブレによる"流れ"の変化。
流し込む量、両方を担う力の均衡が崩れる…といったような。
これらのブレンドによって『黒閃』は出たり出なかったりする。
特に③を正確に、思い通りに調節できるような者はこの世界に存在しない(ヘカーティア以外)。
「これは自分でもどうかと思ってるんだけど。…私は黒閃の発生条件に、気温や湿度も関係あると思ってる。だって黒閃は『空間の歪み』でしょう?なら無関係とは言い切れないじゃない?」
更に厄介なのは、このブレンド加減もまた、その時の環境。
相手が人間であれば、自身と同じ霊力、妖怪であれば妖力といった違い。
自身の肉体のコンディション、といった風に、ただ動かない無機物を殴るのとは違う。繊細な計算と運、法則によって黒い火花は輝くのだ。
要するに、黒閃にはこれといった決まり、正解は存在しないのだ。
神でさえ捉えられない、真に理解の及ばない超常の黒い光。それに愛される為、恩恵を得る為の条件はとても複雑であり。
同時に、それを成功させた者に与えられる恩恵。それも凄まじいのだ。
「一回目の理由はまぐれでも実力でも何でもいい、黒閃を決めるとその子は一時的に、アスリートで言う"ゾーン"に入った状態になる」
普段全ての者が意図的に行う身体能力の強化向上。
力を身体に流し、足腰を強化する。
早く走る、高く跳ぶ為に行うその操作が。
まるで呼吸のように自然に廻る。
自分以外の全てが、まるで自分中心に回っているかのような全能感。
「それに実際、連続記録だけで言えば
黒閃を決めた者とそうでない者。
そして、その恩恵を最大限に享受できる者――
「ん?クラウンピースの記録?えーっとね」
その間には決して簡単には埋められない。
「四回。…運が良かっただけよ」
――天と地程の差が生まれる。
手長足長を圧殺し、同時に訪れる黒閃による潜在能力の解放。
既に掃われた筈の才能の枷。極めた、修めきった技術の果てを超えてもなお、確かに存在するその先の境地。
黒い火花が散る中。
――八坂神奈子が覚醒する。
「…っ!」
黒き産声が上がった瞬間、神奈子は己の体内。血管の隅々までに意識が張り巡らされていくのを感じた。
何かが変わった。見た目に現れずとも理解できる空気の変化に、諏訪子は無意識のうちに唾を飲み込んだ。
心臓の治癒を中断し、その結果侵食が早まった瘴気によって腐り、爛れて落ちた右腕。
しかもこれまでの戦いで、数え切れない程の肉体の再生を繰り返したことにより、出力の下がった再生能力。
これでは再び腕を生やすのに、そして心臓の分の治癒ですら終わらせるのには、それ相応の時間を必要とする。
筈だった。
神奈子は二度黒閃を決め、ゾーンに突入すると同時に、覚醒状態にある方向性を定めることにした。
それは神力の操作。
神力の過剰生成による
神奈子は黒閃によって引き出された才覚を利用し、特異な再生専用の技術回路を脳に新たに構築した。
通常とは異なる脳。演算領域の部位を使うことで負担を軽減し、本来酷使する筈であった通常の脳に、その分浮いた治癒力を流し込むことで、下がる一方だった出力に革新をもたらす。
これにより、神奈子は失った神力の出力を取り戻す。
爛れ、朽ちた筈の神奈子が、みるみるうちに再生し、痕すら残さぬ全盛の肉体を取り戻し、躍動する。
――二度の黒閃。
――八坂神奈子のボルテージが上がる。
同時に。
「………!」
身の毛がよだつ死の気配。
――土着神の頂点、洩矢諏訪子に。
――万死一生の緊張が走る。
繰り出される打撃。
先ほどのとは違い、威力は小さく黒閃ではないものの、しかし直前に黒閃を決めた、ゾーンに突入してからの打撃であることに変わりはない。
肉体の強化向上、再生による耐久力をもってしても響く拳の重さに、諏訪子は顔を顰めながら、そのまま成すすべなく吹き飛ばされる。
同時に神奈子は回し蹴りにより、ガネーシャの無防備な腹を狙い、諏訪子とは逆方向に蹴り飛ばす。
呻き声と共に吹き飛ぶ身体。諏訪子はしかし、ただ目の前の敵を、覚醒した宿敵を超える為に意識を離さない。
ガネーシャもまた、離れ離れになった主に駆け付けようと移動を開始するが、しかし神奈子の速度には追い付けない。
諏訪子を追う形で、神奈子は大地を蹴り、風の引力を利用し加速する。
その力の流れ、加速に至るまでの全ての動作には一切の無駄がなく、どこまでも洗練されたもの。
躱せない。
回避が間に合わない。
ならせめて少しでも。その思い一つに、諏訪子は手掌を前方に、神奈子に向けて鉄輪を回転させる。
「
放たれた斬撃。
神奈子の顔面。眼球に斬撃が潜り込み、鮮血を散らす。
だがそれでも。
諏訪子の頭を狙った拳。
それは一切ズレることなく炸裂し、黒い火花が散る。
三度の黒閃、そしてゾーンに突入したことで得た万能感がもたらす恩恵により、神奈子は更なる進化を果たす。
治癒力の復活。その次は通常の打撃、能力の出力向上。
先ほどより更に威力の上がったそれに、今度は防御を成功させた諏訪子が受け止めきれなかった痛みに悶絶する。
その隙を、神奈子は見逃さない。
振り下ろした拳。
それと並列して動く脚が、再び諏訪子を蹴り飛ばす。
神奈子からすれば、それは諏訪子の動きを抑制する為の、ただの牽制にしか過ぎない一撃のつもりだったのだろう。
しかしそれにすら黒閃は、黒い火花は微笑み、地面が陥没する程の重圧を、破壊力を諏訪子に余すことなく伝えた。
(こいつ…!さっきから当然のように黒閃を…!!)
三度の黒閃。
その度に神奈子の身体は更に早く、手の付けられない暴力を纏う。
左手で腹を押さえ、苦しげな表情のまま諏訪子は地面を滑り、残る右手にせめての反撃として鉄輪を纏った。
数多の斬撃。それを生み出す数十もの極小の鉄の刃物が、まるでチェーンソーのように腕の表面を這い、殺傷能力を高める。
極限の集中。
自分と相手、全ての物質が動きを止めたかに思える程のスローモーション。
その中で、神奈子は走る為に足を踏み込み、そしてそれを認識した次の瞬間には、既に神奈子は諏訪子の目前に立っていた。
硬く握られた拳。そして否が応でも理解させられる、あの気配。
続いて何とか反応できた諏訪子が、神奈子の脇腹を抉るように、鉄輪を纏った右腕を突き刺し、瘴気を流し込む。
しかしその瞬間も、神奈子は一切動きを止めることはなかった。
(打撃と斬撃を混ぜた術もものともしない!!)
痛みではもはや、八坂神奈子は止まらない。
しかし、今更気づいてももう遅い。
四度目の黒閃によって諏訪子の身体は宙を舞い、そして身体が吹き飛ぶ先には既に。
神奈子は空中に佇み、両拳を組み、振り下ろす直前で。
両腕をハンマーのように振り下ろした神奈子による、五度目の黒閃。
その衝撃で、身体が地面に叩きつけられるよりも先。
諏訪子は咄嗟に神奈子の顔面を掴み、相手に触れることでしか発動できないが故に、
顔の半分が抉れる程のダメージを負う神奈子。
しかしその左拳には、透明な殺意と凝縮された神力があり。
そして再び。
六度の黒閃。
振り下ろされた拳を受け止める、受け流すことなど叶わない。
黒い火花と共に、諏訪子は顔面の半分を破壊された。
豪速で吹き飛ぶ身体が地面とぶつかり、骨と内臓を粉々に、ぐしゃぐしゃに潰され。
「神"奈子ぉ"っ"!!」
地面に叩きつけられ、バウンドする諏訪子の腕を神奈子は掴む。
そしてその勢いを殺さず利用し、自分と主である諏訪子の危機に駆け付けた、背後にいるガネーシャに向かって、そのまま投げ飛ばす。
傷だらけの主を受け止め、そして咄嗟に巨大な四本の腕のうち一本を使い、抱きかかえる。
残る三本の腕を使い、ガネーシャは諏訪子の身体を守るように交差させ、防御態勢に入る。
その判断は正しく、風の引力を利用し、急加速した神奈子の身体。そして右拳がガネーシャの三本の腕に突き刺さり。
七度の黒閃が炸裂した。
2.5乗の打撃を喰らい、黒く焼け焦げたガネーシャの腕。
障害を取り除く能力と、元来から持つ重量による堪えもあり、数十m程吹き飛ばされたものの、決して地面から足を離すことはなかった。
地面から数m程の位置を保ちながら、空中に佇んだままの神奈子。
再び右手で、掌印を結び、そして詠唱を開始する。
「"
――神秘の"起こり"。
それは能力発動直前に、その者から漲る力の予兆。
領域展開の直前。領域内での必中能力の発動直前。
そして今のように、程度の能力などの大技には必ず"起こり"が存在する。
それは力の運用効率の高い神奈子も例外ではなく、実際今までの領域展開が同時に成功していたのも、諏訪子がそれを把握していたからである。
本来能力を発動する為の補助輪であり、実力が一定の水準を超えた者が逆に、あえてその無駄を使う"縛り"によって120%の効力を発揮する詠唱である
諏訪子は今、神奈子の詠唱した祝詞の内容と神力の規模、それらを合算した眼前の"起こり"を見た。
これから放たれる技の正体。
乾を創造する程度の能力による技。『雨の源泉』その中の雷であると、諏訪子はそう判断した。
そして。
「出力最大…」
(ガネーシャで受けて、ミシャグジでカウンターを叩きこむ…!)
その判断は決して。
「雨の源泉」
――決して間違いではなかった。
神奈子が掌印を解き、能力の指向性を設定する為の手掌を向けた。
それは今までにも見たものだ。しかしその方向は、諏訪子ではなく上空。
雨の源泉。炸裂前の純粋な『乾』そのもの、雷として顕現する前の光弾が、神奈子の上空に向けて放たれた。
上空。
タイムラグを狙った追撃の技か。
それともこの一瞬の隙を狩る為に、わざと作った意味のない行為か。
諏訪子の中に迸る、数多の選択肢と不吉な何か。
雨の源泉は空を駆け、こうしている間にも不安は膨らんでいく。
死の間際。極限の戦闘の緊張とその恩恵による勘。
神奈子は何を狙っている?
――上空には何がある?
今の神奈子には何が…
「――ガネーシャ!!」
この間。僅か0.01秒。
上空。
あえて炸裂させていない力。
そして先ほど起こったこと。
神奈子が最初に黒閃を決める前、一体何が起こったのか。
主の危機、そして咄嗟の命令に遅れることなく、ガネーシャは跳躍する。
その先は、神奈子の頭上。
地上203mより更に上空に佇む、もう一つの力の気配。
神奈子が放った雨の源泉の先。
そこには手長足長を圧殺してなお能力を継続し。
――天叢雲剣をその場に留まらせている神地嵐が在った。
神具・八栄鈴を使って放つ雨の源泉による放電とは違い、素の神奈子が放つ炸裂前の雨の源泉に速度はない。
アジアの神を模した祟り神、その能力である『あらゆる障害を取り除く程度の能力』によって、今のガネーシャに風の引力による妨害は効かない。
継続を続け、出力を失いかけているが故に、確実に取り除くことのできる神地嵐へ先に到達し、雨の源泉との衝突を阻む命令を受けたガネーシャ。
――"完遂"――
自律した思考。主に報いる為に躍動するガネーシャに走る思考。
だがそれよりも。
それよりも先。
神地嵐の引力を利用した高速移動により。
――八坂神奈子がガネーシャと神地嵐の間に割って入る。
拳を握り、移動に使う分の神力を全て右拳に溜め、神奈子はガネーシャの眼前に君臨する。
強弱こそあるものの、デフォルトで一定の『障害』を取り除く為の、能力によるオートバリアを張っているガネーシャ。
能力対象を選択するまでもなく、神地嵐による影響を『障害』と認定し、無効化しているガネーシャは引力の影響を受けない。
――ここに来て、程度の能力が裏目に出る。
「洩矢の鉄の輪…!」
ガネーシャの巨体を揺るがす一撃。
神奈子の強烈なアッパーカットが炸裂したのと同時に、ガネーシャの影に潜んでいた諏訪子が、神奈子と同じく手掌を向け、神地嵐にではなく雨の源泉を狙う。
自爆覚悟。
神地嵐との衝突前に、自ら雨の源泉を刺激し、今ここで炸裂させる。
神奈子もその目的に気づいたのか、空中を蹴って加速し、諏訪子に向かう。
空中で繰り広げられる、数秒の間に繰り広げられる数百の読み合いを制し、諏訪子は神奈子の妨害よりも早く、鉄輪の回転準備を終えた。
「――
諏訪子は神奈子に殴られるよりも一瞬早く、大気を切り裂く鉄輪の回転を、不可視の斬撃として解き放つ。
神奈子による唸る風の吸引反応とは正反対の、全てを飲み込む無音の風刃。
「遅かったね」
「……」
万全の威力と速度を以て放たれた洩矢の鉄の輪・
その斬撃を防ぐならまだしも、神奈子がそれに追い付くことができないのは、今までの戦いから見て明らかだった。
諏訪子の顔に浮かぶ、賭けに勝ったが故の安堵と慢心。
「――"
起こりを察知し、その詠唱が持つ意味を理解した諏訪子。
しかし、未だ殴られた際の衝撃をその身に残し、動きが鈍っている諏訪子にそれを防ぐ手段はない。
凝縮された時間の中。
唱えられた神地嵐の祝詞。
祝詞の後追い詠唱によって、出力を取り戻した神地嵐。
再び強く、引力を発生させた神地嵐が、諏訪子の
神奈子の放った雨の源泉は、諏訪子とガネーシャ両方の妨害を受けることなく、無事神奈子の思惑通りに炸裂。
天叢雲剣と衝突し、眩い光を放ち――
「ッ不味――」
雨の源泉が炸裂する。
刹那、轟音。
閃光と共に迸る神力。天叢雲剣を媒体に威力、範囲を強化した無制限の放電。
120%の出力で放たれた雨の源泉が、諏訪子とガネーシャ、両者の肉体を穿ち、痙攣させた。
『坤』を司り、それ故に電熱耐性を持つ諏訪子でさえ、肉体を思ったように動かせず、そのまま自由落下を始める。
諏訪子でさえ痺れる攻撃。それを能力である程度防げるとはいえ、耐性など持たないガネーシャは、諏訪子以上のダメージを負った。
しかしガネーシャと違い、諏訪子が硬直状態に陥るのは、僅か十数秒。
その隙を狩るのか。
それともこれ以上に何かあるのか。
――そこまで考えてから、諏訪子は己の慢心をこれまで以上に呪った。
戦いを、技術を極めることは引き算を極めること。
数をこなし、慣れと共に当然の段階に到達した時にやっと、その者は最初に存在した一切の無駄を取り除き、極地に立つ。
魔術も呪術も、巫女の使う魔を滅する聖なる力も同等に、全てにおいて引き算は存在する。
祝詞や掌印。
能力を構成する肉体、能力を発動する為の演算領域も含め、それらを扱う手順をいかに省略することができるかで、その者の腕は決まる。
だが神奈子は、これら一切を省略しない。
自由落下を始めた諏訪子よりも先に、神奈子は地上に降り立っていた。
音を立てず、再び背中に四本の御柱を顕現させ、それらを自分の身体を囲うように配置。地面に突き刺した。
着地すると同時に身体を捻り、一回転して腕を、足を舞わせて音を刻み、舞を開始する。
掌印。
舞。
楽――
戦場。御柱を円と仮定したその場所を儀式として昇華させることで、デフォルトで120%の強化向上の恩恵を自分に与える。
そして、残るは祝詞の詠唱のみ。
未だ痺れる身体。動けない代償に鮮明に感じることができるその"起こり"を見た。
これが、天弓千亦を終わらせた――
今までに一度も見たことがない程に強大な、その神力の波長。
これまでの恐怖がちっぽけに思える程の、死そのものが目の前にあった。
史上最強の国津神。
古代最強の土着神。
どちらが
――この一撃で決まる。
手掌を向け、神奈子は落下する諏訪子たちに向けて、一切の躊躇なく力を込める。
――諏訪子と同様に、一切の手順を省略せず放つ。
極限にまで高められた、正に力そのものである莫大な光。
量も質も、いくら神とはいえ、限界を超えたとしか言えない程の大きさ。
黒閃による覚醒状態ということを差し引いても、異常としか言えないもの。
その上昇率も、詠唱や儀式としての強化があったものだとしても、驚愕と戦慄を抱かずにはいられない。
――『帳』による範囲内。
――八坂神奈子を中心に、その前方およそ4kmにまで及ぶ破壊の力。
瓦礫が崩れる音と共に、その山から一人の姿が露わになった。
その者の命は、既に空前の灯火。
「ひゅー…ひゅー…っ…!」
諏訪子だった。
最初に被っていた可愛らしい目玉の付いた帽子も。
鳥獣戯画で彩られた、美しかった壺装束の衣装は以前の面影など、どこにもない。
左目は失明し、眼球が破裂したのか未だに出血は止まらず、全身には思わず目を逸らしてしまう程の火傷の跡があった。
左腕も、肘から先は存在しない。
身体が炭化し、一歩進む度に、今度は二の腕が崩れ、出血すらしてくれない。
しかし。
「死んでもなお、八栄鈴は持っていかれたか」
そんな諏訪子とは対照に。
――眼前に、無傷の八坂神奈子がいる。
「指向を絞り、無制限ではなく前方限定という"縛り"も加えて放つ神の御威光…どうだった?」
「………ッ」
――史上最強の国津神。
古代最強の土着神。
挑戦者はどちらか、そしてこの戦いの行く先は既に、もう決まったも同然だった。
「領域――」
「…クックック」
ほとんど死んだも同然の身体。
それを無理やり動かし、諏訪子は唯一無事な右腕を動かし、そして掌印を結ぶ。
両腕が使えないが故に、片手でも行える形の掌印に変更。そして結界術を発動する為の演算領域の解放。
神奈子はその"起こり"を察知しており、これから諏訪子が何をしようとしているのかも、既にわかっていた。
わかっているからこそ、両腕を組んだまま不敵に笑う。
「お前はもう領域を展開できない」
「展か――ッ!?」
ボタ…
諏訪子の鼻から流れる血。
ただの鼻血。もしそうであればどれほど良かったことか。
今までに諏訪子は、身体の治癒を行う際に、決して浅くはない傷を何度も癒し、その度に己の血液がどのようなものかを目にしてきた。
切り傷から流れる血。
腕を欠損した際、放っておけば失血死するであろう重要な血。
そして今、鼻から流れる己の血は、それらとは違った粘性のあるものであり。
その直後。頭蓋を砕かれたかのような激痛が走る。
「ぅ"う"う"う"うう"う"う"うう""うぅ"え"っっ…」
「神の御威光を真正面から喰らったんだ。たとえあの祟り神の能力である程度取り除けたとしても、決して軽いものじゃない」
まるで吐血しているかのような、大量の血液を鼻から垂れ流し、同時に吐瀉物をぶちまけ、蹲る諏訪子。
よく見れば、神の肉体を構成する魂そのものと呼べるその核は、その大半が崩壊し、薄れかかっている。
神奈子の推測は当たっている。
あの時、諏訪子は咄嗟にガネーシャに命令し、ある程度の威力を低下させ、取り除いた。
しかしそれ以上の破壊力により、ガネーシャは成すすべなく消滅。そしてその余波は身体に纏わりついていたミシャグジにも及び、同じくミシャグジも消滅した。
祟り神と一体化し、命を共有している諏訪子が死なない限りは、ガネーシャもミシャグジも一定の時間を必要とするものの、復活自体はできる。
そして、先ほどの神奈子と同じように治癒力の下がった諏訪子にとっての、唯一の勝機はそれだけ。
時間を稼ぐため、少しでも復活までのインターバルを早める為、諏訪子は粗末とはいえ再び、領域を展開しようとした。
――唯一の不幸は、神奈子にやられた魂の一部が、領域を司る部分だったこと。
「肉や骨を治すのとは訳が違う。限界だろう?仮に領域を展開できたとしてもその時点で死ぬか、私に対抗できる程の精度は出せないさ」
「………」
――勝負あり。
決して認めたくないものの、諏訪子も、そして他ならぬ神奈子ですら確信してしまう程の、圧倒的な有利不利。
楽しい戦いだった。
決して満たされないと思っていた己の諦観を、彼女は否定してみせた。
――だからこそ、神奈子は一切の躊躇も容赦もしない。
「次、私は再び領域を展開する。逃げ道はもうない」
再び、神奈子は両腕を動かし、愛染明王印を結ぶ。
眼前に発生する"起こり"を、諏訪子は何も邪魔できない。
抵抗する意志すら見せず、静かに蹲ったまま。
ただ焦りと、僅かに滲む諦めの表情が痛々しい。
――だからこそ、神奈子は言った。
「じゃあな。最強」
上に立つ神として。
勝者として残酷に。
わざと冷徹に、蔑むように。
「私のいる時代に生まれてしまった。凡夫」
心にもないことを、決して思ってはいない言葉を告げる。
そして、"起こり"の気配が消えると同時に、神奈子と諏訪子を覆いつくすように、広大な空が顕現する。
足場などどこにも存在せず、ただ対象の肉体が朽ちるまで続く、無限に落ちる宙そのもの。
「領域展開」
それが残酷に。
諏訪子に襲い掛かった。
洩矢神社の皆が放つ空気は重い。
モニターに映る、あまりにも無情な、圧倒的すぎる光景。
数も、質も、有利な条件も諏訪子の方が多かった。
だが、それでも――
「そんな……」
「……」
マエリベリーは喉を震わせる。
てゐも決して顔には出していないが、僅かに指先が震えているのを、周りにいる全ての者が知っている。
そして、それを指摘するような空気でも、決して認めたくないという我儘すら許されない、無慈悲な現実が目の前にある。
――ここまで、ここまでの…
千亦もかつて、自分が喰らったその技に対し、顔を顰めながらも結末を見届ける為、決して目を逸らさない。
元より覚悟していたこと。
それは本人も、諏訪子も神奈子も両者が同じく理解していた決着と、その終わりが意味するものだった。
これは、神同士の戦い。
そしてその決着は、消える命は――。
「…初めての技を、戦場を儀式に見立てるあれを土壇場で出すか?普通」
手に汗握る神々の戦いを見届け、荒れた息をそのままに、勇儀は問うた。
あまりにも、戦いの才能に恵まれた存在。
黒い火花に愛された者の、それが見せた果ての極致に、この中で唯一、最も諏訪子と関係の薄い華扇のみが、冷や汗と共に言葉を紡ぐ。
――領域は既に展開され、これから必中能力が、死にかけの諏訪子を襲うその寸前。
それから決して目を背けず、皆が華扇の言葉を耳にした。
「黒閃で反転術式の出力を取り戻した神奈子に対し。治癒も鈍く、ミシャグジを失い、瘴気での徒手空拳もままならない
「これって……」
「ああ」
勇儀の呟きに、華扇は堂々と言い切った。
決戦の終わり。八坂神奈子による――
「神奈子の勝ちだ」
――"最強"の戦跡、
第67話
/おわり
???「五条の勝ちだ」
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