【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 55話のタイトルと今話のタイトルを組み合わせると…?
 あと前回のお話に挿絵が付きました(作:vivo様)
 

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 かっこいい…(恍惚)


68話.人外魔境諏訪決戦⑨――王" 真・地霊殿

 最初に感じたのは熱だった。

 湯気が脳髄からゆっくりと染むような、滲んだ感覚。

 違和感はすぐに。

 熱はすぐに痛みに変わり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにも呆気なく。

 そしてあまりにも突然に。

 

 瞻仰空無が爆発する。

 

 目の前で起こった現象を、洩矢神社で観戦を続ける一同は勿論。

 今現在、ほとんど勝利を諦めかけた諏訪子自身でさえ、顔を上げて驚愕する。

 そこには変わらず、愛染明王印を結んだままの神奈子と、その背後で塵となって消えていく、先ほどまで現実世界を上書きする途中だった心象風景がある。

 崩壊する領域。

 上書きされた空はそこにはなく。

 音を立てて崩れる、領域の効果範囲を証明する透明な外殻。領域の条件とも呼ぶべきそれが。

 もはや形を維持できず。風船のように破裂し、起こりと共に形成されていた筈の神力が、今度こそ空中に溶けるように消えていく。

 一体、何が起こったのか。

 神奈子は最初の黒閃を発動する直前、一瞬とはいえ心臓の治癒を中断した。

 瘴気の中和、その一時停止。

 

 ――瘴気による魂の侵食。

 神奈子がそれを受けた時間は、延べ10秒にも満たない。

 

 それでも。

 ――それでも洩矢諏訪子同様に。

 領域を展開することが不可能になる程のダメージを、脳に受けていた。

 

「ゥ"ぎっ…!?」

 

 両目と鼻。そして口というあらゆる穴から鮮血を垂れ流す神奈子は、今になってそれを理解した。

 充血する眼球と、今までの比ではない程の激痛と不快感が、神奈子に吐瀉物交じりの吐血を強要させ、諏訪子と同じく膝をつかせるに至る。

 滝のように流れ落ちる血液が、地面に巨大な赤い水たまりを形成する。

 

 ――肉や骨を治すのとは訳が違う。限界だろう?

 

 つい先ほど、目の前の敵に向けた言葉が。神奈子の思考に反響する。

 

 ――仮に領域を展開できたとしてもその時点で死ぬか、私に対抗できる程の精度は出せないさ。

 

 本当に。

 なんて皮肉なのだろうか――

 本当に自分が言った通り、無理をしたせいで――

 

「…ははっ」

 

 呆気に取られたのは最初だけ。

 完全に崩壊した瞻仰空無。

 そして既に領域を使えない脳でありながら、先ほどの諏訪子と同じ、否。それ以上にダメージを負った状態でありながら、それに気づけずに領域を使おうとした。

 それ故に、領域展開を失敗したことによるダメージのフィードバックは、襲い掛かる痛みは諏訪子よりも遥かに重いものであり。

 諏訪子を睨む神奈子の両目から、再び大量の血液が流れ出る。

 

「はっはっはっ――」

 

 忌々しいという表情を隠さない神奈子。

 しかし今度は、脳に最も近い部位である鼻から、壊された脳が、そしてそれを運ぶ血の運河が大量に流れ落ちる。

 ぐちゃぐちゃにされた脳。

 魂の輪郭が歪み、黒閃による覚醒状態を差し引いても尚、決して抑えきれないダメージが。

 先ほどまでの絶対的有利が嘘のように、あっという間に神奈子は瀕死状態に陥る。

 それを見て、神奈子より先に瀕死状態になっていた諏訪子は、笑った。

 

「…ははははははは!!なんだよ!お前…!」

 

 失った左腕。

 全身を覆う火傷。

 出力を取り戻したとしても、一生元には戻らない満身創痍。

 何とか失わずに済んだものの、しかし今も霞む片目を見開き。

 失った腕。眼球が発する痛みを無視して。

 諏訪子は笑った。

 

「――しっかり効いてるじゃねぇか!!」

 

 戦況は再び変わる。

 これまでにも何度か、諏訪子と神奈子は、互いの有利不利を入れ替え続け、そしてその度に身体を癒し、仕切り直し続けて戦いを終わらせようとはしなかった。

 だが、それも限界が訪れる。

 黒閃による覚醒でも誤魔化せない脳のダメージ。

 下がり切った治癒力と、相棒のミシャグジを奪い絶体絶命の諏訪子。

 これで最後。

 

 洩矢諏訪子VS八坂神奈子

 

 史上最強の国津神。古代最強の土着神。

 その戦いの決着は、正真正銘これが最後――

 

「友達が見てるんでね」

 

 上空に佇む数多のカード。

 今も諏訪子を、神奈子を映し続けながら洩矢神社へ、そして大陸全土に中継される人外魔境の物語。

 カードの向こう側。

 そこでこちらを見ているであろう彼女らを指さし。

 

「――まだまだカッコつけさせてもらうよ」

 

 同時に。

 諏訪子が技術も、工夫も糞もない、全力の打撃を振るっていた。

 ただ力任せに。ただ愚直に、相手の反撃や読みといったものを度外視した、子供の喧嘩と同じそれ。

 神奈子は目を見開き、そしてたたらを踏んだ後、再び膝をつく。

 すぐに起き上がろうとして――笑った。

 今、自分は一体何をした?

 一体何が起こった?

 史上最強の肩書を持つ自分が。

 今まで全ての敵を、あらゆる障害を己の肉体で退けてきた自分が。

 ――こんなに情けなく、相手に殴られて膝をつくだなんて。

 苛立ち。

 

「…ははっ」

 

 ――だがそれ以上の、充足。

 神奈子もただ殴られたわけではない。神奈子は諏訪子の顔面。酷く焼け焦げた半面を狙って、そこにクロスカウンターの形で反撃の拳をねじ込んでいた。

 弱った場所を狙われ、抉られた諏訪子は呻き声を飲み込み、神奈子と同じく、決して倒れないよう膝をつく形で何とか堪える。

 諏訪子による、瘴気を纏った打撃。

 神奈子の純粋で強烈な、神力による弱点を狙った一撃。

 互いに重症。そしてその上で食らった大ダメージ。

 それでも尚。両者は互いに笑っていた。

 

 ――絶対的な強者、それ故の孤独――

 ――あなたに愛を教えるのは――

 

 決して満たされぬと思っていた飢餓。

 歪んだ価値観と、命の格差がもたらす悲劇。

 人と神、神と人とが作り上げた世界で、たった一人孤独だった彼女を。

 そんな()()を、諏訪子はただ全力でぶち破る。

 

「土着篏合…!」

 

 諏訪子の握った右手の中で、黒い何かが暴れだす。

 神格こそ低く、それはミシャグジどころかガネーシャ、手長足長にすら劣る程の人造の土着神。

 使い捨てできれば御の字。本来ならば神奈子が雑に神力を解放し、光を当てるだけで消滅できる程の弱小な存在。

 それが、今ここで解放される。

 ――神奈子に対し効果が薄いと判断し、封じていた残り約6000体の祟り神。

 その中から、約2000近い数の祟り神を大雑把に抽出し、合成。

 危険を察知し、神奈子は強く地面を踏み、飛翔する。

 そしてその判断は正しく。

 

「――撥体(ばったい)!!」

 

 諏訪子によって、地面の全てが異彩で覆いつくされる。

 地面に向け、一斉に放った数多の祟り神。

 そして作られたのは、まさに百鬼夜行そのものとも言うべき、魑魅魍魎。死の絨毯。

 初めて、神奈子は今までの受け身の敵意とは違う。明確な敵意を己の胸の内で感じた。

 

「――!」

 

 

 むき出しの歯茎、腐臭とうめき声による雑音をかき消す勢いで。

 その祟り神による嵐の目に立つ諏訪子。

 神奈子を囲い、逃げ場を潰して彼女は叫ぶ。

 

「アゲてけよ神奈子!!!」

 

 同時に、神奈子もまた、空中で天叢雲剣を手に取って、笑う。

 もうどちらの方が有利か。

 どちらが勝ちそうか。

 逆にどちらの方が負けそうかは些末なこと。

 ――ただ、全力を。

 この神に、自分の全てをぶつけたい――!

 

()とお前!!最後の呪い合い(たたかい)だ!!」

 

 ――死闘、全速。

 動きの質が明らかに変わった。

 今までに何度か経験したような、痛みで身体が硬直するわけでも、疲労で足が止まるような現象とも違う。

 呼吸は荒れることなく。

 ただ静かに、砂と埃が鼓膜を叩く音と。

 己の肉体を走る血液の雑音。

 意識は鮮明に、しかし数秒ごとに指の先から。

 自分の身体の感覚が消えていくのを――

 

「…は」

 

 力任せの荒々しさはなく。

 静止した身体の中に、それに比例し高められた爆発力が秘められる。

 ただ立つだけに必死だ。

 耐えがたい激痛が両者を襲っている。

 目がくらみ、今すぐにでも意識を手放したいくらいだ。

 ドクン…ドクンと、何かが消えていく感覚がある。

 自分が消えていく。

 死が近づく――

 

「来い」

 

 それでも尚。

 神奈子は不敵な笑みを浮かべて右手を、剣を向けた。

 

「――」

 

 諏訪子もまた、残された右手を握り、笑っていた。

 その瞳には、気力が充実している。

 神奈子も後からダメージを負ったとはいえ、いくらなんでも体力に差がありすぎる。

 未だに全身が焼け爛れ、片腕を失った諏訪子と違って、神奈子はただ意識障害を、そして領域を含む全ての技術の精度の低下に過ぎない。

 無謀な戦い。

 だがこの状況でも、諏訪子は勝負に勝つつもりなのだとハッキリと分かる姿だった。

 あまりにもその瞳は、輝きに満ちていた。

 神奈子は表情を取り繕うのをやめて。

 

「"三戒(さんかい)" "逆光(ぎゃっこう)"」

 

 再び、祝詞の詠唱を再開する。

 同時に、先ほどまで窮地に陥り、萎んでいた筈の神奈子の神力が再び、まるで火山のように吹きだしたのを諏訪子は見た。

 

 神の御威光。

 それは自身の持つ全神力を一点に集中させ全方位に、もしくは一方に指向性を持たせて放つ純然たるエネルギー砲であり。

 ――八坂神奈子の究極奥義。

 

 かつて神奈子は千亦との戦いで、彼女の虚を突き、確実に攻撃を当てる為に接近。そして全方位無差別に神の御威光を解き放ち、勝利した。

 だが先ほど、神奈子は千亦と違い、諏訪子相手にはそれでは足りないと判断したが故に、術の構築要素を変更。

 千亦を遥かに凌駕する、洩矢諏訪子という強者に加え、一定の力を取り除き、致命傷を防ぐ祟り神。ガネーシャの存在もあったからだ。

 舞と掌印を含めた儀式を完成させ、範囲を無制限ではなく前方に集中させることで、200%の威力を誇る神の御威光が炸裂。

 では、これはどうか――

 

「"蓮華(れんげ)往生(おうじょう)"」

 

 先ほどの、諏訪子に対して披露したのと同じ、祝詞の詠唱。

 ――八坂神奈子はこの土壇場でも術の行使難易度を下げず、先ほどの200%と同じように、指向性を前方限定に縛っている。

 更には片手での掌印の絶対条件。最後に相手に向かって手掌を向ける…といった二つの縛りを科した。

 だが今の神奈子では、この複雑な縛り込みでも何発も、それこそ威力を維持させることはできない。

 故に神奈子は。――全てを捨てる覚悟を決める。

 

「"(つが)りの曼荼羅(まんだら)"」

 

 それは『本日二度と、神の御威光を実行しない』という縛り。

 ただ己に科す縛りとは違う、先払いの重い縛り。

 膨れ上がる神力と、再び迸る紫電の波動。

 天叢雲剣を媒体に、その破壊のエネルギーを余すことなく増幅させる。

 ――3()0()0()%()の神の御威光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こんな程度で、()()は揺らがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前が相手だからこそ。

 お前が目の前で立ち続けてくれるからこそ。

 だからこそ――全力の先をここで出す。

 神奈子はただその一念のみを胸に、掠れた喉で小さく呟いた。

 

出力最大(ありがとう)――」

 

 今までに築き上げてきた、戦いの本能が。否が応でもその先を予見する。

 だというのに、妙に清々しい気分でもあった。

 今から起こる。これから終わる――

 神奈子が手掌を前方に向けて、力を解放するのと同時に。

 300%の神の御威光が、死にかけの諏訪子を穿つ寸前。

 ――聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(かみ)()

 


 

 

(カイ)

 

 


 

    ()(こう)

 

 世界を断絶する(くろがね)の調べを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洩矢の鉄の輪の回転は、一度対象にぶつかると緩やかに物質の強度・弱点部位の解析が始まり、時間経過によって切断に至る」

 

 諏訪子は語る。

 

「その間。更に力を、意識を集中させて回転数を上げる度に時間が加速する……一度切断可能になった物質も、空気も、決して解析を完結することなく、更なる斬撃の成長を続ける」

 

 説明を続ける諏訪子の身体は、やはり治癒力が下がったままなのもあって、見るに堪えない状態だった。

 そんな状態で、片腕を失い、掌印すらまともに結べない彼女が。

 敗者の烙印を押される寸前だった。――土着神の頂点は。

 まるで子供のように輝いた瞳で言った。

 

「私がかつて見た。埴安神袿姫が私に見せたのは"手本"だ。私がお前という不可侵を破り、その先に至るための"手本"」

 

 その様子を眺めている者。

 千亦が用意した、数百万人の観戦者たち。

 そして洩矢神社にいる、諏訪子の関係者たちもまた。

 目の前の光景に絶句していた。

 

「私の鉄輪を振るって生まれた斬撃は、大気を…空間を切り裂き、生まれた歪みを利用して、風の刃に近い原理で斬撃を飛ばしていた」

 

 それこそが原型。

 洩矢の鉄の輪・(カイ)の基本性能。

 諏訪子がこの一か月を使い、死に物狂いで手にした強さへの挑戦権。

 かの天上天下の創造者、偉大なるイドラデウスと同じ位置を手にし、しかし感じた疑問点。

 ――八坂神奈子に匹敵する才能の原石だからこそ、()()()を知ることができたのだ。

 

「でも違う。埴安神袿姫がしたのは私が今まで使っていた(カイ)とは似て異なるもの。あれは能力対象の拡張だ」

 

 ――能力対象を八坂神奈子ではなく。空間、存在、世界そのものまで拡張し、()()

 

「概念防御、不可侵から疎のような疑似回避。そして()()()()()でさえ関係なく。その空間、世界に存在する限り。――その空間、世界ごと存在を分断される」

 

 勿論条件はあった。

 あくまでも(カイ)は技術の範囲ではあるが、この世界を断つ御業は『能力対象の拡張』であって、決して努力ではたどり着けないもの。

 実際。この『■■を■■する(カイ)』の発動には、諏訪子の領域展開の発動と同様に不動明王の掌印。もしくは祝詞の詠唱が絶対条件であった。

 しかし片腕のみの重傷を負った諏訪子が、そして目の前で神奈子の詠唱がほとんど終わり、自分の祝詞が間に合わないことを察知し、その後の発動条件に縛りを科した。

 神奈子のとも違う。目先の利益を、たった一度の利益のためだけに科した。破棄の許されぬ永続の縛り。

 

『不動明王の掌印を結ぶ。(カイ)の祝詞を詠唱する。のどちらか一方の条件を満たし、術の指向性を手掌で設定しなければならない』

 

 これから先、永遠にこの手間をかけることを条件に。

 その代わり今回。予備動作なく一度きりのみ放てる。

 全てを切り裂く――

 

 

 

 

「至難の業だったけど。本当にいい手本だった」

 

 諏訪子の目前には、直立不動のまま佇む、残された神奈子の下半身がある。

 その後ろに、分断された胴と巻き添えになった左腕、そして満足そうに笑う神奈子。

 勝負がついた。

 そのことを疑う者はいない。

 上半身だけの状態で、残り数秒で、残された彼女の命の灯が尽きる寸前。

 まだ意識が残っているうちに、彼女にしっかりと聞こえるよう、諏訪子は笑って言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天晴(あっぱ)れだ八坂神奈子。生涯お前を忘れることはないだろう」

 

 決着。

 大番狂わせと大番狂わせ、そして数多のどんでん返しによって構築された戦い。

 その終わりが、長き戦いにようやく決着が付いたのだ。

 達成感、脱力感で、忘れていた全身の激痛と倦怠感を思い出したのか、諏訪子は顔を苦痛で歪めて、ふらついた。

 しかし、これでようやく終わったのだ。

 後は、()()()()()()を終わらせるのみ――

 人外魔境諏訪決戦。これより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっ。洩矢諏訪子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神奈子の遺体の隣に、その少女は立っていた。

 あまりにも自然に、そして一か月前と変わらぬ姿で。

 

「久しいね」

「誰だよ。オマエ」

 

 背中から生える二対の翼。

 八坂神奈子と同じ臙脂色。そしてロングスカート。

 太陽の化身たる少女。高天原からの使者たる八咫烏。

 過去に見せたものと同じ、ぽやぽやとした可愛らしい笑顔。

 だがその瞳は、どす黒く悪意に染まっている。

 祟りを司る諏訪子だからこそ気づけた、その些細な変化。

 

「八咫烏だよ。忘れちゃった?悲しいね」

「……」

 

 神力も肉体も。

 今目の前に存在する少女が、あの時と同じ、本物だと囁いている。

 たった数秒しか顔を合わせず。

 ほんの数回しか会話を交わさなかった諏訪子でも。

 ――無視できない強烈な違和感。

 神としての良識、そして神奈子を思う彼女が何故、いや。

 本当にこんなことをするのか?

 

「もう一度言う。――お前は誰だ?」

 

 ――『帳』は()()()()()()

 八坂神奈子が絶命する寸前。まだ機能が継続していた時に、目の前の少女は降り立った。

 帳は特別な結界術だ。膨大な足し算と引き算、精密な術式回路の構築によって、特別な機会にようやく披露される儀式。

 その条件は『結界内にいる神、そのどちらかが死ぬまで』に。誰も帳に入ることはできない。

 ()()()()は入れない――

 そうなら、目の前にいるこの者の正体は――

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 

 八咫烏は、■■■は笑う。

 帳の唯一の抜け道。

 それはあくまでも侵入を防げるのは神と妖怪、つまり人外の中でもより強力な存在のみに限定された、簡易化された縛り。

 理論上。戦いが始まった後、帳に入れるのは人間。しかし考えるまでもなく、人間如きが、神の戦いに横槍を入れることなどできはしない。

 仮に入ったとしてもだ、戦いの余波に巻き込まれて死亡、戦いが終わって疲弊した神相手だとしても、その実力差はあまりにも理不尽だ。

 だがもし。

 ――だがもしもだ。

 

「………そう。あんた相手じゃあ誤魔化せないな」

 

 だがもしも、人間…否。

 人間だったものが、人でありながら人でなくなった――

 より強力な人外の身体を乗っ取り、帳を潜り抜けられるような存在の――

 

「……いつからだろう」

 

 それが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界から混沌が失われたのは」

 

 ――怨霊だったら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八咫烏。

 いや、それだったものの首。

 そこに掛けられていた手錠が実体化する。

 そして、この世で最も忌み嫌われ、呪われた者しか扱えない力。瘴気。

 それが八咫烏の身体を覆いつくし、その背後にあるシルエットが構築される。

 

「不自然な秩序は、どこかで崩壊するというのに」

 

 その『二つ名』は、遠い未来の幻想の地で、ある事件を引き起こすに至る。

 彼女は二代目。かの大百足と同じ後継者だった。

 記憶が摩耗し、力と存在と名のみを引き継いだだけに過ぎない、ただの後継者。

 ――彼女は原典、オリジナルそのもの。

 地底。

 旧地獄。

 否。――地獄から爪弾きにされた、永永無窮の咎人の集合体。

 かつて血の池地獄に封じられ、そして八坂神奈子に共鳴し、大百足・堕涅と同じく復活を遂げた。

 封印され、永い眠りから目を覚ました。

 

 

 

 

 ――()()()()

 

 

 

 

反獄王(はんごくおう)

 

 

 

 

「……なんで()()()ここにいる?」

 

 諏訪子の目の前に立つのは、あくまでも八咫烏。

 手錠は実体化し、それは諏訪子以外にも、千亦の操る撮影用のカードにも映っている。

 しかしそれだけ。あくまでも観戦者たちからすれば、ただ八咫烏が突如、諏訪子の目の前に降り立ったように見えるだけ。

 反獄王の姿。数多の悪意が、怨霊が集結して出来た。文字通りの化け物である本体は決して、誰も気づくことは出来ない。

 仮に見えたとしても、それは人でもなければ動物でもない、形容しがたい醜い化け物でしかない。

 そう、諏訪子以外には――

 

宮出口(みやでぐち)瑞霊(みずち)

「ほう?お前には()()()()()のか」

 

 諏訪子にとっては、その悪意は別の形として出力されていた。

 囚人服にも似た、縞模様の衣装から手枷、ポニーテールの青髪、全てが前世で見たものと同じ。

 いや、その姿を知っていたからこそ、『反獄王』という二つ名を、その姿と結び付けて知識に加えていたからこそ、諏訪子はその姿を八咫烏の背後に見た。

 正確には宮出口瑞霊ではなく、ただ諏訪子からはそう見えるだけで、二つ名だけの別人。彼女は宮出口瑞霊本人ではない。

 ただの悪意の権化。怨霊の集合体に過ぎない別の何か、元人間なんて判断したくもない、恐ろしい何か。

 反獄王は続ける。

 

「その者によって私を見た時の姿は変わる。私を鬼だと言う者もいれば、堕涅だと泣き叫ぶ者もいた」

「何の用だ。それより八咫烏はどうした」

「ククク…見ればわかるだろう?力技で眠ってもらっただけだ。こいつは運が悪くってなぁ、私がいることに気づかず、血の池地獄を()()()()()()()

 

 首に掛けられた手錠を弄りながら、反獄王は地面に落ちていた神奈子の遺品。

 天叢雲剣を握り、そして力を込める。

 そこには、諏訪子程ではないものの、万物を侵す瘴気の靄と。

 ――そして、太陽の力。

 

「そういう能力でな。手錠を直接掛ける、もしくは飲み物を媒体にすれば肉体を転々とできる。勿論肉体に刻まれた能力…八咫烏の太陽だって使えるさ」

 

 妖怪は恐れられなければ存在を維持できず。

 神もまた、人から信仰されなければ消えていく。

 そして怨霊も、例外ではない。

 怨霊とは、強い恨みを持ったまま成仏できずに取り残され、純化した怨みだけの存在。

 復讐することで初めて、自らの存在を固持することができるのだ。

 

八咫烏(こいつ)の太陽の力、そしてこの状況が欲しくてね。かなりの博打だったが、まぁおかげで楽に肉体が手に入ったよ」

 

 反獄王は他者の身体を乗っ取り、怨霊の根源である怨みを吸収し、蓄え続けた。

 特定個人、怨みの対象は数多の集合意識によって摩耗し、行き場を失った名無しの悪意に変化する。

 裏技にも近いその工程によって、反獄王は文字通りの永久罪人。これから先、常に他者を怨み続け、害し続ける生きた悪意そのもの。

 人も妖怪も、神にさえ牙を剥き続ける、誰にも止められぬ災厄と化したのだ。

 だがそれでも限界はある。人の意志とは無限ではない。その筈だった――

 そして、武器を手にした反獄王は、その手に一層力を込めて。

 

「まぁ心配しなくていいさ。お前の犠牲は無駄にしない」

 

 ニタリと。

 鳥肌が立つくらいに気味の悪い、三日月状に歪んだ口。

 反獄王が蓄えた怨みは永続しない。しかし文字通り他者を乗っ取り、蓄えるという能力が引き起こし、しかもそれは怨みを消費することがない。

 

 摩耗した自我と目的により、怨みは果たす契機を失った。

 重なったイレギュラーによる能力の暴走。

 今、反獄王は己の悪意のまま、目に付く全てを壊し、殺す為だけに生き続ける。

 ――殺戮人形と化した。

 

 その牙は常に。

 

「新しい世界でまた会おう!」

「ッ洩矢の――」

 

 

 

 

 ――弱者へと向かう。

 既に、反獄王は諏訪子の背後に立っていた。

 失った左腕。そして片目によって反応が遅れ、弱り切った部位を狙う、悪意と嗜虐に任せた移動。

 八咫烏が自前で持つ翼、それによる高速移動と共に、反獄王は天叢雲剣の切っ先を、諏訪子に向けていた。

 回避は間に合わない。

 咄嗟に諏訪子は鉄輪を、先ほど使っていたものを盾に、反獄王の攻撃を相殺する為に動かし。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神具・天叢雲剣は数多の神具の中で唯一、()()()()()()()()()()()()()()

 ――純粋な力の塊。

 それ故にその威力は、持つ者の膂力(神力)に大きく左右される。

 反獄王は人でありながら、操る肉体そのものは神。

 つまり本人の意図しないところで、皮肉にも八咫烏本人よりも、その潜在能力を引き出していた。

 十二分に威力を発揮し、光り輝く天叢雲剣に、反獄王の持つ瘴気の力が加算され――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洩矢諏訪子。お前は殺した妖怪の数を覚えてるか?」

 

 弱り切り、もはや死を待つも同然となった状態でも、諏訪子は反獄王の奇襲に勘付いた。

 そして先ほどの戦いで、散々身をもって知った天叢雲剣の脅威もあり、反獄王はただ真正面からぶつかるだけでは、決して弱らせることはできないと判断した。

 故に、狙うのは傷ついた身体、そしてその隙を作るため、太陽の光を使った目潰し。

 ――そしてようやく、彼女は回避を捨てた、能力頼りの守りに回った。

 だからこそ、反獄王の攻撃は面白いくらいに、完璧に決まった。

 

 反獄王は躊躇なく、諏訪子の喉に天叢雲剣を突き刺した。

 瘴気を流し込み、その魂すらも破壊する。

 

 震えながら視線を降ろす諏訪子。その先には、天叢雲剣に負け、木端微塵に消し飛んだ鉄輪があった。

 神奈子との連戦。

 ただでさえ弱った状態で更に、無理をして捻り出した最後の力。

 既に、諏訪子は限界を迎えており――

 

「ないよな?――私もだ♪」

 

 反獄王の顔に、嗜虐と蔑みの色が浮かぶ。

 一思いに、そのまま心臓まで一直線に、鋸のように天叢雲剣を動かして切り込み、忘れず瘴気による魂の破壊も並列で行う。

 下がった治癒力では、瘴気の中和はできても肉体の損傷まではカバーできない。

 心臓、そして胃と肝臓を真っ二つに切り裂いた後、反獄王は再びその刃を、諏訪子の右足に向けた。

 膝から足のつま先まで、何度も何度も刀を突き刺し、神経と肉を破壊し、平衡感覚を失わせる。

 明確な形を持って、諏訪子の眼前に死がやって来た。

 それは倒れ込む諏訪子の髪を掴み、脱力するその身体を持ち上げて、自分の顔を覗き込む反獄王だった。

 反獄王は光を失い、消えていく命の灯に興奮すると同時に、その顔に唾を吐き。

 

「だからお前のことも。その内忘れるさ」

 

 その額に刀を突き立て、

 諏訪子の身体を地面に縫い付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………来たか」

 

 帳が解除されてから数十秒。

 上空に漂う数多のカードは、円形状に集まっていた。

 そこから感じる神力、いや。慣れ親しんだ妖力の数々。

 ――鬼の持つ威圧感。

 伊吹萃香含む。山の四天王が降り立つ気配。

 

「妖怪ども。お前に何ができる」

 

 目的を達成し、得意げに笑う反獄王は。

 迫りくる数多の強者たちを、変わらず蔑み、立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最強の戦跡が諏訪に刻まれてから78秒後。

 ――八坂神奈子、死亡。

 それに続き、27秒後。

 ――洩矢諏訪子、死亡。

 

「や」

「うっわ」

 

 八坂神奈子と洩矢諏訪子。

 二人は、ある場所に座っていた。




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 八坂神奈子
勝つさ→死亡
 
 洩矢諏訪子
勝つさ→死亡

 反獄王
怨霊の集合体。正確には宮出口瑞霊本人ではなく、諏訪子の記憶によってそう見えるそっくりさんでしかない。

 領域解説(前回入れるのを忘れてたので)
瞻仰空無
①瞻仰→あおぎ見ること。見上げること。また、敬い慕うこと。
②空無→九次第定のひとつで、無色界の第1天。別名「無量空処」
仰ぎ見るを文字通り、空に佇む神奈子とその力の「乾」に例え、そこに同じく空の漢字を含めた空無辺処を加えました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どうも作者です。
 この作品を連載するにあたって、この展開を…諏訪子が勝った瞬間に横槍を入れられて、そのまま死亡する…という展開自体は、実は最初から決めてました。
 ただその時は少し違い。神奈子との決着がついた瞬間、東方二次創作でのテンプレでもあり、かの東方先代録の更新が途絶えた章でもある八咫烏を出し、彼女に報復としてやられる…のが原型。
 しかし本作タイトルの「負け戦」と、ただ八咫烏を出すだけではつまらない、ズラしが欲しいということでアレンジし、東方智霊奇伝 反則探偵さとりに登場する宮出口瑞霊、その二つ名でもある反獄王を採用。
 新たなキャラクターとして登場させると同時に、いつかは書きたいと思っていた東方智霊奇伝編での確執を作る為にも、彼女が八咫烏を操り諏訪子を殺害…という今回の展開に仕上げました。
 次回含め、残りは6話くらいだと思います。
 
 
 
 
 次回予告。
 ――〇〇〇〇【伍】

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