【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 これが最後の戦闘です。
 あと4話くらいで完結ですかね。


70話.人外魔境諏訪決戦⑩『開』

 全身の細胞が絶叫したかのようだった。

 身の毛がよだつなんて次元じゃないと、反獄王は己の中で暴れる生存本能に従い、全速力で飛び上がる。

 八咫烏の身体能力、飛行能力によって地面が一直線に黒く焼け焦げ、何十mと離れてようやく、その異変の全容を把握した。

 目の前、先ほど背後にあったあの死体はなく。

 あるのは生前。否、全盛期の()()を遥かに超える、前代未聞の何か。

 

 ――()()()()()、そして()()()()()

 

 目の前に立つのは、間違いなく洩矢諏訪子そのもの。

 だがその背後に――八坂神奈子の亡霊を見た。

 反獄王。八咫烏の身体に再び変化が起こる。

 胸の中心から、巨大な深紅の目が隆起し、禍々しい光を放つと共に、不可視の光線が放たれる。

 太陽の異能。そしてその応用技術で再現した、対象の物質強度、耐久性等を暴ける解析の瞳。

 

(八坂神奈子とは異質の強さ…圧倒的邪悪!!)

 

 ――互いの一挙手一投足が、全て死因になり得る恐怖!!

 それを放ちながら、諏訪子の身体もまた、少しずつ変わっていく。

 

 黒に近い橙色のアイライン。

 そして同心円状に変化した目の下から、頬の上を走る、アイラインと同じ橙色の蛇皮紋様。

 背後には、八坂神奈子が持っていたものと同じ。――巨大な注連縄が浮かんでいる。

 

 否。

 同じだったのは一瞬で、まるで繭を破って生まれるかのように、注連縄の内面から、巨大な鉄輪が注連縄を切り裂きながら現れる。

 形を失って落ちる注連縄。その繊維は、まるで生きているかのように自在に動き、鉄輪の内側を這うようにして循環を開始する。

 諏訪子から見て左側。一房髪に纏わりつくミシャグジも、諏訪子の回復に連動し、同じく復活を遂げていた。

 最悪の予想。

 反獄王が薄っすらと感じ取っていた異変の正体は、数多の選択肢の中でも最悪のものだった。

 いつ。

 いつその布石を用意できた?

 …いや、そんなことができるタイミングは一つしかない。

 あの時『洩矢の鉄の輪・(ハチ)』を、心臓に直接斬撃を当てたあの時だろう。

 

(八坂神奈子の死体が消えている…かなりの距離があった。触れることすらできなかった筈。なのに受肉を成功させた…つまりこいつはあの時既に、神奈子の魂と繋がっていた状態だった…!) 

 

 反獄王の目の前では受肉を――融合を果たした諏訪子がいる。

 八咫烏の身体、第三の目を使い、太陽光――X線を利用し、変身を果たした諏訪子の解析を終えた反獄王の目に映った。

 ――"完全無欠"――

 背後に浮かぶ巨大な鉄輪、注連縄だったものが自在に形を変え、ある形に固定されると共に、その効力を発揮する。

 諏訪子のと同じ、腕と全く同じ形に変化した注連縄は、不動明王印を結び続け。

 そしてその一房髪に巻き付くのは、洩矢諏訪子と一心同体となった土着呪霊――ミシャグジ。

 

 掌印を結んでいても両の手が空となる。

 心肺に負担をかけず、祝詞の詠唱を絶え間なく続ける。

 

 腕と口が通常の倍あることは、戦いにおいてこれ以上ない優位性となり。

 加えて諏訪子は、これだけ複雑な肉体の構成を保っておきながら、一切の処理演算能力を損なっていない。

 ただ腕を増やし、ただ口を足して使う後付けの肉体とは違う。

 正真正銘の、本来の自分が持つ肉体だからこそできる反射。

 

「……あぁ」

 

 その御形。

 その真なる姿を見て、萃香は呆然とする。

 反獄王が天叢雲剣を手に、諏訪子に突進する。

 剣を振り下ろし、残る自由な左手に、太陽による必殺の力を宿し、振るう一瞬の行動。

 その瞬間に、萃香は思わず声を漏らした。

 

「……なんて」

 

 "没収"を解除し、再び世に舞い降りた神具・八栄鈴を口に咥える。

 まるで舞のように動く右腕。

 武の達人が見せる、芸術とも言える左腕で迎え撃つ動き。

 背後の両腕が、咄嗟に掌印を解く一連の流れ。

 ――その全てが。

 

「――なんて美しいんだ」

 

 奇しくも、勇儀と同じ言葉を漏らした。

 諏訪子が左手で天叢雲剣の刀身、その側面に触れて受け流す。

 残る背後の両腕が、反獄王の左拳を抑え込み、一切の反撃を許さない膠着状態に持ち込ませる。

 そして無防備になった鳩尾を、諏訪子の右拳が穿つ。

 反獄王の身体が浮いたのは一瞬で。

 そこから流れるように、残る三本の腕が続いて鳩尾を貫いた。

 

「ヅッ…アア"!!」

 

 ――今までのとは威力が桁違いだ…!

 単純な膂力だけなら、合体した分、神奈子を超える程のもの。

 それどころか諏訪子の分の神力が加算され、更には瘴気による防御の実質無効化。

 反獄王の魂、そして決して弱いとは言えない、それどころか時代によっては"最強"の名を手にするであろう八咫烏の身体を、ここまで簡単に綻ばせる力。

 観察などもういらない。そう判断してからは早かった。

 

「"厭世(えんせい)" "(れんが)" "破魔(はま)干天(かんてん)"…!」

 

 反獄王の右腕に再び、制御棒の形に似た原子の光が収束する。

 祝詞の解禁と共に、それを諏訪子に向けて、反獄王は全力の、八咫烏の力に己の技術を加算させた、最高峰の衝撃波を放とうとした。

 その威力は、神の御威光に匹敵する程。

 諏訪子はそれの"起こり"を察知し、祝詞を聞いてからようやく、背後にある両腕を動かし、鈴は左手に再び不動明王の掌印を結ぶ。

 そして、残る右手を反獄王に向け――

 

「避けろよ?」

"月輪(がちりん)" "収束(しゅうそく)" "孤独(こどく)彗星(すいせい)"

 

 反獄王のとは違い、一瞬のタイムラグなしに終えた祝詞の詠唱。

 諏訪子の髪に纏わりつく、小さく変化し、同化したミシャグジが肩代わりする祝詞。

 そして既に、背後の両腕が不動明王印を結んでいることによって、()()()の条件は満たされている。

 条件は、不動明王印を結ぶか祝詞を詠唱し、術の指向性を手掌で設定すること。

 不動明王印を結び、手掌を向けている時点で条件は満たされている。だからこそ、追加した祝詞による強化向上の恩恵は凄まじい。

 

「ッ焔星・十凶星――!」

 

 反獄王が放つ太陽の炎。

 それは放たれて0.1秒後、トップスピードに乗って諏訪子に襲い掛かる寸前。

 手掌を向ける先。

 

「洩矢の鉄の輪――」

 

 諏訪子の放つ斬撃が。

 


 

 

(カイ)

 

 


 

 太陽をあまりに呆気なく、一瞬で一刀両断してみせた。

 

「ヅ…!(完全憑依が剥がされかけた…!)」

 

 諏訪子の「避けろよ」という言葉に従い、反獄王は咄嗟にエネルギーの放出を緊急停止した。

 その後全速力で横に移動することで、その巨大な斬撃を避けることができた。

 しかし。

 ほんの一瞬、手の小指が掠っただけにも関わらず、反獄王は今確かに、八咫烏の身体の支配を、右腕だけとはいえ解除された。

 既に支配は取り戻したが、もしもあれを全身で喰らえば――

 もしも…など考えたくもない絶技だ。

 咄嗟の縛りによって、使用難易度が上がったとはいえあまりにも理不尽。

 これが、土着神の頂点たる彼女が、神としての恵みの力を捨て、一つを極めた先。

 対象を切るなどという、世に溢れる平凡なそれとは一線を画する。

 

 この世界に存在する大気、空間には熱や湿度の違いによって"面"が生まれる。

 生物、無生物には全て、そこを突けば崩壊を逃れられぬ弱点である"目"が存在する。

 そしてそれら空間…世界に存在し、そして空間…世界を形作る源である"境界"がある。

 

 それを感知し。

 それを切り裂き。

 それを利用し、空間…世界の仕様を逆手に取り、全てを断絶する――

 

(これが八坂神奈子を終わらせた……)

 

 ――境界(せかい)()つ斬撃…!!

 

「帳が下りたな」

 

 受肉という工程を経て、その脳に溢れ出す神奈子の記憶。

 身体の動かし方。この世界を形作る、熱や湿度、面と呼ぶ概念の一端。

 溢れる力。

 それらがもたらす――

 

「広く使おう」

 

 圧倒的全能感。

 その声を、反獄王は背中から聞いた。

 

「ッ――」

「言ったろう?」

 

 反獄王の背後に回り。

 乱雑に首を掴み、そして力を込める動作すらせず。

 まるで紙を放り捨てるかのような気軽さで。

 

「――広く使おう、とな」

 

 あっという間に、反獄王の身体は空高くに飛ばされた。

 本来であれば、翼を持つ八咫烏の身体にとって、空とは本領を発揮できる第一の場である筈だった。

 二対の翼での空気抵抗の操作。

 神としての肉体が持つ浮遊の異能。

 それらを全開にしても尚、止まらぬ程の凄まじい運動エネルギー。

 上空の先には、既に諏訪子が右拳を握りしめており――

 

(神力云々じゃない!全てが変身前とは桁違いだ!!)

 

 天狗の最高速度を超えるスピードで吹っ飛ばされ続ける反獄王。

 その鳩尾に、加速した分、そして溜め込んだ分の力を全て凝縮させた、死そのもの。

 ――そして残酷にも。

 

 

 

 

(こく)   (せん)

 

 

 

 

 黒い火花は、彼女に微笑み。

 覚醒の閃光が光り輝く。

 

(膂力(パワー)も!!敏捷性(アジリティ)も!!格が違う!!)

 

 ――笑う。

 殴られた反獄王。

 諏訪子はその顔面を掴みながら。

 

「どうした?」

 

 ――嗤う。

 空中を蹴り、加速しながら。

 

「さっきまでの威勢はどこに行った!?」

 

 

 

 

 ――哂う。

 

 

 

 

「そんなものか!?怨霊!!!」

 

 ――ゲラゲラゲラゲラ!

 ただ、蹂躙するのみ。

 

「…まだ」

 

 飛びそうになる意識を、眼前の敵に向ける憎しみだけで留まらせる。

 奥歯が砕ける音がした瞬間。

 反獄王は両の手を向けて。

 回避不能。超近距離からの放熱を――

 

「――まだまだぁ!!」

 

 その両腕が一瞬で、肩まで輪切りに切断される。

 

「~~~ッ!」

 

 再生が開始するよりも先に、諏訪子が身体の加速はそのままに、空中で前転。

 更に勢いを増した蹴りが炸裂する。

 回避は勿論。受け流すことなど夢のまた夢。

 

「ほら、頑張れ頑張れ」

「ぐぎ…っ…!」

 

 打ち上げられた魚のようだった。

 無様に大の字に倒れ込み、頭を踏みつけられながら、反獄王は憎悪の籠った視線を向けた。

 再び諏訪子が足を上にあげた瞬間を狙って、核の力を解き放つ。

 

「アあ"ッ"…」

 

 地面が溶解し、まるで溶岩のように揺れ動く。

 そしてその赤い海全てが、反獄王の指の動き、八咫烏の身体に生える翼の動きと連動し、形を変える。

 その形は、巨大な人間の手の平だった。

 反獄王の異変に気づき、咄嗟に飛び上がる諏訪子を狙う。

 絶叫にも似た声を張り上げ、反獄王は力任せに、両手の平同士をぶつけた。

 

「アあ"ア"ア"ア"ア"ッッッ"!!!!!」

 

 砂が、岩が熱で融合して出来上がった天変地異、大地の殺意が炸裂し、0.1秒。

 爆発も、蒸発も起きず。ただ目の前には、そして反獄王の立つ場所を含めた辺り一帯全てに走る、斬撃。

 溶岩の逆光に照らされ、十字架の形で浮く彼女を、皆が見た。

 反獄王も。

 伊吹萃香も。

 マエリベリー・ハーンも、因幡てゐも。

 そして今も、意識を失いながらも能力の発動を停止させず、中継を続けさせている天弓千亦によって。

 その絶対的強者の姿は、大陸全土に知れ渡る。

 

 戦いに横槍を入れられた?

 …否。

 新しい肉体を、世界を手にして有頂点?

 …否。

 力も、命も、身体から魂の全てが違う。

 否。どれもが否。

 もっと漠然とした、そして愚直で夢心地な。

 

 ――今はただただ。

 ――この世界が心地良い。

 

 右手で()を指し。

 左手で()を指し、彼女は呟く。

 

 

 

 

「天上天下唯我独尊」

 

 

 

 

 右手に収束する風。

 目を見開き、ただ己の暴力性に任せた、諏訪子のその行動は。

 ただでさえ絶望の淵に立っていた反獄王に、追い打ちをかけるものだった。

 その風が生む引力も。

 殺傷能力も全て、既に見ていたものだったから。

 

(やはり使えるのか…!)

 

 ――現在。洩矢諏訪子の中には二つの能力がある。

 一つはこの世に生まれ落ち、そして執念によって鍛え上げた、斬撃特化に進化した『坤を創造する程度の能力』。

 そして黒閃を経た覚醒状態により引き出された。

 

「――神地嵐(しんちあらし)

 

 ――八坂神奈子に受肉したことで会得した『乾を創造する程度の能力』。

 風の渦が生む引力に巻き込まれ、反獄王の翼が折れる。

 体勢を崩し、万全の防御を解除されたその隙に、諏訪子は蹴りを容赦なく叩き込む。

 ――絶望は、未だ深まるばかり。

 

(同じ能力でも…時代や扱う者の表象によって差は出るが…これは逆に不味い…!)

 

 神奈子の持つ精密性を捨てた、全てを破壊力に振った理不尽の力。

 単純に組み込む技として評価するなら、徒手空拳や建築物、環境を利用し、瞬間移動のように物体と物体を自在に入れ替え、操作する神奈子の方が上。

 だが相手に直接ぶつける。相手をただただ蹂躙するという目的だけならば。

 今の諏訪子が操る力は、ある意味ではオリジナルを超えるだろう。

 

(だが今はむしろ…!)

 

 ――受肉による変身。()()()()()

 あくまでも、諏訪子は融合による強化と同時に、損傷していた肉体を全快の状態に戻し、動いているだけ。

 神奈子との戦いで、連続使用したことによって再生能力(反転術式)の出力は、最低の状態のまま。

 切り傷でさえ治すのに時間がかかり、欠損した部位など、完全に生やすには数分はかかる程。

 ――つまり、今も諏訪子の脳。領域を司る脳は、神の御威光で破壊されたまま。

 

(唯一の勝機。そしてそれを防がれる最悪の事態…それは領域展開によって、私の能力が無効化され、肉体を乗っ取る力が使えなくなること…!)

 

 どれほど身体を刻まれようが。

 あの境界(せかい)を断つ斬撃でさえ、直撃しなければそれでいい。

 むしろ、細かく刻むならば好都合。

 

(細かく切り離した私の破片…それを誰でも…それこそ人間や雑魚妖怪でもいい。倒したと思わせ、油断させ…それに潜伏して時を待つ…!)

 

 ――洩矢諏訪子に、もう領域は使えない。

 八坂神奈子は二度の黒閃による覚醒状態で、特異な反転術式回路を構築。

 通常とは異なる脳の部位へ、その運用と負担を分散し、失った反転術式の出力を取り戻した。

 ()()

 反獄王の予想は正しい。

 実際、黒閃を決めたとはいえ、今の諏訪子はたった一度だけの黒閃と、それ相応の深さのゾーン状態。

 反転術式の出力も取り戻せておらず、領域を司る脳は未だ破壊され、機能しないまま。

 つまり反獄王が唯一この場から生き延びる手段。

 そしてそれを封じることができる唯一の対抗手段を、諏訪子は使えない。

 

(それ以外は最悪だが……領域が使えないだけで充分…!絶対に――)

 

 だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よう)(らく)()()()

 

 だがそれでも。

 

 王の領域は黒い火花と共に。

 ――主の元へ回帰していた。

 

 神の御威光の影響のない脳。演算領域の部位での能力と結界術の運用。

 不確定要素と数多の懸念を『その場から一歩も動かない』という即席の縛りを含めて尚。

 効果範囲も出力も落とすことなく、諏訪子の領域『瓔珞黄泉路』を再現している。

 

「ッ!?なっ……」

 

 ――()()

 諏訪子が不動明王印を結んだのを見た瞬間。

 反獄王は掌印の破棄、諏訪子のように数多の即席の縛りを科すことで、瓔珞黄泉路の必中命令がぶつかるよりも前に、その身を領域から守るため、迎え撃つように同じく領域を展開する。

 

「ッ――領域…」

 

 反獄王の心象風景が、乗っ取った八咫烏の力が倍増し、身を守る鎧に変化する。

 次の瞬間。瓔珞黄泉路のオブジェクトは崩れ、その中身が溢れ出した。

 領域展開とは、その者の心象風景。そして能力の核心とも呼ぶべき真髄を具現化させ、どれだけ洗練されたものにできるかが鍵となる。

 それに比べ、今の諏訪子の領域はどうだろうか。

 洗練されたデザイン。御廚子にも似た、神聖さを感じる造形を保っていたのは最初だけ。

 次の瞬間。異形、奇形としか言えぬような造形の肉が、二対の目を持つ人間の頭部のような何かが、内側から食い破るように出現する。

 骨が、肉が。

 充血した目からは粘性の強い血が流れ、たちまち崩れていく。

 

(見るからに不完全な領域…!何か穴がある!ここは耐える!!)

 

 反獄王の目論見は当たっている。

 諏訪子はこの土壇場でも結界術、領域の難易度、効果範囲から能力の出力、全ての難易度を下げておらず。全てが全盛の威力のまま。

 能力の出力を下げる。領域の効果範囲を狭める。必中命令の削減。

 領域の難易度を下げ、代わりに継続時間を延ばす数多の選択肢がある中で、諏訪子はこれらの甘えを捨て、あえて高難易度の領域を展開している。

 目的はわからない。

 しかしその選択はむしろ。反獄王にとっては功を奏すものだ。

 ――99秒。

 

 99秒後、瓔珞黄泉路は崩壊する。

 

 塗り替える必要はなく。

 ただ相手の領域が持つ必中命令、それから身を隠すだけの為、反獄王は領域を展開。

 必中命令を破棄し、その分押し合いに特化した延命の為だけに展開する領域。

 ()()

 

「展か――」

 

 

 

 

 領域()では互角。

 

 

 

 

 瓔珞黄泉路の効果範囲は、反獄王の後出しの領域の外殻、必中命令の更に外側に達する。

 これだけであれば、ただ押し合いを制するか否かの話であり。

 結界を閉じた領域ならまだしも、諏訪子も反獄王も、両者が共に結界を閉じずに心象風景を具現化している為、外殻の破壊による、領域の強制破壊は起こり得ない。

 閉じない領域。必中命令同士の、時間経過による領域の綱引きが成立し、時間と技術の勝負となる。

 ――筈だった。

 

 瓔珞黄泉路は他の者の領域と違い、具現化した心象風景で現実世界を書き換えない。

 結界を閉じず領域を展開し、本来心象風景が辺りの空間に及ぼす影響。

 領域を展開すると同時に、心象風景を一つのオブジェクトとして圧縮、具現化という異例の手順。

 

 領域の必中対象である反獄王以外、そこにあった瓦礫を含めた、現実世界に存在する物質を書き換えない。

 ――具現化するのは、心象風景のオブジェクト()()

 本来領域を展開した際、巻き込まれた現実世界は地面、建造物は全て領域を展開した者の心象風景によって上書きされ、そこには存在しないものとして扱われる。現に神奈子の瞻仰空無は必中範囲内、全ての現実世界を『空』のみで埋めつくしていた。

 ――加えて諏訪子は『無生物のみを閉じ込める』という特殊な領域の対内条件を作り上げることにより、領域に巻き込んだ現実世界の物質を、()()すらも外に逃がさないようにもしている。

 

「――クヒッ」

 

 洩矢諏訪子の持つ異能『坤を創造する程度の能力』が至った極地。

 『洩矢の鉄の輪』が辿り着いた御形。

 それが生み出す斬撃が、領域内でのみ発生する力は二種類。

 

 必中効果範囲内の無生物には『洩矢の鉄の輪・(ハチ)』が。

 そして生物には『境界(せかい)を断絶する(カイ)』が。

 

 瓔珞黄泉路が消えるまで。

 ――絶え間なく浴びせられる。

 

(耐えろ…)

 

 (カイ)(ハチ)が織り成す斬撃の嵐。

 本来であれば発生しない筈の、閉じない領域の崩壊。

 それに呆気に取られた、一瞬の間に――

 

(耐えろ…!)

 

 境界(せかい)を断絶する(カイ)が、反獄王の領域を切り裂く。

 魂を。

 身体と結びつく己の力が、切断されていく。

 

(耐えろ…!!)

 

 空間、世界の断絶に巻き込まれ、押し合いすらもままならず、一瞬で崩壊する己の領域を見た反獄王は、防御や回避を諦め、耐久戦に賭けることにした。

 反獄王の全身を、魂を斬撃が襲う。

 八咫烏の力を、八咫烏以上に使いこなしたとしても埋められぬ、圧倒的な格差。

 

(耐えろ!!)

 

 境界(せかい)を切り離し、完全に支配したと思っていた八咫烏の身体から、反獄王の本体が引き剥がされる。

 腕を、胸を。

 翼から足にかけて、細胞単位で刻まれる己の魂と結びつく肉体。

 反獄王は襲い掛かる痛みに絶叫しながら、ただひたすらにしがみつく。

 何度も何度も憑りつき直し、何度も何度も身体を支配し直す。

 

(壊れた傍から…離れた傍から治していけ…!)

 

 諏訪子の肉体を中心として、空中に漂う瓦礫から地面、全ての物質が粉塵となる程の濃密な、超密度の斬撃の雨。

 勿論。それ以上の量を、威力を持った斬撃を反獄王が襲っているが、それでも反獄王は生きていた。

 八咫烏という、恵まれた身体の持つ純粋な強度。

 再生能力と、怨霊という種族であるが故の、肉体に依存しない存在の確固。

 数多の怨みを統合させた、反獄王という生物だからこそできる、命のストックという概念。

 それが、凄まじい勢いで消えていく。

 

(耐えろ!!)

 

 ストックが半分を切った。

 数万、数十万と融合し、溶けあった数多の意識たちが、無情にも一刀両断されていく。

 己の中の憎しみが、薄れていくのを感じた。

 己の力が、命の輝きが消えていく。

 ――死。

 

(――耐えろ!!)

 

 100――

 70――

 32――

 そして。

 

(耐え…)

 

 ようやく訪れた99秒後。

 反獄王の魂、その命のストックが二つになった瞬間。

 ――瓔珞黄泉路が崩壊した。

 

(!?斬撃が止んだ!)

 

 血涙を流す二対の怪物。

 その心象風景のオブジェクトは消え、既に見る影もなくなった。

 斬撃は止まり、粉塵が舞い散るその向こう。

 八割が崩れ、もはや必中命令も下せない程に弱まった領域のオブジェクト。

 その前に立つ諏訪子は、両の手を上にあげ――

 

(耐えきっ――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちの勝ちだ」

 

 それを見た幸運を呼ぶ少女、因幡てゐが零した勝利宣言。

 その言葉に共鳴するかのように、辺り一帯を赤い光が覆いつくす。

 次に、反獄王が全身で感じ取ったのは――熱。

 同時に。――諏訪子の両手が赤く輝く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍛造。

 鉄輪は今も、諏訪子の右手の中で回転を続けている。

 領域展開。そしてその強化向上によって、何十倍にも増す回転速度が、擬似的な転炉反応を引き起こし、その力を手にするに至る。

 坤を貫き。

 鉄と兵器の力に特化し。

 応用を捨てた、一つを極めて辿り着いた極地。

 『(カイ)』と『(ハチ)』の鍛造工程を経て。

 ――そして初めて『■』の扉は開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『■』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『■』の炎。

 所詮は鉄輪が持つ熱でしかないそれは、火力に対して速度がなく、効果範囲が狭い。

 故に諏訪子は、これらの問題点を解決する為、即席である縛りを己に科した。

 これにより諏訪子は領域展開の際、瓔珞黄泉路の必中範囲内に巻き込まれ、斬撃によって粉塵化した物質全てに、己の神力を纏わせることに成功。

 ――『領域展開中を除く、多対一での「■」の実行禁止』――

 この縛りにより、領域『瓔珞黄泉路』の能力を拡張。斬撃に巻き込まれたあらゆる物質、地面を含め粉塵化したそれは、『■』と同様の爆発性の神力を帯びる。

 

 その恩恵は。共振とも呼ぶべき、領域内の物質の爆薬変化。

 サーモバリック爆薬と化した粉塵は領域の隅々に散らばり。

 そしてそれらは、これから開く『■』の予備動作、回転する鉄輪の収束反応によって集まり、領域範囲から出ることは無く、爆発力を高めている。

 

 境界(せかい)を断絶する(カイ)による反作用。

 『■』の熱により。

 爆轟遷移。

 刹那の高温。

 衝撃波、減圧と超加圧で、領域内の全ての生物を死に至らしめる。

 これは文字通りの。

 ――洩矢諏訪子の最終奥義。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(イグニ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

(フーガ)

 


 

 それは、境界(せかい)を溶融する。

 ――万死の炎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空に巨大な穴が空いた。

 深紅の閃光。炎柱が、天高く舞い上がる。

 力の奔流。神秘全盛古代の世に、科学を利用した爆殺の暴力が炸裂した。

 

「あ…」

 

 皮肉にも、太陽の光にも似た、淡く、白く輝く破壊の柱。

 声にならない音を零し、脱力して座り込む反獄王の本体の前で、八咫烏だったものが。

 完全憑依を剥がされ、そして祟り神として取り込まれた八咫烏を、反獄王はただ茫然として見るだけ。

 反獄王の命のストック――

 

「……ぁ」

 

 ――残りは一つ。

 次に死ねば。

 いや、もはや次などないのだと。

 ――目の前で見下ろす彼女の、冷たい視線が示していた。

 

「……ぁ、あぁぁぁ」

「何を見ている」

 

 四つん這いのまま。

 情けなく。

 みっともなく。

 無様に逃げ出そうとした彼女に、諏訪子は追いかける視線を向けることなく。

 興味をなくしたように、そして心底どうでもいいかのように。

 赤子のようにぐずり、泣きながら駆け出す反獄王に――

 背中を向けて、一言。

 

 

 

 

「ぁぁぁああああ――!」

()ね」

 

 

 

 

 ――キンッ

 反獄王の最後の命。残された一つの命のストックを。

 まるで虫でも潰すかのような動作。適当な動きで指を動かし、首を切る。

 それだけで、反獄王だったものは、物言わぬ骸となり果てる。

 怨念を失い、生きる理由を、存在意義を失い。

 ――死体すら残らぬ、哀れな最期を遂げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱の余韻が未だに冷めぬ。

 決戦の跡地。最強を刻んだ諏訪の地を、彼女は歩く。

 王たる風貌。

 勝者たる気配を纏い、堂々と歩みを進めていた。

 

「……」

 

 以前とは全てが違う。

 気配も。

 力も。

 全ての格が違う。

 

「てゐ」

 

 瀕死だった。

 腕もなくなった。

 心臓も止まって、本当に死んだのかと思った。

 あの時の衝動。

 困惑と否定。感情の嵐を。

 両腕を広げて、首をかしげる諏訪子が忘れさせる。

 

「ただいま」

 

 ――これにて決着。

 真の決着と、そして勝者の決定が定められる。

 既に意識を完全に取り戻し、復活していた千亦が、諏訪子に気づかれぬよう、離れた位置から撮影を続け、その御形を世界に広める。

 人外魔境諏訪決戦。

 史上最強の国津神と、古代最強の土着神。

 両者が競い、戦い、その果てに至った一つの結末。

 古代から始まった、ある一つの物語。

 史実を、未来を捻じ曲げ、至ったifの世界。

 

「…心配させるな。馬鹿」

「へへ」

 

 ――負け戦を回避し。

 にへらと笑った諏訪子の頬を。

 とりあえずてゐは、涙の滲んだ目で、思いっ切りつねってやった。




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 領域解説
①瓔珞→ 宝石などを連ねて編み、仏像の頭・首・胸などにかけた飾り。
②黄泉路→ 黄泉へ行く道。冥土への道。
土着神、祟り神らしい要素と呪術要素を掛け合わせて出来上がりました。

 「(イグニ)」「(フーガ)
元ネタは言わずもがな、両面宿儺の奥義である「(カミノ)」と「(フーガ)
宿儺は料理、なら諏訪子ナイズして鍛造にしようということで竈→カミーノ(ラテン語)…?という考察にあやかった炉、篝火→イグニス(ラテン語)から採用。

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
  • アニメの内容(渋谷事変)まで
  • あまり知らない(領域展開は知ってる)
  • 全部わかる
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