【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
あと4話くらいで完結ですかね。
全身の細胞が絶叫したかのようだった。
身の毛がよだつなんて次元じゃないと、反獄王は己の中で暴れる生存本能に従い、全速力で飛び上がる。
八咫烏の身体能力、飛行能力によって地面が一直線に黒く焼け焦げ、何十mと離れてようやく、その異変の全容を把握した。
目の前、先ほど背後にあったあの死体はなく。
あるのは生前。否、全盛期の
――
目の前に立つのは、間違いなく洩矢諏訪子そのもの。
だがその背後に――八坂神奈子の亡霊を見た。
反獄王。八咫烏の身体に再び変化が起こる。
胸の中心から、巨大な深紅の目が隆起し、禍々しい光を放つと共に、不可視の光線が放たれる。
太陽の異能。そしてその応用技術で再現した、対象の物質強度、耐久性等を暴ける解析の瞳。
(八坂神奈子とは異質の強さ…圧倒的邪悪!!)
――互いの一挙手一投足が、全て死因になり得る恐怖!!
それを放ちながら、諏訪子の身体もまた、少しずつ変わっていく。
黒に近い橙色のアイライン。
そして同心円状に変化した目の下から、頬の上を走る、アイラインと同じ橙色の蛇皮紋様。
背後には、八坂神奈子が持っていたものと同じ。――巨大な注連縄が浮かんでいる。
否。
同じだったのは一瞬で、まるで繭を破って生まれるかのように、注連縄の内面から、巨大な鉄輪が注連縄を切り裂きながら現れる。
形を失って落ちる注連縄。その繊維は、まるで生きているかのように自在に動き、鉄輪の内側を這うようにして循環を開始する。
諏訪子から見て左側。一房髪に纏わりつくミシャグジも、諏訪子の回復に連動し、同じく復活を遂げていた。
最悪の予想。
反獄王が薄っすらと感じ取っていた異変の正体は、数多の選択肢の中でも最悪のものだった。
いつ。
いつその布石を用意できた?
…いや、そんなことができるタイミングは一つしかない。
あの時『洩矢の鉄の輪・
(八坂神奈子の死体が消えている…かなりの距離があった。触れることすらできなかった筈。なのに受肉を成功させた…つまりこいつはあの時既に、神奈子の魂と繋がっていた状態だった…!)
反獄王の目の前では受肉を――融合を果たした諏訪子がいる。
八咫烏の身体、第三の目を使い、太陽光――X線を利用し、変身を果たした諏訪子の解析を終えた反獄王の目に映った。
――"完全無欠"――
背後に浮かぶ巨大な鉄輪、注連縄だったものが自在に形を変え、ある形に固定されると共に、その効力を発揮する。
諏訪子のと同じ、腕と全く同じ形に変化した注連縄は、不動明王印を結び続け。
そしてその一房髪に巻き付くのは、洩矢諏訪子と一心同体となった土着呪霊――ミシャグジ。
掌印を結んでいても両の手が空となる。
心肺に負担をかけず、祝詞の詠唱を絶え間なく続ける。
腕と口が通常の倍あることは、戦いにおいてこれ以上ない優位性となり。
加えて諏訪子は、これだけ複雑な肉体の構成を保っておきながら、一切の処理演算能力を損なっていない。
ただ腕を増やし、ただ口を足して使う後付けの肉体とは違う。
正真正銘の、本来の自分が持つ肉体だからこそできる反射。
「……あぁ」
その御形。
その真なる姿を見て、萃香は呆然とする。
反獄王が天叢雲剣を手に、諏訪子に突進する。
剣を振り下ろし、残る自由な左手に、太陽による必殺の力を宿し、振るう一瞬の行動。
その瞬間に、萃香は思わず声を漏らした。
「……なんて」
"没収"を解除し、再び世に舞い降りた神具・八栄鈴を口に咥える。
まるで舞のように動く右腕。
武の達人が見せる、芸術とも言える左腕で迎え撃つ動き。
背後の両腕が、咄嗟に掌印を解く一連の流れ。
――その全てが。
「――なんて美しいんだ」
奇しくも、勇儀と同じ言葉を漏らした。
諏訪子が左手で天叢雲剣の刀身、その側面に触れて受け流す。
残る背後の両腕が、反獄王の左拳を抑え込み、一切の反撃を許さない膠着状態に持ち込ませる。
そして無防備になった鳩尾を、諏訪子の右拳が穿つ。
反獄王の身体が浮いたのは一瞬で。
そこから流れるように、残る三本の腕が続いて鳩尾を貫いた。
「ヅッ…アア"!!」
――今までのとは威力が桁違いだ…!
単純な膂力だけなら、合体した分、神奈子を超える程のもの。
それどころか諏訪子の分の神力が加算され、更には瘴気による防御の実質無効化。
反獄王の魂、そして決して弱いとは言えない、それどころか時代によっては"最強"の名を手にするであろう八咫烏の身体を、ここまで簡単に綻ばせる力。
観察などもういらない。そう判断してからは早かった。
「"
反獄王の右腕に再び、制御棒の形に似た原子の光が収束する。
祝詞の解禁と共に、それを諏訪子に向けて、反獄王は全力の、八咫烏の力に己の技術を加算させた、最高峰の衝撃波を放とうとした。
その威力は、神の御威光に匹敵する程。
諏訪子はそれの"起こり"を察知し、祝詞を聞いてからようやく、背後にある両腕を動かし、鈴は左手に再び不動明王の掌印を結ぶ。
そして、残る右手を反獄王に向け――
「避けろよ?」
【"
反獄王のとは違い、一瞬のタイムラグなしに終えた祝詞の詠唱。
諏訪子の髪に纏わりつく、小さく変化し、同化したミシャグジが肩代わりする祝詞。
そして既に、背後の両腕が不動明王印を結んでいることによって、
条件は、不動明王印を結ぶか祝詞を詠唱し、術の指向性を手掌で設定すること。
不動明王印を結び、手掌を向けている時点で条件は満たされている。だからこそ、追加した祝詞による強化向上の恩恵は凄まじい。
「ッ焔星・十凶星――!」
反獄王が放つ太陽の炎。
それは放たれて0.1秒後、トップスピードに乗って諏訪子に襲い掛かる寸前。
手掌を向ける先。
「洩矢の鉄の輪――」
諏訪子の放つ斬撃が。
「
太陽をあまりに呆気なく、一瞬で一刀両断してみせた。
「ヅ…!(完全憑依が剥がされかけた…!)」
諏訪子の「避けろよ」という言葉に従い、反獄王は咄嗟にエネルギーの放出を緊急停止した。
その後全速力で横に移動することで、その巨大な斬撃を避けることができた。
しかし。
ほんの一瞬、手の小指が掠っただけにも関わらず、反獄王は今確かに、八咫烏の身体の支配を、右腕だけとはいえ解除された。
既に支配は取り戻したが、もしもあれを全身で喰らえば――
もしも…など考えたくもない絶技だ。
咄嗟の縛りによって、使用難易度が上がったとはいえあまりにも理不尽。
これが、土着神の頂点たる彼女が、神としての恵みの力を捨て、一つを極めた先。
対象を切るなどという、世に溢れる平凡なそれとは一線を画する。
この世界に存在する大気、空間には熱や湿度の違いによって"面"が生まれる。
生物、無生物には全て、そこを突けば崩壊を逃れられぬ弱点である"目"が存在する。
そしてそれら空間…世界に存在し、そして空間…世界を形作る源である"境界"がある。
それを感知し。
それを切り裂き。
それを利用し、空間…世界の仕様を逆手に取り、全てを断絶する――
(これが八坂神奈子を終わらせた……)
――
「帳が下りたな」
受肉という工程を経て、その脳に溢れ出す神奈子の記憶。
身体の動かし方。この世界を形作る、熱や湿度、面と呼ぶ概念の一端。
溢れる力。
それらがもたらす――
「広く使おう」
圧倒的全能感。
その声を、反獄王は背中から聞いた。
「ッ――」
「言ったろう?」
反獄王の背後に回り。
乱雑に首を掴み、そして力を込める動作すらせず。
まるで紙を放り捨てるかのような気軽さで。
「――広く使おう、とな」
あっという間に、反獄王の身体は空高くに飛ばされた。
本来であれば、翼を持つ八咫烏の身体にとって、空とは本領を発揮できる第一の場である筈だった。
二対の翼での空気抵抗の操作。
神としての肉体が持つ浮遊の異能。
それらを全開にしても尚、止まらぬ程の凄まじい運動エネルギー。
上空の先には、既に諏訪子が右拳を握りしめており――
(神力云々じゃない!全てが変身前とは桁違いだ!!)
天狗の最高速度を超えるスピードで吹っ飛ばされ続ける反獄王。
その鳩尾に、加速した分、そして溜め込んだ分の力を全て凝縮させた、死そのもの。
――そして残酷にも。
黒い火花は、彼女に微笑み。
覚醒の閃光が光り輝く。
(
――笑う。
殴られた反獄王。
諏訪子はその顔面を掴みながら。
「どうした?」
――嗤う。
空中を蹴り、加速しながら。
「さっきまでの威勢はどこに行った!?」
――哂う。
「そんなものか!?怨霊!!!」
――ゲラゲラゲラゲラ!
ただ、蹂躙するのみ。
「…まだ」
飛びそうになる意識を、眼前の敵に向ける憎しみだけで留まらせる。
奥歯が砕ける音がした瞬間。
反獄王は両の手を向けて。
回避不能。超近距離からの放熱を――
「――まだまだぁ!!」
その両腕が一瞬で、肩まで輪切りに切断される。
「~~~ッ!」
再生が開始するよりも先に、諏訪子が身体の加速はそのままに、空中で前転。
更に勢いを増した蹴りが炸裂する。
回避は勿論。受け流すことなど夢のまた夢。
「ほら、頑張れ頑張れ」
「ぐぎ…っ…!」
打ち上げられた魚のようだった。
無様に大の字に倒れ込み、頭を踏みつけられながら、反獄王は憎悪の籠った視線を向けた。
再び諏訪子が足を上にあげた瞬間を狙って、核の力を解き放つ。
「アあ"ッ"…」
地面が溶解し、まるで溶岩のように揺れ動く。
そしてその赤い海全てが、反獄王の指の動き、八咫烏の身体に生える翼の動きと連動し、形を変える。
その形は、巨大な人間の手の平だった。
反獄王の異変に気づき、咄嗟に飛び上がる諏訪子を狙う。
絶叫にも似た声を張り上げ、反獄王は力任せに、両手の平同士をぶつけた。
「アあ"ア"ア"ア"ア"ッッッ"!!!!!」
砂が、岩が熱で融合して出来上がった天変地異、大地の殺意が炸裂し、0.1秒。
爆発も、蒸発も起きず。ただ目の前には、そして反獄王の立つ場所を含めた辺り一帯全てに走る、斬撃。
溶岩の逆光に照らされ、十字架の形で浮く彼女を、皆が見た。
反獄王も。
伊吹萃香も。
マエリベリー・ハーンも、因幡てゐも。
そして今も、意識を失いながらも能力の発動を停止させず、中継を続けさせている天弓千亦によって。
その絶対的強者の姿は、大陸全土に知れ渡る。
戦いに横槍を入れられた?
…否。
新しい肉体を、世界を手にして有頂点?
…否。
力も、命も、身体から魂の全てが違う。
否。どれもが否。
もっと漠然とした、そして愚直で夢心地な。
――今はただただ。
――この世界が心地良い。
右手で
左手で
右手に収束する風。
目を見開き、ただ己の暴力性に任せた、諏訪子のその行動は。
ただでさえ絶望の淵に立っていた反獄王に、追い打ちをかけるものだった。
その風が生む引力も。
殺傷能力も全て、既に見ていたものだったから。
(やはり使えるのか…!)
――現在。洩矢諏訪子の中には二つの能力がある。
一つはこの世に生まれ落ち、そして執念によって鍛え上げた、斬撃特化に進化した『坤を創造する程度の能力』。
そして黒閃を経た覚醒状態により引き出された。
「――
――八坂神奈子に受肉したことで会得した『乾を創造する程度の能力』。
風の渦が生む引力に巻き込まれ、反獄王の翼が折れる。
体勢を崩し、万全の防御を解除されたその隙に、諏訪子は蹴りを容赦なく叩き込む。
――絶望は、未だ深まるばかり。
(同じ能力でも…時代や扱う者の表象によって差は出るが…これは逆に不味い…!)
神奈子の持つ精密性を捨てた、全てを破壊力に振った理不尽の力。
単純に組み込む技として評価するなら、徒手空拳や建築物、環境を利用し、瞬間移動のように物体と物体を自在に入れ替え、操作する神奈子の方が上。
だが相手に直接ぶつける。相手をただただ蹂躙するという目的だけならば。
今の諏訪子が操る力は、ある意味ではオリジナルを超えるだろう。
(だが今はむしろ…!)
――受肉による変身。
あくまでも、諏訪子は融合による強化と同時に、損傷していた肉体を全快の状態に戻し、動いているだけ。
神奈子との戦いで、連続使用したことによって
切り傷でさえ治すのに時間がかかり、欠損した部位など、完全に生やすには数分はかかる程。
――つまり、今も諏訪子の脳。領域を司る脳は、神の御威光で破壊されたまま。
(唯一の勝機。そしてそれを防がれる最悪の事態…それは領域展開によって、私の能力が無効化され、肉体を乗っ取る力が使えなくなること…!)
どれほど身体を刻まれようが。
あの
むしろ、細かく刻むならば好都合。
(細かく切り離した私の破片…それを誰でも…それこそ人間や雑魚妖怪でもいい。倒したと思わせ、油断させ…それに潜伏して時を待つ…!)
――洩矢諏訪子に、もう領域は使えない。
八坂神奈子は二度の黒閃による覚醒状態で、特異な反転術式回路を構築。
通常とは異なる脳の部位へ、その運用と負担を分散し、失った反転術式の出力を取り戻した。
反獄王の予想は正しい。
実際、黒閃を決めたとはいえ、今の諏訪子はたった一度だけの黒閃と、それ相応の深さのゾーン状態。
反転術式の出力も取り戻せておらず、領域を司る脳は未だ破壊され、機能しないまま。
つまり反獄王が唯一この場から生き延びる手段。
そしてそれを封じることができる唯一の対抗手段を、諏訪子は使えない。
(それ以外は最悪だが……領域が使えないだけで充分…!絶対に――)
だが。
――それでも。
「領域展開」
『
だがそれでも。
王の領域は黒い火花と共に。
――主の元へ回帰していた。
神の御威光の影響のない脳。演算領域の部位での能力と結界術の運用。
不確定要素と数多の懸念を『その場から一歩も動かない』という即席の縛りを含めて尚。
効果範囲も出力も落とすことなく、諏訪子の領域『瓔珞黄泉路』を再現している。
「ッ!?なっ……」
――
諏訪子が不動明王印を結んだのを見た瞬間。
反獄王は掌印の破棄、諏訪子のように数多の即席の縛りを科すことで、瓔珞黄泉路の必中命令がぶつかるよりも前に、その身を領域から守るため、迎え撃つように同じく領域を展開する。
「ッ――領域…」
反獄王の心象風景が、乗っ取った八咫烏の力が倍増し、身を守る鎧に変化する。
次の瞬間。瓔珞黄泉路のオブジェクトは崩れ、その中身が溢れ出した。
領域展開とは、その者の心象風景。そして能力の核心とも呼ぶべき真髄を具現化させ、どれだけ洗練されたものにできるかが鍵となる。
それに比べ、今の諏訪子の領域はどうだろうか。
洗練されたデザイン。御廚子にも似た、神聖さを感じる造形を保っていたのは最初だけ。
次の瞬間。異形、奇形としか言えぬような造形の肉が、二対の目を持つ人間の頭部のような何かが、内側から食い破るように出現する。
骨が、肉が。
充血した目からは粘性の強い血が流れ、たちまち崩れていく。
(見るからに不完全な領域…!何か穴がある!ここは耐える!!)
反獄王の目論見は当たっている。
諏訪子はこの土壇場でも結界術、領域の難易度、効果範囲から能力の出力、全ての難易度を下げておらず。全てが全盛の威力のまま。
能力の出力を下げる。領域の効果範囲を狭める。必中命令の削減。
領域の難易度を下げ、代わりに継続時間を延ばす数多の選択肢がある中で、諏訪子はこれらの甘えを捨て、あえて高難易度の領域を展開している。
目的はわからない。
しかしその選択はむしろ。反獄王にとっては功を奏すものだ。
――99秒。
99秒後、瓔珞黄泉路は崩壊する。
塗り替える必要はなく。
ただ相手の領域が持つ必中命令、それから身を隠すだけの為、反獄王は領域を展開。
必中命令を破棄し、その分押し合いに特化した延命の為だけに展開する領域。
「展か――」
領域
瓔珞黄泉路の効果範囲は、反獄王の後出しの領域の外殻、必中命令の更に外側に達する。
これだけであれば、ただ押し合いを制するか否かの話であり。
結界を閉じた領域ならまだしも、諏訪子も反獄王も、両者が共に結界を閉じずに心象風景を具現化している為、外殻の破壊による、領域の強制破壊は起こり得ない。
閉じない領域。必中命令同士の、時間経過による領域の綱引きが成立し、時間と技術の勝負となる。
――筈だった。
瓔珞黄泉路は他の者の領域と違い、具現化した心象風景で現実世界を書き換えない。
結界を閉じず領域を展開し、本来心象風景が辺りの空間に及ぼす影響。
領域を展開すると同時に、心象風景を一つのオブジェクトとして圧縮、具現化という異例の手順。
領域の必中対象である反獄王以外、そこにあった瓦礫を含めた、現実世界に存在する物質を書き換えない。
――具現化するのは、心象風景のオブジェクト
本来領域を展開した際、巻き込まれた現実世界は地面、建造物は全て領域を展開した者の心象風景によって上書きされ、そこには存在しないものとして扱われる。現に神奈子の瞻仰空無は必中範囲内、全ての現実世界を『空』のみで埋めつくしていた。
――加えて諏訪子は『無生物のみを閉じ込める』という特殊な領域の対内条件を作り上げることにより、領域に巻き込んだ現実世界の物質を、
「――クヒッ」
洩矢諏訪子の持つ異能『坤を創造する程度の能力』が至った極地。
『洩矢の鉄の輪』が辿り着いた御形。
それが生み出す斬撃が、領域内でのみ発生する力は二種類。
必中効果範囲内の無生物には『洩矢の鉄の輪・
そして生物には『
瓔珞黄泉路が消えるまで。
――絶え間なく浴びせられる。
(耐えろ…)
本来であれば発生しない筈の、閉じない領域の崩壊。
それに呆気に取られた、一瞬の間に――
(耐えろ…!)
魂を。
身体と結びつく己の力が、切断されていく。
(耐えろ…!!)
空間、世界の断絶に巻き込まれ、押し合いすらもままならず、一瞬で崩壊する己の領域を見た反獄王は、防御や回避を諦め、耐久戦に賭けることにした。
反獄王の全身を、魂を斬撃が襲う。
八咫烏の力を、八咫烏以上に使いこなしたとしても埋められぬ、圧倒的な格差。
(耐えろ!!)
腕を、胸を。
翼から足にかけて、細胞単位で刻まれる己の魂と結びつく肉体。
反獄王は襲い掛かる痛みに絶叫しながら、ただひたすらにしがみつく。
何度も何度も憑りつき直し、何度も何度も身体を支配し直す。
(壊れた傍から…離れた傍から治していけ…!)
諏訪子の肉体を中心として、空中に漂う瓦礫から地面、全ての物質が粉塵となる程の濃密な、超密度の斬撃の雨。
勿論。それ以上の量を、威力を持った斬撃を反獄王が襲っているが、それでも反獄王は生きていた。
八咫烏という、恵まれた身体の持つ純粋な強度。
再生能力と、怨霊という種族であるが故の、肉体に依存しない存在の確固。
数多の怨みを統合させた、反獄王という生物だからこそできる、命のストックという概念。
それが、凄まじい勢いで消えていく。
(耐えろ!!)
ストックが半分を切った。
数万、数十万と融合し、溶けあった数多の意識たちが、無情にも一刀両断されていく。
己の中の憎しみが、薄れていくのを感じた。
己の力が、命の輝きが消えていく。
――死。
(――耐えろ!!)
100――
70――
32――
そして。
(耐え…)
ようやく訪れた99秒後。
反獄王の魂、その命のストックが二つになった瞬間。
――瓔珞黄泉路が崩壊した。
(!?斬撃が止んだ!)
血涙を流す二対の怪物。
その心象風景のオブジェクトは消え、既に見る影もなくなった。
斬撃は止まり、粉塵が舞い散るその向こう。
八割が崩れ、もはや必中命令も下せない程に弱まった領域のオブジェクト。
その前に立つ諏訪子は、両の手を上にあげ――
(耐えきっ――)
「私たちの勝ちだ」
それを見た幸運を呼ぶ少女、因幡てゐが零した勝利宣言。
その言葉に共鳴するかのように、辺り一帯を赤い光が覆いつくす。
次に、反獄王が全身で感じ取ったのは――熱。
同時に。――諏訪子の両手が赤く輝く。
鍛造。
鉄輪は今も、諏訪子の右手の中で回転を続けている。
領域展開。そしてその強化向上によって、何十倍にも増す回転速度が、擬似的な転炉反応を引き起こし、その力を手にするに至る。
坤を貫き。
鉄と兵器の力に特化し。
応用を捨てた、一つを極めて辿り着いた極地。
『
――そして初めて『■』の扉は開かれる。
『■』の炎。
所詮は鉄輪が持つ熱でしかないそれは、火力に対して速度がなく、効果範囲が狭い。
故に諏訪子は、これらの問題点を解決する為、即席である縛りを己に科した。
これにより諏訪子は領域展開の際、瓔珞黄泉路の必中範囲内に巻き込まれ、斬撃によって粉塵化した物質全てに、己の神力を纏わせることに成功。
――『領域展開中を除く、多対一での「■」の実行禁止』――
この縛りにより、領域『瓔珞黄泉路』の能力を拡張。斬撃に巻き込まれたあらゆる物質、地面を含め粉塵化したそれは、『■』と同様の爆発性の神力を帯びる。
その恩恵は。共振とも呼ぶべき、領域内の物質の爆薬変化。
サーモバリック爆薬と化した粉塵は領域の隅々に散らばり。
そしてそれらは、これから開く『■』の予備動作、回転する鉄輪の収束反応によって集まり、領域範囲から出ることは無く、爆発力を高めている。
『■』の熱により。
爆轟遷移。
刹那の高温。
衝撃波、減圧と超加圧で、領域内の全ての生物を死に至らしめる。
これは文字通りの。
――洩矢諏訪子の最終奥義。
それは、
――万死の炎。
空に巨大な穴が空いた。
深紅の閃光。炎柱が、天高く舞い上がる。
力の奔流。神秘全盛古代の世に、科学を利用した爆殺の暴力が炸裂した。
「あ…」
皮肉にも、太陽の光にも似た、淡く、白く輝く破壊の柱。
声にならない音を零し、脱力して座り込む反獄王の本体の前で、八咫烏だったものが。
完全憑依を剥がされ、そして祟り神として取り込まれた八咫烏を、反獄王はただ茫然として見るだけ。
反獄王の命のストック――
「……ぁ」
――残りは一つ。
次に死ねば。
いや、もはや次などないのだと。
――目の前で見下ろす彼女の、冷たい視線が示していた。
「……ぁ、あぁぁぁ」
「何を見ている」
四つん這いのまま。
情けなく。
みっともなく。
無様に逃げ出そうとした彼女に、諏訪子は追いかける視線を向けることなく。
興味をなくしたように、そして心底どうでもいいかのように。
赤子のようにぐずり、泣きながら駆け出す反獄王に――
背中を向けて、一言。
「ぁぁぁああああ――!」
「
――キンッ
反獄王の最後の命。残された一つの命のストックを。
まるで虫でも潰すかのような動作。適当な動きで指を動かし、首を切る。
それだけで、反獄王だったものは、物言わぬ骸となり果てる。
怨念を失い、生きる理由を、存在意義を失い。
――死体すら残らぬ、哀れな最期を遂げたのだった。
熱の余韻が未だに冷めぬ。
決戦の跡地。最強を刻んだ諏訪の地を、彼女は歩く。
王たる風貌。
勝者たる気配を纏い、堂々と歩みを進めていた。
「……」
以前とは全てが違う。
気配も。
力も。
全ての格が違う。
「てゐ」
瀕死だった。
腕もなくなった。
心臓も止まって、本当に死んだのかと思った。
あの時の衝動。
困惑と否定。感情の嵐を。
両腕を広げて、首をかしげる諏訪子が忘れさせる。
「ただいま」
――これにて決着。
真の決着と、そして勝者の決定が定められる。
既に意識を完全に取り戻し、復活していた千亦が、諏訪子に気づかれぬよう、離れた位置から撮影を続け、その御形を世界に広める。
人外魔境諏訪決戦。
史上最強の国津神と、古代最強の土着神。
両者が競い、戦い、その果てに至った一つの結末。
古代から始まった、ある一つの物語。
史実を、未来を捻じ曲げ、至ったifの世界。
「…心配させるな。馬鹿」
「へへ」
――負け戦を回避し。
にへらと笑った諏訪子の頬を。
とりあえずてゐは、涙の滲んだ目で、思いっ切りつねってやった。
ランキングに入ると作者が喜ぶので評価気軽にお願いします
領域解説
①瓔珞→ 宝石などを連ねて編み、仏像の頭・首・胸などにかけた飾り。
②黄泉路→ 黄泉へ行く道。冥土への道。
土着神、祟り神らしい要素と呪術要素を掛け合わせて出来上がりました。
「
元ネタは言わずもがな、両面宿儺の奥義である「
宿儺は料理、なら諏訪子ナイズして鍛造にしようということで竈→カミーノ(ラテン語)…?という考察にあやかった炉、篝火→イグニス(ラテン語)から採用。
呪術廻戦はどこまで知ってる?
-
最新の単行本(人外魔境)まで
-
アニメの内容(渋谷事変)まで
-
あまり知らない(領域展開は知ってる)
-
全部わかる