【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
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人外魔境が終わり数ヶ月が経とうとしていた。
あっという間に過ぎ去った時の流れ。季節の移り変わりと共に消える冬の名残り。
振り積もった大量の雪は、既に全てが解けてなくなり、春の地面に吸い込まれて、あの激戦の冬はどこにもない。
陽気が降り注ぐ中、ある男たちはひそひそと喋る。
神秘全盛。古代の世、祭祀の時。
男たちは、祭りに使う小道具を荷台に乗せ、それを引きながら語る。
「
男は貴族と呼ばれる人間であった。
教養もあり、決して愚かではなく賢い部類の人間。それは自負でも自惚れでもなく、れっきとした事実である。
故に、今回行われる祭祀。それの重要性は事実。この中にいる人間の中で一番理解しているのだ。
そんな彼の言葉に、怯えた男が同調する。
「……いや、招くだけならいい!何故あの洩矢神に、我々が五穀豊穣を祈らねばならんのだ!」
貴族の男は心の中で同意した。
洩矢神。数多の祟り神を従え、そして近年から勢力を拡大し続けていた新しい神。
ここまでなら、特段話題にする程のものではない。神などこの時代、息をするように誕生し、そして滅んではまた生まれるを繰り返す。
では、何故ここまでかの神が恐れられるのか?
「忘れたのか?再編された"
かの戦神。軍神たる
神による神に対する下剋上。新たに生まれた神が、古くから存在する強敵を打ち破り、それを糧に更に強くなる。
今までにもあった、普通のことだ。
だがその普通に、あの史上最強が当てはまってしまった。
「我々に敵意はなく、平和的かつ友好的な関係を望んでいることを。…かの者に多分に示すため必要なのだ」
「やれやれ…古代平穏の都はどこへやら」
男たちはため息と共に、祭りの会場へたどり着く。
既にある程度、祭祀の準備は終わっており、先にたどり着いていた神官、そして巫女であろう、美しい黒髪の少女。
そしてこの国の住民である人間、数百名が一斉に頭を垂れ、その者に敬意を表していた。
――そこにいたのは、紛れもない"王"そのもの。
背中に背負った巨大な鉄輪、注連縄と融合し、そして黒く輝く洩矢の兵器。
髪に纏わりつく、そして無言で首を動かし、瘴気を漏らすミシャグジの姿。
祭祀に呼ばれ、讃えられ、そして何も映していないような、虚ろな視線を空に向ける。
退屈そうに、胡坐をかきながらぼーっとしている彼女こそ。
――古代最強。洩矢諏訪子。
「お待たせ致しました。洩矢神」
危険。
こうして目の前に立つと、余計に歪なその気配が理解できる。
怯えの方向性としては、肉食獣と対峙したそれに近い。
だがそれと同じく、そして同時に、自身の身体より遥かに強大な大木を見上げた時のような、言葉にできぬ神秘すら感じる。
神。
その言葉を、今の今まで聞いてきたそれが、ようやく腑に落ちたかのように思えた。
きっと、この言葉は彼女の為に――
「今日は春の祭。…数多の旬を集めました。きっとご満足いただけるかと」
「そ」
男の淡々とした説明を聞き、ようやく彼女は視線を動かした。
同心円状の瞳が、男の顔を射抜く。
「……米は?」
「勿論用意しております」
「できるだけ多めに、蔵に貯蔵してるやつでもいいからさ」
「はい」
異論を挟む余地もなく。彼女は目の前の男をまるで、自分の召使のように使った。
意義などないが、それでもここまで堂々と、そして神らしい傲慢さで命令をされるなら、むしろ答えなければ無粋であろう。
男はすぐに背中を向け、今日の祭りで使われる予定の食物、春の旬を直ぐに持ってくるための準備に取り掛かった。
その様子、男の背中をじっと見つめながら――
「米食いてー…」
「野菜もしっかり食べなよ?」
諏訪子の零した願望に。
隣に立っていたもう一人の少女。
「……肉は」
「少しは自重。後で自分の国に帰ったら好きなだけ食べられるでしょ?」
「……ちぇっ」
以前とは全く違う姿の。
10歳近い子供の身長に縮んだ片割れ――八坂神奈子が釘を刺したのだった。
受肉という概念は、かつて鬼ヶ島に行った際に知った。
八百万の神でありながら、人間の魂を持つ諏訪子にとって、それがどこまで有効か、そして本当にできるのかは疑問だった。
互いに溶け合い、そして乗っ取りにも近いその行動により、相手の意識はどこまで残るのかなど。
懸念する点が多く、自然と頭の中からその選択を消していた。
――人外魔境諏訪決戦が始まる、数週間前には。
八坂神奈子を殺すことはしたくない。
だがだからといって、殺さず手を抜いて勝てる相手でもなく、本気でやらなければ、逆にこちらが死ぬような相手。
ではどうすれば、どのように戦えばいいのか?それを諏訪子は考えた。
そして、たどり着いた結論は――
「美味い…」
ちょびちょび。音に表すとすればそんな感じだろうか。
諏訪子が無心で米を口に入れ続けている隣で、神奈子は貯蔵されていた、塩漬けの野菜と採れたての野菜。それらをごちゃ混ぜにしたスープのような何かを口に入れ、恍惚としていた。
いや、どちらかと言えば笑顔か。
以前の凛々しい顔、美人だった顔の名残はあるが、しかし今の神奈子にあるのは、少女らしい、ロリータ的な可愛さの表情であり。
まるでリスのように頬を膨らませ、満足そうに微笑むその姿。
諏訪子はそんな神奈子の頬を、指でつんっと突いた。
「えいっ」
「んぐ…!」
「ぐへっ」
殴られた。
身長も縮み、力も弱まっている筈なのに、その一撃は全く衰えていなかった。
かつて戦った時、神奈子によって決められた七度の黒閃を思い出し、トラウマに近いそれが、諏訪子の背筋に冷たいものを走らせた。
「ふん…」
「ご、ごめん…」
受肉による変身。
あの時、諏訪子が人外魔境の決戦を始める前に決めていたこと、それは力のパイプを繋げることだった。
本来であれば、あの後そのまま、神奈子の死体に手をかざし、受肉の儀式を再開するだけだったのだが…現実はそう上手くは行かない。
そう、反獄王というイレギュラーがやって来なければ。
あの時。正直なことを言えば、諏訪子が復活できたのは完全な運だ。
心臓に
たまたまである。
つまりあの時、反獄王が横槍を入れたタイミングは、これ以上ない正解に近いものだったのだ。
…そのことを言いふらすつもりはないが。
「…何か?」
「いや何も」
受肉によって融合した影響か、神奈子は妙に勘が鋭くなった。
じー…と、訝しげなその視線を受け流しながら、諏訪子は下手くそな口笛を吹いて誤魔化した。
祭祀を続ける人間たちは、皆がそれぞれの仕事に熱中しているのもあって、諏訪子の奇妙な行動、口笛を含めた
同じことを考えていたのだろう。神奈子は諏訪子の隣に、更に近づいて座ってから、感慨深く辺りを見渡す。
諏訪子が完全体になっている間は、力の比率が偏るせいか、神奈子の身体はこのように幼児化する。
しかし逆に言えば、力の比率を偏らせ、神奈子の力を弱まらせれば。今回のように――
「どう?分霊の感覚は」
「慣れたもんだよ。最初は複数の意識がごっちゃになって…かなりややこしかったけどね」
今、諏訪子の隣に座っている神奈子は、神奈子ではなく、しかしある意味では神奈子である存在。
分霊と呼ばれる存在だった。
日本の神には、一般的に考えられる神や妖怪とは違う、日本の神特有のある法則がある。
それは、
勿論これは日本の神、その中でも『神霊』に分類される者…そう、正に神奈子のような存在限定ではあるが。
神とは精神。神霊とはその精神、心や情報そのもので構成される特殊な存在である。
言葉を誰かに教えようと、その言葉が欠けたり朽ちたりすることはない。
教えや考えが人と人に伝播しようと、それが減ったりすることはない。
つまり今回、諏訪子の隣にいる神奈子の分霊は、間違いなく神奈子本人であり、そして本人と同じ力を持つ分身なのだ。
そして更に、肉体を持って生まれた神霊が分霊を作る場合、それはあくまでも分霊、生き霊であって本体が増えているわけではない。
意識、力は本体と同じ、否。それも含めて八坂神奈子そのものではあるものの、その本質は『霊』なのだ。
それこそが、人間たちが神奈子の姿を視認できていない、何よりの理由。
「……勝手に食べ物が浮いて、そして消えてるってのに誰も反応しないな」
「私の祟り神か何かが勝手にやってると思ってるんじゃない?」
「……視線が痛い」
「なら食べなければいいじゃん。もしかして結構楽しみにしてた?」
「……」
図星だったようだ。
「……うるさい」
「これ食べる?お米ピッカピカで美味しいよ?」
「……………………いらない」
「めっちゃ迷うじゃん」
本来であれば、その年に収穫された新穀を供え、五穀豊穣を祈り、そして供えられたそれを皇自ら食す筈の儀式。
しかし今回、その代表として、讃えられるべき王として招待されたのは、他ならぬ洩矢諏訪子である。
民が今までの王を捨て、そして新たに神を王として迎え入れるという暴挙。
だが時代は残酷だ。あの『人外魔境諏訪決戦』が、千亦の手によって全国に拡散され、そして同時に全世界の畏怖が、洩矢諏訪子に注がれた。
次の標的は誰か、もしかしたら自分たちの神までが殺されるかもしれない。
…少ないとはいえ、そのような不安を感じる者は、決していない訳ではなく。
他ならぬ、民のその不安を痛いほどに理解し、そして己の実力不足を呪う神もいた。
――その神こそ、他ならぬ今回の新嘗祭で、本来祀り上げられる筈だった存在だった。
「この国はどうする?ここも統合させるの?」
「勿論。せめてもの罪滅ぼし…なんてわけじゃないけど、ご飯くれたお礼にね」
「そっか」
この国に、既に神は存在しない。
自決したのだ。
洩矢諏訪子という存在に怯え、逃げた――ように見せかけ、己の民を、守る為に差し出した。
新嘗祭の開催時期は、例年通りであれば霜月…11月の筈だったのだが、今は如月。つまりは2月。
人間たちの話に聞き耳を立て、一体何があったのか探ってみれば以下の通り。
なんと、収穫した筈の数多の食物を、たまたま
11月。百鬼夜行。
そしてこの国から、諏訪大国までの道のりを考えれば…
「しかし開催時期が遅れたとはいえ、よくここまでの量の食物が集まったな」
「それが摩訶不思議でな。…話によると、いつの間にからしい、巫女様の目の前に、いつの間にか大量の食物が
「狐にでも化かされたか?」
「なんだいそりゃ。鬼に奪われたら次は狐?不思議なこともあるもんだ」
「案外それも鬼だったりしてな」
…聞こえてくる人間たちの声。
そう。真相はあまりにも簡単、今回の祭祀のきっかけも、そして呼ばれた理由も全て、あの11月に始まったのだ。
先代結界。人外魔境。
その発端となった、茨木華扇が率いる数多の鬼の軍団、百鬼夜行。
後からそのことを知ったのだろう、既に奪われた筈の食物が補充されたのも、おそらくは萃香の、鬼のケジメと言ったところか。
「……あんなのからどうやって仙人になるんだよ」
なまじ未来の情報を知っているが故に、未来での彼女の姿と、今この時代で見られる姿のギャップに対し、苦笑いすら出てこなくなる。
もしや俗に言う黒歴史…とやらになるのではないか?そう思えるくらいには、今の華扇はあまりにも鬼らしい。
まぁ未来のことは後でいいだろう。
少しばかり冷たいが、諏訪子にとっては未遂とはいえ、自分の国にいる人間を殺されかけた相手なのだ。
正直
諏訪子はそう判断し、目の前に再び現れた男に視線を戻し。
「洩矢神様。贈り物がございます」
「なに?」
「こちらです」
男が合図を出すと同時に、山のように積み上げられた宝物が、諏訪子の座る壇上に現れる。
成人した男が四人がかりで、ゆっくりと積みあがったそれらが崩れぬよう、慎重に壇上に降ろす。
米から野菜。それは今までにも見たものだが、今回特に気になったのは――
「こちらは我ら巫女様の手によって、一から編み込み、出来上がった布であり…」
「……」
「更には蔵で数十年置いたことで、辛味が強まり、より味わい深く進化した秘伝の酒を…」
「ちょっと待て」
空気が固まった。
それはそうだろう。今の今まで食事を、祭祀を楽しみ、そして『恐ろしい』という言葉の概念が実体を持ったかのような存在である洩矢諏訪子が。
――今、真顔になった。
「……聞いていい?」
「はっ、…………はい」
「それ。どこから持ってきた?」
諏訪子が指さす先にあったもの。
それは綺麗な布でも、米でも、そして食欲を唆る食物、酒のようなものでもなく。
――無造作に、宝物の山に隠れるように置かれた。
「どの花畑から持ってきた?」
向日葵の花だった。
「あら。こんな所にいたのね」
いつの間にか、少女はそこに立っていた。
諏訪子の視線の先にあった、小さな向日葵を手に取り、まるで散歩でもしているかのような気軽さで。
神聖な祭祀の中央、檀上に彼女は――妖怪たる少女は存在した。
「何の用?」
「別に?ただあなたに興味があってここに来たのよ、暴れるつもりもないわ」
「……」
諏訪子が先ほどの男に対し、視線を向けると、男は一気に顔色を悪くして、凄まじい勢いで首を横に振った。
それはそうだろう。
諏訪子は今初めて目にしたが、
男は必死に「知らない」と叫ぶように首を振り続け、それを手で制し、諏訪子は会話を続けた。
「あんたの花畑を、ここにいる誰かが荒らしたって訳じゃないんだよね?」
「…?逆に聞くけど。それをやったとして、人間がここまで生きて帰れると思う?」
「あ、そう…」
心底不思議そうに「?」と首を捻るものだから、諏訪子はそれ以上何も言えなかった。
唯一、未だ話の展開についていけていない神奈子だけが、諏訪子の耳元に近づき。
「知ってるの?」
「まぁ、一応」
「
幻想郷。
否。この世界で唯一枯れぬ美しい花。
その少女は、時代に合わぬ日傘を開き、諏訪子の顔を覗き込みながら。
「私も招待してくださる?――諏訪大国に」
フラワーマスター風見幽香は、刃物のように美しい笑顔で、そう言った。
次回投稿は火曜に(次は長め)
呪術廻戦はどこまで知ってる?
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