【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
では。
「領域展開――
領域の展開。
あまりにも早すぎる結界の展開速度と、心象風景の具現化。
必中効果が発動するよりも先に、こちらの攻撃を叩き込――
「ここではあらゆる暴力行為は禁止されています」
その思惑は、減速する身体と映姫の言葉によって遮られた。
「勿論。私もです」
そう言いながら、映姫は自身の頭に蹴りを放ち、そしてぶつかる直前で停止した諏訪子に向かって笏を向けた。
軽く叩くように腕を動かし、それが諏訪子と同じく、ゆっくりと減速して停止する。
そうだ。これから始まるのは。
「戻りなさい。これは戦いではないのですから」
「……」
戦いではない。
諏訪子は鉄輪を仕舞い、映姫の指示に従った。
「……続けて」
「えぇ」
よくよく観察して分かるほどの、小さな笑みが映姫の口元に浮かんでいた。
白と黒のみで構成された心象風景は、変化を絶やすことなく今も動き続けている。
まるで万華鏡のように回り、白と黒の板状の背景が絡み合い、白と黒、黒と白と色を交互に変える。
彼女らしい心象風景だ。
いつの間にか用意されていた簡素な椅子に腰かけ、諏訪子は映姫の続きを聞く体勢に入り、映姫もまた、話を切り出した。
諏訪子が今まで、目を逸らして来た真実を。
「マエリベリー・ハーンは一体何者なのか」
ずっと気になっていたことだった。
前世でも終ぞ、彼女が知る機会はなく、そしてこの世界にやって来たことで、永遠に機会を失ったと思っていた、その真実。
某覚妖怪の如く、読心能力でも持っているかのように直球で、映姫はその言葉を口にした。
気になるか?
当たり前だろう。
だがどうしても知りたい…という程でもなく、気が向いたら、運が良ければ知ってみたいという程度の話に過ぎなかった真実。
しかし今、この突然起こった現実の真相に、その真実が関係していると悟った今は。
「時の流れ人。そしてその因果がもたらした歴史の変化を。…あなたは知る必要がある」
「……」
「いえ…寧ろ、今のあなたなら察したのではありませんか?彼女の特異性に」
きっかけは、
人外魔境が終わってから、諏訪子の視界にはあらゆる無生物、生物が持つ弱点とも言える"目"が、空間、境界の歪みが映っていた。
霊力から妖力、魔力や神力といった力の違い、そして個を証明する魂の違い。
色や形、光のような感覚すら、鮮明に見えるくらいに変わったのだ。
――だからこそ、気づいた。
「結論を言いましょう。マエリベリー・ハーンは遠い未来…数万年後の世界からやってきた人間」
そう。
「人間です。――
既視感の正体。
「
違和感の正体。
自分なりに推測、考察を重ねて辿り着いた結論。
諏訪子が心の奥にしまったそれが、決して間違っていないことを、映姫は頷いて肯定した。
「人と人が番い、そして子を成して鼓動を刻む。…ゆっくりと成長し、そして寝て、起きるだけの」
「正真正銘の人間」
――だが決して、本来の意味での"ただの"人間ではない。
内心その答えを察しながら、諏訪子は聞いた。
「………あの時。私がここに呼ばれる前に開いたスキマ、あれからはメリーと同じ何かを感じた」
「あれは八雲紫のですよ。私が命じましたから」
「そっくりだとか、似ているとかそういうレベルじゃない。――あれは抜け殻でもなく、
「でしょうね」
話を戻しましょう。そう続ける映姫の背後に浮かぶ浄玻璃の鏡。
そこには変わらず、本来辿る筈だった世界線が、本来の歴史そのものが映し出されている。
「私が八雲紫に命じ、スキマを通してあなたをここに呼ぶのと同時に、私は八雲紫に気づかれる前に、マエリベリー・ハーンをここに呼びました。万が一にも、八雲紫にマエリベリー・ハーンを
マエリベリー・ハーンの正体。
それはいとも簡単に、諏訪子は知ることとなる。
あまりにも類似性の強い容姿。
能力の全ての真相。
映姫は笑みを消して、言った。
「おそらく数万年後。幻想が否定された世界で溜まった八雲紫の妖力、その片割れの生まれ変わり……だから魂が同じなのでしょう」
「力の片割れ…妖力そのものか」
「マエリベリー・ハーンは、妖怪として生まれる筈だった自らの運命を退けたのです」
そしてその魂が、巡り巡って古代の時代。
迷いの竹林で――洩矢諏訪子と出会うに至る。
「彼女の異能が空間系…それも"境界"なのもそういうことです」
一個人の妖怪、その漏出した力が実体を得るということは、それほど珍しいものではない。
正確に言うと少し違うが。極論鬼や天狗のような種族が長く繁栄しているのは、その領土が同じ種族、同じ力の溜まり場と化しているからだ。
「しかしそれでも魂は同じ、たとえ妖怪ではなく、人間として生まれ落ちたとしても…その魂は、妖怪と同じなのです」
正確には本人ではなく、本人同然の力の片割れ。
だがそれでも、生まれ変わりなことに変わりはなく。
「知っていますか?世界には同じ顔を持つ人間が3人いるという説話があることを」
「うん」
「しかし正確には、身体や魂の構造には絶妙な差異があり、同じではなく結局はそっくりな何か、他人でしかない」
推し量るように、映姫は真っすぐに視線を向ける。
「あなたも知っているように、この世界に"同じもの"は絶対に存在し得ません。魂となれば尚更」
「だから会わせたくなかったと」
「えぇ。決して存在しない筈の、ありえない同一が同じ世界に、同じ時間軸で互いを観測した場合――最悪影響が出るのは歴史だけではない可能性があります」
「何が起こるかわからないってことね」
「はい。何が起こるかわかりませんから」
「ふーん」
両者の目が合った途端、片方が突如消えるかもしれないし、もしかしたら互いが融合し、一つになったりするのかもしれない。
真相はどうあれ、映姫の懸念は決して間違いではなかった。
「彼女は幻想を、夢を見ています。彼女は夢に迷い込み、そして時空を越えてここに来た」
「時の流れ人」
「そうです。そしてそれが原因か、それとも………あなたが原因か」
「私が?」
「そうです。あなたというイレギュラーが生まれたのがきっかけで、マエリベリー・ハーンがここに来たのか…それとも逆に、マエリベリー・ハーンがここに来たことで、あなたというイレギュラーが生まれたのか…はわかりませんが」
「鶏と卵どっちが先か、みたいな?」
「その認識で合っています。」
映姫は、諏訪子の言葉を肯定した。
「それで?あんたはメリーをどうしたいのさ」
「どう、とは?」
「わざわざこんな場所に…地獄に招待までして、八雲紫から引き離すなんて建前で、本当は何をしたいのさ?」
「何も」
「…何も?」
「ただ、私はこの人間を家に帰すだけです」
「…はい?」
「助けるだけですよ」
あっけらかんとそう言った映姫に、諏訪子は目をまん丸にした。
「マジで言ってんの?」
「マジも大マジ、本気ですよ」
「どこでその言葉を知ったんだか。…裏はないんだよね?」
「強いて言えば、それが私の…元地蔵、初代閻魔としての仕事です。迷える人間を導き、守護する。それが理由では不満と?」
「いや、むしろ信用でき過ぎるくらいだ」
「それは何よりね」
その時。初めて映姫は小さく笑った。
閻魔大王としての威厳、相手を諭す教育者のような顔ではなく、一人の少女の、あどけない笑顔と崩れた喋り方だった。
咳ばらいを一つ。
「私の力は当然」
「知ってるよ」
白黒はっきりつける程度の能力。
それが彼女の、
「なら結構。簡単に説明すれば、マエリベリー・ハーンが今いるこの時代、そして本来いた時間軸の世界を対極と仮定し、その繋がりを明確なものにします」
「それで彼女は元に戻れると?」
「えぇ。私の力、領域内で能力性能が上昇した今ならそれができます」
「必殺を省いた分の縛りか」
「そして、均衡を崩した現在。未だ不安定なままの新しい歴史の世界はこれで、ようやく安定したものとなる」
「なら…」
「ですが」
映姫は再び、閻魔としての厳格な空気を醸し出した。
「彼女の記憶は消える」
「…なんでさ」
「縛りです。数百や数千ではなく、数万年分の時の旅…それを事故ではなく故意に起こすとなれば、代償はそれなりのもの」
「消える内容は?」
「彼女がこの世界に来てから、そして目にした、変わった歴史の全てが
「随分曖昧だね」
「忘れるわけではありません。無くなるというわけでも、空白の記憶として脳を占めるわけでもない。ただ――全てが"夢"となる」
夢を見た。
夢の中では、自分は空を飛んで、見上げるような巨体の怪物と戦ったこともある。
記憶の整理に過ぎないそれが、空想と常識を織り交ぜた幻想の世界を作り、そして子供は、大人もそれに酔いしれることがある。
だが、終わればそれは泡沫となる。
決して、鮮明には思い出せない。
ただ『夢を見ていた』という現実のみがそこにある。
マエリベリー・ハーンが、この古代の世に迷い込み。
朝日を見て。
現代より遥かに劣る、しかしそれでも大切な、腹を満たす食事の記録も。
排気ガスによって汚されていない、美しい、あるがままの夜空も。
たった数ヶ月。
それでも間違いなく、彼女はこの世界で生きていた。
「ままならないものだね」
諏訪子は、ため息を吐いてから。
「でも、仕方ないんだよね」
「えぇ。勿論」
映姫が指を鳴らすと、背後に浮かんでいた巨大な鏡が下りてきて。
「我々閻魔は、浄玻璃の鏡という鏡を持っています。…この鏡には映した者の人生が映るのですが、同時に、ある世界線を…平行世界と呼ばれるものを見ることがある」
かなり珍しいのだと、そう付け加えて。
「そして今回、"私が今ここにいる世界"は、それらの中には決してない、全く新しい歴史の世界線でした」
諏訪大戦の結末は数多くあり、そして残念ながら、その全てに共通するのが――『洩矢諏訪子の敗北』だった。
その後の顛末に違いはあれど、その大前提は変わらなかった。
信仰を奪い、洩矢諏訪子と共存することなく、八坂神奈子として最後まで生き続ける世界も。
同時に、信仰を奪えなかったことが理由で生まれた、守矢の二柱という立場の世界も。
「ですがあなたは。その歴史を変えた」
本日二度目の、彼女の優しい笑み。
「マエリベリー・ハーンが妖怪の運命を退け、人として生まれたのと同じように。――あなたも、自らの運命を退けた」
――天晴れです。
いつの間にか、目の前に立っていた映姫は、そう言って諏訪子の頭を撫でた。
「あなたのやったことは、決して罪ではない」
「…」
「罪深き…とは言いました、しかし勘違いしないで欲しいのは、それが罰を与える程のものではないということ」
映姫は言った。
この場所に、真の罪人は一人もいない。
天界や冥界、そして地獄の全ての法に当てはまらない、それだけの話。
「私は閻魔。迷い人を、そして罪人を裁き、あるべき場所へ導く存在。…故に私が、あなたに言えることはただ一つ」
決してどちらが劣るとも、勝るとも言えない釣り合った形、量の白黒の門だった。
「あなたは、彼女を待つ覚悟がありますか?数万、数十万の時の摩耗。掠れて、薄れて、消えかけることもなく。彼女を裏切らないと」
そう誓えますか?
映姫は真っすぐに、諏訪子を見つめて問いただした。
「夢はいつか覚めるものです。あなたは彼女を、マエリベリー・ハーンを決して忘れることなく、そして記憶を衰えさせることもなく、彼女を、未来で受け入れる覚悟はありますか?」
「………」
嗚呼、随分と。
「随分人間に優しい閻魔様だ」
「それが
映姫はそう言って、本日三度目の優しい笑みを浮かべた。
「記憶が戻る確率は?」
「…私はこの時代での出来事が、彼女にとって"夢"となる、としか言っていませんが?」
「とぼけんなよ。もし完全になかったことになるなら、それこそ"記憶が無くなります"とだけ言っとけばいいんだ」
「………」
「記憶は戻る。でもそれは可能性、そしてそれを――」
「はい。あなたにかかっています」
「………可能性は?」
「0。それも限りなく」
甘い香りが鼻腔を擽った。
いつもそれを間近に、そして毎日見てきた。
柔らかい黒髪が、指と爪の間を通ってくすぐったい、そんな感触も。
「……ん」
目が覚めた時、目の前には紫があった。
身体を優しく包むベッドシーツと、部屋に充満する香水の匂い。
現代。
化学繊維と智慧の空気。
――
「んみゃ…メリー…?」
何故か、浮かんだ感情だった。
同時に何か、胸の中にあった筈の何か、それが欠けたような感覚がした。
「蓮子…?」
「もう起きたの?…ってやば!もう二時間は寝てるじゃん!」
「催眠状態だったから」
昨日も、そして数年前からずっと目にして、そして付き合ってきた友人のその姿。
「っと。ちょっと蓮子」
「眠い~…もっと寝てたい~…」
「…もう」
夢を見ていた。
昔からずっと、二人で手を繋いで、繋がった状態で見る幻想の世界。
今日もこうして、マエリベリーは蓮子を抱きかかえる体勢のまま、意識を手放し、夢を見た。
そう、長い長い夢を――
「……あれ」
夢。
「…でもあれは」
長く、気が遠くなるような夢の世界。
――迷い込みたくなるような、あの
「?メリー…?」
水面の朧月。
夏の雲、あの刺すような熱い日差し。
秋の原。そして冬の海。
記憶の名残が、夢の余韻が切なく――
「メリー?」
いつの間にか、蓮子が心配そうに肩を揺らしていた。
「どうしたの?」
「…いえ。何も」
「そう?ならいいけど…」
――紫の桜の花。
一瞬、マエリベリー・ハーンの脳に、ある光景が浮かんだ。
この世のものとは思えないくらい、その場所は冷たく、そして明るかった。
「それよりメリー!今回の夢はどうだった?私はねー、目が覚めたら赤い――」
蓮子の声が遠くなる。
不思議と、その変化を怖いとも、違和感を覚えたり等もしなかった。
現実の空間。部屋の一室のそのある場所に、重なるように彼女はそこにいた。
まるでかげおくりのように、朧気で不明瞭な誰かが、そこにいた。
「お久しぶりです」
その声は、不思議とよく耳に響いて入って来た。
「偶然の出会いと気まぐれの行動。…結果論とはいえ、自ら選んだことです。途中で放棄した責任を、今こそ最後まで果たしなさい、マエリベリー・ハーン」
手に持つ笏を、彼女はある場所に向けていた。
「ある場所に行きなさい」
静かに、マエリベリーはそれを聞いていた。
「死者を裁き、罪科に相応しい償いを与える。生者を説き、その生に正しき在り方を示す」
その声は、まるで教えるように。
「…私がするのはそれだけです。それが私の存在価値」
まるで、何かを導くような。
「故に、生者であるあなたに、迷えるあなたに私が言える事はただ一つ」
続く、言葉。
「後悔の、無いように」
桜吹雪と共に、彼女は姿を消した。
マエリベリーは風に舞う花びらに抱かれ、記憶の名残を胸に。
ずっと、ずっと。
部屋の中で、彼女が指した方角を見て、立ち尽くしていた。
作者が初めてハーメルンを使って読んだ作品は『東方闇魂録』でした。
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