【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 領域解説(前回入れるのを忘れてたので)

誅罰至信
①誅罰→罪を責めて罰を加えること。処罰すること。
②至信→この上もなくまごころがこもっていること。また、そのさま。
元ネタ、日車寛見の領域「誅伏賜死」の語呂に合わせ、映姫の服装の元ネタらしき軍服から「太平記」を連想、そこから至信を付けました。
 
 それでは、第1部完です。


74話.決別の旅

 よく、彼女と共に夢を見る。

 その夢はとても刺激に満ちたもので、何度も思い返す、何度も余韻に浸って吐息を吐き出す。

 何度も、一緒にそうやって日々を過ごしてきた。

 何度も何度も、遠い幻想(ゆめ)を見て。

 彼女の背を追って、共に手を繋ぎ――

 

「5分しか遅刻してないわね。進歩したじゃない」

「ふふん。4分32秒だよ」

 

 空気には匂いがある。

 情報がある。現実世界の象徴がある。

 今この時も、こうして目の前に遅れてやって来た親友の、その得意げな笑みを見上げながら、マエリベリー・ハーンは息を吐く。

 そう、ここは現実。

 昼の二時過ぎということもあってか、レストランにやって来ている人の数は多い。

 そのほとんどが家族連れで、皆がそれぞれ、マエリベリーと同じくこの店の定番メニューであるケーキを頼む様子が見られる。

 マエリベリーもまた、テーブルの上に設置されたタブレットを操作し、遅れてやって来た親友――宇佐見蓮子が以前に「食べたい!」と訴えていたことを覚えていた為、売り切れる前に注文することにする。

 そんな些細な親切心に気づいているのかいないのか、相変わらずのマイペースさで、目の前の友は、テーブルの上に一つの新聞紙を放り投げ、そしてニコリと笑った。

 

「それよりメリー!今日の新聞読んだ?月に関するニュースが載ってるわよ!」

 

 知ってる。

 マエリベリーは思わず内心でそう呟き。

 

「あなたと違って私は携帯で新聞読んでるから。月に限らず、有人火星探査の新情報とかも、全部知ってるわよ?」

「ふーん、あの計画ってまだ続いてたんだ」

 

 興味などまるでなく、蓮子は一言「ま、火星探査なんてどうでもいいわ」とだけ付け加えた。

 火星探査。確か最後にそれをテレビで見たのは二週間前だっただろうか。と、マエリベリーは想起する。

 ある金持ちの娯楽とも呼ぶべきか、最初にそのプロジェクトが発表された時、ネットでの評価も散々で、探査の成功の有無など誰もが気にしていなかったのを覚えている。

 それはマエリベリーも例外ではなく、気にしていない…というより、正確には「どうでもいい」といった感覚に近い。

 勿論。親友の蓮子が興味を示す『月』…宇宙に連なる概念は無関係ではなく、カテゴリとして近い位置にある話題だし、たまに二人でニュースの映像を見返したりもした。

 ――それも全て、彼女が持つ異能が関係する。

 

「月と星を見るだけで、時間と場所がわかってしまう蓮子の目には――月がどう映るのか知りたいから」

 

 星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる。

 たったそれだけの力。しかしその力が今までに、"夢"の世界での危機を乗り越える為にどれほど役に立ったことか。

 蓮子は苦笑いし、二人は再び会話に花を咲かせる。

 

「まっ、行くにしてもお金がねぇ…」

「まぁそれは仕方ないわよ、バイト増やす?」

「いやー…ちょっとこれ以上はきついかなぁ…」

 

 いつの間にか夕日が窓を射す程には時間が過ぎて。

 行きたい場所。好奇心の行き先にマーキングする、いつもの流れ。

 そう、いつもの流れだ。

 摩訶不思議。幻想、地上にはもう不思議がほとんど存在しない。

 あの日。マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子の二人で結成した『秘封活動』のきっかけとなった書物。

 あれを手にした時にやっと、この世界から消えてしまった不思議を愛おしく、美しいと感じたのだ。

 まるで――

 

「メリー?」

 

 いつもと違って見えるような、そんな感覚をマエリベリーは感じていた。

 訝し気にこてんと首をかしげる蓮子の視線を浴びながら、それでもその違和感の余韻に浸るのをやめない。

 いつからだ。

 数週間、数か月?いやそれよりも、もっと前から()()()()()()記憶。

 だが、もうそれが一体何なのかはわからない。

 違和感。

 ある日突然、何かを忘れているような錯覚を覚え、そして見知らぬ少女が道を指さし、助言と共に消えた時から。ずっと。

 ずっと、何かを探している。

 だが何を?

 ここは夢でなく現実。共に夢の世界に入る為の都合上、よく催眠状態に陥っている蓮子はともかく、マエリベリーは健全なままだ。

 胸の中で燻る違和感。

 未だ、それを晴らす方法は見当もつかないのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 リニアモーターの発展は人々を驚愕させ、そこから駆け足で科学は更に発展していった。

 ただでさえ科学の成長、その速度は現代人故に嫌と言う程、そして知ろうとせずとも勝手に目に入ってくるものであり、マエリベリーはそれに特別な感情を覚えたりはしない。

 地震大国とも称される日本から、地震の災害が消えたのはそれから数年後。リニアモーターカーが常設のものとなり、世界から『列車』が博物館以外から消えたのと同時だった。

 何千何万もの素粒子を掛け合わせて作り上げた人工元素による地震エネルギーの吸収、無効化が当たり前になった時にはもう、都市からアスファルトは消えた。

 植物は許された場所にしか生息することを許されず、大地は人の英知が作り出した巨大な板に抑え込まれた。

 そして、数日で慣れた。

 環境保護活動、新素材。新元素が地球に与える計り知れぬ影響、それがもたらす財政の変化。

 それらに言及し、必死に戦っていた筈の若者たち、保守派の老人たちは数週間もしないうちにテレビから消えた。

 ぐんぐんと街は発展した。

 あっという間に地上から『不思議』が消えた。

 

「この風景も悪趣味だと思わない?」

 

 そう言って蓮子は、無機質なシーツの上に足を置き、踵を脹脛(ふくらはぎ)にくっつけた。

 

「蓮子。行儀悪いわよ」

「いいのいいの!どうせ私たち以外誰もいないんだし」

 

 二人が乗っているのは『電導列車』と呼ばれる、数年前に開通してからというもの、今も衰え知らずで稼働を続けている公共交通機関だった。

 リニアモーターカーが常設され、それを土台に更に速度、搭乗できる人数の増加や安定性、稼働の際に必要な電力の最適化も含め、今乗っているものは俗に旧機体と呼ばれるものであり。

 

「銅やニッケルに頼らず電気を配送できる時代なのに、どうしてこうも空は窮屈なのかしら」

 

 蓮子が憂う対象、指を這わせた先にある巨大なスクリーン。

 そこに映し出される広大な海――ではない、ビットで作られた偽物の自然。

 

「電線が空に割り込まなくなったのはいいけど。こうして窓さえなくなるだなんて本末転倒じゃない?」

「最近じゃ、ビルの上から新型の防虫剤を撒くみたいな話もあるからね」

「綺麗になってるのは見た目だけ。…私たちがこうして息をする時もいつかは…」

 

 座席のシーツや壁の塗料の全てが灰色で統一された列車内。

 蓮子の言うこと、それが何を示唆しているのかに気づいたマエリベリーは、同感の意をため息で示し。

 

「そのうち、こうして吸う息の中にも…小さな機械が入り込む時代が来るのかしら」

「それ、最近読んだSFファンタジー小説で出てきたやつ?」

「よく気づいたわね」

「まぁね~…にしても、確かに今の技術の発展は凄いから。その内メリーの言う通りのことが起こりそうよねぇ」

 

 昔読んだ絵本の中では、子供は旧時代の列車に乗るとき、ガタンゴトン。と身体を揺すられていたらしい。

 車輪やレールなどもはや必要としない、電磁力によって一定の距離を保って浮遊するこの新時代の列車には、そのような『アクシデント』は存在しない。

 窓も、車内が汚れるからと、枯葉やゴミが入って来ないようにという親切心によって作られた、無骨で冷たさしか感じない、現代科学の弊害。

 話す内容も消費し、繋ぐ言葉を失った蓮子はというと、これまた大きく「はぁ」とため息を吐いてから、座席の上に置いていた片足を元の位置に戻し、まるでいい所の令嬢の如く、両膝を合わせて行儀よく座り直した。

 マエリベリーもまた、特に話すことも、会話を続ける意もなく。同じように少し腰を浮かせてから、座る位置を調整して膝を閉じる。

 今回の旅。宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの二人で結成された『秘封俱楽部』の活動記録。その新たな1ページに刻むのは。

 

「…幻想郷縁起」

 

 秘封俱楽部。その部室にある本棚の奥に隠された書物。

 これを蓮子が手にし、そしてマエリベリーの夢を見る力と合わせ、既にこの世界から消えてしまった不思議、幻想を追いかける、記憶の名残を探す旅が始まったのだ。

 

 朝靄の世界の記憶。

 紅の屋敷、その異彩。

 崩れゆく砂、冬の現世。

 訪れぬ春の日。

 夜明け、この夢。胡蝶の夢。

 隠れた月、永夜の策。

 美しき都のお伽。

 不休の霊の花。

 

 そこに記されていた"歌"は、マエリベリー・ハーンの魂を揺さぶった。

 初めて見る文字、初めて知った情報なのは間違いない。デジャヴ…を感じたわけでも、ハッと目が覚めるような感覚もない。

 ただ。そこに記された『彼女たち』の情報を見て、どうしても、どうしようもない程に懐かしい、愛おしい何かがこみ上げてくるのだ。

 じっと、時間を忘れてそれを見る。

 

「あなたは何を見たの?」

 

 十分、一時間。

 時間の感覚がぐちゃぐちゃになる程に熱心に、そして久しぶりにマエリベリーは、幻想郷縁起を読み進めていく。

 赤い霧、紅の館についての注釈と所見。おそらく執筆者であろう少女のサインと共に、その屋敷に住んでいたという二人の姉妹の情報を、紙に穴を開ける勢いでじっと見つめ、頭に流し込んでいく。

 以前から蓮子に何度か読むことを勧められ、結局少しの注釈を読み、そして登場する人物の概要を把握した辺りでやめていたのだが、今日だけは違った。

 まるで()()()()()()()()()()()()に、マエリベリーはページを読み進めていく。

 館に住む、小さく、幼くとも美しい永遠の赤い月。

 その片割れ、魔法の英知を携えた、姉とは違う意味で風変わりな、そして刃物のように鋭く、気高い強さを持つ吸血鬼。

 ――違う。

 違う、自分が探しているのはこの人じゃない。

 探している情報はこれじゃない。読み進めていく最中、ずっと脳内でもう一人の自分がそう叫ぶ。

 早くページを捲れ。

 せめてここを読まないと。

 違う。お前が真に知るべきは――

 

「メリー」

 

 ページを捲りかけた最中だった。

 いつの間にか時間が経ち、目的の駅に着いたのだと、隣に座っていた筈の蓮子が、目の前に立っている現状で確信する。

 震える指をゆっくりと解し、1ページではなく、大胆に数十ページ分、本の半分以上先に引っ掛けていた指を離して、マエリベリーも立ち上がる。

 

「あ…」

「どうしたの?寝不足?」

「……うぅん。なんでも」

「そ、ならいいけど」

 

 ジー…小さなモーター音のみが響き、それ以外の音を一切出すことなく、列車の扉が開く。

 蓮子の背中を追う形で、マエリベリーは都市で見るのとは違う、まるで旧時代を思わせるレトロチックな駅のホームに降り立ち、そして予め右手に用意しておいたスマートフォンを、小型化された改札口に向けて運賃を支払った。

 新元素でもなく、今では珍しい石油で作られたアスファルトの地面を踏み、少し感慨深いような気持ちを覚える。

 それはマエリベリーだけではなく、蓮子も同じようで。()()・京都では見ることがない、ビルではなく木造の民家が建ち並ぶ圧巻の光景に、キラキラと瞳を輝かせ。

 

「メリー凄いよ!まさか今の時代にこんなクオリティの民家が残ってるなんて!」

 

 そういえば、蓮子の故郷は東京だったかと、マエリベリーは思う。

 昔、この国の首都は東京であったのだと、学校で学ぶ授業と、自信満々にそう告げた蓮子の顔の二つが脳にフラッシュバックし、思わずクスリと笑いが零れる。

 この国の科学を急激に発展させた原因でもある新元素のIn288――通称『イザナギオブジェクト』が世界で初めて観測され、そして大量生産に成功した場所こそが、他でもない京都だった。

 加速器という、簡単に移動させることはできない大掛かりな装置に、今まで観光業以外何も眼中にないとでも言いたげだった京都の管理者は、この機会を逃してなるものかと、突如として新元素In288に京都ブランドを擦り付けることにしたのだ。

 ルンルンとスキップを織り交ぜ、地面を蹴って加速する蓮子の背を追い、かつてレポート課題の題材として選んだ新元素がもたらした首都変更のいざこざ…を思い出し、必要文字に追われる日々を思い出し、苦笑いを浮かべた。

 あなたの故郷よりも古臭いかもね?

 ――きっとそう言うと怒るだろうな。と、その言葉は胸に仕舞い込むことにした。

 その時、鼻腔を擽る炭の香りが。

 

「そういえば、もう昼ね」

 

 蓮子もそれに気づいたのだろう。スキップを止め、その視線は目的地へ誘う緩やかな土の坂、その脇に堂々と構えて置かれた屋台に視線が集中している。

 炭の香り。そしてすぐ遅れてやって来た肉の焼けるいい匂いと、胃を刺激するタレの誘惑。

 ゴクリと唾を思わず飲み込む程。それ程の上物であると、自分の身体の反応を自覚するまでもなく、口からだらしなく涎を垂れ流す、蓮子のその笑顔を見るだけでわかった。

 

「……食べる?」

「食べる!」

 

 即答だった。

 『待て』を命令された子犬の如く、じっとマエリベリーの顔を見つめた蓮子は、すぐさま屋台に近づき、暖簾(のれん)を手で捲って。

 

「ごめんくださーい」

「おー」

 

 凛とした声が返ってきた。

 携帯式のガスコンロ含め、あらゆる設備をまとめてリアカーに乗せた、古く、そして良い屋台そのものである。

 暖簾の奥には四〜五人程が座れるであろうスペースが確保されており、屋台自体の大きさもそれなりで、とても人力で動かすものとは思えなかった。

 電動自転車宜しく、実はこう見えてハイテクなサポート機能が付いているのか、それともこの屋台の主が見た目に隠れた怪力なのか。

 真相はどうあれ、マエリベリーは屋根の下から生えている、時代に合わない古ぼけた提灯をちらりと見てから、続ける。

 

「あの…歩きながらでも食べられるものでお願いします」

「んん?了解。…となるとタレは付けない方がいいかな…お嬢ちゃんたち学生っぽいし、もしかしてフィールドワークってやつ?」

「えぇ、まぁ…」

「そっか、なら少し負けとくよ」

「えっ…でも」

「よっしゃあっ!ありがと店主!」

「ちょっと蓮子!」

「気にしない気にしない。子供は大人に甘えなさいな」

 

 変わった人だと思った。

 最初暖簾を潜った時、目に映ったのは純白の髪。

 赤いエプロンを身につけ、手際よく串を動かし、満遍なく肉に火を通しながらも、決して仕事を疎かにはせず、客である自分たちに笑顔を向けながらも手は決して止めない。

 年季の入った気配だ。それに身長も低い方で、マエリベリーと同じか、もしくはそれ以下。

 そして何より目を惹くのは、彼女の持つ珍しい見た目だった。

 赤い目、白い髪。その両方を交互に見てから、蓮子は問う。

 

「珍しい…もしかしてアルビノってやつですか?」

「ん?まぁそんな感じ。今では滅多に見ないらしいね」

「今では美容外科に行けば治せる時代だからなぁ…あっ!いや行った方が?って言いたい訳では…」

「いいよいいよ。確かに珍しいから視線はよく集まるけど、客商売やってるとこれが逆に武器になるのよ」

「は、ははぁ…」

 

 当然といえば当然なのだが、やはり屋台を持ち、こうして食事を作ることが許可されている時点で、彼女は立派な大人だ。

 普段は自分の知的好奇心を優先して相手を困らせることが多い蓮子が、逆に揶揄われている始末。

 たまに、たまーにそれで痛い目を見ることもあるのだから、これくらいの意地悪はちょうどいいのだ。

 マエリベリーは代金の支払いの為、再びスマートフォンを取り出そうとすると、アルビノの店主が再び問いかける。

 

「そういえば、お嬢ちゃんたちは何を調べに行くつもり?この辺は見ての通り田舎だからね」

「その…私たち、科学が発展した現代。今だからこそ昔そこにあった不思議を…謎を解明する為に色々と…」

「ふぅん。珍しいね?グループの名前とかあるの?」

「えっと…秘封倶楽部と言いまして…」

「……」

 

 その時、一瞬だけ彼女の表情に、初めて暗い何かの色が見えた。

 気のせいかもしれない。仮に本当だとしても、それを指摘するのはきっと野暮だと、マエリベリーはそう気づいた。

 何故なら、秘封倶楽部の名を聞き、笑顔が剥がれたのは一瞬だけで、その後すぐ、彼女は今まで以上に美しい、優しい表情を浮かべて言った。

 

「…懐かしいな」

 

 不思議な人だ。そして同時に沢山の謎を抱えたまま、それを表に出すことなく、こうして目の前で生きている。

 謎を解明する、不思議を発見するのが信条の秘封倶楽部、蓮子でさえ、目の前の店主の、小さな呟きに触れようとはしなかった。

 かける言葉も、繋ぐ会話も忘れて、3人はただじっと、目の前の虚空を見つめていた。

 炭の匂いと肉の匂いが混じり、肉が焦げる匂いに混じり、どちらか二人の腹の音が鳴り響いたと同時に、焼き鳥は完成した。

 今の時代に焼き鳥…という言葉は内心で消化した。

 古き良き町には、古き良き食べ物がベターなのである。

 

「ほら、出来上がり」

「うぉぉぉ…美味しそう…」

「あ、ありがとうございます」

「支払いはそこのQRコードをスマホで読み取ってね」

 

 マエリベリーの向かって右側、そこの壁に貼り付けられたシールを指さして、また綺麗な笑顔で。

 

「またのご来店お待ちしております」

 

 白い髪と白い肌。

 その魅力を引き立たせる真っ赤なエプロンに付いた名札には『藤原妹紅』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緩やかな坂を登っていく。

 その間も全長十数m程の、こじんまりとした民家の群れは段々と数が少なくなっていった。

 蓮子の故郷である東京もかなり古臭いものではあったが、それでも都市レベルとは行かずとも、最低でも数個のビルは建っていた。

 だがここ、長野の『ある神社』の周りは少なくとも数十年、数百年は過去の風情が保存されている。

 科学全盛、現代の世でそのような保守的なまちづくりは勿論荒れた。

 その結果、この県には若者がほとんどいない、いるとしても田舎を好む物好きか、土地代の安さから仕方なくここに住居を移すことにした訳ありか。

 間違いなく言えるのは、もはやこの町…県にはほとんど若者がいないということ。

 だというのに。

 

「ま"…ま"っ"て"ぇ"メ"リ"ー"…」

「まだ半分よ?普段の元気はどこに行ったの?」

「階段登るのは別問題なのぉ…」

 

 ダラダラと滝のように汗を流し、呼吸を荒くする蓮子にマエリベリーは呆れる。

 目的の場所…蓮子曰く「唯一神の残る場所」と称した日本最古の神社への道のりは、想像を絶するものだった。

 このご時世では当たり前…なのだが、しかしやはり珍しい、ここの神社は県からの補助を得て、公式ホームページを作る程の手の込みようである。

 蓮子が予め調べた情報によると、どうやらこの神社…『洩矢神社』は他の神仏系統のそれとは違い、近代化改修を一度も行っていないらしいのだ。

 新元素も、コンクリートもアスファルトもない、古代由来の木と石の造り。

 もって百数年…という当時の専門家の予想を裏切り、なんと今年で最後に行った補修から1000年経ったらしい。

 

「し…しんどい…なんでこんなに階段が多いの…?」

「置いていくわよー」

「うう…メリー…どうか私を背負って…」

「じゃあ置いていくわね」

「鬼!悪魔!吸血鬼ー!」

 

 残り半分、段数はおよそ500程か。

 死にそうな顔で必死に足を動かす蓮子とは違い、マエリベリーは汗をかくこともなく、ただ一心不乱に上へ行く。

 ――違和感。

 いや、正確には既視感だろうか。

 一歩進み、階段を上り、ふと上から町を見下ろす度に、何か言いようのない感触を夢想する。

 石で作られた階段は、新品とは言えないそれなりの年季が入った風貌ではあるが、しかし極度に劣化したり苔が生えているような場所もなかった。

 精々数年、それなりに人が訪れ、そして踏んだ後。

 ここにもかつては、数えきれないほどの人がやって来ていたのか…と、時の流れの無常さを覚える。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか階段は目の前にはなく、代わりに巨大な御社殿があった。

 ――洩矢神社。

 息を忘れてそれを見る。

 マエリベリーは、ドクン!と胸の内側で、何かが震えるのを感じた。

 

「つ…ついたぁ…」

 

 呼吸すらしない、ただ石のように固まってじっと視線を向けるマエリベリーの後ろに、遅れて蓮子が到着した。

 未だ動きを見せないマエリベリーの背中を押す形で、蓮子が叫ぶ。

 

「すみませーん!予約していた宇佐見ですけどー!」

 

 ガラリと音を立てて、襖が開いた。

 御社殿。賽銭箱の更に奥の、一般人は決して入ることが叶わない神聖な場所、そこから姿を見せたのは、一人の老人だった。

 紫陽花色の着物を身にまとった、老いを感じさせない活気溢れる瞳と表情の彼女は、洗練された綺麗なお辞儀を一つしてから、透き通るような声で。

 

「お待ちしておりました。宇佐見蓮子様と、同行者のマエリベリー・ハーン様ですね」

 

 どうぞこちらへ。そう言って彼女は背中を向けて、御社殿の奥に戻って行った。

 待ちきれないと言わんばかりに、ウキウキを隠せなくなった蓮子とは違い、マエリベリーは心底驚いた表情で。

 

「蓮子?あの人ってまさか…」

「そう、ここの管理人の東風谷弥生(やよい)さん。大学に頼んでアポ取って貰ったんだけど…まさかの内部観光OK貰っちゃった!」

 

 腕を引っ張って問うと、思わぬ返事が返ってきた。

 滅多に人が来ないとはいえ、ここは日本最古の神社。文化財としての価値は計り知れず、噂によると過去数十年の中でも、内部への進入を許されたのは一度だけ、しかも国が相手だというものもある。

 嘘か真か、しかし、火のないところに煙は立たぬとも言う。

 少なくとも、こうして御社殿の中に入ることが出来る機会そのものはとても少ないのは確かだ。

 恐れ知らずにアポを取る蓮子の大胆さもそうだが、その結果OKをもぎ取ったその豪運にも呆れるしかない。

 蓮子はマエリベリーの手を解き、逆に自分が掴んで引っ張る形で、賽銭箱を通り過ぎ、段差を踏んで越えていく。

 

「失礼しまーす!」

 

 加速する蓮子に引っ張られ、マエリベリーはとうとう御社殿の内部に侵入、そして襖を超え、足を踏み入れようとした。

 その時、体重のバランスを崩し、前のめりになったのをなんとか堪え、視線を真っ直ぐ前に向ける。

 そこには、変わらず元気ハツラツに、己の手を引っ張って走る蓮子の背中。

 その奥、静かに目を伏せ、思わず息を飲む程の美しい所作で立ったまま待機している、洩矢神社の管理人、東風谷弥生が。

 ――その、更に奥。

 

「………………あ」

 

 巨大な鉄輪が、祭壇に祀られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――メリー。境界が見えるあなたが、もしも本物の神域を見たらどうなると思う?

 

 その時、自分はなんと答えたのだろうか。

 思い返してみれば、その時の内心は「見る機会はないだろうな」という、諦観に近い感情で埋め尽くされていたかもしれない。

 もしも宝くじが当たったら?もしも地球が隕石で滅んだら?なんて。

 確率が0じゃないからという詭弁の元に、ありもしない可能性を話すだけの、そんな一幕。

 

 ――あなたは、彼女を待つ覚悟がありますか?

 

 頭に流れ込んでくる、知らない誰かと誰かの会話。

 ……違う。これを私は知っている。

 相手じゃない。これを聞いているその◼️◼️は、間違いなく知っていた。

 

 ――こ◼️は…◼️なの……?

 

 この記憶は間違いなく幻想だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………これは」

 

 知っている。

 目の前に立つ少女を、否。祭神を私は知っている。

 突如として目の前に現れたその存在に、まるで蓮子は幽霊を見たかのような驚きっぷりで、腰を抜かしてひっくり返っている。

 そんな様子を、弥生は変わらない凛とした顔で、しかしよくよく見れば、うっすらと口元に笑みを浮かべていて。

 

「これは…」

 

 これは甘い罠だ。

 あの世界を、ずっと捜し求めていた幻想が、不思議が本当に存在したのだと確信を持てば、きっと自分は元の場所には戻れない。

 怪奇に魅入られ、ミイラ取りがミイラになるが如く、そのうち自分も魔に落ちる可能性だってあるのかもしれない。

 だがきっと大丈夫。

 まるで万華鏡のように、現実をかき混ぜたあの夢。

 神秘全盛古代の世、そこで見た、感じた頂上決戦と、そして取り戻した…もう一つの友情。

 それが、彼女が私たちを守ってくれる。

 マエリベリーは、確信を持ってそれを言える。

 目の前の彼女へ、たった数ヶ月、常識を捨て去った神秘の体現者に、かつてと同じ言葉を投げかける。

 

「これは夢なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢と現実の(はざま)(まじな)いさ」

 

 ――呪いは廻る。

 洩矢諏訪子は、変わらず笑ってそう言った。

 




 秘封倶楽部はバッドエンドがチラつく運命ですが、この世界では絶対にそんな未来は訪れません、諏訪子様が全てを切り裂いてくれます。

  とりあえず第1部終了、なんだか感慨深いですね(一回くらいはランキング1位を取りたい今日この頃)。

呪術廻戦はどこまで知ってる?

  • 最新の単行本(人外魔境)まで
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