【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
75話.月の追憶
「――繋ぎの時が、来ましたわ」
丑三つ時。
人は勿論のこと、妖ですら活動を停止する程の、夜の帳が下りた時だった。
鏡を思わせる水面の上に、その少女は立っていて、その視線が向かう先は、遠い遠い場所である。
時代にそぐわぬ、貴族の令嬢を思わせるような、豪奢な紫の衣服を纏った少女は、傘を片手に、残る片方の右手に握った、小さな扇子を水面に落とす。
水面に溶け込むかのように、扇子は落ち、そして変化が訪れる。
桜の花びらが、群体となって空へ、更に上へと昇っていく。
その先にあるのは――月。
月と現世を繋ぐ、これは少女がスキマと呼ばれる異能、概念を操作できるからこそ行える手法。
今、『月の虚像』と『月』そのものの隔たりが、水面越しに干渉されたことで、その空間に変化が訪れる。
足先を少しだけ水面に潜り込ませれば、すぐにその実感が訪れた。
あまりにも透き通った、息苦しさを逆に感じてしまいそうになるほどの、一切の『不純物』が存在しない、真空の世界。
少女は、大胆不敵に笑う。
「…始めるわ」
これは、美しき
「第一次月面戦争を」
古来より、『不老不死』またはそれを得るための妙薬を巡り、争うといった趣旨の物語は数多く存在する。
仮にその力を得たとしても、その者に訪れる結末の多くは破滅であり、その最後を締めくくる、不死者の末路はロクなものがない。
ある者は言う。それは所詮フィクション。教育本としてわかりやすく後世に伝える為に、人間の欲深さ、その戒めと権力者への反抗を謳っているだけに過ぎないと。
――だがそれが反対に、不老不死の実存性の証明を裏付けている。とも。
その答えを是とするか、否と切り捨てるかは当人に委ねられる。
事実は小説より奇なり…とはよく言ったもので、世の中に不老不死の逸話や、それを得るための儀式云々の知識が今も残っている、もしくはそれを最初に生み出した者は、ただ一つの歴史として、ホラ話上等の思いで、興味半分で後世に残す選択をしたのかもしれない。
だが少なくとも、後者の物語…『不老不死の薬』と呼ばれるものに関して言えば。
間違いなく、この世界に存在する。いや。
――存在してしまった。
「………」
人間は四人。罪人は一人。
その罪人にあたる人間が、よもや年端も行かぬ、この小さな少女であると、一体誰が理解できよう。
少女は俯いたまま、その表情と真意を誰にも悟らせないよう、じっと耐えている。
だが、その判断は結果的には正しいと言える。
俯いたままの罪人の傍に、一人の男がやって来て、言った。
「陛下。判明致しました」
お手本通りの、少しの震えもない機械のように正確なお辞儀だった。
白と青で統一された、男の位を示す特別な仕様の官服が、男の身体に合わせて僅かに揺れる。
「八意殿。…いえ、
「陛下」
男。
赤と青。対となる二色の布地で作られた官服だが、その衣服の構造、そしてそれが表す位は、僅かに都久親王のよりも上。
この世界。月の都で彼女に真っ向から対立できる存在など、もはや現在では数える程しか存在しない。
家系。功績。そのどれもが、月の歴史に名を遺す程の規模であり、何より本人自体の人望も厚い。
だからこそなのだろう。今回の事件は、彼女を慕う者、尊敬する者の多くを敵に回すこととなり、前まではいた味方が、半分以上が消えてしまっていた。
都久親王の隣に立ち、そのまま膝をつく彼女――八意思兼を見る視線の多くは、不快の色で染まっていた。
「この件は、
八意思兼は、深く頭を下げ。
「どうか、私めを罰してください」
「八意殿。それは事実と相違しますねぇ」
無論。その意見が通る筈もない。
都久は、既に予想していた八意の言葉を遮り、僅かに笑みを浮かべながら。
「赫映姫は、禁薬制作に関与した。と供述しましたよ」
「……っ」
「赫映姫をここに連れてくる道中、
渡りに船とはよく言ったものだ。
数百年前。金の卵を産むガチョウを、都久親王は逃してしまった。
謎の死を遂げた、垂根夫妻には申し訳ないことだが、細愛にとってだけでなく、八意から見ても、赫映姫とは未知そのもの。
――あの八意殿でさえ理解できない、異能の発端。
まるで寿命死を迎えたかのように、眠るように死んだあの夫妻を見て、細愛親王が赫映姫に感じたものは、得体の知れないものへの恐怖でも、ましてや愛でも何でもない。
それは二つ。月の未来を憂う為政者としての信念。そしてもっと純粋で、純然たる、人間を象徴する野望である――知識欲。
そうなると、必然的に彼の前に立ちはだかる存在が、彼女――八意思兼。
今日。今日やっと、今まで尻尾の一つも掴ませなかったあの女の、最後にして最大の弱点を見つけることに成功した。
しかもそれが、数千年前の
この手を逃して、ましてや彼女の名声を、立場を貶める最後のチャンスを、決して逃してなるものか。
長らく政策の世に身を投じたのもあって、己の表情は勿論、無意識に零れる内情の気配、周りの空気を制御するのは、呼吸するのに等しい感覚でできる。
もしもこの経験がなければ、今の自分はきっと、愉悦で顔がぐしゃぐしゃに歪んでしまっているに違いない。
都久親王は、ほくそ笑む内心を綺麗に誤魔化しながら、あくまでも淡々と、八意に指摘する。
「八意殿が今更、責任は全て自分にあると主張するのは…如何なものかと」
「……」
アイコンタクトを済ませ、都久は再び、地面に座って判断を待つ。
だがこれも、既に
都久が顔を伏せたのと同じタイミングで、一人の男が前に出た。
「その通りでございます、陛下」
2mはあるだろう巨大な体躯と、全身を赤に染めた金属製の鎧を身に纏う、武人という言葉が似合う男。
都久親王は、四魂の中にある和・荒・奇・幸の内、八意にも決して劣らぬ謀略の持ち主である『和魂の化身』。
そしてこの男は、四魂の中の『荒魂の化身』であり、月の都に属する戦闘能力だけでならば、
同時に、月の都の軍隊の最高指揮官でもある彼の名は――細愛親王。
彼は予め、都久親王から命令されていた内容を、そしてここまでの流れに沿った、計画通りな言葉と態度で、お辞儀と共に言葉を続けた。
「赫映姫は認めております。八意殿に禁薬の制作を命じたのは、赫映自身だったと。……赫映姫の衛兵たちも、それを証明できます」
「――そうです!」
細愛の報告が終わるや否や、先ほどまでずっと黙していた、この場にいる中で一番の罪人。赫映姫は叫ぶ。
「私が思兼に作れと――」
「お黙りなさい赫映。軽はずみな発言は慎みなさい」
赫映の言葉を遮り、八意が戒める。
小さな声であったが、その言葉に秘められた重さとも呼ぶべき、場の空気を仕切るような、そんな説得力を感じさせる力があった。
「薬を制作したのは、私めでございます。数千年前の
陛下のお許しを乞います。と、最後に付け加えてから、再び両手を上に、深くお辞儀の体勢に戻る。
それと同じく、都久親王もまた、両手を前にし、八意と同じ姿勢となり。
――ほくそ笑む口元を袖で隠しながら、言った。
「陛下。赫映姫と八意思兼の二人が、禁薬制作に関与したことには、確固たる証拠があります」
――勝負あり。
勝利の余韻で声が震えぬよう、細心の注意を払いながら、都久は続けて言う。
「それに、陛下の御旨に反したことを、二人共認めております。――陛下の御威光のため、どうかこの二人に厳罰を」
「…………」
陛下、そう呼ばれた黒ずくめの男は、玉座の上から、静かに都久と、八意の二人を見下ろしていた。
八意の訴え、赫映の自供。都久と細愛の、罰を下すべきという提案に、表情を一度も変えることがなかった。
顎を撫で、ゆっくりと目を瞑り。
月の都の王――
「……ふむ」
再び開くのに、10秒以上はかかっただろうか。
八意にとっては、その10秒がとても苦しく、重く感じられ。
都久にとっては、それがとてもじれったく、愛おしい"溜め"のようにも感じられた。
「事の顛末は把握した」
――だが。
「八意殿に、教導不行き届きの責はあるが――罰する程のものではない」
「――ッ!?」
「赫映姫は、朕の意に反し、他人に禁薬の制作を要求し、そして
「……っ」
ギリィッ……
都久が、小さく歯を食いしばる音。隣にいた八意だけが、それを聞いていた。
「そこから生まれた穢れは、月の都を汚染した――これは厳罰に値する。都久親王」
「……はっ」
「赫映姫に――追放の刑を」
「しかしどうするのだ?都久殿」
「言われなくともわかっておる!…チィッ…!まさか陛下が、あそこまで八意殿の肩を持つとは…!」
「…このままだと、依然我々が不利のままだな」
本宮から出てしばらくしないうちに、とうとう限界を迎えたのだろう。
手に持っていた扇子を、都久が力任せに、壁に向かって投げ捨て、ガツンッと大きな音が出るよりも前に、細愛がそれを受け止める。
少し頭が冷えたのか、都久は深く息を吸い、そして吐くと共に、呟く。
「…赫映姫への干渉はもう厳しい…か」
月の都では、血縁関係が何よりも尊重され、そして大義名分そのものであるとも言える。
都久親王も、そして細愛親王も両方、君主の一族。その直系の親族であるが故に、生まれた瞬間から、『王』の資格を持っていた。
――いや、正確には持って
都久が自意識を手に入れ、両足で地面に立つことができるようになった頃には、もう彼女の独壇場があった。
血縁による裁定ではなく、純粋で純烈な――最強の頭脳と功績の二点。
誰も異論を唱えることなく、そして月夜見があからさまに、彼女を優遇していたことも、誰も気にしない。
それが許される程には、彼女は人望、能力の全てが優れていた。優れ過ぎていた。
八意思兼。月の都の、事実上の支配権を彼女から取り戻すため、彼らは必死に戦った。
隙を見せれば、逆にこちらが食われることになることも、嫌という程に理解していた。
そのため、汚い手段は決して使わず、あくまでも正攻法で、向こうの土俵に入って戦う。それを一体何百年続けてきたか。
「赫映姫の追放はどうする?流石に…」
「細愛殿。言葉を慎め、どこで誰が聞き耳を立てているかわからないのだぞ」
「…すまない」
はぁ…とため息を吐いて、都久は細愛を見る。
自分とは違い、荒魂の化身に相応しい、鍛え上げられた肉体と、それに釣り合う、月の都の技術者が集い、特注で作った鎧と剣。
都久の知る限り、彼より強い人間はこの都に存在しない。
そして、彼は優秀な部下であり、都久の真の狙い、支配権の復権を知り、そして共に願う共犯者でもある。
だからこそ、彼が零した言葉が衝撃だった。
「余一人では危ういが…まぁお前ならそんな心配もいらぬだろうしな」
「そうはいかん。これでも最近は自信が揺らいできた。下手をすれば、食われるのは…」
「――待ちなさい、今何と?」
それは、都久にとっても聞き捨てならない言葉であった。
彼が持つ
生まれついての、荒魂の化身だからこそ得た戦闘の知識と、長い年月を生きたことで、その"蓄"はより厚く、他と一線を画すものと成っていた。
だというのに、それが揺らぐ?
都久にとっては死活問題。ただでさえ少なくない敵がいる現状。細愛親王という、最強の用心棒がいるからこそ、今も自分はこうして、夜の都を自由に歩けるのだ。
「後継者だ。随分前、八意殿が弟子にとったという姉妹の…」
「…まさか姉とは言わないでしょうね?随分な修行嫌いだったと記憶していますが」
「違う。妹の依姫の方だ、前とはまるで違う。――あれは獣だな」
「…ほう?」
神降ろし。
月夜見を含む。神代の力を人の身に宿すことのできる、唯一の逸材こそが、綿月依姫。
実際、何度か都久も、彼女が力を制御する為の修行を、強化アクリル板越しに見た記憶がある。
しかしあれは、所詮は若いだけ。
確かに能力は強力だが、所詮小娘が足掻いたところで、それより上の経験値に…荒魂の化身たる細愛親王には、勝てないことはわかっていた。
実際、何度か細愛と依姫が模擬戦をするのを見たが、どれだけ強力な、八百万の神々をその身に宿そうとも、細愛の持つ『力を散らす程度の能力』を前に、何の有効打も与えられていなかった。
――だというのに、今は違うだと?
「数十年前。依姫がいつものように神降ろしの実験中…ある神と接触し、逆探知される事件があったろう」
「えぇ、覚えています。八意殿も本気で焦っていましたからね、あんな顔を見るのは数百年ぶりでした」
「…そこからだな、まるで人が変わったかのように、な」
「つまり?」
事件の詳細は、本人が一切口外せずに謎が多くのまま。
一体何の神と対峙したのか、何を見たのか、何を目的として、技を磨くようになったのか――
「…純粋な技術のみの剣技なら、もうこっちの勝率は四割…だな」
「…それは、何とも……」
――まさかここに来て、か……
ただでさえ、赫映姫の処遇に悩んでいるところに、更に凄まじい爆弾が投下されたのだから、正直たまったものではない。
綿月姉妹は、姉も妹も両方同じくらい、師匠である八意に対し、凄まじい敬意と恩を持っている。
となると、政策関連で常に敵対しているこちらの事情が、師匠から弟子へと、いつの間にか伝わっている可能性すらある。
引き抜くのは不可能。最悪は武力の差で……といった安全策は、今やかなり怪しいということ。
下手をすれば、師匠譲りのカリスマ…とも言わんばかりの、彼女たち姉妹の気配に"当てられ"た者が現れる可能性すらある。
どうしたものか――
「どうする。都久殿」
「……予定通り、赫映姫は地上に追放。あくまでも陛下が命じた内容をです。ここに、私たちは一切の関与をしません」
「わかった。――時間の方はどうする」
「14、そこから17の内どれかに絞りましょう。これ以上は長すぎますし、逆にそれ未満は短すぎて厳罰になりません」
「……わかった。行ってくる」
――全くこれだから地上というものは。
ただでさえ不穏分子であったというのに、これ以上手をかけられなくなってどうする。
その場にいないことをいいことに、都久は本宮の中ですら見せなかった、忌々しいといった表情を隠すことなく露わにし、苛立ちを誤魔化すかのように、早足で自室へと帰っていく。
星々が輝き、道を明るく照らしている。
これは、第一次月面戦争。その狼煙が上がる前日の話。
月夜見
CV:柴田秀勝(ハガレンのキング・ブラッドレイとか)
秘封活動記録より、月の都で一番偉い人。
あと声優が豪華。
都久親王
CV:井上和彦(ジョジョのカーズとか鬼滅の縁壱とか)
秘封活動記録より、月の都で永琳と敵対してる人。
あのさぁ声優が豪華なんだってば。
細愛親王
CV:小山力也(コナンの小五郎のおっちゃんとかバキの烈海王とか)
秘封活動記録より、前は月の都最強だったが、ある一人の剣士に力を抜かされた。
だから声優が豪華すぎんだよテメェはよ。
投稿時間は何時がいいか
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7:00~9:00
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10:00~12:00
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13:00~15:00
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16:00~18:00
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19:00~21:00
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22:00~0:00