【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 最終章行くまでにはお気に入り登録数7000は行きたい…
 次からはずっと書きたかった白蓮→妹紅輝夜の時代突入ですね。


80話.有為転変―間章―

 天井の木目を数えることすら、当時の自分には出来なかった。

 

 視界を満たしていたのは、ただ静止した暗がりと、微かに差し込むろうそくの灯火。そして己の顔を覗き込む人間の吐息。

 秦こころ――かつてその名を持たず、ただの仮面であった頃。

 自分という存在が形作られたのは、都を揺るがす政治の交錯の裏で、誰にも知られず密やかに行われていた不老長寿の探求、その余白の成果に過ぎなかった。

 鑿の刃が乾いた木肌を削り取るたび、乾いた音が室内に響いていた。

 神子の指先は細く、そして恐ろしいほどに冷たかった。その手が戯れに木片を削り、滑らかに磨き上げ、やがて滑らかな老翁の輪郭を形作っていく。

 その作業は、何かの大義のために行われたものではなかった。

 権力を示すためでも、神を祀るためでもない。ただ途方もない研究の合間に生じた、ほんの僅かな息抜き。

 価値などない。意味もない。ただそこに創られたから、存在しているだけの器物。

 

 だが、その無機質な木の仮面には、目があった。

 

 生きている人間のように光を屈折させることのない、ただくり抜かれた二つの穴。

 その暗闇の奥から、木彫りの面は絶えずに生みの親の姿を見つめ続けていた。

 

 夜毎、苦悶の息を吐きながら床に伏す神子の姿。

 道教を知る前、摂取した毒に侵される身体の痛みに耐えかね、爪が床板を引っ掻く悲痛な音。

 そして、それでも眼差しだけは絶望に屈せず、永遠の生を掴み取らんと爛々と輝かせていた壮絶な貌を。

 

 ――人は何故、これほどまでに死を恐れるのだろう。

 

 感情を持たぬ木片の中に、ポツリと小さな疑問の芽が落ちた。

 人間は皆、死を恐れる。そして当たり前の話だが、死んだことのある人間など一人として存在しない。一度も足を踏み入れたことのない、未知の領域であるはずの死を、人間は何故それほどまでに忌み嫌い、退けようとするのか。

 そして、今まさに息をし、動く脈拍を持ち、この世界の上に立っているというのに。

 何故、更に長い命を求めて貪ろうとするのか。

 

 神子が注ぎ込む熱量、不老長寿への異常なまでの執着。

 それらを最も近くで浴び続けた仮面は、やがてその熱を自身の内側に溜め込んでいった。

 静寂の中でじっと神子を見つめる毎日は、いつしか問いから憧れへと形を変える。

 

 面霊気という命の萌芽。

 

 数多の人間が放つ欲望や感情の断片を吸い上げながら、仮面の奥底で育まれたもの。

 それは一欠片の悪意もない、ただ純粋極まりない憧憬。

 

【■■■は言■た、富と長■■■】

(死を恐れるあなたを貰えば――)

 

 こころの望み。それは付喪神という器の枠組みを突き破るほどの、狂おしいまでの渇望。

 しかし、生まれたばかりの希薄な魂は、己の感情を制御する術を知らなかった。

 "共振"によって増幅した収集欲と、元より兼ね備えていた、不安定な感情の力。

 

 ただでさえ、意識を確立したばかりで、面霊気としての存在もまともに維持できない程、淡く不安定な状態。

 悪意はない。憎悪もない。

 ただ、お腹を空かせた赤子が母親の胸を求めるように。咲き誇る花が太陽の光を求めて空へ根を伸ばすように。

 ――そこには決して、一欠片の悪意などなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

(あぁ……そうか……)

 

 痛みが、不思議と遠のいていく感覚があった。

 

「……ハッ」

 

 神子の唇から、かすかな笑みが漏れた。

 それは敗北の嘲笑でも、死への恐怖でもない。

 己の成すべき道、そして聖人としての存在理由を完全に悟った者だけが浮かべられる、至高の威厳に満ちた笑み。

 

「……笑えるな。こんな土壇場になって、ようやく目が覚めるとは」

 

 神子は切断されたはずの左腕の残滓、その肩口に体内の神秘を極限まで押し流した。

 神力と神力、相反する生の波動を極限状態で衝突させる、人外にしか使えない再生技術。

 その名はを『反転術式』。

 瞬間、神子の全身から神々しい黄金の光が爆発的に噴き出した。

 まるで時間を逆再生するかのように、切断された左腕の断面から新たな肉と骨が急速に紡ぎ出され、指先までが完璧な形で再構成されていく。

 斜めに割裂していた右目の傷跡が滑らかに塞がり、視神経が再び接続される。

 失われていた神子の右半分の視界に、鮮烈な光が戻ってくる。

 

「なっ……!?」

 

 こころの無機質な瞳が、その時初めて大きく見開かれた。

 完璧に追い詰め、肉体を破壊し尽くしたはずの生みの親が、傷一つない完璧な姿で目の前に立ち上がっている。

 神子は静かに一歩を踏み出し、再生したばかりの温かい左手をそっと伸ばす。

 そして、戸惑いによって固直しているこころの柔らかい頬を、優しく、包み込むように撫で下ろした。

 

「認めるよ」

 

 神子の声は、どこまでも深く、温かい。

 

「お前は私だ」

「……あ……?」

「私に、お前を否定することなど出来るはずがないだろう。お前は私が見せてきた、生への執着そのものなのだから」

 

 神子はもう片方の手も回し、こころの華奢な身体をそっと引き寄せた。

 そして、互いの額を静かに重ね合わせる。

 至近距離で交わる二人の視線。

 暴走していた六十六の仮面たちが、まるで母の手で宥められた赤子のように、その旋回をピタリと止めた。

 

「お前はきっと、もう一人の私だ。ただ生きたいだけ……それだけなんだろう?」

 

 神子の体温が、額を通じてこころの内側へと流れ込んでいく。

 同時に、◼️◼️◼️の残滓がもたらしていた狂おしい飢餓が、神子が持つあまりにも強大で、そしてあまりにも澄み渡った生への執着によって、洗い流されるように消失していく。

 

「……私は……」

 

 こころの口から、掠れた声が漏れる。

 

「ずっと……怖かった……? どこにもいなくて……誰も私を見ていなくて……ただの物で……」

「ああ、分かっている。死ぬこと、消えることは恐ろしい。だが、だからこそ生は美しい。死を怖がる私が言うのもおかしな話だが」

 

 神子は優しく微笑み、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

 

「民を平定するための道具として宗教を利用し、死を恐れた。だから自分たちだけが永遠を得ようと道教にも手を出した……ずっと、どこかで罪悪感があったのかもしれない。迷いがあったからこそ、私は弱くなっていた」

 

 額を重ねたまま、神子はまっすぐにこころの瞳を見つめる。

 

「だが、お前が教えてくれた……ただ生きたいと願うことに、何の罪もないことを」

 

 それから、神子は強く笑いながら宣言する。

 

「私は、豊聡耳神子はこれからも王として君臨しよう。迷う者が現れたのなら導き、何度でも、姿を変えず、名を捨てることもなく、この世の上に立ち続けてみせる!」

 

 太陽のように燦然と輝く神子の覚悟。

 その光に包まれながら、こころの瞳から漆黒の濁りが完全に消え去り、澄み渡った本来の色彩が戻ってきた。

 こころの領域『義軌伽藍堂』のひび割れた空間が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

 桃色の世界は光の粉となって霧散し、二人の足元には、静かな夢境の安らぎが広がっていた。

 

「さぁ、君はどうしたい?()()()

 

 神子はそっと身体を離し、こころの小さく温かい手を、両手でしっかりと握りしめた。

 

「……っ、名前……」

「そうとも。お前の名だ、秦こころ。今、君の欲を聞いて理解した。君だけの魂の名だ」

 

 神子は優しく目元を緩め、果てしない未来を見据えるように静かに告げた。

 

「さて……時間はこれから腐るほどあるんだ。君が正真正銘の実体を手にするまで、長い長い暇潰しをしようじゃないか」

 

「……っ、うん……!」

 

 光の中に溶けていく世界の中、こころの唇が滑らかな曲線を描いた。

 それは、感情を得た付喪神が生まれて初めて浮かべた、本当の『笑顔』であった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「良い。それで良い」

 

 尸解仙の儀式が終わった。

 僅かに感じた神力の"起こり"と、そして青娥が細工した面霊気との繋がり。

 夢境の世界。今は人間でしかない諏訪子でも、何とか感じ取ることの出来る二人の気配、そこに纏わりついていた、あの薄気味悪い◼️◼️◼️の気配が、完全に消えたのを確認し、諏訪子は満面の笑みを浮かべた。

 

「どうでした?」

「心配なし。もう完全に暴走の可能性は無くなったよ、あれなら誰も手を出せない」

 

 青娥は神霊廟を静かに見つめ、変わらず胡散臭い笑みを浮かべたまま。

 だが短くない付き合いの中で、諏訪子はその表情の中に、僅かに安堵の色を見た。

 

「"共振"もいい事だけじゃない。あれだけ強く繋がりを保ってた子を切り離されれば、もう◼️◼️◼️自身はまともに干渉できないだろうしね」

「他に方法はなかったので?あの面霊気に"共振"が働いたのは、そもそも付喪神になる為に必要な力…感情の欠落が原因なら、私たちのを使う手段もあったのでは?」

「いいや?それがそう上手いこと行かなくてね」

 

 魂の輪郭。それを察知するならともかく、それに直接作用するような力を扱うには、それ相応の準備が必要となる。

 例えば諏訪子が使う『境界(せかい)を断絶する(カイ)』もそうだが、あれは発揮する効力が単純明快、物質の破壊に過ぎないという点がある。

 他ならぬ面の生みの親であり、同じ欲、そして"共振"の主導権を取り返せる唯一の存在、それが豊聡耳神子だった。

 

「とりあえず、これで万事解決かな。後は勝手に◼️◼️◼️が完全に消えるのを待てばいいでしょ」

「………本当に?」

 

 そう、怪訝そうに問う青娥の声を、諏訪子は初めて聞いた。

 振り返って見てみれば、青娥の顔は、釈然としない…と言いたげな、そして不安そうな、そんな色が浮かんでいる。

 彼女は邪仙であり、死神を含め、様々な危険から身を守ってきた。

 冥府の使いとはいえ、死神は死『神』。それと百年周期の関係を持つ青娥が、本気で今回の件に対し、本当に終わったのかと心配する姿は、ある意味では新鮮とも言える。

 勿論。それを口に出すような、無粋な真似はしないのだが。

 

「一応、軽い意識操作も含めて繋がりは消した。もうあの神のことを覚えている人はここにはいない。それこそ私たちは例外だけど」

「………」

「まぁまぁ大丈夫でしょ、それに…」

 

 あれほど信仰の規模が小さな神ならば、他の神を喰う事も無いだろう。

 諏訪子の知識にある、日本神話における神々の存在。その中のほんの一例に過ぎないが、中には万年を生きる神に対し、生まれてほんの数週間の神が、その命に王手をかけることすらもある。

 要するに、この世界の神々は、信仰の規模もそうだが、生まれてからどれほど経過したか等の情報は実力の裏付けにはならない。

 その点、◼️◼️◼️に秘められた力は未だ不明な箇所が多く、諏訪子もその見た目を含む、気配以外の全てを知らない。

 だが。だとしても、諏訪大国という、決して揺るがない信仰の地盤を手にした、洩矢諏訪子という存在の敵ではない。そう確信している。

 故に、今は東風谷と名乗る陰陽師のままだが、神としての感覚を思い出しながら、青娥に対し自慢げに笑う。

 

「もしあの神が、他の奴らに手を出されても、どうせ抵抗できずに殺されるだけだし……」

 

 仮に。

 

「仮にあの神を、忘れられた神の存在に気づいたヤツがいたとしても」

 

 

 

 

 そう、仮に。

 

 

 

 

「存在しない()()()()()()()()()なんて、そう簡単に出てくるわけないと思わない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敷地の門をそっと開け、影のように東風谷は外へと踏み出した。

 足元をかすめる朝靄と、都の辻を吹き抜ける風。

 屋敷を一歩出れば、そこには都の市井が作り出す独特の喧噪が広がっていた。

 異変から何一つ変わらないかのように見える人々の往来、活気、そして生々しい生活の匂い。だが、その日常の皮膜を一枚めくれば、空気の底には恐ろしいほどの冷ややかさと、異様なまでの焦燥感が沈殿している。

 人々が行き交う大通りのあちこちに、小さな人集まりができていた。

 野菜を運ぶ行商人、薪を背負った男、頭から布をかぶった老婆、そして辻に立つ僧侶たち。

 彼らは周囲を気に病むように声をひそめながらも、隠しきれない興奮と畏怖を交えて、口々に同じある噂を囁き合っている。

 

「……見たか、夕べのあの凄まじい光を」

「ああ、太秦の空が赤く染まったかと思えば、地を揺るがすような雷鳴が響いた……あれはただの火事ではない」

「物部様だ……物部氏の館が、一夜にして全焼したのだという」

「物部氏が滅んだ……?」

 

 集まった庶民たちの間に、低く重い息を呑む音が広がっていく。

 

「仏様を焼いた者が、今度は逆に焼かれて死ぬか……」

「嗚呼、恐ろしいことよ」

 

 辻に立つ老人が身震いをしながら指を小さく組んだ。

 だが、その声には権力者の失脚を悼む色などは欠片もなく、ただただ目に見えぬ巨大な力への底知れぬ恐れが滲み出ている。

 

「本当に恐ろしい、あのお方は仏の教えを排し、仏閣に火を放った。だが結局のところ、己が身にその業火を引き寄せたのではないか」

「まさにその通りだ。どれほど強い兵を揃え、どれほど高い垣根を巡らせようとも、神仏の怒りを買えば一朝にして灰燼と化す」

「因果応報とは、このことだな……」

 

 人々の会話から漂ってくるのは、神仏に対する絶対的な畏怖であった。

 この時代、人々にとって神や仏とは、後世のようにただ拝み奉るだけの心優しい存在ではない。

 意に沿わぬ者には容赦のない災厄を降し、国を揺るがす疫病や天変地異を引き起こす祝福と災いの権化。

 だからこそ、仏像を打ち壊し、寺を燃やした物部氏の蛮行は当時の民衆の心に深い傷と同時に恐ろしい祟りが来るのではという潜在的な恐怖を植え付けていた。

 故に、物部氏の館を包んだとされる謎の大火と滅亡の報せは、民衆にとって罰以外の何物でもなかったのだ。

 

「物部の館からは、今も黒い煙が立ち上っているそうだ」

「触らぬ神に祟りなしという。近寄るだけで恐ろしい病をもらうぞ」

「世の中は誠に解せぬことばかりだ……昨日の栄華が、今日の灰となる……」

 

 民衆は、権力者たちの血生臭い闘争や、目に見えぬ神仏の威光に怯えながらも、たくましく今日を生きるために足を動かす。

 滅びゆく者を悪因悪果の一言で切り捨て、己の身を護るために神仏に祈りを捧げる。それが、この過酷な時代を生き抜く庶民たちの防衛本能であり、同時にこの世の不条理に対する諦念でもあった。

 

 すべては移ろい、形あるものは壊れ、権力を誇った者すらも一瞬で消え去る。

 諸行無常の理が、都の市井を重苦しく覆っている。

 

 忘却と、移ろい。

 それこそがこの世界の真理であり、同時に人の想いに縛られ続ける神々や妖怪という存在の儚さを証明する。

 

(私もいつかはこうなるのかな)

 

 東風谷は心の中で小さく呟いた。

 物部の滅びにより、都における仏教の優位は決定的なものとなり、神子が推し進めてきた政治の盤石さはより強固なものとなるだろう。

 しかしそれと引き換えに、村で祀られるような小さき神々や古き神々は、歴史の闇へと更に深く沈んでいく。

 人々の体から立ち上る煤の匂いを感じながら、東風谷は編み笠の深さを微かに直し、噂話を交わす庶民たちの間を気配もなく、風のように通り抜けていく。

 

 精神世界では今もなお、神子とこころが果てしない時の対話を重ねている。

 外の現実世界がどれほど無常に移ろい、豪族が倒れ、灰煙が都を覆おうとも、あの二人の中に芽生えた生への執着だけは、決して揺らぐことはない。

 

 東風谷は一度も振り返ることなく。

 煤煙と賑やかさが混ざり合う都を過去に、静かに姿を消していった。




 豊聡耳神子
ドレミー「本当は『排他的に幻想郷を支配したい』のでは?」
多分この世界の神子様は堂々とうんって言う。
復活した時には原作以上に張り切る……かも。
 

 秦こころ
解呪成功。遠い未来では立派なアホの子になるでしょう。



 1章は伏線多めで〆、◼️◼️◼️の伏字の中身は、秦河勝のWikipediaに書いてあります。
 さてさて、次はとうとう白蓮さんの出番ですね。
 あと感想欄で「諏訪子×てゐのドチャシコ初夜書きます」って言った瞬間、書け派が一気に80人くらい増えてるの笑っちゃうんすよね。


 書いた。
https://syosetu.org/novel/372369/

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