【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
次からはずっと書きたかった白蓮→妹紅輝夜の時代突入ですね。
――初めて"自分"というものを理解した時、最初に湧き上がった感情は『困惑』だった。
いつの間にか、視界いっぱいに広がる天井の木の板が、今の自分が見ている景色であること。そしてそもそもの話、今までの自分では考えられなかったのだ。――景色を見るという事自体が。
秦こころ――否。名もなき翁の面にとって、人が見せる感情の機微は、ただ『そうあるもの』でしかない。
今も、こうして実体を持つことができず、意識のみを宿らせた
「うん。いい出来だ」
自分は、秦河勝という男に、戯れに渡される面。
誰にも気づかれないよう、こっそりと不老不死の研究を続ける彼女の、息抜きで作られた作品。
民を騙し、自分だけが不老を手にする為、道教を学ぶ際の、ただの息抜き。
大義も価値もない、ただ作ったからそこにある。
それなのに、自分はこうして生きている。
――こうして、死を恐れる彼女の傍にいる。
(……生きるって何だろう)
死を恐れる人間。
老化を忌み嫌い、時の流れからの逸脱を願う人間。
常に若いまま、病を忘れて永遠に。
生きる人間は何故、皆が同じく漠然とした願いを持つ?
(死ぬって何だろう)
人間は皆死を恐れる。
だというのに、誰も死という世界を
死んだことがないのに、死を恐れる人間。
今この瞬間も生きているというのに、何故もっと人は生きたいのか?
面に宿った感情は、時を経て疑問を形作り。面霊気としての命を得る。
――そして最後には、憧れとなって肉の面影を作り出す。
(――生きたい)
面霊気の辿り着いた答え。
人の感情、人の欲望。それを知る為に必要なこと、それは一体何か。
常に目の前で、死を恐れる人を見た。
――私の神様。
死を恐れるその姿こそ、紛うことなき人間の鑑。
生を望み、抗うその姿こそ、紛うことなき純粋欲。
自分がそれを手にする為に。
面霊気。付喪神という括りから外れた、『命』そのものを手にする為には、あの感情が欲しい。
嗚呼、私の神様。
――あなたのような人間に成りたい。
【■■■は言■た、富と長■■■】
(死を恐れるあなたを貰えば――)
こころの望み。
"共振"によって増幅した収集欲と、元より兼ね備えていた、不安定な感情の力。
ただでさえ、意識を確立したばかりで、面霊気としての存在もまともに維持できない程、淡く不安定な状態。
理性のタガが外れ、その牙が剥かれたのは、都の人々に続いて――面の生みの親である、豊聡耳神子自身。
ずっと傍で見てきた輝き。
汚染された思考誘導による、歪に形を変えたアプローチの仕方。
仮面を求め、感情を求める彼女を誑かす◼️◼️◼️。
――しかし、そこには、彼女には決して、一欠片の悪意などなかった。
聖人。
豊聡耳神子は、生まれついての王であり、同時に畏怖という名の信仰を集めている、古代の現人神でもある。
現人神といっても、かの
つまるところ、神子は元人間でありながら、八百万の神々とはまた別の、新たな神の集大成とも言える存在であった。
人間でありながら、人の身から逸脱した、選ばれた者。
――だが。
「…参ったね」
――付喪神。
長い年月を経た道具に魂が宿り、一つの命として動き出す現象。
知識としては勿論のこと、実際に何度か、この目で直接見たことだってある。
だがそのどれもが、付喪神の名の通り、九十九の時を経た、古い古い道具ばかりで、生まれて数週間程度の面が、それこそ職人の手で作られた訳でもなく、ただ素人が作った、息抜きの作品が、まさか命を持って動き出すなど。
…それほどまでに、人の欲望の力は凄まじいのか。
生まれて数週間も経っていない、ただの付喪神に過ぎない彼女でも、結界術の極地に辿り着ける程なのか――
(皮肉なものだな…)
思い返せば、都の人々は皆、理性を失い。己の本能に身を任せ、刹那的な悦楽を求めて死に急ぐような、そんな様子だった。
あれこそ、まさに『
時に十人以上、同時に人々の欲望を聞き、触れ続けてきたからこそ、それを疑う余地はない。
人の欲望とは無限大。
それが善と悪。どちらになるのかは当人次第で、そして中には、どちらにも属さない
――それこそ、生きたいという本能。
道教。不老不死の研究。
死を恐れ、生の終わりを忌み、民を欺いて、自分たちだけで不老長寿の恩恵を貪る。
そんな生き汚い自分の姿を、彼女はずっと面として見ていたのだ。
生きたいという原初の欲。
死にたくないという、誰もが持つ色の感情。
――それが、こうして歪んで牙を剥くのは、全て自分の責任だ。
「ッ…!」
バツッ――
落花の情でも相殺し切れない斬撃。
それが神子の左手を落とす。
「ッ"ァ…!」
――笑えるな。
戦いというものを、最後に経験したのはいつだったか。
何年前。それも数回の、片手で数えるくらいしかない、浅過ぎる"蓄"。
(どんなに心が凍てつこうが、どんなに覚悟を決めてこようが…)
痛いものは痛い。
たとえ聖人と持て囃されようと、どれだけ政治に優れた王であろうと。
左腕が訴える激痛。それは決して麻痺することも、和らぐこともなく、より鮮明に鋭く、精神を抉るように自己主張している。
息が荒い。
普段当然のように行っている筈の呼吸が、上手く続かない。
…呆れてしまう。
――こんな時にまで、「死にたくない」が先行するのだから。
「死にたくない」
脱力し、膝から崩れ落ちる神子の前に、彼女はいる。
「生きたい。そう強く願う声がする」
その声はやはり、最初から変わらず抑揚がなく。
生みの親へ向けるものとは思えない、とても冷たい視線だった。
暴走した面霊気の、光のない瞳が神子を射抜く。
六十六の仮面が織り成す、本来であれば絶妙なバランスで成り立つ筈の存在の均衡。ひとたびそれが崩れれば、いとも簡単に人を傷つける――
「…………」
全身の肌を、裂傷で染め尽くす程の傷。
途中から、彼女は神力の防御すら放棄して、潰れた右目と左腕から、今も血が流れ続けている。
俯いたまま、血に濡れる生みの親。
こころがその時感じたのは――
【これは◼️◼️◼️である】
「……?」
【この◼️を◼️れば――】
「…あれ」
刹那。こころの脳内に響く声。
その時。黒く濁ったこころの瞳が、一瞬だけ以前のと同じ。神子に最初に披露した、彼女本来の色に戻った。
が、あっという間にそれは戻る。
「………まぁいっか」
再び、◼️◼️◼️との"共振"が再開する。
その、人々に忘れられた存在は、これから感情を得る為に、新たに記憶に刻まれようとする祝いの命に呪いをかけた。
ゆっくりと、薙刀を再び上に持ち上げ。
その矛先を――
「認めるよ」
こころの頬を、神子の
「お前は私だ」
――土壇場での覚醒。
神力と神力を掛け合わせ、肉体の活性効率を倍加させることによる、自己治癒・他者治癒能力。反転術式。
刻まれた肉、骨、裂けてめくれ上がった皮膚の全てが、まるで映像を逆再生したかのように、そこには傷跡の一つも残っていなかった。
「私に、お前を否定することは出来ない」
神子は"共振"を知らない。
こころの暴走の原因も、面霊気という種族が持つ、感情の均衡という概念も知らない。
"欲"を聞き、過去を知り、目の前の我が子に、手を差し伸べたのは、誰の意思も、ましてや◼️◼️◼️も関係ない、神子だけの思い。
「お前はきっと、もう一つの私だ。ただ生きたいだけ、それだけなんだ」
額同士を重ねて、神子はこころを静かに抱きしめる。
先程まで持っていた筈の、透明な殺意は既に、こころの中から消えていた。
「今は違う。やっと自分の気持ちが整理できた」
政治の道具として、仏教を選んだのは都合が良かったから。
人心の乱れを正し、すべてを受け入れる事が修行と呼べるなら、それはまさに為政者の為にあると言い換えることが出来る。
民衆の平定に、他力による苦しみからの解放を願う仏教の教えを浸透させ、為政者に逆らえないよう刷り込みを行う。
罪悪感はあった。
いや、まだ踏ん切りがつかなかっただけかもしれない。
群れとして、村として、そして国として。
妖怪も、そして人間も同じことなのだ。皆が等しく名を失えば、存在を失う脆い命。
寄り合いで価値を測るから、迷うから自分は弱くなっていた。
自覚。そして開き直ってより鮮明になった欲望。
こころの目には、それがまるで太陽のように思えた。
「でも今は違う。ただ私は生きたいんだ」
――また新しく、迷う人が現れたのなら導こう。
――名前も変えず、姿も変えず。
――何度でも、ずっと王として君臨してみせよう。
「君はどうしたい、こころ」
「……っ、名前」
「さて。時間はこれから腐るほどあるんだ」
こころの手を握り、神子は続ける。
「君が身体を手にするまで、長い暇潰しをしようじゃないか」
「良い。それで良い」
尸解仙の儀式が終わった。
僅かに感じた神力の"起こり"と、そして青娥が細工した面霊気との繋がり。
夢境の世界。今は人間でしかない諏訪子でも、何とか感じ取ることの出来る二人の気配、そこに纏わりついていた、あの薄気味悪い◼️◼️◼️の気配が、完全に消えたのを確認し、諏訪子は満面の笑みを浮かべた。
「どうでした?」
「心配なし。もう完全に暴走の可能性は無くなったよ、あれなら誰も手を出せない」
青娥は神霊廟を静かに見つめ、変わらず胡散臭い笑みを浮かべたまま。
だが短くない付き合いの中で、諏訪子はその表情の中に、僅かに安堵の色を見た。
「"共振"もいい事だけじゃない。あれだけ強く繋がりを保ってた子を切り離されれば、もう◼️◼️◼️自身はまともに干渉できないだろうしね」
「他に方法はなかったので?あの面霊気に"共振"が働いたのは、そもそも付喪神になる為に必要な力…感情の欠落が原因なら、私たちのを使う手段もあったのでは?」
「いいや?それがそう上手いこと行かなくてね」
魂の輪郭。それを察知するならともかく、それに直接作用するような力を扱うには、それ相応の準備が必要となる。
例えば諏訪子が使う『
他ならぬ面の生みの親であり、同じ欲、そして"共振"の主導権を取り返せる唯一の存在、それが豊聡耳神子だった。
「とりあえず、これで万事解決かな。後は勝手に◼️◼️◼️が完全に消えるのを待てばいいでしょ」
「………本当に?」
そう、怪訝そうに問う青娥の声を、諏訪子は初めて聞いた。
振り返って見てみれば、青娥の顔は、釈然としない…と言いたげな、そして不安そうな、そんな色が浮かんでいる。
彼女は邪仙であり、死神を含め、様々な危険から身を守ってきた。
冥府の使いとはいえ、死神は死『神』。それと百年周期の関係を持つ青娥が、本気で今回の件に対し、本当に終わったのかと心配する姿は、ある意味では新鮮とも言える。
勿論。それを口に出すような、無粋な真似はしないのだが。
「一応、軽い意識操作も含めて繋がりは消した。もうあの神のことを覚えている人はここにはいない。それこそ私たちは例外だけど」
「………」
「まぁまぁ大丈夫でしょ!それに…」
あれほど信仰の規模が小さな神ならば、他の神を喰う事も無いだろう。
諏訪子の知識にある、日本神話における神々の存在。その中のほんの一例に過ぎないが、中には万年を生きる神に対し、生まれてほんの数週間の神が、その命に王手をかけることすらもある。
要するに、この世界の神々は、信仰の規模もそうだが、生まれてからどれほど経過したか等の情報は実力の裏付けにはならない。
その点、◼️◼️◼️に秘められた力は未だ不明な箇所が多く、諏訪子もその見た目を含む、気配以外の全てを知らない。
だが。だとしても、諏訪大国という、決して揺るがない信仰の地盤を手にした、洩矢諏訪子という存在の敵ではない。そう確信している。
故に、今は東風谷と名乗る陰陽師のままだが、神としての感覚を思い出しながら、青娥に対し自慢げに笑う。
「もしあの神が、他の奴らに手を出されても、どうせ抵抗できずに殺されるだけだし……」
仮に。
「仮にあの神を、忘れられた神の存在に気づいたヤツがいたとしても」
仮に――
「存在しない
屋敷を出る。
相も変わらず、人々が作り出す賑やかさは、異変の最中から変わっておらず。
ただ、その代わりに。
「物部氏が滅んだらしい」
「あの光だ」
「仏様を焼いた者が、今度は逆に焼かれて死ぬか…」
「悪因悪果よの」
「本当に」
彼らの身体から漂う、煤の匂い。
それらを過去に、東風谷はそこから去っていった。
豊聡耳神子
ドレミー「本当は『排他的に幻想郷を支配したい』のでは?」
多分この世界の神子様は堂々とうんって言う。
復活した時には原作以上に張り切る……かも。
秦こころ
解呪成功。遠い未来では立派なアホの子になるでしょう。
1章は伏線多めで〆、◼️◼️◼️の伏字の中身は、秦河勝のWikipediaに書いてあります。
さてさて、次はとうとう白蓮さんの出番ですね。
あと感想欄で「諏訪子×てゐのドチャシコ初夜書きます」って言った瞬間、書け派が一気に80人くらい増えてるの笑っちゃうんすよね。
書いた。
https://syosetu.org/novel/372369/
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