【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 あれおかしいな……この作品白蓮さんが主人公みたいになってる……()


88話.幼魚と逆罰―間章―

 道は広がり、土を踏み固め。

 貧富、老若男女を問わない男たちの顔触れは、常に目新しいものである。

 彼らは一様にして、噂に聞くかぐや姫を、どうにか一目だけでも。そう淡い希望と共に足を運び、そして悉くが、何の成果も得られずに、哀愁漂う背中を晒して帰っていく。

 もはや日常の一部になったそれを、少女は、妹紅は一瞥する。

 かぐや姫のいる屋敷。その脇、向かい、斜向かいにかけて、立ち食いの蕎麦屋から茶屋といった、腹を満たす為の娯楽が立ち並んでいる。

 女に目がくらんだ哀れな男たち。そんな彼らを顧客に見据えた、賢い商売だ。

 その目論見は成功し、店の前には腹をすかせた顧客たちがいて、そしてほとんどが男である。

 そんな彼らが作る、人体の垣根を通り抜け、歩く。

 昼下がり。家には数人の雇われの護衛がいるが、彼らは所詮妹紅の父、()()皇子の言うことが絶対で、それ以外の干渉はしない。

 とどのつまり。妹紅に対してどこまでも『無関心』を貫く彼の姿勢が、雇われの護衛に限った話ではなく、それ以外の家の者にも、浸透している。

 それでも妹紅が、あの家で生きることができる理由、それは生まれた時既に持っていた、天与の異能。

 

「よォ嬢ちゃん」

 

 だから、こうして粗野な出で立ちの男二人に囲まれ。

 ドスの利いた声で話しかけられようとも、その内心が揺らぐ事はなかった。

 

「……なんでしょう」

 

 そう返せば、男たちはまるで、勝ちを確信したかのように、歪な笑みを浮かべるのみ。

 反抗される可能性の低い、控えめな態度が彼らにとって、都合が良かったからなのかもしれない。

 あまりにも分かりやすい。どこまでも救えない下衆の香りがする。

 かぐや姫という、眩しい光によって生まれた影。

 この都が発展してから、このような、金持ちを狙った野蛮人の騒動が後を絶たない。

 妹紅は今、家に常置している、貴族らしく丁寧に仕立て上げられた服を着ているが、今回ばかりは失敗だったと、内心で後悔した。

 

「今一人かい?」

「迷子なら助けてやるよ」

 

 ニヤニヤ。

 あくどい笑みを隠そうとしないまま、訛りを覗かせる声と共に、男は妹紅の腕を強く掴んだ。

 決して少なくない不快感に、妹紅は眉をひそめて。

 

「……離してください」

 

 そう言って、鋭く男を睨みつける。

 

「おいおい、折角人が助けになるって言ってるのによォ、そんな態度でいいのかァ?」

「あーこれだから金持ちは…落ち込んじゃうなぁ?こんなにも親切にしてやるって言ってるのによぉ」

 

 わざとらしい。

 目の前で繰り広げられる、男たちのくだらない茶番劇を眺めながら、妹紅は小さく、息を吐いて。

 

「なぁ、お前金持ってるんだろ?」

 

 ――いっそ、今ここで。

 妹紅の目から、一切の色が消失した。

 その視線に秘められた、何処までも冷たい敵意に、男たちはまだ気づいていない。

 再び、妹紅の肩に向かって、男二人が腕を伸ばし――

 

「待ちなさい」

 

 片や、笠を被った尼僧が。

 

「こらこら」

 

 そして、もう片方には陰陽師らしき服を着た少女。

 遠巻きに眺めていた、数多の通行人たちは、一斉に興味を無くして散っていく。

 店先で怯えていた、店主もまた、安心したように、店の品を作る動きに戻る。

 この男たちがどうなるか、既に彼らは知っているのだ。

 

「あぁ?」

「なんだよ」

 

 めでたしめでたし。というやつだ。

 男がギロリと、乱入者を睨みつけた次の瞬間。

 

「南無三ッ!」

「おりゃっ」

 

 尼僧の掌底が、男の身体を吹き飛ばし。

 陰陽師の少女が、問答無用で男の顔面をぶん殴り。

 轟音と共に、店の壁に衝突して、失神。

 

「………」

 

 呆気なく、あまりにも呆気ない終わり方だった。

 

「お見事っ素晴らしい体術で」

「い、いえいえ…ただ護衛の一環で、その……」

「強い僧ってのはいいねぇ、やっぱり見栄えがいい」

「いえいえ!そんな……」

 

 いつでも、男たちに牙を剥けるよう、準備した右手が行き場を失う。

 助けられた。それは見ればわかる。

 ならば次にするべき事といえば。そこまで考えてやっと、妹紅は放心状態から戻り。

 

「あ、あの――」

 

 その声に、誰よりも早く反応したのは、陰陽師の少女だった。

 

「大丈夫だった?怪我はない?」

「はい。ただ強く腕を掴まれただけで、それ以外は何も」

「そっか、でも一応見せてくれる?痣になってたら大変だ」

「は、はい」

 

 結局。少女のされるがままに、妹紅は袖をまくられ、先ほど男に掴まれた腕を、検診される。

 真面目に身体の調子を探っているのだろう、一切の下心や、目的を感じさせない、真剣な眼差しを、少女は持っている。

 実際には、先ほど男に腕を掴まれた際に、妹紅は力のかけ方を失敗し、僅かに肩を痛めていたのだが、その事は説明していない。

 じっと、一言も発さずに肌を見つめられ、残る左手を動かして。

 

「さて……」

 

 僅かに感じた違和感。

 それが、陰陽師の少女、その左手から発せられている、力の波長のようなものであると、妹紅は遅れて気づく。

 一体何を。――そう問うよりも前に、彼女は腕から手を離し。

 

「違和感は?肩とか関節とか」

「……?いえ、それは最初から大丈――!?」

 

 腕を動かして、その時ようやく気付いた。

 妹紅が先ほど感じていた、肩から発せられる鈍い痛み。それがまるで、最初から存在していなかったかのように、一切の余韻を残さずに消えていて。

 

「特別だよ、これで痛みもなくなった筈だ」

 

 人差し指を立て、そう言って笑う少女。

 歳は自分と同じか、僅かに上くらいだろうか。

 妹紅の目の前、太陽の光を反射して輝く、一房程の金色の線。

 一体彼女は何者か、その答えにたどり着いたのは、隣に立っていた尼僧が先で――

 

「……もしかして、あなたが東風谷?」

「そういう君は聖白蓮」

 

 どうやら、二人はこの場が初対面であるようで。

 僅かに、白蓮と呼ばれた尼僧が、まるで()()()()()()()()を一瞬だけ見せて。

 

「君の都での評判は聞いてるよ。かなり人気らしいね」

「い、いえ……私なんてまだまだで」

「謙遜しなくていいよ?私も色んな所を旅してきたけど、あの毘沙門天と謁見できる場所なんて、この辺ぐらいしかないんだからさ。いつか参拝させてね」

「……はい」

 

 さて。

 そう会話を締めくくり、東風谷は再び、しゃがんで妹紅と目線を合わせる。

 

「君はどうなの?」

「…………」

「迷子じゃないね、目と足に迷いがない。じゃあ家出?…いいや、そんな気配はしない。となると」

 

 目を合わせただけで、そこまで理解できるものなのか。

 唖然とする妹紅の前で、彼女は顎を指で摩りながら、ニコリと笑って。

 

「君。もしかして()()()()人間だったりする?」

 

 直球で、そう問うた。

 

「………………持って、る」

「なるほどねぇ。そういえば前に、藤原家に呼ばれた時に…当主からこの力について根掘り葉掘り聞かれたけど。…そういうこと?」

「…………」

 

 妹紅は静かに、右手に小さな炎を灯す。

 後ろから様子を見ていた白蓮は、霊力等の"起こり"がない、正真正銘の『異能』であるその炎に、僅かに驚愕していて。

 東風谷は、恐れる素振りも見せず、その炎に指を突っ込み。

 

「能力かな?霊力の扱いもてんで駄目だし。基本の身体能力向上すらしてない。――なのに、炎を指先から出しても、肉体に反動がない」

「…………」

「生まれつきだね、それもかなりの年季だ。…ただ火を出すだけじゃないね、火力の練習もしてた?凄いじゃん」

「――うん」

 

 その言葉にのみ、妹紅は即座に、そして力強く返事をした。

 練習。それは側妻の子として生まれた妹紅が、唯一己の力で手にした成果であり、価値でもあったから。

 

「うん。――頑張った」

 

 僅かに、無表情だった妹紅の顔に優しい笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 東風谷。

 その名を今や、この都で知らぬ者など存在しない。

 あまりにも早熟。そして才能の原石どころか、宝石そのものとも呼べる、陰陽師としての鏡。

 だというのに、あの妹紅と名乗った少女は、東風谷の風貌も、その実力の詳細も知らないという。

 どこかの貴族の子か、そう思う程に丁寧に仕立て上げられた服。それを着ているというのに、まるで都の情勢には疎い。

 生まれつき持っていた特別な力。風貌。そして、限られた都の知識。

 白蓮の脳内に、妹紅という少女に対する、ある疑惑が思い浮かぶ。

 そんな白蓮の隣を、二人は仲良く横に並びながら歩いていて。

 

「熱っ…」

「火力を上げすぎだね、まだ身体がその温度に慣れてないんだから、少しずつ限界値を上げるんだ」

「…わかった」

「よしよし」

 

 ただ散歩をしに来ただけだと、そう妹紅は言った。

 親が心配するだろう。そう言って、本来であれば、無理やりにでも家に帰してやるべきだったのだろう。

 だが意外にも、そんな妹紅に味方し、一緒にこのまま遊ぼうと提案したのは、まさかの東風谷で。

 

「にしても、まさかこの場所で毘沙門天様に会えるとは思わなかったね。ね~?もこたん?」

「…………?」

 

 慣れない愛称に反応が遅れて、「?」を頭に浮かべて、妹紅は首を傾げた。

 そんな様子を見て、東風谷は再び笑みを浮かべて、都で流通している、陰陽師専用の退治道具を手にしていて。その使い方を説明しながら、霊力で器用に陣を描いている。

 その様子を見れば分かる。彼女は生まれつきの力、祝福と呼べる異能だけに頼ることなく、素の力も鍛えた、立派な陰陽師なのだと。

 ただ、己の知的好奇心を満たす為、そして純粋に只、「死にたくない」という理由だけで、魔法という利器に頼った自分とは違うのだと。

 将来有望な、未来の陰陽師の誕生を目の前にしながら、白蓮は問う。

 

「詳しいんですね、退治道具の使い方」

「ん?まぁね。まぁそう思うのも無理ないか、私そういうの使わない人間で有名だし」

 

 実際。東風谷は陰陽師でありながら、道具に頼らない格闘主体(ステゴロ)派の人間で有名だった。

 

「まぁ、でも知識だけはあったんだよね。自分が…というより、後輩たちを育てる為かな」

「なるほど」

「だってさぁ。私の戦い方なんて誰も真似できないでしょ?妖怪を取り込むなんて」

「…………」

 

 これだ。

 白蓮は、僅かに鼓動の間隔を縮める心臓を、右手で押さえるように、胸に置き。

 

「どうしても、聞きたいんです」

「…なに?」

「妖怪と人は、本当に分かり合えないのでしょうか」

 

 博打だった。

 ただ、「何を馬鹿なことを」と、そう切り捨てるだけならば御の字。

 最悪は、人間でありながら、お前は妖怪に加担するのかと、そう問い詰められ、その事が都に広まる可能性すらあるのだ。 

 それでも、白蓮は聞きたかった。

 

「――そうだねぇ、その前に聞かせて欲しい」

 

 東風谷はじっと、白蓮の目を見つめて。

 

「白蓮はさ。妖怪を殺したことある?」

「…はい、過去に一度力加減を…」

「そうじゃなくて。――自分の意思でだよ。憎い、嫌い、そういう自分の意思で、ただ純粋に殺したことは?」

「ありません」

 

 断言できる。

 白蓮は今まで、ずっと、ただ救いたいと、せめて自分だけでも、彼らに手を差し伸べたいと。

 無条件の善意を信じて、生きてきた。

 

「一度も。憎んだことはありません」

「でも。陰陽師程じゃなくとも、君にもそれなりに依頼が来るんでしょ?実際、前に船幽霊の退治に出かけたのも知ってる」

「――それでも、相手を嫌ったりなどしません」

 

 実際には、船幽霊は死んでおらず、改心している。

 だが、改心したから。今も罪を償っているから。そんな理由で、白蓮以外の人間が、彼女を受け入れる筈もない。

 だから、白蓮は水蜜のことだけはぼかして、東風谷の問いに答えた。

 

「人間も妖怪も、私は決して恨みたくない」

「でも、中には救いようのない奴だっている。妖怪なんて特に多い、人を殺した、救えない悪そのものだっている。それが相手でも?」

「…それでも、私は殺したくない」

 

 白蓮は、己の手をじっと見る。

 魔法に染まった、老いや寿命から解放された、人外の肌。

 しかし、そこには過去に、不慮で命を奪ってしまった、あの日の感触が残っている。

 

「いえ。言葉足らずでしたね、勿論殺したくないから殺さない…なんて戯言は吐きません。わかっています、そんな甘い感情で成り立つ程、この世界は甘くない」

「……」

「私は。本当にどうしようもない時、その相手が、妖怪だろうと人間だろうと。…周りが危険に巻き込まれるなら、問答無用で私は命を奪うつもりです」

「…………」

「でも、そこに"恨み"を持ち込みたくない。私が嫌いだから、許せないからと、自分勝手な価値観を持ち込んで、命を奪う行為を。――私は肯定したくない」

「…なんで?悪い奴を許せない。そう思うのは人として当然だ」

「いいえ」

 

 白蓮は、断言する。

 

「違います。否定はしません、でも、()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「一度でも、故意で誰かを殺してしまったら。きっとこれから先、同じように悪人や妖怪の相手をした時に。――倒すではなく、『殺す』という選択肢が、私の生活に入り込むと思うんです」

 

 救えなかった人がいる。

 救うのが遅かった妖怪がいる。

 救えない、どうしようもない悪人もいて。 

 同じように、話し合えない獣の如き妖怪もいた。

 

「命の価値が曖昧になると思うんです」

 

 そんな彼らを、己の正義感で殺したら。

 一度でも、自分の勝手な意思に従い、力を振るってしまったら。

 普段傍にいる、大切な家族にも、同じような視線を向けてしまう――

 

「もしそうなって、本当に大切な存在だった者にまで、同じように命の価値を測るようになってしまったら。――私は、それが怖い」

 

 それが、ただ嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それだけだった。




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 …ところで呪術がもう来週で終わるってマジ…?

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