【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 一切を存分に喰らい尽くすんだよあくしろよ。


91話."U R MY SPECIAL"

"業軋(なりぎし)"

 

 東風谷が刀を抜く。

 倒壊した土壁の上で、禍々しい虎の身体が一際大きく、その肉を膨張させる。

 満月による特殊環境。そこから配給される、文字通り肉体を作り替える程の、凄まじい量の妖力。

 まるで猪のように、鋭く大きな牙が、人間の顔から突き出している異形。

 それが見せる、愉悦と感心。そして傲慢が入り混じった視線。

 

()()()()の力か】

 

 檮杌は知っている。

 彼女は陰陽師、人間でも類を見ない異能。妖怪の無条件調伏ができることは知っていた。

 取り込んだ妖怪は、この世とは違う亜空間に送られ、いつでも彼女の命令、意志一つで、一瞬で、しかも媒介を必要とせずに繰り出せることも。

 だが、今はその心配はいらない。

 その数は1000万。集めた妖怪はどれも木端の、それこそ等級で表しても、せいぜいが3~4級に過ぎない、烏合の衆。

 ただ攻めるだけなら、それこそ、これがただの戦いなら、それらはいとも簡単に、彼ら陰陽師によって簡単に、討ち滅ぼされていただろう。

 

 だから、待った。

 満月という、妖怪にとって最高の場と空間を。

 だから、選んだ。

 ――都という、人間共の急所を狙うやり方を。

 

 絶対的な個には、どれだけ数を揃えようと敵うことはない。

 認めたくはないが、特にこの陰陽師は、絶対的な個の力を秘めておきながらも、その実数すらも持っている、正に例外。

 檮杌は悩み、そしてその両方を削ぐやり方を、最適な戦い方を選んだのだ――

 

「ッ…!」

【どうした、気分が悪そうだな?】

 

 檮杌の笑みは、それはもう醜く歪んでいて。

 成功した作戦。そして知恵比べで上回るという、最初の勝負の勝ちという美酒に酔う。

 

「っせぇな…!さっきから…!」

【人間風情。それもあれだけの量の駒を操作するのは堪えるだろう?無理をするな。脳が焼き切れるぞ】

「そうしたら…さっさと帰ってくれるっての…?」

【いいや、殺すさ】

 

 髪を掻き毟る勢いで、頭を必死に押さえて苦しむ東風谷が、更に顔を顰めたのが見える。

 陰陽師とは皆、これだから簡単に扱える。

 檮杌は笑って。

 

【そうだな…今、東の方には野犬から妖怪になった者が多くいる。彼らは小さく俊敏でな、お前が一体でも駒の顕現を解除すれば、そこを狙う】

「…!」

【お前が一匹、苦痛から逃れる為に能力の使用を止めれば、何も知らぬ哀れな人間を二人殺す。どれだけ必死に守ろうと、殺して殺して、それが無理でも、腕か足でも捥いでやろうか】

「このっ…」

【そうして痛めつけて、『貴様のせいだ』と嘲笑う。お前のせいで死んだのだと、そうして永遠に勝ち誇ってやるわ――!】

「はっ…クソが」

 

 ――とことん悪趣味だ。

 そう付け加えて、東風谷はふらつく身体を何とか、意志の力で奮い立たせ、目前の邪心を見る。

 檮杌は文字通り、()()()()から来た存在。

 四凶。つまり最悪なことに、彼と同格の存在はあと、三匹この国に来ているということで。

 

(渾敦と窮奇は…詳しく知らないからパス。となると…最後に残ってるのは饕餮だけど、これも今は除外)

 

 残る邪神がどこにいるか。

 新たな騒動の種であるが、今、それを憂うような余裕はない。

 そもそも――

 

「お前、一体どうやって身体を治した?」

 

 懐疑があった。

 

【何のことだ?】

「…お前の身体、妖力の流れが不自然なところがある。多分、前に怪我をした場所だろうね」

【……ほう】

「そこだけ、痛みや違和感を庇うように、妖力が過剰に纏ってある。――でも、()()()妖力は減ってない」

 

 満月による、妖力の外付け配給。

 それを除けば、よく見るとそこには、平常通りの総量を保ったままの、邪神特有の、膨大な妖力が感じ取れる。

 妖怪は人間と違って、自己補完の妖力が少なく、そして回復速度も、非常にゆったりとしたもの。

 彼らは最初から、生まれた時から膨大な量の妖力を持てる代償に、一度消費した場合の、自然回復する速度のみ、釣り合いを取るかのように遅いというのが、最近の研究で分かったのだ。

 

 その最たる例が領域展開。

 彼らが一度領域を展開すれば、平常時の総量に戻るのに、約十日はかかるとさえ言われている。

 

 だが、今の檮杌は違う。

 身体を治した形跡も、そして今の反応から見れば、それなりの重傷であったのも確か。

 それはつまり――

 

()()()()()()()()?」

 

 彼に、協力した者がいる。

 ()()()()()()()がいる。

 視線を鋭くして、東風谷がそう問うと、彼は。

 

【…さぁな】

 

 あくまでも、とぼけてみせた。

 

【それより、今の貴様にお喋りをする暇があるのか?こうしている間にも、我が同胞は人間を襲い続けているぞ?】

「……だね」

 

 ――そう、今はそんなことどうでもいい。

 痛みで思考が回らない今、するべきことはそれじゃない。

 とにかく最優先。最短で、そして最善の行動とは。

 東風谷は刀を構え、同時に隣に立っている、矢を番える協力者に話しかける。

 

「ねぇ、君の名前聞かせて」

「八意■■。地上の発音で永琳よ」

 

 永琳は、先ほどの会話の最中も、決して隙を見せることなく、檮杌の額に矢先を向けていた。

 空気が凍てつき、破裂しそうな拮抗。

 檮杌は全身に妖力を。

 両者、人間の彼女らは武器に霊力を込め。

 そして、最低限の言葉を交わし。

 

「封印の結界が通じるくらいには弱らせる。――行くよ」

「了解」

 

 弓と矢。刀一本で、彼女たちは邪神に戦いを挑む。

 

 

 

 


 

 

 

 

 最初に動いたのは檮杌。

 

【消えろッ!】 

 

 巨腕を振り下ろし、地面を揺らす。

 

【~~――ッ■■。――行け】

 

 それと同時に、巻き上げた砂利に向かって、耳で聞きとれぬ程の高音で、何かを叫ぶ檮杌。

 次の瞬間、空中を舞っていた砂利が、透明な風の刃に向かって、収束する。

 そして、それを纏った、真の風の刃が、檮杌の合図で再び疾走する。

 ただの風ではなく、砂利を混ぜて殺傷能力を上げた風。

 霊力の強化を施したとしても、下手をすれば肉を抉られ、骨が露出するであろう、その威力。

 一歩、東風谷が前に出る。

 

「永琳、後ろに」

 

 それを信じ、永琳が走る速度を僅かに落とす。

 ちょうど、東風谷の背中に隠れる位置をキープし、一定の速度を保ちながら。

 風の刃が襲い掛かる、その直前。

 

 東風谷が刀を、縦に構える。

 

 それと共に、彼女の霊力が具現化し、そして気質を象徴する赤い蛇が、己の尻尾に顔を近づける。

 それは異国の、ギリシャで伝わるシンボルの一つ、ウロボロスを模した動き。

 だが、それともう一つ、それが意味するシンボルは――

 

「"(キュウ)"」

 

 東風谷、そして永琳の身体を包むように、巨大な輪となった赤い蛇。

 それが銀色の光を放つと共に、その身体を高速で回転させ。

 目前に迫った風の刃。その全てをぐるんと、()()()()

 

【何…!?】

「――っ!あれは…」

 

 唯一、永琳のみが、周りを漂う赤い蛇の正体に気づいた。

 能力による物質・生命の具現化。それらと簡単な結界術、追加で空性結界や浄界のような、高度な結界術で行える物質の形成。

 それの材料は主に霊力で、そしてこの蛇もまた、それらとそう違いはない、霊力によって具現化したもの。

 

 だが、これはそれより遥かに上。

 霊力を体外で物質化するというプロセスを必要としない、あれは()()()()()()

 人体では生成・保持できない程に、高密度に練り上げられた力。

 

 ただでさえ、霊力とは妖怪、そして檮杌のような"()()()"にとっては天敵。

 それを、更に何十倍、何百何千倍にも練り上げたそれは――

 

「"(エン)"」

【ッ!?】

 

 再び、輪の規模を小さく、そしてそれに比例して加速する、赤い蛇が織りなす歯車(ギア)の刃。

 東風谷が刀を、上から下に振ると同時に、霊力そのものである、その肉体を飛ばす。

 それは奇しくも、本来の彼女(洩矢諏訪子)が持つ力の、鉄輪を飛ばす姿と類似していた。

 一瞬、反応が遅れた檮杌の左前足が、根本から切断され。

 

【その呪具、厄介だ――!?】

 

 横に跳んだ彼が見たのは、こちらを()()()()()斬撃。

 妖力の過剰生成、人間が使う反転術式の原理を、咄嗟に再現し、自然治癒力を高めることで、檮杌はすぐに足を治す。

 そして、取り戻した身体能力による踏み込みで、再び、真上に跳ぶ。

 歯車もまた、直角に軌道を変更して、追う。

 檮杌はそれに、深く息を吸ってから――

 

【――消えろ!】

 

 自身の鼓膜を震わせ、破る程の大音量。

 そこに妖力を上乗せした、古代に君臨する最悪の音響兵器が顕現した。

 そのあまりの声量に、歯車は形を維持できず、空中で霊力が飽和し、分解され。

 味方の筈の、今も都で暴れている妖怪たちも、その場で蹲る程で――

 

【ここからなら…ッ!?】

 

 

 

 

「滞空できるんだもんなぁ」

 

 

 

 

 視線の先。

 先ほど自分がいた地上に見えたのは、弓矢を両手に、依然として戦闘態勢を崩さない、永琳。

 だが、その前にいた筈の、彼女の姿が見えず。

 檮杌が聞いたのは、彼女が頭上から、こちらに話しかける声で。

 

「私でも上に逃げる」

【貴――】

 

 ――呪具・業軋(なりぎし)に刻まれた能力は三つ――

 

【――様ァアア!】

 

 ――"(キュウ)":流滑――

 ――"(エン)":追尾斬撃――

 

「遅い」

 

 檮杌が再び、息を吸って二発目の攻撃を放つ直前。

 空中を蹴るように加速した東風谷が、刀を垂直に、檮杌の額に向ける。

 

 ――その足元には、小さな歯車。

 

 激しい霊力を代償に、肉体に『"(キュウ)"』を複数、二十を超える移動用の歯車を纏い、移動速度を引き上げる。

 空気の"面"を打ち、蹴り、回転する歯車を押し付けることにより、東風谷は踏ん張りの利かない空中と言う戦場でも、地上と変わらない機動力を手にした。

 そして、最後の――

 

「"(テン)"」

 

 それは、残された三つ目の能力。

 歯車が持つ回転、そして熱も全て、刀身の先に集中させる。

 火力以外の全てを捨て、応用性・攻撃範囲・インターバルの短さを全て犠牲に、全てを乗せた一撃を体現する。

 赤く、霊力が織りなす赤い蛇のそれと同じ、真っ赤に燃える刀身が、その攻撃力を物語る。

 『"(キュウ)"』による空中加速、そして『"(テン)"』が組み合わさった、今の東風谷が使える。

 人間が使える最大最強の一撃――!

 

「――これでちょっとは弱ってくれ」

【ッがぁァアああアアアッ!!??】

 

 刀を突き立てた瞬間。

 檮杌の、音響兵器として機能はしないものの、それでも、思わず耳を塞ぎたくなるような、大音量の叫びがこだまする。

 落下の勢いに身を任せ、戦いが終わった後、これから後の自分の状態を、今だけは勘定から省く。

 身体許容量、それの三倍である膨大な霊力を身体に、刀に流し込みながら、墜落。

 それと共に、今も尚並行で進めている、都の防衛戦。

 戦いが始まり、およそ2分。

 1000万はいた筈の妖怪の群れが、今ではもう、半分を切っているのが見える。

 檮杌の評価である「烏合の衆」は、どうやら間違ってはいないようだ。

 この調子なら、このまま檮杌を弱らせ、プラン通りに封印作業を開始する。

 ――だが。

 

(ッ…!?――~~~!!!)

 

 しかし――

 

(ふざけんなよ…!嘘だろこいつ…!?)

 

 それでも、彼は――

 

【陰陽師ィイイイイイッッ!!!!!】

 

 ――檮杌は、致命傷には至っていない。

 妖怪だろうと、心臓もそうだが、"核"と呼ばれる、人間にとっての脳にあたる部位が存在する。

 東風谷は今、最大速度で突っ込んだのにも関わらず、決して手元が狂わないよう、全力で刀身を片手で支え、寸分の狂いなく核を貫いた。――筈だった。

 それでも、彼は今も、消失反応を見せるどころか、核を潰されたことで弱る様子も見せていない。

 一体なぜ、そう思ったのは一瞬だけで、檮杌の怨嗟の叫びと連動・共鳴し、貫いた場所にあった、他と比べて濃くなっていた妖力が消え。

 ――代わりに、そのすぐ隣から、正真正銘の核、妖力の強い反応が見えた。

 

(こいつ…!妖力操作で核の位置にブラフを…!?)

 

 想定するべきだった。

 最初から、こいつは木端の妖怪とは違う、別の国から来た邪神なのだ。

 この程度、基礎的な技術である妖力操作くらい、考えて警戒するべきだった。

 

(不味い、意識が…!)

 

 身体許容量を超えた、力の運用と並列演算。

 逆に、今も脳が焼き切れていない方が奇跡とも言える、それ程までに、東風谷の肉体と精神は限界であった。

 フュオオ…と、何かが吸い込まれる音が、東風谷の耳に入る。

 

【今度こそ…】

「ぅぐ…!?」

 

 落下に身を任せている現状、刀を檮杌の頭から抜くのに、東風谷は苦戦してしまう。

 ただでさえ、疲労で力が入らないというのに、既に『"(キュウ)"』による移動速度向上も、時間切れでインターバルに入っている。

 檮杌が口を開く。

 その喉奥から、再びあの音が――

 

【貴様をご子rぉス――!?】

 

 聞こえる直前。

 檮杌が紡いだ言葉が、喉からの出血と共に汚濁に汚される。

 溜めと共に、再び大気を割る程の威力を秘めた、あの叫びが来る代わりに、東風谷の頬の傍を通り過ぎたのは、――矢。

 落下の勢いで、貫かれ、穴を開けた檮杌の喉に血が溜まることはなく、その穴から、地上の様子が覗いて見える程。

 東風谷は見た。

 今の今まで、自身の持つ霊力をずっと、ずっと一本の矢に集中し、流し込んでいた彼女、永琳が。

 ようやく、その最終兵器を、檮杌の喉に放ったのだと。

 

「――風、そして最初に砂利を纏わせたのを見れば、ある程度は予想できるわ」

 

 ずっと、永琳は檮杌の()を狙っていた。

 檮杌が、そして東風谷が、必ず互いに致命的な隙を晒す、作ることを確信し。

 風の抵抗、そして物理法則の全てを、一瞬で暗算し、待機。

 そして永琳は、――その賭けに勝った。

 

「核は無理だったけど。――喉を抉れれば充分かしら?」

 

 永琳はすぐに、弓矢を放り投げ、代わりに両手で印を結ぶ。

 科学の発展した月では、もはや滅多に見ることはなくなった、人間が使う原初の結界術。

 『浄界』と呼ばれる、地上の人間にとっては、最高難易度のものとされる、魔を封じ、弱体化させる結界術の頂点。

 それが、落下する檮杌の身体に纏わりつき。

 

「期日は一週間。――それまでの間に、何とかしてみなさい」

【――人間ンンンンッッ!!!】

 

 唯一、人間の東風谷のみが弾かれ。

 正八面体の結界、それに封じられた檮杌は、叫ぶ。

 

「後は、地上の人間たちが上手くやってくれるでしょう」

【…!】

「私が出しゃばる必要はなく、あなたは地上の聖人に、討ち滅ぼされるでしょう」

【…ククク】

 

 結界の純度が高まり、既に檮杌は、意識を失ってもおかしくはない。

 だが、永琳のその言葉を聞き、それでも、彼は意識を失うことなく、むしろ邪悪に、笑った。

 

【ク、ククク…!ククッ】

「……」

【クハハハハハ!!】

 

 そこに、驕りや小細工はなく。

 檮杌は、ギラついた目を大きく広げ。

 血を吐きながら。

 

【『地上の人間が上手くやる』…貴様はそう言ったな】

「…?」

【この俺に歯向かった罰だ】

 

 ただ、純粋に。

 空洞のできた喉、それが痛むのもお構いなしに。

 笑った。

 

【その望みを……絶つ……!!】

 

 息を吸い、大声で。

 

【聞けェ!人間共!!】

「――!?」

 

 永琳の用意した浄界は、閉じ込めた者の声を封じる機能はデフォルトでは備わっていない。

 喉を穿ち、声による攻撃はなく、仮にできたとしても、あの怪我でできることなど、限られていると思ったから。

 ――だが、月の賢者唯一の誤算。

 ――恨みが、憎しみが、精神が、彼の肉体を凌駕していた。

 

【不思議だと思わなかったか?何故俺が、一度は人間に()()、そして瀕死になった俺が!こうして復活したのかを!!】

 

 攻撃性を捨てた、ただの叫び。

 これといった処置、対策など必要としない、ただの負け惜しみの叫び。

 ――永琳にとって()、だが。

 

【教えてやる!!】

 

 都中に響く声。

 陰陽師も、一般人も、老若男女問わずがそれを聞く。

 檮杌が一度、ある人間と戦い、そして敗れたことなど、都の人間たちからすれば、知ったことではない。

 だが、()()()()()()()()()事実は、決して――

 

 

 

 

()()()()()()()の正体と名を!!!】

 

 

 

 

 無視できないものだった。 

 

 

 

 


 

 

 

 

 妖怪が、都を襲った。

 

「…ぇ」

 

 ――都の犠牲者は、ゼロ。

 その噂を聞いた時、白蓮は、ただ純粋に安心した。

 東風谷、そして崔爾の二人が、山から土砂崩れのようになだれ込む妖怪と、それの首謀者である、凶悪な妖怪の相手をした。

 特に東風谷に関しては、彼女が持つ能力もあって、都で壊滅的な被害を受けたのが、建築物だけで済んだ理由の大半を占めている。

 それ以外の、一般人の避難や護衛、そして他陰陽師の助力に、崔爾もとても活躍した。

 良かったと。そう思った。

 

「――なんで」

 

 家を失い、迷う人がいる。

 それなら、自分も力になれるのでは。そう思った白蓮は、村紗や一輪に内緒で、こっそりと都に下りて、道を歩いた。

 ついでに、以前依頼で世話になった、都から外れた位置にある、あの村を――

 

「…なんで」

 

 

 

 

 ――都()犠牲者は、ゼロ。

 

 

 

 

 白蓮の目の前に広がる、血と臓物の海。

 倒れた民家の残骸からは、縦に裂かれた人間の腕が。

 その隣には、無造作に齧られ、半分も原形を残していない、老人の遺体。

 下半身を無くし、胸を齧られ、肺や胃を露出したままで放置されている、子供の死体。

 ぐちゃぐちゃ。どれも、全てが。

 かつての優しい空気も、笑い声がこだまするあの村は。もう、ここにはない。

 地面一帯、もはや赤くない場所など存在しない。

 それは、正に地獄絵図であった。

 

「聖」

 

 背後に、いつの間にかナズーリンが立っていた。

 今も尚、目の前の惨状を受け入れ切れていない、白蓮に、彼女は話しかける。

 

「……なんで」

「聖」

「どうして、なんで、犠牲者は、いないって…」

「…聖」

「なんで、それに、こんなの――」

「――聖」

 

 だが、言わねばなるまい。

 ナズーリンとて、聖白蓮という人間が好きだ。

 監視、毘沙門天の使いとして、地上に降りたのがきっかけだった。最初はそれだけだった。

 だが、ナズーリンとて命を持っている。生きている。

 毎日、彼女と会話を交わし、その儚い理想と、厳しい現実の狭間で生きる彼女が、大好きだった。

 ――だが、それでも。

 

「君は以前、虎の妖怪を助けたと言ったね?」

「……」

「……都を襲い、そしてこの村を滅ぼした妖怪は、檮杌。人間の顔と、猪みたいな牙を持った…――虎の身体をした邪神だ」

「…………………………ぇ」

 

 ()()()()

 以前に助けた。

 虎の、虎――

 

「…そいつは今、都ごと結界で封じられている。……だが、ご丁寧に最後に、都中に響く大声で、君のことを喋ったよ」

「……ぇ」

「俺はそいつに助けられた、あいつが俺の身体を治した。…あいつのおかげで、俺はこうして人間に復讐を……」

「……は?」

 

 白蓮の顔は、引き攣っていた。

 ナズーリンは、血が出るくらいに拳を握りしめていて。

 絞り出すように、続けた。

 

「……………………最後に、俺に恥をかかせた()()、そいつのいる村を最初に滅ぼしてやったぞ。と」

 

 

 

 

 ――以前も、あの子が使い終わった後の退治道具を片手にやって来て、何があったの?って聞いたんです。そしたら…

 ――…そしたら?

 ――あの子、これがあるから大丈夫って。そう言うんですよ、それに、私はもう妖怪を倒せるんだって…

 

 

 

 

「既に、讃岐造含む、崔爾を中心とした征伐部隊が結成された」

 

 血と腐臭。

 ぴちゃりと、土に染みた血液が、足にくっつく音のみがある世界で。

 ナズーリンの声が、残酷に響き渡る。

 

「――聖白蓮。人でありながら妖怪に加担し、妖怪との共生を望む、極悪人。…そして、魔法という力に魅入られた、重罪人の処刑」

 

 ――妖怪と共に過ごしたい。 

 ――自分は純粋な人間ではなく、魔法使いである。

 そのどれも、あの日に救った虎妖怪に語った、自分の情報だった。

 

「なん、で……」

 

 ――違うだろう。

 

「…聖」

「なんで、なんで……」

「聖…君は」

「なんで!?なんで!!」

 

 白蓮は、首を振って喚くだけ。

 なんで?そんな台詞を、――自分が吐ける価値などない癖に。

 覚悟したはずだ。

 自分が救った人が、妖怪が誰かを傷つけても、それが己の罪だと。

 それでも、自分は彼らを救ってみせると。

 

「なんで、こんな…!?」

「…」

 

 ナズーリンは、何も言わない。

 何も言えない。これは、白蓮の罪と、いつかは崩れる予定だった、張りぼての達観であるから。

 痛ましくて、見ていられない。

 今の白蓮は、泣くことすらもできずに、首を振って、現実を直視できない。

 何度も、何度も喚いて、否定して、目を逸らして。

 ふと。

 

「――あ」

 

 見えた、死体。

 比較的、他の人間のとは違って、欠損している箇所も、血に濡れている面積も小さい。

 ――少女。

 それが、うつ伏せの体勢で。そこに。

 

「――ッ!」

 

 もしかしたら。

 もしかしたら、まだ息があるのかもしれない。

 白蓮は、もう必死だった。

 その、うつ伏せの少女の肩を掴み、ゆっくりと持ち上げ。

 

「大丈」

 

 ――ゴトッ…

 持ち上がったのは、()()()()()身体のみ。

 鼻から上の、一刀両断された少女の頭が、切断面に()()を残したまま、地上に取り残された。

 

「………あ」

 

 ――おもくない?

 ――重くないですよ、大丈夫大丈夫。

 あの子だ。

 

「………う」

 

 ――んー…

 ――それじゃ、早く帰りましょうか。

 あの、小さな村の子供だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう"う"う"う"ううう"うううう"う"う"ううう"う"え"っ」

 

 胃の中にあったものを、白蓮は全て吐いた。

 血で真っ赤に染まる地面を、己の吐瀉物が上書きする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私は、死がとても恐ろしい。だから、自分が死んだ時のことなんて、想像だってしたくないし、できない。

 ――だからこそ。生き様で後悔はしたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…死ね」

 

 ――お前だけ。

 

「死ねっ…死ね…!死ね死ね死ね死ね!ッ!死ね!!死んでしまえ!!!」

 

 ――この人たちの代わりに。

 今すぐに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………死んでよ」

 

 自分だけ――




 "U R MY SPECIAL"




















 以下、没にしたカグラバチネタのサルベージもとい作者のネタ帳。

業軋(なりぎし)』(刀の鍔はメビウスの帯みたいになってる捻じれた歯車)
刀モチーフ→ギア・歯車。
技モチーフ→歯車に関連した数学関連の単語→"球"体・"円"形(球体の半径)・"点"(球体の接地面積)。
 球は防御と受け流し、円は飛んで追尾する斬撃、点は火力メインの一点集中攻撃。

 カグラバチ原作がもっと進んだら↑のでいつかは書くかもしれない。
 評価とお気に入り気軽にお願いします。

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