【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい 作:洩矢廻戦
「一人じゃないんだ」
今が、人々が眠る深夜の時間帯だからではなく。
自分たち以外に、他の誰もいないからという訳でもなく。
その声が、鋭く耳に突き刺さるのは、そこに秘められた、彼女の意思の重さ故。
その言葉を発した、民家の屋根に立つ少女を見て、白蓮は強い警戒心を持つと共に。
――ある、既視感を抱いた。
「…誰?」
隣の村紗のみが、唯一
見慣れない服装だった。
動きやすく、独特の改造を施したもんぺと、床に擦れそうな程に長い、真っ白な髪。
妖怪や神のような人外と違って、人間の髪色は基本、黒か茶のどれかがほとんど。
ここまで、雪にも劣らぬ純白の髪を持つ者は、見たことがない。
仮に一度でも、このような特異な姿を目にすれば、そう簡単に記憶から消えることはない筈で。
「…あんた、例の地縛霊?」
「――!」
じろり。
少女が光のない、真っ黒に瞳孔を染めた視線を、村紗に向ける。
その、思わず身が震えるような、底なしの"予感"に、全身が硬直する。
再び、少女は白蓮の方に視線を向けて。
「ちゃんと退治したんじゃなかったっけ?そいつ」
「……………………」
言い返すことは何もない。
白蓮がしたのは、どうあがいても、決して言い逃れができない事。
人を殺した、危険な人外を匿った。そこに深い意味はなく、ただその現実があるのみ。
絶対零度の視線を向けたまま、その少女は、動く。
「っと………」
とんっ。と、軽く跳ねるように屋根から飛び出し。
そして、刹那。
ドゴンッ――!
凄まじい衝撃音と共に、残骸を噴水のように。
垂直に真上へ吹き飛ばしながら、着地。
「ッ!?」
「白蓮だけならまだしも…まさかムラサまで」
砂埃が晴れると、そこにあったのは、炎。
まるで意思を持った、もう一つの生命体のように、ギラリと赤く、そして熱く輝く炎の翼。
先ほどの着地は、落下のスピードに合わせて、真上に炎を吹きだし推進力を増していたのだろう。
ただ相対するだけで感じる。人間の身には許されない、人外の炎。
――危険。
それだけで、目の前の少女が持つ力の脅威を、村紗は本能で理解した。
白蓮にのみ聞こえる声量で、言う。
(聖。早く逃げて)
(何を…)
(いいから、聞いて。私ならあれを止められる、その隙に…)
(でも)
(いいから――)
相手は炎。
それに対し、地の利こそないものの、分類上は船幽霊である。
つまり、水に関連する能力を持っているということで、そんな自分なら、この乱入者相手にも、有利に足止めができるのだと。
何より、今の白蓮に、自分と同じ、人間を相手に戦わせたくないという、村紗の気遣い。
後者は言葉にせず、あくまでも建前の前者のみを告げ。
「さて、それじゃあ…」
(来る…!)
少女――藤原妹紅が、一歩踏み出す。
そして、態勢を低く、前屈みになると同時に。
――
「なっ…!?」
「ッ!?」
村紗が振りかぶったアンカーに、即座に蹴りを入れる妹紅。
一瞬遅れるものの、すぐに切り替え、全力で背後に跳ぶ白蓮を追い、全力で走る、炎で作られた妹紅。
両陣営に対し、即座に、そして正確に、彼女は最適な選択肢を選んだ。
「ッ!速い…!」
「…へぇ」
魔力による身体能力向上。
驕り無しの、身体の許容量限界にまで注ぎ込んだ魔力による、現実離れした身体能力。
だというのに、作り出された妹紅の分身は、本体譲りの虚ろな目で。
一切距離を離すことなく、一定の位置を保ったまま追跡していた。
(限界まで魔力で強化しているのに…!一向に距離を離せない…!)
(速いな。走り出しで
白蓮が内心で動揺する中、横目で追跡を始めた、己の分身を見た妹紅本体も、驚愕する。
だが、それらより遥かに、驚愕したのは村紗。
「チッ…!」
振りかぶったアンカーは本来、白蓮と妹紅の間を潜り抜け。
最後、自分に戻ってくることで、妹紅の意識をこちらに向ける作戦だった。
が、まさかの分身という手段を使われたことで、その目論見は破綻する。
白蓮を守る筈だったアンカーは、虚しく虚空を彷徨い、本体の妹紅が蹴りを放つことによって、一時的に制御を失っていて。
「グッ…!?」
隙だらけとなった頭部に、妹紅の拳が突き刺さる。
白蓮にこそ劣るものの、それなりに高い強化出力によって、その拳撃の威力は、岩をも砕くレベル。
「さっき、あいつの事助けようとしてたでしょ」
「ッ!なんの…(聖への進路を妨害しようとしてたのがバレてた…!)」
「視線も、口の動きもあからさまだったしね」
バレバレ。
そう付け加えて、妹紅は炎で形作った、龍の爪のような籠手を纏い。
「あんた、怨霊ムラサでしょ」
「……」
ゆらりと。
妹紅は背後の炎翼を解除し、その分の炎を全て、肉体に収納した。
それに比例し、上がっていく周りの空気の温度。
「なんで地縛霊のあんたがここに居るのかは知らないけど、地縛霊はその土地以外でなら、そこまで怖くない。…で、仮に何らかの方法で地縛霊じゃなくなっても、地縛霊だった頃の脅威には劣る」
「……………」
「自由になれて幸せだった?それとも、白蓮に恩を感じたりでもした?でも残念」
聖白蓮、死刑執行役。
「――話は終わり」
藤原妹紅が、再び動く。
人間というのは、脆い。
共通して、――弱い、それだけは覆しようがない。
だからこそ、彼らはその力の使い方を、工夫を凝らして、より長く戦う為に、技術を磨く。
「このっ…!」
――早く聖の所へ…!
村紗は必死に、速度を上げ続ける妹紅の連撃を、アンカーを、それも一本だけで防ぎ続けていた。
「意識が」
その言葉通り。
同時に、村紗の意識が薄れた、腹部を狙った、妹紅の蹴りが炸裂する。
「ごッ…!?」
「腕に行きすぎ」
内臓がかき回されるような、鈍痛の波が身体の内側で響く。
たった一撃。
たった一撃の、人間が繰り出しただけの蹴り。
だというのに――凄まじく、痛い。
「クソッ…!」
――差異こそあれど、一流の陰陽師というのは力の流れが読みにくい。
それは、人間という、どうしようもなく弱い種族が編み出した、強者に届きうる為の戦術の、唯一の弱点。
妖怪ほど膨大な力の総量、それこそ霊力もだが、それを如何にして節約し、長く持たせるか。
そして、致命傷を防ぎ、同時に、無駄な出血を抑える為にも、人間は殴る直前、武器を振るう直前にのみ、より強く力を込める。
だが、それを読まれれば終わる。
だからこそ、彼らは全身に渡る霊力の膜を、そして流れるような、精密な操作技術で、その欠点を克服する。
――だというのに。
「驚いた?」
全身に、空間を歪ませる程の熱量を纏い。
妹紅は、息を切らしかけている村紗を見下ろしながら、言う。
「力自慢には見えないもんね」
「…おかげでね、騙されたわ」
――とんでもない霊力の総量…!
地縛霊であった頃の村紗にすら勝つ、人間一人の身に収まり切らない程の力。
炎という、分かりやすい可視化が施されなくとも、こうして対峙するだけで理解できる程に、その圧力は凄まじい。
霊力による肉体強化、これはまだいい。
どれだけ総量に優れていようと、それを一瞬で放出・纏うことができる量、つまり出力は並だから。
だが、一番厄介なのは。
(髪から服全て含めて、全身から
動きを読む、読まない以前の問題。
そして、攻撃を防ぐ、防げない以前の、あまりにも絶望的な相性。
水だから、火に対して有利に立ち回れるなど、もはや口が裂けても言えないだろう。
それ程までに、彼女が纏う怨嗟の炎は、天井知らずの温度を保ち続けている。
「何でそれで自滅しないのよ」
「……………」
自分の身体すら焦がす程の熱。
なのに、こうして対峙している間、どれだけ集中して観察しても、彼女の肉体に一切の損傷は見えない。
つまり、あれだけの熱を、炎
「…檮杌が、この都を襲う前」
村紗の疑問に答える代わりに、妹紅は言う。
「都から離れた、ある場所の村が滅んだ」
「……………!」
「知ってるでしょ、そこにいた人間、四十人近くが、妖怪たちに殺された」
――知っている。
むしろ、それを知ったからこそ、村紗は白蓮の跡を追い、こうしてここに来たのだから。
妹紅は続けて。
「かぐや姫の事も知ってるでしょ、有名だからね」
「…………話が見えてこないわね、それで?」
「彼女を追いかけた私の父は、道中であの村に近づいて、殺された」
再び、身体に纏う炎の形が変化する。
最初に籠手として纏い、アンカーを焼いていた炎の鉤爪。
それが次に成した形は、刀。
「…口が裂けても、良い父とは言えなかった。……それでもあの人は、私の唯一の家族だった」
「ッ、そんなの……」
「自業自得。ただの事故。――だとしても、あの人が死んだその原因に、お前らがいたことは変わりない」
だが、たとえそれがなかったとしても――
「お前らのせいで、大人から子供。全員が死んだ、そこに私は、私の父の命も重ねて、お前たちを義で殺す」
「――ッ」
「だから言ったでしょ。――話は終わりって」
交渉は、不可。
分かってはいた、分かっていたつもりだった。
元地縛霊だから、怨霊だった時期がある村紗だからこそ、それを理解し、白蓮についていくべきだった。
この、妹紅が持つ力の正体は。
――私怨と義侠に折り合いをつけた、覚悟を決めた者の力。
「悪いけど……」
――それなら余計。
「…まだ、死ぬわけにはいかないのよ」
――自分も、
「……あっそ」
刀の切っ先を向け、妹紅は静かにそう返す。
炎で作った刀の上に、更に炎を纏わせた、火力一点集中の技。
村紗も、それをまともに喰らえば不味いことが、見ただけで理解でき、冷や汗を一つ。
そして。
「なら、今ここであいつと一緒に死ね」
――加速。
一瞬、刀に纏う炎の量が減らないよう、出力、そして効果範囲を限定した炎翼を発動させる。
僅かな羽ばたき。それは最初に着地した時に使ったのが、鳥の羽ばたきだとするならば、これは蝶のそれ。
だが、直線にしか動けないという、己に科した"縛り"によって、限定的に効力を、全開のそれと変わらないものとする。
「ッ速――」
――ジリ…
掠った髪の先が、刀によって蒸発する音が聞こえた。
「ホントどこでこんな力を――ッ!?」
次に、真正面。
切り上げた筈の刀、その軌跡が変化する。
物理法則を、人の身体が行える動きを、人体としての可動域を超えた速度と回転。
空中で一瞬、足の裏から炎翼の放出と
再び、真上から刀身が――
「ごぽ……ッ」
一閃。
村紗の胸から腹にかけて、垂直に鮮血を走らせた。
致命傷。
それも、人間であれば、内臓が零れ落ち、そしてそのまま、痛みに寄って気絶する程のもの。
だが。
――村紗は人間ではない。
「舐めんじゃ……」
「!」
「ないわよッ!」
火傷することも厭わず。
妹紅が振り下ろした刀を思いっ切り踏みつけ、地面に固定した次の瞬間。
アンカーを刀の側面にぶつけ、炎の流れを乱す。
制御を失った炎の刀身は、残り火となって、柄と鍔の部分だけを残し。
先ほどまであった、人外の身体を焼き焦がす、底なしの攻撃力は失われた。
妹紅も完全に予想外だったのだろう、その顔には、嘘一つない驚愕の色が浮かんでいた。
――その隙を、突く。
「妖怪ならこの程度……ッ」
肉体強度も含め、地縛霊から弱体化しようとも。
正に言葉通り、この程度の傷は、人間と違ってすぐに塞がり、そして治療が始まるのだ。
――絶好の機会を逃すわけには行かない。
再び、村紗は妹紅に向かって走――
「何してるの?」
それを、村紗の背後に立っていた。
妹紅の
「――ッ!?」
「油断しすぎ」
「ごめんごめん。でも助かったよ」
熱を感じない炎、それの縄による拘束。
身体の自由を失い、身動きが取れなくなる村紗は、歯軋りをした。
どれだけ身体を捻っても、一向に拘束が緩む気配がない。
炎の殺傷性、攻撃性能の調整という"縛り"により、強度を底上げしているのだろう。
本体とほぼ変わらない分身。
そして、構築の自由度の高さに、本体性能も含めて。村紗は遅すぎる後悔をした。
――やっぱり、最初に無理をしてでも聖と一緒に…!
「さっさと終わらせよう」
「うん。さてと」
(しくじった…!こいつの、この分身の事を完全に忘れてた…!まさか
「――抑えてて」
折れた刀身。
再び、熱く燃える炎を纏って。
刀身の長さこそ復活はしなかったものの、その刀が持つ熱は、最初の頃のと変わらない。
妹紅が動き、そして。
「じゃあね」
――刺突。
その矛先は、村紗の心臓へ。
ちなみに妹紅は縛りを結んでるので本気で白蓮さんを殺すつもり。
反転からの即復活?「良かった~」?そんなもの…うちにはないよ……
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