【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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5章:怒れる女
94話.水と油①手札は見せず


 第59代目。

 御三家貴族・藤原家当主。

 藤原妹紅。齢16。

 

 肉体に刻まれた炎の異能。

 それを難なく扱える、持って産まれた人間のセンス(才覚)

 有り余る才能の数々は、武芸から学術、その果てを知らぬ境地にあり。

 停滞を知らぬ成長速度と、注がれていく数々の知識を活かせる力。

 それは、1000年に一度生まれるかどうかの域。

 

 しかし。妹紅にとって、それらはただ、必要な知識を入力し。難なく顕在化するだけの、簡単な作業であった。

 弓術、剣術。そして体術という、あらゆる達人の技術と呼ばれるものを、彼女は箸を持つかのように、いとも簡単に習得し、扱える。

 

 ――「天才」彼女を知った凡夫は囁く。

 

 だが。

 彼女の中で、最も光る才能の原石は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その辺の霊と一緒にするんじゃないわよ」

 

 心臓を貫いたと思われた、その刺突。

 折れた刀身ではあるものの、その刀身の長さは、肺を貫通し、心臓を致命的に損壊させるまでの、充分過ぎる殺傷性があった筈だった。

 力を込め、刀身を押し込んだ妹紅の腕を、村紗は幽霊の万力で掴み。

 

「"核"の位置くらい、妖力操作で誤魔化すわよ…!」

「…!?」

 

 最も、妖力の気配が濃い場所を狙った。

 そして、妖怪にとっても、人間と同じかそれ以上に、重要な心臓という部位。

 

 ――上記の、妹紅の知識は決して間違ってはいない。

 

 確かに、妖怪や神。人外であろうと、その肉体の発生源が"恐れ"。つまり人間が基となっているのなら、その弱点も共通している。

 だが、より具体的に説明をするならば、"核"と呼ばれる、人外にとって最も重要な臓器は、主に心臓の中心に()()している。

 あくまでも、魂を構成する重要な機構が、普段は心臓に収納されているというだけ。

 咄嗟の判断。

 万死に一生を手にする為に、身体を押さえつけられた村紗が、死に物狂いで成したブラフ。

 それが、妹紅の虚を衝いた。

 ――が。

 

「ッこの…!」

 

 刀身が消える。

 あくまでも、物質を介する事なく、一から炎で作り上げた武器であり、基本的な形は存在しない。

 村紗が気づいた時には、炎の刀が消え、虚空を握る妹紅の右手の中に、新たに種火が発生していて。

 再び、鎌鼬を思わせる、強烈な熱風が炸裂した。

 

「…………………」

 

 ――「天才」彼女を知った凡夫は囁く。

 

「思ったよりやる」

 

 再び、炎の形が変化する。

 刀、鞭のようにしなる紐。三つ目の形態変化は、弓。

 左手で手掌を形作り、そこから、右手の二本の指で、矢を番う構図を体現する。

 矢という、一点に集中された熱の温度は天井知らずに加速して――

 

「ッづ……!?」

 

 爆発はしない。

 燃えもせず、ただ村紗の脇腹を抉り、そのまま地面と融合し、静かに消えていく。

 高すぎる炎の温度と、それを現実世界で扱う為に、簡易的な結界を矢に纏わせ、大気への被害を出さない高等技術。

 否。これは最初から、彼女の持つ異能、炎を操る力に、最初から備わっていたもの。つまりは基礎能力。

 ――「天才」。

 

「避けられるとは思わなかった」

 

 ――「天才」彼女を知った皆が囁く。

 

 結界がデフォルトで備わっていた炎熱能力。自らの能力を解明することで。

 ()()()、基礎的な結界術をも同時に習得。

 結界術から逆算する形で、霊力操作による強化術の勘を掴み。

 陰陽師の知識に触れ1()2()()で、物部崔爾や東風谷と比べても遜色のないレベルまで成長。

 檮杌の襲来より前、実戦練習によって、山に隠れた妖怪を炙り出し、そして退治。

 これにより、約二十体程ではあるものの、彼女は檮杌が支配下に置いた妖怪の勢力を減らし、都の平和に献身するに至る。

 

 当主。

 それに選ばれたことに、彼女は強い何かを感じる訳ではない。

 

 漠然とした、現実味のない有り様。

 まるで夢の中にいるような、曖昧な思考能力で唯一、脳裏に刻んだのは義務。

 血の繋がり以外、情を覚えられなかった家族の意思。

 今の自分にできる、唯一の生き方。

 ――陰陽師として、せめて一人の戦士として。

 

「…妖力操作。だけじゃない、あえて一か所に高密度の膜を貼り、それを暖簾みたいに使っていたのか」

「…ッ」

「体内は一種の領域。こっちが道具や結界で、術を流し込まないと干渉ができないっていうのはこういう事か」

 

 止まらない。

 

「対外からだと、基本的な妖力の察知で一番最初に引っかかるのは、外側だからね、対内条件次第だけど、次は断層に分けて妖力を察知すればいい」

 

 彼女の才覚は――

 

「…次は、確実に核を潰す」

 

 留まることを、知らない――

 

「ッ」

 

 分身に回していた、全ての炎を本体に回す。

 否。正確には今も、逃亡を続ける白蓮を追う、一体のみを残し。

 対村紗に回していた、二体の分身を解除し、背後の翼と融合させる。

 ただ火力が増した、最高速度の上限値が上がったという訳ではない。

 その全て。

 速度、精密性、破壊力の全てを引き上げ、同時に効果範囲、多対一でも有利に戦える、集団戦への適応力を消し去り。

 ――たった一つ、目の前の敵を打ち滅ぼす、それだけの力。

 

「万が一があるとでも」

 

 妹紅は一切、傷の一つも負っていない。

 村紗も、一見すると妖力操作で"核"の損傷を防ぎ、受けたダメージはそこまでではないように見える。

 が、それは第三者。それも人間と人外。陰陽の知識を持っていない者が、この戦いを見た場合の感想。

 燃え滾る炎の音に紛れ。

 確かに、僅かに苦しそうな呼吸音が、村紗から発せられている。

 

「炎と水。相性で少しでもやり合えると思った?」

「……………」

「でも残念。それくらいの対策はしてるわよ」

 

 吸収、融合して巨大化した炎翼から、二つほど分散して種火が生まれた。

 それは次第に、一枚の札の形となって、そして消滅。

 落ちる火の粉を全身で浴びながら、続ける。

 

「地縛霊。今は何か知らないけど、たとえ種族が変わろうと、能力の基本は変わらない」

「……」

「あの鉄塊も、そして今、左手に出したその柄杓。…水攻めでもする気だった?残念」

 

 ――人間は、たった数センチの水でも溺れてしまう。

 呼吸器官。それは数多の陰陽師でも、完全に対策することができない弱点であり、生物の脆さの象徴。

 村紗の狙い、それは妹紅の身体に付着させた水。それを操作することで、呼吸する為に必要な、喉の空洞を完全に塞ぎ。

 それによる窒息。そして気絶だった。

 ――が。

 

「私の能力は見ての通り、ある程度、自由に形に整えられる炎を生み出す能力」

「…ッ(ここに来て…)」

「刀の形とか、さっきの弓矢はどっちかというと、陰陽師の技術を付け足した感じかな。私個人の能力は、本当にこれだけ――」

「…(術式(能力)の開示!)」

 

 "手の内を晒す"という"縛り"により、再び妹紅の炎が熱く燃え上がる。

 同時に、その発動に必要な代償(コスト)の削減も含めて、圧倒的有利の状況を、より確固としたものにする。

 ――慣れている。

 僅か12日で、たどり着いたとは思えない、玄人の戦い方だ。

 

「それに比べて、あんたはどう?さっきの一突きも、決して無駄じゃない。…かなりキツイでしょ」

「………」

「"核"は守ったとはいえ、それの為に決して少なくない量、妖力を失った。…それに、見た感じ柄杓もそう都合のいい能力じゃない。ここに水がないから?何かが理由で水を出せない?ならその理由は――」

 

 たった数秒。

 張り詰めた緊張の糸が切れ、呼吸を荒くした瞬間から、妹紅の推測は始まっていたのだ。

 そして、残酷なまでに、その推測は当たっている。

 

「両方かな。ここに水がないから、私を窒息させる程の水を操作できないのと。――水を新しく作り出せる程、妖力の余裕がない」

「ッ――」

 

 それが余計に、村紗から余裕という鎧を剥いでいた。

 妹紅は、続けて。

 

「で?どうする?」

「…………」

「こっちも最低限、水を蒸発させる為に火力を振り分けないといけないし、大技が互いに使えない消耗戦。…でも、あんたは違う」

「――」

「一応言っておくけど、大人しく退治された方が身のためだよ」

「………」

 

 ――戦力差は絶望的。

 生きてきた年月の差は、この世界ではまともな物差しになりはしないことを、村紗自身が良く知っている。

 むしろ、彼女は聖白蓮という人間によって、それを強く分からせられた側の存在だ。

 だからこそ、妹紅の提案。もとい死刑宣告とも呼べるその言葉を、完全に否定することができなかった。

 このまま、死力を尽くしても結果は目に見えている。

 唯一の勝機。

 それを掴む為にも。

 

「…そうね、じゃあ」

 

 故に――

 

 

 

 

「逃げる」

 

 ――彼女は、逃げた。

 

 

 

 

「………ま、そうなるよね」

 

 あまりにも早い決断。

 躊躇なくこちらに背を向け、そして走る村紗を見つめながら、妹紅は呆れ半分のため息を吐く。

 もう半分は、感心。

 

「確かに、それをやられると結構キツイかな」

 

 こういう時。躊躇なく逃亡の手段を取れる者ほど、やりにくく、そして真に強い者はいない。

 妖怪とは恐れ、妬まれることでより強く、そしてそんな自分を誇りに思う存在。

 怨霊とは、そのベースとなったのが人間であるかどうかの差であって、その本質は似通っているどころか、ほぼ同じ。

 逃げるという手段は、相手に敵わないと、今のままでは到底戦えないと認めるようなもの。

 だからこそ、自身の人外としての存在感を犠牲にしてまで。

 自尊心を二の次に、今を生きる為に足掻く強さを持っている者が、一番恐ろしい。

 ――だが。

 

「でも、そうはいかない」

 

 妹紅が指先から、小さな炎を複数出す。

 人差し指。中指と薬指の三つから、炎が水のように噴出され、空中で凝固する。

 それが成した形は、鳥。

 まるで御伽噺。伝承で伝わる不死鳥のように、それが空を駆け、逃亡する村紗を追い、羽ばたく。

 それらは、妹紅の指示を待つように、上空でぐるりと旋回を続けていて。

 妹紅は、それら式神に命令を下す。

 

「ムラサを追って」

 

 妹紅の指示を聞いた瞬間、式神たちは一斉に、同時に羽ばたき、動きだす。

 その動きに合わせ、妹紅も同時に、懐から取り出した、己の髪で作った媒介を用意。

 そこに陰陽の術を施し、式神全てと視覚を共有する。

 霊力で作り出した札が、全ての式神の頭の上、そして妹紅の額の前に浮き、淡い光を放つ。

 その直後。脳内に溢れ出す、上空から一望した景色。

 

「………なるほど」

 

 式神たちには、皆に"あらゆる状況でも決して攻撃はできない"という縛りを施している。

 妹紅がこうして、上空から村紗の様子を観察しながらも、それ以上の干渉をしないのも、それが理由である。

 その恩恵により、通常の状態で発動した炎の鳥と違い、これらはより少ない霊力を消費するだけで済み、更には索敵範囲の広大化すらも担っている。

 そんな彼らの視界から、妹紅は逃げる村紗を観察し、二つの選択肢を思いつく。

 

 一つ。

 "攻撃できない"という、その縛りを放棄し、ここから絨毯爆撃を遠隔で開始する。

 

 他者との間に結ぶ"縛り"は、破れば己に凄まじい代償が、そして不幸が訪れる。

 が、己にのみ科した"縛り"は、たとえ破棄しようとも代償は訪れない。

 次にもう一度縛りを結ぶためには、最初に縛りを科した時から破棄するまでの間、その期間の長さに比例した、インターバルが必要という欠点がある。

 が、今回のように、戦闘では元から使えない、偵察限定の力であるなら、縛りのインターバルはそこまで不便ではない。

 ――だが、しかし。

 

(もう一つ………)

 

 ――他者との縛り。

 その内容は多種多様で、結んだ"縛り"の内容に寄った、その者にとって最も重要な何かを奪う、もしくは奪わせるのが代償だという噂がある。

 そう、あくまでも噂。

 妹紅も実際、崔爾を含む全陰陽師と、「聖白蓮を殺す」という縛りを結んでいる。

 それを破れば、誓約を果たせなければ。

 陰陽師としての知識と、今までに聞いた、縛りを破った者の末路。それらが、たとえ大丈夫とはいえ、妹紅に自分自身で結んだ縛り。それを破棄させる決断を、鈍らせるに至る。

 そうしている間にも、村紗はどんどんと速度を上げ。

 瓦礫の山を通り抜け、時に飛び越し、ある場所に辿り着いた。

 そこは、元『竹取の都』中心、讃岐造の屋敷。

 

「………逃げ込んだのか…」

 

 最初は、そう思っていた。

 だが、逃げる直前に見せた、村紗の表情を思い出し、妹紅は思考を切り替える。

 あの目。

 

「――もしくは誘ってるのか」

 

 あの、勝機を見据えた瞳だった。

 あれがある限り、決して油断も、慢心も許されることはない。

 再び、妹紅は新しく式神に命令を下し、炎翼を展開し、羽ばたく。

 

「外から見張ってて」

 

 ――炎で炙り出すか?

 

「………いいや」

 

 仮にそうしても、また追いかけっこを始める事になるかもしれない。

 そうなると、また無駄な時間を稼がれ、白蓮を殺す時間が失われてしまう。

 いつ、檮杌の封印が解かれるかは分からない。

 彼が再び現れれば、もはや目的の迅速な達成はほぼ不可能になり、その騒ぎに紛れて、白蓮に都の外へ逃げられる可能性がある。

 一体。

 唯一、今も活動を続けている炎の分身体は、何とか白蓮を追い、そして現在、新たに戦いを開始しているのを感じる。

 今、こうして白蓮をその場に押さえつけている瞬間。

 この時を利用し――

 

「…さてどうするか」

 

 

 

 


 

 

 

 

 妹紅の推測は当たっている。

 地縛霊としての力を失い、かつての暴れ狂う竜巻の如き妖力がなくなった村紗。

 彼女はもう、かつてのように、天まで届くような水の奔流を生み出せない。

 それ程までに、妖力という器が弱体化し、そのせいで、妹紅が身に纏う炎を消火できる程の水も、作り出せない。

 ――だから。

 

「………ちょうどいい広さだわ」

 

 久しぶりに、妖力を使わない素の力を使った。

 全速力で走り、そのせいで、ある程度は抑えられた、荒い呼吸をもはや、隠すことができない。

 だが、それでもある程度、妖力は回復できた。

 そして、もう一つ。

 肉体を酷使し。妖力を節約してまで。

 そこまでして、彼女が見据えたもの、それは――

 

「何を……――」

 

 上空から、声が聞こえる。

 村紗がこの屋敷に辿り着いて、時間はおよそ30秒と少し。

 妖力を使わず、生身で走っただけの村紗とは違い、妹紅は炎翼の、能力の補助による飛行。

 多少霊力や陰陽の道具は消費したが、どれもさほど問題はない。

 肩を揺らし、息を切らす村紗を、妹紅は上空から見下ろし。

 そして、問う。

 

「企んでるのかな。ムラサ?」

「………さぁ、何かしらね」

 

 息を切らしながらも、村紗は冷淡に。

 上空にいる妹紅を見上げ、そう返した。

 村紗は続けて。

 

「そっちこそ、何か仕掛けたんじゃないの?」

「…まぁね」

 

 妹紅の返答は、想像していた通りだった。

 手札を晒す縛り。開示による性能上昇の縛りとは違い、純粋な戦術を相手に晒す行為は、前者のものより遥かに利便性が劣る。

 だが、

 

「ちなみにそこは――」

 

 ――熱。

 妹紅の言葉が終わる寸前。村紗の背中に突き刺さる、鈍痛。

 

「ぎっ…!?」

「当たり。外からの奇襲、定番だよね」 

 

 身体が浮き上がり、その次に、浮遊感と灼熱の苦しみが襲い掛かる。

 歪む視界の隅。そこに映っていたのは、炎の矢。

 ――大技が互いに使えない消耗戦。

 

「クソッ…!」

 

 あの時、地味ながらも植え付けられた先入観。

 妹紅側は、実際に大技を消費したところも、そして使えないと判断する為の材料も、圧倒的に足りていなかったというのに。

 それでも、その選択を、頭から消してしまっていた。

 

「陰陽師はさぁ…」

 

 まんまと、彼女の言葉の罠に――

 

「嘘ついてなんぼ。なんだってさ」

 

 再び、新たな炎の矢が降り注ぐ。

 その速度は、最初の不意打ちのより、更に上。

 

「――~ッ!」

 

 死角からの不意打ちを喰らい、鈍る反応速度。

 それでも、村紗は必死に頭を回転させ、安全地帯の予測を脳内で行う。

 第二、第三の新たな矢の攻撃を避け、アンカーを再び顕在化させ、振り返る。

 単純な炎熱耐性もそうだが、次の攻撃に備えて、得物を手にする準備も兼ねた手段。

 だが、その隙を。

 

「後ろ」

 

 ――振り返った村紗の背後。

 そこに降り立ち、動きだす妹紅が狙う。

 上空から一気に降下し、アンカーという、決して小さくない武器を取り出し、両手が塞がる瞬間を狙った、あまりにも嫌らしい戦術だった。

 村紗の背後に回り込んだ妹紅は、無防備になった村紗の頬に肘打ちをし。

 そしてぐらりと、揺らいだ身体の弛緩を狙って、全力の蹴りを放った。

 

「ぉごッ――」

 

 自由になった右手で、再び刀を作り上げる。

 痛みに喘ぎ、反応が遅れた村紗は避けるのが遅れ、その炎の斬撃を、右肩から右前腕にかけて、痛々しい傷を刻んでしまう。

 傷が焼いて塞がるどころか、出てくる血すら蒸発する程の、炎熱。

 その凄まじい激痛に、涙を滲ませながらも、村紗は必死に距離を取り、背後に跳ぶ。

 寸前。

 

「ッ――!」

 

 ――目前に接近する、投げつけられた炎の刀。

 身体をしならせ、首を大きく動かして回避。

 その間にも、妹紅は一切連撃を止めることはなく、今度は包丁サイズの、小さな炎の刃を両手に装備し、振るう。

 刀と違って、その攻撃力は抑えめなのが幸いし。

 防御しようと前に構えた、村紗の左前腕に深く突き刺さるも。

 最初に食らった、右肩からの傷よりは、マシだった。

 それでも、決して浅くはない傷だ。

 痛みに顔を歪め、たたらを踏む村紗。

 

「よっと――」

 

 それに再び、妹紅の蹴りが炸裂。

 よろめき、反応が鈍くなった村紗に、一切の躊躇なく。

 妹紅は、その顔面の中心に、霊力で強化した鋭い蹴りを。

 一切の容赦なく、再び放った。

 

「ッぅ…ぇ………」

 

 数メートル程吹き飛び、血と胃液を吐きながら、村紗は転がる。

 その時、手に握っていた筈のアンカーが消失し、光の粒子となったのを見て。

 妹紅は、彼女が負ったダメージの大きさと、すぐそこに見える限界を直感した。

 

「しぶといね」

 

 だが、もう終わりだ。

 妖力だけは、最初に心臓を貫きながらも、"核"を壊しそびれたあの時より、僅かに多い。

 が、それ以外が駄目だ。

 全身に火傷を負い。

 まともに立ち上がることもできず、ヒュー…と、弱った呼吸をするだけ。

 顔も、身体も血で真っ赤に染め上げた村紗は、それでも。

 妹紅の声に反応し、まだ動く。

 

「………ハァ…ぅ…ぅぐ………」

「…………」

 

 哀れみを覚える程。

 妹紅の目の前で、必死に立ち上がろうと苦戦するその姿に。

 退治するべき筈の悪霊。だというのに、僅かに心が痛んだ。

 だが――

 

「一応。あんたの性格的にも無駄だと思うけど、もう一度だけ聞いてあげる」

 

 肉体の損傷。

 そして、有り余る霊力量と、妖力量。

 肉体という分野だけだが、両者の間にある差は大きく。

 そして、妖力量だけで、この土壇場を切り抜けられる程、妹紅という存在は、決して甘くはない。

 勝利は確実。

 そして、無駄に痛めつける趣味も、これ以上時間を掛ける意味もない。

 故に、妹紅は全ての炎を、右手に収束させながら。

 

「諦めな。そうしたら楽に退治してあげる」

 

 最後の警告と共に、炎の矢を番え。

 

「………」

「どうする?」

「…………………」

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………結界術ってのは、難しいわよね」

 

 目の前の景色が、変わる。

 凪いでいた筈の、落ち着いていて、異変などなかった筈の妖力。

 それが、突如として、暴風のように体外に溢れ、乱れ出し――

 

「いつまでたっても、現実世界に規模の違う、疑似空間を重ねる感覚が掴めない」

 

 村紗は語る。

 立ち上がることなく、視線を下に、俯いたまま。

 ゆっくりと――

 

「ここを遠目で見つけた時、思ったのよ。――使えそうだって」

「………」

 

 妹紅は静かに、その言葉の先を待つ。

 もはや、今動いても間に合う筈がない。

 何故なら、今目の前にある"起こり"と、空間の変化は――

 

「だから、誘い込んだ」

 

 ――ぴちゃん。

 上から、()()()()()()()()がする。

 現実世界が、書き換えられる。

 

「まんまと追ってくれて助かったわ」

 

 かつて怨霊だった頃。

 ただの『ムラサ』であった頃に、既に、彼女は()()()()を掴んでいる。

 後は、そのきっかけを。

 限界を超えて、その先に行きつくのみ――

 

「言ったでしょう?現実世界に規模の違う、疑似空間を重ねる感覚が掴めないって」

 

 人間も、妖怪も、神も。

 決して、その成長速度は、成長曲線は緩やかではない。

 僅かな土壌、一握りの才能(センス)と想像力。

 

「この屋敷の空間を、そのまま――」

(まさか………)

 

 些細なきっかけで、人間も人外も――

 

「――私の領域として転用する」

(――使えるのか…!!)

 

 等しく、変わる。

 

 

 

 

「領域展開」

 

 

 

 

 不完全。

 だが、そこに確かに存在する、限界を超えて強くなった、未来の自分自身。

 今は、これで良い――

 

「私は別に――」

(その段階の存在だったとは…!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――原頭(げんとう)喫水(きっすい)(ぜん)

 

「…大技がないとは言ってないわよ」




 領域解説
①原頭→ 野原のほとり。また、野原。
②喫水→ 船舶が水に浮いているときの、船体の最下端から水面までの垂直距離。
③染→色をしみ込ませる。そめる。
元が地縛霊。つまり生きていた頃の彼女を表す「原頭」(溺れ死ぬ前)と、船幽霊としての彼女を表す「喫水」と、その様子「染」を付け加えた命名。

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