【本編完結】諏訪子様になった、負け戦を回避したい   作:洩矢廻戦

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 不死鳥は一度灰となり…


96話.水と灰③一回忌

 『原頭喫水染』の領域がもたらす環境効果。

 それによる、底なしの海が、今も妹紅の足から、頭にかけてを呑み込まんと躍動する。

 さざめき、暴れる黒い水面。

 それは船幽霊ではなく、この世に恨みを残し、人を傷つけることによって、自己を確立させていた時代の――『過呪怨霊』であった頃の村紗、その回帰した力の象徴である。

 妹紅は普段、霊力による身体能力の向上を施しているが。

 今こうして立っている間にも、その比重は足元へ、特に水面と接している足元に、より高密度の霊力を纏わせている。

 その理由こそ、この領域の環境効果である、底なしという海の特徴。

 もしも、霊力による強化を施していなかった場合は――

 

(この水…本来は妖力を消費して具現化し、操るのとは別。……領域を展開した時点で、対内条件の成立と併用した別系統の力の源…燃料切れは期待できないか)

 

 天才の本領。

 陰陽師としての知識と。

 こうして実際に、曇りのない己の眼で見たことにより、その推測はより高次の、確信のそれへと変わる。

 

(霊力で足を強化。…これは最重要だね、見た目こそ普通の水だが、浮力や呼吸の問題は無視できない…!)

 

 見た目だけに惑わされるな。

 その性質がもたらす、全ての事象を疑うべくして疑え。

 戦いの基礎として身に着けた、疑心暗鬼の心を今一度胸に刻み、妹紅はゆっくり息を吐く。

 

(一時的に下に潜っての奇襲…も、危険(リスク)が大きすぎるから除外。つまり答えは依然として――)

 

 妹紅が両手に鉤爪を纏い。

 対峙する村紗も、身体の周りに水を浮かべて、底の抜けた柄杓を片手に、構える。

 ――アンカーによる重攻撃、なし。

 ――同時に、炎の遠距離攻撃に対する防御策、なし。

 仮初のものとはいえ、領域を展開したとは到底思えない。

 絶望的な有利不利の差が――

 

「デスパレート…――」

 

 

 

 

 ジュッ――

 

「クロー…!?」

 

 拮抗が、崩れる。

 妹紅が普段、近接格闘の際によく利用する、炎の鉤爪を装備する技である、『デスパレートクロー』。

 炎翼の維持と、そして圧縮の為に使う炎の分量を調整し、己の両腕に纏わせるという、シンプルながらも、分かりやすく強く、扱いやすい良技。

 だが、今回いつも通り、炎を身体に纏わせようとした途端、妹紅の両腕から、一切の熱が消失する。

 

「なっ…!?」

 

 それこそが、村紗が真に見据えた勝利――

 領域内の、環境効果に全てを賭けた戦術であった。

 

 妹紅は己の炎の造形力を高める為に。

 常時、炎の持つ温度を最低限のものにしている。

 

 皮膚が弱い者、そして子供のような例を除き。

 基本、人間が熱によって火傷する温度は45度とされている。

 妹紅は炎翼による直線加速、そして殺傷性を高める為に、攻撃する瞬間。

 そして逆に、攻撃が自身に被弾した瞬間に限り、その温度を一気に引き上げている。

 妹紅が自傷してしまわないよう、常時調整を利かせて身に纏う炎。その温度では、領域内に()()()()された、村紗の濃密な水素を蒸発させることができない。

 

()()()か…!?」

 

 妹紅が彌虚葛籠を発動し。

 その後、シン・陰流による簡易領域に移行するまでの間。

 ほんの数秒でしかない、たった一瞬の隙に浴びせられた水。

 それが真に効力を発揮するのは、妹紅の服、それに染み付き、固定することで動きを鈍くするのではなく――

 

 ――それを起点に、見えない水を身体に纏わりつかせたのか…!

 

 最初。あれだけしぶとく呼吸器官を狙い、窒息による作戦勝ちを狙っていたのは、(ブラフ)

 水による呼吸不全。それを念入りに妹紅に植え付けることで、呼吸を妨げない、特殊な性質を持つこの技を。

 濃密な水素に対する警戒を、妹紅は薄くしてしまったのだ。

 ――全てはこの時の為に。

 

 そう。今、この状況下において妹紅は。

 体外での炎の操作が、不可能となった――!

 

 二重、三重に重ねられた作戦の上、ようやく届いた起死回生の策。

 そして、これにより妹紅は――

 

 

 

 

「――蓬莱人形」

 

 妹紅の身体に、炎のような形の紋様が浮かぶ。

 その顔から、一切の焦りが消失し、代わりに、静かに役割を遂行する、歯車の瞳が完成した。

 知識がどれだけあろうとも。

 どれだけ、技術の習得に手間取らない天才であろうと。

 戦闘経験の浅さだけは克服ができなかった妹紅は、領域(それ)への()()()()()を知らない。

 ――だが、冷静に現実を受け止め、全ての炎熱操作を、己の肉体の内側で完結させる。

 その効果は、霊力による基礎能力の向上とは比べ物にはならない、更なる身体能力の向上。

 凄まじい機転の速さ。そう評価するしかない。

 

(でもこれで――)

 

 それを見て、村紗もまた、静かに妹紅を見やる。

 元より劣勢。力の差、互いの地力の覆せないであろう、圧倒的な差。

 これだけ、有利な状況を味方につけながら、相手には理不尽な不利を押し付けて尚。

 それでも、村紗の顔に安堵の色は一つもない。

 

(――私の土俵に持ち込んだ)

 

 その意思は、鋭く重い。

 幽霊である自分の死。それは人間のとは違い、軽く尊いものではないだろう。

 が、それでも村紗は、今この瞬間の勝負にて、己の全霊を捧げることを、魂に誓う。

 全ては、敬愛(あい)する白蓮の為に。

 もし、自分がここで負けてしまった場合。この複数の分身と統括する、本体の妹紅はすぐにでも、白蓮の下へ駆けつけるだろう。

 白蓮の強さは信頼している。だが()()()()ではきっと、この妹紅という人間が背負った、奪われた者の総意を、受け止めきれないだろう。

 まともに抵抗すらできず、命を無抵抗で捧げることすら考えられる。その未来は、絶対に避けないといけない。

 絶対に倒す。

 生きて帰って、白蓮の、今の荒んだ心を救う。

 もう一度、間違えた生き方をしていた自分を、変えてくれた恩人である彼女を。

 ――今度は、自分が救う。

 

「……来い」

 

 拳を構え、挑発する妹紅。

 それに同調し、同じく拳を構える村紗。

 知識。経験を積み重ね、形となった妹紅のそれとは違い。

 村紗のはただ、見様見真似で拳を上にあげ、そして力を込めただけの、中身のないもの。

 普通なら、この時点で既に、両者の格付けと勝敗は雌雄を決していただろう。

 だが、それは人間同士の場合――

 

「足元がお留守よ!」

 

 手掌による、術の指向性の設定を放棄した、不意打ちの一撃。

 妹紅の足元から、螺旋状の水の槍が射出された。

 

「ッ――と」

 

 妹紅はまず、片膝を沈める体勢に移った。

 その時間は、秒数にして0.1秒にも満たないであろう程の、慣れた動作であることが伺える。

 そして、霊力による身体強化によって、妹紅は地面から数m程跳躍し、回転。

 肉を穿ち、骨を砕き。

 身体に穴を開ける勢いで放たれる、槍の数々。

 体外での炎の展開を封じられ。

 水の蒸発という、最も単純で最適な手段を封じられた妹紅は、これに対し、受け流す以外の道はない。

 その為、空中に跳びはねたのだ。

 

「づっ…!」

 

 飛来する。必殺の鋭利さを誇る攻撃の雨。

 最初にぶつかったのは、妹紅の右肩を狙う、一本の槍。

 そこに右の手のひらをぶつけ、槍の側面を叩く様に。

 そして、空中に浮かぶ己の身体を、押して横に移動させる要領で。

 妹紅は、皮膚を裂き、肉を僅かに千切るという犠牲のみで。

 その後に襲い掛かった、数本の、残りの槍の雨を避けた。

 

「ハッ!随分お粗末じゃない?」

 

 妹紅は挑発する。

 が、その言葉は、挑発の意味があると同時に、本心の言葉が滲み出たものでもあった。

 実際に、村紗が放った槍の攻撃は、最初の狙いこそ良かったものの、その後の余り、残った槍の矛先は、最初の一本のと大して変わっていない。

 あれでは、初撃さえ良ければ後はどうとでもなってしまう。実際片手を僅かに負傷した妹紅が、それ以外に傷を負っていないのが良い証拠。

 故に、妹紅はそれの真意を探る意図も含めて、言う。

 

「見た感じ戦い慣れてないみたいだけど、それで本当に勝つつもり?」

「ほざきなさい。所詮人間と人外の差、そうして余裕でいられるのも今の内よ」

「強がり?」

「えぇ、これは傲慢って言うのよ」

 

 村紗の返答。それは地縛霊であった頃の、全盛の力を振るうのと同時に見せた、威厳の色。

 妹紅の反応を待つことなく、村紗は再び、柄杓を振るい、『原頭喫水染』の地面にある、底なしの海に命令を下す。

 同時に。

 妹紅の視線の先で、――柄杓の先が()()()

 

「な――!?」

 

 初めて、妹紅は純粋な動揺を見せたかもしれない。

 落下運動を続ける今の身体は。体内で完結させた、炎熱操作の延長戦である『蓬莱人形』による、肉体の外付けの強化だけではどうしようもない。

 仮に、即消火されることを考慮し、それでも炎翼を展開させるとしても、体内に保管した炎の容量(リソース)を、ここで失うのは避けたい。

 結果として、妹紅は炎翼による軌道修正、柄杓の束縛という、奇妙な技を避けきることができず。

 その腕に、まるで生きた蛇のように、柄杓が纏わりつく。

 だが、忘れてはいけない。

 柄杓による束縛はあくまでも、先ほど振るった…それはつまり、水を操作する為の動作。その延長線に過ぎないのだ。

 妹紅がハッと気づいた時には遅く。

 コンマを挟むことなく、文字通り一瞬、次の瞬間襲い掛かった、巨大な水の鉄槌。

 槍という分かりやすい殺傷性のない、ただ相手を「叩く」という目的にのみ特化した一撃。

 だが、殺傷性を捨てるという即席の"縛り"により、水の成形速度、そして硬度や密度に増強(バフ)がかかり。

 その結果、妹紅はミシリと、左半身全体に、滲むような痛みを抱え。

 次の瞬間、そのまま領域の地面に挟まれ、叩き潰された。

 

「ギッ…!?」

 

 咄嗟に霊力を纏い、身体が領域の海に沈まないようにする。

 だが、それによって逆に、妹紅は叩きつけられた事による衝撃を逃がせなかった。

(骨がイったか……)

 

 ()()()()()()右手を握り。

 妹紅は冷静に、今の自分が負ったダメージを把握し、次の対策を練り上げる。

 

(この感じ…領域内にいるってだけじゃないな。…分身の方が、勝手に力を必要以上に使ってる)

 

 意識を向けるのは、領域を構成する外殻の向こう側。

 最初に、白蓮を追いかけるようにと指示し、それ以降コンタクトを断っていた、己の半身。

 陰陽師としての技術と、妹紅が持つ炎の異能を複合させた分身。

 括りとしては式神ではあるものの、共有する力、そして記憶も含めて、それは文字通り、もう一人の妹紅そのものなのだ。

 炎の過剰な生成。そして既に、白蓮に追いつき、戦いを始めているというのに、未だに止めを刺していない。

 分身の自分に対し、本体であるこの場にいる妹紅は、仕方ないというため息を吐き。

 

「…まぁ私だからね」

 

 実際に、こちらの妹紅が白蓮を追う側に回ろうとも、結果は同じだったであろう。

 それほどまでに、今の妹紅が白蓮に対し、思うところがあるのは事実である。

 妖怪との共存、生き物の垣根を超えた、理想の果て――幻想の世界を夢見たことを。

 そして、その夢への第一歩を、裏切りによって踏みにじられ。

 何より、白蓮自身が、折れてしまったという現実が。妹紅は許せなかった。

 

「だからこそ。――お前だけはここで落とさせてもらう」

 

 故に。

 妹紅は怨霊ムラサという、目の前の存在を終わらせることを誓った。

 檮杌の例が生じたことで、より一層、殺人経験のある村紗という存在は、決して許容できるものではないのだ。

 改心した、今はもう大丈夫。そのような言葉に、「そうですか」と安心できる人間など、果たしてどこに存在するだろうか。

 どうしようもない現実だが、所詮人間と共存できる妖怪など、人を害したことのない、希少な者に限った話なのだ。

 

 白蓮の理想は、決して叶うことはない。

 

 それは、決して覆しようのない事実だった。

 彼女が夢見るのは、文字通りあらゆる妖怪との共存。だが、妹紅は知っている。

 陰陽師として、そして肉親の死という経験からも、そして他ならぬこの目で、都に攻め入ってきた妖怪たちの、どうしようもない醜さを知った。

 彼らが喜々として、人々の暮らしてきた場所を破壊する姿も。

 逃げ遅れた人間を、甘い言葉で誘惑し、そして喰い殺そうとする所も見た。

 

 例外など、決してあってはいけないのだ。

 

 人を傷つけ、恐れられるのが妖怪であり、生まれついての定めでもある。

 一人でも、その均衡が崩れてしまえば。

 村紗をなぁなぁにして、結果として、区切りを用意しなければ、訪れるのは第二の悲劇だ。

 白蓮の過ちを、決して過去の、忘れ去られた幻想のものにしてはいけないのだ。

 だからこそ、妹紅は立ち向かう。

 妹紅は踏み込み、前屈みになった瞬間に――

 

「――ガハッ…!」

 

 加速。

 そして()()を使い、先ほどの村紗のと同じ、相手の身体を側面から叩く、全力の一撃をお見舞いした。

 絶大な衝撃を与え、鈍ると思っていた左側からの奇襲。――妹紅の狙い通り、村紗の防御反応は遅れてしまっていて。

 結果として、ボキッ!と痛ましい音が一つ鳴り響くと共に、村紗の身体がくの字に、そして妹紅とは逆に、右腕が折れた。

 ただ肉体を強化しただけではない。

 その技に裏付けられたのは、力と重さ、そして――速度。

 秘密は妹紅の足裏に見えた、小さな炎。

 今までずっと使わなかった、炎翼による加速の要領――不意打ちの速度上限の解放。

 吹き飛ぶ村紗を追い、妹紅は駆ける。

 

「シッ――!」

 

 駆けるというより、跳ぶと表現した方がいいだろう。

 一度足を踏み込めば、二重の強化術、基礎的な霊力の身体強化と、体内限定の『蓬莱人形』による豪速が解放される。

 村紗の身体が、足が再び踏みしめられることはなく。

 それより先に、妹紅が振り上げた拳が、村紗の鳩尾に吸い込まれるように突き刺さる。

 硬直は、一瞬。

 爆発が起こったかのような衝撃と共に、村紗の身体は宙を舞い。

 その先に、ただ上に跳んだだけの妹紅が、両手を組み合わせて、大きく上にし――

 即。振り下ろす。

 

「っらぁ!」

 

 ダブルスレッジハンマー、後世ではそう称される技だ。

 全体重を込めた、妹紅のその一撃を頭に喰らった村紗は、血と胃液を嘔吐し、そのまま転がるように、更に横へ吹き飛んだ。

 妹紅は、それを追うことはしない。

 

「…戦闘経験は、まだ浅い自覚はあったけどさ」

 

 左手。人差し指と中指、そして親指を弓に見立て。

 妹紅は残る右手で、弓を引く動作を再現する。

 その瞬間、数分ぶりに、あの炎の矢が出現して、妹紅はそれを番った。

 村紗はその光景に、舌打ちする余裕すら残っていない。

 今まで使うことができなかった、体外での炎の造形能力が復活している。

 それはつまり、彼女の身体を覆いつくし、常時消火活動を続けていた筈の、濃密な水素が失われたという事。

 

「うぅ"…ぇっ……」

「あんた程じゃなかったね」

 

 ――圧倒的な、戦いの才能の差。

 それは時に残酷で、いざ対峙した際の、心の底から屈服してしまう、あの感覚を、村紗は知っている。

 覚えている。

 今でも、初めて白蓮と出会い、そして救われた――

 

「初見の技ならなんとかなったかもしれないね、けど…」

 

 妹紅は続ける。

 矢を村紗に向けて、柄杓の動きを、不意打ちを警戒して、より集中して。

 視線を、村紗の傷だらけの身体、特に先ほど、自分の蹴りで折った腕に向けて。

 

「…けど、もう終わりでしょ?」

 

 ギシリ――

 妹紅の言葉に同意するように、そんな音がふと響く。

 ピシリ――

 その音は、今度は更にハッキリと、大きく聞こえた。

 そしてそれの発生源は――領域の外殻。

 

「もう、正真正銘の限界って感じかな」

 

 パキッ――

 妹紅の身体を、一筋の月光が照らす。

 そして、十数センチ程の厚さしかない、真っ黒な結界の残滓、領域の外殻だったものが、雨のように降り注ぐ。

 二つ、三つと、時間が過ぎる度に、領域には多くの穴が発生していて、最初にあった、夜の海そのものだった『原頭喫水染』の、小さな世界が崩れ始める。

 差し込む月光の数が増え、とうとう、妹紅の身体だけでなく、村紗も含めて八割程が照らされ。

 外殻の天井部位に、おびただしい数の亀裂が走っている。

 ――いつ、領域が崩壊してもおかしくない。

 

「もう一度聞くけど。――諦めな。そうしたら楽に退治してあげる」

 

 改めて、聞く。

 理性のない、知性も感じられない獣のような妖怪であれば、そのような問答はしなかっただろう。

 だが、村紗は元地縛霊、つまりかつては人間という、()()()()妹紅の仲間でもある。

 だからこそだろう。妹紅の提案はあくまでも、最低限、相手の尊厳に歩み寄った、情けに近いものでしかない。

 ――彼女は、今も心は人間なのだ。

 ――だからこそ、何度も()()に引っかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抜けてるんじゃない?」

 

 村紗は笑う。

 折れた腕と、疲弊した今の状態では、まともに柄杓を振るうどころか、水の基本生成すらままならない。

 妖力の枯渇という、目で見る以上に理解できる死に体だったからこそ、妹紅はそこに集中した。

 ――否。

 ――集中、してしまった。

 

「不完全だろうと、領域は領域――」

 

 村紗が左手で、文字通り上を指さし。

 それに、妹紅が視線を同じように向けた途端――

 

「――上も」

 

 崩壊寸前の領域、『原頭喫水染』。

 それが最後に振り絞り、()()()()()()()()を、文字通り上から――

 

――(みず)だ!!

 

 かつて白蓮が乗っていた。

 法力で作った船の原型を、――妹紅の上から突き落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一般的に、人間は5~6Gで失神すると言われている。 

 そして、村紗がかつて、地縛霊だった時代に取り込み、今も生得領域に収納していた舟は、ある変化を遂げていた。

 村紗の妖力を浴び続け、結果として、"浴"に近い現象を引き起こした舟は、見た目に収まらない重量、そして強度を体現しており。

 それの持つ重量、領域内による術式精度の向上により、現在妹紅の身体には、約40G程の負荷がかかっている。

 高いGにより、血液が下肢に集中し、脳が虚血状態になるのを防ぐ為。

 妹紅は下半身を重点的に強化し、その次に優先して、全身に強化を施す。

 

 だが、咄嗟に無理な体勢で受け止めてしまった為に。

 妹紅の右腓骨と踵骨にはヒビが入っている。

 

 そして、領域の下にある、底なしの海。

 仮に潜ってしまえば最後、それは生得領域の主である村紗の許可がなければ、決して外に出ることは叶わず。

 文字通り――死ぬまで溺れることとなるのだ。

 

「ぎッ…ぐぅぅぅ…!!」

 

 ――そして、舟を顕現させ続けるのにも、限界が存在する。

 村紗の鼻から、おびただしい量の血が流れ出て、下にある海と混ざる。

 脳に近い、鼻からの出血。

 それがどれほど危険な状態かは、人間だろうと、妖怪だろうと共通する事。

 舟の顕在持続。底なしの海を解除しないよう、領域の外殻が崩壊する速度を、必死に抑える。

 脳が焼き切れる程の負荷、そして逆に、文字通り身体に襲い掛かる負荷。

 村紗と妹紅は、今この瞬間に、ようやく真の拮抗を手にし。

 ――両者、いつ死んでもおかしくない、そんな状況であった。

 

「しぶといっての…!早く潰れなさいよ!」

 

 血を吐きながら、村紗は叫ぶ。

 無理をして喋ったせいか、領域の外殻の破片が、パラ…と再び、三つほど剥がれて落ちたのが見え。

 

「ぐ…ぐぐぐ…!」

「クソッ…!早く早く!」

 

 舟を何とか支え、膝をついて耐える妹紅。

 ぐしゃりと、また鈍い音が響き、片膝をついた妹紅の体勢が、更に斜めに移行する。

 凄まじい重量。二重の強化術でも敵わないのか、妹紅の膝が潰れ、肉と骨の断面が見える。

 村紗は必死に耐える。

 妹紅もまた、必死に()()()

 

 だが、その目的は違う。

 

 村紗にとっては、それは己の死から逃れる為の、足掻きの為の耐久に見えただろう。

 だが違う。

 妹紅にとって、今のこの時間は、決して生き延びる為のものではない。

 その意識が向けているのは、もう一人の為に――

 

「ぐぅう"う"う"う"」

 

 ――ぐちゃっ!

 片膝どころか、今度は腰まで潰れ。

 目と鼻、口と、あらゆる穴から血液を吹きだしながらも、妹紅は必死に舟の重量に耐えていて。

 だが、下半身を失い、もはやまともに霊力を練ることはできない。

 霊力は、腹で練るものだ。

 村紗の予想通り、下半身を失ってからしばらくは、なんとか必死に耐えていた妹紅だったが。

 霊力を生み出す、最も重要な臓器を失い、その残り火にも限界が訪れ。

 フッ――と、妹紅の全身に走っていた、強化術の光が消えた。

 

「あ――」

 

 刹那。

 スローモーションに映る、妹紅の最後。

 何と運が悪いのか、妹紅が最後に、霊力での強化がままならなくなった瞬間に、『原頭喫水染』が完全な崩壊を迎え。

 遅れて消失反応を始める、呼び出した舟と、領域が解除され、戻った地面に挟まれ、潰された。

 もう少し、『原頭喫水染』が維持できていれば、彼女は下半身を潰されながらも、海に沈み、まだ命は助かった可能性があった。

 ――だが、運命は彼女に微笑まず。

 

 

 

 

 ――藤原妹紅、()()




 もこたん死んじゃった!
 村紗の勝ちだよやったね!ニッコリ










【予告】
 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎まで後4話。

【挿絵表示】

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