鬼滅の刃 ~零の空~   作:ぬそん

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燃える砂浜

布団から出た京太郎と陽由が横に並び、二人の前に湯気が立ち上る出来立ての御膳が運ばれる。

大きなどんぶりに入ったうどん、その横に盛り付けられた分厚い衣を纏った野菜や海老の天ぷらが輝いて見える程に存在感を放つ。

それに加え、出汁の香りと永らく食べてこなかったまともな食事を前にし、京太郎は思わず唾を飲んでしまう。

 

「いっただっきまーす!」

嬉しそうに陽由は少年の物よりも大きなどんぶりを片手で持ち上げ、ズルズルと飲み込むように食べていく。

 

「いただき…ます…」

京太郎も久しぶりに持った箸に苦戦しつつ、少しもたつきながらも何とか三本の麺を掴んでゆっくりと口に運び、チュルチュルと啜る。

 

「っ!!ぶふ…!ぐふ!」

麺を啜った京太郎は突然口を抑え、少し吹き出してしまう。

 

「大丈夫ですか!?すぐにお水を…!」

「んぅ!!ぅぅん!」

口を抑えたまま首を必死に横振りし、暫くもぐもぐさせた後に啜った麺を飲み込んだ。

 

「…ぐす…」

京太郎の目から涙が零れ、頬を伝う。

口を隠しているのと長い髪の毛のせいで、少し表情が少し分かりにくい。

 

「大丈夫…?わさび入ってた?」

少し震えながら京太郎が口から手を離し、顔を上げる。

相変わらず目からは涙が溢れて居るが、その口元ら堪えきれないかのように笑みが浮かんでいる。

 

「美味しくて…暖かくて…嬉しくて…感動して……ごめんなさい……すぐ、止める…」

と涙を拭き続けるが一向に止まる気配が無く、どんどんと涙は流れ続ける。

 

その様子を見て、陽由は箸と丼をお盆の上に置いて京太郎の方へと座ったまま体を向け、少し近づく。

 

「…京太郎くん」

「…?」

「我慢強い人の涙はね、良い涙と悪い涙ってあるんだよ」

「…どういうこと?」

「人ってのはね、我慢した分だけ涙が出るの」

「…我慢した分?」

「うん、悔しい時も悲しい時も泣かずに我慢して、でもいつかそれが溢れて涙が出て、止まらなくなる

それが悪い涙、人の心が折れちゃった時に出る、諦めと後悔の暗い感情の涙」

「……」

 

「でも、それを乗り越えた先で幸せを感じた時に、どうしても出ちゃうのが良い涙

自分が頑張った証拠であり、自分に打ち克った努力からでる明るい心の涙」

「………」

「今の君から流れてるのは「良い涙」だと思うんだ、あんなにボコボコにされて泣かないなんて、とっても我慢強い証拠だよ、私なら泣き喚いてるもん」

「……ぷ…」

「あー!笑ったなぁ!?」

「……ぷくくく…」

「酷ーい!私は真面目なのに!」

「……ご、ごめんなさい…」

 

「……だからさ、我慢した分、思いっきり嬉し泣きしていいと思うんだ」

「…そう…かな…」

「うん」

「……ぐす…」

 

京太郎は涙を流しながら、再び麺を啜り、それからはタガが外れた様に流れる涙も厭わず食べ続ける。

その様子を先に食べ終わった陽由は優しい眼差しと、暖かな微笑みを顔に浮かべて、彼が食べ終わるまで見守っていた。

 

 

 

 

 

数十分後

 

 

「…ぐぅ…………ぐぅ……」

夕食のすぐ後、陽由に寝かしつけられた京太郎が布団の中で心地良さそうに寝息を立てている。

すぐ近くには陽由が正座し、その寝顔を何も言わずに見つめている。

 

すると後ろの襖が開き、仂斗が姿を現す。

 

「そろそろだ、行くぞ」

「はい、行きましょうか」

昼頃の陽由とは明らかに違う大人びた声色で答え、横に置かれた刀を拾い、立ち上がる。

 

「一応聞くが、今は陽由か?」

「いえ由月(ゆづき)です、姉さんは寝ました、はしゃぎすぎたみたいで…」

見た目は変わらないが、明らかに別人としか思えない程の口調や雰囲気の変化。

これは彼女の中に居る二人の人間の心が共存している、いわば「多重人格者」である事が関係している。

 

普段の明るく少し呑気な心優しい少女の「紅禰 陽由(あかね ひより)

 

そして今の状態、普段よりも大人しく丁寧で落ち着いた女性の「禰白 由月(かたしろ ゆづき)

 

お互いがお互いを認識し、更に「昊の呼吸」を極めた鬼殺隊の要である「昊柱」としての意識を持ち、身体能力は変わらず、使える型は一部を覗いて同じ物が同じ技量と筋力で同じだけ使える、それぞれを互換し、それぞれが人々を守る為に尽力している。

 

陽由が眠れば由月が目覚め、由月が眠れば陽由が目覚める、そうして二人は代わる代わる夜通しで鬼と戦い続ける事が出来る。

 

そんな出鱈目な彼女の生活を支えているのは、彼女が持つもう一つの特異体質である超とも言える程の「短眠体質」、極めて短い睡眠時間しか必要とせず、一日で眠っている時間は一時間に満たなくとも十分な休息を取れる。

この奇跡とも言える特異体質達の組み合わせ、そして本人の弛まぬ研鑽により数多の鬼を屠り、女性でありながら、現鬼殺隊最強の剣士として戦っている。

 

 

そんな彼女の変化に、もう慣れた様子の仂斗は廊下を歩きながら今日の目的を説明する。

 

「…行くぞ、既に数十人の隊士が殺されている、容赦するな見つけたら殺せ」

「…わかりました

それより仂斗、貴方また食事を抜きましたね?」

「……関係ないだろう…」

「幾ら勝つ為であろうと、それでは貴方が持ちませんよ」

「元より死ぬ覚悟なんだ、長生きしようなんて思っていない」

「…そうですか」

 

二人は藤の家紋が描かれた門前に立ち、今日の動きを確認する。

 

「私が西、貴方が東側を見るんでしたね」

「あぁ、問題ない」

「今までの隊士達も気付くことなくいつの間にか殺されていた…気配の隠し方が上手い…もしや十二鬼月かも知れません…」

「その可能性はある…見つけたら鎹鴉を飛ばせるようにしておけ、一人で戦う事は避けろ」

「…その言葉、そのまま返しますよ」

 

ふん、と仂斗は少し不機嫌そうに鼻を鳴らし、夜の街へと走っていく。

その姿を見た由月は、懐から紐を取り出し髪を結ぶと、一度屋敷を見て名残惜しそうに仂斗とは反対方向へと駆け出した。

 

 

 

 

ーーー街の西側 海辺の洞窟

 

「……んぁ?」

月に照らされた潮の匂いが漂う浜辺、その一角にある血腥い洞窟の中で、男は血と火薬の匂いを纏う鬼が胡座をかきながら人を食べていた。

 

「…鬼狩り…ったく…またか…雑魚共が幾ら来ても無駄だっての…」

とボリボリと面倒くさそうに左手で頭を搔き、洞窟の奥へと歩いていく。

 

右手に持っていた女性の死体を洞窟の奥へと捨てるように投げる、死体の首は折られ、腹もら雑巾のようにねじられて、数個の臓器がはみ出て、ぐちゃぐちゃにされた状態になっていた。

 

捨てられた死体の周りにも、千切れていたり、焦げていたりする血塗れの肉片と数十本の折れた刀が散乱し、その周りを蝿が飛び回っている。

 

その死体の山にまだ少しだけ動いている影があった。

 

投げ捨てられた女性に少し似ている子供、まだ生きた状態で足と喉を焼かれ、逃げる事も叫ぶ事も出来ず、ただ血を吐きながら涙を流し力なく偶にピクリと動いている。

 

「な?お前もそう思うだろ?」

その子供に目線を合わせてしゃがみこみ、友達と話すように気さくに話しかけている。

 

「思うよな?」

子供の返事は無い、喋れない上にもう気力も失い殆ど死に体で体を思う様に動かせていない。

その姿を見た男は突如として豹変し子供の髪の毛を掴む。

「思うよなぁ!?返事しろよ!俺は寂しがり屋だって!何回も言ったよな!?友達だろ!?おい!!」

髪を掴んだまま首を揺さぶり、理不尽な怒号を子供へとぶつけ続ける。

いつしか最後の生存者も動かなくなり、叫び終わった男の手に体のない子供の生首が髪を捕まれ状態であった。

 

「…ちっ、軟弱すぎてつまらねぇ」

そう言うと少子供の生首が燃え始め、炎を噴き出しながら爆発し、その火が辺りへと燃え移る。

 

「つまらねぇからそろそろ次の所行くか、ここ湿気多くてイライラするし」

男は燃える骸達に見向きもせず、洞窟の外へと歩みを進める。

 

じわじわと月明かりが体を照らし、その容貌が顕になっていく。

 

下人の草履に通る足と着崩したボロボロの着物から出る肩から先の腕は炭の様に黒く、ひび割れた燃える模様は時折崩れ、その度に再生している。

顔つきはまだ若く、一見すると二十代かそこらの青年だが、鋭く生えた牙によってその者が人ならざる存在である事を暗に示している。

少し長い真っ黒に波打ったボサボサな髪が顔以外の頭部分を覆うように垂れ、先っぽに線香のようなほんのりと赤みがかかり、弱い煙が細々と昇り続けている。

 

本来白目である所は黒く、黒目である所は赤黒く燃えるように染まっている。

 

「…とりあえず、ここに来た鬼狩り殺してからでいいか、後で怒られるのも面倒だしな…」

燃え盛る洞窟を後にし、鬼は砂浜を悠々と散歩する様に歩いていく。

 

 

「…あれは…やはり…!」

鬼が洞窟を出ると同時に、街を駆けていた由月の目に砂浜の方から立ち上ぼる煙が映る。

 

昼の時点で、そこに家も何も無い場所であると同時に近づいてはいけないとも聞いてはいたが、周りにいる人の目もあり調査を出来なかった場所。

そこへと向かう最中に確実な証拠が現れた事で、由月は鎹鴉を飛ばしながら全速力で風を置き去りにするほど早く砂浜へと向かう。

 

 

 

「…ん?もうバレたのか?しかもやたら早ぇな」

鬼は僅かな気配から地面に耳を当て、由月が近づいている事を察する。

 

「…それにこの歩幅と体重…女か! にしてはやけに強え感じていた!もしかして…これは柱か…!?はは、はっははは!!」

月が照らす夜の砂浜にその鬼は高らかに大笑いする。

 

「最っ高だ!やっぱ同じとこで殺してると来てくれるよな!またまた殺してやらねぇと!柱は何人目だったか…!」

そう言いながら、突然自身の目に指を入れ、突き潰す。

指を抜き、凄まじい速度で再生したかと思えばその目に文字が浮かび上がる。

 

右目には「肆」

 

「この俺が、最後に最高の景色を見せてやるぜぇ!!」

 

そして左目に「上弦」と刻まれている。

 

十二鬼月 上弦の肆 "破壊被(やかぶれ)"

 

その鬼の名。

十二鬼月が誕生して以来、常に上弦へと居座り続けている最凶の鬼の一体である。

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