ザザァ…ン…
海に月光の輝きが反射し、それが波打ち、暇もない程に忙しなく形を変えていく。
普段なら潮の香りが辺りを包み、涼しい風が体を覆っていたのだろう。
だが今夜の砂浜は全く違う。
人が焼けたような焦げ臭さと血なまぐささが混濁し、吐き気を催すおぞましい臭いが浜辺を包み、爆発地点の様な暑苦しく、息苦しい空気が全身を握り潰すように襲いかかる。
スタ…
由月が砂浜へと足を踏み入れた瞬間から、そいつは居た。
丈の合っていないブカブカの服に袖を通し、下劣た笑みを浮かべ、手足に燃えるような痣と、炭に血を吹きかけ更に焦がした様な苦く生臭い香りのするおぞましい鬼。
「よく来たなぁ!鬼狩りぃ!」
まるで十年振りに友達と会ったかの様な喜びの表情と声に、由月は心底不快感を滲ませる。
「…あ?んだよぉ、ノリ悪りぃな、友達居ねぇのか?」
「……」
何も答えず、ただ刀を握る。
鬼と交わす言葉など無い、そう悟らせるような怒りと決意に満ちた表情に破壊被は残念そうな顔を浮かべ、掌に傷をつけ血を流す。
「あーあ、友達になってくれたら、良いもん見せてやろうと思ったのになぁ…」
「"昊の呼吸 壱の型"」
ヒュルルルル…!
「残念だ」
破壊被が体を曲げ、大量にある砂粒を一握り拳へと包むと、みるみるうちに砂に血が染み込んでいき、全ての砂が真っ赤になり、少しだけ固まる。
「"翔"」
由月が前傾姿勢になり、距離を詰めようと踏み出す瞬間
「死人には見せれねぇ」
雑に投げ放たれた塊の砂粒が由月の目の前へと迫る。
「っ!!」
由月は本能で危険を察知し、瞬時に体勢を変え、無理矢理後ろの方へと踏み出す。
「血気術…」
目の前に迫っていた血のついた砂が赤みを帯び始め
「"
ピカ…!
けたたましい破裂音と共に、花火の様に鮮やかで美しい爆発が由月の眼前で炸裂する。
炸裂により飛び散った別の砂も誘爆し、爆発の範囲を広げながら数秒間爆発し続ける。
辛うじて爆発の範囲外に逃げる事は出来たが、その熱量と明るさに視界を奪われる。
「くっ…!」
(この光量を間近で…!目が眩む…!それにこの熱…今呼吸したら喉が焼けかね無い…!)
由月はその輝きに目を細めながら、更に距離を取って行く。
(…奴の血を起爆剤とした広範囲の爆破…わざわざ砂に纏わせたのは距離を伸ばす為…?)
僅かに熱が弱まった瞬間、再び息を吸う。
(もし奴のばら蒔いた血が時間経過で消えないのなら、罠を張られていることを常に警戒しなくてはいけない…爆発に誰かが巻き込まれるのを考えても町へ行かせるのは危ない…!)
ヒュルルルル…
(何としてもここで止める…!)
「昊の呼吸…壱の型…」
破壊被は再び砂を両手に握り血を染み込ませて、今度は無造作にではなく、全力で由月へ投げつける。
「今度は…逃げれねぇぜ」
「……」
「死に…やがれぇえ!!!!」
「"翔"!!」
バシュン!!
血気術 "
血で固まった砂は投げられた勢いで崩れて行き、崩れた粒が炸裂、爆発によって加速、それを幾度となく繰り返しほんの数瞬で由月の立っていた場所を通過し、砂浜を覆うほどに砂埃と破壊を撒き散らしていく。
「……あー?」
この攻撃で確実に仕留められると感じていた破壊被だったが僅かに違和感を覚える。
(手応えがねえな)
鬼の勘とも言うべき、「人を殺した感覚」を感じていなかった。
攻撃は鬼狩りを確実に捉え、一瞬で逃げられる筈もない程の範囲を破壊し、全ての逃げ場を無くした、普通ならば確実に仕留められる攻撃、生き残る確率はほぼ無い。
しかし鬼は感じていた、自身が出会い、殺してきた中で最も濃厚で強い鬼狩りの気配。
それが消えていない事を、他でもない破壊被自身が感じていた。
キラリ…
砂煙が僅かに晴れた頃、爆破の煙が立ち上る空に月明かりに照らされ、他の星よりも一層輝く星が目に映り、時間が経つ事にその星は輝きを増し、少しずつ大きくなっていく。
「はっ!」
楽しそうに破壊被はその星を見て笑い、片手に残っていた砂を再び全力で投げつける。
砂煙が晴れたその空には飛び上がった由月が刀を握り、落ちながら破壊被の首を斬るために両手で刀を握り、向かってきた砂粒を迎え撃とうと体を捻る。
昊の呼吸 漆の型
ヒュルルルル…!
"
捻った全身を戻す勢いと共に振り切った刀が強力な風を巻き起こし、飛んできた砂を全て吹き飛ばす。
由月から逸れた砂粒が彼女の周りで炸裂するが、起こした風が熱波を近づけず、舞い散る煙を突き抜けて破壊被より少し離れた場所にへ着地する。
ヒュルルルル…
昊の呼吸 伍の型
着地と同時に足を後ろへ伸ばし、倒れ込みそうな程の前傾姿勢になりながら刀を後ろを引き、目を瞑る。
"
目を開いた彼女の全身が弾け飛びそうな光に包まれた次の瞬間、落雷の轟音と共に凄まじい速度で距離を詰め、瞬きの内に破壊被の頸元へ刃が滑り込んでくる。
ズグッ!
肉を断つ音が静かに鳴るが、刃が頸へ触れる寸前で右腕のみに防がれ、破壊被は余裕綽々に不気味な笑みを浮かべて由月を見つめる。
「はっはぁ!やるなぁ!ここまで近づかれたのは久しぶりだ!」
「…くっ…!」
楽しげに笑う破壊被を見る由月は戦慄し、それを無理矢理かき消す様に目の前の悪鬼を睨見つける。
「…そんなカリカリすんなよ…友達だろ?俺ら…」
「何を……っ!!」
「だからよ…」
刃を止めていた腕が一瞬蠢いたかと思うと途端に膨み始める。
「良いもん、見せてやる」
"血鬼術"
急いで刀を引こうとするが力を込められた腕からは抜けず、目の前には今にも弾け飛びそうな腕が迫る。
"空の呼吸"
ヒュルルルルル…!!
全集中の呼吸を行い、爆破の直前でようやく刀が腕から抜けるも最早避ける時間は残されていなかった。
それをきっかけとするかの如く刀が腕を離れた途端、遂に弾け飛ぶ。
"肆の型"
瞬間、彼女の刀を穏やかに荒く流れる波の様な模様が覆う。
"
"
ドパァァァン!!
由月の目の前で炸裂した破壊被の腕から色鮮やかな火花が飛び散る。
その輝きは彼女の姿を完全に隠し、夜の砂浜を昼よりも明るく華やかな光が埋めつくした。
ーー街の西側 離れの森
「く…!」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら全力で森の中を駆ける仂斗の前に、突如地面から一体の土や木で出来た人形の様な物が襲いかかってくる。
「邪魔だ!!」
一振でそれをバラバラにするが、直ぐにまた新たな人形が現れ、いつの間にか仂斗を囲っていた。
(…まずい…完全に想定外だ…!)
仂斗の視線の先、包囲網を抜けた場所に不気味な影が写っている。
「……ふひ…ぁ、ああそぼぉ…!お、ぉお友達、あぁあ、集めたんです…た、たたったぁくさん…!!」
無機質な百足と蜘蛛が混じった様な無機質なからくりの巨大な躰、背中に付いた十二対の腕からは粘液を付けた細く強靭な糸を吐き出し、それに土を纏わせ人形を巧みに生み出し続けながら、同時に操っていた。
右目に光る「下陸」と刻まれた瞳が仂斗を嬉しそうに見つめ、髪に隠れた陰険な女の顔にある口から涎を垂らしている。
(…十二鬼月が…二人も居たとは…!)
「は、柱ぁ!本物のぉ!こ、こ、殺せば…ぁああぁの方から…血が…沢山…!」
(とにかく…町からは離した、ここからでも砂浜には行ける…!)
刀を構え、次々と襲いかかる人形達を蹴散らしながら本体の鬼へと向かっていく。
しかし近づく度に蜘蛛のような足を動かし、幾ら近づこうとしても直ぐに離され、再び土人形を生み出されて、時間稼ぎを延々と続けられていた。
(…もう一人の鬼とこいつは協力しているのか?…なら尚更一刻も早く由月の援護へ向かわなければ…だが…)
「……はぁ…仕方がない…」
焦燥と葛藤の果て、仂斗は覚悟を決めた様に深呼吸をして切り伏せた人形から糸を奪い取る。
「??」
綴蝉は人形を作る手を一瞬止め、仂斗の奇妙な行動に首を傾げる。
「…悪いが、"喰うぞ"」
奪い取った糸を口に収め、嗚咽を混じえながら辛うじて飲み込む。
「………ま、ままっまさか…!」
意図を察して我に返った綴蝉は再び人形を作り出す、しかし生み出した人形達は先程よりも早く仂斗の手で細切れにされていく。
「…ご、ここ、こいつ…!」
人形を蹴散らす仂斗は呼吸が荒くなり、鋭い牙が生えた口からは涎を垂らして白目の部分が黒く染め、毛先が黄色に変色した異様な姿へと変わっていた。
「……ふしゅぅぅ…!」
(鬼…喰い…!?)
「…悪鬼…滅殺…」
荒い呼吸のまま、錆色で刃こぼれした刃を鬼を向けて静かに宣言する。
「お前を…斬る…」
ーーー藤家紋の屋敷
……アァ…
「……ん…ぅ…」
何処からか聞こえた炸裂音に京太郎が目を覚ます。
「陽由…さん…?」
ゆっくりと布団から起き上がり、襖を開けて眠い目を擦りながら廊下を歩く。
「……おや?起きてしまいましたか?」
声を掛けて来たのは、今日お世話して貰った若い女性だった。
「……陽由さん…」
「あ、陽由様……彼女でしたら…少し夜のお散歩に、先程向かわれたばかりなので恐らく帰るまでに時間がかかるかと…」
「……わかりました…」
「おやすみなさいませ」
何かを誤魔化すような言動に京太郎は怪しさを感じながらもそれ以上は聞かずに部屋へと戻り、再び布団を被る。
しかし、彼の心に巣食った不安は無くならない。
眠る事も出来ず、ただ一刻一刻時間を感じさせられながら寝転がっていた。
(どこいったんだろ…)
ふと、寝返りで窓から門の方を見た瞬間、空が明るくなっているのが目に入った。
「…っ…」
その光を見た瞬間、京太郎の心に嫌な予感がじんわりと襲いかかる。
(…夜明け…じゃない…)
今日見た暖かな太陽とは違う、鮮やかながら何処か残酷で冷たい輝きを肌で感じ取った。
京太郎は布団から飛び起き、裸足のまま窓から庭の方へと飛び出す。
何とか外に出ようと門の前に辿り着くが、鍵の開け方が分からない。
先程の女性の様子からして、恐らく気の所為だと部屋に帰されてしまうかもしれない。
きっとそうなったら後悔する、永遠に後悔してしまう。
ドンドンドンドンドン!!
何度も門を押しては叩き、押しては叩きを繰り返す。
しかし一向に開く気配が無い。
「……はぁ……はぁ…」
ずっと酷使してきた体、一度休んだ程度では回復しておらずすぐに息切れして、体力が尽きる。
「……開けて…!」
祈るような声で涙を流し、門に縋り付いて再び叩こうとした時。
「京太郎様…?」
「…!!」
後ろから、終了を告げる女性の声が響いた。