黒トリガー『S』 作:コーエツニイサン
読み逃した!
そう思った時には、もう事は起こっていた。
人型近界民の出現。それは予知には現れなかった事だ。今までこんな事は有り得なかった。だからこそこんなに焦っているのだが。
既に茶野隊が交戦し、緊急脱出した。そして次は三輪隊が、現地に向かったという。
このまま三輪隊が接触すれば、敵対以外の未来は無い。交渉の余地も無く発砲するだろうからな。
近界民には友好的な奴らもいる。そんな奴らとこっちの世界の架け橋になるのが、自分たち玉狛支部だと言うのに……出遅れたか。
「はぁ、実力派エリートが聞いて呆れる……」
自虐をため息とともに吐き出し、気持ちを切り替えることとする。頭でオペレーターから先程届いた情報を整理する。
現状分かっているのは、ゲートから現れたのは2人の人型近界民。その内の1人が、こちらの攻撃を反射するトリガー使い。攻撃の反射……厄介だな。何か発動の条件でもあればわかりやすいのだが。俺の黒トリガー、風刃の遠隔斬撃はどうなる。
そして追加の情報が入る、三輪隊が交戦を開始した。
クソ、やっぱり間に合わなかったか!相変わらずフットワークが軽いなアイツらは。
よりによって近界民に深い恨みがある三輪を行かせるとは。わかってはいたが、城戸司令も初対面から過激な事だ。
「ゲートの座標まで後ちょいっ!」
と思った次の瞬間、自分の視界内で大きな衝撃波が、轟音を散らし横切った。そしてその中から2つの緊急脱出反応がする。
三輪隊の狙撃手2人がやられたか!
一瞬だけ呆然として、すぐに気を引き締める。そして、最悪の想像を浮かべてしまう。
この攻撃の規模、まさか!?黒トリガーなのか!!
現場に向かう足取りを、さらに早める。
もう一度同じ攻撃が、今度は別方向に放出される。そしてまた、2つの緊急脱出反応。
まさか、三輪隊が3分と持たないとは。ますます黒トリガーの可能性が増してきた。チンタラはしていられない。
とにかく今は近界民の姿を見なければ。相手の姿さえ見えれば未来が開ける筈。それまではただ現場に着くことだけを考えろ。
それはただ待っていた。
黄金色のヘルメット・肩・腕のアーマー、そして背中には羽衣の様な帯が2本浮いている。まるで神聖さすら感じるような佇まい。
穏やかな微笑を浮かべ、蝶を指に乗せている。
「ほら、お行きなさい。巻き込まれるんじゃありませんよ」
言葉を聞いて、蝶は羽ばたく。それを柔らかな表情で見送っている。
「すみません。待たせてしましたか?」
柔らかい声をかけられて、焦る心が落ち着いていくのを感じる。これまで何人もの近界民と出会ってきたが、これほど柔和な雰囲気を放つ人物は初めてだ。声も表情も仕草すらも、この世の人間とは見えない。
この人が先程、ボーダー隊員を6人を緊急脱出させたとは思えない。それほど戦いというものから離れたような存在。
「いや、今来たところだよ」
おかしい。トリオン体では感じない、冷や汗の様な気持ち悪さを感じる。その不快感の理由は分かっている。
……未来が……見えない。
目の前の近界民の姿を捉えた。なのに自分のサイドエフェクトは何も言ってこない。こんなことは今までになかった。
今までは呪いのように自分に未来を見せつけてきたくせに。
心の中で悪態をつき、それを悟られないように意識しながら近界民に近づく。
「貴方は私と話してくれますか?」
気持ち悪さを飲み込み、平常心で答える。幸い、向こうは好戦的ではないようだ。穏やかな表情でこちらの返答を待っている。あんな無慈悲な攻撃を見ているからか、それは酷く歪に思えた。
「あっあぁ……もちろん。俺はボーダー玉狛支部、実力派エリートの迅悠一。俺は近界民にも良い奴がいるって知っている。アンタが何を目的にこっちに来たのかによっては、仲良くやっていきたいと思っているよ」
「それは良かった。玄界の皆さんが、揃いも揃って襲いかかってきたら、流石に対応に困りましたからね」
「まぁ、それは悪いな。ウチも一枚岩じゃないし、そっち側に家族が連れ去られた奴もいる。少しは理解してくれないか?」
「えぇ、構いません。家族が危険にさらされて、怒らないなんて人はいないでしょう……私もその1人です。先程少し面を食らってしまって、私の家族を隠してしまいましたが」
にこやかな笑顔の中の目が、少しだけスッと細くなる。なるほど、三輪隊は見事に地雷を踏んでくれたと。怒り心頭という訳ではないのを祈るしかないな。
「それで、アンタたちの目的はなんだ?」
「私たちの目的は……新天地での当たり前の日常。一言で言えば、私たちは国を失った、難民なんですよ」
「難民……そうか」
「貴方が心痛む必要はありません。星の海ではよくある事です。小国が強国の気まぐれで滅びる。積み上げた物が崩れ去るのはいつも一瞬です」
「アンタがいてもダメだったのか?」
「……黒トリガーなんて、いつも全てが終わった後に生まれますからね」
なるほど、滅びが確定した後に作られたのか。そしてやはり黒トリガー……。
難民の黒トリガー、なおのこと受け入れるべきだ。問題があるとしたら、俺のサイドエフェクトがこの人には反応しない事。未来が見えないというのがこんなにも不安になるか。
「あぁ、申し遅れました。私はセレナード。貴方とは良い関係を築けそうです。よろしくお願いしますね。ユウイチ」
穏やかな笑みで、右手を差し出してくる。不安を押し殺し、それに応えようとしたした時、セレナードは違う方に視線を向けた。それはボーダーの本部がある方角。
「これは……今度は大所帯ですね」
避難区域の街並みの屋根を渡って近づいてくる影が5つ。良い感じで話が纏まりそうだったのに。そりゃ三輪隊がやられたらこの人たちが出てくるだろうけど。
「げっ、太刀川さん」
「太刀川隊、現着。よぉ、迅。面白いことになってきたなぁ。俺もまぜろよ」
「風間隊、現着。近界民を確認した。これより交戦する。迅、お前も手伝え。これは城戸司令からの命令だ」
おいおい、せっかく話せる近界民なんだぞ。少しは空気読んで欲しいな城戸さん。
「ユウイチ、こちらの方々は?」
「……ウチの精鋭部隊だ。見ての通り、友好の気配は無いな」
既に抜刀してるし。この分だと当真もどこからかこちらを狙っているか。
「フム……私はこの後お願いごとをしたいのですが、どうすれば穏便に済むと思いますか?こちらの流儀を尊重したいのですが」
穏便に、ねぇ……。本部の忍田派はともかく、大多数の城戸派はガッチガチの近界民排除主義だ。どんなにセレナードたちが穏やかで、無害をアピールしたところで排斥に動くだろう。
だとしたら……むしろ逆か。力を見せつけ、抵抗するのは損だと。受け入れる方が役に立つと見せつける。城戸派内で揉めることになるかもしれないが、城戸さん自体はそこの度量はある人だ。
「……じゃあ、圧倒的に。パフォーマンスを含めて」
ボーダー最精鋭が歯が立たない。そんなトリガー使いは撃破より、取り込みの流れになるはずだ。ならここは穏便になんてやってられない。
「なるほど……では、致し方ありませんね。玄界の勇士よ。この私、セレナードがお相手しましょう」
その瞬間、太刀川さんや風間さんを見て、精鋭部隊の未来が確定してしまった。やはりセレナードの姿は映らないが、全員漏れなく、緊急脱出だ。
あーあ、まぁ黒トリガーが本気を出せばそうなってしまうか……。さて、この事後処理どうするかねぇ。
「さぁ、おいでなさい」
俺は……まぁ、離れとくか。巻き込まれたくないしな。
迅の予知曰く『いろいろあったが』ボーダーの最精鋭は全滅するそうです。