リコリコ店員のスター 作:官隆
~ワンダーランドのセカイ~
空中に浮かぶメリーゴーランド、空を飛ぶ汽車、歌う花や楽しそうに動く人形達。この世にはないものばかりで溢れている、夢のようなセカイ。
ここは、天馬司の『みんなを笑顔にしたい』という想いから産まれた"ワンダーランドのセカイ"
いつもならこの時間は、人形達や花達と一緒にショーの練習を行うのだが、今日はショーの練習は行われず、座長であるKAITOは辺りをキョロキョロと見て、誰かを探しているようだった。
「ここにもいない、か。ミクはどこに行ったんだろう」
彼女に今度やるショーに関して、話したい事があったのだが、自由奔放な彼女の姿は一向に見当たらず、かれこれ1時間が経過している。
一体どこにいったというのか?KAITOは困ったように眉を下げた。そこに、二人組の声が後方から聞こえた。
「「カイト〜!」」
自身を呼ぶ声に反応し、振り返ると、鏡音リンと鏡音レンがこちらに笑顔で手を振りながら、走り寄って来ていた。
「こんな所にカイトが来るなんて、珍しいね!」
「なにか探してるみたいだったけど、なにを探してるの?」
二人がそう言うと、KAITOは「ははは」と困ったように笑う。
「いや、実は次のショーのことでミクに話があってね。今、探してるところなんだ」
「ミクを探してるの?ミクならさっき、ショーステージの方にいたよ!」
「え、ホントかい?」
「うん!うさぎのぬいぐるみさんと、なにかやってたみたいだったけど…」
「そっか、どうやら入れ違いになっちゃったみたいだね。教えてくれてありがとう、ふたりとも」
KAITOが一番最初に探した場所だが、どうやら行き違いになってしまったらしい。
KAITOは2人に感謝を伝え、ミクのもとに向かおうとする。
「あ、待って待って!僕たちも行く!」
「リン達も、ショーのことだったら話したい!」
そう言って、ふたりはKAITOに着いていく。
そうして歩いて行くと、ショーステージで、ミクとうさぎのぬいぐるみが座って何かを書いていた。
KAITO達が彼女の名前を呼ぶと、ミクはそれに気づいて、彼らのもとに尻尾をブンブンと震わせて、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「カイト!リン!!レン!!おっはよう!!調子はどう?ミクはね、今日はとっても、とっても元気!!早くショーがやりたくて溜まらないよ〜♪」
「おはよう、ミク。実は今度やるショーのことについて話したいことがあるんだけど…今日は随分と、ご機嫌みたいだね」
「うん!だってだって、今日は司くんが千束ちゃんと久しぶりにお出掛けしてるんだよ!!新しいお友達も一緒に!ミク、それが嬉しくって!」
あぁ、そうか。そういえば今日だった。と、KAITOは思い出す。
錦木千束、このセカイの創造主である天馬司の初恋の少女である。このセカイの想いの持ち主である司は、幼少期から、家で一人になることが多く、孤独な時間を過ごすことが多かった。
KAITOやミクは、そんな司を笑顔にしようと、司に自分達の存在に気づいてもらおうとしていた。だがそれは、神の邪魔でも受けているかのように、悉く失敗してしまい、司がセカイの存在に気づいたのは、高校ニ年生になってからだった。
そうした自分達が歯痒い思いをしている中で、彼女は、孤独だった司を気に掛け、支え、彼を笑顔にしてくれた。自分たちにできなかったことを、彼女はやってくれた。そのことに、KAITOは深く感謝をしているし、彼女に好印象を抱いている。
それは、ミクも同様、いやそれ以上の感情を抱いており、司が千束と一緒にいる時は、まるで自分のことのように、常に上機嫌であった。
そんな上機嫌な状態のミクを見たことのないリンとレンは、ポカンと、呆然とした表情を浮かべている。
「ねぇ、ミク?千束ちゃんって誰?」
「あれ?二人は知らなかったっけ?それじゃ、教えてあげるね!千束ちゃんはね、な、な、な、なんと!!司くんが好きな女の子なの!!」
「「え、え〜!!!?」」
二人は信じられないといった表情を浮かべ、叫ぶ。
なんたって、二人にとって司は子供の頃から現在までショー一筋の人間であり、恋愛とは縁遠い存在であると考えていたからだ。
「司くん、好きな子がいるの!?」
「どんな子、どんな子なの!?」
しかし、流石はワンダーランドのセカイの住人
切り替えが速く、直ぐ様司が恋している千束について目をキラキラとさせ、聞き始めた。
そんな二人に、ミクも目をキラキラとさせ、語り始める。
「千束ちゃんはね!いっつも明るくて、司くんが寂しいときとか辛い時に一緒に居てくれたとってもとぉっても優しい子なんだよ!人助けが趣味で、困ってる人がいたら進んで助けに行く、そんな子なんだ〜!司くんと一緒に咲希ちゃんに見せるショーの練習も手伝ってくれたりもしてくれてたんだよ~!ね~♪」
「ウン!千束チャン、ワタシノショーノ衣装、作ッテクレタンダ!」
「へぇ〜!そうなんだ!」
「リン、千束ちゃんに会ってたいな〜!ミクは会ったことあるの?」
「ん〜私もまだないんだ〜、だけどね、近い内に来てくれると思うよ?」
「「ホントに!!」」
「うん!だから今、千束ちゃんに見せるショーをうさぎのぬいぐるみさんと作ってたの!ね~♪」
「ウン、千束チャンヲ、笑顔ニスル、ショーヲ作ッテンダ!」
「じゃあじゃあ!リンも手伝う!」
「ボクも!」
そう言って、盛り上がるミク達を尻目にKAITOは首を傾げていた。ミクは「多分近い内に来てくれると思うよ?」と言った。確かに、錦木千束は天馬司にとって、大切な存在である。司が望めば、彼女はこのセカイに来ることは可能だろう。
しかし、それは司がセカイのことを千束に告げる必要があり、千束が必ずしも来ることは確定していない。それは、このセカイの住人であるバーチャルシンガーにも分からないことである。
だが、彼女は近い内に来ると言った。まるで、近いうちに来ることが確定しているかのように―
「―ト、カイトってば!」
「―わっ!?」
「もぉ、ずっと話しかけてるのに無視しないでよぉ〜!」
「ごめんよ、ミク。少し考え事をね。それで、どうしたんだい?」
KAITOが謝ると、ミクはむす、とした表情を、いつもの笑顔に変える。
「あのねあのね!千束ちゃんが来てくれた時に見せるショーのアイデアが欲しいんだ!カイトも協力してくれない?」
そう言って、お願いしてくる、ミクの後ろには笑顔でこちらの返事を待つ、リンとレン、うさぎの人形の姿が見える。拒否する理由もないので、KAITOは笑顔で頷く。
「そういうことなら、よろこんで協力するよ」
「ホント!わ〜い!」
「ねぇ、ミク!ルカとメイコも呼ぼうよ!」
「みんなで考えたほうが面白いショーになるし!」
「いいね!じゃあ、カイト。私達二人の事を探してくるから、ここで待っててね〜!」
「怪我しないように気をつけてね〜!」
KAITOは3人が走っていく姿を微笑みながら見送る。
そんなKAITOを見ていたウサギの人形は、アレ?と声を挙げる。
「ソウイエバ、カイトサン、ミクチャンニ用ガアッタンジャナカッタノ?」
「あっ」
〜水族館〜
「―ここがいい場所ですか?」
「そう、私のお気に入りの場所!」
「…やっぱりここか」
「いいところに連れていく」と言って、千束に連れてこられたのは都内にある水族館であった。
初めて来た水族館を興味深く見るたきなに対して、司はげんなりとした表情を浮かべていた。
「よく来るんですか?」
「年パス〜!たきなも気に入ったらどうぞ?」
年間パスポートをひらひらと振り笑う千束。
そんな千束を見て、司は千束に聞こえないよう、小声でたきなにアドバイスをする。
「たきな、千束と出掛けると大抵は、ここに来ることになる。これからも千束と一緒にいることを考えて、買っておいたほうがお得だぞ」
「…考えておきます」
たきなは司の言動から、千束に飽きるほど連れてこられていることを察した。
「ほらほら、早く行こう〜!」
「あっ」
「ちょ、おい、引っ張るな〜!」
千束に手を引かれると、司はいつもの大声からは想像できないほど小さい小さな声で千束に抗議する。
たきなはそれを見て、この人も場所を考えているんだな、とぼんやりと考える。
「―ほら、たきな!見てみて、タツノオトシゴだよ!」
しばらくして最初に千束に見せられたものは、不思議な姿をした生物だった。たきなはスマホを取り出し、目の前の生物を検索した。
「タツノオトシゴ………これ魚なんですね」
スマホから検索した情報を言うと千束は目を驚いた表情を見せた。
「えっ!…お前、魚だったのか」
「お前、あれだけ通っていて知らなかったのか!?」
「え〜、司、知ってたの?」
「…そこの説明をよ~く見てみろ、ちゃんと書いてあるぞ」
「いやいや、そんな訳〜…ホントだ」
全然気づかなかったという千束を司は何処か呆れた様に見る。
そんな二人を尻目に、たきなは、タツノオトシゴをじっと見つめ、口を開く。
「…それにしても、この姿になった合理的理由があるんでしょうか?」
「「ご、合理的理由?」」
「なんかあるでしょ」
二人が似たような顔で同じ事を言うから、たきなはクスッと笑ってしまう。ふと目を逸らすとそこにまた気になる生き物がいた。
「…これも魚ですか」
「チンアナゴか、俺も初めて説明を読んだ時はこれも魚なのかと驚いたな」
巣から顔を出し、ゆらゆらとしている姿に見入っていると、ふと、たきなは辺りから視線を向けられていることに気づいた。
一瞬、自分に向けられているのかと思ったが、視線が自分ではなく、横に向けられるものだと気付く。なんだと思い顔を向けるとー
「ん〜〜♪」
目を瞑り、両手を上げ、ゆらゆらと揺れている千束の姿があった。
「…何してるんですか?」
「なにって、チンアナゴだけど〜?」
たきなが少し引き気味に尋ねるが、千束は特に動じることなく、答える。
その様子にたきなは溜息を吐きながら、彼女へ注意する。
「千束、人が見てますよ。目立つ行動は避けてください」
「え〜何で〜?」
「私達はリコリスです。目立つような行動は…」
「制服着てない時はリコリスじゃありませ〜ん」
「…司さんからもなんか言ってやってください」
その言い方にたきなはイラッときたが、好きな男に注意してもらえば、この奇行も止まるのではと思い、司に声をかける。しかし、司からの返答はこない。
「……」
「司さん?」
たきなが司の方を見やると、司は気まずそうな顔をして、こちらから目を逸らしている。千束はそれを見て、ニヤニヤとたきなへと司に対する事実を告げる。
「たきな〜司はこっち側だよ〜?」
「えっ?」
「だって司は交差点とか目立つ場所でいっつもこういうポーズ披露してるし~!」
「は?」
「なんだったら、このチンアナゴのポーズも司が考えたものなんだよ~!」
「いや、お前と一緒にするな!オレは時と場所については、ちゃんと考えている!!それと、そのチンアナゴのポーズは、あくまでも海をテーマにしたショーをする際に、チンアナゴの気持ちを理解しようとして、ついやってしまったものであってだな―」
「え~でも、結局、最初にやったのは司でしょ~。あの時はびっくりしたな〜。真剣な表情でチンアナゴ見てると思ったら、急に、ゆらゆら揺れ始めるからさ〜」
「ぐっ、いや、それは…つい…」
「……」
「お、おい、たきな!そんな引いた視線でオレを見るんじゃない!?あれを作ったのは、あくまでも小学生の時であってだな―」
そんなやり取りもありつつ、暫く水族館を見て回った。
少しして、司とたきなは休憩もかねて巨大な水槽の前のベンチに座っている。
千束は目の前の水槽の前でチンアナゴの真似をいまだに行っており、司とたきなは何処か諦めたような眼でその光景を眺めている。
そんなゆったりとした空間で、たきなは意を決したように、千束に話しかける。
「…千束」
「ん〜?」
「千束はあの弾、いつから使ってるんですか?」
「…な〜に、急に?どうした?」
突然の話題に千束もチンアナゴの真似を辞めて、こちらを向く。その顔は笑みこそ浮かべているが、先程までと違い、真剣な表情だった。千束はそのまま、ゆっくりとたきなのもとに歩み寄り、横に腰を掛け、会話を続ける。
「旧電波塔の時は?」
「あの時先生に作ってもらったの」
「…何か理由があるんですか?」
「な〜に?私に興味あるの?」
「…タツノオトシゴ以上には」
「チンアナゴよりも〜?」
「茶化すならもういいです」
そう言ってそっぽを向くたきなを見て、千束は『ごめんごめん』と軽い感じで謝ってくる。
たきなの様子を見て水槽に視線を戻すと、千束も水槽を見上げたまま告げる。
「――私があの弾使うのはね気分が良くないからだよ。」
「…気分?」
「そ、誰かの時間を奪うのは気分が良くない。悪人にそんな気持ちにさせられるのはもっとムカつく!だから死なない程度にぶっ飛ばす!あれね〜当たるとめっちゃ痛いの!死んだほうがましって思えるくらい!」
「…ふふ」
そう言って、笑いながら話す千束を見て、たきなも笑みを零す。
「何だよ〜私変なこと言ったぁ〜?」
「いえ、もっと博愛的な理由かと思っていたので…千束は謎だらけですね」
「Mysterious girl!そんな魅力もあったか私〜!」
「……ミステリアスか?」
「ちょっと〜何首傾げてんの〜?」
今まで話しを聞いていた司が首を傾げる。それに対し、千束は頬を膨らませ、抗議する。
しかし、千束の人となりを知っている司からすれば、そんなものははミステリアスでもなんでもない。
「いや、だってお前のそれは、そんなに難しいものではないだろ?」
「そりゃまぁ、そうだけどさ〜」
「…どういうことですか?」
「たきなも聞いた事があるだろ?千束の座右の銘」
たきなは顎の部分に手を当て、少しだけ考えると、答えを言った。
「…"したいこと最優先"ですか?」
「お!覚えてるねぇ〜」
たきなに自身の座右の銘を覚えてもらっていたことを嬉しいかったらしく、その顔には笑みが浮かんでいた。しかし、次のたきなの言葉に、千束の笑顔は消える。
「じゃあ、DAを出たのもそれですか?」
「ほぇ?」
「殺さないだけなら、DAでもできたんじゃないんですか?」
「あー、それかぁ…」
「それも、したかったからですか?」
「えっと…」
言葉をつまらせる千束は顔を俯かせ何処か悲しげな表情をしていた。
そんな千束の表情を見て、たきなはそっと司の方に視線を向ける。その目は聞いては駄目だったか?と、こちらに問いかけていた。
司はこれに対し、どう答えればいいのだろうか?と悩んでいると、千束が口を開いた。
「…人探し…なんだ…」
「人探し、ですか?」
「うん、会いたい人がいるの…大事な……大事な人」
大事な人、そう告げる千束は、いつもの元気な姿と違い、どこか儚げな姿であった。千束は自身の胸元に手を伸し、その胸元から、梟の形をした銅色のネックレスを取り出し、たきなに見せる。
「その人を探したくてさ…これ、知ってる?」
水槽から少し離れた所にある休憩所に移動すると、たきなは自身のスマホで『アラン機関』のことが掲載されている記事に写っている梟のチャームと千束のチャームを見比べる。
『アラン機関』、「才能」のある若者を見出し、多種多様の支援を行う団体であり、その支援を受けた人間には、梟のペンダントが送られるという。千束の持っているものは間違いなく、そのペンダントである。つまり、このペンダントを持っているということは、千束には何かしらの才能があるということである。
「…確かに同じですね。千束はどんな才能があるんですか?」
「分からなぁい?」
「
「二人してひどくない~」
壁に貼られたグラビアと同じポーズを取った千束を司とたきなが同時に力強く否定すると、千束は額をテーブルに突っ伏した。
「…じゃあ、たきなは自分の才能が何だかわかる〜?」
「何かあればいいですけど」
「ね?普通はそんな感じでしょ?」
「…じゃあ司さんはどうですか?」
「…俺か?まぁ、俺もたきなと同じで、あればいいなとは思うが…」
「えっ?」
その返答に対し、たきなは意外そうな目を司に向ける。
「なんだ?その反応は?」
「いえ、司さんは天から与えられた才能を活かすためにスターになると千束から聞いたので…そんなこと言うとは思わず」
「グハッ!?」
突如として、司に攻撃が襲い掛かる。
それは、まだ司が本当の想いを思い出す前に常に言っていたこと。現在の司からすれば黒歴史に近いものだった。
(それを言われるとは思わなかった…!というか、千束!?あれはオレの黒歴史みたいたものだからあんまり言うなって言ったのに、お前は〜!?)
その元凶はというと、隣のテーブルに額を突っ伏して、肩を震わせていた。
それを見た司は、千束は後でしばくことを心に誓いつつ、たきなへの弁明を行う。
「まぁ、確かにあの時は本当にそう思っていた。オレには天から与えられた才能があると!
…だが今は色々なショーを経験し、様々な役者に出会い、オレは自身の未熟さを痛感した。だから、今はそんなことは微塵も思っていない!」
そう、あの頃とは違う。。天馬司はワンダーランズ×ショータイムで様々なショーを行い、様々な役を演じてきた。またアメリカで見たショーを見て、自分の未熟さを痛感した。それに―
「…それにあの時のオレは、大切なものを忘れていたからな」
そう本当の想いを忘れ、仲間を必要とせず、傷つけてしまった、あの頃の天馬司とは違うのだ。
「今、最後なんて…?」
「いや、なんでもない!悪いがこれ以上は話さんぞ!オレにとっては黒歴史みたいなものでな、あまり知られたくないんだ!」
そう言うと、暫く見つめてきたが、もうこれ以上、話す気がないことが分かると、たきなはしょうがないといった表情を浮かべ、話題を元に戻した。
「…ならしょうがないですね。それで、話を戻しますけど千束、その探し人は見つかったんですか?」
それを聞くと、千束は深くため息を吐きながら首を横にふる。
「これがさ、全然見つかんないの」
「…10年探してですか?」
「うん、司にも一緒に探してもらってるんだけどね…もう、会えないのかな…ありがとうって言いたいだけなのに…」
寂しそうに水槽を眺める千束を見て、司は静かに視線を右下にそらす。
10年、それだけの期間があったのに手がかりは何一つ見つからなかった。
司とて、自分にできることはやってきたつもりだ。だが、彼にはアラン機関に縁のあるような組織や財閥のコネもなければ、リコリスやリリベルのように、武力も持ち合わせていない。そんな少年では調べるにしても限界がある。
故に、彼は考えてしまうのだ。鳳えむのようにコネがあれば、神代類のような頭脳があれば、もっと彼女の力になれたかもしれない、彼女の大切な人を見つけることができていたかもしれないと。
「――っ」
そんな二人に対して、たきなは何も言えなかった。なぜ探しているのか、どのような想いを抱えているのか、それを知らないたきなが何かを言ったところで、そんなものは偽善でしかない。
たきなは二人のことは、まだ知らないことばかりだ。
それでも、今日、一緒に買い物をし、ご飯を食べ、水族館にも来て、たきなは初めてのものを沢山、経験した。
そんな経験をさせてくれた二人を、なんとか励ましたいと考えたたきなは、なにかを決意したような表情を浮かべ、立ち上がり、水槽の方へ早足で向かっていく。
「おっ?」
「たきな…?」
たきなの突然の行動になんだ?と見れば、水槽の前に立ち何かを決意するかのような顔をしている。
「…ッ!さかなぁ〜!」
そして次の瞬間、たきなは目をつぶり恥ずかしそうにしながらも手を前の方に足を片方上げて、おかしなポーズ、いやさかなのポーズをしていた。
「おぉ!さかなかぁ!ふふ、チンアナゴ〜!」
二人は最初は何をしているんだ?と呆然としていたが、すぐにこれが自分たちを励ますためのものと気づく。
その意図を読みとった千束は笑顔を浮かべ、たきなの隣に走り、先程まで見せていたチンアナゴのポーズを取り出した。辺りからはクスクスと笑い声や僕もやりたいといった子供の声も聞こえてくる。
そんな中で…
「…く、ふふ……あはは…!」
「…ふ、ふふふ……!」
二人はとても楽しそうに笑っていた。
それを見て、司は何を難しいことを考えてるんだと頭をかいた。
(励ますことは、言葉だけではないことを知っていたはずなのに…ショーキャストであるオレが一時でも、忘れてしまうとは…まったく情けないな)
そのように自身のことを恥じていると、千束がニヤニヤしながら司の方に視線を向ける。
「ほらほら、次、司の番だよ〜!」
「オレもか!?」
「当たり前じゃん!私達もやったんだから!ねぇ、たきな?」
「当然です。それに司さんは未来のスターなんでしょ?だったらこれくらいのアドリブ簡単に乗り越えられますよね?」
「クッ…!たきな、お前言うようになったではないかっ!」
「あ、あと魚とチンアナゴは禁止ね~」
「はぁ!?いや、チンアナゴはともかく、魚って、おまえ―」
「未来のスターだったら、これくらい大丈夫でしょ?」
軽く無理難題を言う千束に司は頭を抱えてしまう。
(千束、お前、それがどれだけの無理難題か分かっているのか!?水族館にいる生き物なんて、ほとんどが魚だろ!?いや、水族館と指定されていないなら、他の動物も…いや、魚、チンアナゴと来て、それはダメだ!!考えろ、天馬司!水族館にいる、魚以外の生き物を!?このまま思い浮かばなければ、先輩としてのオレの威厳が消えてしまう!!)
司は頭を使い、必死に自身の記憶を探る。しかし、出てくるのは以前ショーで出てきた人魚姫やそこに出てきた魚たちばかり。
だが、不意に、咲希との会話が脳内を駆けた。
『この前、遥ちゃんといっちゃんと"ペンギン"カフェに行ってきたんだぁ〜!』
「ペ…」
「「ぺ?」」
「ペンギン〜!!」
そう言って司は、妹に心の中で感謝を送りつつ、ペンギンのポーズを披露する。
しかし、その披露したペンギンは、ペンギンと言うにはあまりにも似ていなかった。
もしも、ここに桐谷遥がいれば『ペンギンさんのことバカにしてます?』と、それは怖い笑顔で詰め寄ったであろうできだった。
「く…ふふ、ペ、ペンギンって似てなさすぎ…」
「ッ…!」
それでも二人の笑いのツボにはハマったようで、千束はお腹を抑えて笑い、たきなは口元を抑えながら笑いを堪えている。
「もう絶対やらんぞ…!!」
そう口では言っているが、二人を笑顔にできたからか、その顔には少しの笑みがこぼれていた。
そして二人の笑いが収まり始めると、たきなは千束の首にかけられたチャームを見つめ話し始める。
「それ、隠さないほうがいいですよ」
「え?」
「めっちゃ可愛いですから…ね、司さん?」
そう言って、たきなは司に次の言葉を託す。
千束は司の方を向き、真っ直ぐにこちらを見ている。
それに対し、いささか恥ずかしい気持ちになりつつ、千束に思っていることを口にした。
「あぁ、オレも、とても似合ってると思うぞ!」
「っ!そっか〜!」
「…千束!」
「うん?」
千束は顔を赤くし、嬉しそうに口を緩めている。
司は意を決したような表情を浮かべ、名前を呼ぶと、千束は不思議そうな顔をして見る。
「…その、だな。まだ諦めるな」
「え?」
「未来のスターであるオレが一緒に探してるんだ!!絶対に見つかる!!いや、見つけてみせる!!だから、絶対に諦めるな!!」
「…司」
「それにな、オレだってお前と一緒に10年も探してるんだぞ!ここまできたら、見つけ出してやらなければ、オレも諦めきれんからな!」
「…!…そっか、そうだね!よぉ〜し、元気出てきた!たきな!司!次はペンギン島に行くぞ〜!司はそこでペンギンの動きについて、ちゃんと勉強するように!」
「ペンギン…!」
「お〜!って余計なお世話だ!!」
〜駅周辺〜
水族館から出て、駅に戻ってくると時間はもう夜になる辺りになっていた。
このままリコリコに行くのか聞こうとすると、司は隣に二人の姿がないことに気づく。
「?」
後ろを振り返ると、千束とたきなが険しい顔をして辺りを見渡していた。それに気が付き、司も二人が目線を送った所を確認すると、白い制服を身に着けた少女が二人組で何人もいた。
それを見て、司は昔、千束に教えてもらったことを思い出す。
「…あれは確か、サードリコリスだったか?」
「…そんなことも知ってるんですね」
「あぁ、たしかリコリスの中で一番下の階級…だったか?」
「まぁ、そうなんだけどさ…ちょっと数が多すぎる」
「何かあったんでしょうか?」
そんな風に話してつつ、周囲を警戒していると、突如、駅の方面から大きな爆発音が鳴り響き、入口からは土煙が上がる。
『ッ…!?』
その場に居合わせた人達は、パニックになったり、スマホで撮り始めたりと行動をしている。
「ッ…!」
そんな人混みをかき分け、駅に向かおうとするたきなの手を千束が握る。
「駄目だよ、たきな!今私達は私服なんだから入れてもらえない…」
「…ですが!」
「それに今日は戦利品も多いし…ね」
「…わかり、ました」
チラリと腕にぶら下げている袋を見て、たきなは渋々ながら従う。
「…じゃあ帰ろっか、司もごめん。最後にこんな空気にしちゃって」
「いや、気にするな。それより、はやくリコリコに帰ろう」
それから、少し暗い雰囲気になりながらも三人はリコリコへ帰路につくのだった。
〜翌朝〜
~喫茶リコリコ~
『きゃあぁぁぁああ!ハレンチィィィイイイ!!!』
「ッ!?」
既に開店し、客も何人か入店しているリコリコの更衣室から、ミズキの奇声が鳴り響く。周りの客は、なんだなんだと更衣室の方に視線を向けている。
「…なんだ?」
気になった司は更衣室に向かい、様子を確認しに行く。
「白状しなさいっ!あんた、ついに昨日司とヤッたのね!?超えてはならない一線を超えたのね!相手のいない私への当てつけか?当てつけなのか!?答えろ、コラァ!!」
「ち、違う違う違う!司と一線なんて超えてない!それにまだ私達そんな関係じゃないしぃぃぃいいい!」
「ガキの癖に不潔よ不潔ぅぅうう!」
「話を聞けぇぇぇええ!」
そこには、ミズキに裸締めされ、抵抗する千束の姿があった。
「…何やってるんだ?」
自然とそんな言葉が出て来た。
するとミズキは司の方に視線をギロリと向ける。
「何自分は無関係ですって顔してんだ!おめぇも関係あるんだろ!」
「いや、だから何を言って―」
「お前、昨日、千束と一線超えたんだろ!?」
「ホントに何いってるんだお前は!?」
(昨日、一線を超えた?何を言ってるんだ、コイツは!?そんなわけないだろ!?オレと千束は、まだそんな関係ではないわ!?それに、昨日はたきなも一緒にいたし、そんなことをする時間のなかった!なんだったら、たきなを呼んで確認してもいいが!?)
そう心の中でミズキにツッコミを入れる。
「というか、何でそんな話になったんだ!!?」
そう言うと、ミズキが千束の方に指を指し、怒鳴り散らしながら告げる。
「こいつが、男物のパンツ履いてるのよっ!」
「はっ?」
言われて後ろの方を見ると、顔の赤い千束が「えっと、その」と口に出している。更衣室の中をチラッと見ると、ビニール袋の中にトランクスが数枚見えた。そこから導き出せる答えは一つだった。
…こいつ、たきなの履いたな
司が呆れたように見ていると、千束は突然ビシッっとこちらを指さした。
正確には、司の隣の少女を。
「たきなの、たきなのだから!?」
隣を確認すると制服姿のたきなが、訳が分からないといった目でこちらを見ていた。
そんなたきなをミズキさんは鋭い眼光で睨みつけると、たきなに急接近し、そして―
―――ペラリ
「――えっ?」
「ばっ!?」
なんの躊躇いもなく、司の前でたきなのスカートをまくりあげた。
司は顔を真っ赤にして、すぐさまたきなの方から顔を逸らす。
「可愛いじゃねえか」
「違うの!それは昨日買ったやつで―ちょいちょいちょい!?何処に――」
「皆さーーーん!このお店に裏切り者の嘘つき野郎がいますわよー!!」
「わぁぁあ!やめろぉお!」
ミズキはこちらのことなんて気にもとめず、感想を口にすると、店の表に向かい、大声で千束のパンツ事情を暴露しようとする。千束はそれを止めようと、ミズキを追い、その場には司とたきなのみが残った。
「「………」」
静寂がこの場を支配する。
たきなは、顔をトマト並に赤くしている。一方の司は無言で俯いていたが、暫くしてその場に正座した。そして、手を地面に付き、たきなへ頭を下げた。土下座である。
「―すまん、たきな!本当に!本当にすまない!!!嫁入り前の女性の下着を、事故とはいえっ!本当にすまん!!」
「いえ、今のは、その、事故…ですし…気にしないでください」
「いや、気にしないでと言われても、それではオレが―」
「それに!今回の件は、元々は私の下着を勝手に履いた千束のせいなんですから、千束が悪いんです。司さんは悪くありません!」
「それは…」
「だから、この話はこれでおしまいにしましょう?それよりも、千束に文句を言ってやらないと」
そう言って店の表に行くたきなに、司は申し訳なさを感じながら、付いていく。
「ほれほれ〜」
「いやぁぁぁあああ!!!」
店の表では、千束がミズキさんに羽交い締めにされ、クルミが用意した扇風機でスカートの中の男物の下着を晒されていた。
「みなさ〜ん!見ましたか?男物の下着ですよ〜!」
「違うぅぅ!これはたきなので―」
「やることやった破廉恥め!」
「だからぁぁぁあ違うのぉぉぉお!!」
「「……」」
千束は違う違うと喚いているが、ミズキさんとクルミは聞く耳を持たない。
「ぷっ、あはははははっ!」
「く、くく、ははははっ!」
そんな光景を見て司とたきなの何かに触れたのか笑いがとまらなくなってしまった。たきなも今までに見たことがないほどに笑っていた。
「ちょっとぉぉお!二人とも笑ってないで助けてよぉぉぉお!!」
笑う二人を見てそう叫ぶ千束だが、今回のことは千束が全面的に悪いため、司とたきなは千束を助けることない。
それから数分間、千束の叫びがリコリコに響き続けるのだった。
「もういっそ殺してぇぇぇええ!!!」
そのようにリコリコが騒がしくなっている同時刻
更衣室にある千束のスマホに、ある楽曲が追加されていた。
その楽曲の名前は
『セカイはまだ始まってすらいない』
この世界で”ワンダーランズ×ショータイム”のメンバーしか持っていない、天馬司の想いによって産まれた曲だ。
それが現れると同時に、千束のスマホからワンダーランドのセカイのミクのホログラムが浮かび上がる。
ミクは千束のスマホに歌が追加されたことを確認すると万円の笑みを浮かべた。
『よ~し!これでやっと千束ちゃんに会える!楽しみだなあ♪』
10年、千束と司が、恩人を探しているのと同時に、ミクも千束と司がこのセカイに来るのを、待っていた。そして、ようやく、千束がこのセカイに来てくれる、会うことができる、ショーを観てもらえる。
その事実にミクは、満面の笑みを浮かべる。
『早くセカイにきてね、千束ちゃん♪ミクもカイト達もお人形さん達もみんなみ〜んな!千束ちゃんのことを歓迎するから♪』