中央暦1639年 3月29日
-クワ・トイネ公国 国境の町『ギム』-
クワ・トイネの西部の町『ギム』。この町の数km先にロウリア王国との国境が存在している。そのため同町にはクワ・トイネ公国軍西部方面騎士団が置かれている。
西方騎士団麾下の第3飛竜隊に属する竜騎士レギトンは、国境より東側をもう1騎の竜騎士ロンツと共に警戒任務に就いていた。
「……ロンツ。何か見えたか?」
≪今のところは……待ってください。レギトン。前方。左を見てください≫
「確認する……。ロウリアが何か設置しているのか?」
≪確認するために近づきますか?≫
「--いや。下手に国境を超えたら落とされかねない」
レギトンは遠目に複数のワイバーンを確認した。
現在飛んでいるのが2人の竜騎士以外いないことを覚えていたレギトンは遠くに見えるワイバーンはロウリア王国であると確信した。
2人は国境を超えないルートを取りながらロウリア側を観察した。
国境の先、約1km超えたところに大規模な野営地を設営していた。現状でも数万人規模なのに、さらに増築している様子も見て取れた。
他に馬で牽引するバリスタや、ワイバーン用の発着場も確認した。
2人はその光景を横目に、レギトンは飛竜隊本部に報告を始めた。
「レギトンからギム司令部。ポイントB-8地点の国境からロウリア側1kmの辺りで野営地を確認。規模はおそらく軍団級。バリスタ等の牽引兵器。複数のワイバーン及びワイバーン発着場を確認。野営地の更なる設営を図っている模様」
≪ギム司令部からレギトン。ロウリア軍の野営地で間違いないか?≫
「レギトンからギム司令部。野営地はロウリア領内にある」
≪ギム司令部からレギトン。野営地の件は了解した。そのまま哨戒飛行を継続せよ≫
「レギトン了解」
2人は飛行を続けると、ロンツはレギトンに質問した。
≪レギトン。我々はロウリアと戦争になるんでしょうか?≫
レギトンはロンツの質問に“戦争になるのはごめんだ”という意図を感じ取ったが、近頃の政治情勢を上官から口酸っぱく伝えられたレギトンは残酷な真実をロンツに伝えた。
「ロンツ。最近のロウリアの政治目標は知っているだろう?
“ロデニウス大陸を統一し、人間の楽園とする”って宣伝している。どう言い繕っても
≪……≫
「戦争になって、真っ先に戦うのは俺たち国境の部隊だろうから。気持ちだけでも準備しておけよ」
≪わかりました≫
2人の竜騎士はその後何事もなく哨戒飛行を終え、ギムに帰投した。
中央暦1639年 4月2日
-クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ-
「--軍務卿。この報告は事実なのですか?」
「残念ですが、事実であります首相」
ギムの西方騎士団から齎された報告に、首相のカナタをはじめ政治部会は大いに荒れた。というのも、ロウリアとの国境に沿って複数箇所に大規模な野営地が設営されつつあるのだ。
「情報分析部長。ロウリアの国内状態はどうなっていますか?」
「……ロウリア国内の食料価格は最近高騰しており、木材や布類。武具や防具も多数が軍に納入されているのが確認されています。さらに、ロウリアの各都市に動員が発令され、多くの兵士が国境付近へ向かっています」
「外務卿。何かしらの脅しの可能性はありますか?」
「今のところ、在ロウリア大使から通達や連絡はありません」
「つまり、彼らは本気で開戦するということですか……」
「おそらく」
「……軍務卿。仮に戦争になったとして、防衛は可能ですか?」
軍務卿はしばし考えこむと、質問に答えた。
「結論から申しますと、ギムをはじめとする国境付近の防衛は不可能です」
カナタは軍務卿に質問を続けた。
「ーーでは、防衛が可能な土地はどこですか?」
「エジェイであればかなり長期間防衛が可能ですが、現在ロウリア軍の兵力は諜報の報告より総勢50万にまで膨らんでいると試算されています。これは我が方の10倍近くの数です。クイラに援軍を要請しても抗いきれないでしょう」
戦えばほぼ敗北。そして戦争を回避できるだけの材料もないのだ。カナタは絶望的な現状に頭を抱えた。
何も口をしないカナタに代わり、外務卿がカナタに話しかけた。
「首相。ここは日本に援軍を要請してはどうでしょうか?」
「日本にですか?」
「そうです。日本は人口1億人です。であるならそれ相応の兵力を有している可能性があります」
「確かにそうですが……軍事同盟を結んでいない相手に兵隊を派遣してくれるでしょうか?」
「国家存亡の危機です。一時的な支援だけでも打診しましょう」
「わかりました。外務卿。日本大使を私の執務室に呼んでください」
「わかりました。すぐ手配します」
かくして1時間後。在クワ・トイネ日本大使である仲嶋とカナタの会談がセットされた。
「仲嶋大使。突然お呼びたてして申し訳ありません」
「何か緊急の案件と伺っております。それで、どのようなご用件でしょうか」
「失礼ですが、貴国は我が国の隣国であるロウリア王国はご存じですか?」
「ロウリア王国? 確かロデニウス大陸西方の国家だったと聞いております。何分。我が国と国交がありませんので……」
「その認識だけでも十分です」
2人の会話が切れると、狙いすましたように給仕がお茶を持ってきた。
用意されたお茶を一口飲むと、カナタは話し始めた。
「話は飛躍しますが、我が国とロウリアで戦争になる可能性が出てきました」
「戦争ですか……っ!? それはつまり、我が国に対する軍事支援の要請ということでよろしいでしょうか?」
「話が速くて助かります。お恥ずかしながら、現在把握しているロウリア軍はわが軍の10倍以上の規模となっており、防衛が困難であると試算しております」
「そうですか。喫緊の事態であるのは理解しました。直ちに本国へお伝えし、可能な限り早めに返答差し上げます」
「ありがとうございます」
仲嶋はカナタの執務室から急いで大使館へ戻った。
9月3日に誤字を修正しました。
シーデンドルフ様。ゲベック様。ありがとうございます