中央暦1639年 5月15日
-クワ・トイネ公国 エジェイ西の平野-
ロウリア軍のハラスメント襲撃が始まって1週間が経過した。
河内と守谷は21旅団が集結したことを報告するついでにロウリア軍の夜襲対策を提示するが、ノウはその要請に対して頑迷だった。
そんな暖簾に腕押しな日々が続いた昼頃。河内と守谷はエジェイ市内の様子を観察していた。
「……目に見えて疲れている兵士が増えているな」
「連日のロウリア軍の動きで睡眠不足や疲労が重なっているようです」
「数に任せて力押ししてくると思ったが、なかなか狡猾な奴もいる様だ」
「如何いたしますか? ノウ将軍は一向に我らの意見を聞き入れません」
「……仕方ない。エジェイ防衛とは関係ない所で動くとしよう」
「わかりました。他に何かありますか?」
「テントに各機動中隊隊長を集めてくれ。今夜からでも行動に移りたい」
「わかりました」
その日の昼過ぎ。野営テントに機動中隊の中隊長を集めた。
河内はエジェイの現状を伝達し、これから行う任務について説明した。
「ーーということもあり、ロウリア軍はエジェイのクワ・トイネ軍の士気を下げるためにハラスメント攻撃を繰り返している」
「なるほど、籠城している兵にとっては有効な策ですな」
「元の戦力差もあるから打って出ることもできない。ロウリア軍も考えたものだ」
「このままエジェイの状況を座視するわけにはいかない。そこで、我々は敵夜襲部隊に対する襲撃作戦を敢行する。何か異論がある者は?」
「「「ありません」」」
「よろしい。では概略を説明する」
河内はエジェイ周辺の地図を表示した。地図にはクワ・トイネ軍の他、ロウリア軍野営陣地。日防軍21旅団野営地も記されている。
「ロウリア軍の夜襲だが、北門から南門の西に面する城壁に対して満遍なくハラスメント襲撃を実施している。しかし、ロウリア軍の野営陣地はエジェイから5km離れた位置だ。分散して移動しているのか、途中まで固まって移動しているかは不明だ。そこでマイハーク基地に連絡を取って
「野営地より敵増援が来たらどうしますか?」
「規模によるが、基本的に離脱を優先する。無理に交戦する必要はない」
「河内旅団長。ワイバーンが出てくる可能性はありませんか?」
「ワイバーンに関してだが、あまり夜間は飛べないそうだ」
「夜間に飛べないのは本当ですか?」
「クワ・トイネでもワイバーンを使っているが、飛ばすのがかなり難しいとのことだ」
「根拠としては弱いですな」
「もちろん。襲撃を警戒するために対空車両は随伴させる。ワイバーンが現れたら迷わず叩き落せ」
「「「了解」」」
「他に質問はあるか?」
「旅団長。車両用はともかく、個人用の暗視装置が足りないと思われますが……」
「すまないが、それの到着を待つことはできない。最悪、視界確保が困難なら下車戦闘をする必要はない」
「わかりました。この作戦は今夜限りの作戦ですか?」
「相手が今後夜襲を断念するか弾の残量次第だ。最悪、毎日実施すると考えてくれ」
「わかりました」
「他に質問はないな? 今夜の作戦開始は1830からだ。各員準備を忘れるな。解散っ!」
会議が終わると、各中隊の野営地に向かった。
クワ・トイネの大地が朱に染まる時間。エジェイの上空に1機の無人機が進出していた。目がいい者は無人機を見ることができたが、殆どの人は航空迷彩の無人機を見つけることはできなかった。
≪……フィンガースコープからHQ21。通信テスト。送れ≫
「HQ21からフィンガースコープ。通信テスト良好。送れ」
≪フィンガースコープからHQ21。現在エジェイ上空5000mの位置。送れ≫
「HQ21からフィンガースコープ。現在位置を維持せよ。送れ」
≪フィンガースコープからHQ21。現在位置を維持する。オーバー≫
無人観測機から送られてくる通信映像がテント内のディスプレイに映し出されている。
そのディスプレイの他に、レーダー情報を処理するディスプレイが置かれており、そこにはエジェイ周辺に展開している各部隊がどこにいるかを示していた。どの部隊も、ロウリア軍から視認されないぎりぎりの位置まで接近している。
「各チーム。配置に着きました」
「よろしい。敵が出てくるのを待とう」
河内が守谷に伝えると、半刻ほど時間が過ぎた。
辺り一帯は完全に日が落ちた事で闇に包まれた。2つの月と星の明るさだけが、闇の中で天空と大地を分けている。
展開した各チームの車両はライトを消して潜んでいた。ロウリア軍に存在を隠すためだ。
車内のディスプレイは辺り一帯の闇ではなく、ナイトビジョンや赤外線カメラの映像が写されていた。
APC以外の車両は、索敵兼戦闘用に複合カメラを搭載しており、車長はその映像を元に敵がやってくるであろう草原を観察していた。
さらに半刻が過ぎると、
≪HQ21から各中隊。
≪11中隊。了解≫
≪12中隊。了解≫
≪21中隊。了解≫
≪22中隊。了解≫
≪31中隊。了解≫
≪32中隊。了解≫
≪101中隊。了解≫
各機動中隊は
今回参加した部隊は7個中隊。内3個中隊がエジェイの北門。4個中隊が南門辺りに待機していた。
≪HQ21より各中隊。状況1-B。繰り返す。状況1-B。作戦を開始せよ。オーバー≫
≪≪≪了解≫≫≫
通信を受け取った各中隊は行動を開始した。ロウリア軍夜襲部隊は野営地からひと塊で前進しているようである。
≪HQ21より各中隊。キツネは火を焚かずに進んでいる。オーバー≫
HQ21からの通信が切れると、各車両は状況に合わせた所定の位置へと移動を開始した。
日本軍部隊の動きを知らず、いつも通りの夜襲のために進んでいるロウリア軍部隊。その数2000人。城壁から2kmの位置まで前進し、そこから500人単位で分散し城壁まで接近するのである。
この行動ではぎりぎりまでクワ・トイネ軍に接近を露呈しないよう、あえて松明を灯さずに移動している。逃げるときは不便だが、その時は角笛の音を頼りに後退するのだ。
アデム副将の策は並の軍人からすれば邪道卑劣と言われるような策だが、ならず者出身が多い夜襲部隊にとっては何とも思われていなかった。
「よぅし。城壁から1kmだ」
「静かに進め。バレたら死んだ間抜けの仲間入りだぞ♪」
道を外れた草原では、緩やかな高低差と1mを超える草木もちらほら茂っている。
夜襲部隊は、腰を低くしてゆっくり歩を進めた。
その中で夜目が効く一人が、虚空の中を指差した。
「おい。何だありゃ?」
「ああん? どうした」
「いや。なんかあっちの方に荷馬車みてぇなのが見えてよ」
「荷馬車だと? 暗くて何も見えねぇ」
必死に見たが、殆どの兵士は暗黒が続いている以外何も見えていない。
じっと見ていると、暗闇の先から火の玉が途轍もない速度で飛んできた。
「何だっ!? 何が飛んできたっ!?」
「ぐっあ!!! いってぇぇ!!」
「こんな魔導。聞いたことーー」
いきなりのことに何人もの兵士が火の玉の前に倒れた。
運がいい者は1発であの世に逝ったが、悪い者は猛烈な痛みの中。絶命していった。
もっと運がいい者は、何かが飛んでくるとわかった瞬間、背を低くしたり伏せたりした。だが、火の玉が飛んできた後に猛烈な速さで太鼓のような音が鳴り響いた。
時には、強力な魔導攻撃が発動しているような爆発音がどこかしらで生まれ、それと共に何人もの兵士が吹き飛んだ。
「畜生っ! 四方八方から飛んでくるぞっ!!」
「戻ることも進むこともできない!!」
夜襲部隊は謎の魔導攻撃で身動きが取れなくなった。
凡そ戦いと呼べない光景は、ロウリア軍野営陣地の物見櫓からも見ることができた。
夜直の隊長から至急ということでアデムは叩き起こされた。
「一体何があったのですかっ!?」
「わかりません。ただ、夜襲部隊が何か猛烈な魔導で攻撃を受けておりますっ!!」
「何かとは何ですか!? もっとしっかり報告しなさいっ!!」
「何というか、地面に流星が流れているのですっ!!」
「馬鹿なことを言うんじゃありませんっ!! まったくっ!!」
アデムは着の身着のまま櫓へと上がり、野営地から3km先で起きている戦いを見ることができた。
辺り一帯は暗いのに、まるで何千もの流星が地を這うように流れるのだ。そして、たまに流星が落ちたような爆発が起きている。もちろん、アデムはそんな魔導も魔法も知らない。
「当直隊長っ!! まさか、攻撃を受けているのは夜襲部隊ですかっ!?」
「おそらくですが。我が軍の夜襲部隊です。魔導士は同伴しておりませんので……」
「くそっ!! 直ちに引き上げさせなさい。角笛を吹くのですっ!!」
「わっ……わかりましたっ!!」
「あと、魔導兵団を集めなさい。」
隊長の指示によってブオォーという音が響いた。
この音を聞いた夜襲部隊の動きは早かった。死ぬ気で任務を達成する気はないからだ。
「おい。撤退の角笛だっ!! 引き上げるぞっ!!」
「畜生っ! 楽な任務じゃなかったのかよぉ!!」
流星群のごとき攻撃はなおも続き、エジェイに近い兵士から流星に射抜かれていった。
夜襲部隊の動きは無人観測機からも確認できた。
≪22中隊。攻撃しつつ前進する≫
≪101中隊から各中隊。ヴァンツァーを突っ込ませる。注意せよ≫
≪31中隊から32中隊へ。交互躍進する。掩護を求む≫
≪32中隊から31中隊。掩護了解≫
HQ21の無線からは各中隊の行動が伝わってくる。レーダーディスプレイでは、敵夜襲部隊を半包囲しつつ徐々に接近する動きが映し出されていた。
≪フィンガースコープからHQ21。敵部隊の一部が反転、後退しつつあり。送れ≫
「HQ21からフィンガースコープ。了解した。オーバー」
「各中隊を戻しますか?」
「いや。ある程度追撃しよう。敵は多いからな」
「わかりましたーーHQ21から各中隊。敵は後退しつつあり。追撃に移れ。送れ」
≪≪≪了解≫≫≫
各機動中隊は射撃をしつつ前進を始めた。敵兵からしたら何とか離れようと動いているのに、追撃してくるのだから恐怖でしかない。
さらに恐ろしいのは、相手は松明を焚いていないのに凡その位置を特定して攻撃してくるのだ。いかに凄腕の弓使いでも松明すら焚いていない相手をどうやって攻撃しているのか、夜襲部隊もアルデもわからなかった。
無人機からの情報を得ている河内達は、ロウリア軍野営地の大規模な動きを確認した。
「旅団長。敵野営地で動きあり。多数の兵が松明を焚きながら戦列を敷いています」
「……暗い中をあれだけ派手に攻撃したんだ。敵さんも応戦準備を整えているんだろう。潮時だな……各中隊に攻撃中止と帰投命令を出せ」
「了解ーーHQ21から各中隊。攻撃中止。攻撃中止」
無線から各中隊に攻撃中止命令が伝達された。
運よく生き残ったロウリア軍夜襲部隊は何とか野営地へと戻ってきた。その顔は、疲れと未知の恐怖で青くなっていた。
そんな兵士たちの下にジェーンフィルアがやってきた。
「いったい何があったのだ? アデムは? 夜襲部隊の隊長は?」
「すみません。隊長は多分、敵の攻撃で死にました」
「何?」
櫓の上から観察していたアデムはジューンフィルアの下に駆け寄った。
「申し訳ありません。櫓から見ていたのですが、夜襲部隊が敵の謎の攻撃を受けましたっ!」
「謎の攻撃とはなんだ?」
「未知の魔導攻撃です。まるで地面に流星群が這うような光景が広がり、夜襲部隊に降り注いだのです」
「よくわからんが、そんな魔導聞いたことがないな。ワッシューナはどこだ?」
「伯爵。ワッシューナはここに……」
「おおワッシューナよ。“地を這う流星群”。そんな魔導を聞いたことはあるか?」
「……この暗さです。ファイアボールによる攻撃だったのではないでしょうか?」
「夜襲部隊を襲った攻撃はそんな生易しい攻撃ではありませんでしたよ!? まさに流星群と見間違うほどの速さと数だったのですっ!!」
「しかし、私はその“地を這う流星群”を見ておりませんので、判断のしようがありません」
「えぇいっ! そんな曖昧な答えで、それでも魔導士ですか!?」
「よさぬかアデムっ! 夜襲部隊に被害が出たのは事実であろう? ここでワッシューナを問い詰めても何にもなるまい」
「~~仕方ありませんね……」
「兎に角。その流星群が我々に降り注ぐかもしれん。魔導士団は大変かもしれんが、夜通し防御魔法を展開するのだ」
「わかりました伯爵」
この戦いにより、2000人の夜襲部隊で残ったのは300人程だった。また“地を這う流星群”を恐れて夜襲は以後実施しないことを決定した。
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