中央暦1639年 7月27日
-パーパルディア皇国 エストシラント-
「ーーまた3ヶ月後とはどういうことですかっ!? 以前こちらを訪れた際もそちらに希望に合わせて訪れたのですよっ!?」
日本。クワ・トイネ。ロウリアの3ヶ国による停戦会談が開かれているとき。
ただ、最初の接触と比べパーパルディア側の対応は酷いモノだった。
「我が方との会談の約束については理解しております。しかし、当方は列強国なのです。優先すべきは我が国の都合です。理解できますか?」
「勝手に相手国の格に優劣を付け、
「……」
去る1月末。吉川達がパーパルディアを訪れた際の交渉は初接触ということもあり、再度の
ロウリア側を担当した河上はともかく、パーパルディア担当の吉川は穏便な接触から日を改めて交渉が開始できると思った。それが4月末日。パーパルディア側の窓口から門前払いを受けたのだ。
吉川達は
その後は1か月毎に訪れるのだが、“担当が忙しいのでまた後日に”と繰り返されたのである。
「貴国……ニホンと言いましたか? 蛮族が列強である我が皇国にそのような無礼な発言をすることは、自国を滅亡に導きますよ? 軽弾みな発言は控えてください」
「ほぅ。つまり貴国はその無礼を平然と他国にしているということですか? 列強の窓口担当はさぞお偉い職業なんですなぁ。椅子の上を温める楽な仕事だ。羨ましい限りです」
吉川は悪意を隠さず反論すると、流石に受付担当も腹を立てたのか。立ち上がり、語気を強めて吉川達に告げた。
「蛮族が粋がるなっ! 弱小国は列強の言うことを聞いていればいいのだっ!!」
「……列強と言いながらこの言い草。底が知れますな」
受付の怒声に他国の交渉団や警備の兵士の視線が吉川達に向けられた。
「弱小国が粋がった所で、我がパーパルディアの国力は第3文明圏で最強だ。我が国にたてついたことを後悔するなよっ!」
吉川はこれ以上は無理だなと判断し、受付に背を向けながら第3外務局を後にした。
道中。若い外務省職員がパーパルディア側と口論になったとこを心配し、吉川に質問した。
「吉川さん。良かったんですか? あれじゃあ次も門前払いですよ?」
「……多分だが、“次も”では済まないと思うよ」
「それは、何故ですか?」
「あぁ。まぁ1月と4月で態度が変わりまくったのが気になってな、パーパルディアと商売しているクワ・トイネとクイラの商人から話を聞いたんだ」
「どんな話が聞けたんですか?」
「1月に会談した後、担当者が変更されたそうだ。問題はその後任がバリバリの自国至上主義らしくてな」
「自国至上主義……どこの国にもいますね。盲目的な愛国者というやつですか」
「今のところ国交もないから対象について浅い情報しか入らない。この国以外との会談が増えてくるだろうな」
「……第3国経由で入れないか検討してみますか?」
「そうしよう」
吉川達は経済産業省が用意した中型旅客船へと戻ると、船は何事もなかったかのようにエストシラント港を後にした。
中央暦1639年 同日
-パーパルディア皇国 パラディス城-
エストシラントの主が住まうパラディス城。そこには蒼い海原に溶けてゆく
「……その選択は短絡的ではないか? レミールよ」
日本の船を眺めていたのは、この国の最高権威であり最高権力者であるルディアス・フォン・エストシラント皇帝である。
彼が今いるのは執務室であるが、そこにはもう一人の人物がお茶を嗜んでいた。
「ご冗談を陛下。“ニホンコク”なる蛮族に
そのもう一人はレミール・フォン・エストシラント。現在は外務局監査室に所属しており、そしてパーパルディア皇室にも属している皇女の一人である。
「我が国はこの世界の列強なのです。得体の知れない新参国家に舐められるような真似は好ましくありません」
「それは理解している。だからこそ、余はどのような蛮族が相手でも、我が皇国の繁栄に活かせる物があるなら活かすべきだと思うのだ」
「それは理解しますが、並みの文明圏外国家でも初歩的な魔法くらい使えます。それなのに、ニホンは魔法のマすら知らない国家。我が国に還元できるものなど、資源か奴隷くらいではありませんよ?」
「だが、ニホン人が乗ってきた帆のない白い船は我が国の誇るどの戦列艦より大きかったぞ? 明らかに造船技術において我が国を凌駕しているのではないかな?」
「そうですね。しかし、こうも考えられませんか?」
「考えとは?」
「ミリシアルか、若しくはムーよりあの船を購入して使っている可能性です」
「購入したものを使っている。まぁその2か国なら十分にあり得るが、ニホンはミリシアルの存在を知らなかったぞ?」
「ミリシアルやムーとの関係を前面に押し出さないことを考えるに、自国の造船能力を誤魔化すための可能性が十分考えられます陛下」
「ふむ。まぁ確かに、最初の会談で訪れた際。余もミリシアルが来訪したのかと肝を冷やしたな」
「そういう意識を引き出させるために、そのような船を持ち出したのかもしれません」
「なるほど、あの条約もラキーネアのそういう意識を持たせたうえで、利用された可能性があるということか?」
「まぁ、ラキーネアは好奇心旺盛な分、視野が狭いですから。致し方ありません」
「まぁ。ラキーネアには悪いが、蛮族の扱い方は君の方が向いているからな。期待しているぞ」
「お任せください陛下。それでは失礼いたします」
レミールはカップを机に戻すと、恭しくルディアスの執務室を後にした。
同じころ。外務局第3局長のカイオスは頭を抱えていた。
内容は単純だ。日本国代表団が窓口に訪れたのだが、担当と口論となりそのまま引き上げてしまったのだ。
レミールにニホンとの会談を禁じられても、ニホンについて部下や商人を通して調べていたのだ。
「くそっ! あの銀髪皇女めっ!! 相手のことを何もわかっておらんっ!!」
そして、カイオスは纏め上げたニホンに関する資料を机に叩きつけた。
皇国はあくまでフィルアデス大陸を中心とする“第三文明圏”における最大国家なのは事実である。しかし、目線を西へと向ければ“神聖ミリシアル帝国”と“ムー王国”が存在する。両国は皇国と比べすべての面で優れている。
ルディアス陛下の目指す先に両国がいるのは理解している。だからこそカイオスは一臣下として皇国発展に尽くしているのだ。
そこでポッと現れたのが南東に位置する“ニホン”の存在だ。
エストシラント港を訪れた彼の国の軍艦は、皇国海軍最新の150門級戦列艦の倍近く大きいのだ。
皇国の造船に詳しい魔導士に話を聞いたところ、“ミリシアルと少なくとも同等。若しくはそれ以上の科学文明の造船技術を有している”と聞かされた。
より詳細を聞くと“ミリシアルの軍艦は高出力の魔導機関を動かしているので、魔振感知器には大きな影が映る。しかし、ニホンの船は大きさの割に乗員の微かな魔導反応を探知できても、魔導機関特有の大出力魔導反応を検知できない”と聞いたのだ。ここまでくればニホンが違う形で技術を発展させているのかもしれないとカイオスは考えた。
だが、集まりつつあるニホンに関する資料はカイオスの予想を大きく上回っていた。
経済力や国力面では不明点が多いが、ここ最近軍事面で多くの情報が手に入った。
特に、ロウリア王国に派遣されている国家戦略局の情報は、外務局の一部で激震が走るような内容だった。
大半の職員はニホンの報告を眉唾物だと流したが、カイオスをはじめニホンと会談した面々は頭を抱えた。
“ニホンはパーパルディアより優れたる科学文明国である”
ニホンと取引して財を成し、パーパルディアを訪れた商人の一人が語った言葉である。
商人の言葉にカイオスは凡そ事実であろうとは思っていた。だからこそ、ニホンとの条約締結は皇国の国益になると考えたのだ。もし、ニホンが他の文明圏外国家程度の存在なら、ここまで悩むこともないし、外務局監査室に担当が移っても悔しがる気持ちなんてわかなかっただろう。しかし、窓口こそ第3外務局が行っているが、実権はあの高飛車で選民思想の権化みたいなレミールに渡っている。不幸としか言えなかった。
「何とかニホンと関係を築けないものか……」
カイオスは机から書類を出した。そこには『休暇申請』と書かれていた。
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