中央暦1639年 9月26日
-フェン王国 アマノキ-
「ーーパーパルディア皇国の艦隊が通過した。と」
「そうです。見張り番各所からそのように報告が届いています」
時間は26日になって未だ数分。梅谷の元にフェンの外務武官がアポなしで訪れ、開口一番に告げられたのは“アマノキにパーパルディア皇国の艦隊が接近しつつある”という情報だった。
「相手の目的が見えてこないのですが……」
「おそらくですが、我が国に対する示威行為だと思われます」
「外務武官殿。失礼ですが、貴国とパーパルディア皇国の間に何かしらの外交問題があるということでしょうか?」
「お恥ずかしい事ですが、実は以前。彼の国より我が国の領土の購入。若しくは租借に関する要望がありました。そして、陛下はそのどちらも謝絶したのです」
「それで、パーパルディア皇国はその返礼として強硬手段に出たということですか?」
「恐らくは……」
「……そして、先日我が軍の艦が彼の国のワイバーンを叩き落としたことにより、艦隊をこのアマノキに差し向ける流れになった。ということですか?」
「ワイバーンによる攻撃から彼の国の艦隊発見まであまり時間差がありません。元々艦隊による攻撃は予定として組み込まれていた物でしょう」
「……失礼ですが、ここは貴国の領土。侵略となれば対応するのが独立国として当然の行いかと存じますが……」
「もちろん攻撃や上陸してきた際は対処する準備は整っています。しかし、当方は彼の国と比べて小国。抵抗したという記録の次に滅亡したという記憶しか残らないでしょう」
外務武官は申し訳なさそうな口調で話をしているが、目がそれに反して輝いていた。
フェンの外務武官は、暗に日本が“致し方なく反撃する”ことを遠回しに確認しに来たのだ。武を尊ぶ国家故、裏工作は下手だと思っていたが、とんだ狸だったことを梅谷は痛感した。
「貴重な情報。ありがとうございます」
「いえいえ。せっかく我が国に来ていただいたお客人に何かあってはいけませんから。もう夜も更けこんできましたので私はこれで失礼させていただきます」
外務武官は日本大使館を後にすると、梅谷は大急ぎで
夜勤で起きていた『朝日』と『九頭竜』の通信担当は梅谷から届けられた情報を迅速に艦長へと伝えた。
愛嶋と古宮は状況の危険さを認知すると、幹部全員をたたき起こした。さらに、今後の打ち合わせも兼ねて両艦とも緊急会議を開いた。
会議が始まって最初に言葉を発したのは、先任である古宮だった。
「ーーさて、全員集まってもらったのは他でもない。在フェン王国大使の梅谷大使より緊急の通信が届いた。“パーパルディア皇国の艦隊がアマノキへ向かっている”という内容だ」
「我々はどうしますか? このまま留まるのは危険だと思われますが?」
「そうだな。だが、本当に狙いがアマノキなのか疑わしい」
「それは何故ですか?」
「昼間、奴さんはこの船を真っ先に狙ってきた。アマノキを狙っているのではなく、我々が偶然アマノキにいたからアマノキに向かっているだけかもしれない」
「では、このままフェンから離れるということでよろしいですか?」
「そうなんだが、悪いことに『九頭竜』の発電機に損害が生じた。現状本艦は10kt以上で航行できない」
「相手は帆船ですから追いつかれないと思われますが?」
「愛嶋中佐。参列国の武官から聞いた話ですが、文明国の帆船は10kt以上で航行できるそうです」
「航行中に捕捉される危険性があるか?」
「最悪の場合ですが……」
「中佐には悪いが『朝日』で一度パーパルディア艦隊を捕捉。そのまま付かず離れずの距離を維持しながらフェンから離れるように航行できないか? あぁ。もちろん相手が攻撃してきたら応戦しても構わん」
「相手が本艦を狙わず、アマノキへまっすぐ進んだらどうしますか?」
「その時は『九頭竜』で対処する。機関は不調でも武装はすべて健在だ」
「わかりました。直ちに出港準備を整えます」
「よろしく頼む」
会議が終わると、愛嶋は1時間ほどで『朝日』をフェン沖から出港させた。対して、『九頭竜』では武装の再整備を図った。来寇してくるパーパルディア艦隊に備えることとした。
『朝日』がアマノキ港を出港してから約1時間。辺り一帯は弱々しい星の光以外、暗闇が支配していた
『朝日』と国家監察軍はフェン王国の南岸を進んでいたが、先に相手を捕捉したのは日本側だった。
「艦長。パーパルディア艦隊をレーダーで捕捉しました。方位280。距離35,000m」
「確かなの?」
「他の輝点に比べて密集しています。AISの反応もありません」
愛嶋は正直要撃に出たものの、その手段についてなかなか決断できずにいた。というのも、『朝日』と『九頭竜』には魔導通信士が乗艦していないのだ。
通常の手順として無線で相手にご退去願うのだが、この異世界では電波無線ではなく魔導通信が広く普及している。
もし非友好国相手に対する警告及び退散を想定できたなら、クワ・トイネなりクイラから魔導通信士を同乗させていただろう。しかし、『朝日』と『九頭竜』に託された使命はフェン王国との交流だ。今回のような事態は想定外なのだ。
さらに、相手との意思疎通は不可能だと使える手段は初っ端から砲撃しか選択肢がない。
結局。愛嶋はほかの手段が思いつかず、必要な命令を発することしかできなかった。
「航海士。総員戦闘配置」
「了解。総員戦闘配置。繰り返す。総員戦闘配置!!」
艦内に響くアラームに乗員は迅速に所定の配置へと向かった。
各所から配置ヨシの報告が届くと航海士は艦長へと報告した。
「艦長。総員戦闘配置よし」
「よろしい」
レーダースコープには、徐々に『朝日』へと近づくパーパルディア艦隊が映っていた。
パーパルディア皇国国家監察軍艦隊は『朝日』の存在に気付かず前進していた。
ポクトアールは魔導灯で照らされた自室で航海日誌を記入していた。まだ日を跨いでいなかったが、特段これといった問題もなく順調に艦隊は進んでいた。
日誌を書き終わると、寝る前のミルクハーブティーを飲んで一息ついた。
「ふぅ。明日の朝にはアマノキには到着するな。それにしても、墜とされた竜騎士の家族にどう説明したものか……」
ポクトアールがお悔やみの手紙について考えていると、外がいきなり明るくなった。
「……いかん。知らないうちに寝落ちしたか?」
ポクトアールが眠気で呆けていると、ドタドタと副官が部屋に入ってきた。
「提督。報告しますっ! 艦隊から前方約10kmの位置に未知の大型軍船を確認しました」
「何だと!? 直ちに戦闘配置だ!!」
「了解!!」
ポクトアールが指示を出すと、22隻の艦隊内でウ~というサイレンが鳴り響いた。
機械でできたハンドル式警報機だ。鐘と違って不快だが大きな音を常時出せるのが特徴だ。
軍としての格は皇軍より低くとも、その分遣い走りされる国家監察軍の錬度は決して低くなかった。手慣れた手つきで10分もかからず砲撃できる態勢が整えられた。
「提督。全艦戦闘配置完了しました」
「よろしい。それで、相手の正体は分かったか?」
「白地に赤丸の旗を確認しました。おそらく上層部が気にしている“ニホンコク”と思われます」
「よろしい。我が国のワイバーンを墜としたのだ。お礼はしっかりせんとな」
パーパルディア皇国が扱う魔導砲の射程は最大で2kmだ。今のところお互いの距離は未だ5kmを超えていた。
ポクトアールは艦隊を緩やかに単縦陣へと組み直すと、『朝日』に向かって突進を始めた。
その動きは『朝日』の艦橋でも確認できた。
「艦長。相手は本艦を標的と認識したようです」
「所定に基づき相手艦隊を誘引します。取り舵60°。速力
『朝日』はパーパルディア艦隊の右舷を通過する進路を取った。
ポクトアールも『朝日』の動きに気付き、指示を出す。
「ニホン軍艦。本艦隊の右側を抜けようとしています」
「全艦右砲撃戦用意っ!! 一斉砲撃を行う!!」
「了解!!」
『朝日』がパーパルディア艦隊のほぼ正横に差し掛かろうという時。ポクトアールは命令を下した。
「全艦。攻撃開始っ!!」
『シャルンデン』をはじめ、22隻の戦列艦は魔導砲を一斉に発射した。
ゆっくりながらも何百という数の砲弾が『朝日』に迫った。しかし、魔導砲弾は発光しており、夜でも容易に識別することができる。
「取り舵いっぱいっ!! 最大戦速っ!!」
愛嶋は降り注ぐ砲弾群を回避するべく『朝日』を加速させた。排水量9,000tを超えながらも、駆逐艦という艦種に違わぬ韋駄天を発揮した。
直撃コースだった数発の魔導砲弾を『朝日』は難なく回避したのだ。
ポクトアールは3桁は発射したであろう魔導砲の雨を常識外の速度で回避する『朝日』に驚愕したが、すぐに次の命令を下した。
「次弾装填急げっ!! 距離を取られる前に砲撃を見舞わせてやるっ!!」
“フェン王国に対する懲罰”という任務を頭の片隅に整理してしまったポクトアールに対して、愛嶋は冷静に対処した。
「相手の攻撃を確認しました。本艦はこれより応戦します。主砲用意っ!! 目標。敵一番艦」
『朝日』の127mm砲がグインッと『シャルンデン』へと指向した。
≪CICから艦橋。砲撃準備よし≫
「艦橋からCIC。砲撃開始」
≪了解。撃ちぃ方ぁはじめっ!!≫
127mm砲が火を噴くと、装填作業に勤しんでいた『シャルンデン』の船体中央に直撃し、その衝撃がマストを根元から叩き折った。だが、ポクトアールを含む『シャルンデン』の乗員たちにとって悪夢となったのは、炸裂した汎用榴弾が大量に置かれている魔導砲用の魔石火薬に引火したことだ。
『シャルンデン』は虹色に輝きながら燃え上がり、ポクトアールたちは物の一瞬で爆炎に包まれた。
「敵1番艦撃沈」
「艦橋からCIC。目標敵2番艦へ変更」
≪CIC了解≫
127mm砲は10秒も経たないうちに敵2番艦へと照準し、発砲した。
パーパルディア側は発砲されたこと以外反応できず。『シャルンデン』と同じ運命を辿った。
≪CICから艦橋。敵2番艦撃沈≫
「やはりあっけないですなぁ」
「木造船に何を期待しているの? CIC。引き続き敵3番艦を狙いなさい」
≪CIC了解≫
パーパルディア側は1隻が10秒程度で轟沈していく様に何かしらの対応をしようという考えが浮かばなかった。
その様は戦闘ではなく、もはや処理としか言えない状況だったからだ。
「あれは軍艦なんかじゃねぇ。海魔か何かだっ!! あんなのと戦えるかっ!!」
10隻目が沈められた時。艦隊の最も後方を進んでいた戦列艦が反転して離脱し始めた。
まさに尻尾を巻く勢いで離脱し始めた戦列艦を見て、他の艦も我先にと進路を反転し始めた。そこに秩序的な面はなく、まさに潰走と言える状態だった。
「艦長。敵艦隊反転。追撃しますか?」
「……追撃はしません。総員配置用具納め。作業艇を降ろす準備を」
「了解しました」
魔石火薬によって漆黒の海上は彩色豊かな松明によって明るく照らされていた。
『朝日』は残骸漂う海面を静かに進み、生存者の捜索を始めた。
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