筆が遅い筆者ですが、これからもよろしくお願いします。
中央暦1639年 同日
-日本国 首相官邸-
「ーー現状では打つ手なしと言うことかね?」
「そうなります」
フェンの軍祭での出来事は、霞ヶ関の首相官邸でも話されていた。
前日の『九頭竜』が攻撃の報告を受けた後、直ちにNSCが招集されたが、相手がパーパルディアであると判明した段階で一旦会議は中断した。
再度招集されたのは、梅谷の報告が外務省経由で届いてからだ。
現状日本から見てパーパルディアは“
枢木たちは以後パーパルディアに対してどう対処していくかどうか話を始めた。
「ーー外務大臣に聞きたいのだが、パーパルディアとの国交開設交渉はどうなっているのか改めて聞きたい」
「率直に申し上げると暖簾に腕押し状態です。“我が国は列強なのだからそれに相応しい格式を以て相対すべきである”と」
「具体的には?」
「かなり多岐にわたります。内容は端末の方に……」
枢木は改めて交渉最後に要求されたパーパルディアの内容を読み直した。
『日本国-パーパルディア皇国との国交締結条件要綱
・パーパルディア皇国(以下皇国)皇帝が宗主国として日本国のあらゆる権限を有すること。
・皇国皇族を日本国の国家元首とすること。
・皇国は日本国の憲法をはじめとする各法律を監査。改正する権限を有する。
・日本国の軍隊は皇国軍の指揮下に入ること。
・日本国の外交は以後皇国が主導すること。
・日本国の保有する知識。技術を皇国に全面開示すること。
・毎年。日本国は皇国に奴隷を一定数献上すること。
・以下略……
』
NSCメンバーはパーパルディアの要求に頭痛を覚えた。
日本は完璧である……などと自惚れる気はないが、さりとて現代社会で成り立つ身としては、何も知らない相手に対してこのような要求をする事はない。
「これを本当に独立国に要求しているのかね?」
「交渉のブラフであればよかったのですが、他国において現皇帝はこの要求を蹴るとほぼ確実に軍事行動に移しているそうです」
「あぁ……。ただでさえ特災時法が数年単位で解けないというのに、まさかこんな国が近くにいるとは……」
「付け加えますと、我が国とフェンの間は凡そ400km程度です。フェンはパーパルディアから領土割譲か租借を要求されましたが、両方とも断っています」
「フェンの事情はともかく、400kmの距離に敵性国家の拠点が生まれるとなると気が気ではないな」
「ですので、今回フェン王国で交戦した事は都合がよいかと存じます」
「外務大臣。君はパーパルディアとの戦争を望んでいるのかね?」
「望んでいませんよ? それより、フェンと我が国はなし崩し的に同盟関係になったのです。中途半端な状況を維持するより、正式に軍事同盟を締結した方が備えやすいというものです」
「……防衛大臣。どう思う?」
「……フェンは我が国とフィルアデス大陸の丁度中間位置にあります。警戒拠点としては手頃ではあります」
枢木は手元の水を喉に流し込むと、加藤に向き直った。
「外務大臣。フェンは具体的に我が国と軍事同盟を希望しているのかね?」
「明確に求められてはいませんが、今回のことでほぼ確実に求めてくるかと……」
「そうか。防衛大臣。フェンと同盟を組む上で必要なモノをリストアップしてくれ」
「わかりました」
「あと、パーパルディアがまたフェンに攻めてくることを考えて戦力の緊急派遣の準備も頼む」
「統合軍参謀部に指示しておきます」
枢木は新たな火種が増えたことに頭を抱えながら会議室を後にした。
中央暦1639年 10月6日
-シオス王国 首都マルテナ-
ロデニウス大陸から北西500kmの位置に面積にして九州程の国家が存在する。
北にフィルアデス大陸。西にはアルタラス王国という格上の国家に囲まれている。
同国はこれといった産業こそないが、それぞれの海上交易の中継点として大いに賑わっている貿易立国だ。故に、同国には国や出自をあまり気にせず商魂逞しい海運業者が自然と集まった。
そんな商人たちがよく屯する港近くの酒場では、最近の商売について丁度盛り上がっていた。
「ここ最近。やっとクワ・トイネの作物を仕入れることができたよ」
「確か、半年前にロウリアと開戦したって国だよな? おれは西の方に行ってて、どうなっているのかわからないが」
「ああそうだ」
「それで、戦争はどうなったんだ?」
「今のところ、停戦状態が続いている状態だな」
「停戦? クワ・トイネって作物は多いけど、ロウリアと比べて人口も軍隊も多くないだろ?」
「それはそうなんだが、開戦の少し前に“ニホンコク”っていう国と国交を結んでな。開戦して2か月しないうちにロウリア軍は国境線に送り返されたよ」
「はぁ? 何かすごい魔法でも開発したのか?」
「さぁな。俺も戦場は見てないから何とも言えん」
2人は追加の酒を注文すると、顔馴染みの別の商人が椅子を持って同席した。
「失礼するぞ。お前さん。クワ・トイネのマイハークに行ったのか?」
「そうだ。お宅は?」
「俺はクイラの方に鉄を買い付けに行ったんだが、まるで別世界に迷い込んだ気分だったよ」
「どういうことだ?」
「港の横に窓一つない
「ああ……確かニホンの旗だろう? シンプルで覚えやすいよな」
「クイラの友人の紹介でニホンのソウゴウショウシャ?の人と会ったんだが、これがまぁ住む世界が違うってのはああいうことを言うんだろうなぁと驚いたもんだ」
「どんな感じだったんだ?」
「特段奇麗とかすごいわけではないんだが、それ以上に清潔感が凄かったな建物も人も。服や道具に至るまでな。こっちと比べたらまさに雲泥の差だった」
「相手はどんな奴だったんだ?」
「これがすごく親切でな。うちの主な取り扱い商品とか説明したわけよ」
「それで、何かネタになりそうなものは手に入ったのか?」
「意外かもしれないが、ニホンは何でも買い取ってくれるぞ?」
「お前は何を言っているんだ?」
「そんな気前のいい話あるわけないだろ」
「これが本当なんだって。その鉄鉱石もニホンが相場の2倍以上の価格で総浚いする勢いで買っていくんだってよ。お陰でこっちはニホンチャとかいう緑色の茶葉を買い込んで彼方此方に売り込んでいるわけよ」
「昼間。朝一でよくわからん物を売ってたのはお前だったのか」
「そうだ。まぁ。物珍しさで買ってくれた相手が多いからいいがな」
「ハハハ。ならいいじゃないか」
この夜も商人たちの酔っ払い話は夜を通して続いた。
中央暦1639年 10月13日
-クワ・トイネ皇国 公都クワ・トイネ-
心地よい風が吹く公都にとある人物が馬車から降りてきた。
「ふぅ~……。やっと着いた」
「カイオス局長。本当にニホンの大使館に行くのですか?」
「ああ。でないと本国の阿呆共が何をやらかすかわからないからな。細くても関係構築しないといけない」
馬車から降りてきたのはパーパルディア皇国第3外務局の局長カイオスだ。
“ニホンとの外交チャンネルを構築する”ために休暇という形で職場を不在にしている。
案内したのはクワ・トイネで商人に扮して活動している国家戦略局の諜報員“パストル”だ。
直接の上司部下の関係ではないが、カイオスがクワ・トイネに怪しまれず入国できるように調整したのはこの諜報員だ。ちなみに、クワ・トイネの税関ではカイオスは別の国の商人ということになっている。身バレ自体は問題ではないのだが、目的が目的のためどちらかと言えば
「クワ・トイネに来たのはずいぶん前のことだが、もはやエストシラントにも劣らない建物ばかりだな」
「建物ばかりではありません。ニホンの自走馬車……バスやトラック。鉄道といった物が入ってきてから主要都市の交易は格段に増えました。さらに、ニホンから齎される建築資料によって戸建ての民家や集合住宅が全国で作られています」
「ふむ。限定的ではあるが、我が国を勝るとも劣らないモノができそうだな」
「いえ、既にエスt……本国は既に劣っていると思います」
「ほぅ……君は何か知っているようだな」
「あちらをご覧ください」
パステルが指したのは、まるで白い石を四角く成型したような建物が鎮座していた。
「文明国では見ないような建築様式だな。あれがニホンの建物か?」
「あれはクワ・トイネシティ中央駅といわれる鉄道用の駅です」
「鉄道か。遠目でしか見ていないが、あれはどうすごいのだ?」
「現状でわかる範囲ですが、馬車数百台の荷物をより大量かつ迅速に運ぶ事ができます」
「その言い方では具体性が欠ける。もう少し別の例えはできないのか?」
「そうですね。仮に我が軍が徒歩で移動しようと思ったら、概ね1日だと20kmが限界です」
「20kmか。騎馬だと半日も掛からないくらいか?」
「騎馬は早い分険しい地形に弱いです。対して、鉄道であれば300kmは余裕で移動できます」
「300kmっ!? ふざけているのかね?」
「ふざけてはいませんよ? 現にどんなものか私も試したのですが、朝にクワ・トイネを出発したら昼にはマイハークに到着していました」
「……馬車でマイハークからここまで3日掛けてきたのが馬鹿みたいだな」
「まぁ。旅客鉄道の運賃は高級で貴族でもあまり使いません。しかし、今まで隊商で運んでいた荷役が鉄道に置き換わりつつあります」
「その鉄道がクワ・トイネ中に作られているのか?」
「いえ、今のところ公都とマイハークの間のみです。最近はエジェイまで延伸が完了するとかしないとか」
「クワ・トイネでもすごいことになっているのに、ニホンの国内はどうなっているんだ?」
「申し訳ありません。現状
「商人でもかね?」
「荷物を直接ニホンへ届けることはできません。一度マイハークへ集めて
「直接入国できるなら、頭でっかち共に直接ニホンがどんな国か見せることができるのに」
「まだまだ先になりそうです」
2人が話し合っていると、在クワ・トイネ日本大使館の前に到着した。
門前に設置されている詰所にパストルは挨拶した。
「お疲れ様です。私。ファンブルトン商会の
「少々お待ちください……。はい。ヨナサン・ファンブルトンさんですね。案内します」
パストルは自然と門衛に予定を伝えると、カイオスと共に大使館内の公室に案内された。
「こちらでお待ちください。大使をお呼びします」
事務方が2人を公室に案内すると、お茶を出して部屋を後にした。
「……随分仲がいいようだな。幾ら積んだんだ?」
「ニホン人は文明圏外の役人のように袖の下では動きません。うちの商会の誠実な営業の賜物です」
「そうか。ニホン人との付き合い方をあとで教えてくれ」
「わかりました」
2人の話が終わると公室の扉が開かれ、仲嶋と事務員の計3人が入ってきた。
「ご足労頂きありがとうございます。ファンブルトンさん」
「商会と貴国との大事な商談です。何の苦もありません」
「そうですか。本日は新たな食料品の検疫申請でしょうか?」
「それもありますが、それとは別に貴国にとっても重要になるお方をお連れしました」
「そうでしたか……。私はクワ・トイネで日本国大使を務めている仲嶋と申します」
カイオスは仲嶋の柔らかい物腰に調子が狂わされたが、慌てることなく名乗り始めた。
「……パーパルディア皇国第3外務局局長のオルダー・カイオスと申します」
「ーーパーパルディア皇国……?」
パーパルディア皇国の名前を聞いた仲嶋は一瞬思考が止まった。隣に控える2人の事務官も目が点になっている。
呆けていることに気付いた仲嶋はカイオスに質問した。
「……失礼ですが、本日はどのような考えでこちらの大使館に?」
「可能なら貴国との非公式な関係構築のためです」
「非公式ですか……」
情報技術が発達した昨今でも、何もかもが透明になったわけではない。
情報量が飽和している昨今に至っては、非公式若しくは非公開なやり取りというのはより重要な意味を持っていた。
「如何せん。我が国の上層部は貴国。ニホン国のことを何もわからずに“蛮族の国”と蔑む勢力がいます」
「……我が国と貴国に国交はありませんので、相手に対して理解がないのは仕方ないことかと。それに、行き過ぎた愛国心で視野狭窄に陥るのはよくあることではないですか? といっても、貴国の事情について我が国は大して存じ上げませんが……」
「我が国は宰相や貴族に各種権能が委託されていますが、原則皇帝が皇国の全権を有しています。少なくとも、皇国ではこれまで上手くいっていました。少なくとも今までは……」
「今までは?」
「貴国が我が国に最初訪れた時。私を含めた一部の者は、貴国を“
カイオスは温くなったお茶を一口飲むと、更に話を続けた。
「“文明圏外の国家に対して
「……つまり、貴国の国内事情で我が国の外交活動が振り回されている。という認識でよろしいでしょうか?」
「恐らく。そうなるかと」
「ということは、フェンの軍祭もその愛国者たちによる軍事行動なのですか?」
「……貴国がフェンの軍祭において生じた被害については存じています」
フェンの軍祭があった時期。カイオスは丁度休暇中という名の日本へ渡航するための道中であったため、文明圏外国で購入した新聞くらいしか情報源がなかった。
「……軍祭において貴国軍艦を襲ったのは『国家監察軍』の一部勢力と思われます」
「なぜ思われます……なのですか?」
「我が皇国では『皇軍』とは別に外務局の私兵集団として『国家監察軍』を保有しています。監察軍は外交問題を武力で解決するために用いられる戦力です。フェンは我が国の提案を拒否したので、それに対する懲罰も兼ねて派遣したのでしょう。我が国としては昔からある一連の流れです」
「いくら外交のためとはいえ、その攻撃を受けたのは他国である我が国の軍艦です。偶発的な武力衝突は両国間に溝を生むような行いではないですか?」
「貴国の仰ることは理解します。しかし、外交において国益の最大化を図るのは当然ではないでしょうか?」
カイオスのさも当然だと言わんばかりの言葉に少し驚愕した。
元の世界では外交的衝突はあっても、そこから両者の妥協点や共通点を探って落とし所に落ち着くのが一種の範例となっていた。しかし、パーパルディアでは覇権主義的な外交を展開していることに仲嶋は頭痛を覚えた。
「……求めすぎればそれ以上の損失や負債を負うことになりますよ、カイオスさん」
「仲嶋大使の言いたいことは分かりませんが、少なくとも問題はありませんでした。貴国が我が国に訪れるまでは……」
「我が国が訪れたから何なのですか?」
「私個人としては、貴国の存在は今後第3文明圏を大きく変える存在だと考えています。もちろん我が皇国国内においても」
「それはつまり、我が国との将来的な国交を開設するということでしょうか?」
「申し訳ありません。如何せん日本国との交渉は別の者が担当しており、貴国の希望通りに事を進めるのは難しい状況です」
「しかし、そうなると貴方の言う“過激な愛国者達”が手綱を握り続ければ、我が国との開戦は時間の問題となります。我が国としては戦争は回避できるなら回避したい」
「私もそれを望んでいます。なので、そちらに私の私邸の魔導通信符号をお渡しします」
カイオスは一枚の羊皮紙を仲嶋に渡した。
「カイオスさん。これを渡すということは“過激な愛国者達”から見れば売国行為なのでは?」
「--私は国家に奉仕する皇国民の一人です。不幸な行き違いで開戦するのを黙って見過ごすことはできませんから……」
カイオスの言葉に仲嶋は称賛の念を抱いた。
「そういえば、貴国はいったいどのような国家なのですか?」
「どのようなですか? そうですねぇ--」
その後、3人の密談はお互いの国の文化や風習等を軽く紹介しあった所で終了となった。
大使館を後にした2人は夕焼けに染まる公都の道を進んでいた。
「--パステル。仮にだが、我が国と日本が本格的に戦争となったらどうなる?」
「……殆どの戦場で大敗を喫するでしょう」
「それほどなのか?」
「4月頃にロウリアとニホンとの間に海戦があったのですが、報告は届いていますか?」
「届いているが、本国だと“幻覚を報告してきた”といって真面に取り合わなかったぞ? 私も最初は信じなかったが……」
「仕方ありません。ビスキーの報告は彼らを直に見るまでわかるようなものではありませんから」
「もっと恐ろしいのは、本国政府は日本を併呑するために動き出したことだ。私ではこの流れを止められん」
「心中お察しします」
「今後。日本の情報は皇国にとって今まで以上に重要になる。君の情報収集に期待しているぞ」
「お任せください」
そのまま雑談を講じながら歩いていった2人。
しかし、2人から数十mの高い位置から蜂のようなものが飛んでいた。
これはカイオスとヨナサンの関係性を疑った情報局のカメラ付きクアッドコプターだ。日本では慣れ親しんだ形でも、クワ・トイネやパーパルディアでは
大使館から少し離れた煉瓦積の建物で彼らは活動していた。
「
「顔写真は撮れたか?」
「はい。データはそちらに」
「ドローンでカイオスがどの列車に乗るか監視を継続してくれ」
「わかりました」
彼らは防衛省情報局の職員だ。
いつもはクワ・トイネ市内の建物内で商社マンに偽装しながら活動している。
大使館でカイオスが身分を明かしてから、彼らと仲嶋の動きは速かった。
話の真偽はともかく、要職に就く人物となればがどういう性質の人間なのか知る必要があるからだ。
「もう一人はどうしますか?」
「そっちは別のチームが調べはじめてる」
今回カイオスを調べることになったのは偶発的なことだ。
ファンブルトン商会は大使館に何度も訪れている。しかし、今回カイオスを連れてきたということもあり、商会頭のヨナサン・ファンブルトンをはじめ、商会全体がパーパルディアの外部組織なのではないかと疑ったのだ。
現状商会はこれといった問題なく日本と取引していたため、内部調査はほとんど進んでいない。
「ハンドラー。対象はマイハーク行きの列車に乗り込みました」
「わかった。後はマイハークの支局にデータを渡して今日の調査は終了だ」
「わかりました」
防衛省情報局の活動は、市民の目に触れないよう静かに。ただ確実に続けられた。
解説はありません