中央暦1640年 2月23日
-フィルアデス大陸北東海域-
薄っすらとした日差しが指しつつも、大陸からの冷たい風でそれなりに荒れていたフィルアデス大陸北東沿岸域に5隻の軍艦が進んでいた。
「ーーまさか、こんな寒い地域で任務になるとは思わなかった」
艦橋以外のっぺりした甲板を持つ揚陸艦『島原』の格納庫内で百川 徹次少佐が白い息を吐きながら
「少佐。そろそろブリーフィングが始まります」
「わかった。すぐ行こう」
ブリーフィングルームには作戦に参加する中隊長や小隊長が集まっていた。
『『世界の扉』奪還任務投入戦力
総指揮『第23任務旅団』
第2師団/第21機械化連隊
前線指揮中隊※『世界の扉』近くに展開
↓→独立機動偵察中隊※軽装甲車両中心の部隊
攻略部隊輸送戦隊
↓→
↓ ↓→巡洋艦『石鎚』
↓ ↓→フリゲート『柿田』
↓
↓→
↓ ↓→フリゲート『蛇尾』
↓
↓→第2輸送隊
↓→揚陸艦『島原』『紀伊』
強襲部隊
↓→第21機械化連隊/WAP中隊『アキュリス』
制圧部隊
↓→第21航空打撃大隊/第2中隊『カーマイン』
↓
↓→第111空中機動大隊/第1中隊『ウォリアー』
戦域偵察担当
↓→第41航空団『ライアー15』※無人偵察機
』
ブリーフィングルームに全員が揃うと、部屋が暗くされた。目の前のプロジェクターを見やすくするためだ。スクリーンにはトーパ王国『世界の扉』周辺の地図が写されている。
「全員揃ったな。『世界の扉』奪還の概要を説明する」
写された地図に戦況と配置。そして各隊の動線が加えられた。
「まずトーパ王国トルメスに展開する連合防衛軍が『世界の扉』正面……いや、背面と言うべきか?に展開。籠城する敵軍を可能な限り引き付ける。その間。『アキュリス』はブースターパックを装備したヴァンツァーで『世界の扉』正面に突撃。この段階で敵は相当混乱すると思われる。なおそれに乗じて『ウォリアー』及び『カーマイン』の混成ヘリ部隊が『世界の扉』最上階から突入。上階より制圧を実施。『世界の扉』を奪還する。何か質問は?」
「『世界の扉』内部に脅威度が高い敵がいると報告されていますが、遭遇した場合小火器で対応できますか?」
「情報が不足しているので断定できないが、小火器による対応は限界があると思われる。なので、そのような高脅威目標が現れた場合。可能なら外部に誘導するのが好ましい。誘導出来たらヴァンツァーか戦闘ヘリで排除できる」
「わかりました」
「他に質問はないな? 出撃は0900だ。各隊準備に入れ」
格納庫と飛行甲板では、整備員たちが出撃準備を進めていた。
遠い海の向こうで戦う準備が進められる中、『世界の扉』近くではまさに戦いの火蓋が切って落とされていた。
「クタバレッ!! ニンゲンドモメ!!」
「ーー魔導団は防御魔法展開に徹するのだ」
「重装歩兵はしっかり盾を構えて前進っ!!」
『世界の扉』から200m程の位置に連合防衛軍が重厚な戦列を展開。対して数的劣勢の魔獣軍団は『世界の扉』の窓から弓矢や魔法。石をぶん投げて対抗していた。
『世界の扉』。それは細い地峡に築かれた非常に防御が固い城壁……ではあるのだが、こと魔獣軍団は劣勢だった。
まずこの『世界の扉』の構造だ。元々グラメウス大陸からやってくる魔獣に備えて作られており、正面は弓兵や
流石に魔獣軍団はそれらに対して瓦礫や死体を積み重ねて入れないようにしているが、連合防衛軍は攻撃を加えるてはくるものの『世界の扉』に近づいてこないため効果的に防衛ができなかった。さらに魔獣軍団を苦しめていたのは、連合防衛軍の後方に陣取る日防軍部隊の存在だった。
日防軍部隊は弓矢や魔法より遠いところから一方的に銃撃を加えてきており、すでに百以上のゴブリンロードやオークが血を流して斃されていた。
「ーー山川団長。ヘリボーン部隊が輸送隊より出撃しました」
「ヴァンツァー部隊の出撃は?」
「予定では、10分後です」
「10分後か……わかった」
『世界の扉』奪還作戦は戦線膠着で進んでいた。しかし、この膠着は作戦上意図したものであることに魔獣軍団は気付かない。
揚陸艦『紀伊』の甲板では8機のヴァンツァーが自身の機体より大きなブースターを背負った状態で待機していた。
≪紀伊コントロールからアキュリス各機。甲板から整備員退避完了。出撃序列に従い、順次出撃手順を開始せよ≫
「アキュリス1から紀伊コントロール。出撃する」
百川は自身が乗るヴァンツァーの背面に巨大なブースターが2つ取り付けられていた。
点火されたロケットブースターの加速だけでは、何十トンにもなるヴァンツァーを持ち上げる推力と加速力は得られない。なので、甲板の後端に一旦止まり、そこから艦首に向かってローラーダッシュしながら離陸するのだ。
問題なく発艦?した8機のヴァンツァーは煙を引きながら『世界の扉』へと飛んでいった。
この追加ブースターはヴァンツァーを戦場に緊急投入する際に用いられる非常に限定的に使用されるものだ。しかも、使い終わると背負い続ける事はなく、途中で切り離して相手にぶつけるというなんとも非経済な装備である。しかし、今回はあえてその使い勝手の悪いブースターを付けての出撃を選んだ。
ブースターの射程もとい航続可能距離は出力次第で変更できるが、凡そ短距離弾道ミサイル程度なら発揮できる。さらに、ヴァンツァーを背負っているとはいえ、速度にして亜音速まで加速することができる。奇襲性の高い作戦であれば十分に有用なのだ。
ものの10分もしないうちに百川達の視線の先に『世界の壁』が見えてきた。
「アキュリス1からアキュリス各機。ブースターパージ準備っ!!」
地峡を超えた瞬間、8機のヴァンツァーから計16基のブースターが切り離された。
切り離されたブースターはそのまま『世界の扉』に激突すると、盛大に爆炎をまき散らして吹き飛んだ。
「アキュリス各機。状況報せ」
≪アキュリス2異常なし≫
≪アキュリス3異状なし≫
「全機異状ないな? 魔獣どもをアッと言わせてやろう」
ブースターを脱ぎ捨てて身軽になった8機のヴァンツァーは目と鼻の先にある『世界の扉』へ進撃を始めた。
異常な衝撃と爆音で揺れたことに反応したのは『世界の扉』を守るブルーオーガだった。
「何があったっ!?」
「ブルーオーガ様。グラメウス大陸側から攻撃を受けましたっ!! さらに
「グヌヌ。小癪な奴らめぇ……! 守備の一部をグラメウス側に回すのだ」
「わかりましたっ!!」
ブルーオーガの判断はより迅速に反応した何百体もの魔獣が『世界の扉』正面でヴァンツァーに攻撃を開始した。しかし、弓や魔法程度でヴァンツァーの装甲に傷が付くことはない。それどころか、身を乗り出した魔獣が次々とヴァンツァーの武装で返り討ちに遭っていた。
≪ライアー15からHQ23。『世界の扉』正面にアキュリスが突撃した。送れ≫
「HQ23からライアー15。了解。オーバー」
山川は『世界の扉』周辺の状態を確認した。ヴァンツァーが展開したことによって『世界の扉』はほぼ包囲状態に持ち込めた。
≪カーマイン1からHQ23。『世界の扉』を射程内に捕捉。送れ≫
「HQ23からカーマイン1。ウォリアー隊が『世界の扉』に降下できるよう、最上階の敵を掃討せよ。送れ」
≪カーマイン1からHQ23。最上階の敵を掃討する。オーバー≫
攻撃ヘリ4機で編成されているカーマイン隊が『世界の扉』に到達した。魔獣軍団は頭上からも攻撃を受けることとなり、
ものの数分で『世界の扉』最上階は魔獣たちの肉片と血潮がぶちまけられた惨劇の場へと変わり果てた。
≪カーマイン1からHQ23。『世界の扉』最上層の敵を排除。突入に支障なし。送れ≫
≪HQ23からカーマイン1。よくやった。一旦『世界の扉』から距離を取り、次の指示を待て。送れ≫
≪カーマイン1からHQ23。距離を取り待機する。オーバー≫
≪HQ23からウォリアー各機。『世界の扉』へ歩兵を降下せよ。送れ≫
≪ウォリアー1からHQ23。『世界の扉』に歩兵を降下させる。オーバー≫
6機ある汎用ヘリの内、2機が城壁の両端でホバリングに移った。残りの4機は降下作業中の2機を援護できる位置を緩やかに飛行する。
魔獣たちは手近に攻撃できそうなヘリを狙うが、それより早くヘリに装備されている機関銃が火を噴いて的になり散っていった。
援護の4機が機関銃で魔獣の死体を生産している間、両端に着いたヘリから兵士が懸垂下降していく。
≪ウォリアー1ー1。降下完了≫
≪ウォリアー2-1。降下完了≫
≪ウォリアー1ー2。降下完了≫
≪ウォリアー2-2。降下完了≫
2機のヘリが
先行した16名は残りの機の降下を援護する班だ。階段を上ってくる魔獣を素早く排除する。
残りの4機を含めて合計48名の兵士が降下し終わると、更に3機の輸送ヘリがホバリングを始める。
輸送ヘリから追加の兵士96名を降下すると、更に珍妙な荷物が降ろされた。そして、荷物に近い兵士がその荷物を
「隊長。
「よろしい。ウォリアー各班は行動開始っ!」
「「「了解っ!!」」」
降ろされた荷物は戦闘用ではなく、荷物運搬に特化した六脚ロボットである。日防軍内ではクロアリの愛称で呼ばれているものだ。
足の速さこそバギー型無人戦闘車に劣るものの、坂や悪路に強く、山岳や森林では特に重宝されている器材だ。
主たる用途は予備弾薬や野営器材など、今まで歩兵が担いでいた荷物を代わりに持たせることで野戦運用の幅を広げている。また合計で100kgの荷物を運搬することができるので、いざという時には負傷兵を運搬することもできる。
今回は各種予備弾薬や工兵用爆薬。更に重鎧対策用に全長を切り詰めた対物狙撃銃をクロアリに担がせている。
なおこのクロアリ、充電が切れても野営で充電できるようにソーラーパネルと充電ハンドル(複数人で回す)も備え付けられている。
閑話休題。
降下した部隊の準備が整うと、『世界の扉』制圧作戦が本格的に始まった。そして、魔獣軍団に終焉が近づきつつあることの証左でもあった。
各班は『世界の扉』両端にある階段から1つ下の階を目指した。
「ウォリアー1-1。コンタクトッ!!」
ウォリアー隊が階下に続く階段を進むと、早速魔獣が現れた。
「ウガァア!!」
魔獣は武器の間合いを詰めようと階段を駆け上がるが、
「グガッ!!」
乾いた銃撃音が鳴ると一体。また一体と魔獣がもの言わぬ死体へと変わっていった。
魔獣たちは上から降りてくるウォリアー隊を排除しようと徒党を組んで攻撃しようと奮闘するが、的を提供する結果となった。
日防軍部隊は難なく3階を掌握し、2階の制圧を始めた。
通路をクリアリングしながら進む日防軍兵士が通った壁がいきなり轟音と共に吹き飛んだ。
「うわっ!!」
「フンヌゥゥ!!」
砕かれた壁からオークが現れた。
オークは直ぐ近くにいた兵士にメイスで殴りかかろうとする。
「援護っ!!」
班長の言葉に反応した数人の兵士が素早くオークに狙いを定めて発砲した。
「ベパッ!」
オークは何十発と風穴を開けられ、鮮血を流しながら息絶えた。
「ウォリアー3-2からHQ23。負傷者発生。数2。送れ」
≪HQ23からウォリアー3-2。現在地を維持。後続のウォリアー7-1と合流せよ。送れ≫
「ウォリアー3-2からHQ23。ウォリアー7-1の到着を待つ。オーバー」
『世界の扉』2階は最上階の4階や上の階である3階が通路が片側だけなのに対して、通路両側が部屋でありクリアリングに時間がかかった。しかし、日防軍兵士は慎重かつ確実に2階の部屋を掌握していき、最終的に2階の制圧は完了した
1階中央の倉庫で指揮を執っていたブルーオーガは上階から辛くも生き残った部下から報告を受けると、もはや勝ち目なしと判断して行動に移した。
「魔王様の来援は間に合わぬ。生き残った者はグラメウス大陸へ撤退するのだっ!!」
魔獣軍団がブルーオーガの指示に反応し行動に移るが、その光景に統率された動きはなく。まさに魔獣特有の敗走する姿が散見された。だが、『世界の扉』正面に展開するヴァンツァーがそれを見逃すことはなかった。
≪アキュリス4からアキュリス1。城塞の破口から魔獣どもが飛び出してきました。放置しますか?≫
≪アキュリス1からアキュリス4。全て排除だっ!!≫
≪アキュリス4了解≫
ヴァンツァーが装備する連射武器が敗走する魔獣に襲い掛かった。
「ヌアアアァァッ!! たかが人間如きがぁぁっ!!」
次々と肉片と変わり果てる魔獣の光景にブルーオーガはもっとも近いヴァンツァーに大ナタを力の限り振った。
大ナタが当たると金属同士がぶつかる鈍い音が響く。だが、相対的に薄いとはいえヴァンツァーの腕部はブルーオーガの攻撃に耐え、反対の手に持っていた
≪ーーったく。何だこの青いのは?≫
「アキュリス7。そいつが
≪……アキュリス1。
「全機ブースターで来たんだ。
≪アキュリス7。了解しました≫
「アキュリス1からHQ23。ターゲットBを排除。送れ」
≪HQ23からアキュリス1。ターゲットBの排除。こちらでも確認した。周囲に敵がいないか引き続き警戒せよ。送れ≫
「アキュリス1からHQ23。周囲警戒継続。オーバー」
通信していると、最上階の掲揚台にトーパ王国の旗が翻った。
魔獣軍団を完全に排除し、『世界の扉』の奪還が成された瞬間だった。そして、
『世界の扉』連合防衛軍司令部でも勝鬨の声が上がっていた。
「やりましたな。ストングレイ団長」
「ありがとうございます。皆様の救援あってのものです」
ストングレイは他の指揮官に感謝を述べていた。そして、山川の前に来ると一同は静かになった。
「山川隊長。貴官と貴官の部隊によって『世界の扉』は奪還できました。改めてお礼申し上げます」
「頭を挙げてくださいストングレイ団長。奪還できたのは前線で戦った兵士たちのおかげです。それに、脅威の大元であるノスグーラは排除できておりません。引き続き警戒する必要があります」
「山川隊長の言う通りですな」
浮かれた空気が司令部に漂っている中。日防軍の通信担当が慌ててヘッドセットに集中した。
「山川隊長。ライアー15から至急電です」
「替わってくれ……HQ23からライアー15。何かあったか?。送れ」
≪ライアー15からHQ23。『世界の扉』からグラメウス大陸側30kmの辺りに魔獣軍団を確認。送れ≫
山川は一瞬無人機ドライバーの言葉の内容を戸惑い、改めて質問した。
「HQ23からライアー15。魔獣軍団は確かか? 送れ」
≪ライアー15からHQ23。カメラの故障に非ず。魔獣軍団を視認。さらに中央に赤い亀のような巨大生物を確認。送れ≫
山川は不味いと判断し、ライアー15の報告をすぐストングレイに伝えた。
「ーーであるなら、やるべきことは一つです。各国指揮官の皆様。手筈通りに」
ストングレイの言葉に他の指揮官は慌てて隷下部隊に指示を出し始める。
替わって魔獣軍団側でもノスグーラが奪還された『世界の扉』を静かに眺めていた。
「一足遅かったか……」
ノスグーラは赤竜に跨りながら呟いた。
「魔王様。観る限り人間とその仲間は五万程度。戦力は優勢ですが、地形の関係で突破は難しいかと存じます」
「しかし、改めて攻め落とせば肉になる餌も多くいます。むしろ籠って戦ってもらった方が空を飛べる我々には絶好の的となります。ヒヒヒ」
横に控えている
「ふむ。フィルアデス大陸掌握に主戦力の消耗は避けたい。余の力を以て『世界の扉』ごと敵を粉砕しよう」
「しかし。いくら魔力が無尽蔵だからと言って、魔王様が無茶する必要はありますまい?」
「いや、余が油断したからこそレッドオーガもブルーオーガも散ってしまったのだ。魔帝のあのお方ならあれですら物の数でしかない」
「では、魔王様おひとりで?」
「うむ。今なら抵抗する鼠どもを一掃できる……出でよっ!! カイザーゴーレム!! ガーディアンゴーレムッ!!」
ノスグーラが地面に手を置くと魔法陣が現れ、地面が割れる音が辺りに響いた。
崩れた石や岩が少しずつ固まっていき、20mもの高さを持つ人型のゴーレムが1体。その横を守るように10m級のゴーレムが2体生成された。
「我がまず敵を潰滅せしめる」
ノスグーラはカイザーゴーレムの肩に乗ると、ガーディアンゴーレムだけを率いて『世界の扉』目指して前進し始めた。
解説はありません