中央暦1640年 2月24日
-OCU日本 首相官邸-
「ーー総理の枢木だ」
≪遅くに申し訳ありません。国防省の三垣です≫
そろそろ日も沈むという時間。枢木は書類の決裁に追われていた。そんな最中、国防省から電話が鳴ったのだ。
「あぁ三垣くんか。何か重大なことかね?」
≪深刻ではありませんが重大です。先ほど、トーパ王国へ派遣していた部隊長より、魔獣軍団の撃退に成功したと速報が届きました≫
「トーパ王国……あぁ!! 魔王が復活するという件だったな。損害の方は?」
≪負傷者が若干出ていますが、それ以外は詳細待ちです≫
「派遣部隊の現状は?」
「投入した陸上部隊はトルメスという町に集結。補給が完了次第ベルンゲンに後退。そのまま輸送部隊と合流して撤収予定です。重工兵隊は港を一定規模まで造成してから撤収させる予定ですので、まだ半年以上は残留することになるかと」
「わかった。外務省には……トーパ王国側の
「よろしくお願いします」
枢木は電話を戻すと、憂鬱気に息を吐いた。
「同盟はともかく“武器を売ってくれっ!!”くらい言ってくるんだろうなぁ……」
フェンの軍祭やクワ・トイネへの兵器輸出が国交がないはずの第三国にそれとなく伝播すると、マイハークの日本大使館に兵器購入を希望する商会や特使が訪れており、目下
国内の重工業が崖っぷちの現状では、
枢木は思考を一巡させると、
(面倒臭いことに為るんだろうなぁ……)
未だ闇の中に等しい異世界の地理やそこに棲む生物や人々。国家……。元地球の緊張感ある平穏を懐かしみながら、異世界という荒波に日本という船をどう舵取りするか枢木は苦悩するのだった。
中央暦1640年 2月25日
-トーパ王国 ベルンゲン-
「ーーということから、ストングレイの報告は正確と存じます」
「そうか。魔王を退けたか……」
魔王ノスグーラと魔獣軍団を退けた翌日。首都ベルンゲンのラドス16世に朗報が届いた。
「ガハラの巫女様には頭が上がらんな……救援に来た各国軍は今どうしておる?」
「はい。今のところ『世界の扉』とトルメスの復旧作業に勤しんでおります」
「うむ。援けてくれる友がいることに感謝せねばな。財務卿。細やかながら、彼等に渡す報奨を見繕ってくれ」
「はい陛下」
財務卿が席を外すと、侍従がラドス16世に羊皮紙を渡した。
「さてと、此度は余が戴冠してから……いや、恐らく建国以来最大の危機になったわけだが……外務卿。以前日本に伝えた件はどうなっておるか?」
指名された外務卿は汗を一筋流すと、ゆっくりと報告書に目を移した。
「ご報告します。日本国特使に対し日本国軍を常駐させてもらう要請ですが、残念ながら難しいとのことです」
「それは何故か?」
「現在。日本国はロデニウス大陸の戦争に参戦しております。その為そちらに軍主力を投入する必要があると聞いております」
「では、武器の購入の方はどうか?」
「そちらですが、数年ほど時間を要するとのことです」
「わかった。交渉は焦らずとも好い。魔王を退けるどころか、打ち倒せるほどの力を持つ相手の癇癪に触れたら我が国は滅亡しかねんからな」
「承知しております」
ラドス16世の腹の内では、皇国から長年高圧的な要求に義憤を感じていた。そこに、日本という超国家が現れたことを神に感謝した。
皇国の国内事情に明るい商人の話を聞くと、“あの”皇国が新参の日本相手に腰が砕けたような対応になったというのだ。
戦死した者たちには悪いが、魔王出現が日本と皇国の力の差というものを図るのに丁度良い指標になったとラドス16世は考えた。
皇国にバレず、日本をどうやって国益に利するような立ち位置に持っていけるかラドス16世は考え続けてゆく……。
中央暦1640年 2月29日
-神聖ミリシアル帝国 国防省-
「ーーまさか、伝承の魔王がトーパ王国内で斃されるとは思わなかった」
ここは第1文明圏。その中心である神聖ミリシアル帝国の軍中枢である国防省の一室である。
部屋には、主であるアグラ・ブリンストン国防省長官が報告書に目を通していた。
「同感です。参謀部ではトーパ王国は崩壊。内陸に侵攻したノスグーラによってフィルアデス大陸の広い範囲に甚大な被害が出ると予想されていました」
報告に上がったのは国防省防衛局情報管理部に属している士官だ。
神聖ミリシアル帝国は第3文明圏から西に1万kmも離れている列強国だ。
魔王の出現は昨年在パーパルディア大使館の情報収集担当から報告を受けており、皇国から緊急の要請がない限り静観を決め込んでいた。
ただ、蓋を開けてみると参謀部の予想は驚愕を以て裏切られた。
トーパ王国は『世界の扉』突破こそ許したものの、その後パーパルディアを含む各国の支援を受け、3か月もしないうちに魔獣軍団を撃退させたのだ。
ミリシアルはトーパ王国の軍備を把握していた。よって、トルメス戦後の救援国軍の調査を始めた。
救援国の中に”あの“パーパルディアがいたことに驚いたが、それ以上に驚愕したのは日本の存在だ。
「連発可能なライフルに
「はい。最初にその国名の報告が入ったのは昨年の2月上旬です」
「“洋上にデータにない軍艦が停泊している”という報告を受けた時は驚いたぞ? 送られてきた魔写に我が軍の
「私も目を疑いました」
「情報管理部はニホン国内に種は撒いたのかね?」
「それが、複数回漂流を装って入国を試みましたが、ものの数日程度でロデニウス大陸に送還されています」
「では、日本と親しい国家を経由して入国することは?」
「そちらも事前調査の上で実施しましたが、防疫を理由に日本国への入国を拒否されています」
「軍事的に優れていながら閉鎖的な国家か……何かしらの摩擦で軍事衝突に繋がる危険性を孕んでいるな」
「情報局としては、第3文明圏各支局の増強が必要だと判断しています」
「いいだろう。財務省と外務省には根回ししておく。無知で国家や国民に被害があってはいかんからな」
アグラの言葉に士官は敬礼し部屋を後にした。
執務室に静寂が戻ると、アグラはシガレットケースから1本の葉巻を取り出した。
先端をカットし、マッチでゆっくり焙ると、葉巻を咥えて軽く煙を吸い込んだ。
「西でも東でも列強級の大国が出現するとは、我が国の安穏はいつまで続くことか……」
秩序の崩壊……そのような悪い予感を胸に抱きながらアグラは溜息と紫煙を同時に吐き出すのだった。
中央暦1640年 3月17日
-パーパルディア皇国 エストシラント-
内陸からの寒気を含む空気は既になく。若芽が芽吹く陽気な季節が第3文明圏最大の都市であるエストシラントを覆っていた。
エストシラントの市街は皇帝の居城を起点に広がっていったが、皇国の拡大と比例してエストシラント市街はミリオンシティに相応しい規模に拡大した。
政治の中心地は依然としてエストシラント城だ。その城の城壁から少し離れた区画にパーパルディア皇国の上流階級向けの居住区が広がっている。
その一区画。大きさこそ控えめだが、各部に職人による繊細な造形が施された邸宅が佇んでいる。
何を隠そう。この邸宅はレミール・フォン・エストシラントの住居である。
邸宅の2階中央。邸園を一望できる部屋が彼女の部屋である。
明るい陽の光が差し込み、緑を含んだ風が健やかな空気を作り出すが、部屋の主が放つ妬みと怒りによって部屋の雰囲気は良くなかった。
「はぁ~……」
昨年。日パ和親条約が締結されたあと、担当を外されたレミールに回ってくる仕事はどれも本人にとって有意義に感じない書類の確認や皇室ゆかりの式典業務ばかりとなった。
”皇国発展“というお旗と監査室権限を最大限活かして多くの施策に介入したレミールの自業自得なのだが、当の本人は納得どころか日本を逆恨みしていた。
ただ、皇帝から直接権限と担当を外されたという現実にこの銀髪の麗人を大いに葛藤させていた。
そんな皇女殿下が苦難にのたうち回るならご機嫌取りが慰めるものだ。だが、この麗人に対して侍従やメイドがいくら声をかけても、彼女の機嫌は直らなかった。
なお、皇帝の心としては日本担当を外した程度の処遇でお茶を濁したかったのだが、それだけでは
いざ憂さ晴らしのように監査室権限を発揮しようものなら、今までロバみたいに従っていた職員が「その事について陛下は御存知であられますか?」と確認を取られる始末だ。しかも、監査室権限は皇帝の主権とある意味離れているが、所詮皇帝の目が届かない故の分権であるので最終的に却下されるのだ。
特に顕著なのは国家監察軍と国家戦略局だ。
レミールがおおよそ指示した対日行動は結果的に監察軍を壊滅させてしまい、さらに国家戦略局の信頼も流れ弾同然に失墜する結果になったのだ。両組織とも日本に対する無知と傲慢による結果なのだが、レミールの分の責がある種押し付けられてしまったのだ。両組織はいくら皇女という身分だからといってレミールに対して恨みつらみが積もっているのだ。
なお、現状最も苦労しているのは監察軍の再建を押し付けられたアンヴォフの後任なのはレミールの知るところではなかった。
そんなやり場のない激情を抱えたレミールは休日だというのに何の気力も湧かず部屋の机に突っ伏して時間を浪費していた。
扉がノックされると、レミールのメイド長が報告に訪れた。
「失礼します。レミール殿下……レミール殿下。何時まで塞ぎ込んでおいでですか? “麗しき銀の君“の名が泣きますよ?」
「フンッ……陛下に幻滅された現状ではどんなに聞こえのよい言われ方でも気分など上がらんよ。それで、何か用件かメイド長」
「ドーミトリオ・アンヴォフさまがお越しです。いかが致しますか?」
「アンヴォフ……戦略局の前局長か。席を追われたのは私のせいだ。恨み言の一つでも伝えに来たのだろう……」
「追い返しますか?」
「いや。私もアンヴォフに一つ二つ言いたいことがある。客間で待たしておけ」
「わかりました」
メイド長が部屋から退室すると、レミールは外着でなく仕事着に着替え、客間に入った。
部屋では以前より数歳老けた顔をしたアンヴォフが待っていた。
「お久しゅうございます。レミール殿下」
「久しぶりだな。それで、別れの際に恨みでもぶつけに来たか?」
刺々しいレミールの言葉にアンヴォフは表情を変えずに反応した。
「幾ら局長の席を追われたのが殿下が遠因だとしても、臣下の一人としてそんなものの為にここへ訪れるなどということはありません」
「ふ~ん……遠因ねぇ。それで、ただ挨拶に来たわけではあるまい」
「えぇ。そうです……」
アンヴォフはチラッと横に控えるメイド長に視線を送った。
「……あーそうだったな。以前こちらに訪れると手紙を寄越していたな。すまん。忘れていた」
「殿下は陛下のこと以外眼中にありませぬからな。存じております」
「……メイド長。済まないが茶菓子を用意してくれないか?」
「わかりました。少々お待ちください」
レミールはメイド長は茶菓子を机に広げるのを確認すると、続けて指示を出した。
「度々済まないが席を外してくれ」
「わかりました。廊下に控えておりますので、御用の際はお声がけください」
メイド長たちが退出し、扉が閉まるのを確認したレミールはカップを持ち上げるとアンヴォフに質問した。
「それでアンヴォフ。ただ茶を楽しむために来たわけではあるまい?」
「それは勿論……。少し前、ロデニウス大陸で仕事をしている元部下から面白い話が届きまして……」
「ほぅ。面白い話とは?」
「最近。クワ・トイネ公国の政情が不安定になりつつあるようです」
「クワ・トイネ……文明圏外にいる蛮族の政情など何を気にする必要がある?」
「レミール殿下。このクワ・トイネですが、“あの“日本が重点的に支援している国家の一つです」
「ほぅ……俄然興味が湧いてきた」
レミールの目が少し細くなった。それを確認したアンヴォフは“この“話に乗り気な皇女殿下のために話を続けた。
「以前より戦略局で進めていた『ロデニウス大陸吸収計画』ですが、日本がクワ・トイネに軍事支援を行ったことによりほぼ頓挫しました。さらに、日パ和親条約もあり日本の逆鱗に触れぬよう皇帝陛下は拡大政策を続けているようです」
「皇帝陛下の政策は私も把握している」
「ロデニウス大陸には私が局長になる前から諜報網が築かれています。クワ・トイネの政情不安の状態も私の所にかなり細かい内容が届いております」
「それで、貴様はそんなものを把握して何をするんだ?」
アンヴォフはレミールの質問にすぐ答えず、ニヤッと口角を上げながら口を開いた。
「皇女殿下。日本に“復讐”する気はありますか?」
レミールは目を点にするほど驚いた。
「……日本は強いと証明したではないか?」
「確かに軍を用いて復讐しても、逆に日本から手痛い逆襲を受けるでしょう。ただ、復讐を果たすなら別の手段を用いればよいのです。そこで昨今のクワ・トイネの政情不安を利用しようかと考えています」
「……その復讐計画。もう少し具体的に説明してもらえないか?」
「元部下の報告では、日本は島嶼国家であり自前の食糧生産に限界があるのです。現に、報告ではクワ・トイネから日本に何万トンもの農畜産物が連日輸出されています。しかし、日本の人口は約一億と我が皇国を上回っています。それだけの人々に食料を提供するにはクワ・トイネ内に大規模な海運陸運が必要になります」
「つまり、その食料を運ぶ商船や商隊なりを賊でも雇って襲うということか?」
「いえ、そのような手段では短期的に損失を与えても、すぐ対策されるでしょう。そこで、クワ・トイネ国内の日本に嫌悪感を持つ人々に資金を提供し、政情不安をより拡大させます」
「……効果があるとは思えないな」
「本命はここからです。クワ・トイネの政情不安は農民の間にも間違いなく広がります。そうなれば農作物の生産や輸送に悪影響が出るます。そうなれば貧しい平民は次々と盗賊や山賊へと変わり、政情不安は次第に政治の混乱へと拡大するでしょう。そうなると更に農民の生活は悪くなります。ここまで来ると日本に輸出される食料は間違いなく減るでしょう。そうなると日本自体も政情不安が生じます」
「何ともまぁ。嫌らしいことを思いつくものだな。アンヴォフ」
「まだまだ復讐はここからです。その不安の原因は”日本にある“とクワ・トイネの民草の間に広げるのです。クワ・トイネにはかなり纏まった日本人が居住しています。クワ・トイネの民の不満は自然と日本人に向くでしょう」
「そこへ戦略局の諜報員が不満に火を点けるわけだな?」
「そうです。鎮火にはそれなりの期間と労力が必要になるかと存じます」
「アンヴォフ。貴様が私に何をさせようというのだ?」
「殿下には監査室権限で戦略局に予算を回してほしいのです」
「だが、陛下は日本に対する直接的な事には目くじらを立てるぞ?」
「ご心配には及びません。伊達に戦略局の局長を勤めておりません。局内には私の子飼いがいますので、迂回手段をいくらでも用意できます」
「そうか。それならば復讐に手を貸そう」
「ありがとうございます。またこちらに伺っても?」
「勿論だ」
「では殿下。長居しすぎたので私はこれにて失礼させていただきます」
「あぁ。次の話に期待しているよ。アンヴォフ」
レミールはアンヴォフを見送ると、復讐という目的に俄然気力が湧き上がっていくのであった。
解説はありません